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 竜の巣の出来事から数カ月、紀元7014年夏。 常夏の王国であるマリテではあまり季節を感じる機会はないが、市場の魚のラインナップが俺がこの国に来た春と比べて変わっているように思う。 街の活気も相変わらずで、昼間の市場は人の濁流だ。  俺はこの数カ月で多くの酒場の依頼をこなし、そこそこ実力に対する信頼はついてきた。そのおかげか最近では少々危険な依頼も受けられるようになったし、S級の冒険者であるスズメさんがついていれば一部の冒険者向けの依頼も受注可能になった。 「けっこうハードだったな……」  そして今俺はスズメさんの家の椅子に腰掛けている。つい先程彼女同行で受注していた依頼から帰ってきたところだ。 「まーでも|A-《エーマイナス》ランクの依頼だからな。あそこまで動けてただけでも上等」 スズメさんは机を挟んで向かいの椅子に座って葉巻を吹かす。大量発生した凶暴モンスターの群れを討伐するという先の依頼では彼女もかなり動いていたはずだが、俺はぼろぼろなのに対して傷一つ無い。 なんか心折れそう……。 俯くと自信を無くすなと言われた。 「まずこの短期間で旅人ランクをAまで上げただけでも十分凄いことだからな?」  旅人ランクとは、冒険者ランクと同じようなものだ。冒険者と同じように依頼を受けて旅費を稼ぐ旅人が旅人全体を占めるこの世の中。依頼の難易度に合わせて旅人もランク付けが行われている。 ランクは最低でF、最高でS。AランクはSランクの少し手前だ。Aランクの次にAAランク、つまりはSランクの見習いになって、その次にSランクになる。これは冒険者ランクと同じだ。 しかし旅人ランクの方がそれと比べて圧倒的に上がりやすく、簡単だ。それは冒険者はその全てが戦う術を持っているが、旅人はそうとは限らないからである。なので旅人ランクでAは大体冒険者ランクでCに当たる。  俺は和ノ国を旅していた時は師匠の方針で旅人登録をしていなかったため、マリテに来てFからのスタートだった。そこから竜の巣の一件と数カ月の努力でAまで上げた。しかしそれでも冒険者向けの依頼は難しい。A-ランクの依頼はBランクからAランクに上がりたい者が受けるものだ。俺は一人ではCランクまでの依頼しか受注は許されないがSランクの冒険者であるスズメさんが同行することによってA-ランクまでなら受けられる。 「うぅ……。でも俺けっこう自信あったんだけどなぁ……」 師匠との修行は厳しかったし、苦しかった。そんな三年間を乗り越えたという自負があっただけにこんな天と地の差を見せつけられたら心にくる。 「こういう所で自分が広い世界ではどこらへんかっていうのを知るのは大事だぜ。あとは個人の得意不得意もあるしな。お前、群れ相手だったら結構手こずるけど強いの一体とかだったらすぐ片付けるだろ?」 「だってそいつだけに集中すればいいだけじゃん」 「じゃあその意識を一点だけじゃなくて周りにも向けるようにすればいい」 「それができりゃ苦労しないっての……」 簡単に言う彼女をじろりと見る。取り敢えず場馴れしろ、と笑われた。 「そういや、そろそろ来る頃じゃねえか?」 「ん? ……ああ」 ふと思い出したように言われた言葉に頷く。するとちょうどその時玄関の扉が叩かれた。 「兄ちゃーん、スズメさーん。帰ってきたんでしょー? いるよねー?」 『ママー!』  普段の依頼ではメイと子竜――ざくろと名付けた――は連れて行くが、危険な依頼の時はアスターで待ってもらっている。 この数カ月でざくろはすくすくと育ち、言葉も少し覚えた。それでもまだ会話するまでには至らず、『ごはん』『めえ(メイと言いたいのだろう)』程度だ。しかし鳴き声は進化を遂げ、出会った頃の『キュイ』だけではなく『ぴゃあ』やら『ぴぎゃあ』と言うようになった。それを気分によって使い分けているようである。 うちの子すごい、と言ったら親ばかだとランに笑われたが。 「ざくろの様子はどうだったか?」 扉を開けてすぐ飛びついてきたざくろを抱えてメイに聞くとどうって問題じゃなかった、と唇を尖らせた。 「最初の3日間は我慢してたんだけど……。4日目から兄ちゃんを探してぴゃあぴゃあ鳴くようになって、6日目の今日は見ての通り。もう、昨日から暴れて暴れて大変だったんだから」 「ごめん」 上機嫌で頭を擦り寄せてくるざくろを撫でながら妹に詫びる。彼女はお母さんでしょ、と不満げに言った。 「責任持ってちゃんとしつけるからさ、許してくれよ。……そういや、ランは?」 「ランさん?」  俺がメイのそばにいられない時は彼女の監督と魔術の先生を頼んでいる親友のことを聞く。彼は俺がかえってきた時にはメイと一緒にいつも来ていたのに、今回は姿が見えない。 「ランさんなら、酒場のところで冒険者協会の人に呼び止められてたから先に来たの。なんか、ランさんにしか頼めないことがあるんだって」 「ランにしか頼めないこと?」 「医療関係じゃねえか?」 メイたちが来た時から台所で何やら作業をしていたスズメさんが出てきて言う。手には山のように生肉が盛られた大皿。その一つ一つが串に刺さっていて、彼女はその一つをざくろの目の前にかざす。 「あいつ一級医療魔術師だろ? それで医者がいない地域に診療に行ってほしいーとか大がかりな討伐作戦があるから参加者の治療をーとかそういう”頼み事”を協会からすることがたまにあるんだよ。 まああいつは冒険者じゃねぇから”頼み事”に過ぎないけどさ、いつも絶対に引き受けてくれるって喜んでたな、協会は。 ……よぉしざくろ。これに火をふぅー、だ。焼き加減はウェルダンで頼む」 「説明はありがたいけどうちの子をコンロ代わりにしないでもらえるか?」 「いいだろ別に。吐く炎の調節訓練だ」 文句を言うと彼女はそう返して胸を張る。たわわなそれに彼女のシャツが悲鳴を上げているように見えるが生憎と俺は胸より尻派だ。あと巨乳よりかは貧乳の方が好みだ。当てられた前は混乱したが見てる分には何とも思わない。メイは死んだ目で自分の胸を抑えている。大丈夫、お前はまだまだ発展途上だ。 「………………」 「いっ」 無言で脛を蹴られた。もしかして俺の心読まれてた……!? 俺たちがそうしている間にざくろがごぉ、と火を吐く。 「あっ、ちょっ。ざくろ!」 「おっ、流石は火の竜。加減を掴むのが上手いなぁ」 『ぴゃう!』 じゃあ次はこれも、とまた生肉の刺さった串を差し出すスズメさんを見て、この人にざくろの属性教えなきゃよかったと一人後悔した。
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