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現在編・幕間  祖父は今だに賢君と呼び高い。世間話程度でも、幾度となく名が出てくる。  しかしその息子である実父は、崩御して随分と経つのに正反対の評価だ。  自由人、到底国を治める器ではなかった、己の欲に好き勝手に生きた人物と、散々な言われっぷり。  まともな政策や規律の一つも作らなかったし、何よりほとんど城にいずに、好き勝手に外をほっつき歩いていたのだから、皆の言う事も頷ける。  そんな奴の息子が、流行病で呆気なくこの世を去った父の代わりに、十五で《国主|こくしゅ》に立つとなった時、おおよそ歓迎などされていなかったと思う。  また同じ事が繰り返されるんじゃないかという不安。  平和なこの国が、二代続けて愚王ならば、自分達の生活が崩れるのではないかという見えない恐怖。  それぐらい実父は《国主|こくしゅ》としても、父親としても、自分が知る限り最低の男だったのだ。  だからまず、外堀を埋める為に、後見人として昔から縁故にしている北の大国・《流奏|りゅうそう》の国王に立ってもらい。  《御三家|ごさんけ》の当主の内、協力的な二名にも城内管理を任せ、どうにか目先の体裁を整えると。  初任したその日に、先王に媚へつらい甘い汁を吸っていただけの能無し要職の大半をすっぱりと解雇した。続いて『若さ故の過ちか、蛮行か』と罵られながらも、歳がほど近い少年少女達を側近に命じて────気付けば、十二年が経った。  今の自分の事を愚王と呼ぶ者は特におらず、相変わらずこの国は平和で良いと、皆は言う。  十二年で大分、《国主|こくしゅ》という役割の自分にも慣れた。  本音を見せないで済む愛想笑いも、その場その場における自分優位にする話術も、その他諸々の駆け引きも、世を渡る為の術として覚えて、そうして実行し続ける毎日。  国の一番上にいる自分は、止まる事など決して許されない。  ただひたすらに、前を見て進むだけ。  それしか道はない。  燃え尽きる流星のような勢いで進むと、喩えられるほど。  昔日からずっと癒えない、胸の中の乾きは、変わらずにそのままだというのに。 ────────── 「現在、《坂上|さかがみ》が警備部と改めて事実確認をしていますが、違法物を持ち込もうとした男が逃走し、正門の警備が追いかけた事が発端との旨です。昼時という時間帯もあり、かなり長い待機列が出来ていましたが、確認出来た怪我人は一人だけ。  既に《若本|わかもと》が診察並びに応急処置を施して、西方殿の空き部屋に運び込んであります。若本の見立てでは、跡に残るような重症ではないと。  それから、逃走した男と、怪我を負わせた暴れ馬の持ち主である男、併せて二名は身柄を確保して、現在《野呂|のろ》が調書中です。裏で《牧村|まきむら》も調査中の為、怪我人が目覚める頃には一通り概要は取り揃うかと」  手元に何の用紙もないというのに、相変わらず澱みなく最後まですらすらと説明を終えた悟が口を閉ざす。  《北方殿|ほっぽうでん》の自室で書類仕事を片付けていた《夜霧|やぎり》は、座椅子に座って悟の報告を聞き終えると、おもむろに肘置きに肘をついた。 「そこまで分かっていて、敢えて『怪我人』としか俺に言わないのには、何か理由でもあるのか、悟」 「…………」 「ついさっき、若本が下に続く階段を駆け下りて行った。それからすぐに、若本と一緒に詩織が上がってくるのが、話し声で判別できた。足音通りなら、真っ直ぐに《西方殿|せいほうでん》に向かってね。この時間なら詩織だって忙しいはずだろう。それなのにわざわざ駆けつけるって事は、何かあるのかと勘ぐりたくもなるさ。若本に詩織を呼んでくるよう指示したのも、十中八九、間違いなく君だろうしね。悟と詩織、二人に関係するなら────怪我人は《間宮|まみや》の関係者ってところかな」  悟は無表情を崩さず無言のままだ。  だが十二年前直々に側近に指名したその時から、彼が黙っている時は無言の肯定か、話す必要が無いと本人が判断している事であるので、今回はおそらくその両方だろう。  根っからの頑固者である悟はこれ以上口を開かないだろうし、詩織もあの慌てぶりでは暫くは話にならないに違いない。  それならば。 「悟、詩織を早く宥めて来てくれ。今の詩織を宥められるのは君だけのはずだ。それから怪我人が目を覚ましたら、加害者側に話を聞く前に、直接話をしたい。目を覚ましたら、改めて報告に来るように」  そう指示を下すと、短く首肯された返事と共に、室外へと悟の姿が消えた。  一人になった室内で、《夜霧|やぎり》は座椅子に深々と身を委ねる。  いくらたまたま巻き込まれたとは言っても、《御三家|ごさんけ》の一つである《間宮|まみや》の関係者が怪我をした。  これは城側の、自分の十二分な醜態であり失態だ。  世間の耳に、そうやすやすと入れて良い話ではない。  暫し目を閉じて黙考すると、《夜霧|やぎり》は読みかけていた書類の山を文机の上から畳の上へと移し、《間宮|まみや》本家に向けての速達を書き始めた。               ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈  布団をすっぽりと全身に被っているとはいっても。  身体つきは、どうみてもかなり小さい。  返ってきた声もかなり高めの、鈴を転がしたような、どこかしら幼さが混じる声だ。  これは少女か、はたまた幼女だなと当たりをつけて、《夜霧|やぎり》は布団の小山を見る。  近親なのか遠縁なのかは知らないが、とにもかくにも《間宮|まみや》の関係者ならば、早めに手を打っておかねばならない。  そう思い、隙を見て布団を払い除けると。  眼前に、眩いばかりの月があった。  かなり大きめの男物の浴衣を着せられた少女は、金の髪に深い青の瞳、そして透けるように白い肌。  自分が今まで見たこの世界の何よりも、どんなものよりも、遥かに『綺麗』だと、素直に思えた。  ────それなのに。  少女は自分の事を、自分では、何もかも、一切合切を認める事が出来ていなかったのだ。  自分の存在など、全てが無意味で無価値だと、そう言わんばかりの勢いで、少女の伏せられた瞳は、それまでの少女の心の在り方を物語っていた。  だから、思わず、長々と話をしてしまったのかもしれない。  君は、君だから、君でいて、良いのだと。  自分の存在全てが、この世にあってはならないものだなんて、そんな悲しい事は”自分以外”では思って欲しくなかった。  硝子細工よりも綺麗で脆く、とても小さな少女に、これから先に広がるであろう世界がある彼女に、これ以上、俯いていて欲しくなかった。  何よりも、ちゃんとこちらの目を見て、自分の口から話をして。  出来るなら、自分の目の前で、心の底から、笑って欲しかった。  彼女が心の底から笑った顔が、見てみたいと思った。  今だに、自分の中にぽっかりと空いた胸の乾きは癒えていない。  けれども、この子なら、この少女なら、同じような淋しさの伽藍堂がある事に、気付いてくれるかもしれない。  自分と彼女は、心の奥底では、とても似たもの同士であるから。  この子なら、いつかは。  淋しさの匂いに気付いて、似たもの同士、寄り添い逢えるようになるかもしれない。  そんな、ささやかな願いすら込めて、《夜霧|やぎり》は少女に語り続けた。           ────────── 「ねぇねぇ、ねぇねぇ、今年の士官合格生の中に《××××|化け物》がいるんだって! しかもあの間宮塾の卒業生だって!」 「その子、本当に間宮塾に通っていたのかしら? 通っていた知り合いには、そんな話は一言も聞かなかったけれども。でもまぁ、間宮塾卒業生なら、散々しごかれてるから、試験だって簡単に受かるわよね。それよりも配属よ配属、何処の部署に行くのかしら」 「えーただでさえ、これからお城で働けるって喜んでたのにぃ、これでもしも《××××|化け物》と一緒になっちゃったら、やる気が下がるってものでしょー」  言えてるーと、隠す事なく、くすくすと陰口を叩きながら笑い合う少女達を見て、はぁと大きく溜息をついてから、通りざまにあたしは一言、わざと聞こえるように囁いてやった。 「人を見た目だけで判断するような奴に、大層な仕事が出来るとは思わないけど」 「なっ……」  言いたい事は言ったので、さっさと脇目も振らずにあたしは歩いて行く。  ああいう風に、同性同士がまとまって、何かしらのいちゃもんをつけて一人だけを叩くっていうのが、昔っから性に合わないのよね。  お前らはその歳で、その歳になってまで、小さい子を虐めるいじめっ子のまんま、図体だけ大きくなったのか!と言ってしまいたいぐらいに。  おっといけない。下手に喋りすぎるのがあたしの悪い所。それは自覚してる。だからこれ以上は大人しく、黙っておかないとね。  あたしは追いかけてくる気配もない少女達を置き去りにしたまま、さっさと自分の仕事に戻る事にした。           ────────── 「ほら見ろ杉田、ほらほらほらほらほらほらほら」 「ええい、鬱陶しい爺め、そんなにくっつかんでも見えるわ! 俺の目はお前ほど耄碌していたりはせんぞ」  旧知の中である『《御三家|ごさんけ》』が一つ、杉田の当主である老人に書面を見せびらかすようにすると、老人は昔日から変わらない口調で返してから書面を手に取った。  真新しい刷りの書面は、城の広報部が先日発行し国内に配布したもの。最近の国政の動きや取り組みと共に、今回の城内士官試験の合格者一覧が載っている。 「《雷蔵|らいぞう》」 「何だ?」 「俺の記憶違いでなければ、俺とお前が退職する年に《砂城|すなしろ》家の婆さんは亡くなったはずだ。十二年も前になる。それなのに家が潰れていないという事は、面倒を見る者が誰もいない家に、わざわざ養子として、それも幼子を入れたのか。お前の事だ、俺と違って、御三家が滅亡しないために、なんて高尚な理由ではないだろう」  流石に長年《南方殿|なんぽうでん》取締役を務め、各部署を取り仕切ってきただけあって、相変わらず《賢|さか》しいのぅと《間宮|まみや》家当主・《雷蔵|らいぞう》が顎を摩ると、杉田の老人は息を吐いた。 「どうせ俺がまだ当時は南にいたから、戸籍上遠縁の養子に入れただけで、本当はずっと手近な所で育ててきたんだろうが。でなければ、そもそもの前提としての、寺子屋や私塾の卒業が出来んからな。しかも間宮塾は、お前の娘が師範だろう。この屋敷で隠して育てておったと言っても、物好きなお前の事だ、今更ばらされても驚かんわ」 「ほっほっ。その辺は想像に任せるでの」 「だが良いのか、《雷蔵|らいぞう》。国城とは言っても、あそこもまた、独特な閉鎖空間だぞ。陰で潰されてしまっても、下手したら表に出てこないような特殊な環境下だ。  特に今回は前例がない。《国主|こくしゅ》は雇用に関する新しい規律を作るための前準備としか理由は書いとらんが、この子が利用されるだけ利用されて、用が済んだら使い捨てされるなんて事になったら、お前はどうするんだ」 「そうじゃのぅ、思い切りの良さはやー坊の特技じゃが、流石にやー坊に限ってはそうはならんとは思うがのぅ」  《雷蔵|らいぞう》が顎を摩り、空を見上げると、薄い月の影が見えた。 「やー坊の意図までは、儂も全ては分からん。だが、《古月|こつき》本人の背中を押したのは、悟や詩織ではなく、間違いなくやー坊だろう。  今までなら、下を向いて蹲って黙って隠れようとしていた娘が、きちんと自分で前を向こうと、自分の足で立って生きようともがき始めておる。それを見守るのが、先に逝く爺の役目かと思ってな。守られているだけでは、いざ守る者がいなくなった時、あの子はまた一人になってしまう。何も出来ないままのあの子を一人残す事こそ、儂は恐い。  それに、あの子の根にあるものは、あの子自身が取り払わねばならぬものだ。たとえどんなに時間がかかっても、いつかは己で乗り越えなければならない。この屋敷に閉じ篭った時間は長すぎたが、いざ外に出てみたら、あの子を成長を成長させてくれる出会いがあれば良いと、そう思うておる」           ──────────  全速力で廊下を走ってくる音がする。  室内だというのに、よく走る気になるものだ。  此処も随分と老朽化した古い小屋、板張りが抜けて怪我をしなければいいがと思いながら、膝下に置いていた冊子を、変わらず速読しながら捲っていると。  自分の元に辿り着く直前に、ずべしっ、と盛大に滑って転んだ音がした。  言わんこっちゃない。  小さく溜息をつきながら、とりあえず読みかけの冊子を閉じる。  頁数は暗記してあるから、次に読み始める時にも支障はない。  問題は。 「いったーい! んもー! なんで助けてくれないのよ、馬鹿悟!」 「お前な、起きて最初の台詞がそれか。人を馬鹿馬鹿言うな」  お気に入りの縁側の端に腰を下ろし、ようやく出来た仕事の隙間時間に、これまたやっとの思いで手に入れた古書を読んで、自分の中ではそれなりに気を緩ませていた所なのだ。  そもそも、それまでの勢いを殺さずに全速力で角を曲がったせいだろうと思いつつ、こちらは言わずに胸の中に留めておく。  彼女は納得いかない様子で憤慨していたが、手にしていた書面の事を思い出したのか、ぱぁと一瞬にして笑顔に変わった。  いつ見ても、本当に、ころころとすぐ表情が変わる。  そして最後は、必ず自分の前で笑うのだ。 「ね、ね、此処にちゃんと《古月|こつき》ちゃんの名前載ってるの! さっき休憩に降りてきた《坂上|さかがみ》が届けてくれたんだけど、ね、ね、ちゃんとあるでしょう?!」 「合格者だからな」 「ちょっとー! 反応が薄くありませんかー!? でね、でね、お父さんが言うには、《古月|こつき》ちゃんは文書管理部配属が濃厚だって。お父さんの所なら、《古月|こつき》ちゃんも知らない人が全くいない場所にはならないもん、良かったー」  真っ赤に腫れた額はそのまま、書面を目にしながら笑っている彼女を見て、軽く左手の小指を曲げる。  周りに人がいない二人きりの状況だからか、躊躇いもなく近づいてきた彼女の頭をぽんと撫でると、彼女は直ぐ様真っ赤に染まった。 「な、な、な、」 「…………」 「こら、面倒臭いからって黙るな!」 「詩織、お前こそ人の耳元で大声を出すな。それより、《古月|こつき》は屋敷からの通いではなく、城内への住み込みを希望にしたんだろう? その点はどうなったんだ」 「あ、それも空き部屋があるからって事で大丈夫みたい。この間怪我した時に使っていた部屋を、そのまま《古月|こつき》ちゃんの部屋にするんだって」 「そうか」 「昼過ぎには荷物を運び込んでくるって言ってたし、後で顔を見に行ってくるね。何か伝言はある?」 「溜め込みすぎるなとだけ。それから詩織、お前その額、ちゃんと冷やしておけよ」 「はいはいはいはい、ちゃんと言いますよー、ちゃんと冷やしますよーっだ」  最近気に入っている鼻歌を歌いながら、彼女が今度は跳ねながら台所へと戻っていく。  また転ばないと良いがと思いながら、暗記していた頁を開いて再度速読を始めた。
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