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32 次の日、雨が降っていた。テレビの人は昼頃には止むと言っていた。僕は寝そべりながらそれを見ていた。 しばらくして、テレビショッピングの番組が始まった。それをまただらだらと見ていた。 雨が少し弱くなったようだ。外は少し明るくなっている。 「これ、いいな」 テレビショッピングでは、刃物を研ぐようなものを解説していた。これに出ている商品は本当にいらないものでも少し欲しくなってしまうから不思議だ。まあ、買うことはないのだが。 僕は携帯を開いた。メールや着信は1件も入っておらず、どうでもいいニュースアプリの通知が2件入っていた。 携帯を投げた。テレビでは未だにテレビショッピングをやっている。 僕は目を閉じた。僕の両耳からは、テレビの声と雨音がしばらく続いたが、いつの間にか遠くへ消えていた。 33 目が覚めた。雨音は消えて、部屋ではテレビの音が響いていた。 目をこすりながら遠くに投げてあった携帯を取った。ディスプレイには11時30分と表示された。 「コンビニ、行くか……」 だるい体を起こした。テレビを消すと携帯、財布を持ち家を出る。 外は少し湿っていたが、すっきりと晴れた青空と暑い太陽ですぐ乾きそうだった。 「暑くなるな」 地面からは、もう既に蒸し暑い空気が出てきている。 「よし、行くか」 自転車のハンドルに手をかけた。ペダルを漕ぐと少し涼しい風が吹いてきた。 「涼しいな」 半袖のシャツの袖が風でなびいた。体全体で風を切る感覚得ることが出来た。それを存分に得ようと、コンビニまで立ち漕ぎをした。 34 コンビニを出ると、外はますます暑くなっていた。また、冷蔵庫のように寒いコンビニに戻るところだった。 「もう暑くなってきたな……」 自転車にまたがる。ハンドルを握ると、嫌な感触がした。 僕は公園へ進路を進めようとしたが、やめた。行くあてもなく自転車を走らせる。 「暑い……な……」 額からはだらしなく汗が垂れた。 辺りを見るといつのまにかコンクリートが乾いていた。これほど太陽が照っているから当たり前か。 赤信号だったのでブレーキをかけて止まった。ポケットにある携帯を開いた。 「保信?」 そこには保信からの着信履歴があった。僕は不思議に思いながら保信に掛け直した。 「もしもし……」 「ああ、間広」 保信はすぐに出た。 「どうしたの?」 「今、どこにいる?」 「土手の近くかな」 僕の目の前の信号は青に変わった。僕は自転車から降りて、歩いて道を渡った。 「ならいいや」 保信は切ってしまった。携帯を閉じて再び自転車に乗った。自転車はすうっと速度を上げて走り出した。風を切る。頰には涼しい風が当たった。土手に近づくにつれて、気持ち涼しくなっていくようだった。 35 「はあ……はあ……」 土手に続く坂。最近、運動をしない僕にとっては辛い上り坂だった。 「もう少しだ……」 あと少し、最後の力を振り絞りこの坂を登り終えた。目の前にはひらけた景色が広がる。 カンカンカン…… 目の前の踏切が大きな音で鳴り響いた。僕はそれをぼんやりと眺めた。 「あ、あの特急」 夏休みに入る前、ここを走った時に見た真っ白な特急だった。轟ながら僕の眼の前を通過していった。その風は、あの時よりも強い夏の風がした。遮断機が上がってもなお、僕は踏切を眺めていた。 36 ゆっくりと土手を走る。川に近いので涼しい風が山側から吹いてきた。 今、走っているところは、一応国道だが車通りが少ない。対岸のすぐ近くのところにもう一本大きな県道が走っているのでこちらは車通りが少ないらしい。 僕はしばらく線路と一緒に走った。時々、銀の車体に黄帯のJRや、白の車体に赤帯の私鉄の電車とすれ違ったり越されたりした。 気づくといつも使う駅についていた。川はいつのまにか遠くにあった。 「喉かわいたな」 駅の近くにある、あまり行かないコンビニに入ると、僕は適当な飲み物を買った。 自転車の中には、先ほど買ったおにぎりがあったので、その場で食べてしまった。 37 「やあ、おはよう」 朝起きると父がいた。壁にかかっているカレンダーを見ると今日は金曜日だった。 「今日はどうしたの?」 父は持っていたコーヒーカップを置いた。 「今日は少し遅くてもいいんだ」 そう答えると再びコーヒーをすすった。台所には父しかいなかった。 「母さんはもう出たぞ」 「早いね」 「母さんの会社は小さいから一人の負担が大きいんだろう」 父は他人事のように答えると、近くにあった新聞を広げた。 「進路は決まったか?」 僕は冷蔵庫の中にある牛乳を取り出した。 「まだ」 父はまたコーヒーをすすった。 「そうか」 父は興味のなさそうに返事をした。僕は空いたコップを流しに出すと台所を出ようとした。 「あまり焦るなよ。自分の気持ちを大切に。そうすればうまくいくから」 「うん……」 「じゃあ、仕事行ってくるぞ」 父は僕の頭をぽんとたたくと、脇をすり抜けて家を出た。開きっぱなしになっている玄関のドアを僕はしばらく眺めていた。 38 机の上の時計は12時を指していた。 「ん……ああ……」 握っていたペンをノートの上に投げて、僕は腕を伸ばした。 「もう、昼か……」 椅子を引き立ち上がる。全開になっている窓からは涼しい風が入ってきた。 「コンビニ行くか」 ここ最近、家とコンビニの往復しかしていないような気がする。夏なのに何一つ満喫していない。 「保信とまたどこか行こうかな」 今日、保信は学校の夏期講習に行っていた。僕も数日後にはそれに出席する。 「もう少しで受験なんだよな……」 ため息をついて、頭をかいた。進路は定まっていた。地元の大学へと進学するつもりだ。でも最近、それでいいのかと思い始めていた。自分はもっと他にやりたいことがあるんじゃないのか? 「よく分かんない……」 それを頭の隅へと追いやった。自分のことなのに、他人事のように放置してしまった。 自転車をゆっくりと進める。頭の中はいろいろなことがごちゃごちゃしていた。考えることが多すぎて、いつもよりも頭が重くなっているように感じた。 「誰もいない……」 気がつくと、公園の前にいた。誰一人いなく、蝉の音がうるさく響いているだけだった。 39 夜。日が暮れてもなお暑さは健在だった。 「……」 まだ頭の中は義ちゃ後ちゃしている。原因は大体分かる。でも考えると胸が締め付けられる。こんな気持ちは初めてだからよく分からない。 「くそっ……」 僕は勢いよくシャーペンを投げた。それは壁にぶつかると、床に転げた。物に当たったところで気持ちが晴れるわけでもなく、モヤモヤは残っている。 「もう寝よう」 時計は10時を指した。少し早いが、僕はベットに入った。 目を閉じる。まぶたには、縁の顔が浮かんだ。 40 夕方になった。4時ごろに親から帰りが遅くなると電話があった。僕はその電話を聞いて少し早い夕食を取ることにした。 「もう6時か」 夏至をとおに過ぎた今日、7月31日の6時は昨日よりも少し暗くなっているように感じた。 「はあ……」 今日は何もしない1日だった。朝の7時に起きて、だらだら勉強をしたりゲームをしたり。昼になればいつも通りコンビニへ行き、午後もだらだらと過ごした。 「明後日からか……」 カレンダーを見た。夏期講習は8月2日から始まる。それが近づくにつれて、どんどん億劫になってきた。連休明けの月曜日のような虚無感が僕を襲ってきた。 「まだ6時半?」 時計を見つめる。明らかにいつもよりも時間の進みが遅かった。僕は疑問に思いつつ、思いまぶたを静かに閉じた。 これで長い7月が終わり、8月に入る。そう思っていたが、予想よりも8月は遠いところにあった。 41 携帯が鳴り響く。うるさいと思いつつ、電話に出た。 「あの公園に来てほしい」 加納からだった。僕は「ああ」としか答えられずに電話を切った。しばらく、画面のディスプレイを見つめる。もう8時過ぎになっていた。 夜はどんどん深い闇に飲み込まれ、辺りは少しずつ昼の暑さが和らいでいる。僕はゆっくりと足を進めた。ゆっくりと、一歩一歩。 公園には加納がいた。ベンチに一人、寂しく座っている。 「やあ、加納」 「あ、間広くん」 僕が声をかけると、加納はすぐにこちらを向いた。 「座っていいかな?」 「もちろん」 加納と少しだけ距離を置いて腰を下ろした。 「どうした? 何か悩みでもあるのか?」 僕は薄々加納の気持ちに気付いていた。今日、ここへ僕を呼んだのも「気持ち」を伝えるためだったと分かっていたので訊いてしまったことに少し後悔した。 「私は間広くんのことが好きだった」 僕の胸は細い針に刺されたように痛んだ。縁を裏切っているような…… 「でも、縁ちゃんも好きだと知って、私抑えてた」 加納は続ける。 「でも諦めきれなくて、もう一度、あの時みたいに話したくて……」 加納はうちむいた。僕は何もできずに唇を噛んだ。 「ごめんな」 それだけ、ただそれだけ呟いた。 42 「ねえ、肩貸してくれる?」 僕は頷いた。加納は「よかった」と小さな声でつぶやき僕の肩に体を委ねた。 「初めて話した時、あの時から気になってた」 僕の肩は加納の涙でじわりと濡れた。 「間広くんは親身になって悩みを聞いて、行動してくれた。そんな間広くんを見て保信くんがいるのに好きになった」 加納の「好き」という言葉が、僕の胸を締め付けた。 「そのことを保信くんに言ったら『あいつはいい奴だから、大丈夫』と言って送り出してくれた。私も自信を持てるようになった」 唇を強く噛んだ。それでも、胸の痛みは消えずに鋭く突き刺さってきた。 「でも縁ちゃんが間広くんのことが好きだった…… 縁ちゃんに申し訳なくて間広くんと話しにくくなった」 僕は視線を落とした。左手首にはうっすらと腕時計の跡が残っている。 「偶然、この公園で間広くんと会った。わたしは毎日会いたいがためにここで待ってた。待ってたけど、縁ちゃんに申し訳なくて……」 加納は涙を流した。 「僕の気持ちは変わらないけど、好きでいてくれてありがとう」 「うん……」 加納は小さく震えていた。 「一つ我儘、聞いてくれる?」 「ああ……」 「一回でいいから、キスして。それで諦めるから」 僕は黙って頷いた。 僕は加納の両肩を持つと、ゆっくりと引き寄せ、そして触れ合った。加納の唇は少し涙の味がした。 僕らは触れるのをやめると、向かい合った。加納の目は涙で潤んでいた。唇は細かく震えている。 「ありがとう」 真っ赤な目から流れる一筋の涙を拭うと加納は闇の中へと消えていった。 僕は心の中で加納に謝った。 「ごめん、今まで強く、強く思っていたのに……」 なぜか、僕の目からは涙が流れた。 43 「昨日、加納に告白された」 ファミレスはクーラーがよく聞いている。目の前に座る保信はコップの水を含むと外を見た。 「断ったんだな」 僕は俯いた。なんだか保信と目を合わせたくなかった。 「うん、断ったよ」 目の前にあるコップの氷が小さく音を立てた。 「縁ちゃんが好きなんだろ」 僕は前みたいに顔を上げた 周りの雑音はすうっと小さくなった。 「好きなら気持ちを伝えた方がいいぞ」 保信の言葉に深く頷いた。 「早い方がいいのかな」 保信はまたコップの水を含んだ。 「遅いのは、ダメだな」 「そうだよね」 僕はうち向いた。保信は外を見ている。 早く言いたい。できたら、この場所から飛び出してでも言いたい。だが、体がどこかに引っかかって走り出すことができない。まだ迷いがある。 僕らは黙った。コップの氷はまた小さく音を立てた。 「結果が悪くても、落ち込むなよ」 「うん……」 悪い返事が来るかもしれない。でも、恐れずに伝えなければならない。 頼んだ料理が来るまで、僕は押し黙っていた。 44 携帯を小一時間ながめていた。 「これから、公園に来て欲しい」 これだけ打ったメールをよすがに遅れずにいた。 「きりがないな」 腕時計を見ると3時を指している。僕は未だに飽きずに携帯の液晶を見つめていた。 決心はもう付いている。でも、いざとなると勇気が出ずに一歩が踏み出せない。一歩踏み出そうと思っても足が固まって動かないのだ。 「やっぱり、伝えるのやめるか?」 携帯を閉じ、ぱたりと腕を下ろした。 それはいけない考えだった。僕の、このあふれんばかりの気持ちを伝えないのはいけない選択だった。 「いやだめだ。伝えないと」 僕は起きて、携帯を開く。 「僕は言うんだ」 送信のボタンを押す。僕は一歩、前へ踏み出したような気がした。送信完了の文字を目にすると、僕は一気に緊張してきた。 すぐに支度をすると家を飛び出して自転車にまたがった。 風を切る。日中、太陽によって温まった蒸し暑い風だった。僕は心臓がはちきれそうだった。いてもたってもいられずに、自然と立ち漕ぎをしていた。 僕はこれから「告白」をするんだ。 45 「間広くん、どうしたの?」 蝉はうるさく鳴きわめき、僕の耳を少し痛ませた。 声の方を振り返ると縁がいた。一気に心臓が高鳴り、脈が速くなる。 「僕は……縁のことが好きだ」 辺りがすうっと遠のき、さっきまで鳴いていた蝉も静かになる。僕らはその静寂にしばらくの間、圧倒されていた。 「本当に?」 縁が聞き直した。 「ああ、付き合って欲しい」 「うれしい……」 縁は涙を流した。加納の時も見たこの姿はその時よりも美しく、そして儚かった。 「私も、ずっと好きだった」 縁は涙を拭いながら言った。 「僕も好きだ」 縁は僕に体を預けた。僕は強く、強く彼女を抱いた。 太陽はこの時間になっても、まだ暑く地面を灼く。 8月上旬、長い夏はまだまだ始まったばかりだった。 僕は改札を抜けた。4、5年前、毎日のように使っていたこの駅は何も変わっていなくて、とても懐かしかった。 「帰ってきたな」 久しぶりの故郷。胸一杯に空気を吸う。 前を見ると見知った女の人がいた、その人はにっこりと笑った。 「お帰り、間広くん!」 縁の笑顔は僕の目に飛び込んできた。 「ただいま、縁」
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