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序②―再会と出会い②  性別が分かっているということは、この人は何かしらは知っているということになる。  わたしの何を知っているんだろう。  悟も詩織さんも話をしていないのなら、名前ではないはず。  では何だろう。 「俺は立場上、報告を受ける事が多い側の人間でね。だから正門での騒ぎも、あらまし自体は既に耳に入っているし、怪我人として君が此処に運ばれた事も聞いたから、それで訪ねてきた。此処にはいないが、手当てをした悟の部下と、君が目覚めてから俺も含めて会った三人だけが、君が此処にいる事を知っている。これで前説明としては足りるかな、お嬢さん」  澱みなく紡がれた説明は、《古月|こつき》にとっても、聞いていて特に疑問を感じるものではない。  ではこの人は、わたしが普通でないことは既に知っているのか。  知っていても尚、わたしと何の話をしようと言うのだろうか。 「……」  流石にずっと布団を巻き付けるように被っていると、息継ぎが苦しくなってきた。  《古月|こつき》がぷはと息を吐いて僅かに上げた布団の隙間から視線を移すと、豪奢な刺繍の入った袴が正座しているのが見えた。  悟の説明通りなら、此処はもう城内だ。  綺麗な着物を身に着けている人は沢山いるだろうが、こんなに目を見張るほどの高価そうなものを着ている時点で、この人は、相当位が上の人に違いない。  そこまで考えると、これ以上蹲っていても、悟にも詩織にも更に迷惑をかけるだけだと思い、《古月|こつき》は頭からすっぽりと布団を被ったまま、ゆっくりと身体を起こした。 「どなたかは存じ上げませんが、助けていただき、更に怪我の手当までしていただいて感謝しております。ですが、騒ぎを起こして、本当に申し訳ありませんでした」  《古月|こつき》の声を聞いた人物が、また小さく笑う。  何かおかしいことを言ったかなと《古月|こつき》が小首を傾げると、先が続けられた。 「俺が思っていたよりも、かなり幼い声だったから。布団を被っていても身体が小さい事は分かっていたから、今の声を聞いて、これは思っていたよりもかなり歳下の子かなと。お嬢さんと呼ぶよりは、お嬢ちゃんの方が適切なのかと思って」  たしかに、青年の言う通り、《古月|こつき》の身体は小さいほうだ。  《突然変異体|とつぜんへんいたい》であるせいなのか、はたまた遥か昔にあの女の人と過ごした日々が原因なのかは知らないが、時折気になって背丈を測ったりしても、毎回期待したほど伸びてはいない。  それでも《間宮|まみや》の屋敷に初めて行った時よりも背は伸びたし、何より悟に『大きくなったんじゃないか』と言われて内心喜んでいたばかりのところに水を差されたような気がして、《古月|こつき》はむぅと片頬を膨らませながら反論した。 「お嬢ちゃんだなんて、そこまで小さくありません」 「おや、お気に召さなかったか。これは失礼。では何て呼べば満足するのかな」 「《古月|こつき》。わたしの名前は《砂城古月|すなしろこつき》です」 「こつき、字面的には古い月か、湖の月とでも書くのかな。姓は《砂城|すなしろ》と来たか。《間宮|まみや》本家の者ではないわけだね、《古月|こつき》は。でも、詩織と悟の顔を見れば、君が《間宮|まみや》の関係者である事は明白だ」  変わらぬ落ち着いた声音で返されて、思わず《古月|こつき》は唇を固く結ぶ。  こう言えば《古月|こつき》が誘導に引っかかって、勢い余って話をしてしまう事も、この人はとっくに考えていたに違いない。  義母や悟も物凄く頭が良いけれども、この人もきっとその部類の人間だ。  いつの間にか、自分の思った通りの方向に、話を持っていく事が出来てしまう人。  そんな人へこれ以上無駄口を叩かないための対処方法は、《古月|こつき》は黙ることしか分からない。 「《古月|こつき》。勘違いはしないで欲しいのだけれども、そもそも今回の騒ぎの元凶は、君のせいではないからね。元々違法な物を内に持ち込もうとした輩が全面的に悪い。君に体当たりをした小太りの男だ。それから、もう一人、君に怪我をさせた馬の持ち主である男。だから、むしろ君は被害者側なんだよ」  悟、詩織、と名を呼ぶ声には大分親しみや馴染みが篭っている気がする。  二人の知り合いなら、悪い人じゃ、ないかもしれない。  そう思い、《古月|こつき》が視線を向けようとすると、自然に伸びてきた手が先に布団を払い除けた。 「────あ」 「はい、隠れんぼはおしまい」  これまた丹念な刺繍が施された上着を着た青年が笑う。  座っていても、《古月|こつき》よりも大分背が高い。  だから隠すものがなくなり、慌てて《古月|こつき》が顔を伏せようとする前に、顎先をほんの少しだけ指で上に向けられた。  真正面からかち合うことになった青年は、この国では当たり前の黒髪黒眼。  普通の人だ。やっぱり、自分とは違う人だ。  《古月|こつき》が視線だけをそらすと、青年はふっと笑った。 「君は、自分で自分を認めてあげられないんだね。隠す事なんて、俺からすれば何一つもないと思うけれども。君の髪はまるで月の光みたいだし、眼の色は《夜光石|やこうせき》という宝石よりも深くて綺麗な青色をしている。だからとても、俺は君が綺麗だし可愛いと思うよ。名の字面もその容姿からとったのなら、古い月だろうし、君に似合っている名だと思う」 「…………」 「《古月|こつき》がどんな思いをしてきて、今回の件も含めて、どんな風に自分の事を考えているかは、俺には想像の範疇でしか、ものは言えないけれども。それでも、君は君という確固たる一人の人間であって、こんなにも小さな女の子で、それにとても綺麗な容姿の可愛い女の子だよ。  誰かに罵られるのが当然、誰かに蔑まれるのが当然、蹴られるのも殴られるのも、自分の見た目が皆とは違うから当然と言うのは、それは何か考え方が違うのではないかと俺は思う。君は君という一人の人間であって、俺や他の皆と同じく、生きている一個人として尊ばれるはずの存在だ。  今回の出来事全てが自分のせいだと思っているのなら、それは違う。先程も伝えたが、君が《突然変異体|とつぜんへんいたい》だから起こった出来事じゃない。元凶は別にある。この世全ての悪い事を自分のせいだと思うには、あまりにも君は幼すぎるしね。そして、裏を返せば、それは君の傲慢というものになる。  君が知らない世界は、まだまだこの世に沢山あるだろう。俺の事も、今だに名も身分も何も知らないのに。それなのに、君は自分が俺とは、皆とは違うからと、自分から線を勝手に引いて隅で蹲って隠れて、こちら側へは歩み寄っては来る気はないのかい? 悟や詩織みたいな人間が、この世界に他にも決していないとは言いきれないのに。だとしたら、それは君の人生にとって、俺はとても大きな損失だと思うけれどもね」  顎先に当てられていた指先が離れ、青年が口を閉ざすと室内には沈黙が訪れる。 「……」  この人は、何者なんだろう。  わたしのことを見ても驚いたりも何もせずに、悟や詩織さん、《間宮|まみや》の人達と同じみたいに、『わたしが、わたしで、わたしだから、わたしでいて良い』のだと言ってくれるなんて。  そんな人、今まで他にはいなかった。  わたしの知らない、大人の人なのに。  ほんの少し、《古月|こつき》の中でも興味が湧いたと言えば、そうだったのかもしれない。 「あ、あの」 「《夜霧|やぎり》様。こちらは全て滞りなく。詳細な報告書並びに自白調書を取り揃えてあります。怪我をおわせた二名とも取り押さえて、南方殿三階の小部屋に。牧村が見張っているので、逃げ出される事はないと思われます」 「…………え?」  襖を開けずに聞こえてきた悟が告げた名に、《古月|こつき》は聞き覚えがある。  義母からの課題の中でも、幾度となく名が出てきていたから。  それに、この国────《夜の帳|よるのとばり》にいて、彼の名を、彼がどんな人物であるかを、年端もいかない乳児以外で知らぬ者は、ほぼいないだろう。 「残念。《古月|こつき》が聞き出す前に、先に悟にばらされてしまったね。悟、こちらの話も一区切りはついた。今から加害者側に話を聞きにいく」  了解の声と共に外から襖が開かれ、射し込んできた夕暮れの陽射しに《古月|こつき》が思わず眩しさで目を細めると、立ち上がって廊下へと出た青年が微笑んだ。 「《古月|こつき》。君は夕陽の中で見ても、やっぱりとても可愛らしい至って普通の女の子だよ。既に早馬を飛ばして、《間宮|まみや》の屋敷には連絡済みだ。動けないほどではないと言っても、怪我が治るまではこの部屋を自由に使ってくれ。後程、城内に詳しい同性の者を寄越す。何か必要な物、欲しい物があれば、その子達に言ってくれて構わない」  青年が先に進み、悟が後からついて行く。  開け放たれた襖、夕暮れの陽射しが射し込む室内の中で、《古月|こつき》は結局問えずに終わった質問を、無理矢理に飲み込んだ。  この国で、その名前は唯の一人しかいない。  一人しかいないのは、この国にとっては最上位の権力を持つ一族の者であるから。  だから、似たような名を子供につけても、国民は敬意を表すために、同じ名の子は本人が崩御されるまで絶対につけないのが、この国での長年の暗黙の決まり事だ。騙ることすらも不敬罪に当たるため、そうおいおいと偽物も現れない。  それがこの国での彼の立ち位置を示しているから。  この国の中で、誰よりも上にいると、そう存在づけられているから。  正式名称は《高遠夜霧|たかとおやぎり》。  十五で即位してから十二年、今も尚この国の平和を保ち続けている、《夜の帳|よるのとばり》の象徴である、《現国主|げんこくしゅ》の名に他ならなかった。
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