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現在編・序③―前へ② 「早馬が来た時には、流石に当主も驚いていたけれどもね。《君原|きみはら》くんが仕事の合間をぬって、屋敷を訪ねてきて。『こちらが出迎えに出る前に、《古月|こつき》に怪我をさせてしまって申し訳ない』と、わざわざ頭を下げに来てくれて。僕達も大体の話は聞いたけれども、《君原|きみはら》くんや詩織、それに《古月|こつき》にも何かしらの非があったとは思っていないよ。怪我の跡が残らなくて良かった、女の子に傷が残ったら大変だからね」  頭と右手の包帯も取れ、目立つ場所に傷がなくなり、そろそろ城からお暇しようと考えていた日の昼、休憩の時間を利用して《間宮|まみや》の義父が《古月|こつき》の借りている部屋へとやってきた。  にこにこと笑っていることが多い義父は、父を知らない《古月|こつき》にとっては本当の父親にも等しい。声を上げて怒っているところなど見たことも無い、非常に穏やかな人だ。 「《間宮|まみや》のお屋敷の皆様にも、悟や詩織さんにも、それからお城の方にも、沢山迷惑をかけてしまいました。ごめんなさい、お義父様」 「《古月|こつき》が謝る事ではないよ。それよりも《古月|こつき》、少し続けて話があるのだけれども、もう一人、この場に呼んでも構わないかい?」 「はい」  前もって打ち合わせは済んでいたのだろう。  義父が一度退室し、さほど時間もかかからずに戻ってくると、先に室内に通した人物を見て、《古月|こつき》は思わず息を飲んだ。 「こ、《国主|こくしゅ》様」 「その呼び方は少し距離を感じるなぁ。食事も何回かは、一緒にしたというのに」  特に責めているわけではない口調なのは、すぐに分かった。  そうして《古月|こつき》の正面に義父と共に座すと、《夜霧|やぎり》が義父に向かって小さく首を縦に振ったのを皮切りに、義父が口を開いた。 「《古月|こつき》、二日後に《間宮|まみや》塾の卒業試験があるだろう。合格すれば、香織から卒業証書と、城内女官として士官できるだけの素質ありとの認定状が出され、晴れて君は山のような課題から自由の身となる。そこで、改めて《古月|こつき》に聞きたい事があるんだ」 「聞きたいこと、ですか?」 「《古月|こつき》は十五にもなった事だし、今の古月なら、間違いなく《間宮|まみや》塾も留年せずにきちんと今回で卒業すると思う。以前当主に質問された時には上手く答えられなかったようだけれども、《古月|こつき》自身にやる気があるのならば、これを期に城内士官してみないかという提案なんだ」 「────!」 「勿論、僕が城に士官しているからと言っても、《間宮|まみや》の遠縁の《砂城|すなしろ》姓を名乗っていると言っても、縁故で採用されたとは、《古月|こつき》本人にも思われたくない。公平を期して、他の子と同じように、採用試験を受けてもらう事にはなるけれどもね。合格者の配属部署は、人事部からの評価を見て、各部署の要職達が話し合って所属を決める。仮に《古月|こつき》が合格したら、適正的には、おそらく僕が管理している文書管理部の配属になる確率が高いとは思うけれども。仕事中は、別段特別扱いはせずに、新人士官として皆と同じように接するつもりだよ」 「わたしが、ですか?」 「そう。《古月|こつき》に士官する気があるか、それを確認したい」  続けたのは《夜霧|やぎり》だった。 「別に、《古月|こつき》本人が嫌なら、断ってくれて全然構わない話なんだ。国中にも職業斡旋所は認可した所が大々的にあるし、《間宮|まみや》塾の卒業生ならば、そうそう変な職場を紹介されたりもしないだろうとは思うし。ただ、俺としては」  《古月|こつき》を見た視線からは、何処まで先を見通して話しているのかは、《古月|こつき》には分からない。  けれども、外されることなく向けられた視線は、変わらずに真っ直ぐなままだった。 「今まで、城内で《古月|こつき》────《突然変異体|とつぜんへんいたい》を雇用した事は、ただの一度もないんだ。外で職を得て働いている《突然変異体|とつぜんへんいたい》の多くも、まともに寺子屋や私塾に行けず、安い賃金で労働を課されている者が多い。俺も手は尽くしてきたつもりだけれども、それでも思ったように改善していない。人の心は所詮、人のものだからね。一朝一夕には、そう簡単にはいかない事は分かってはいる。  だから、新しい取り組みの一環として《古月|こつき》に先陣を切って貰おうと考えている。この数日間、俺は君の振る舞いを見てきたけれども。君は士官するに十二分な教養も、躾もきちんと身についているというのも、俺の判断だ。《突然変異体|とつぜんへんいたい》でも、城内士官が出来るのだという新しい前例を作る為に、良かったら手を貸して貰えないだろうか」  城に士官する。  それは、《間宮|まみや》の屋敷の者達と、同じ道を歩むことだ。  今までは特に無理強いをしてこなかった義母も間違いなく喜んでくれるだろうし、お爺様も安心するに違いない。  お義父様は勿論、悟や詩織さんも喜んでくれるだろう。  でも、ほんとうに、ほんとうに、こんな、こんなわたしが城にいて、  もしも、もしも、また、あんなことになったら──── 「《古月|こつき》」  気付けば、視線は膝元に落としてしまっていたらしい。  名を呼ぶ声に《古月|こつき》が視線を上げると、《夜霧|やぎり》は微笑んだ。 「俺は、《古月|こつき》だから、君だから、この提案をしようと思って《間宮|まみや》とも相談をしたんだよ。これでも俺は《国主|こくしゅ》だからね、そこそこ人を見る目だけはあると思っている。《古月|こつき》ならどの部署であろうと、きちんと己の職務を果たしてくれるだろうと信じている」 「…………」 「《古月|こつき》、突然の話だし、君にとっては唐突な内容だから、今は兎角混乱していると思う。だから、返事は直ぐにくれとは言わない。君が《間宮|まみや》塾を卒業するのが二日後の予定、更にその一週間後に城内士官者採用試験がある。試験自体は《間宮|まみや》や義母に尋ねれば、対策自体は練れると思う。  けれども、俺は君が自分から此処に来たいと、改めて外に出てみたいと、そう思った時に君が心のままに行動してくれたら、それが一番だと思っている。君が心を決めたなら、また此処で会おう。俺は合格者に話をする場にいるからね。会える事を楽しみにしているよ、《古月|こつき》」  それで、《夜霧|やぎり》の言葉は終わりだった。  先導して襖を開けた《間宮|まみや》の前で、《古月|こつき》の元から去って行った背姿は、初めて夕陽の中で見たものと、何も変わらなかった。             ────────  城内士官者採用試験の受験資格は、国が認めた寺子屋並びに私塾の卒業証書・素質を認める認定状を所持していること。受験年齢の下限は十三から。性別は不問。試験内容は筆記試験並びに人事部との口頭試問。二つの課題で合格水準を越えたと判断されれば、城に士官することが許される。  その大前提として、《古月|こつき》は《間宮|まみや》塾の卒業試験を受け、一発で無事に合格した。  義母からも士官するに十二分とのお墨付きをもらい、渡された二枚の書状を改めて見直して。  《古月|こつき》はあの場では言えなかった言葉を、自分で決めたことを、自分の口からはっきりと、《間宮|まみや》家の者達に伝えた。  周りが騒めいているのが分かる。  幾つもの視線も感じる。  密やかな囁きも聞こえてくる。  でも、もう、隠したりなんかしない。  これが、わたしだから。  《××××|化け物》と呼ばれても、これが、わたしだから。  あの人が認めてくれた、わたしだから。  普段通りの白い小袖に朱の袴、ほんのりと薄くだけ唇に塗った桜色の紅。  そして肩まで梳いた金髪と青い眼を一切隠さずに現れた《古月|こつき》を見て、周りの騒めきは終始大きかったが、《古月|こつき》は一度も視線を伏せることなく、真っ直ぐ前だけを見た。  上座に座るであろうあの人を、他人の背中越しからでも、頭の隙間からでも、きちんと見るために。  悟を連れ立って《東方殿|とうほうでん》の広間の上座にある座椅子へと腰を下ろしたあの人────《夜霧|やぎり》は、一度場をぐるりと見渡して、《古月|こつき》と目が合うと小さく笑った。  ような、気がした。 「まずは合格おめでとう。君達が今回の士官試験における合格者全員となる。既に手渡された書面にある通り、配属部署は人事部の裁定を元に、各部署の要職達が話し合い、明後日には各々に通達が行く。他必要書類も確認し、各自で揃えておく事。  変な話に聞こえるかもしれないが、俺は俺の生まれがたまたまこの国では国主の一族で、跡を継げる男子だからと幼い頃から道を周りに敷かれていただけであって、自分から選択して選びとった道ではない。一度国主の立場に就いたからには、今の責務をほいほいと放り出す気はないけれどもね。  けれども、君達は違う。自分で選び、努力した結果が今の君達だ。だから君達の中で、誰が優れている、劣っているなどは一切ない。それぞれに得意な事や不得意な事があるように、皆がそれぞれに違う。この国には見た目だけが異なる者も確かに存在する。しかし、自分と同じように試験を受け、自分と同じく合格したならば、同じ城内士官する仲間であり、同期であり、配属によっては同僚になるかもしれない。そこに性差も年齢差も、勿論容姿の違いもない。共に俺の下で国政を支えていく一員だ。その事だけは、城に士官するという誇りと共に、忘れずにいてもらいたい」  では解散と短く告げられた声に、静まり返っていた場が元に戻っていく。  そそくさと荷物を抱えて部屋から出ていく者が、遠慮なしに背中や横顔に視線を向けるのを感じながら、《古月|こつき》は正座したまま、ただじっと待っていた。  そうして室内からほとんどの者がいなくなり、ようやく何も遮るものがなくなった視界で、《古月|こつき》は真正面から視線を受けた。 「久しぶり、《古月|こつき》。その顔は、自分できちんと決めてきたんだね」 「はい。《夜霧|やぎり》様が、わたしで、今までにないものの前例を作ると言うのなら。わたしは、わたしで、わたしだからいていいのだと、そう仰ってくださった貴方を信じて、わたしも、わたしに出来ることをしようと思います。わたしと同じ《突然変異体|とつぜんへんいたい》の人達に、何も下を向くことはないのだと、貴方がわたしに前に進むためにくれた勇気を、わたしがお城で働くことで、皆に少しでも渡せるように。そうしたいと、そうありたいと思っています」  あの日一度手折られた勇気は、そのまま踏みつけられて、汚され散らされたままではなく。  この人の、真っ向からの言葉と態度で、君が選べと、選択肢と共に手渡された。  それならば、わたしはこの人のように、出来る限り前を向いていこう。  今度こそ、自分で自分を、自分のことを、ほんの少しでも、認めてあげるために。 「それなら《古月|こつき》、もう少しだけこちらへおいで」  悟に先に退室するように告げた《夜霧|やぎり》に言われ、《古月|こつき》は言われるがままに、大人一人分の距離を取った位置に正座し直した。  座椅子から立ち上がった《夜霧|やぎり》が膝一つ分まで距離を詰めてきたために、反射でびくりと肩が震えたが。 「手を出してごらん」と言われ、その通りに《古月|こつき》が両手を受け皿のように出すと、その上に真新しい髪紐が置かれた。  初めて会った日の夕陽と同じような、燃えるような赤い色の髪紐。 「本当なら君の誕生日祝いに、悟や詩織が何かを贈ろうと考えていたらしいのだけれども、如何せん二人とも忙しくてまともに外に出る暇がなかったからね。だから、これは俺からの誕生日祝い兼試験合格祝いという事で。部署によっては髪型の規定もあるからね、必要があったら使ってくれると嬉しいかな。勿論、他の皆には秘密でね」  唇に指を一本当てて笑った《夜霧|やぎり》を見て、  《古月|こつき》の中で、とくんとくんと、鐘が幾つも鳴って。  そっと握り締めた赤い髪紐を手に、《古月|こつき》は心から笑って、桜がほころぶような柔らかい笑顔を見せた。
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