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二、やりましょう! 初めての《依頼|クエスト》  その日は結局その場で野宿をし、明るくなってからあたし達は森を抜けて隣町へとたどり着いた。  森を抜ける時に確認したが、やはり他所者避けの結界の中に、彼は入り込んでいた。まあ中には彼みたいな例外というものがあるのかもしれない。 「はい、着いたわよ」 「おお、ありがとな、嬢ちゃん」  昨日、自己紹介しただろうが。ちなみに道中はいたって平穏なものだった。 「じゃ、約束だから、あたしはこれで。さよーなら」 「ああそっか。そうだったな。またどこかでな!」  と、彼が何か言っているが、あたしはさっさとその場を離れる。この街での目的地はただ一つ。  即ち、役所!  案内板を頼りに、角張って殺風景な、いかにもな建物にたどり着くと、あたしはある手続き書に記入をしてカウンターに持っていく。 「すみません、お願いします」  カウンターのお姉さんが「はい、お預かりします」と笑顔で受け取って目を通し…… 「申し訳ございません。改名申請は保護者の同意が必要になります」 「は? な、なにそれ! あたしもう成人でしょ!」  あたしの出した大声に周りの空気がざわめいた。 「お客様、落ち着いてください。役所で保護者の同意なしで申請を行えるのは十八歳からとなっておりますので」  な、なんですって!? 「冗談じゃない!」とあたしが更に言い募ろうとした時だった。 「ミネ=ファーストン? お嬢ちゃん、そんなフルネームだったのか」  背後からの声に、あたしは声にならない悲鳴をあげる。  慌てて振り返りつつ、突き返された書類を背中に隠す。見上げれば、先ほど別れたばかりの彼がなぜか真後ろに立っていた。 「あ、あなた! なんでいるの!?」 「落し物を届けに。それより、お嬢ちゃんはまだ子供だって、昨日言ったじゃないか」 「ああ!?︎」  濁音付きで凄むが、レオンは全く気にせずに受付のお姉さんに何かを告げ、あたしを問答無用で脇に抱える。 「あっ、ちょっと!?︎」 「受付の人にも他の人にも迷惑だろー? 出た出た」  離せと文句を言いながら暴れるが、彼はビクともせずに、結局あたしはそのまま建物の外に連れ出されてしまった。  出入り口の端でようやく下ろされたあたしは、無言で彼の太ももに蹴りを決める。 「だっ!」 「っきなり、あにすんのよ!!」 「なにって迷惑になるから連れ出しただけだろ?」  蹴られたところをさすりながら、レオンは当然のことをしたと言わんばかりである。 「改名できない方がおかしいでしょーがっ!」 「世間じゃそれが一般的だぞ。だいたいミネ」  あたしは問答無用で彼の足を踏みつける。 「――本名が嫌なのか知らんけど、名乗りたい名前があるなら、昨日の夜みたいに勝手に名乗ればいいだけだろ?」 「そーゆう問題じゃないのよ。村でだって「ミナ」だって名乗ってんのに、あんのクソガキ、役所で改名したらそれで呼んでやるだあ? ふっざけんじゃないわよっ」  あたしが村の小生意気な年下小僧を思い出して地団駄を踏んでいると、隣で「ガキのケンカか!」と呆れ混じりのツッコミが入ったので、もう一度足を踏みつけた。 「それだけじゃないわよ。人生いつなにがあって恨みを買われて個人情報、戸籍調べられて本名バレるかわからないから、偽装工作はそのうち覚えてできるようになれ、ってねーちゃんや村の人たち言ってたもの! 調べられたら本名バレるのよ!? 嫌じゃない!」 「そんなの普通必要ない知識だろ!? どんな村だ……ってあんだけ罠しかけてる村が普通のわけないか……」  うっ。否定できない……!  実際問題、役場の戸籍がなんのためにあるのか、あたしはよくわかっていない。魔術学会に研究論文でも提出したりする時くらいしか、必要にならない気はするのだが。  どちらかというとこれは、気持ちの問題なのよ……。まあいいや。これ以上駄々をこねても子供っぽいし。  それよりこいつは、いつまであたしに構う気だ。 「それで、あなたは落し物を役場に届けなくていいのかしら?」  あたしは横目でジロリと睨みつける。と、思い出したように「そうだった」と彼はズボンのポケットから何かを取り出した。 「これお嬢ちゃんのだろ?」  とあたしの目の前に差し出したのは、ぐるっと輪っかになった薄い金に、赤い宝玉が一つ当てこまれている指輪だった。 「それ!」  あたしは慌てて自分の首元を確認してそれがないことを確認する。  うっそ、いつ落としたんだろう。気づかなかったなど恥以外のなんでもないぞ……。 「大事なやつなの……あ、ありがとう」  気まずげにあたしがお礼を言うと、安心したのかレオンは朗らかに笑う。 「やっぱりお嬢ちゃんのだったか。すぐに気づいて良かった。でないと、追いつけなかっただろうし」  彼の言葉を聞き流しながら、指輪をかけていた紐を確認して、あたしは首後ろで固く紐を結びなおす。胸元で指輪がキラリと煌めいた。  大事なものなら首に下げず、指にはめないのか――とか聞かれそうだが、この指輪、実は輪っかが小さい。それこそ入るのは、小さい子供の指くらいだと思うのだ。なので、こうして紐を通して首から下げ、肌身離さず持ち歩いている。  あたしは小さくため息をつくと、彼に一つ提案をした。 「もしよかったらお礼に コーヒーの一杯でも奢るけど、どう?」  彼は少し考えて、 「そういえばそろそろ昼か。旅立って間もない子にたかるのも悪いし、今日はオレが餞別がわりにお昼を奢ってやるよ」  と言ってくれる。  あら。意外な展開。 「あたし結構食べるけど、懐大丈夫?」  彼は冗談だと思ったのか「へーきへーき」と軽くそれを受け流す。  冗談ではなく真面目にそう聞いたのだが、まあ奢ってくれるというならありがたくご馳走になろうではないか。  彼の申し出を承諾すると、彼が先ほど近くで見たお店に行こうと言うので、あたしたちはそのお店を目指して移動を始めたのだった。  ◇ ◆ ◇  はっきりと言おう。まさか彼がここまで方向音痴だとは思わなかった。  お店の位置はなんてことはない、役場からそれほど離れていない、一本道で行ける大通りの一角にあったのだ。普通の人なら五分もあれば着いただろう。  ところが、彼に任せてみたらなぜかあっちこっち歩き回って最終的にあたしがお店の特徴を聞き出して案内するという羽目に陥った。  辿り着くのに有した時間はなんと四十分。  な、なるほど。これは森で迷ったら通りすがりの赤の他人に縋りたくなるわけだ、と納得してしまった。 「いやーすまないな、お嬢ちゃん」  テーブルを挟んで向かいに座る彼は、照れながらメニュー片手に後ろ頭をかいている。 「いーわよ。あなたのことよーくわかったから。これでさっきの指輪の件、貸し借りなしってことで」 「りょーかい。で、なに食べる? なんでもいいぞ。育ち盛りなんだから遠慮するなよ」  ほほう、言ったな。遠慮するなと言うなら、本当に遠慮しないからな――と、口には出さずにあたしはメニューに目を通す。  うーん、どれも美味しそうだけど、とりあえずは。 「じゃあ、ランチセット各一人前ずつ」 「へえ、意外と食うんだな。じゃあオレはAとBで。すみませーん」  お、驚かないとは意外。これでも村では食べ過ぎだと心配されることもしばしばだったのだが、あたしは少しだけ彼を見直した。  あと、彼もほぼ同じ量を食べれるとは。  そんなことを考えている間にも彼はお店の人を呼んで注文を済ませている。お店の人が厨房に戻ったところで彼はあたしに改めて向き直り、なぜか声量を落として聞いてきた。 「さっきから気になってたんだけど、いいか?」 「なによ、そんなひそひそ話しみたいな」 「お嬢ちゃんの村って、よくある普通の村、だよな?」  あたしはこめかみを抑えたくなった。  先ほど散々に普通じゃないとかなんとか言ってた気がするんだが、あたしの気のせいだっただろうか。 「あたしにとっては普通の村よ。他の村を知らないから。  七歳でナイフ一つで森に放り出されて野宿の仕方を覚えたり、毎日森を駆け回って罠を回避するヤマカンつけまくったり、とりあえず武器とか言って細い丸太持たせられて大人にフルボッコにされたり……で鍛えられるのがあなたの知る普通なら、普通なんじゃない?」 「全然普通じゃねえ!」  うん、だろうなとは思ってた。  自分で口に出していてなんだこの村って思ったけど、あたしの頭は、一応世間一般的常識に則って働いているらしい。そうとわかると謎の安心感がある。 「あたしの村、昔っから戦士とやらを排出してる村だとかで、子供の頃からそーゆーの仕込まれるのよ」 「よく生きてたなー、お嬢ちゃん」  自分でもそう思うが、あれで死なない手加減はわかってやっているようだし、回復魔術は真っ先に教えられる術だったりする。  そのため、応急手当ては村人全員できるし、村には専属医みたいな人もいて、治療系魔術には事欠かなかったので、スタンスとしては「死ななきゃなんとかなる」って感じだった……気がする。  今頭の中で整理してても、やっぱこの村おかしいや。 「それじゃ、お嬢ちゃんもそこそこできるのか?」 「さあね、言わないわよ」 「昨日、剣士って言ってたけど、それにしちゃ随分軽装だよな」  彼は、あたしがテーブルに立てかけた鞘をちらりと横目で見ながら、あたしの服装を一瞥する。  大きめの淡い黄色の貫頭衣に《薄金|うすがね》の《腹部鎧|アブドミナル・プレート》をつけ、その上から飾り布を差した胴巻をつけている。  スカートの下には革製の短いレギンスを穿き、足は膝上丈の布で覆い、手袋とブーツは青みがかったファーの着いた同じデザインのものを揃えている。  赤みを帯びた、ひだまり色の髪を流す、《魔霊竜|スピリット・ドラゴン》のヒゲを編み込んだ暗色のマントは、《魔法石|アミュレット》をはめ込んだ《魔海竜|シー・サーペント》の鱗から削り出した《肩鎧|ショルダーガード》で固定している。  まあ、普通に見ればこれは剣士というより魔術師である。あたしも、そのつもりでこの服装を選んでいる。が別にわざわざ言う必要もないので黙っておこーっと。  確かに彼の《胸部鎧|チェスト・プレート》や籠手などの装備に比べたら軽装かもしれないが、あたしからすれば彼も剣士にしては軽装に見える。 「あたしはこの方が動きやすいのよ」  とまあ、そんな感じで彼とあれやこれやと話していると料理が目の前のテーブルに運ばれてきた。  パンが、サラダが、お肉が、芳醇な香りを漂わせ、あたしの食欲をそそる。うーん美味しそう♡  料理が並び終わり、運んできたおばちゃんが去ると「いっただっきまーす!」とあたしたちはフォークとナイフを手に取った。  サラダはシャキシャキと新鮮な音を立て、使われているドレッシングはサッパリとして野菜によく合っていたし、肉は少し固めだったが味付けは申し分なく、かけられていたソースなど、あたし好みの味だった。スープは塩分控えめの薄味で、好みが分かれそうなところである。  テーブルに並べられた料理を二人でペロリと平らげて、食後のデザートを堪能していると、ちょうど食べ終わる頃を見計らってお店のおばちゃんが声をかけてきた。 「ところで髪の長いお嬢ちゃん、もしかしてハルベス村の子かい?」  食後のお茶に手を伸ばしながらあたしはおばちゃんを見る。 「そーだけど?」  目をパチクリとさせながらそう答えると、周りが「おお?」とどよめいた。その中から、昼から酒を片手に飲んでいた男が、ヒョイとあたしたちのテーブルを覗いてくる。 「今年はお嬢ちゃんが初めてだなぁ。今年は嬢ちゃんだけかい?」 「え? あ、まあ。確か」 「そーかいそーかい。がんばんだぜぇ、新人ちゃん」  あたしもレオンも訳が分からず、クエスチョンマークを複数浮かべていると、おばちゃんが苦笑しながら教えてくれた。 「ここ、お嬢ちゃんとこの村から一番近いだろう? だから、旅に出た子達は大抵最初にここを経由していくのさ。あたしら町のもんも恒例行事みたいなもんで楽しみにしてるのよ」  へー意外。迷惑でもかけているのかと思っていたので感心していると「お嬢ちゃん、お金についてはわかるかい?」と声が飛んできた。 「金貨、銀貨、銅貨でしょ?」 「そうそう。それぞれの価値は?」  傍に並ぶテーブルから上半身を乗り出しながら、おじさんが続けて聞いてくる。 「金貨が一番価値が高くて、比価は一対十対千だっけ」  あたしがそう答えると、なぜか周りから拍手が上がった。あたし、今拍手されるようなことしたっけ……?  レオンも状況が飲み込めないのかキョトンとして、いつの間にか周りを囲っていた客たちを眺め回している。 「いやね、ハルベス村の子達ってお金を使う機会がないからか、知らない子が多いんだよ」  あたしはその一言に、ビシッと固まった。  た、確かに、基本、子供は一人で村の外を出歩く機会がないので、お金なんて使う機会が全くない。村ではお金をやり取りするまでもなく物々交換で済んでしまうし、お金を使う機会が皆無なのだ。  あたしでさえ、姉にこの町に連れてきてもらって、お金の使い方を教えてもらった時くらいしか、使った記憶が思いつかない。  ……知らない方が当然かも知れない。 「まあ、お嬢ちゃんは金銭のやり取りは理解してそうだね。なら、ちょいと一つ頼まれちゃくれないかね」 「なにを?」 「ハルベス村の人にぴったりの、オバケ退治さ」  ほう、オバケ――ってなんだろう。  なにがぴったりなのかはよくわからないが、これが姉ちゃんの言っていた仕事の依頼というやつかな。 「近くにオバケ? が出るの?」 「そうらしいのさ。おかげで、そっちから旅人が流れてこなくなっててね。ここんところ、お客の入りも減ってんだよ」 「そりゃメーワクな。別にいい」 「おいおい、ちょっと待った」  あたしが快く了承しようとしたところを、今まで黙っていたレオンが慌てて止めに入る。 「先に規模と報酬を確認しろって。骨折り損のくたびれ儲けになったらどうするんだ」  あ、確かに。  割り込まれてムッとしていたあたしは、言われて初めてそのことに気づく。 「で、そのオバケって、どこに出てどのくらいの強さなんだ?」 「出るのはこの町から南東の街に伸びる街道さ。鬱蒼としたアルカスの森、ってとこを抜ける道があってね、そこによく出るって話だよ。ただねぇ、姿を見たやつはいるとかいないとかで、どーゆうやつかは、あたしらも知らんのさね。  そんな噂が広まっちまって、みんな怖がってそこを通れないのさ」  おばちゃんはやれやれとため息をつく。  オバケは出るが見た者はいない、とは妙竹林な話である。 「どうせ悪いヤツが何かやらかしてるだろうから、あたしに退治ないし、正体を暴いて欲しいってこと?」 「ふふ、まあそんなとこさね。本当にそんなオバケがいるのか、いないのか。いたなら退治ってところだね。そろそろハルベス村の人に頼もうか、って話にはなってはいたから、ちょうど良かったよ。報酬は銀三枚でどうだい」  銀三枚――って、相場としてはどうなんだろう。  正体不明となると、こちらは対策や準備のしようがないから、危険性を考慮しても銅働きってことはまずないだろう。でも、規模もわからないわけだし、実際銀三枚以上の働きをする可能性もあるわけで……もうちょっと盛っても罰は当たんないかな? 「正体不明を相手にするのにそれはないんじゃない? おばちゃん。金三枚なら受けるけど、どう?」 「うーん、金一枚にまけちゃくれないかい?」 「まけても二枚!」  あたしが指を二本立てておばちゃんの目をじーっと見ると、仕方ないねえ、と首を縦に振った。 「よっしゃ! じゃあ、金二で! あ、ランチご馳走様! おいしかったわ。ランチ代はそこの男の人が払ってくれるらしーから。じゃっ!」  あたしは彼の返事も聞かずに捲し立て、テーブルに立てかけていた剣を手に取ると、さっさとお店を出て例の街道に続く町の出入り口に向かう。  と、その途中に、またも後ろから「おーい」と声がかけられる。  肩越しに振り返ると、レオンが背後から走ってきていた。こちらに用はないが、また落し物でもしたのだろうかと、あたしは思わず持ち物を確認してしまった。 「お嬢ちゃん待ってくれって」  そう言って追いついてきた彼の息は上がっていない。  あたしは足を止めてちゃんと彼に振り向いた。 「なんで? まだ着いてくるの?」 「お嬢ちゃん、こういう仕事引き受けたことないだろう?」  まあ、そうだけど。  まさかそれで心配して追ってきたとか? いやいやいや。 「戦い方は嫌という程叩き込まれてるから、心配するならお門違いよ」 「でもお嬢ちゃん、常識には疎そうだし。心配するなって方が無理というか」 「しっつれいね! 常識くらいわかりますー知ってますー」 「知ってたらいきなり役場で改名申請出さねーぞ……」  あたしは彼の脛を思いっきり蹴った。  またその話を蒸し返すか! 「いい? そーゆー心配はありがた迷惑って言うの! 全部まるっと揃えてお返しするわ」 「相手の規模もわからないんだから、オレがいたって困らんだろ」 「取り分が減る!」 「そこかよ!」  あたしの迷いない断言にレオンはずっこける。   レオンの取り分なんて考慮してないんだから、とーぜんじゃない。 「だいたい、十四の女の子を、しかも旅も仕事も初めての人間を、一人で行かせられるわけないだろう。何かあったらどうするんだ」 「なにかって?」  あたしが聞き返すとレオンはしばらく唸ってうまい例が見つからなかったのか、違う話を切り出した。 「そもそも人を斬ったりしたことなんてないだろう?」 「あるけど」  即答してあたしはその時のことを思い出し、ぶるり、と身を震わせた。  レオンはあたしの答えに絶句し、なんでかオロオロし始める。 「あ、気まずい理由とかじゃないから、気にしなくていーんだけど」 「そ、そーなのか?」 「いやね、村で剣の練習してる時に、  どんなに剣を練習したって、いざという時に相手を斬れなかったら意味がねぇ、てめぇのへなちょこ剣で斬られた程度で俺は死なねーから、一回斬ってみろや  ……って村のおっちゃんに強要されたことがあってね……」 「斬ったのか……」 「仕方なく。おっちゃん、今でもピンピンしてるから、あれはきっと化け物か何かの類だと、子供ながらに思ったわ」  沈黙。  ま、まあ、こんな話されても反応に困るわなー。さて、どうしよう。彼はどうやら本気で心配してくれているようだし、こんな話をしても引き下がるとも思えない。 「で、やっぱり付いてくるの? もう止めないから好きにしたら」 「お、おう。なんか余計にお嬢ちゃんのこと心配になってきてから、そうするわ」  なんでよ――とは口には出さなかったが、ともかくあたしは彼と連れだって一路、アカルスの森を目指すのだった。  ◇ ◆ ◇  小川が並行に流れ、見通しの良い野原を抜ける道は次第に狭まり、鬱蒼と影を落とす小径へと変わっていく。おまけに霧も出てきているときた。  確かにこれは、狙ってくれと言わんばかりの立地である。 「さあて、オバケはどこに出るのかしら」  頭後ろに腕を回しながら、あたしは余裕の表情で、いまかいまか、と歩いていく。その後ろを、レオンが警戒しながらついてきていた。 「お前も少しは気を引き締めろよな」  とやや呆れ声。あたしは小声でそれに応える。 「何言ってんの。オバケなんて本当にいたら会ってみたいじゃない。旅に出て初めての謎の生き物よ……むしろワクワクするってもんじゃない!」 「そうは言うけどなぁ」  レオンはなおもボヤいている。  が、まあ……とあたしはちらりと周囲に目を配る。  レオンも恐らくこれに気づいているから警戒しているのだろう。鳥の声も虫の声も、何一つしていない。森が静かすぎるのだ。おまけに、森に入ったあたりから出ている霧は、徐々に濃くなっている。  その時、あたしの耳が音を捉えた。レオンにも聞こえたのか、ほんの少しばかり表情が険しくなっている。  ォォ……ォオォ……  何かのうめき声のようなものが、森のどこかからか響いてくる。更に周囲の気温が下がり始め、森の中でゆらりと何かが揺らめいた。光というか火というか……遠目だとなんかそんなもんが不気味に声に呼応して、揺らめいてるといったところだろうか。  サレ……タチサレ……  ダメ押しに大きな影が霧の中に、ぼぉ――と浮かび上がる。  うーん……。  あたしはその影を見てなんとなく仕掛けがわかってしまい、なんとも言えない気分になる。 「レオン、ちょっと構えててね」  小声でそう注意しておいて、あたしは呪文を唱え始める。  《統べるもの・風精|ウィード・オニメルボス》  《風将軍となりて猛威と驅け|アコキ・ツオエム・イタロナット・ヌゴエィサゼク》  《力を示せ|エシモス・オゥ・アリケット》  オバケ(?)の台詞を遮るように、あたしは真上に伸ばした手を、地面に向かって振り下ろす。 「《暴風威|グナウ・トゥサーブ》!」  あたしを中心に突風が巻き起こる!  それは周囲の霧を押し退け、払い、オバケの正体を露わにする!  影よりもずっと小さい、影っぽい形をした板と、その後ろに輝く魔術の光。なんか安っぽいなぁ、と思ったけどやっぱり……。  お化け役だろうか? まあそうだと仮定して、貧相というよりは粗野な格好をしたむさい男が二人「何が起きたかわからない」と書いてある顔で、こちらを見ていた。 「《氷の矢|ウォー・オゾルフ》!」  続けて唱えた魔術を解き放つ。無数の氷の矢が空中に出現すると、それは目の前の男たち二人ではなく、左手奥に降り注いでいく。小さな悲鳴と凍りつく音。同時に、一時的に飛ばされて戻り始めていた霧が急激に引き始める。 「ビンゴぉ!」  最初に術を放った直後に、もう一人動揺する気配があったので、試しに撃ってみたのだが、やはり魔術で霧を生み出している奴がいたのだ。 「て、てめえらよくも!」  おお、よく村の大人たちの武勇伝で聞く『三流台詞』とやらを生で聞くとは。  目の前の男二人の右側にいる奴が叫ぶと、それが合図だったのか、左右の森から武器を構えた数人の男たちが姿を現した。そのどれも、もれなく清潔感皆無な髭面のおっさんである。  あ、もしかしてこれが、世に言う『盗賊』って種類の人たちだろうか。 「人を近づけんなって話だったが、こうなっちまったら仕方ねえ! 盗るもん盗ってやっちまえ!」  あれ? 盗ることが目的じゃないの、こいつら?  男の号令一つで、雄叫びとともに盗賊たちがむさ苦しい波を作って飛びかかってくる。  あの右側の男が、この中で一番エライのか、などと考えつつ剣を抜こうとしていると、レオンがあたしの前に出る。 「お嬢ちゃんは下がってな」 「いや、あたしも」  あたしが何かを言い返す前に、レオンは剣を抜き放ち様、既に三人を切り捨てていた。  手にしている剣は長さ的にロングソードだろうか。そのまま流れて、近くに来ていた盗賊二人をさらに切り捨てた。  瞬く間に五人も倒されてしまった盗賊たちは、動揺してその場で動きを止める。 「次にこうなりたいのは誰だ? いくらでもオレが相手してやるぞ。さあ!」  動揺を察したレオンは、切っ先をぐるりと盗賊に向けて威嚇する。  するとどうだろう。盗賊たちの視線がこちらに集中しているのがわかる。男がダメなら女なら、ということかな。 「言っておくが、この子に矛先を向けても、もれなくオレが相手をするぞ」  と、なぜかそこでレオンに目配せされる。  んーと……。  一、レオンは、あたしに剣を抜かせなかった。  二、レオンは、わざわざ盗賊を脅してビビらせた。  三、その上で、あたしに何かして欲しいと合図している。  ……この場合、あたしがすべきは、レオンの応援か?  そこに考え至ったあたしは、適当に彼に乗っておくことにする。 「レオンやっちゃえー。ドラゴンだって彼には敵わないんだからー」  ちょっとわざとらしかったかな……?  しかし、そんな心配を他所に、どよめきが大きくなった。 「け、剣でドラゴンに……!?」「こいつただもんじゃねえぞっ!?」「こんなやべーやつ相手にしてられるか!」  などなど、完全に腰が引き始めた悲壮な声が聞こえてくる。  弱腰になった奴に言う言葉は一つ、『キッカケ』になる言葉である。レオンは最初からこうするつもりだったのだろう。迷わずその一言を口にした。 「さあ、どうする!」  蜘蛛の子が散るように、盗賊たちが森の中へと逃げて出していく。 「あっ、お前らっ! クソッ、てめえら覚えてろ!」  逃げていく子分に愕然としながら、あたしたちにツバを吐くと、命令していた男も身を翻して何処かに向かって走り去っていく。一緒にいた男も、半拍遅れて後を追うように逃げていく。  あたしがぼけーっとそれを眺めていると、隣でレオンが背中を叩いた。 「なにしてるんだ、追いかけるぞ」  言うが早いか、彼はあたしの隣から飛び出していく。 「あ、ちょっと!」  慌ててあたしは彼の後ろ姿を追いかける。彼が追いかけているのは、最後に逃げ出した男二人の後だ。 「なんであいつらを追いかけるの?」 「着いてきゃわかるよ。しかし、剣士って言うからそう思ってたら、まさか魔術師とは。そういえば最初になんか魔術使ってたなぁ……」  あたしが追いついて並走すると、レオンが眉を八の字にして感心していた。 「あのくらいそんな難しい魔術でもないし、誰でも使えるでしょ?」 「悪いが、オレは魔術はからっきしなんだ」  そーなのか。つーか魔術使えない人間っているんだ。  村じゃ皆使えてたけど狭い世間だし、そういう人も目の前に居るのなら、きっと世の中にはいっぱいいるんだろう……たぶん。 「隠れろっ」  森の中をレオンに付き合いながら走っていると、突然その辺の木の陰に押し込まれた。 「なにすんの」 「しっ」  レオンに口を塞がれ、顎で向こうを見ろと言われる。言われるまま木の陰からそっと覗くと、洞窟の入口が見え、追いかけていた男二人がキョロキョロと周囲を警戒しながら、中へと消えていった。 「……もしかして盗賊のアジトってやつ?」  男たちの姿が完全に見えなくなったのを見計らって、あたしは小声で確認する。 「そういうことだ。ああいう奴らは一人じゃなんもできないから、大本を叩いといた方がいい」 「ってことは、今からあそこに殴り込み?」 「そういうことだ」  なるほど。こういう運びにしたかったから、先程はあたしに剣を抜くなと言ったのか。  そういうことなら、と、あたしも今度は堂々と鞘から剣を引き抜いた。 「今度はお嬢ちゃんにも戦ってもらうことになるが……」 「問題ないわ。初戦闘に胸躍るってやつよ」 「なんだか心配になる言葉だなぁ……。――っとそうだ。中で爆発系の魔術とか派手なのとかは、絶対使うなよ。崩れるから」 「わ、わかってるわよ」  ――忘れない保証はないけど。  気を取り直してあたしとレオンは入り口脇に移動して、中を確認する。転々と篝火が一定間隔焚かれているので、光源は大丈夫そうである。槍を手に警戒態勢でうろつく盗賊たちの姿も見えた。  どうやら盗賊は、さっき逃げていったやつらだけではなかったらしい。  レオンが目で「オレが先に行く」と言うので、ありがたく先方を譲る。やってくれるというのなら、それに越したことはない。  タイミングを見計らってレオンが踏み入った。その後に続いて、あたしも踏み込んでいく。  さっそく手近な盗賊を切り伏せる彼の動きは、何一つ無駄がなく、先程も思ったが感嘆するほどに美しい。何度も見ずともすぐにわかるほど、彼の剣の腕は紛うこと無く一流だ。  世の中にはこんなに剣を使いこなせる人がいるとは、あたしもまだまだである。  奥に入っていくと、左右に伸びる分かれ道に出た。考えがあるのかどうかはわからないが、レオンがとりあえず進んでいる方向に、あたしも黙ってついていく。  こういう時の彼は迷わな――いや、あたしが覚えとかないと、帰り出れないとかすごくありそうで怖い。  そんなことを考えていると、背後から足音が聞こえてあたしは振り返る。賊が一、二……五名、お出ましである。あたしの背中、進行方向ではレオンが剣を振るっている。どうやら囲まれた状況のようである。  あたしと対峙する一人が、にへらとしながらあたしに剣を振りかざし、迫る!  ……おや?  あたしは難なくそれを躱して相手の懐に一足飛びに潜り込み、剣で薙ぎ払った。  ぎゃっ! と悲鳴を上げて盗賊が地を転がる。あたしを女子どもと侮っていたのだろう。残り四名が一瞬にして顔色を変えたのがわかった。  ――――。いやいやあたし子供じゃないから! もう大人だから!! 女はあってるけど!  そして今度は二名同時――が、動きがバラバラ!  あたしは動きの早い方の剣を絡めて地面に叩きつけると、返す刃で片付ける。さらにその反動を利用してもう片方の剣を受け止めた。  と、そこに槍が割り込んでくる!  相手の剣を弾いて軽いステップで後ろに下がるが、着地してすぐに地を蹴ると、引き戻される前に槍を真っ二つに叩き折る。右から剣が迫るのが見えたので、柄を刃に叩きつけて弾くと、あたしは二名を同時に切り伏せた。  ラスト一人!  あたしは躊躇なく相手の懐に踏み込むと、相手の剣を捌いて、難なく最後の一人を沈黙させた。  ふぅ……、とあたしは一息つく。  こいつら、動き遅いし行動が丸わかりだし、村のおっちゃんたちより弱いんだけど……。  今まであたしの中では、村のおっちゃんたちが普通の強さだと思っていたのだが、もしかして村のおっちゃんたちが異様に強いだけだったりするんだろうか? てーなると、あたしの実力って世間から見たらどの辺になるんだろう……。   あたしの常識が上方修正されつつあるのを感じながらも、壁に目印をつけてレオンと合流する。レオンの方は、既に自分の分を片付けたあとで、あたしの動きを気にしてか、戦いぶりを観戦していたようだった。  その証拠に、彼の隣に立つとすぐに声をかけてくる。 「大丈夫だったか?」 「このくらい、剣だけでよゆーよゆー」 「斬ったことはある、とは言ってたけど……」  ああ、彼はそこを気にしているのか。  あたしは彼の心配を察して、いつか聞いた、剣を教えてくれた例のおっちゃんの言葉を思い出して彼に伝えた。 「急所さえ外せば、生きるか死ぬかは、後はそいつの運次第。相手を気にして自分が死ぬ方が馬鹿らしいから、気にせず自分が生き残ることだけ考えろ――って教わったから、急所は外したわよ」 「あ、そう……。――こうやって子供は洗脳されてくのか……」  レオンは聞こえないように呟いたつもりなのだろうか。その割には、あたしの耳は、はっきりとその言葉を捉えていたけど。  この教えは個人的に納得している方なのだが、なんかマズイのだろうか?  首を傾げている横で、レオンが「先に進むか」と前進を促したので、特に拒む理由もなし、あたしはそれに従った。  その後もバッタバッタと盗賊を倒しつつ進んでいくと、篝火のない、突き当りの部屋に出た。 「なにここ。牢屋?」  部屋に一番近い通路の灯りでは、少し距離があって全貌がよく見えない。が、少なくとも鉄格子っぽいのが、篝火を反射しているのだけはわかった。 「《光火|アッタラプノル》」  あたしは部屋を明らかにするために、手のひらに光球を生み出して、空にふわりと放り投げた。  空中に浮かび上がった魔術の光球は、部屋の詳細を浮かび上がらせる。 「なっ……!?」 「これは……」  中を確認したあたしとレオンは、絶句する。  そこは想像通り牢屋だった。あたしの足元から、手作り感満載の鉄格子の向こう、奥にまで広がる岩肌。地面はならされた形跡もなくデコボコとしており、壁と鉄格子の間すら、そんなに開いていない。  そんな狭い空間に、水色の髪の幼い少女が膝を抱えて俯いていた。顔は垂れ下がるざんばらな髪に隠れて見えず、身に纏っている白いワンピースも泥にまみれてぼろぼろである。 「いたぞ! 侵入者はこっちだ!」 「まじぃぞ、あっちはあれが」  空気詠み人知らず。いや、むしろ八つ当たり先を寄こしてくれた、と喜ぶべきか。  あたしたちがやっつけたであろうお仲間の姿を見つけて、血眼になって探しくれたのだろう。煩わしい声と共に武器を構える音がして、あたしとレオンは眉尻を釣り上げて盗賊どもを振り返った。 [*label_img*] 「あぁんーたぁらぁ……っ!」  牢屋の前で仁王立ちするあたしたちの姿に、盗賊どもはぎょっと目を丸くしている。見れば先頭にいるのは、先程お化け騒ぎを指揮していた奴らだ。 「あ、アニキ見られちまいましたよ、あれ」 「わ、わかってらぁ! ここでやっちまえば済む話だ!」  ――ほほぅ。盗賊たちがひどく慌てている。  ここにあるのは牢屋に居る少女だけだ。ということは、この子が外の人間に見られると、盗賊さん的には相当まずいということだろう。 「レオン、少しだけ盗賊まかせていい?」 「別に平気だが、お嬢ちゃんは?」 「牢屋のあの子を外に出すわ。じゃ、よろしく」  あたしが軽くレオンの背を押して送り出すと、レオンも驚いた顔をしていたが、それ以上に盗賊たちが動揺していた。  正直に言うと、レオンの腕なら鉄格子は簡単に斬れるだろうし、その方が早いと思う。  だが、今ここであたしが盗賊の相手をすると、うっかり洞窟を破壊しかねない――気がする。  つまりこれが安全な役割分担というやつなのだ。  《統べるもの・地精|テドラモ・オニメルボス》  《いにしえよりの汝が寵愛をもって|オットミウ・アウオアイチ・ガズェノニ・ノレイシン》  《我にさらなる力を与えよ|エヤアトア・ワリクト・アタナリセ・ナロウ》  あたしは剣を構えながら呪文を紡ぎ、魔術を構築する。そしてより合わせた魔力を解き放った。 「《閃光|オクラフ・イア》!」  柄を握る手から魔力があふれて剣を覆う。微かに刀身が光をまとった。 「ちょっと下がっててね」  あたしが中に向かって注意を促しても、中の子は身じろぎすらしない。  魔力をまとって切れ味が抜群によくなった剣で、あたしは鍵の部分を破壊した。ギィ――と軋む音がして牢屋の戸が開く。  一度魔術を解いて剣を収めると、戸を潜り抜けて向こう側に入る。 「あなた、大丈夫? 立てる?」  女の子の前に膝をつき、話しかけたが、返事はない。 「それじゃあ、ごめんね」  一応断ってから、あたしは彼女を無理やり抱き上げた。  肌に触れた時、初めて少女から「びくり」とした反応が返ってきた。が、それでも、その子はなにも言わず、なすがままにされている。  背中は動いていたので息はあるはずなのだが……それにしても……。 「レオン、おまたせ」 「こっちを手伝え……ないなそれじゃ」  少女を抱えてレオンの背中に合流する。肩越しに確認したレオンは、それだけ呟いて飛びかかってきていた盗賊を一人斬り払った。 「レオンがこの子守りながら戦えるなら、交代してほしいけど。少しスッキリしたし」 「さっき牢屋を選んだのはそれか」  レオンは小声で納得しながら、あたしの腕から少女を右腕だけで軽々と抱き上げた。  抱きかかえた瞬間、レオンも少し驚いた表情になっていた。てことは、あたしの気のせいじゃなく、やっぱりこの子相当――軽い。  手足を見る分には確かにふっくらしているとは言い難いが、ガリガリに痩せているわけでもない。軽いだろうなと思って抱き上げたらその予想の上をいって軽かったのだ。  ――この子、人……だよね?  などとちょこーっとばかし気になりながらも、剣を抜いて盗賊たちに対応する。 「ところでレオン。盗賊って、人様から金品巻き上げて溜め込んでるやつらよね?」 「そうだが、それが?」 「こいつらの頭探すより宝物庫探さない?」  その場にいた盗賊を軒並み静かにさせてから、あたしはレオンに振り返った。 「なんでここで宝物庫になるんだ? オレ達の目的は」 「それは忘れてないけど、持ち出せるだけお宝持ち出して、後は洞窟に向かって魔術ぶっ放して潰せば、終わんないかなって。こんなすぐにでもお医者に見せたい子を拾ってしまったわけだし。治療費を回収しつつ依頼も完遂する、あたしの名案」 「こいつらの財宝を医療費に使うな! お前の物でもないだろ!」  すっごくいい計画だと思ったのに、なんでか怒られた。 「こういう奴らが溜め込んだお宝って、奪い取ったもん勝ちじゃないの? ねーちゃんちがそう言ってたけど」  あたしが素朴な疑問を投げかけると、レオンがもの言いたげに無言で顔を歪めて唸っている。 「――財宝を回収するのは別に止めないが、普通は近隣の街の役所とか警邏隊とかに引き渡すもんだろ……盗品なんだから……」 「えー金貨くらいちょーっとくすめたってバレないって。じゃあ聞くけど、この子を医者に見せるとして、レオンはお金あるの? そこそこ掛かるって聞いたけど。あたしそんなに持ち合わせないわよ」  レオンが「うっ」と言葉に詰まった。痛いところをつけたらしい。  一般的な医療費は途方もなく高いというわけでもないと聞いているが、収入が不安定な旅人にしたらちょっと懐に打撃になる。ということで、よし! ここで畳み掛け! 「この子がここにいたってことは、この子から巻き上げられたお金もあるかもしれないし、それを回収すると思えば! 大丈夫問題ない!」  またぞろ湧いてきた盗賊を張っ倒しながら、あたしはぐっと親指を立ててみせた。  レオンは「うーん?」と首を傾げていたが「医療費だけだぞ」と、不満そうにぼそぼそとこぼしていた。 「宝物庫を探すなら、ここの頭を探すのが手っ取り早い」  ついでにそんなアドバイスまでくれた。相変わらず顔は納得していなかったが。  ◇ ◆ ◇  牢屋の先に道はなく、あたし達は分かれ道まで引き戻して、もう一方の道を進む。  宝物庫と頭領を探して歩いていると、突如開けた空間に出た。  ゴツゴツとした岩肌に囲まれているのは変わらないが、通路よりも天井は高くなり、床は広間程の広さがあるだろうか。飛び跳ねて動き回っても全然余裕そうな広さである。隅には木箱や酒瓶が転がっているところを見るに、恐らくここが盗賊たちの普段のたむろ場なのではないだろうか?  その空間の奥に、さらに奥に続く通路の入口。  その前に、茶髪を逆立てた、街を歩けばもしかしたら振り返る女性が低確率で一人くらいはいるかもしれない、程度の顔を持った男が口元を歪ませて仁王立ちしている。雑魚盗賊よりは少しはましな装備をしている――とは言っても、よれた《革鎧|レザーアーマー》の時点でたかがしれてるか。 「よお、随分暴れてくれたじゃねえか、お二人さん」  相変わらずの三流台詞が岩肌にこだまする。その音には余裕がたっぷりと含まれていた。 「あなたがここのトップ?」 「まあそういうこった。ダッドってんだ。よろしくな。  とまあ、それは置いといて、だ。嬢ちゃんたちゃあ強えみたいだし、オレも真正面からやりあいたかぁねえ。が、こっちも、そっちの兄ちゃんが抱えている嬢ちゃんは預かりもんだから、連れてかれっと、ちと困んだわ。  ってことで、取引しねえかい?」  ――なに言ってんだこいつ。 「オレたちの貯め込んだお宝をいくつか譲る。その代わり、その嬢ちゃんは置いていく。これでどうだい?」  男――ダッドとやらがなにか言っているのを左から右に聞き流しつつ、あたしは問答無用で呪文を唱えた。 「《水の矢|ウォー・イナー》!」  一本のでかい水の塊が、矢の形を持って出現する。本来なら小さい矢がいくつも出現する魔術なのだが、きちんと理解してちょーっといじれば、こういう風にして出すことも可能だ。  今回はこっちの方が都合が良かったので、いくつも出る矢を一つにまとめてしまったのだが、なんかこれ、見た目がタマゴっぽい。  あたしはそれを「よいしょー」っとダッドに向かって発射させる。  ダッドは「いっ!?」と目を丸くしたが、大きさに似合わず速い水タマゴから、逃げる間もなく、命中してずぶ濡れとなった。 「少しは頭冷えた? 交渉ってのは、お互いが対等である場合に成り立つのであって、あんたらみたいなのとは到底成り立たないの。財宝は貰う、この子もあたしらが連れて行く。あんたらはお陀仏! これでぱーふぇくつっ!」 「おいおい」  レオンから呆れた声が出たが、あたしは無視。 「ってことで、お宝ちょーだい」 「だっ、誰がてめぇらみてーなクソガキに! もう容赦しねえ、てめえらは、こいつの相手でもしてるんだな!」  怒ったダッドが地に手をついて吠えた途端、床が煌々と輝き始める。  な、なに!?  視線を走らせて空間を把握すると、光の筋が円や魔術用の文字として使われる精霊文字の形をしている。まさか、この床に魔方陣が埋め込まれていたの!? ってことは、ここの頭って魔術師ぃ!?  本来口で紡ぐべき呪文を魔法陣として刻むことで呪文詠唱を省略することができる。が、基礎をしっかり理解している魔術師が見れば、当然魔法陣を解読することは可能……なのだが、既に魔法陣が発動している時点では精霊文字を解読する間もなく、地面がもこりと盛り上がった。  それは徐々に大きくなり、一体の人の形を造り出す。 「召喚魔法陣……」  魔法陣を魔力の片鱗すら感じさせず完璧に隠すって、こいつまさか魔術師としては腕がいいのかしら? なんかそれはそれで腹が立つ。  召喚が終了し、光が消える。その中から呼び出されたのは、人に近い姿をしていた。肌は血の気のない、茶色のような灰色のような中間色。その目は白目も含めて暗く濁り、口からは鋭い牙が収まりきらずに飛び出し、耳はエルフのように尖っている。一言で言えばエルフの正反対、醜い容姿だ。  頭身は……レオンよりも頭一つ程大きいくらいだろうか。痩せ型で、闇色の服と鎧を装着し、盾と剣を手にして、敵意むき出しでこちらを睨んでいる。 「オーク……!」  レオンが警戒しながらそれの名前を呟いた。  あたしは初めて見るのでそれが何かよくわからず、レオンに「なにそれ」と尋ねる。すると、レオンは抱えていた少女を隅に下ろしながらも、すらすらとそれが何かを教えてくれる。 「凶暴な妖精の一種だ。あらゆる道具を作れるほどの知能はあるが、芸術センスが皆無。人の言葉を理解しているとも言われているけど、基本的に他の種族と出会うと破壊行動しか行わない」 「へーえ。手強いの?」 「そうだなぁ、人よりも生命力が強くて、戦い慣れてるやつを相手にする、って考えてくれればいいか」 「なるほど……あんがと」  お礼を言ってオークに視線を戻せば、ダッドがどこかへ逃げていくのが、その向こうに見えた。  ってことは、こいつは逃げるための囮! 「レオン! さっさとこいつ倒してダッドを追うわよ!」 「わかった!」  答えた瞬間、レオンは姿勢を低くして地を蹴った。  速い! 瞬く間にオークの足元へと辿り着いた彼は、オークの足に向かって剣を走らせる。が、オークはこれが見えていたのか、読んでいたのか、後ろに下がって難なく盾でガードする。彼の剣は、盾に浅い跡を残すだけにとどまる。  なんとか彼の動きも目で追えているが……もしかして彼、さっきまで本気を出してなかったのかしら。  あたしの方は、オークの気がレオンに向いたのを確認すると、呪文を唱えつつ、オークの死角に回り込むため走り出す。  オークが剣を振り上げ、叩きつけるようにレオンへと振り下ろす。ブオン――と空気を鳴かせた剣を、レオンは斜め右に踏み込んで避け、そのまま今度は胴切りを仕掛ける。が、これはオークの盾に阻まれ、再び上げられた剣が横薙ぎに振られると見るや、レオンは後ろに飛び退った。今度は彼がいなくなった空間を、オークの剣が通り抜ける。  この一連の動きが、息つく間もなく行われている。  なるほど。レオンのこの動きについていけているというだけで、あのオークの強さがわかるというものだ。正直あたしは、先程のレオンの攻撃を真っ向から剣で受けて、捌ききれる自信は五分五分程度。一瞬でも気を抜いたら最後、斬られている気がする。  召喚術にはそんなに詳しくはない――なんせ、あの村の結界に阻まれて喚べないのだ――のだが、術師としてあの強さのオークを喚び出せるということは、それだけの技量はあると見ていいのだろう。あのダッドとかいう奴は。  戦況を観察しつつオークの背後に回り込んだあたしは、さらにそこから距離を詰め、オークに袈裟懸けに斬りかかる。 「《炎切滅|オークレフ・ウナー》!」  刀身があたしの手から生み出された炎に包まれる!  オークはすぐに反応した。対していたレオンの剣を、右手の剣で力任せに押し戻すと、あたしの炎の剣を左手の盾で受け止めようとする。  堅いものに当たった、という刹那の手応えは、ゼラチン質のものを切る感触に変わる。  あたしの剣はスッ――と盾ごとオークの左腕を切り飛ばしていた。  グギャアァァァァアアアアアア――――ッ!!  オークの悲鳴がその場の岩という岩にこだまして、轟き渡る。  ひえぇ……。初めて生き物に対して使ったけど、こうなるのか……。  《炎切滅|オークレフ・ウナー》は物体限定でなんでも斬ることのできる炎を剣に宿す、火の魔術。《幽霊|ゴースト》のように肉体を持たないものには一切無効だが、それ以外の例外を、少なくともあたしは知らない。  ついでにこの術、斬ったものは跡形もなく焼失させる。今も上下斜めに分割された盾と斬り落とした腕が塵も残さず消失し、オークの腕の切断面も盛大に燃えている。  追撃を加えようと動こうとした瞬間、オークの口から何か言葉のようなものがこぼれ、オークの体が淡く発光し始めた。同時に、左腕の炎が消え、いま斬りつけた傷がみるみる塞がり始めたではないか! 「治癒魔法!? オークって魔法使えるの!?」 「知能はあるからな」  レオンはあたしの疑問に冷静に答えながら、オークに向かって再び斬りかかる。と、レオンに対応するためかオークの魔法が途切れた。 「さっきのはそういう意味かっ! 言ってくれなきゃわかんないわよ!」  あたしは地団駄を踏むが、少なくとも戦いながら魔法を持続させることはできないらしい。  先ほどつけた傷は完全には塞がっておらず、止血した程度に留まっている。さらに炎が消えたということは魔術を打ち消したということ。ということは、魔法耐性も持ってるってことかしら……。  あたしも気を引き締めなおして、剣を構える。  とはいえ、片腕となったオークは先程より明らかに動きが鈍くなっている。こうなると、もはや厄介な敵ではない。  レオンの剣がオークの剣を払うと、彼は迷わずにオークの懐に飛び込んだ。  ぐん――とレオンの剣が、息もつかせずオークの首めがけて伸びる。  次の瞬間には、オークの頭は胴体から離れていた。 「ふう」  レオンが息をついて剣を鞘に収める。あたしはおずおずとレオンに近づき、確認する。 「お、終わった……の?」 「ああ、さすがにオークも人間と同じで首を斬られると死ぬぞ」  あ、そーなんだ。  何事もなかったように答えてくれたレオンは、避難させた少女の方を見る。あたしも同じく剣を収めてそちらに視線を移して……。 「あれっ!?」 「あの子、どこいった!?」  二人して思わずきょろきょろと周囲を見渡す。  オークに集中しすぎたのか、戦っている間に女の子の姿がなくなっていたのだ! 「このガキは返してもらったからな!」  声に振り向けば、ダッドがいつの間にか姿を消したはずの通路の前で、あの少女を抱えているではないか。 「いつの間に! ちょっと返しなさいよ!」 「お前らが先に盗もうとしたんじゃねえか! 《炎の矢|ウォー・エウロフ》!」  ひええええっ!?  ダッドがあたし達の真上めがけて放った炎の矢は天井を穿ち、崩れ落ちてくる!  大小の欠片が降ってきて、あたしは咄嗟にレオンの腕を引き寄せて剣の柄を掲げていた。 「《障壁|アルコツベ》!」  詠唱なしに術を発動すると、あたし達の周りに不可視の結界が現れ、崩れてきた天井の破片から身を守ってくれた。 「た、助かった。ミナ」 「ううん。次はないから……」  あたしの剣の柄につけている宝玉。実は《魔法道具|マジックアイテム》で魔術を一つだけ予め封じておくことができる。いつだったか、姉が戦利品のお裾分けだとかでくれたのだ。  封じた魔術は今のように《発動言葉|ラン・ワード》を唱えるだけで発動してくれるが、使ってしまえば空になるので、再び使う場合は封じておく必要がある。  土煙が止み、周囲の様子が見れるようになったところであたしは術を解いた。  辺りは岩の欠片が転がっていて歩きにくくなっているが、思ったほどの被害ではなさそうだ。 「とりあえず通路は通れるみたいだな」 「目くらましで天井崩す? 普通……。とにかく追うわよ」 「どっちに行ったかわかるのか?」 「わかるもなにも、天井が崩れてる部屋を突っ切れるとは思えないし、あいつがいた方向しか逃げようがないじゃない」  説明すると、レオンが申し訳なさそうに頬をかいた。 「いや、そうじゃなくて、その通路がどっちかわかるのかって話で……」 「そっちっ!?」  むしろ動いてないのになんでわかんなくなるの!?  あーもう……。「とにかくついてきて」と告げて、あたしはレオンの前を歩き始めた。  ダッドが逃げ込んだと思しき部屋の入口から中を覗くと、なにやらキラキラと空間が輝いて――。 「おー! これが噂のお宝の山!?」  あたしは思わず我を忘れて入り口に堂々と立って中を覗き込んでいた。  金貨銀貨に宝石まで、蝋燭の灯りを反射させて天井まで光り輝かせている。すごーいすごい! 「おっ、お前らどうしてここに!」  その金銀財宝のど真ん中でダッドが驚いた顔でこっちを見ている。  その傍らには、さっきの女の子もちゃんといた。 「だって、道塞がってなかったし、ほら、さっき濡鼠にしたから、濡れた靴跡がずっとここまで」 「追ってくるのは意外と楽だったな」 「しまった、忘れてたぁ!」  おいおい、忘れるなよ。  実際、通路に足を踏み込んですぐのところに染みを作った地面を見つけて、ははぁ、となったのである。  ダッドはオークを喚び出したあと、逃げたふりをして通路に身を潜め、あたしたちの気が完全にオークに向いた所でメルを奪還したのだろう。その時に身を潜めていた場所に水が滴って跡になっていたのだ。  篝火があるとはいえ洞窟内の気温は低い。そうそうずぶ濡れの状態が乾くものではない。ならば、濡れた足跡があるのでは、と地面を探してみたら、案の定あったのでそれを追ってきた、というわけである。  これが賊に身を落とすような人間の脳みそなのだろうか。  喋りながら、あたしはちらりとダッドの足元を見て影が出ていること、女の子の影と重なっていないことを確認する。 「まあとにかく、その子は返してもらうわ。つ・い・で・に、この辺のお宝もちょちょーっとだけもらってくわね♡  《刀影縫|ウォス・ワデッシュ》!」  胴巻きから隠しナイフを一つ取り出し、呪文を放ちざま、ダッドの足元の地面に向かって鋭く投げ放つ。 「あっ!?」  ダッドが濁音付きで慌てた時点ではもう遅い! あたしの放ったナイフは、ダッドの影を地面へと縫いとめていた。  なんてことはない、ただの金縛りの術である。 「レオン、ダッドが動けないうちにあの子を」 「了解!」  そうしてあたしは、っと♪  カラの袋を取り出して、その辺の金貨を数枚拾い集めてしまい込む。 「あっ、この泥棒!」 「泥棒はどっちだ! ミナもがっつくなっ」  レオンはお母さんか。  初めてこんなに金貨銀貨を見てしまってウハウハと気分が高揚してしまったが、レオンも女の子を連れて戻ってきたので、仕方がないと最後に手に取った宝石をしまって顔をあげる。  と、蝋燭の反射光とは違う光が視界をかすめた。  その光がなんなのかを瞬間的に悟ると、咄嗟にレオンを引っ張って部屋の外へと飛び出した。  まずい! さっきの光はたぶん《火炎球|オラブ・ラルフ》!  どうする!? 爆発の衝撃をさっきみたいに防御結界で防ぐ!? ううん、衝撃が分散しないこんな狭い通路で使っても、あたしが負けて圧しつぶされるし……そうか! だったら炸裂する前に! 「《火炎球|オラブ・ラルフ》!」  呪文発動の言葉と共に、紅い光が入り口を通り抜け、狭い一本通路を一直線に、あたしたちに向かって高速で迫ってくる。  イチかバチか! 「《炎切滅|オークレフ・ウナー》!」  あたしの剣が太陽を連想させる朱色の炎に包まれる。  レオンを先に行かせ、あたしは振り向きざまにタイミングをはかってその炎球を真っ二つに叩き切った。  なにかと衝突することで爆発を引き起こすはずのその炎球は、斬った全てを焼き尽くす剣の炎に包まれ燃え尽き――ないで、膨らんでる?  ……あ、そーか。炎や爆発の衝撃は《物理的に》存在してるから燃やせるけど、核の術式そのものは物理的に存在してないから、《炎切滅|オークレフ・ウナー》じゃ燃やせないのか。なるほどー。 「ミナっ!」  あたしが感心していると、後ろでレオンがあたしの名を呼んだ。それを機に、あたしは二つの炎球に背を向け走り出す。 「入り口まで急いで走って!」  あたしは叫ぶが、すぐに情けない声が返ってくる。 「いやオレが先に行くとたぶん入り口にたどり着けん……」  …………。  こいつがド級の方向音痴なの忘れてたー! 「だーもう使えるんだか使えないんだかああああ」  あたしは慌ててレオンの前に出ると、つけてきた目印を頼りに先導して走り出す。 「さっき一体なにやったんだ!?」 「後で説明するからっ! とにかく、あれの均衡が崩れて完全に爆発する前に外へ!」  しっかしこんな屋内であんな術使うなんて、なに考えてんだあのダッドとか言う男! 通路どころかここが崩れて――。  とか考えてると、ずっと後方でなにかが盛大に崩れる音が轟いてきた。 『あ』  あたしとレオンはその音が何かを理解して、同時に声を漏らしていた。  あたしは念のため持続させていた術を解き、先程よりも速度を上げる。出口はもうすぐ、前方に白い光が見えてきた!  外に飛び出して十分に距離を取ってから振り返ると、洞窟があったと思われる山だか丘だかの形が現在進行系で変形している。ついでになんだか中から「わー」とか「ぎゃー」とか悲鳴が響いてきていた。  あたしとレオンは無言で顔を見合わせる。 「戻るか」 「うん」  一瞬で意思疎通すると、あたしは剣を鞘へと収めた。
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