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現在編・序①―外出②  それから幾日か経って、少女が数えで十五になろうかという手前の、初秋の頃合。 「お届けもの、ですか?」 「うむ。詩織の奴が文を寄越してきたんじゃよ。部屋に置いていった物で必要な物があるようなんじゃが、あいつの部屋は《古月|こつき》も知っとる通り、見るからに混沌としすぎてての。  香織に任せたら、容赦ない説教と直ぐにでも掃除に戻ってこいと言わんばかりの部屋だし、流石に男親や爺が歳頃の娘の部屋を覗くのもどうかと思ってな」  座敷に呼び出した少女は、今日も変わらない簡素な衣装のまま、老人が差し出した書面を受け取り視線を走らせた。  唇に指を当てたのもほんの僅か、何やら思い当たる節はあるらしい。 「詩織さんがお探しになっているものは、以前お見せしていただいたことがあるものなので、さほど時間がかからずに見つけられると思います。  つい先程お義母様の課題も一通り終わり、後は読み込んで曖昧な箇所を解き直すだけでしたから、特に急ぐこともありません。お爺様の仰る通り、わたしが詩織さんのお部屋に該当のものを探しに行きます。……ですが、その」  最後は案の定と言うべきか、少女が口篭る。  だが、今日は此処で引き下がらせてはいけない。  何せ孫達にまで、直々に協力を仰いだ事なのだから。 「知っての通り、敬一も香織も仕事でおらんし、儂がちょうど所用で今から出かけなくてはならなくての。届け物を頼めるのが《古月|こつき》だけなんじゃよ。詩織の奴は一刻も早くその物が欲しいと言うし、久々に《古月|こつき》の顔を見て色々と話したいとも書いてあるじゃろう。  それに、お主、悟とも暫く顔を合わせとらんだろうて。悟の奴は立場的にそうそう外には自由に出てこれんし、二人揃ってお前の誕生日祝いを前倒しでしたいから、顔を見せて欲しいとの事だ」 「………………」  命の恩人の名を出すのはどうかと思うが、本当の姉のように慕っている孫と、青年の名を出されては、無下に断る事は少女には出来まい。  そう踏んでいた老人の思惑通り、沈黙の後に長い息が吐き出され、短く少女の首が縦に振られた。 「地図と入城許可証は用意しておいた。この家の門を出てから道なりに進み、三つ目の角を右に曲がり、突き当たった大通りまで行けば城が見えよう。国城は山のように連なっておっての、入口は二つある。  今回は内部への届け物だから、上の正門から入って、入口で入城許可証と所持物を改めて貰うように。なに、わんさか人が並んでおるからすぐに分かるでな。  ちなみに下の洞穴から入ると、その先は長く暗い道が慣れていないと延々と続くように感じる。《古月|こつき》はどちらも苦手じゃろう。上から手順を踏んで行けば良い」 「上の入口の方に、持ち物と入城許可証をお見せすれば良いのですね。その後はどのようにすれば?」 「正門の警備が入場許可証を改めた時点で連絡が行く手筈が整っておっての、悟から腹心のいずれかを入口まで迎えに出すと話は聞いておる。  なに、彼奴の長年の腹心だ、お前を見た目だけで判断したりはせんよ」 「…………分かりました。今からお探しのものを詩織さんのお部屋から探して、見つけ次第お届けしに行きます」 「頼むでの。では、儂は先に出かけてくる。古月も気をつけて行くんじゃぞ」 「はい。行ってらっしゃいませ、お爺様」  正座したまま一礼をした少女の頭を軽く撫でてから、老人は先に座敷を出た。  一人残された少女は今一度だけ書面を読み、深呼吸を幾度か繰り返し。 目を閉じて天を仰ぎ、そうして心を決めて、おもむろに立ち上がった。            ──────────  渡された地図通りに進み、大通りに突き当たって国城をまじまじと目にした時、束ねた髪を隠すように覆った薄い桜色の頬かむりの上、遠目からでも国城の一角が光って見えた。  教本に載った挿絵以外では初めて本物を目にしたが、やっぱり国城だけあって存在感がある。  さて、問題は此処からだ。  屋敷から此処に突き当たるまでは人気などなかったが、今は昼時、大通りには通行人も多い。  頬かむりをしている時点で、擦れ違う者からは、訝しげな視線をちらほらと受けている。  このまま容姿全貌を見られる前に、早いところ入口まで行ってしまわなくては。  そう思い、なるべく人の邪魔にならない端を選んで、下を向いて歩きながら、《古月|こつき》は風呂敷包みを持った左手と、頬かむりを押さえる右手に力を込めながら正門を目指す。  なだらかな山のように連なっている国城の一番上に近い辺りが正門のはず。  息が切れる傾斜ではないが、屋敷に篭もってばかりいたからか運動不足な気もする。  大分ゆっくりとした足取りで坂を進んでいくと、途中で見えてきた正門は、先程見えたものよりも、遥かに立派で遥かに大きかった。 「凄い、綺麗で大きい…………」 「そりゃあ、うちがいくら小国でも、あれは国城の正門さ、立派に造って国主達が自分達の権力を後世にも残して威光を示すってものだからな。嬢ちゃんは、此処に来るのは初めてかい?」  両側に大小様々な荷物を載せた馬を引連れた男に声をかけられ、大声に思わず反射で肩を震わせてしまったが、どうやら顔などは見られておらず、声に出してしまった呟きだけを聞かれたらしい。  普段より大袈裟なほどの動きで《古月|こつき》が首を縦に振ると、男は快活に笑った。 「何処かの店の新人さんの使いっ走りってとこかね。そんなに緊張なさんな。俺も正門から入るから、後ろについて並んでくればいい。順が来たら、入口の警備に入城許可証と持ち物の中身を開いて見せるんだ。何もなければそのまま中に通される。  《南方殿|なんぽうでん》の中にも、許可証を確認する警備がいる場所があるから、再度許可証を見せて、名前を来訪帳に記載して、城に来た目的を伝えればいい。中が初めてなら、それも言えば誰かが目的の所まで案内してくれる。お使いにしては簡単だろ?」 「ご丁寧にありがとうございます」 「いいってことよ。今は昼だし、今日はちっとばっかし列が長いから、時間はかかるかもしらないけどね」  言われた通りに男の後ろについていくと、遠目に目を凝らしただけでも人が多い。  自分の後ろにもすかさず次の者が並んだので、とりあえず男の言葉通りにしておく。  小さく息を吐き、大丈夫大丈夫、と《古月|こつき》は何回も心の中で念じる。  このまま入口を通れば、悟の知り合いの人が迎えに来てくれる。  そうしたら、無事に詩織にも悟にも会える。  帰りのことは二人が考えてくれているに違いない。  大丈夫、大丈夫、まだ誰もわたしのことを、見ていないし、気付いていない。 「────?!」  入口の前方が、唐突に列を割って雪崩れるよう左右に勢いよく開いた。  何か大声で、警備の者が騒いでいる。  全ては聞き取れないが「待て」「逃げるな」と言葉の端から想像するに、何やら捕物が始まった様子だ。  目の前の男も、興奮する馬を押さえつけるのに必死になっている。  とりあえず警備の邪魔にならないよう、並んでいた者達に倣って列の端にずれようと動いた《古月|こつき》の半身に、後方だけを見て走ってきた者が体当たりをしてきた。  あっと思う間もなく、揃って地面に倒れ込む。  自分の上に乗っている人物は小太りの男らしい。体格差から考えても、下になっている自分は重みで動けない。  受身が取れずに打ちつけた顎や膝や肘が痛みだし、生温い血の匂いもほんのりとする。  気付けば、左手が手ぶらになっていた。  手にしていたはずの風呂敷包みを探し、《古月|こつき》が視線をさ迷わせて周りへ視線を走らせると、先程親切にしてくれた男の足元に転がっているのが見えた。 「すみません、そ」  の荷物、と続ける前に、明らかに自分に向けられている視線が増えたことに、《古月|こつき》は気付いた。  上にいたはずの男も「ひっ」と短く悲鳴を上げて後退り、男を追いかけてきたはずの警備も揃って立ち止まり、列に並んでいた者達も皆、遠巻きに自分をまじまじと見ている。  皆の視線が、あからさまに異物を見るような色を帯びている。  《古月|こつき》が慌てて頭を触ると、覆っていた布の感触ではなく、直に髪の感触がする。  さらさらと指を滑っていく、《金糸|きんし》が。 「おい、あれ、《××××|化け物》じゃねーの?!」 「ええええ、なんで《××××|化け物》が此処にいるわけ? お城に用なんてないでしょう?」 「お前、さっきあいつと話してたな。何か知ってるのか?」 「俺だって知らねーよ! ただ最初からきょろきょろと、何だか挙動不審だったのは確かだったけどよ」  容赦ない視線と言葉が、隠すものもなく直に向けられて、息が詰まる。  声が出ない。  こわい、こわい、こわい、こわい、こわい、こわいこわいこわい、こわい、また、きっと、何かしたら、あの女の人みたいに殴られる、蹴られる、こわい、こわい、こわい、こわい。  頭を覆って出来る限り体を丸め込み、その場に塞ぎ込んでしまった《古月|こつき》の脳裏に、冷え冷えとした床の感触と、いつまでも鳴り止まない風の音と、あの女の人と過した過去が鮮やかに蘇る。  こわい、こわい、こわい、こわい、こわい、こわい。 「げっ、これ《××××|化け物》の持ち物か!! きったねーな! 俺に寄るんじゃねーよ!!」  先程まで親切にしてくれていた男が、包みを容赦なく蹴り飛ばした。  勢いよく飛んできたそれは、《古月|こつき》の頭に当たって地面へと落ちる。  その瞬間、包みを見て、《古月|こつき》の意識は現実へと返る。  壊れものではないが、これは詩織の大切なものだ。蹴って良いものではない。  涙目のまま男を見ると、男はたじろいだようだったが、声の大きさは変わらなかった。 「な、なんだよ、その目は! 《××××|化け物》のくせに、人間様に逆らうってのか! 自分が俺達と同じだとでも思ってんのかよ! こんの《××××|化け物》如きが! 誰のおかげで飯食えると思ってんだ!」  包みに伸ばした《古月|こつき》の手が勢いよく上から土足で踏みつけられ、脇腹に容赦のない爪先がのめり込む。  かはっと嫌な音が口から零れ落ち、喉元まで上がってきた胃液が口内に酸味を残す。  それでも手を無理矢理に引き抜き、荷物を胸元に大切に抱え直して、口端から垂れてしまったものを拭い《古月|こつき》が再度見上げると、男は青ざめた顔をして、ぶんぶんと両手を振った。  その片手に、先程から興奮し続けている馬がいることも、とんとすっかり忘れてしまった様子で。 「来るな、来るな、来るな、来るな《××××|化け物》!」 「きゃぁぁぁぁ!! あんたなに馬を振り回してるの! 警備! 警備! 早くこっち! こいつの馬が暴」  がん、と先程よりも硬いものに側頭部を蹴り飛ばされて、《古月|こつき》の視界が揺らぐ。  何か皆が騒いでいる声がするが、今度は上手く聞き取れない。  そうこうしているうちに、意図せずして倒れ込んだ地面にじわりと広がったそれが、赤いものであると考えたところで、《古月|こつき》の意識はぷっつりと途絶えた。
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