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「付き合ってください!」 「……それは、友人としてではなく?」 「そう! 友人としてではなく!」 「……それは、つまり、男女交際として、」 「そう! 男女交際として!」 「……彼氏彼女の関係になり」 「そうなりたい!」  ──私立《鴇沢|ときさわ》学園高等部の、部室棟裏。五メートルも歩けば其処はもう山の中という、二十一世紀にもなって自然派な立地で、わたしは愛の告白を受けていた。相手は、たぶん、同じ学年の男子、だと思う。顔に見覚えはあるし、名前をきけば、たぶん得心がつくと思う。けれども、それは推測の域を出ない。 「……ごめんなさい」  私は表情を変えずに言う。そもそも、彼に呼び止められて、腕を掴まれて此処まで来ているけれど、それら一連の行動に、一切の情動を呼び起こされなかったのだから、表情が変わる理由がなかった。 「どうして。付き合ってる人とか、そうじゃなくても、好きな人が居るとかなら……」 「居ないわ」「じゃあ、」「でも、ごめんなさい」  私は寄る辺のない冷淡な返事をするのみだった。冷淡な、否、冷淡であろうなどとは意図していなかったが、かといって温和になれるほどの『《水面|みなも》の揺れ』もなかった。 「わたし、わたしを大切にできてしまう人には《靡|なび》けないの」  嘘だ。嘘という言葉が不適当なら、方便でも構わない。とにかく、そういう性癖を、被虐性興奮体質を繕ってしまうのが、手っ取り早く此の話を終えられると判断しての、口からの出任せだった。  話が終わったようだと、わたしは彼の隣を横切ってホームルームに足を運ぶ。道行きで脳裏を走らせるのは、名も思い出せぬ彼からの『愛の告白』という行為──その前提にある『恋愛感情』『愛欲』『情欲』、あるいは自分以外に奪われないようにという『独占欲』に関して。  わたしたち高校生の恋愛において、重要な要素とされるのは、『外見』『性格』、そして──それを行っているのが然るべき機関に見つかれば補導されると知ってか知らずか為される──『性行為の相性』だと言われている。情報源の雑誌が《いかにも》な層に向けられている点で信憑性が疑わしいけれども、ともかく、それらの要素に自分を当てはめると、どうにも、独占欲であるとか、あるいは愛欲・情欲を、誰かから向けられるような存在でないと、自分自身にレッテルを貼らざるをえないのだ。  容姿──平凡、どころか悪い部類に入る。つり目なうえ、常に何かを睨んでいるかのように細められていて心象は良くない。目同様に眉もつり気味で「キツ」めだ。唇は薄く、真一文字に結ばれていることが多い。喋る理由もなければ、常に微笑んでいる理由もない……と断じてしまえる程度に可愛げがないのは自覚がある。背丈が小さい、あるいは大きいということもない。もちろん同年代の男性に比べれば小柄だろうけれども、とはいえ一五八センチメートルの身で小柄とは言えまい。肉付きが程良いというわけでもない。太ってはいないぶん、わかりやすく肉のつく胸や尻には余分なそれがない。そして露出もしない。ブレザータイプの制服の、ブラウスのボタンを多く外すこともなければ、スカートを短く巻き上げるということもない、校則に準じた優等生スタイル。  これらの要素が、自己評価だから低いものになっているのだとしても、とはいえ、けっして優れているものではないはず。この時点で、まず恋愛対象としての第一ステップを転がり落ちることになる。  つぎに性格。なんのことはない。《こういう》性格だ。他人の言動におよそ突き動かされることのない、平坦な心。笑えないわけではないし、面白いと思えることがないわけでもない。笑ったり泣いたり悲しんだり喜んだりする理由が、人よりも少ないだけ。あるいは、多く有ると思わせることに価値を見出だせないだけ。可愛げのないと、わたし自身思うけれど、ともあれ無理に社交的になる必要性を見出だせない以上、疲れるだけだと切り捨てた。客観的・俯瞰性の高い、と自負できるような性格ではない。人と同じことに一喜一憂することが、少ないだけ。共感性を求めるなら、他をあたってほしい。  そして最後に──《処女|ヴァージン》に性行為の相性問題を持ってこられても困る。というよりもこれは「男女として付き合いを始めてから、関係の継続を判断する材料」なのでは。  ともあれ。これらを総合して『天涯孤独っぽい』などと評する人が居たのも事実だけれど、そんな人間に庇護欲を掻き立ててくれるのは大いに結構だけれど。とはいえ、わたしが彼らに対して、愛だの情だの独占欲だのを覚えることは、ない。ないのだった。これまで、そして、これからも。  そう。なぜならば。  二年二組と書かれたプレートの下がっている教室の扉を開く。午後四時の日の入り方としてはすこし陰りの見える其の箱の中には、一人の大人が居た。窓側から数えて二列目の、教壇から数えて四番目の位置に設置された机・椅子に、その人は腰掛けていた。 「……机に直接腰掛けるなんて、はしたないですよ、センセ」  言われて、彼女は、えへー、と甘ったるい声を出す。教育実習生かのようなダークスーツに、ブラウスは第一ボタンだけ外されていた。ショートヘアの黒髪は癖っ毛なのかところどころ波打っている。化粧っ気の薄い顔をくしゃりと歪ませ、わたしに向く。 「なーんか、懐かしくって」  幸せそうなその表情に、わたしは何も言えなくなる。……いや、言える言葉はある。あるのだ。けれどそれは、わたしの言いたい言葉では、ない。 「学生気分はそろそろ抜かないと、他の先生方に怒られますよー。川上センセが部活の出張だっていうんで潰れてなかったら、今頃は補講だったでしょうに」  そんなことわかってますぅー、とすこし唇を尖らせて返す彼女に、わたしは言いようのない暖かさを感じざるをえなかった。  彼女の腰掛ける机の、横にかけてあるスクールバッグを手にとって、小声で問う。 「今日は早い?」「んー、ちょっと長引くかも」「じゃあ八時くらいに食べられるようにしとけば良いかな」「うん、もし半を過ぎて帰ってこなかったら」「わかってる、先に食べとくね」「よろしい。……ふふ」  彼女はわたしを、歳の離れた従姉妹、としか見ていないだろう。そりゃあそうだ、そうだと思っているから、わたしの親が蒸発したときに、仮住まいとしてわたしを呼び寄せたのだから。歳のもっと離れたオジさんたちよりも、ちょっと若すぎるかもしれないけれど、それでも、同性で、価値観の比較的近い彼女が、すこし空回りした責任感で以って、わたしを引き取ってくれた。  彼女の真意がどれほどのものか、わたしは知らない。知らないし、知らなくていいと思っている。ただ、そんな彼女に、わたしは。 「……告白されたけど、振ってきちゃった」  そこそこの歳の差で、従姉妹で、親戚で、同じ学校に通っている教員と生徒で、同性で。そんな彼女に対して、恋慕の情を抱いているから、他の誰とも恋愛関係になれないなど、どの口が言えたのだろう。
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