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現在編・士官研修修了―ともだち① 「あたし、基本的に暇なのよね」 「…………?」  きょとんと、少女が小首を《傾|かし》げる。  ああ、これはあれだ。  かなり直接的に言わないと、こちらの言いたい事は伝わらない系。  わざわざご丁寧に、今回のお礼と称して、菓子折り持参で挨拶に来た時から思っていたけれど。  この子、相当箱入りな気がする。  手帳の文字通りに、挨拶もかなり丁寧だったし。  着物は城に士官している女官にしては地味、化粧も薄く桜色の紅を塗っているぐらいだけれども。  それもまた、そのとても目立つ整った《容貌|ようぼう》を引き立てている事に、きっと本人だけは、微塵も気付いていないんだろうなぁ。  男を手玉に取るような感じには見えないけれども、無意識的に《弄|もてあそ》びそう。  とか言ったら、流石に失礼だから黙ろう。  仮に言っても、本人には意味分かって貰えなさそうだし。  あたしみたいに、小さい時には暗くなるまで《悪友|あくゆう》達と外を駆けずり回って、毎日のように親に怒られるのを繰り返してみたり、《健|たける》みたいな奴を適当にあしらって、使いっ走りに使ったなんて事はないんだろうなぁ。  大事に大事に、だいーじに育てられてきた箱入りお嬢様が、記念すべき《突然変異体|とつぜんへんいたい》の士官者第一号ねぇ。  そりゃあ、今回の件も《的|まと》にされるわけだわ。  うん、何か納得。 「あ、あの、その……し、失礼なことを言ったり……えっと、その、な、何かお気に《障|さわ》ることを……その……して……しまいました……でしょうか」  郵便部の受付は、何段か高い所にある。  人の通りが多い《南方殿|なんぽうでん》一階の入口付近にある部署は、人の動線を考えて大半がその造りなので、あたしは普段通り受付に座って頬杖をついていても、少女を見下ろす事になってしまう。  この子も、正直にぶっちゃけると、かなり背丈はちっちゃいしね。  しゅんと《項垂|うなだ》れてしまわれたら、余計に縮こまって見える。  だからあたしは、一息つくと、座っていた椅子から立ち上がり、受付から身を乗り出して。  少女の柔らかそうな両頬を、勢いよく両側とも、むにぃと掴んだ。 「ふにゅ?!」  ふにゅ、ってなんだ、ふにゅって。  擬音までもが《体|たい》を表すかのように、この箱入りお嬢様の素質の《権化|ごんげ》なのか。  《健|たける》なら「ふぎゃぁ!!」とか、周りを気にせずに叫んでるわよ。 「あのね、あんた、人の話を聞いているようで、実は自分の事ばっかりが気になりすぎて、本当の意味で人の話を聞いてないわね。今もそうよ、別に、あたしはあんたに失礼な事されましたーとか、嫌な事されましたーとか、何も言ってないじゃない。暇って言っただけよ、暇って」 「ふ、ふぁい」 「お菓子は折角持ってきてくれたし、お礼と一緒に有難く貰っておくわ。でも、別にあたし、正義の味方じゃないから。誰も彼も助けようなんて、これっぽっちも思ってないし。単に、あたしの平和で暇な毎日を崩されるのが嫌だっただけ。それが、今回はたまたま、あんたの助けをするような形になっただけよ。いい?」  そこまで言ってあたしが両手を外すと、少女は青い眼をぱちくりと《瞬|またた》かせて、唇に指を当てて、何かを考えている。  一二三…………十、まだ終わらない。  長い。長い。長いぞ。  あたしはそんなに、元々の気は長くないんですが。  待つのは仕事と割り切ってるからともかく、おーいお嬢さん、早く帰ってきてくれませんかね。 「あ、あの」  ようやく少女が自分から口を開いた時には、あたしの脳内で五十は数え終わっていた。  そこまで時間をかけて考えて。  何を言うのかこの子は、と思っていると。  勢いよく、また頭を下げられた。  そして、戻ってきた顔は。 「それでも、あの、助けて頂いて、ありがとうございました。えっと、その、わたし、本当に、とても嬉しかったです。ええと、《小村|こむら》さん」  春の花が芽吹くみたいな、柔らかい笑みが零される。  柔和な微笑みというのは、こういう事を言うんじゃなかろうか。  それぐらい、少女が笑った顔は、同性のあたしから見ても。 「あんた、そうやって笑ってた方が何百、いや何千倍も可愛いわよ。あたしが保証してあげる。いい、女は勇気と度胸よりも、先に愛嬌よ愛嬌。あんたね、あんた自身はどう思ってるか知らないけれど。あんた、相当《素|もと》は良いんだから笑ってなさい。笑う門には福《来|きた》るって言うでしょ。あたしみたいに、あー今日も暇だなーってぽけーっとしてるよりは、あんたまだ歳も若いんだし、笑ってた方が絶対得するわよ」  くすりと笑った顔も可愛かったので、あたしはちょっとだけ機嫌を良くする。  最近の、きゃっきゃうふふがやがや軍団とは、丸っきり別物だ。 「ね、さっきの話をしてからの二回目なんだけれども。あたし、今とっても暇なのよね」 「はい」  今度は真っ向から、あたしを見て頷いてくれる。  かなり素直な子だ。  そうそう、ちゃんと話す時は、相手の顔を見て話をして、それから話も聞かないとね、お嬢さん。  あたしは、よっこらせと椅子から立ち上がり。  背伸びをしてから、受付に伏せていた『休憩中につき不在』の札を立てると、受付右にある横開きの入口扉を開いて、少女を手招いた。 「今日はね、普段よりも更に暇すぎて、これ以上此処に座ってると暇死にしそうなのよ。持ってきてくれたお菓子もあるし、あんたも今、此処にいるって事は暇なんでしょ」 「はい、今日はお休みを頂いたので」 「なら、奥でお茶を入れてあげるから、あんたもお菓子食べていかない? あたし一人じゃ食べきれないし。あーえーとそうね、爺ちゃんが《鼻提灯|はなちょうちん》出しながら居眠りこいてるけど、本人が自分で起きるまでは何してても起きないから、単なる置物だと思っていてくれればいいわ。  えーっと、あんたの名前なんだっけ、つき、つき、つき、なにづきだっけ。郵便を届けない人は忘れるのよね、あたし」 「《砂城古月|すなしろこつき》です、《小村|こむら》さん」 「そうそう、それだわ。じゃ狭い所だし、置物の爺ちゃんがいるけど、奥にどうぞ、《古月|こつき》。あ、別に呼び捨てで構わないわよね。嫌なら、ちゃん付けもしてあげるけど」 「《小村|こむら》さんのお好きなように任せます」 「あ、そう。なら、あたしの事も梨花で。年の差とか関係なく、苗字呼びされると、仕事しなきゃって気分になるから」 「分かりました、梨花さん」  敬語は抜けないのね、まぁいいか。単に、あたしが暇を潰せれば良い事だし。  大人しくあたしの手招きに従い、近付いてきた少女からは、ふわりと桜の匂いがした。                 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈  その前々日。  あたしが《健|たける》に《文箱|ふみばこ》を届けるように言って、昼食を済ませてから郵便部に戻ってくると。  だらしなく着物を着流し、猫みたいなひょろりとした人が受付に腰を下ろし、更に鼻歌を歌っていた。 「そこ、いつもあたしが肘ついてる場所なんですけど。お尻触った部分、きっちりしっかり拭いておいてくれます? 《牧村|まきむら》さん」 「やーやー梨花ちゃん。んー俺が自分で拭くのは面倒だからさー。その役目はわかさんにでも回しといてー」 「で、何の用です。あたしが頼み事をしたのは、《健|たける》にですけど。牧村さんは、これっぽっちも呼んでませんけど」 「うーん、相変わらずはっきりばっさり。残念ながらーきみさんからーお前も働けと言われたんでー、俺もちゃんとお仕事せざるをえないわけですよー」 「あたしの仕事には、牧村さんの相手をする事は含まれてませんけどね。そこから《退|ど》かないなら、業務外労働で申告書を書かれたいです?」  しっしっと手で追い払う前にするりと逃げられてしまい、仕方なしにあたしは受付に座り直して、普段通り肘をつく。  こいつも《健|たける》と同じ《隠密|おんみつ》だけれども、職の名前通りに、掴み所がない奴一位を独走中。  《長|おさ》の《君原|きみはら》って人も、実際に会えばその部類だけれども、まぁあの人はこの国じゃかなり有名だしね。  あたしや《健|たける》より六年以上も先輩なのに、あたしと同じく、《健|たける》で遊ぶのが趣味っていうのが、この《牧村|まきむら》って人。  《健|たける》もそろそろ、《弄|もてあそ》ばれてる事に気付けばいいのに。 「で、悪いんだけどー。梨花ちゃん、お兄さんとさー逢い引きする気ない?」  笑顔と身体を自然に寄せるようにして、彼が胸元から取り出して、受付に滑らせた人相書きは三人。  人相書きの下には、氏名と部署名も書いてある。  自分とあたしの身体の影になる部分に置かれているので、あたしが視線を下げる以外、他に見られる事はない。  左から指され、指が右端に辿り着いてから、あたしは溜息を返した。 「牧村さん、そう言って何人の子と遊んでるんだか。知ってますよ、この間は『《東方殿|とうほうでん》の新人女官の《佐伯|さえき》さんにお昼に手を出して、次は戸籍部の《白石|しらいし》さんと《文書管理部|ぶんしょかんりぶ》の田中さん』狙いでしたっけ? 新人女官ばっかり狙って手をつけると、その内、何か言われますよー、絶対」 「ええー何それー。今は梨花ちゃん一筋なのにー」 「残念でした、あたしは新人じゃありませーん。それに、口先だけで産まれてきたような人はお断りします。はいはい、帰った帰った、あたしは仕事なんです」 「あいあいさー」  片手を振って去る直前、あたしの目の前から、手品のように人相書きが消える。  厨房へと歩いて行く牧村の背中を見つつ、あたしも大分物好きだなぁと思いながら。  あたしはまた肘をつきながら、受付に座っている事にした。
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