フォントをダウンロード中
ページの左右でマウスを左クリックします。
または、 キーボードの左右の矢印キーを入力します。
ページ上で指先を左右になぞると、 前/次ページへ移動します。
メニューはページをタッチすると現れます。
× ヘルプを閉じる
「であるからして、この算額の解き方は…」  師である円満の少し低めな渋い声がお堂に響く。  皆、円満の教えを真剣に聞き、新たな難問に挑みかかっていく。  吉が善助に策を授けたあの日から数年が過ぎようとしていた。  今では円満が法事などで出かけるときは代理で物を教えるまでになっていた吉はもう大人の女性になっていた。  生憎胸の凹凸はないに等しい物ではあったが、月のものもくれば恋もし始めるような年になっていた。  背はすらりと高くなりおおよそ5.5尺(166.6…cm)となっていた。 「吉姫?吉姫!」  円満の呼ぶ声に吉は、ハッとなり円満の方を向く。 「この算額は解るかな?」  そう言って円満は手にする額を吉に渡す。  吉はその額をじっと見つめ、数秒後すらすら解き始めた。  円満の寺から城への帰りの道中でも吉は自分とはと考えていた。  明るく社交的で堂々とした表の自分と、暗く一人で和歌をたしなんでいたいと考える裏の自分。  どちらが本当の自分であるのか、またはどちらも自分たりえないのかと悶々と考えていた。  そして吉はその考えを振り払うように姫路城での生活に飛び込むのだった。 「せいっ!はっ!ヤァッ!」  規則正しい掛け声とその声とともに槍が風を切る音が木霊する。  辺りには自分と同じくらい背の高さな兵士たちがズラリと並んで同じように訓練しており、吉はそのなかに混ざり混むように自らのしっとりとした黒髪を雑に縛り、動きやすい服に着替え、他の兵たちと同じように槍を振るっていた。 「せいっ!とぉっ!はっ!」  汗をたらし、服を少しはだけさせながらも一生懸命に槍を振るっていた。だがしかし、吉はどう抗おうとも【姫】であり決して【武将】になんてなれるはずもありませんでした。  けれども吉はその事を気にすることなく励む。  時には槍を振り回してみたり、またある時では刀を学ぼうと三日間百軒長屋の剣豪(自称)のもとに押し掛けたりと【姫】となるのを嫌がるように武芸や築城術等を鍛えあげていった。  週二、三日を円満の寺で学び、気が向くときに城下町にて自らの知識を高め、なにかに迷えば武芸にせいを出す。  そして空いた時間には母のいわに和歌を習い、父の職高に内政を学ぶ。  そんな当たり前の幸せを噛み締めて季節はまわっていた。  しかし、その噛み締めている幸せに亀裂が入り始めた。  ガラリと障子戸を開け、私はその部屋へ飛び込むように入る。 「母上!お体は無事ですか!?」  心中で倒れられたのにそんなはずないだろうと自分で自分を罵倒しつつ、母上のいわの部屋で目にしたのは、体を起こして咳き込む母上とその背をさする父上だった。 「落ち着け吉、いわは少しふらついて倒れただけじゃ。重病じゃないからのう」  今にも泣きそうな顔をする私に父上は現状を説明し落ち着かせようとする。 「一応倒れたから体は無事じゃないわねぇ♪」  私が先ほど放った言葉にカラカラと笑いながら揚げ足を取ろうとする母上。 「そうですか…良かった」  私は母が倒れたと聞いて馬を潰すほどの速度で走らせて見に来てみればと、このだらりとした空気にホッとする。 「あぁ、吉やちょいと薬を貰ってきとくれ」  私に薬を頼む父上は少し顔に影を落としたように見えた。  わかりましたと、吉が城内にいる医者のもとへ薬を貰いに行ってしまったのを確認して、職高は障子を閉める。 「…なぁ、いわよ」  職高はらしくもなく影を顔に落としながらいわへと語りかける。 「もうすぐ冬じゃ、この時期に風邪にかかればお主は拗らせるであろう?」  悲しみを携えながら職高は続ける。 「恐らくお主は拗らせたままこの世を去るじゃろう。であれば養子でもとるか新しく嫁子をとるかで跡継ぎ用の男を用意せねばならぬ」 「でしょうね…」  いわはもう職高の言わんとすることがわかっていた。 「じゃがお主との子以外を子と認めるのはいやじゃ、じゃから吉を跡継ぎとしたい」 「職高様の言いたいことは分かりますが、吉はまだ十一で干支もまわらぬ子であります。それに姫でございましょう!」  あのような純粋な娘を血を血で洗うような乱れた世の中にほっぽりだしたくない!その母心の一心で病床ながらも職高に食って掛かる。 「じゃが、干支もまわらぬのならば婿を取っても同じことじゃろう?」 「そうですが…」  嫁を取りたくないし養子も要らぬと突っぱね、跡継ぎとして吉を武士とする。 そう職高は考えていた。  しかし、いわは武士ではなく姫として幸せに生きてほしいと考えていた。  平行線を辿る二人の言い合いは、吉が帰ってくるまで続くと思われた。 が、吉が帰るまでにとある人が職高といわの元を訪ねた。 「病床に伏したと聞いたが随分元気に夫婦喧嘩しておるのう?」  ガラリと障子が開け放たれ、二人のよく知る人物が入ってきた。  ふぉっふぉっふぉと言いながら腰をおろしたのは、職高の主で養子になっていたいわの義理の父である小寺 政職だった。  政職は赤めの丸い自分の鼻を撫でながら、二人を交互に見てまた笑う。 「まぁ、命の灯火が消えうるときに我が子を思うのもまた親のつとめかのう?」  突然の来訪者に少し面食らいながらも二人は吉をどうするか考える。  そして二人の頭に思い付く考えがあった。 「義父上、貴方も吉の家族でこざいます。なれば案をお出しくだされ」  他人任せとも言える策ではあるが一応ながら吉の祖父にあたる政職に聞くのも筋が通ったことではあった。 「そうじゃのう、思案のしどころじゃのう…」  ポク…ポク…チーン! 「そうじゃととのったぞ!」  未来放映されるであろう某破壊僧のアニメの様なものをした政職の考えはこうだった。 「職高は吉を武士としたい。いわは姫として育てたいじゃったな?」  二人は頷く。 「では、一つ質問じゃが本人の意思は取ったのか?」  当たり前の質問ではあったが、確かに二人は吉の確認はしていなかった。 「ですが、いわの死んだあとのことなど聞けるわけがありませぬ」 「私が死んだらどうしたいと聞けるはずがありません」 「まぁそうじゃろうなぁ…であれば、刑部姫に聞くか死んだあとに聞くしかないのう」  二つ三つ言って政職は赤めの丸い鼻をさすって、出ていった。  それでも政職のお陰で二人の意思は固まり、結論にたどり着いた。 【いわが死んで吉がそれから立ち直ったら聞く】と。  それからしばらくいわは体調がそんなに悪くはなかったが、冬のある日、急に容態が変わった。  熱におかされ、声は掠れゼェーゼェーと息が漏れていた。 「母上っ!」  私も父上も母上も理由は違うが家族揃って頬は痩けていた。 「吉、私はここまでのようです…」  風邪を拗らせてからろくにご飯も食べれず、痩せ細っていく母上の腕は骨と皮しかないような状態だった。 「そんなこと言わないでください母上っ!」  泣いて抱きつく私の頭に手が回され、細い指で撫でられる。 「しっとりとした良い髪ね…」  そう言って目を閉じ、撫でる母上の力は次第に抜け落ちていき、最後にはパタリと落ちた。 「は、母上?母上!母上ぇ!…」  母上は大粒の涙が目から溢れてよく見えない。  腕を取れど、触った場所からどんどん冷たくなるかのように温もりが抜けて行く。 「あぁ…あぁ!母上が…」 「わかったから吉や、取り乱すな」  取り乱す私を抱き締め落ち着かせようとする父上。  そこから先はよく覚えていない。  記憶があるのは通夜の次の朝からだった。  母上が死んでもう半年を過ぎる頃まだ私は立ち直れていなかった。  ただ変わったことはあった。  見た目が変わらなくなった。  一時期は悲しみを断ち切ろうと、髪を一気に切ったことがあったが次の日には元の長髪になっていた。  そんな事実や、母上の居ない喪失感はどうやっても拭えない物だった。  1日1日を無気力に生きて母上の部屋に閉じ籠るばかり、気づけば半年経つが見た目が変わらなくなった。  屈託のなかった表の性格はなりを潜め、代わりに裏の性格が表だって出てきていた。  そうだ、いっそすべてを投げ捨て出家でもするかと考えた時もあったが、やはり途中でやる気が減り断念していった。  歌人にでもなるか?それとも姫として引きこもってしまうか?ぐるぐると頭のなかはこんがらがっていく。  呆然となにも変わらない日々にただ無力に生きていた。  いつかは変わる。そう思い続けても変わらなかった…・
1
15
シリーズ一覧
感想を送る
作品を紹介
ブックマーク
しおりを挟む
作品情報
使い方
登録が完了しました!
確認事項
戻る
実行