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 ちくたく。ちくたく。時計の針が、過ぎゆく時を私に報せる。ちくたく。ちくたく。  誰もいない教室。じわじわと外で虫がなくのを遠くにきいて。じっとりと汗がキャミソールに染み込んでいくのがわかる。  夏、どまんなか。そんな感じの日。  廊下を経由して、誰だかの話し声がきこえる。誰と花火大会行ったのとか、付き合った、キスした、それとも……下世話な話。こういうときばっかりは、普段の人の多すぎるきらいのある、ごみごみした風景が愛おしくなる。喫茶店、隣のテーブルから、不倫だ、ご近所トラブルだ、の話が聞こえてくるのと、同じくらい、不快で、不愉快で。  ちくたく。ちくたく。私がどれほど苛立っても、もしかしたら、平穏に過ごしていても、時というのは無遠慮に、無節操に、……律儀に、過ぎてゆく。時計の針を、時間の歩みを、……進める神様は、疲れたりしないのかな。なんて、子どもでも考えそうもないことを、すこし本気で、考えそうになった。  窓の向こうで、男子の野太い声が、よろしくおねがいします、と張り出される。お昼休みが終わったのがわかった。けれど、それを報せる鐘は。  ちくたく。ちくたく。その間に、からら、と音の鳴る。扉の引かれて、レールの向こう側には、見慣れている、のに、見慣れない、一人の男性。  あれ、一人か。そう私に声をかける彼に、夏休みですから、きっとみんな、ゆっくりしてるんじゃないですか、なんて嘯く。どこまでほんとうで、どこまでうつろか、わからない。私自身、わからない。その言葉を、彼は、はぁー、とため息をまじえて聞いてくれる。  じゃあ、まあ、ちょっと待つか。どうだ、高校入って初めての夏休みは──彼が優しくきいてくれる。寂しいです、とは言えない。思ったより、中学までと、かわらないんですね、と濁してしまった。はは、なんて、すこし困ったような、苦々しいような表情と声が、私の耳がとらえて、離さない。  宿題は。彼がまたきいてくれる。七月のうちに、と私は正直に答える。偉いじゃないかと褒めてくれるのが、嬉しい。  でも、その次の言葉は──じゃあ、暇なんじゃないか、出かけたりとか、してないのか、友達とか、恋人とか──その言葉は。私には、むずかしくて。  ちょっとだけ、間。ちくたく。ちくたく。時計は無情にも、時間の歩みを教えてくる。ちくたく。  セクハラですか、と返すのが、私には精一杯だった。慌てふためく彼の、その表情や、普段みられない珍奇な動きをみられたことが、私にとっては、収穫だった、のかも、しれない。  わかってますよ、人間関係とか、そういうので、困ったことはないか、ですよね。だいじょうぶ、大丈夫ですよ。私にそんな、問題事は降りかかってきてません。……可能な限り、優しい声で、柔らかい声で、言う。言えていると、良いなと思う。  安堵の吐息が聞こえてきて、ああ、よかった、間違ってなかったんだと、私も安心する。  けれど。それも束の間。ばたばたと足音が聞こえると思えば、見慣れた顔と、見慣れた服。嗚呼、皆、来てしまったのかと、思い至る他になかった。  やっと来たな、と彼の言う。それに私は、またお話しましょう、と返す。私、楽しいんです。先生とお話するの。  楽しいんです。あなたと──好きな人と、話せるという、ことが。  ちくたく。ちくたく。時計の針は、タイムリミットのように響いた。
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