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現在編・序②―再会と出会い① 「ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、悟、どうしよう、どうしよう、どうしよう。《古月|こつき》ちゃんはこんなに怪我しちゃってるし、わたしはおじいちゃんになんて言えばいい? お母さんには、今度家に帰った時、絶対にこんこんと正座でお説教されるのが目に見えてるし。ねぇ、悟ってば、あんた、さっきからちゃんと、わたしの話聞いてる?!」 「大声を出さずとも聞こえている。詩織、お前が慌てていても何の解決にもならないだろうが。だから少しは落ち着け」  ぼんやりと戻りかけた意識の遠くで、声がする。  包帯越しの右手を握ってくれている手は温かくて、自分を殴ったり蹴ったりする人でないことはすぐに分かった。 「だって、だって、だって! あんた、《古月|こつき》ちゃんが怪我したっていうのに、ほんっとうに、いつも通り顔色少しも変えてないんだもん! 何よ、普段通りの仕事だと言わんばかりに、一人でさっさと警備部との話し合いに行ったり、淡々と皆に指示出しとかしちゃって! そりゃあ、こっちが心配になるわよ、こんの馬鹿悟!!」 「何故に俺が馬鹿呼ばわりされるんだ」 「するわよ馬鹿ー! あのね落ち着き払ってるにも限度があるわよ! わたしがこんなにも、どうしようどうしようと考えてる横で、ぱっと見て無表情極まりないあんたが座っていたら、普通はそう思うでしょうよ、馬鹿!!」 「…………」 「こら、話すのが面倒臭くなったからって黙るな!」  この声は知っている。覚えている。わたしが好きな人達の声だ。  相変わらず、詩織さんが、見た目だけは無表情無感情な、落ち着き払った態度を終始貫いている悟に食ってかかっているのかなぁ。  詩織さん、わたしのことになると、もしも本物のお姉さんがいたらこんな感じなのかなって思うぐらいに、途端に物凄く心配性になるもの。  悟もそう、詩織さんには心底甘えているから、きっと今はこれ以上面倒だからと、全てを聞いているくせに、聞いていないふりをして黙り込んでいるに違いない。  詩織さんは、それも分かっているはずなのに。  変わっていないなぁ、二人とも。  うっすらと開いた《古月|こつき》の視界に、見慣れない木彫りの天井が見えた。  鶴が羽ばたいている挿絵がある天井板の部屋は、《間宮|まみや》の屋敷にはない。  では、此処は、この部屋は、一体何処な 「《古月|こつき》ちゃん! 良かったぁ目を覚まして! 痛かったよね、物凄く怖かったよね、ごめんね、ごめんね、本当にごめんね、嫌な思いをいっぱいさせちゃってごめんね」  布団の上から覆い被さるようにして抱きついてきた女性に、《古月|こつき》の思考は一度中断される。  左耳の上で簪で一つにまとめられた黒髪と、正反対なまでに真っ白な割烹着姿。  ぎゅうとお構い無しに抱きついて離れない横顔は、間違いなく間宮本家の正当後継者であり、古月にとっては義理の姉にも等しい《間宮詩織|まみやしおり》だ。  その光景を隣で見ていた、詩織よりも背丈が低く小柄な青年、《君原悟|きみはらさとる》が小さく息を吐き、ほんの少しばかり色素の薄い瞳が真っ向から《古月|こつき》を見た。 「目を覚ましたばかりで悪いが。《古月|こつき》、お前本人は、何処まで記憶にあるのか確認したい」 「お爺様から詩織さんへお届け物をと言われて、入り方を教えてくれた人の後ろの列に並んだの。そうしたら、唐突に正門の警備の人が誰かを追いかけ始めて、追いかけられていたその人がわたしにぶつかって。  それからわたしが、まじまじと全身を皆に見られて、《××××|化け物》と呼ばれたり、手を踏まれたり、脇腹を蹴られたり。最後に、何か硬いもので頭を殴られたことまでしか、わたしは覚えていない」 「そこまで明確に覚えているなら十分だ。《古月|こつき》、此処は既に国城の中だ。東西南北ある四つの殿の内、《西方殿|せいほうでん》。城内住み込み士官の女官達の、居住区の一角に当たる。  間宮の《翁|おきな》から前もって聞いていたと思うが、お前の迎えに俺の部下を予め入口付近に送っておいた。そいつが外の騒ぎに気づき、お前が頭から血を流して倒れている所を発見し、外科医の免許を持っているそいつが応急処置をしてから、此処へ運び込んだ。  馬に掠り蹴られた場所が頭だったから大袈裟なまでに血が出ただけで、特に後遺症もないだろうとの見立てだ。他は擦り傷や打撲だけで、跡にも残らずに治るという。お前が気を失っていた時間は二刻ほど。ここまでで、何か質問があるなら聞く」  《古月|こつき》が抱きついて離れない詩織の頭を撫でながら首を横に振ると、悟は立ち上がって襖へと手をかけた。 「《古月|こつき》。以前に会った時より、多少は背丈も大きくなったんじゃないか。《間宮|まみや》の屋敷で、お前が息苦しくなく、不自由なく生きていられるようなら何よりだ」  仕事に戻ると短く言い残し、青年にしては小さな背姿が室内から消える。それで我に返ったのか、慌てて詩織が身を起こした。 「んもーあいつは! ほんっとう、頭の端から足の先まで仕事人間なんだから! 状況確認して必要な説明だけして、自分の言いたいことだけ言ったらはい終わりって何なのよ! もうちょっとは久しぶりの再会を喜びなさいよ!!」 「いえ、むしろあまりにも変わっていなくて逆に安心しました。勿論、詩織さんもです。こんな形でお会いすることになってしまいましたが、お二人の顔を見れて、声を聞けて嬉しいです」  詩織の肩の力が抜け、安堵の溜息をついた。  《古月|こつき》が布団の上で上体を起こし、改めて自分の現状を見直すと、かなり大きめの浴衣に着替えさせられていて、踏まれた右手と血が出た頭には包帯が幾重にも丁寧に巻かれている。  膝や肘には創膏が貼られ、脇腹には冷たい湿布の感触がある。  どうやら、悟の言う通り、特に今後には支障がない程度の怪我ばかりだ。 「《古月|こつき》ちゃんの衣服、血がついちゃったから、わたしが血抜きをして洗濯して干しているところなの。代わりの物をと探したのだけれども、わたしのお古はほとんど屋敷に置いてきちゃっているし、今のわたしの物じゃ大きすぎるし。  それに、いつまでも下着姿のままにはさせられないから、小屋の備品から引っ張り出してきちゃった。男物しかなかったから、ぶかぶかでごめんね。あ、ちゃんとわたしが《古月|こつき》ちゃんは着替えさせたから。あいつは一切覗いてないから安心してね」 「ありがとうございます。それで、あの、わたし、詩織さんに謝らなくちゃいけないことがあって」 「《古月|こつき》ちゃんが謝る?」 「はい。お届け物、わたしが騒ぎの最中になくしてしまって。見知らぬ人に、思いっきり蹴られてしまったんです。わたしがこんなだから、こんな姿だったから、だから、詩織さんの大切なものなのに、蹴られてしまって、ちゃんとした形でお届けできなくて、本当にごめんなさい」  《古月|こつき》が視線で一瞥した室内に風呂敷包みはない。  だからもう、あんな状態になってしまったものを本人にも見られてしまっていて、どうすることも出来なかった自分が嫌になって、《古月|こつき》は詩織に頭を下げて謝罪しながら、涙が浮かんでくるのを感じた。  わたしが、こんなんじゃなかったら。  わたしが、《××××|化け物》なんて存在じゃなかったら。  きっとあの男の人も、最初の通りに優しいままだったろうし、他の人達だって、わたしのことなんて気にも止めなかっただろう。  わたしが、こんなだから。  《突然変異体|とつぜんへんいたい》だから。  皆と違うものだから。  だから、本当なら、わたしだけが嫌な思いをすれば、わたしだけが我慢すれば、済むことだったのに。  わたしの大切な人にまで、余計な世話や面倒をかけて、嫌な思いをさせた。  わたしが、こんなだから。  こんな姿なのに、外に出て、生きているから。  だから、わたし以外の人まで嫌な思いをする。  なんで、わたし、こんななんだろう。  なんで、わたし、《××××|化け物》なんだろう。  ぽた、と涙が布団の上に落ちていく。  跡も残らない雫達。  それでも、ぽたぽたと零れていく透明な雫は、止まることを知らない。 「こ」 「失礼するよ。中に入っても問題はないかい?」  詩織が《古月|こつき》の名を呼びかけた声が、悟よりも更に低く、落ち着き払った声音で上書きされた。  聞いたことがない声だ。  知らない声だ。  多分、わたしより大きな男の人の声。  わたしが知らない、わたしを知らないはずの人の声だ。  わたしを知らないってことは、この人も、わたしのことを、  襖が外から開く前に、《古月|こつき》は勢いよく掛け布団を全身に被って、小さく丸くなって蹲った。  詩織が優しく肩を揺すってきたが、こうやっていれば、先程みたいに自分のことをまじまじと見られることはない。  知らない人に、これ以上自分のことを見られたくない。何もされたくない。  こわい、こわい、こわい。  《古月|こつき》が涙で滲む目を閉じて、敷布団に押し付け震えていると、詩織に退室するよう伝えた声がした。  続いて慣れた気配が一つなくなり、開いた襖が再度閉まる音が耳に届いた。  《古月|こつき》が更に布団を丸めるようにすると、微かに笑う声が聞こえた。 「君は隠れんぼが好きなのかい? それにしては、少々隠れる所が分かりやすい気がするけれども」  相手には、無理に布団を剥ぐ気はないらしい。  衣擦れの音がして布団の傍に座する気配がすると、声が先を続けた。 「そういえば、お互いに自己紹介がまだだったね。本当なら君の名を先に聞きたいのだけれども、悟は相変わらずの黙りっぷりだったし、詩織は今さっきまで心底慌てていて、どちらも話にならなかったからね。根気勝負をしたいが、如何せん俺にあまり時間が無くてね。だから、早いところ、声だけでも聞かせてくれると嬉しいかな、お嬢さん」  お嬢さん。  その言葉に《古月|こつき》はびくりとする。
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