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 軽やかに木造りの階段をのぼる音が響く。発生源たる少女の心情を顕すように穏やかに柔らかく。  ──ついに、ついに誘えた……! 一週間後、花火大会!  少女は笑みが溢れるのを止められない。想い人と二人で花火大会にいくというのは、彼女の周囲においては最重要のイベントだった。齢十六、成熟と未熟のはざまに揺れる、儚さと凛々しさの境界にある者の、ひとつ刺激的な事象。  ──嗚呼、いったいどんな衣装を着るのでしょう。浴衣、それともカジュアルな洋服かしら。甚平もきっとお似合いになるわ。ええ、ええ。どんな居姿でも、私は心踊ってしまうでしょう!  夢想は止まらない。自室の扉を常よりすこし強めに閉めてしまったことに気づきもせず、少女はその空想を止められない。  ──どうしましょう、あの人の隣に私が居るのに、それに相応しい装束というのはどういったものでしょうか。和装、洋装、それとも中華……いいえ、中華服は花火大会というのでは浮いてしまうかしら。そうなるとやはり、浴衣に下駄に、頭髪は高く括って……、  ベッドに俯せに倒れ込み側位に寝返る。手近なクッションをその右手で引っ掴んで抱き寄せ、感情の奔流をそれに流す。声にならぬ声、喉をいたずらに鳴らすのが響くのを、柔らかな綿を内包するクッションへと逃して、少女はなおも想像する。  ──きっと良い場所というのは人も多いのでしょう。人混みに紛れてしまう私達、はぐれてしまわぬようにと、きっとあの人は手を繋ごうと言ってくださるわ。私にだけでないというのは業腹ですけれど、お優しい方ですから。そうして人の少なくなった頃にも私達は手を繋いだまま……嗚呼、そうして世界は、時は止まれば良いのです。その愛しい時間よ、どうか過ぎ去らないで!  木やプラスチックであったならば軋んでいたであろう強い力がクッションにかけられる。これが彼の者であったならと少女は想起して、けれどと頭を振る。そうだったなら、きっと今頃、自分の心臓は緊張と歓喜とで破れてしまっているだろうから。  嗚呼、嗚呼と少女の喜びは腕や胸、頭のみにならず脚にも伝播する。じたじた、ばたばたと振るわれるその二本の健脚に木組みが揺れるのも気にかけず──気にかかる暇すらなく──少女はただただ想う。嗚呼、これが嘘でありませんように。これが夢でありませんように。  ──貴方と共に過ごせる時間。それだけが、私の求めるただひとつです、  お兄様──  ──(了)
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