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 誰かと視線を合わせるのが、ぼくは好きではない。  視線を合わせる、というのは、つまり目と目が正面を向き合わせるということ。  ぼくはそれが好きではない。……いいや、これは濁した表現だ。より明確には、嫌い、だ。  いろいろ、ひとは異口同音に、目を合わせて会話をしろ、とぼくに言い聞かせてくるけれど、けれど、仕方がないんだ、ぼくはそれが嫌いで、ぼくとそうした人は、軒並み。  村の中ほどまで進むと、大人の寄り合いと別に、子供ばかりが集まる家があった。板敷に座布団を敷き何人掛けかの作業台に向かう。寺子屋、と大人たちは呼んでいた。ぼくは今のところ、行ったことがない。  それでも。村の中ほどに行かねばならない用事というのはいくらかあった。父は旗本に仕えることこそ叶わなかったものの切れ者で学のある人だったようで、しばしば貸本屋から書物を借りていた。それを返却に出るのは、いつもぼくの役割だった。畑につかず、家仕事もままならぬとあれば、できるのは使い程度だと。  道中、飯の頃になると各々の住まいに帰っていく、同じ年の頃の男女とすれ違う。男女といっても、そのほとんどは《男|おのこ》で、《女子|おなご》といえば商人をやっている家の、高飛車なそれが指折れるほど。髪の頭巾で括られ、机に向かうにも作業台に向かうにも障りのない身なり。草履の汚れもさほどないと見えて、ぼくは誰にともなく悪態をつきたくなった。  ばたばたと、《男|お》の子の土の蹴るのを横目に、貸本屋の暖簾をくぐった。《めくら| ・ ・ ・》のぼっちゃん、と主人が言うのを、ぼくは止めずに、父からの指定の題目を読み上げる。背後で辛気臭い子だとぐちぐち聞こえるのにわめこうとも思わなくなって久しい。主人が奥に引っ込んで書を拾い上げるまでに、いくばくか。その間に、荷を番台に下ろして風呂敷を広げられるように。  ぼくがそれこれとしている裏。気づけば雑音はたち消えていた。振り返る理由もなければ、かといって、それ以上何をするでもなく立ち尽くす。早く持て戻らねえか、と思わないでもない。けれどここで急かしたとて、  くい、と着物の袖を取られる。半身の回され、肩と頬に何か触れているのだけ伝わってくる。 「《日緋色| ひひいろ 》に、黒《瑪瑙|めのう》」  落ち着いた風の、けれど若く軽い女の声が耳に届く。そして見えるものも、ようやっと音と重なった。ぼくが見ていたかぎり、最後に寺子屋を出た女。算盤を手に持て、枯草色の頭巾で髪の整えた《幼女|おさなめ》。 「めくらだなんだと、騒々しいのの所以は手前であったか。然し、果て。その《眼|まなこ》はたしかに、秘さねばなるまいて」  めくらと《謗|そし》られようと──蚊の鳴くが如く、この目の前の女はたしかにそう言った。ぼくの目を、双眸を、しっかと見届けて。  悪鬼羅刹の子と、婆が罵ったのを覚えている。無根の妄想を事実であるように口汚く叫び、母が三行半をつきつけられ追い出されたのを覚えている。この異形は、人のそれでないと、爺が呟いたのを覚えている。  だからひた隠しにしていた。瞼を閉じ目を手ぬぐいで覆った。いつしかそれをすることで目立つと気づいてからは、手入れせず瞼を伏せることのみで過ごしていた。 「千里を見通す目。黒瑪瑙が事柄を、日緋色が人心を見遣るか」  この目をみて、誰しもが言った。忌み子と罵り、そして石を投げ打った。それを苦しく思ったことはない。ただ、厄介はいずれにか、とだけ。 「その権能よりも異なる姿に目を見張るは、仕様のないことなのかの」  醜悪にして、その大人たちの影は黒く濃くあった。炎がごとく立ち上り。けれどそれは燻るのみの、行き場のない常闇。  だからそれを── 「綺麗じゃのにの」  ──そう評した彼女の影は、ひどく眩しく、目を覆いたくなった。
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