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じりじりとした太陽が照り付け、子供たちは影ふみをして遊んでいる。闇の怪が現れた時になる警報が聞こえてくることもなく、人々は平和な一日を過ごしていた。  鬼師専用の食堂に笑い声が響いた。蛍袋の儀から二週間が経過し、町のうきうきとした空気がなくなりつつあるそんなころ。樹希、拓介、梅の三人は先輩たちと一緒に昼食をとっていた。 「たつ坊が、もう蛍袋の儀を終えたんだもんなぁ。俺も年取るもんだ」    しみじみと呟く男に、樹希は苦笑いを返した。年を取った、という割には若い男も四大貴族の一つ畦道《あぜみち》家の現当主である。樹希たちのことは幼いころから面倒を見てくれていた。 「丹保《たんぼ》さんはまだ若いって」 「お、拓介はできるやつだなー。おこづかいいるか?」 「いらない」  ふざけたことをいう畦道に拓介も苦笑を返し、ご飯を食べ進める。梅は先ほどから呆れたような冷ややかな目で、畦道のことを見ていた。その視線に気が付いた彼は、今度は梅に絡み始める。 「梅は美人になったよなー、俺、若かったらナンパしてたかも」 「丹保さんの綺麗は信じないことにしてるの、私」 「ちゃんと本心だぞ」  真面目な顔になった畦道に梅は大きくため息をついた。樹希は畦道の背後に現れた女性を見て、さっと顔を青ざめる。その様子に気が付いた彼が振り返ろうとしたとき、真冬の水道水のような冷たい声が発せられた。 「あなた、ほんとに誰にでも綺麗っていうのやめた方がいいんじゃない」 「小金井、いきなり背後に現れるのやめろよ……」  心底びっくりした様子で、畦道はそう文句を言った。小金井沙耶《こがねいさや》は闇の怪が発する波動を計測し、町に闇の怪が現れた時に警報を鳴らす役職に就いている。そのため鬼士ではないが、この食堂に出入りすることが許可されていた。小金井は畦道の隣に腰を下ろすと、優雅な仕草でご飯を食べ始める。 「この間の返事をしようと思ったけど、聞かなくていいってことでいい?」 「ぜひともお聞かせください」  畦道は期待に満ちた表情で、小金井のことを見つめた。彼女は綺麗に口角をあげるとはっきりとした声で言葉を紡ぐ。天使のような笑顔から発せられたのは、畦道にとっては悪魔のような言葉だった。 「行かない」 「なんだよ!今のは行くっていう流れだろ!」 「行こうと思ってたけど気が変わった。そういえば樹希くん蛍袋の儀終わったよね?おめでとう」  がくっと肩を落とす畦道を横目に小金井は樹希に声をかける。畦道に向けた冷たい声ではなく、春風のように優しい声だった。樹希はその変わりように苦笑をこぼしながら、感謝の言葉を告げた。 「あなたたちの時代が、始まるのね。これから」  真面目な顔になった小金にの言葉に樹希は、背筋を伸ばした。今まで追いかけてきた背中は、少しずつ減っていく。そのかわりに自分が追いかけられる側になる。その責任と、不安と、期待が、樹希の胸の中でぐるぐると回った。父から投げかけられた問いが、もう一度頭に浮かんでくる。梅や拓介の顔にも、不安の色が浮かんだ。 「んな真剣な顔しなくても大丈夫だって」  暗い空気をふき飛ばすような畦道の明るい声。樹希たちの顔に、ゆっくりと安堵が広がった。柔らかい空気が、五人の間に広がりかけた時。その音は響きだした。 「緊急警報!緊急警報!!」 録音された警報ではなく、人の放送。それは、《《本当の》》緊急事態を表していた。樹希たちはぱっと顔を見合わせると、食べかけの食事を残し立ち上がった。小金井は計測室へ、樹希たちはその場で袴をたすき掛けにすると、外へ飛び出す。その耳に、次の放送が届いた。 「雛菊より下の階級の鬼士は戦闘には加わらず、民間人の避難を最優先に!雛菊の鬼師たちは成宮総二郎の指示のもと、戦闘準備に入れ!!」  それは、とても異常な命令だった。強い闇の怪が出た時は、数の有利を確保するために多くの鬼師が、戦闘に加わることが多い。梅は、ぎゅっと眉を寄せた。畦道に問いかけようとした梅の耳に、彼の焦ったようなつぶやきが届く。 「“あの日”と同じだ」 「おい!お前らも早く避難誘導に加わってくれ!!」  畦道がつぶやいた言葉は、仲間の大声にかき消された。拓介と樹希は胸に広がる不安に蓋をして、避難誘導を開始した。梅も結界を張っている先輩たちのところに走り出す。その背中を見送りながら、畦道は深呼吸で気持ちを落ち着かせようとしていた。蛍袋の儀を終える前に、父を亡くし畦道家の当主となった丹保はこの異常事態に既視感を覚える。 (この命令は、雛菊以外は《《相手にならない》》時に一度だけ出されたものと同じだ。まさか、祠の封印が解かれたのか?) 畦道は首を振って、嫌な予感と既視感を振り払うと、彼を呼んでいる仲間のもとへと走った。  梅は結界を張りながら、その中にはいっていく鬼師たちの姿を目で追った。みな険しい顔で中に入っていく。その表情に不安を掻き立てられながらも、梅は自分のやることに集中しようと、深呼吸を繰り返した。  刹那、爆音とともに腕をもがれるような衝撃が梅を襲う。それは結界が破壊され、闇の怪が中に入ってきたことを意味していた。急いで結界に手をつけ、破壊された部分を修復する。闇の怪は、鬼の力を持ったものに強く惹かれる習性があった。だから、鬼師が全滅しない限り、一度入った結界から出ることは少ない。けれど、民間人が間違って中に入ってしまうことはよくあるため、結界は常に穴がないようにしなければならなかった。  仲間と協力しながら結界の修復を終えた梅は、結界の中に視線を向け────絶望が体を覆うのを感じた。真っ暗な闇が、足先から少しずつ侵入してくるような感覚だった。手足の感覚が少しずつ薄れて、頭がぼんやりとしてくる。周りの人たちも、声をあげることすらできずにその光景を見つめていた。  皆の視線の先では、成宮総二郎が、血を流して倒れていた。  この国最強と謳われた成宮総二郎が、あっけなく倒れているその光景は、あまりにも異常だった。異常なその光景は、梅たちの恐怖を駆り立てる。逃げろ、逃げろ、と梅の本能が告げる。けれどほんの少しだけ残った理性が、梅をその場に留めていた。震える手で結界に触れ、総二郎の波動を感じ取る。微かな鬼の力の動きが、梅の手に伝わる。かなり危ない状況ではあるものの、彼は、確かに生きていた。 「総二郎さんは生きてます!!」  梅がそう叫ぶと、それまで金縛りにあったように動くことを拒否していた人たちの顔に少しの希望が、芽生える。その声は結界の中にも届いたようで一人の鬼士が、総二郎のそばにかけより、その体を抱き上げた。それを阻止しようとする闇の怪を別の鬼師たちが抑え、総二郎を抱えた鬼師は一直線に結界の外までやってくる。用意されていた担架に、総二郎を横たえ結界師たちが、病院に運んだ。  闇の怪と闘っている鬼士たちも、士気が上がったのか先ほどよりも闇の怪を押しているように見える。そこに、避難誘導を終えた樹希と拓介が到着した。梅が手短に先ほどのことを伝えると、樹希は青い顔をして病院に向かって走り出す。  樹希の頭は、嫌な予感でいっぱいだった。走る速度が、いつもの何倍も遅い気がした。周りを流れる見慣れた景色が知らないもののような不安に駆られる。荒い呼吸を整えることもせず、樹希は病院に入った。その顔をみて、顔見知りの看護師が焦ったように、樹希に駆け寄ってきた。 「お父さんがさっき、亡くなった」  国の希望である成宮総二郎は、命の灯を消した。 《》
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