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「ティナー? どこよ、ティナー?」 「どしたのカルロッタさん?」 「いや、さっき部屋から出て行ったきりティナを見ないのよ。キヨシもいないみたいだしさぁ」  時は若干遡る。  キヨシとティナが倉庫を離れて数十分、カルロッタは二人がいないことに気が付いてトラヴ運輸の敷地内を探し回っていた。  欠陥機があるガレージにいるのかと思えば違い、トラヴ運輸の通常業務を手伝っているのかと思えばそうでもない。 「まあ、あんまり心配はしてないけどね。カンテラに火が灯ってないってことは、ドレイクが一緒だろうし、キヨシも目立つ真似はしないでしょ」 「うーん……」 「アレッタ? 心当たりがあるの?」  アレッタも二人の行方は知らないようだったが、何かしらの心当たりがあるような含みを持った声で唸った。しかしアレッタは首を横に振り、 「ううん、心当たりっていうほどのもんじゃ。でも、この街には国教騎士団の屯所が無いって、前に白黒に話したことがあってさ。それで無警戒にオリヴィーの中央街に行ったんだとしたら……」 「うーん、追われてる側の私が言うのもなんだけど、ちょっと心配し過ぎじゃない?」  状況を軽視するカルロッタを尻目に、アレッタは一部分が少し窮屈そうなボディスーツの前のファスナーを上まで閉じ、翼の調子を確かめるように軽く振ると、 「いや……国教騎士団よりももっとヤバいかも」 「え?」 「事情は後で話すよ。ちょっと街までひとっ飛びして探してくる」  有翼の少女は弾丸の如き速度で大空へと飛び立った。一人残されたカルロッタは何もできず、やきもきとするのみだった。  そして、少女の懸念は現実となる。 ──────  ──クソッ……! この街には騎士がいないんじゃなかったのかよ!?  出入り口が一つしかない場所で追手と遭遇する。追われる者にとって、これほど絶望的な状況はそうないだろう。  キヨシはフードの隙間から追手と思われるそれを観察する。中性的で整った風貌。しかしそのポジティブな要素とは裏腹に、ハッキリ言ってキヨシにとってその追手はどうにも、拍子抜けというか、妙な見た目をしていると言わざるを得なかった。  まず、有り体に言って”ちまい”。  身長はティナと同程度で、着込んでいる体躯に対して一回り大きな鎧がそれをより際立たせており、背中に背負っている得物の槍が異様に目立つ。第一印象では、峡谷での出来事以上の脅威となるほど強そうには見えない。  他にもキヨシを安心させた事柄がある。ヴィンツ国教騎士団の特徴である白銀の鎧を着込んでいるのは、その小さな騎士が一人だけ。  そして何より、その騎士があの”魔弾のフェルディナンド”ではないということ。あの男とは、もう二度と遭遇したくない。  ──フェルディナンド。  あの日のことは脳裏に焼き付き、数瞬前のことのように思い出される。前は運が良かっただけで、今度という今度はどうにもならないかもしれない。  今はその気配はないが、キヨシがこの世界に来てからというもの、安心した傍から状況が引っ繰り返って追い詰められるというのが常だった。体の大きさが強さの尺度になり得ないことなど、ドレイクの存在そのものが証ているようなものではないか。  ──馬鹿がッ! 何をホッとしているんだ!!  安堵している自分を横合いから殴りつけるように、心の中で叱咤して奮い立たせようとするも、心がガス欠を起こしたような、いわば”空元気”状態に陥っていた。  どうすればいい? どうすればここを切り抜けられる?  ──どうすれば、コイツを守れる!?  向かいでキヨシと同じように突っ伏するティナを見ると、体中から氷のように冷たい汗が吹き出し、呼吸が荒くなる。キヨシはそれを抑えるだけで精一杯だった。 「キヨシさん、どうしましょう」 「今考えてるッ」  ──守らねば! 守らねばッ! 護らねばッ!!  焦りがそのままティナへの剣呑な態度に繋がっていた。さてどうするか。今すぐにでもここを逃げ出してしまいたいが、いきなり動き出すというのも”いかにも”という感じがして怪しい気もする。  ともかく、なんとしてもこの場を脱出して逃げ遂せなくてはならない。さもなくば── 「おーい、お前『待ってくれ』と何度言ったら聞き入れてくれるんだ」 「隊列から遅れるお前が悪いんだ」 「隊列って、お前なぁ。俺とお前しかおらんじゃないか」  ──守ラ ネ  バ。  自らの”セカイ”を、失うことになる。  扉を開けて入ってきた新たな敵─鎧を着てはいなかったが─を見たキヨシは席を立ち、戸惑うティナの腕を掴んで無理矢理引っ張っていく。そして右手に持ったソルベリウムの塊をカウンターに叩きつけ、 「もう出るから勘定を頼みます!」 「え? でも、お客様はまだご注文の品が……」 「急用ができたんだよッ、注文の品なら今の二人にでもくれてやってください! ハイこれ金の代わりね!」 「ッ……キヨシさん!」  ティナに名前を呼ばれたキヨシは心臓が止まるかと思うほどのショックを受けた。追手を目の前にして本名を呼ばれてしまったからだ。  決して振り向くことはせず、できるだけ平静を装い横目でチラと国教騎士団員と思われる二人を見る。  意外なことに、二人はまるで無反応だった。  胸を撫で下ろす余裕もないキヨシは、騎士と従業員が注文内容とは不相応に大きなソルベリウムの塊に面食らっている隙に、ティナを連れて店を出た。 ────── 「ちょ、ちょっとキヨシさん! ねえ!」  走る、走る。どこまでも、当ても果ても無くただひたすらに逃げる。  いつまでも表通りにはいられないかもしれない。人込みに紛れるのも悪くはない作戦だが、国教騎士団の立ち振る舞いを考えると、通行人が巻き込まれる恐れがある。 「キヨシさん! キヨシさんってば!」  しかし、今は形振り構ってはいられない。善い悪いもまるで関係ない。なんなら通行人の犠牲を承知で往来の真ん中を── 「キヨシさんっ!!」 「なんだよッ! 今考えながら走って──」 「……腕、痛いです」 「あ……」  とにかく逃げるのに夢中で、傍から見れば人攫いか何かと思われそうなほどに、ティナを強引に引っ張っていた。  立ち止まり、掴む手の力をほんの少しだけ緩めると、ティナの細い腕がするりと抜け落ちていく。そのティナは、前髪の隙間からこちらをじろりと睨みつけていた。  理由は察せられる。キヨシは今確実に『悪いことをした』のを自覚していた。 「キヨシさん。その、さっきソルベリウムで……」 「緊急だった」 「い、いくら緊急だからって……」 「悪いけど、今おたくの倫理観に合わせている余裕がない」 「私だけの倫理観じゃなくて、きっと誰から見ても──」  キヨシの脳内で、何かがプチンと切れた。 「そんなことは分かってんだよッ!!」  脳内の何かがジワリと広がるような感覚と共に、頭がその頭髪の如く真っ白になる。  分かっている、この怒りが見当違いなものであることや、自分が冷静ではないことも。だが言わずにはいられない。感情の昂りを、爆発を、抑えることなどキヨシにはできなかった。 「全部分かっててやっているんだよ! 騎士から逃げてんのも、無限に出てくるソルベリウムを悪用するのもな!」 「じゃ、じゃあどうしてアレッタさんの時は! キヨシさんは、アレッタさんを思いやって──」 「勘違いするんじゃねえッ! アレだって脅したり無理強いしたりする必要があるならしていた! 俺たちは今追われている”悪党”で、倫理観なんか邪魔でしかねえってことが分かんねえのか!? さっきも騎士の前で俺の本名を呼びやがって、姉妹二人揃いも揃って自分たちがどういう立場の人間なのか──」 「それ以上その汚え口でベラベラ喋ってみろ、今この場で燃えカスにしてやるぞ」  どこかに弾け飛んでいた自分が、眼前で小さく、しかし激しく燃え盛るドレイクによって、自分の中に戻ってきた。しかしまだやり場のない感情は収まらず、高尚な精霊の火もただただうざったいだけ。見ていられなくなったキヨシが適当に焦点をズラすと、 「……ごめんなさい。ごめん、なさい……」  瞳からボロボロと大粒の涙を零してただ謝る、最も親しみを持つ顔を持った少女が映った。  言葉が出てこない。  これほどまでに自分の浅慮を呪いたくなったことは、生涯を通じてもそう何度となかった。  ティナは十二歳、”自我”とは違う”自己”が形成される頃合いだ。それに周囲の環境が良かったらしく、精神や性格は”どこかの誰かと違って”捻じくれることなく、真っ直ぐなごく普通の感覚を持って育った様子。  そんな子供に、『これまで大事にしていた倫理観を投げ捨てろ』と強要するような行為の、なんと酷なことか。謝る必要もないのに謝るティナの、なんと悲壮なことか。  そして……何が、何が”悪党”か。  ──悪人は、俺一人だろう……。  何を言っても裏目に出てしまいそうで、正しい返しはおろか、最適解すら見えてこなかった。  そして、ティナの大事にしている”正しさ”を守ってやると、約束もできない。  できることはと言えば、ただティナの手を引いてこの場から離れることだけ。  ──ティナ……セカイだけは、なんとしても守らねばならない。  それだけは絶対に守ると心に決めて、キヨシはティナを連れて人通りを離れていった。  が、事態はこれに留まらない。  人込みから抜け出し、街から離れようとするキヨシとティナを、建物の影からちらと見る黒衣が一人。その黒衣は、引っ張り引っ張られて裏路地へと入っていく二人を目で追い、透き通るような声で、 「見ーっけ」  と、ただそれだけ呟いて、その黒衣もまた光の届かない裏路地の闇に溶けていった。  状況はキヨシたちの想像を絶する、混迷の様相を呈していた。
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