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「なんだ、お前」  小学生と変わらない背丈をした不良が、おれの前をふさぐようにして立った。 「てめ、なにガンくれてんだよ」 「ボスに話があるんだ」  コンクリートへじかに寝ているおかしなのと、こいつを抜かした残りが駐車場の奥にかたまっている。さっきのやつら=風船マジックの五人組の姿は見えなかったが、ごたつきはまだ続いているみたいだった。 「ボスだあ? このちんちくりんが」 ――お前のほうが全然ちんちくりんだろうが。声だってやたらと《高|たけ》えし。 「どこのもんだよ」  ミニ不良の肩越しに奥をのぞく。ごたつきのもとはどうも女のようだ。壁に追い詰められ、小豆色のジャンバーを着た男に文句をいわれている。 [*label_img*]  中指を突き立てて顔を近づけてくるミニ不良。首からウォークマンなんか提げやがって、生意気に。 「どこのもんでもない。ボスとは話せないのか」 「てめえ……」 「ケンカを売りにきたわけじゃないんだ。てめえだのちんちくりんだのいわれても困る」  舌打ちが聞こえた。 「ウチにボスなんてのはいねえ。帰れ」 「じゃあ、総長とかなんとか隊長でいい」 「ふざけてんじゃねえぞ、この野郎。《暴走族|ぞく》じゃねんだよ、オレらは」 ――なんだ、ちがうのか。 「じゃあなんの不良?」 「なんだろうがてめえに関係ねえだろ!」  まったく、こいつじゃ話にならない。おれは目を開けて寝ているおかしなのに声をかけた。 「先輩」 「てめえ、勝手なことしてんじゃねえよ!」  屈もうとして肩をつかまれた。 「ケンカするつもりはないってさっきもいったよな」  寝てるときでもなきゃ食らえないパンチを左手でつかむ。 〝ワッツ、ア~ミ~ボ~イ。ミ~になんか用?〟  英語かなにか知らない言葉を震えた声で口にしながら、ニワトリの頭をしたやつがのそのそと起きあがってくる。 「《村尾|むらお》先輩は寝てていっすよ。この野郎は――」 「こんちは」  高い声にあいさつをかぶせる。 [*label_img*] 「先輩!」 「オラ~イ。《啓太|けいた》はリトル、クワイエ~ット」  顔も頭も目つきも声もしゃべり方も服もなにもかもが変だが、ケイタとかいうちんちくりんよりは話せそうなニワトリ頭。アパートを借りられる年なのかどうかはわからない。でも、こいつの先輩なら話になるだろう。おれはつかまえていたへなちょこパンチの腕を放し、ニワトリの前へしゃがみこんだ。 「すごい改造ですね」  顔中に突き刺さった安全ピンや鋲。九割つるつるの頭には銀のとげが《角|つの》のように生えている――ショッカーもびっくりの改造人間ぶりだ。 「改造? ノ~ノ~ボ~イ。これが生まれつきのフェ~イス」  顔の前に広がる息――どこかで嗅いだにおい。 「用はなんなんだよ、お前」 「ケイタくんだっけか。あんたとは話してない」  鼻息を荒くするちんちくりんにニワトリ頭がさっきと同じセリフをいう。 「ボ~イ、フェイスカラ~がベリ~バ~ッド。ドゥユゥニ~ド、シンナ~」  最後だけ意味がつかめた。同時にぱっぱらぱーの謎も解ける。武田に連れていかれた集会で、薄め液の入ったビニール袋を握りしめてこうなっているやつを見たことがあった。やっぱり奥のやつらじゃなきゃ話にならない。ニワトリ頭に寝てくださいといい、最初の相手に話を振る。 「小豆色の怒ってる人がボスかい?」 「ボスとかいってんじゃねえよ! あと下からしゃべってくんな!」 「じゃあ、そっちも座ればいい」  ボスじゃなきゃどう呼べばいいのか。ウンコ座りに聞く。 「おめえ、あんまウチのチームなめねえほうがいいぞ」 ――ウチのチーム。なんのチームだろう。 「なめてなんかいない。ちゃんとビビってる。怖いんだろ、どうせ」 「どうせってなんだ」 〝ナンパなんかされてっから、こんなことになんだろうが!〟  怒鳴った小豆色の男がこの不良グループのリーダー。怒鳴られている女もグループのメンバーらしい。 「おっかねえなあ、タクヤ先輩」 「気安く呼んでんじゃねえぞ、こら」 ――お前がそう呼べっていってきたんだろうが。 「あの話って長い?」 「関係ねえ。おめえに全然関係ねえ」 〝儲かったんだから別にいいじゃない。ね、いくらあったの?〟  怒鳴られていた女がタクヤにいい返す。ふたりがなにをいくら儲けようが、たしかにおれには関係ない。 「そっか。んじゃ、終わるまで待ってるよ」 「待たなくていいし」 「そういうわけにいかない。ケイタくんは高校生?」  絶対にそんなわけないのを承知で聞く。 「……あ? なんだよ、そんなふうに見えんのかよ、オレ」 ――見えっこねえだろ、馬鹿が。 「あれ。もしかしてまちがえた? じゃあ、中三?」  ケイタの年を聞きながら、通りにさりげなく首をねじる――自動販売機の陰に革ジャン。小さな動きで戻ってこいみたいな手つきをしている。 「……中二だよ。おめえは」 「おれも昭和四十二年生まれのサル、じゃなくてヒツジ年。気が……」  合いそうだ――どっかの誰かを真似るのはここじゃやめておいた。 「なんだよ。《木》がどうしたって?」 「どうもしない。それより――」 「怪しい野郎だな。敵かそうじゃないかだけでもいえ」 「敵ならとっくにぶっ飛ばしてる」 「誰を?」 「ケイタくんを」 「てめやっぱシメるわ!」  ケイタが立ちあがる。おれもしかたなく立ちあがる。ニワトリ頭の目は閉じている――いびきつき。さっきの今で熟睡できるこいつのほうがケイタなんかよりよっぽど怖い。 「かかって来いや、おら!」 「おれをシメるなんて無理だと思うけどな」 「んだと、てめえ!」 〝どうした啓太〟  奥のほうからへなちょこパンチ準備中に声がかかる。 「変なのがウチにちょっかい――」  ケイタの口と腕を押さえたまま奥へ。 「……《ありうっこうすお|マジぶっ殺すぞ》、《るあぁ|こら》!」 「こんにちは」  ケイタをぶん投げ、いい体格をした男の前で気をつけをする。 [*label_img*]  いいなおした。 「で、なんだお前」 「この野郎、なめてんすよ! 村尾先輩と自分――」 「岡島亨っていいます。中二です。学校はあんまり顔出してないです。嫌いなんで。さっきのケンカ、しびれました」  余計なことをいいだされる前にあいさつを済ませる。タクヤに怒鳴られていた女=ひっつめ髪の、きれいな顔をした女と目が合った。 「ウチになんの用だ」 「チームに入れてください」  くそほどいやなセリフを口にする。 「部活じゃねんだ。帰れ」  アパートが遠のく――再チャレンジ。 「どうしたら仲間にしてもらえますかね」 「どうしたって仲間にはしねえよ」 「そこをなんとか」 「だめだ。とっとと帰ってドリフでも見とけ」 「今からじゃ間に合わないですよ」 「Gメン見てりゃいいだろう」  拓也先輩が帰れっていってんだ。いうとおりにしろや――ケイタの文句。  ぶっちめちまったほうが早えんじゃねえか?――タクヤの次にえらそうな男のセリフ。  小僧、金持ってんなら置いてけよ――金属バットがあれば勝てそうな馬鹿のちゃかし。 [*label_img*]  女神のひと声――惚れそうになった。 「気楽にいってくれるわ」 「そ?」  気のない返事。女神は爪をいじっている。 「『そ』じゃねえ。お前、わかってんのか? 今のタイミングでひとりでもメンバー増やしてみろ。ウチは解散だぞ」  おれみたいなガキがひとり増えただけで解散? ちょっと意味がつかめない。 「なんとかなるんじゃない?」 「ならねえよ。もう黙ってろ、お前」 「《怖|こ》わ」  女神の助け船をタクヤが沈める。引っかかるのは解散という言葉。だが、それよりも今はアパートだ。そいつがなくちゃなにもはじまらない。 「けっこうおっかないの我慢して頼んでんですけど、だめですかね」  丁寧に食ってかかった。 「そのわりにゃ目が据わってんぞ」  誰かが指の関節を鳴らしはじめた。ヒリヒリした気分は嫌いじゃなかったが、それにも限界がある。引くところをまちがえたりすると、たちまち大宮の二の舞だ。哲は忠一みたいにおれを助けちゃくれないだろう。 「目つきが悪いのは生まれつきで」  滑り続ける口。袋叩きに向かって一直線のおれ。痛い思いは大嫌いなのにヒリヒリしていたい心。なんなのか。細長いレンズのサングラスをかけた男に胸ぐらをつかまれた。 「小便のひとつでもちびってみるか、あ!?」 〈おまえ、ばかのかみさま〉 「うるせえよ」 「ほう……」 〝くるぁっ、誰がるっせんだ、んのガキ!〟  斜め左前からの脅し。このなかじゃナンバー五か六の下っ端が巻き舌でがなってくる。 「さっき名前いいましたけどね」  眉の薄い下っ端にいい返す。 「あ!?」 「ガキって名前じゃないんですよ、おれ」 「んだと、くるぁ!」  でかい笑い声が駐車場に響き渡る。 「やめろ、《大滝|おおたき》。こいつおもしれえわ」 「いやでも、この野郎なめてますって」 「よっぽど自信があんだろ――なあ、小僧」  タクヤに襟をつかまれた――袋叩き、決定。 「かわいそ」 「《美希|みき》も黙れ」  女神の名前を覚えた。 「おれをタコ殴りにしたら仲間にしてくださいよ、先輩」 「《甘|あめ》えこといってんじゃねえよ」  襟をつかまれたまま出口のほうへ引きずっていかれた――結局はタダで大宮の二の舞。チェーンの切れたチャリンコの鍵をわざわざぶっ壊してかっぱらったときみたいな意味のなさだ。くそ。 「おら、顔あげてあれ見ろ、あれ」  白い車、赤い車、車体どころか窓まで真っ黒のでかい車。ほかには虎の模様の三角スタンドと銀のバイクが一台止めてあるのが見えるだけ。 「どれですか」 「そっちじゃねえ。通りのほうだ」  顎で指された方向に顔だけねじる。体は宙ぶらりんのまま。お揃いのジャンバー=青いそれを着たふたり組が、左ハンドルの車の脇を過ぎてスペイン坂のほうへと歩いていっている。 「あいつらぶっちめてこい」 「ふたりいますよ」 「いるな」 「おれ、ひとりですよ」 「そうだな」 「いいっすね、それ」  タクヤがいって、ケイタがいった。なにがいいのか。なんのためにそうするのか。ケイタに説明してくれといった。 「根性見せろっていってんだよ――そっすよね、拓也先輩」  宙ぶらりんからの解放。どうやらケイタのいうとおりみたいだ。 「ウチはケンカチームじゃねえ。けど、ケンカしねえわけじゃねえ。だから《弱|よえ》えやつはいらねんだよ。わかるか」 「わかりますよ」 「でもふたり相手じゃきつくない?」 ――そうだ。もっといってくれ、ミキ。お前、どうせタクヤの彼女なんだろう。いくらなんでもふたりは無理だ。それにあいつら体もでかい。高校生に決まってる。どうしてもふたり組じゃなきゃだめだっていうなら、せめて中学生ぐらいにしてもらってくれ。 「口を挟むなっていってんだろう」 「あら、失礼」  またしても沈没。だめだこの女。ちっとも女神の役目を果たさない。 「どうした。早く行け」  一対二。高校生でもひょろっこいやつならなんとかなりそうな気もする……が、見たところあいつらも不良だ。本気百パーセント――稲妻の威力を計算に入れても簡単な相手じゃない。百パーセントにプラスするなにかがいる。 「なんだおい。あんだけ調子こいといてやれませんてか。がっかり――」 「あいつらをぶちのめしたら、おれの頼み聞いてもらえますかね」 「考えちゃやる」 「今、決めてくださいよ」 「てめ、調子ん乗――」 「うるせんだよ、この野郎! おれは先輩と話してんだ。黙ってろ!」  しんとなる駐車場。きょとんとするケイタ――と、タクヤたち。正確にいうとニワトリ頭以外の不良たち。 「ふふふ。啓太、負けてる」  ミキが笑う。ケイタが鼻息全開で『負けてねっすよ!』といい返す。 「わかった、わかった」  観念したようにタクヤがいう。 「約束ですよ」  念を押して前に出る。足の出が悪かった。 「ビビってんじゃ……ねえよ」  ケイタのつぶやくような野次。はじめほどはビビっちゃいない。それでもなかなか歩きだせないのはつま先に詰まった鉄板が重いせいだと思うことにした。へなちょこパンチ専用の腕がおれの背中を二度三度と押してくる。体の重心を前に持っていくことで、なんとか足を動かした。 「生きものは嫌いか?」 「あ? 好きだけどなんだよ、こんなときに」 「こっちに手をくれ」  腰のバックから取り出した長谷川をケイタの手のひらへ置く。 「なんだこりゃ」 「亀だよ。知らないのか」 「んなもの、見りゃわかるわ!」 「持ってたら潰しちまいそうだ」  長谷川とにらめっこをするケイタ。その間にも背中は押されている。百パーセント以上のなにかはまだ思いつけていない。このままじゃいつもの行き当たりばったりだ。 「……まあ、潰しちまうのはかわいそうだな」 「頼めるかい」 「しょうがねえから頼まれてやんよ。だから安心してぶちのめされてこいや、この野郎」 「助かるよ」  どんな手を使ってもオッケーですか――叫んで聞いた。おれはタクヤが頷くのを確認し、それから青い背中が消えていった方向を目指してダッシュした。 「怖かったらそのまま帰れ。Gメンならまだ間に合う」  つまらない冗談。こっちはウィークエンダーだって見る気はない。    §  虎の模様の三角スタンド=駐車場の入口にあった鉄のそいつをふたつ引っつかむ。ナイスグリップ=《指なし手袋|タクティカルグローブ》の吸着力。だけどひとつはすぐに捨てた。武器の前に重すぎて話にならない。  駐車場から通りへ出た。青い二人組の姿が見当たらない。気づかれたか――いや、ちがう。やつらは先の角を折れてセンター街のほうに向かっていっている。 「ジブン、なにする気や!?」  哲が横に並んできていった。 「まあ見とけって」 「見てられへんがな!」 「あいつらの仲間になるための儀式だ。邪魔はしてくんなよ」 「仲間やと!? いうとった話とつじつま合わへんやんけ」 「合わないようで合うんだよ。そのうちわかる」  角を左へ曲がる――青い背中、発見。 「ちょうどええわ、このまま《逃|ふ》けるで、亨」 「勝手にやれ。おれは今死ぬほど忙しい」 「銭やったら貸したるがな!」 「それやると心をいわすんだろ。ほらどけ、顔に油ぶっかかんぞ」  右腕をつかまれた。振り解いた。服のどこかを引っぱられた。 「放せ」  いって哲の手首をつかんで払う。 「もう知らん! 好きにせえ! ほんで死んでまえ!」  視界から哲が消えた。青ジャンバーのひとりがこっちを向く。最初の相手はこいつで決まり。あと五メートル。残りのひとりもおれに気づく。 ――見ためだけのへなちょこ野郎でありますように。  心で念じ、目玉の動きだけであたりを確かめる。右に金網。その向こうは学校か。左にはなんだかわからない建物がある。人の数は最初にここを通ったときよりも少なめだ。これなら暴れやすい。三メートル手前から体をねじり、右に回転しながらタイミングを計る。 「な、なんだ!」  力任せに突っこんだ。短い叫び声があがる。 「《誠太郎|せいたろう》!」  ぶっ倒れたのは手前のひとり。死んだんじゃないかというぐらい、いい決まり方をしたが死んじゃいない。スタンドをぶち当てたのは背中だ。セータローは気絶しているだけだろう。このふたりも上野の悪ガキどもとそう差はない。おれの勘はそういっていた。 「大事なテストなんだ。おとなしくやられてもらえると、ありがたい」 「なにわけわかんねえこといってんだ! 誰なんだよ、てめえ!」  自己紹介をしている暇はない。代わりにスタンドの足を持ってぶんまわす――なかなか当たらない。おれは手のものを投げ捨て、体当たりをかますふりをして金玉をぶん殴った。同時に額へ膝をもらった。衝撃の直前に首の筋肉を硬くしたおかげでふらつきは軽めで済んでいる。呼吸二回分をバランス回復の時間に当て、そこからほぼ垂直の跳び蹴りをかました――空振り。今の位置からじゃしかたないが、鉄のつま先は思っていた以上にスピードを殺した。着地と同時に足払い――またもや空振り。髪全部を逆立てた青ジャン野郎はなかなかすばしっこかった――都会のガキのくせに。 「まだやるかい。なんなら逃げてもらってもいいんだけど」  タクヤはぶっ倒してこいといったが、逃げられちまったらやりようがない。それはそれでオッケーにしてもらえそうな気もする。 「……お前、ガキじゃねえか。ふざけやがって」  ガキは当たり。だけどふざけちゃいない。 「だったらなんだよ。ほら、早く逃げろ」 「そりゃ、てめえのほうだろうが」  きちがいめいた頭をしているわりには低音の羨ましい声を聞かせてくる青ジャンの生き残り。敵がガキとわかって安心したのか、どこか余裕の顔つきになっている。 「んじゃ悪りいけど、ビリっといってもらう」  いいながら上着の内側へ手を突っこむ。向こうもおれと同じことをしていた。登場してくるのはナイフか。鉄の棒か。それともおれの知らないなにかか。 「どうした戦争帰り。光りもん出してとっととかかってこいよ」  おれの武器はたしかに光るが、切った張ったのそれじゃない。だが、逆立て頭はこっちの内ポケットの中身をそのへんの刃物と思いこんでいる。チャンスはここだろう。想像もしていない光と音でこいつを怯ませ、注意がおろそかになったところへ食らいつく。二、三発はもらうかもしれないが、稲妻を食らえば何秒ともたないはず―― 「《拡|ひろむ》! 《彰正|あきまさ》!」  いきなりなにを叫んでいるのか。おれを飛び越えていく目線。頭のなかに浮かんでいた《はてな》マークがびっくりマークへと変わる――すべてを理解。逆立て頭の仲間がおれの後ろにふたり以上いるのは明らか。すぐさま横っ跳びをし、金網に背中を押しつけた。 「なにやってんだ、《朝雄|あさお》」 「このガキ、ちょっと頭おかしいんだよ」  またしても青ジャンバー。あまりのわかりやすさに悲しくなってきた。 「地味にカラフルだな、がきんちょ」  声をかけてきたのはサイコロも驚く角刈りのニキビ面。それほどでかくはない。後ろのでかい《ちりちり》パーマは、のびてるやつの名前を呼びながら、その体をゆさゆさやっている。逆立て頭はさっきの場所から動いていない。角刈りだけが少しずつ距離を詰めてきていた。 「気をつけろ、そいつなんか持ってるぞ」 「持ってるっていったって《肥後守|ひごのかみ》かなんかだろ」  ブレーキのないチャリンコで坂道を下っていくようなピンチ。状況はいっぺんにやばくなった。どうするか。 「おい、がきんちょ。上着からゆっくり手を出せ」  タクヤがぶっちめてこいといったのはふたり。そのうちのひとりはぶっちめた。もうひとりもあと少しだったが、仲間がふたりも追加されたことでテストの条件も変わった。こいつはやり直しがきくのか。 「おい、聞こえねえのか」  あたりに目を配る。タクヤたちの姿はない――いや、見えていないだけで、実際はことの成り行きをどこからか見ているに決まっている。じゃなきゃテストの意味がない。そしてルールのないケンカにノーカンなんてものもない。四人全員は無理でも、せめて最初の条件ぐらいはクリアしておきたいところだ。 「おれは鉛筆削るのうまいぜ」 「なにいってんだ」 「お前の命も――」  角刈りを一発で決める。残りは知らない。背中と尻を金網に強く押しつけた。 「削ってやるよ!」  反動つきのダッシュ。稲妻を握り締めたままの左ストレート――はずれ。振りきった上半身の勢いを右足へ――空を切る蹴り。遠心力を効かせた三発め=左の膝もかわされた。 「コマかよ、てめえは」  顔の左右にワンツーをもらった――どこかのエロ教師にも及ばないパンチ。 「屁でもないな」  距離を取って、おとりのアクション=右で殴りかかるふりをしながら角刈りの懐へと潜りこむ。 「おら!」  腰に食らいついた。背中への肘打ちは計算のうち。屁よりもいくらか威力はあった。 「死〈ぼっぱらげろ〉ね」  背骨に電撃。今回ばかりは化けものも味方にまわってきた。 「なにやってんだ、てめえ」 「え〈はあ〉?」 「えじゃねえわ、この――」  どうして効かない!? なんでしびれない!? 怪物だって加納だってこいつの前じゃ―― 「がきんちょがあ!」  道路にへばりつくおれ。決めなきゃいけない一発を、ここ一番でしくじった馬鹿のおそまつぶりといったらない。 「ざけんなよ!」 ――屁でもない。でも情けなかった。 「調子に乗りやがって!」 ――屁の足しにもならない。だけど悔しかった。 「ガキこらきさまこの野郎!」  体のそこかしこに食いこんでくるつま先や踵。昔=抵抗できない暴力を食らうことが今よりも多かった頃を思いだした――サッカーボールだったおれ。ひどいときは野球のボールだった。どこかが熱いときは氷に、体のそこら中にまち針を立てられたときはスポンジに、真冬の素っ裸に水をぶっかけられたときは松や梅や桜の木になった。落ちたら死ぬようなところへ吊されたときは鳥だ。正座した膝の裏へ角材を挟まれ、その太ももの上へ灯油タンクを載せられたときは大仏にもなった。 「くたばれや!」  そうやってなにかになりきりながら、おれは自分の神経を騙してきた。この体はおれのじゃない。おれであってたまるか。こいつは脱げない服だ。心以外は肉の部品だ。脳みそさえ無事なら後からどうとでもできる。そう思うことで――いや、そうであってくれと願うことで痛みをごまかしてきた。おかげで今じゃ心に便利なスイッチができちまったが、こういう目にあうとそれはそれでやっぱりありがたい。ついでをいえば、神経が馬鹿になっているうちに殺してくれたらもっとありがたいのにと思う。 〈じゃあしね。すぐしね。もろしね。ばっちこーい〉  いつの間にか青ジャン一味に加わっている顔なし女。思えばこいつの姿がちらつきだしたのも、ボールや大仏の気分を味わえるようになってきた頃だ。 〈しねしねそくし! しねしねしぼう!〉 ――足りねえな。 〈いいからしね。しねばいいことがある〉 ――だから、死ぬには足りねえっていってんだよ。  心を切り離すまでもない暴力。気絶すら叶わないちゃちな袋叩き。中途半端な痛みのなかで、おれは芋虫のように体をくねらせた。生きようともがいた。いつだってそうだ。体とつながったままの心は勝手に命を守ろうとする。あの手この手で死を遠ざけようとする。  舌打ちをした。うまくできなかった。もう一度ためした。思いきり舌を噛んだ。自分のくそのような運と脳みそに血の混じったつばを吐きつけたくなる。 〝そのへんにしとけよ、ごみかすども〟 「あ!? てめ、誰にものいって……く、《倉持|くらもち》!?」  ちゃちな袋叩きがちゃちですらなくなると、芋虫はなに食わぬ顔でまた生きる支度をはじめた。
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