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「お誕生日おめでとう!エリナ」 「これからもよろしく」 「みんなありがとう!今日は楽しんでいってね!」  そんな声が飛び交っていた。  机の上にはとてもひとりでは食べきれないであろう大きなバースディケーキと訪問客への数々のご馳走が置かれていた。前菜の、イタリアンドレッシングで和えられ、上に粉チーズがかけられたサラダやメインディッシュのロースとビーフやハンバーグ、果てはデザートの抹茶プリンやティラミス。軽食としてはサンドイッチや寿司、ピザ、鶏のから揚げ。寿司にはさび抜きも用意されていて、わさびがダメな人への細かな配慮も見られる。  しかし俺はどうしても口をつける気にならず、傍らに置かれたジュースを口にするばかりだ。爽やかな柑橘系の味のする絞りたてのジュースの味は決して悪くは無い。   なのにこうも気分が晴れないのはどうしてなのだろうか。  誕生日という喜ばしい日に、大粒の雨が窓ガラスを叩いているのもあるんだろうけどそれだけでは言い表せないような―― 「ね、どうしたの?具合でも悪いの?」 「えっと……」  誰だっけ、コイツ。何度か顔は見たことあるような気がするんだけど。 「あ、ボクはキセキ。君、何度か見たことあると思うんだけど……」 「キセキって……凄い名前だな。俺はアラタ」 「確かに凄い名前だよね。何でも、生まれる確率が1パーセントしかなかったらしくて。怖いよね。だって99パーセントって世間で言ったらほぼ絶対だよ?」  確かに。普通99パーセントダメと言われたら諦めてもよさそうなものだ。それでも彼の両親がそれを諦めなかったってことは、よっぽど望まれて生まれてきた命なんだろう。 「お前の存在自体が『奇跡』だよな、それ」 「うん」  彼はそう言って無邪気に笑う。とてもそんな生と死の狭間を彷徨って生まれてきた人間には見えない。いや、生まれる前にそんな経験をしたからこそ強いのか。 「……ところで、何で元気ないの?お腹痛い……とか?エアコンの効きすぎで冷えちゃって」 「……聞いたら重苦しくなるだけだけど?」  大体なんで、初対面の奴にこんな話をする気に欠片でもなったのか、振り返ってみても全くわからない。 しかし俺はそっと口を開いた。 「記憶がないんだよ。いつ生まれたのかっていう。小さいときに大火事にあって両親も弟も死んじまった。残ったのは俺ひとり。しかもその時のショックで記憶が飛んだからもう誕生日はわからない。祝ってくれる人ももういないしな」 「……そう……なんだ……」  キセキはさすがにショックを受けた様子で、俯いてしまった。あくまで事実を伝えただけで、俺に非はない。 「じゃっ、じゃあさ」  そう言って彼はおもむろにテイッシュを取り出すと丸め始めた。そしてボールペンで顔を書く。どうやら照る照る坊主を作ろうとしているらしい。 「出来た。じゃあこれ、アラタの部屋に吊るして」 「吊るすのはいいけど、どうすんだよこれ……」  そう言って手渡された照る照る坊主は、雨に濡れれば一発アウトと言った感じの出来で、お世辞にも上手いとは言えない。しかし、やたらとにっこり微笑んだ表情は「捨てないで」と言っているようで、捨てるのもな、と思う。 「虹がかかった日をアラタの誕生日ってことにしようよ」 「ニュースでは今日から梅雨入りって言ってたけどな……」  晴れるならまだしも、虹がかかるとなればいつになるかわからない。 「大丈夫。ボクの名前に誓って虹はかかるよ」 その笑顔には嘘も偽りもなくて、不思議と信じてみる気になったのだった。 「でも、そもそもなんでそんなことする気になったんだお前」 「えー、それはさっきお互いの過去を明かしあったからだよ。そしたらもうボクの中では友達なんだよ。初対面でもないし、問題ないよね?」 単純明快というかバカ素直というかマイペースというか。俺は思わず微苦笑した。 「ああ、確かに何の問題もないな」 「じゃっ、虹が出たらバースディケーキ持って会いにいくね」  そしてキセキはぱたぱたと走り去っていった。何でも、バイトの都合で最後までは居られないらしい。  その少し後、料理をタッパーに詰めてから俺も家路に着いた。けち臭い?仕方ないだろう。ひとり暮らしの学生にとって、まともな料理はかなり貴重だ。 ――  それから数日間雨は降り続き、太陽は欠片もその姿を見せなかった。  俺の部屋の窓辺にはキセキからもらった照る照る坊主が変わらない微笑を浮かべてぶら下がっている。そもそもあいつがまだ約束を覚えているかも疑わしい。誰かに誕生日を祝ってもらえるなんて今まで一度だって経験がない。 そもそも誕生日がないのだから。 「偽物の誕生日でも祝ってもらいたいなんて虫がよすぎるのかな」  自分を嘲笑うかのようにそう呟いた直後、猛烈な睡魔に襲われて、書き上げたレポートを枕に俺は眠ってしまっていた。 ――  翌日。鳥のさえずりで目を覚ますと窓の外で雫が落ちる音がした。雲間から漏れる光の筋が、ちょうど俺のマンションの真上に差し込んでいる。ゆっくりと体を起こすと、すぐにチャイムが鳴った。 「おはよう。ね、すごいよ!外出てきて!」 「ああ、わかった。」  キセキに手を引かれながら部屋のドアを開け、非常階段で屋上へと駆け上る。 そこには―― 「うわあ……っ」 「すっごく綺麗だよね」  大きな虹だった。それもマンションの屋上を包み込むように架かっている。生まれてから今まで見た中で一番綺麗な虹だった。 「虹って、神様と人間の契約の証なんだって。だから、アラタ」 彼はそう言ってケーキの入った箱を手渡して笑う。 「誕生日おめでとう。そしてこの虹とケーキをもって、ボクとアラタは親友って契約が成立します。反論不可」 強引な提案だけど、不思議と悪い気はしなかった。 「これから改めてよろしく。キセキ」 「よろしくね、アラタ」  七色の虹が架かる梅雨の晴れ間の空の下。この世界にまた一つ、かけがえのない絆が生まれたのだった。                                               fin
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