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 コンコン、とドアが控えめに叩かれる。生肉の山が全て焼肉の山に変わった頃だ。 「おっ。ランのやつ、いいタイミングで来たな」 スズメさんがそう言いながら扉を開けると、案の定そこにいたのはランだった。 「遅くなってごめんね。二人とも、おかえりなさい」 『キュイ!』  いつものようにへにゃりと笑ってお邪魔します、と部屋に入ってきたランは机の上の肉の山を見て目を瞬かせた。 「……なにこれ」 いつも穏やかなものを含んでいる声が平坦なものになる。そんなに驚いたのかよ。 「何って……。肉」 「いやそれは分かってるんだけど……」 待てこの|表情《カオ》は驚きにプラスしてちょっと引いてるな!? 明らかに引いてるな!? しかし彼の様子はすぐに元通りになった。 「ごめんね。こんなに山になっているのは初めて見たものだから、驚きで思考が停止してしまっていたよ」 少しおどけたように肩をすくめたランにスズメさんがお前も食えよ、と串を差し出す。それを受け取ると彼は近くの椅子に腰かけた。一瞬かぶりつくのを躊躇したように見えたが意を決したように勢いよくいく。 「ん、美味しいね」  ちゃんとごくりと飲み込んでから声を漏らす。やっぱりこいつもしかしてどっかいいとこのご子息とかじゃねえの? お忍び旅? 海外遊学? 一人で?  …………………………。  めっちゃ立派じゃん!! 長いこと旅してるって言ってたけしつまりはそんだけ一人旅してるってことだろ!? あ、違った一人と一体か。それでも同じようなものだ。 なるほどそれなら彼が長く旅人をしているのにもかかわらず戦う術を持たないのもわかる。自衛くらいはできるだろうけど金を稼げる程ではないに違いない。きっとその訓練をする為の時間の全てを勉強にまわしていたんだ!  ラン……! そういう事だったのか……! 俺はお前のことを陰ながら応援するぞ……! 気付いてないふりだってするからな……! 「……なんだい、その目は」 怪訝そうに首を傾げた彼になんでもない、と言って話題を変える。 「そういやお前、協会の人に呼び止められてたんだって?」 「ああ、うん。その事なんだけどね」 彼が持っていた串を小皿に置いて口を開いた。少し困ったように眉を寄せている。 「ここから北の方にある集落で流行病が出たらしくて……。僕らは免疫を持ってる病気だからかかることはないんだけど、その地域の人たちはそれが無いらしくてね。治療に来てほしいって」 台所でメイと二人でざくろに野菜を焼いてもらっていたスズメさんが予想通り、という顔をする。ほう、やっぱりランはすごいな。 「ちょーっと、ついて来てほしいなー……なんて」 「……は?」 一瞬話が読めずにそう返してしまった俺にランは人好きのする笑みを見せた。 「ついて来てほしいって……俺たちにか?」  確認の為に聞き返す。ランはそう、と頷いた。スズメさんが台所から机のところまで来てその集落のある海域は、と尋ねる。さすがはプロ、急な話にも冷静だ。 「あはは……。アーヴェン海域、なんだよね……」 「まじか……」  返答を聞いたスズメさんは目元を手で覆って天井を仰いだ。ランも苦笑いをしている。正直、その意味が俺には分からない。 「ええっと……。そのあーべん? 海域の何がまずいんだ?」  そっと手を上げて聞くとメイもこくこくと頷く。スズメさんが口を開いた。その顔は彼女にしては珍しく苦々しい。 「アーヴェン海域って所は、すっげえ治安が悪ィんだよ。けっこう海賊団もたむろしてるし」 「かいぞく」 「奴隷商人もうろちょろしてるしなぁ……。軍も見つけ次第片っ端から叩いてるらしいんだが、叩いても叩いても湧いてくるししつこいしでかなりまいってるって聞いたな」 「どれいしょうにん」  なんだそのおっかない話は。ここは本の中デスカ。 「え……こわ……」 「大丈夫? ランさん、カツアゲとかされたりしない……?」 「カツアゲで済めたらまだラッキーな方だよ……」  ランははあ、とため息をつく。けど、と彼は続けた。 「その集落は海域の端の端の方だからまだ治安はいいんだよ。けどほら、僕、ルリを連れてるでしょ? 竜は目立つから狙われやすくなるんだよね……。連れて行かないようにしようにも治療にはルリの力も借りなきゃだし……」  なるほど、要は狙われにくくなればいいのだ。たしかに明らかに手練に見える冒険者と刀を引っ提げている奴に囲まれてる人間なんぞ狙いたくない。彼の判断は正しい。 「わかった、俺も行こう。スズメさんはどうする?」 「あっ、ちゃんと報酬は協会から出るよ!」 「報酬出なくても行ってやるよ。第一、お前はなんか目を離しちゃいけない気がする」  肩を竦めて見せた彼女にランが失礼だな、と言い返す。じゃあ、と俺はメイを見やった。 「メイは危ないから留守番していてくれ。奴隷商人はシャレにならない。もちろん、ざくろもだ」 「ええっ!」 『ぴゃうっ!?』  なんでよ! ぴゃあぴ!  一人と一体は声を荒げる。不満で仕方が無いらしい。 「私そんなヤワじゃないもん! ずっと守られる程子供じゃない!」 『ぴぎゃう!』 「14と1歳未満は十分子供だ!!」 「兄ちゃんだって13の時一人で旅に出たくせに!!」 「行き先が勝手の知れてる自国内か何が起こるか分からない海外じゃ天と地の差だ!!」 「竜の巣にだって行った!」 「あれは人が多かったからだ今は俺たちしかいない、ずっと誰かがそばについてやれるとは限らない!!」 「…………っ、兄ちゃんのばか! あほ! まぬけ!!」 「悪口のレパートリーから子供の証明だ!!」  暫く睨み合って立ち上がっていたメイがどすんと椅子に座った。その頭をスズメさんがかき撫ぜる。 「すぐ帰ってくるから、な? いい子でアタシの家で待っていてくれ。家のものは好きに使っていいから」 『キュイ……』  メイはそれから家に帰ってもずっとぶすくれていた。
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