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 三、謎の少女・メル  医者に女の子を診てもらうと、痩せてはいるが健康状態に問題は見られない、とのことだった。  よかったー。ひとまず安心である。これで栄養失調気味だとか、飢餓状態だとか不治の病にかかっている、とか言われたらどうしようかと思ったわ。  その女の子は戻ってくる途中でいつの間にか眠っており、診察中も、今も、目の前のベッドで静かに眠っている。  今いる部屋は、お化け退治を依頼してきたおばちゃんの店の二階である。戻って話をすると、二階が宿になっていて空きもあるから使ってくれていいと言ってくれたのだ。なんとまとめて銀貨二枚でいいらしい。  そんなわけでお言葉に甘え、ツインとシングルの二部屋を借りることにした。ツインがあたしと少女の部屋で、シングルが彼の部屋である。  レオンがこっそり教えてくれたが、一般的な宿屋は一階が食堂で二階が寝室になっており、この宿も例に漏れずその形式なのだそうだ。  ところでこの女の子、年の頃は十歳そこらだろうか?  女の子の無事を確認して、ようやくゆっくり彼女を観察することができたのだが、身長も低いし、顔立ちも丸っこく幼い。けどかなり目鼻立ちは整っているように見える。  ようするに、寝顔が可愛い。どこか憂いを湛えているまつげが、さらに謎の少女感を底上げしている。  あたしが一人、ベッド横で女の子を観察していると部屋のドアが外からノックされた。 「戻ったぞ。入っていいか?」 「どうぞー」  あたしの返事を待って、扉が外から開かれる。レオンが最初の戦闘場所で伸びていた盗賊たちを衛兵に引き渡し、帰ってきたのだ。  宿の人にお願いして案内をしてもらったので、どうやら迷わずに戻ってこれたらしい。 「ミナ、その子の様子は?」 「健康状態に異常はないって。起きたらお店のおばちゃんに頼んで、スープかなにか貰いましょ」  彼はあたしの返事を聞きながら、隣のベッドに腰掛けた。 「で、レオンの方は? 特になにもなかった?」 「ああこっちは滞りなく。あ、これ衛兵からの礼金な」  と、彼は銀貨を四枚取り出した。 「二枚ずつでいいだろ?」 「仕方ないわねー。それで手を打ちましょう」 「戻ってきた時、ここのおばちゃんにも報酬貰っただろう!」  まあ、それはそうだけど。それはそれ、これはこれだし。 「で、結局あれは、なにが起きてたんだ?」 「あれ? なんだっけ?」  首を傾げながら聞き返すと、レオンは「ほら、洞窟の」と補足する。  あ、《火炎球|オラブ・ラルフ》を斬った時のことか。 「あたしが使ったのは《炎切滅|オークレフ・ウナー》って術で、向こうが使ってきたのは《火炎球|オラブ・ラルフ》って術。《火炎球|オラブ・ラルフ》……っていうか精霊魔術は知ってる?」  レオンが魔術はからっきしだと言っていたのを思い出し、あたしは念の為に確認する。 「いや」  レオンが案の定首を横に振ったので、あたしは精霊魔術の説明から入ることにした。 「んじゃ、説明するけど。精霊魔術は一定の魔力と引き換えに、世界の四大精霊、つまり火、水、風、地の精霊の力、特にそれぞれの《精霊王|エレメンタル・ロード》の力を借りて行使するものよ。  で、《火炎球|オラブ・ラルフ》ってのは火に分類される精霊魔術――つまり《火精霊|フレス》の力を借りる魔術なんだけど、火柱上げて爆発するやつのこと。旅とか傭兵とかしてたなら、どっかで見たことない?」 「…………あ、あれか」  大雑把だが現象を説明して、わかってくれたらしい。  まあ、そりゃそうよね……。呪文名言っても魔術師じゃないとなに言ってるかわからないだろうし。 「《火炎球|オラブ・ラルフ》ってのは、何かと衝突することで、今言ったような爆発を起こすの。  で、あたしが使った《炎切滅|オークレフ・ウナー》ってのも同じく火に分類される魔術なんだけど、こっちは、全てを焼き尽くす炎を剣にまとわせる術なのね。この術をかけた剣で斬れないものはなくて、その上、斬ったものは剣が纏っている炎で燃えて、そのまま焼滅するの。まあ、物理限定だから、《精神|アストラル》体や《霊|エーテル》体――つまり《幽霊|ゴースト》とかには効かないんだけどね」  精神体や霊体の話を出したらレオンの顔が曇ったので、結局わかりやすく言い換えたが、ついてこれているだろうか。  念のため確認すると、レオンは眉を寄せたまま一つ頷いた。  大丈夫かな……?  少々心配しつつも、あたしは説明を続ける。 「この二つは、さっきも言ったように、どっちも火の魔術なの。だから、あたしは咄嗟に《火炎球|オラブ・ラルフ》そのものを、爆発する前に《炎切滅|オークレフ・ウナー》で燃やし尽くせないかなー、って考えて斬ってみたのよ。もしかしたら、同じ系統の術だし、より強い術の方が勝ったりしないかなと。この場合は、あたしが使った術の方が、基本的には魔力消費が大きいの。  結果的には、お互いの術の効果が作用しあって、すぐに爆発はしなかったけど、燃やされながら膨らんじゃったのよね」  まあ、最後の結論は、あたしの推論だけど。例え外れていても、当たらずとも遠からず、なんじゃないだろうか。 「うーん……わかったような、わからんような」 「一気に説明しすぎた? 魔術わからない人に説明するって初めてだから、こっちも加減がわかんないのよ」  俗に言う、理解してない人がどこを理解してないのかわからない、っていうあれである。あれがなぜかある日、唐突に理解できるようになる原理ってなんなんだろうか。  レオンはしばらく悩んで、諦めたのか彼なりの結論を出した。 「まあ、とりあえず、同じ火の術のおかげで爆発を抑え込めた、ってことと、こっちは爆発に巻き込まれずに済んだ、ってことでいいんだな」 「結果的に、だけど……」 「じゃ、結果オーライってことで、とりあえずいいや。理解した」  いやそれ、理解放棄してるだけじゃ。  しかし、あたしがなにかを言う前に、彼はさっさと話題を変えてしまう。 「そういえば、剣の方もなかなかいい腕だったじゃないか。オーク相手にもビビらないし、随分戦い慣れてて驚いたよ」  今度は剣の話か。だが、褒められて嬉しくないこともない。 「ふふん、ありがとう。大人たちに散々しごかれたからね。でも、そうは言うけど、レオンの方がずっと腕がいいじゃない。あんなきれいな太刀筋、あたし初めてみたわよ」 「それはどうも。でも、オレもミナがあそこまで腕が立つとは想像してなかったよ。確かにあれならオレの助太刀はいらなかったかもな」  あら。あたしの実力ってそんな褒められるほどだったの?  そう言われるとまんざらでもなく、単純だが微かに頬が緩むのを自覚する。 「まあねー。剣を使った魔術が元々得意だったから、剣は必死に鍛錬してきたつもりよ。これでも、剣の相性くらいは見れるんだから」 「剣の、相性?」  調子こいて軽く手の内を明かしてしまったが、聞きなれない言葉だったのか、レオンが首を傾げる。  あ、でも確かに魔術の話だから彼にはピンとこないか。  どう説明しよう……? 「んーとね、剣と魔術って相性があるのよ。魔術との相性がいいと、何回使っても折れないとか、術の持続力がいいとか、そういうの」 「ふーん? つまり、魔術をかけるのに適している剣を見分けられる、ってことか?」 「そうそう! そういうこと!」  魔術はからっきしなんて言う割には、飲み込みが早いじゃない、彼! 「じゃあ、例えばオレの剣に術をかけられるかどうか、ってのも、この場で見れたりするわけだ?」 「もちろん。実際に見てあげよっか?」 「おもしろそうだから、頼んでみるかな」  レオンはそう言って腰の剣を外すと、あたしに鞘ごと手渡した。 「乱暴に扱うなよ。オレの相棒なんだからな」 「わかってるわよ。剣を蔑ろにしたら、いざって時に剣に裏切られるのよ――ってねーちゃんにも言われてるし」  さてっと。  あたしは鞘から剣を引き抜き、支えるようにして左手を刀身に添える。そして瞼をそっと落とし、呼吸を整え――少しずつ魔力をこめる。剣の中に刺すように、通すように、管に水を流しこむように――って、あ、あれ?  本来ならば軽く魔力をこめた時点で、剣の方から手応えのようなものが、こう通った! という感触が返ってくるのだが、それが全くない。というか、この剣、うんともすんとも返してこない。  あたしは魔力をこめるのをやめて、まじまじと彼の剣を観察する。見た目は至って普通の剣。ちゃんと手入れもされていて、刀身は鈍くも美しい鈍色をしている。だが、これは――。 「この剣、死んでる……」 「え? し?」  呆然と呟いた後、あたしの頰は紅潮する。 「《死んだ剣|イナクティブ・ソード》……あるらしいのは知ってたけど初めて見たわ! 本当に存在してたなんて! こんな旅立ってすぐに出会えるなんてもしかして、あたしってついてる!?」  あたしの心はいま、とんでもなく急上昇している! 本当に、本当に珍しいのだ! この剣は!  ほとんどの剣――本来は剣の材料を指すが――は魔力を通す魔力回路を大小あれど持っており、それが魔術をかけられる条件になる。そういう剣をあたし達は便宜上「生きている」なんて呼んでいる。  ところが、この魔力回路を一切持たない剣というのが極稀に存在する――と、昔読んだ本には書いてあったが、まさか本当に存在したなんて!  あたしはまくし立てるように、そのことをレオンにも説明する。 「つ、つまりどういうことだ?」 「この剣、魔術が一切無効なのよ! 魔術回路を持たないってことは、魔術の影響を一切受けないってことなの!」 「……具体的にどういうことだ?」 「知らない」 「おい」  あたしの即答に、レオンは半眼になる。 「だって、実際に使ってあれこれ試したことないし、そういう記録も、あたし読んだことないもの。ただ、そーゆー剣があるって話を聞いたことがあるだけで」  ただまあ、魔術が無効ということは、魔術・魔法の攻撃をくらっても折れることがないのだろうな、くらいに考えている。  あたしが使う剣のように、魔術をかけて使用することはできないので、コレクションとしてしかあたしには実用性もない。 「代々家で受け継いできた剣らしいんだが、詳しいことはオレも知らないしなぁ……」 「なーんだ、そっかー。っていうか、そういうのはちゃんと親御さんに聞いといてよ」 「聞く機会がなくてなー」  彼の答えにあたしは肩を落としてため息をつく。  まあ、聞いていないのも、知らないのも、彼の事情だから仕方がない。ここでそれを責めた所で彼の頭にその答えが浮かんでくるわけでもなし。  気を取り直してあたしは丁寧にレオンの剣を鞘に収めると、彼に返却した。  あ、そうだ。 「ねえレオン。もし良かったらあたしと手合わせしてくれない?」 「――なんだ、藪から棒に」 「何事も経験って言うし、レオン並に剣を綺麗に扱える人、村にはいなくてさ。だから、はっきり言えば、あなたと戦ってみたい!」  村であたしに剣を教えてくれた人たちは、なんというか軒並みパワータイプというか、魔術主体で剣はサブウェポンというか。  そんな感じで「斬る」というよりは「潰す」という表現が似合う人達が大半だった。彼みたいにまさに剣のように優雅に闘うタイプは一人もいなかったのだ。  なので、半分はあたしの興味本位のところもある。 「そんな目をキラキラとさせて頼まれてもなぁ……。剣は遊びの道具じゃないから、遠慮しておくよ」 「えー。別に遊びのつもりはなかったんだけど」  しかし、嫌がってるところを無理矢理頼み込むのも不躾だし……。 「じゃあ、気が変わったらでいいから、そのうち手合わせしてね。約束よ♪」  とウインク一つ。 「約束ってそんな一方的な……」  レオンは諦めなのか、なんなのか、ため息をつく。それにしても、なんだか彼のテンションが妙に下がったような?  あたしが小首を傾げていると、傍らでうめき声が聞こえた。あたしとレオンは慌ててベッドで眠る少女に視線を移す。  微かに瞼が震えると、空色の目がゆっくりと現れた。 「それじゃあ、あたしが今から一字ずつ発音していくから、該当する字を発音したら頷いてね」  あたしが少女に方法を確認すると、少女は一口ほど残っていた残りのスープを飲み干し、一つ頷いた。  カラになった器をレオンに預け、少女はベッドに上半身を起こした状態で首だけをあたしに向ける。 「じゃあ、始めるわよ」  さて、あたしが一体なにをしているのか、と言うと彼女の名前を教えてもらっているのである。  彼女が目を覚まして色々尋ねてみたところ、どうも言葉を話せないらしいことがわかったのだ。  字が書けるか確認すると、これは首を横に振られた。筆跡での会話もできない、ということになる。  で、考えた結果が、面倒だがあたしが一字ずつ発音していく、という方法だった。 「め、る……終わり? あなたの名前は、メル、でいいのね」  あたしの確認に、少女は一つ頷いた。  メル、か。さて、彼女に色々聞かなければならないが、イエスかノーで答えられる質問にしないと。 「それじゃあメル……あなた、帰る家はここから北か南にある?」  あのダッドとかいう奴は、彼女のことを預かりものと言っていた。さしずめ、誘拐して身代金でも要求してたといったところだろう。わりとそういう類の救援依頼は多いと、村の大人達が言っていた気がする。  ということで、とりあえず地図を見せながら方角で尋ねてみたが、メルは、首を左右に振る。どちらでもないということか。 「それじゃあ、西か東?」  メルはこれにも首を横に振った。  あれ……東西南北全ての方角の選択肢がなくなったぞ。  予想外のメルの返答に、あたしはレオンを見て助けを求める。レオンも汲み取ってくれたのか、少し顎に手を当てて考えると、柔らかい口調でメルに尋ねた。 「家は、この街にあるのかい?」  ああ、なるほど。東西南北にないのなら、すでに彼女の住む町にいるのでは、ということか。  が、メルはこれにも首を横に振る。 「……お嬢ちゃん、帰る家は、あるのかい?」  レオンの質問に、メルは首を横に振った。答えはノー「帰る家はない」である。  え? じゃあ「預かりもの」ってのは、身代金とかそういう話じゃ、ない……? 「ええっと、それじゃあ行く所は?」  メルは首を横に振る。  彼女、先程から質問に全て首を横に振っている。……わざと首を横に振ってるとか、そういうのではないわよね?  なんだか不安になってくるので、他の答えが欲しくなってくる。 「……盗賊に捕まる前は、どこにいたのかわかるか?」  今度もメルは首を横に振る。  ええいそれじゃあ! 「盗賊に捕まっていた理由に心当たりはある?」  やけになったあたしの質問に、メルは首を横には振らなかった。が、縦にも振らない。  ようやく引き出した「いいえ」以外の答えだが、黙秘――ということだろうか。  困ったあたしとレオンは、もう一度顔を見合わせた。 「こういう場合、どうしたらいいもん?」 「うーん、こうなると街でこの子のことを知ってる人がいないか聞き込みをしてみるしかないが……」  そこでレオンが「あ」と声を上げて、今一度メルに問いかける。 「お嬢ちゃん、戻る家はないって言ってたけど、ご両親や身寄りもいない、ってことでいいのかい?」  メルは首を縦に振った。 「ってことは、聞いても無駄足になるかもな……」  うーん……? そうなるとますますあのダッドの「預かりもの」の意味がよくわからなくなるぞ。  ダッドといえば、オークの召喚陣を気配の欠片もなく隠したり、強いオークを喚び出したり、そこそこできる魔術師かと思えば、その後は特に威力のある術を使うでもなく、最後は明らかに場に対して魔術の選択をミスしているし、なんだか魔術師として妙にちぐはぐしている感じがする。  この奇妙な違和感は、なんなのだろうか。 「とりあえず、聞き込みはするか?」 「そうね。今日はこの子も疲れてるだろうし、もう日も沈むし、明日にするのはどう?」 「賛成だ」  レオンと相談して、はたと気づく。 「そういえば、もう報酬は受け取ったけど、いつまであたしについてくるの?」  あたしに言われてレオンは軽く目を開く。彼も言われるまで気付いていなかったようだ。 「そういえば、盗賊退治に付き合うって言ってついてったんだったな。――まあ、この子のことも気になるし、途中で投げ出すのも気が進まないし、ミナ一人に預けるのもそれはそれで心配だし……。  メルの件が一段落するまでは同行させてもらうよ」  なんだか随分な言われようをされた気がするが、手伝ってくれるというのなら断る理由はあるまい。  そうなるとさっきの約束、メルの件が片付くまでにどうにか彼をその気にさせないとかー。 「ありがと。あなた、いい人なのね。一緒に野宿した時もなにもしてこなかったし」 「だから、そういう趣味は持ち合わせてないって……」  それは、どういう趣味だ――とツッコミたくはあったが、こちらも疲れているしお腹も空いてきた。 「メルも、それで構わないかしら?」  これに、メルは頷きも否定もしなかった。  ううむ。まあ、拒否はしてないみたいだし、いいか。もちろん明日の彼女の体調を見ながらではあるが。 「よーっし。じゃあ、あたしたちもご飯にしましょ! ご飯♪ ご飯♪」 「それにも賛成だけど、ご飯になった途端テンション高いなぁ」  なにを言うか! この男は!  あたしは水を差してくるレオンをギロリとひと睨みして、天を仰ぐ。 「食べれる時に食べれる幸せ! ってのを知らないからそんなことを言えるのよ! ああ、ご飯が食べられることに感謝感謝~♡」  両手を握りしめて天に感謝するあたしに、レオンが後ろでぼそり。 「……村でどういう生活してたんだお前……」  もちろんこれには「余計なお世話だ」と無言で蹴りを入れておいた。  相談した結果、二人ともメルの傍から離れて何かあってはまずいと、宿屋のおばちゃんに頼んで、部屋でご飯を食べさせてもらうことになった。夜のレオンは普通に一人前、あたしは今度は二人前。  向かいのレオンに「昼にあれだけ食べたのにまたよく食べるな」と言われたので、とりあえず机下の足を踏んづけて抗議をしておいた。  そんなことはあったが、まあ結局は何事もなく夜は開け、次の日。 「とりあえず、メルの格好をどうにかしたいわよね」  食事をちゃんと取り、ぐっすり布団で寝たおかげか、今日は布団から出て自力で立っている。そのメルの姿を上から下まで見て、あたしは唸った。  櫛を一応通したものの、ぼさぼさで傷んだ空色の長い髪。前髪も伸び放題でかろうじて片目が髪の隙間から見えている状態だ。一体どのくらいの期間あそこにいたのだろう?  服装は昨日おばちゃんが貸してくれた宿屋の寝間着。大人サイズなので大きく、上だけでワンピースのようになっているが、ぶかぶかだ。袖も当然手が出ていない。  元々着ていた服は泥だらけで汚れが酷かったので、とりあえずおばちゃんが洗ってみるとは言ってくれたが……裾もかなり擦れていたし継続して着るのは難しそうな気がする。  靴は当然なく、今はスリッパをはいている。 「ミナ、入っていいか?」 「いいわよー」  軽く応えると、昨日と同じようにレオンが扉を開けて入ってきた。 「朝飯は?」 「まだよ。それよりメルなんだけど」  あたしはレオンにメルの格好のことを相談する。 「ああ確かに」  話を聞いたレオンはすぐに納得してくれた。 「髪はオレがどうにかできるけど、服はどこかで見繕うしかないだろうな」 「どうにかできるって?」 「ただ長さを調整するだけの散髪なら、できるぞ。気取った髪型したいなら専門の店に行ってくれってな」  なんでもない風に彼はさらりと告げたが、それ結構すごい特技じゃない?  散髪が自分でできる人って、散髪師でもない限りなかなかいないと思うんだけど……。  驚いているあたしの前で、レオンはメルの前に移動し、膝を折る。 「ちょっと触るよ」  断ってから毛先を手に取った。  しばらくメルの髪を観察すると、レオンは「うーん」と唸る。 「これは結構ばっさり切っちゃったほうがいいかもしれないな。メルはそれでもかまわないか?」  レオンが確認を取ると、メルはこくりと頷いた。 「よし、じゃあ朝食前にぱぱっとやるか」 「え、今から?」 「昨日も思ってたけど、御飯食べる時に前髪が邪魔じゃないか?」  ああ、それはあたしも思った。耳にかけてはいたが、それでも落ちてきて邪魔そうにしていたのは覚えている。 「じゃあ、おばちゃんに箒とちりとり借りてくるわ。切った髪はあたしが最後に燃やすから」  髪の毛は下手に残すと、全く知らない所で何かの呪術や魔術研究に使われたりする場合があるので、きっちり処分しておかないといけない。あたしも村で、ねーちゃんに「ちょっと実験したくて」と軽いノリで抜け毛を使われたことがあるので、本当に気をつけたほうがいい。 「ああ、頼む」  言っている傍からレオンはメルを椅子に座らせて、携帯ナイフを取り出している。  一度部屋を出て一階にいる宿屋のおばちゃんに事情を説明する。と、二階の廊下奥に掃除用具入れがあるから、そこにある物を使ってくれていいと教えてくれた。  二階に戻って言われた掃除用具入れから目的のものを持って部屋に戻ると、メルの髪がバッサリ肩くらいの長さに切られていた。  そこからレオンは手際よく、後ろの髪の長さを自然な形に整えていく。  あたしは切り落とされた髪を箒で集めながら、メルの髪型が整えられていく様を横目で見ていた。  うーん、うまい。思わず舌を巻いてしまう。確かに彼の言うとおり「長さを調節している」だけなのだが、それにしたって仕事が早いし、変になっていない。  ぱっぱと後ろを整えてしまうと、もう前髪に取りかかっている。前髪も整えてしまうと最後に布で顔を拭って、切り落とした髪を払った。 「こんなもんでどうだ?」 「うわぁ……。メルかわいい……」  前から覗き込んだ、あたしの第一声がそれだった。  長かった髪は肩で切りそろえられたおかっぱになっているが、それがよく似合っている。さらに、顔がよく見えなかったのが、前髪が短くなったことではっきりと見えるようになった。澄んだ空色のつぶらな瞳が印象的な、まるで人形のように整った顔が愛らしい。  レオンがメルを鏡の前に立たせる。しばらくじーっと鏡の自分を見つめていたメルは、ふいにレオンの方に体ごと向き直り、深々と頭を下げた。  この場合は、恐らく「ありがとうございます」だろう。レオンもそう判断したようで「どういたしまして」と応えていた。 「それじゃあ後片付けして朝飯にするか」 「他にもう落ちてる髪の毛ないわよね?」  ちりとりに集めた髪の毛の山をまとめながら、あたしは床を確認する。レオンもしゃがみこんで確かめてくれたが「大丈夫だろ」と伸びをした。  よし、それじゃあっと。  あたしは窓を開いてまとめた髪を掴めるだけ手に取った。呪文を唱えると、あたしの手の中の髪の束が、ぼっ! と音を立てて燃え始める。それを窓の外で離すと、風に乗って散るとともに、すぐに全て燃え尽きる。  同じことを数回繰り返して全部処分してしまうと、窓を再び閉めて二人に向き直った。 「はい、お待たせ。んじゃ、下行こっか!」 「大したもんだなぁ」 「レオンだってすごいじゃない」  他愛ない会話をしながら道具を戻して、あたしとレオンはメルを連れて下へ降りる。おばちゃんにお礼を述べてから食事を摂りつつ、おばちゃんにメルの服についても確認する。 「ああ、流石に時間が時間だったから、まだ乾いてないんだよねぇ」  頰に片手を添え、少し小首を傾げて眉を八の字にするおばちゃん。  予想していた答えなので、ではどうするかという話へと、自然と移る。 「ミナの魔術で、すぐに乾かせたりとかできないのか?」  レオンの質問にあたしは迷うことなく即答した。 「消し炭になるわよ」 「そうか……使えん……」  むかっ。  気付いた時には、あたしはレオンの前にフォークを突き立てていた。 「ただ燃やす、火を通す、ってのは簡単よ。それが火の精霊の本質だもの。だけど、燃やさずに水分だけ飛ばせ! てのは、食材を燃やさずに、一瞬で乾物に加工しろって言ってるもんなの! いろいろややこしくて、難しいの!」  あたしが、ズズィッ! と上目遣いに迫ると、レオンは引き気味に両手を胸の前に挙げた。 「わ、わかった……。とにかく難しいんだな……」 「わかればいい」  まあ、あたしが知らないだけでどこかにはあるのかもしれないけど、どっちにしろ「そういうことをするには」という現象の理解と、それを構築するための魔術研究が必要になる。さらに、細かい出力調整も最後には必要になるだろう。  ともかく、一朝一夕でするには、ひじょーに難しいということだ。  それに、面白くなさそう。 「仕方ない。あたしが適当に買ってくるから、ここでちょっと待ってて」 「待ってて、ってメルだけじゃなくオレもか?」 「そうだけど、なにか問題ある?」  なぜかレオンに心配そうに確認されて、あたしは小首を傾げる。  レオンは眉を顰めて深刻そうな表情で目線を落とし、ボソリと呟く。 「……さしずめ『はじめてのおつかい』ってやつかなぁ……」  聞こえた瞬間、あたしは机の下で彼の足を躊躇なく踏んづけていた。 「レオン、ケンカ売ってるの? 売ってるわよね? あたしはもう大人だから、子供扱いしないでって言ってるわよね⁇」  怒りを抑えつつも、口元を引きつらせるあたしの前で、レオンは自分の足を抱え込んで心配している。 「——っまえは、なんでいつも無言で暴力を振るってから口で言うんだっ」 「レオンが失礼なこと言うから抗議してるだけじゃない! だいたい『はじめてのおつかい』ならもうとっくに済ましてるわよ!」 「大人だって言うなら、手の前に口で言え! おつかいって、料理が余ったから隣の家の人に分けてきて、なんてのは今回数えないからな。お金を使った買い物のことだからな」 「わかってるし、違うわよ!」  ダンッ——と、あたしが勢い余って思わず立ち上がると、宿屋のおばちゃんが苦笑しながら割って入ってきた。 「お客さん、まあ落ち着いて。他の人に迷惑だよ。剣士の彼もそこは安心なさいよ。ハルベス村の子達のはじめてのおつかいは、この町でちゃんとやっているからさ」  おばちゃんは知っているのか、食後のコーヒーをテーブルに置きながら、レオンに事情を軽く説明し始める。 「大人はちゃんと一回くらいは村の子供連れてきて、お金の価値や使い方を教えているんだよ。あそこの村の子達が最初に何か物を買うとしたら、この町なのさ。お嬢ちゃんもそうだろう?」 「うん、まあ」  あたしはおばちゃんに同意する。その時は、たいした持ち合わせもまだなかったし、野宿に持っていけそうなもの、ということで干し肉あたりを買っていた。  レオンは「へえ」と意外そうな顔をした。 「それに、ハルベス村の子って、たまーに妙に鑑定眼があったりするんだよねぇ。不思議なことに」  不思議なことに、か。一体誰のことをいっているのかはわからないが、そんなこともあるのか。  あたしが他人事のようにミルクを入れたコーヒーを飲んでいると、見知らぬ男のくぐもった笑い声が近くで聞こえた。あたしとレオン、おばちゃんが声の方に振り返る。 「それは、面白い話をききました。そこの赤毛のお嬢ちゃんも鑑定眼をお持ちなんでしょうか」  にこにことしながらあたしたちに近づいてきたその人は、背丈は男の人としては高く見えないが、顔も体も全体的にふっくら大きい。恐らく横の広がりに相殺されて、高く見えないだけだろう。  肌は浅黒く、頭にはターバンを巻き、首と手首から先だけが見える麻の貫頭衣にズボンにブーツ、その上から革のマントを羽織っている。胸元に覗くのは蛇を象った金属のペンダントだ。  その蛇のような逆三角形の《眼|まなこ》が、あたしたちを獲物のように見つめている。 「旅の商人、か?」  男の姿を確認したレオンが、一言尋ねる。 「ええ。私、あちこち旅をしながら商売をしている、ロナウドと申します。服を買うだのどうの、と言葉の方から私の耳に飛び込んできたものですから、つい、ね。そちらの小さなお嬢さんの服をお探しなら、私もいくつか見せられる商品がございます。  そこで、どうでしょう。一つ私とゲームをしませんか?」  そうして男は「どうです?」と両掌を上に向けた状態で肘を軽く曲げ、提案のポーズを取る。  どう、と言われても……ねえ。 「こいつが相場知らずの世間知らずとでも踏んで、話しかけてきたのか? だったらお帰り願おうか」 「え、そうなの? もしかしてゲームとか言ってふっかける気だったの?」 「いや、そう決まったわけじゃないけど、そういう場合もあるってだけだ」  驚くあたしに、レオンは男の方を見ながらあたしを下がらせる。  一方、ロナウドと名乗る商人は困ったように頭を掻きながら、持っていた荷物からいくつか商品を取り出した。 「私はただ、商売と同じくらい面白そうなことが好きなだけですよ。ゲームは簡単なことです。――ああ、すみません。少々テーブルをお借りいたしますね。  ここにいくつか商品を並べて、私がそれらの商品を説明いたします。ただし、一つだけ嘘の説明をいたしますので、お嬢さんはそれを当ててみてください。  それで、あなたの鑑定眼が正しければ、衣類をそちらの言い値でお売りする。もし外れれば、こちらの言い値で購入を考えていただく――まあ、こちらは普通の売買の形ですね。これでどうでしょう?」  ロナウドさんは一通りルールを説明しながら、空いているテーブルにクロスを広げ、その上に商品を丁寧に並べていく。瞬く間にその空間だけが、ブティックへと早変わりした。 「これ、全部メル……この子向けの服?」  あたしはメルを示しながら、並べられた服について確認する。  ロナウドは「もちろん」と肯定した。  ふむ……どれもデザインは悪くないし、質も悪くは見えない。まあ、こちらが負けても普通に売ってくれるとは言ってくれているし、こちらにあまりデメリットはなさそうか。 「わかったわ。受けて立とうじゃない」  あたしは一歩前に出て堂々、自信満々に胸を張る。  それを見たレオンが心配そうに声をかけてくれるので、あたしはウインクを一つ返す。 「あたし、勝負から逃げるの嫌いな上に、負けず嫌いなの♡」 「ふふ、自身の勝利を信じて疑わない、いい目です。では、始めましょうか。  見ていただくのは、三つの商品です。  まずはこの上着。《火蜥|サラマンダー》の皮を舐めして使用しているので、火への耐性は抜群です。暑さにも強いので砂漠越えにはうってつけですね。  こちらの上衣とズボンは上質な絹で仕立てられていてね、着心地も肌触りも、それはもうバツグンの一級品ですよ。  ああ、ブーツもご入用ですかね。それならこちらに《牛羚羊|ヌー》の皮で仕立てた丈夫なものがありますよ。サイズが合えばいいですが」  説明を聞き終えた途端、レオンが渋い顔で「おい」と声を立てる。ロナウドさんはそれを、口に人差し指を当てて咎めた。 「私がゲームをしているのはこちらのお嬢さんです。たとえ答えがわかっても、口にするのはお控えくださいますよう」 「けどなぁ」  レオンは眉間にシワを寄せている。なんだろうか?  まあ、あたしも勝負に水を差されるのは好きじゃないし。 「レオン、なにかは知らないけど、あたしは気にしないから」  あたしからも言うと、レオンは渋々黙ったようだった。  さて、気を取り直して。  ひとつひとつ丁寧に説明してくれたそれらは全て、確かに説明された通りのものっぽく見える。 「商品は手にとって見てもいいの?」 「それはもちろん」  一応許可を得てから、あたしは並べられた商品をそれぞれ触れて確かめる。  うーん、これは……。 「ロナウドさん、だっけ? まさか「一つだけ嘘の説明」が嘘だったりしないわよね?」 「おや、どうしてそのように?」  あたしの確認に問で返す彼の目は、挑戦的で揺らぎない。正解かどうかはともかく、あたしは見て思ったことを彼に伝える。 「まず上着なんだけど、これ、《火蜥|サラマンダー》じゃなくてただの《蜥革|リザードレザー》よね。《火蜥革|サラマンダーレザー》は見たことないけど、これとよく似た《蜥革|リザードレザー》は村の大人が持ってて見たことあるわ。  で、次の絹の服なんだけど、光沢があるから、これはたぶんその通りだと思うの。まあ、光沢性のある動物の毛を使用したものかもしれないけど、肌触りからして、たぶん違うと思うのよね。  最後のブーツだけど、これは《牛羚羊|ヌー》じゃなくて《鹿革|ディアスキン》でしょう? あたしが子供の頃に使ってたのと似てるわ。色合いはよく似ているけど、質が違うし」  しばしの沈黙――ロナウドさんは、こらえきれないとばかりに突然声を上げて笑い出した。それからの拍手。 「いや、おみそれしました。見たことのない素材をはっきり「違う」と断言しきれるその記憶力と自信の強さ。  ええ、その通り。《火蜥革|サラマンダーレザー》なんて滅っっ多に手に入るものではありません。私とて一度も手にしたことはない。あれは砂漠に生息しているものを使用した《蜥革|リザードレザー》です。砂漠の環境に適しているのは本当ですけれどね。  そして絹の服とブーツ。これらはさすがにわかりやすかったですかね。でもまあ、あなたの《観察眼》は確かに本物のようだ」  ロナウドさんは、なにが楽しいのか、いまだ肩を鳴らしている。そんな彼の態度が気に食わないのか、レオンは片眉をあげながらきつく言葉を投げかける。 「説明の時点で嘘をつくとは、根性悪いな。ミナが気付いたからよかったようなものを」 「少々意地悪が過ぎましたかね?」  レオンは「全くだ」と渋いため息をつく。どうやら彼は、こういうやり方をあまり好いてはいないようだ。あたしはあんま気にしないんだけど。 「レオン、もしかしてわかってたの?」 「見た目の模様が全然違う。《火蜥蜴|サラマンダー》は表面が燃えているから、皮膚が炭色なんだが、磨くときれいな赤土色になるんだ。さらに、燃える炎が映り込んだような独特な模様が出る」  目の前にあるのは茶色に近い光沢のある《蜥革|リザードレザー》だ。赤みはないし、模様も鱗みたいなシワ模様である。 「《牛羚羊|ヌー》もそう。もっとグレイブルーに近い色をしているし、あっちは少し光沢が出る」  《鹿革|ディアスキン》は暗く光沢のない茶色だ。先程の《蜥革|リザードレザー》とも違う色をしている。  あたしはポカーンと彼の説明を聞いていた。あたしだけでなく、宿屋のおばちゃんも、ロナウドさんも驚いた目で彼を見ている。  なんというか、随分詳しい……。この時点で嘘が二つあることを見抜いたから、彼はあの時声を上げたのか。 「……これはこれは。とんだ伏兵でございました。お連れの方がそこまでお詳しいとは。  ――いいものを見せていただきましたから、お約束どおり、あなた方の言い値で必要な物をお売り致しましょう。そこの小さなお嬢さんに合いそうな服は先程のものと、ここに出ているもので全てですが、まあ、他の商品も見たければどうぞ申し付けください」  ロナウドさんは、どこか嬉しそうに約束の交渉へと場を移していく。  ここで断る理由もないので、少しばかりメルにファッションショーをしてもらい、かなり安い値段で彼女の服を購入することができた。  植物で色濃く黒く染められた《長衣|ローブ》に、太ももの出る短い革製のズボン。伸縮性のある布で覆った足は《鹿革|ディアスキン》のブーツを穿き、更に上着には丈夫な《蜥革|リザードレザー》。  これが今のメルの服装である。長衣は流石に丈が長かったので、腰のあたりで片側をキュッと結んで長さを調整しているが、他はなかなかだと思っている。 「ありがとう。助かったわ」 「いえいえ。よい旅となることを」  ここであたしは気になっていたことを聞いてみた。 [*label_img*] 「でも、なんでこんなゲームをしたの? あなたにしたら、かなりの大損だったんじゃ?」  あたしの素朴な疑問に、ロナウドさんは口元をほころばせながら、こう答えてくれた。 「ただのお節介ですよ。そちらの剣士の方が、どうにもお嬢さんを信用しているようで信用なされていないご様子でしたので。それに宿屋のおかみさんが、お嬢さんの村は鑑定眼を養われている方がいると発言されていた。それが本当ならば、お嬢さんの実力を私も垣間見ることができる。そうでなければ、お嬢さんにお勉強代として請求できる。  お値引きしたのは私が楽しませていただいた御礼、とでも受け取っておいてください。この程度で貧窮するほど、貧乏はしておりませんのでね」  ただのお節介で結構な値引きをしてもらったが、それでも懐が痛くならないって……この人どれだけお金を持ってるんだろう。旅の商人って結構儲かるものなんだろうか?  なにはともあれ、どうもあたしのためにこんなことをしてくれたらしい。これは、口で御礼を言うだけですむものだろうか。 「なんだか、そこまで言われちゃうと、居心地悪くなっちゃうんだけど。またどこかで会ったらその時になにか奢らせて?」  というあたしの言葉は、ロナウドさんに「ですからいいんですよ」と柔らかく断られた。それからロナウドさんはレオンの方に体を向ける。 「そちらの剣士のお兄さんも、背伸びする方は見守ってあげませんと。心配のあまりバカにするようなことは慎んだ方がよいかと。まあ、似たような人が知り合いにいますので、気持ちはわかりますけれどね」 「まあ、気をつけるよ。しかし、ミナみたいな知り合いがいるって、なんだかそっちも大変そうだな」 「いえいえ。では、私はこの辺で。おかみさん、失礼いたしました。ご馳走様です」  広げていた商品を荷にまとめ直したロナウドさんは、こちらに一礼、おかみさんに挨拶をすると、食堂から外へ続く扉へと足を向けた。  これでメルの服装もどうにかなったし、無事に外に出ることができる。そうしたら――とそこまで考えてあたしは「あっ!」と声を上げた。  慌ててロナウドさんを引き止める。 「あの、お節介ついでに一つ聞いてもいい? メルのこと、どこかで探している人とか、どのへんで暮らしているのを見たとか、なんか聞いたり見たりしたことない?」  あたしの質問にロナウドさんは、メルの方を見つめてしばし考え込んだが、ゆるく首を横に振った。 「すみませんがそういう話は特には。お力になれず申し訳ありません」 「あ、いえ。ありがとう。ロナウドさんもお気をつけて」  今度こそロナウドさんはぺこりと頭を下げて外へと出ていった。  なんだか騒々しい朝食になってしまったが、まあともかくこれで町に出る準備は整った。これでよーやく行動できる!  レオンとメルに準備はいいか確認をしてから、宿屋のおばちゃんに御礼を告げて、あたし達は町へと繰り出した。  時間は昼頃だろうか。太陽さんが天の真上からあたしたちを見下ろしている。  宿屋を出てから、メルを連れて町中を聞いて回ってみたが、手がかりが出てこないこと出てこないこと。  今はさすがに歩き疲れて、広場の噴水に腰を掛けて休憩中である。  髪は切ってしまったし、服装も変わっているとはいえ、その前がどういう格好をしていたかはちゃんと伝えて訪ね歩いている。それでも一向に知っている人間は出てこず、はや手詰まり状態である。  ただの一人にも出会わないとすると、この子は本当にこの辺りの子ではないということになりそうだ。  ちら、とあたしは顔を俯けながら隣に座るメルに目をやる。  彼女のことを聞いて回っている間、彼女はずっと顔を上げず、ただ人形か使用人かのように黙々とあたしとレオンについてきていた。  まあ、喋れないようだから黙々と、なんてのはあたり前のことなのだが、なんというのか、自分のことを調べてもらっている割には反応がないというか、リアクションが薄いというか……。そう、まるで他人事のようなのだ。  今もそんな感じでずーっと地面とにらめっこをして、微動だにしない。  ――実はからくり人形でしたー……なんてオチは、ないわよね?  あたしがそんなことを考えながら、飲み物を買いに行ったレオンの帰り――あたしから見える位置にある広場のお店だから戻ってこれるだろう――を待っていると、髭を生やした不清潔そうな男が、あたしたちに近づいてくるのが視界の端に見えた。 「よう、お嬢ちゃん。昨日ぶりだな」  男はあたしたちの前で立ち止まると、突然訳のわからない挨拶をしてきた。  昨日ぶりって……こんな男と昨日出会っただろうか?  昨日はお昼前にこの町について、午後は盗賊退治をして、その後はメルを連れて宿で休んだだけだ。  となると、あたしかレオンが伸した盗賊の下っ端の誰かだろうか。そうだとすれば、覚えていないのも納得するのだが。  あたしが胡乱げに男を見上げてなにも言わないのをどう思ったか、男は「おいおい」と前髪をかきあげる。全く様になっていない。 「昨日あれだけ話したのにもう忘れたってのか? 自己紹介もしただろう、《ダッド》だって」 「はっ?」  思わずそんな声を出していた。  ダッド? ――ダッド!?  いやいやいや……。  さすがに、そこまで人に対する記憶力は悪くないと思っているが、昨日会ったダッドとは人相が全然違う。  昨日出会ったのが中背中肉な男だとしたら、今目の前にいるのは、筋肉隆々の男だ。  いくら特徴のないやつだったとはいえ、流石にそこの印象を間違うことはないだろう。 「ダッド……って、昨日の盗賊の? 冗談言わないでくれる? 全然人相違うけど」 「人も一日会わざれば《刮目|かつもく》してみよって言うだろ」 「それ『男子、三日会わざれば刮目して見よ』とか言うのじゃなくて? ていうか、どっちにしろ三日も経ってないし、それ外見のことじゃないし!」  あーもーレオン早く戻ってこないかな。そしたらさっさとこんな怪しいやつ、無視して移動するのに。  こいつが本当に昨日のダッドと同一人物だとするならば、目的はたぶんメルだろう。やたらこの子に執着していた記憶がある。 「それでお前さんたちを探していた用なんだが、言わなくてもわかるよな?」  ほら来た。  しかし、あたしはわざととぼける。 「昨日と違う顔している人に聞かれたって、んなこと知らないわよ」  すると、わざとらしく人差し指を振って「ちっちっちっ」なんて舌を鳴らしている。  全く様になっていないので、そういう仕草はやめてくれないかな……。 「当然、そこの小さいお嬢ちゃんだよ。返してもらおうか」  親指でメルを指差しながら、ダッドは身を屈めてあたしの顔を覗き込む。  あたしは鬱陶しそうに顔も身も反らしながら、ダッドが出てきてからも無反応のメルに声をかける。 「ねえあなた。このおっさん、こんなこと言ってるけど、あなた盗賊のところに戻りたい?」  メルの答えはシンプルで、首を一つ横に振るだけだった。それは、必要最小限の動作しかしてないようにも見える。  あたしは顔をそらした状態のまま、勝ち誇った顔でダッドを見た。 「だそーよ。諦めて大人しく巣に帰ったら? それとも、今あたしに捕まって衛兵に突き出されたい?」  挑発的に投げかけると、ダッドはにぃっと口角を釣り上げて、あたしからようやく離れる。あたしたちからは目を背けず、ダッドは後退しながら距離を取った。 「どっちも御免こうむるね。嬢ちゃんには昨日の借りもあるし――力づくでいかせてもらおうか!」  ちっ。そのまま帰ってくれりゃいいものを、賊の分際で真っ昼間の町中で仕掛けてくるとかこいつ正気か!?︎ 「メル、あいつが近づいてきたら、とりあえず逃げるのよ」  あたしの言葉が聞こえたのか、メルはダッドの方を見てこくりと頷く。  それにしてもレオンはまだかっ! やっぱりレオンに譲らずに、あたしが行けばよかった……!  ほんの十分ほど前のことを、いまさら悔やんでも仕方がない。昨日の感触なら、ダッド一人くらい、あたしだけでもなんとかなると思うけれど。何事も油断は禁物である。  あたしが剣を構えつつ前に踏み出すと、ダッドは何かを唱えながら地面に手を添えた。 「出でよ! 我が僕たち!」  ……本で読んだり村の大人の武勇伝でしか聞いたことなかったけど、あんな恥ずかしいセリフ、本当に言う奴いたんだ……。  なんだかイタイ人を見る心境になってしまったが、昨日と同じく召喚術か。昨日はオークだったが、今日は何が出てくるか。  地面に魔法陣が輝き、影が複数体出現する。四本の脚で地面を踏みしめるそれは、犬に似ているが、外見は醜く腐っており、いまにも襲いかからんとばかりにギラギラと獰猛な目でこちらを睨んでいる。  種族名はなんだかよくわからないが、その数六体。四足歩行ってことは、動きは素早そう。  その六体の生物が召喚されきった瞬間、広場にいた誰かから悲鳴が上がる。 「ぐ、《人喰屍|グール》だぁっ!」  途端、その声を聞きつけた者、実際に《人喰屍|グール》を目の当たりにした者が、各々に悲鳴をあげながら一斉に広場から逃げ始めたものだから、広場から通じる通りや広場にある店の前でプチパニックが起きている。  それに対してあたしは「あ、あれが《人喰屍|グール》なんだ」と、呑気に初めて見る生の《人喰屍|グール》を観察していた。  簡単に言うと獰猛な人喰い種である。村の大人たちは、雑魚も雑魚と言っていたけど。  大きさはどれも中型犬ほど。ダッドが従えているのか、出現してすぐ周囲に襲いかかるとかはなく、あたしの前方を遮るように扇状に展開してこちらを威嚇している。  まあ、あたしたちの周囲にはもう人っ子一人いないから、襲う人間もいないんだろうけど。こちらとしても立ち回りやすくてありがたい。  あたしは少しだけ考えて構えたばかりの剣を鞘に収めた。 「なんだ? 武器をしまって降参の合図かい?」  勘違いするダッドを、あたしは鼻で笑う。 「まさか。さっさとかかってきたら?」  ついでに片手でちょいちょい、とよくある「かかってこい」ジェスチャーで挑発する。 「ちっ、態度だけは褒めれるくらいでけぇガキだ。行け、お前ら!」  誰が《子供|ガキ》かっ!  などと心のなかで吐き捨ててる間にも、ダッドの命令を受けた《人喰屍|グール》たちはあたしに向かってそれぞれバラバラに飛びかかってくる。連携もなにもあったもんじゃないな、こりゃ。  あたしは冷静に場を見ながら、胴巻の中から隠しナイフを取り出して、《人喰屍|グール》を一体ずつ捌き、避けながら一体一体に確実に隠しナイフを一つ刺し込んでいく。  ナイフを一つ差し込むごとに、《人喰屍|グール》が悲鳴を上げて隙きが生まれるし、一石二鳥である。  全ての《人喰屍|グール》にナイフを刺したのを確認すると、あたしは意識的に《人喰屍|グール》の群れを抜け、再び剣を鞘から引き抜く。  呪文は既に唱え終わり、術は構築済み。あとは発動するだけ! 「《地蛇剣尖|グニーツ・プリス》!」  あたしは術を発動ざま、手にした剣を舗装された地面に突き立てる。  あたしの手から剣を通して大地を走る白銀の光は、《人喰屍|グール》めがけて一直線に伸びていく。  光が迫った《人喰屍|グール》は避けようと右に跳ねるが、光はクンッ! と追走して《人喰屍|グール》に迫り――あたしが目印として刺したナイフを正確に貫いた。同時に《人喰屍|グール》は光に真っ二つに切り裂かれる。  光は瞬く間に他の五体も同様に切り裂くと、最後に隠しナイフをパンッ! と砕いてふつりと消えた。  今の術は、ばら撒いた剣を伝って遠隔に敵を刺し貫いて攻撃できる術だ。まあ、言ってしまえば一筆書きである。  術を発動させる親の剣とそれの子となる剣が必要になるのが少々難だが、そこはアイディア次第である。剣、といっても別に地に属する金属質のものならなんだっていいし。  問題は、子に使用した剣は最後に砕け散ってしまうところである。向こう見ずには使えない。  昨日の《刀影縫|ウォス・ワデッシュ》と今日で合わせて七本かぁ……。まだ余裕はあるが、どこかで隠しナイフ調達したいなぁ……。  《人喰屍|グール》を片付けたあたしは、足を止めずにダッドとの距離を詰め、斬りかかる。  ダッドはショートソードであたしの剣を受け止め――いとも簡単に弾かれた。  くっ、見た目通り力は向こうのほうが上!  だったら―― 「《閃光|オクラフ・イア》!」  馬鹿正直に真っ向勝負などしたら、腕力差で負けるのは目に見えている。そんな馬鹿げたことをするくらいなら武器を取り上げてしまえばいいのだ。  そう考えたあたしは、切れ味を上げる術を剣にかけ、ダッドの剣を鍔際から斬り飛ばした。 「これで……!?」  終わりだと言いかけたあたしの言葉は、予想外に手首を掴まれた動揺で飲み下される。  剣を持っている右手をダッドに掴まれたあたしは、逃れようともがくが、ダッドの力が強く外れそうもない。見ればダッドは焦るあたしの方を見て、にやっと口角を釣り上げ……いやっ!? 何か呪文を唱えている!  ――呪文の欠片を聞いてあたしは戦慄した。咄嗟に右手に握っていた剣を自由な左手に持ち替えると、その柄をダッドの顎めがけて勢い良く突き上げる。  これで落ちてくれれば良いのだが、手を掴む力は緩まない。呪文は一時中断されたかもしれないが、気休めである。  くっそー!  後はダッドの手を切り落として逃げ出すしか方法はないが……。  しかし、あたしはその手は選ばず、防御呪文を唱え始める。この距離でどれだけ効果を発揮してくれるかはわからないが……。  突然かくぅん――と、掴まれているはずの右手がなぜか軽くなる。かと思えば、あたしは誰かに抱きかかえられていた。  瞬く間にダッドと距離が空いて――。 「《爆円殺|イルコス・メブ》!」 「《障壁|アルコツベ》!」  近距離で起きた轟音と爆風が、あたしが張った結界に襲いかかる。腕にかかる圧が凄まじいが、耐えなければ体ごと吹き飛ばされる。頑張れあたし!  しばらく夢中で術の制御に専念していたが、不意に圧が無くなる。爆発によって生まれた風と砂塵が完全に収まったのを確認すると、あたしは一息ついて術を解除した。  もーれつに疲れた……。  その時になってようやく、なんだかあたしの手首に重みがあることに気づく。右手に目をやると、あたしの手首に前腕の途中から切断された男の太い手がぶらさ…… 「ひいやあああああっ!?」  あたしは悲鳴を上げて右手をブンブン振り回し、それを払いのける。  ななななななっ!? 「大丈夫か? ミナ」  上から声をかけられて――ふと気がつけば――レオンがあたしをお姫様抱っこした状態で覗き込んでいる。  あたしはもっかい悲鳴を上げた。  爆発の衝撃を耐えるのに必死で忘れていたが、そういえばなんだか助けてもらったのだということを思い出し、レオンの腕から転げ落ちたあたしは、気を取り直して彼に御礼を告げた。 「そこまで驚かなくったって……」 「いや、本当、すっかり意識の彼方にすっ飛んでたから、背後にいてびっくりした。というか、いつ戻ってきたの?」  確認すれば、レオンはダッドの手首を切り落として、あたしを助けてくれたのだという。ってことは、あの手はダッドの……。いやいや、これ以上考えたくない。 「お前がなんか男に手首掴まれた辺り。あ、食べ物はちゃんとメルに預けてきたから大丈夫だと思うぞ」 「いや、そこじゃなくて……って、メルはっ!?」  あの爆発に巻き込まれちゃいないだろうが。あたしが広場に視線を走らせると、噴水の丁度向こう側に、メルの頭が見えた。 「メルっ!」  剣を収めながらメルの方に小走りに移動すると、メルはレオンに渡されたであろう、食べ物の紙袋を抱えて蹲っていた。  見たところ外傷はなさそうだが……ん?  噴水の影だからだろうか? 爆発の砂塵の跡が、うまくメルを避ける形で残っている。  多少気にはなるが、ひとまずそれは置いておいて、あたしは、彼女に怪我がないかを確認する。 「メル、大丈夫だった? 怪我してない?」  あたしが声をかけると、メルがゆるゆると顔を上げる。あたしとレオンの顔を確認すると、一つ頷いた。 「ならよかった」  メルが無事なのを確認して一安心すると、レオンが「ところで」と話題を変えてくる。 「さっきの男、なんだったんだ?」  レオンの方を向けば、爆発があった辺りを見つめている。あたしもそちらの方を見ながら、事の次第を説明した。 「さっきの男――ダッドって名乗ってたけど」 「ダッド……って昨日の? 全然見た目が違った気がするんだが」  レオンもそう言うってことは、見た目が完全に別人なのは間違いないだろう。 「まあ、それはあたしもそう思ったけど。そこはよくわかんないから、とりあえずダッドと仮定して話を進めるわよ。  あいつが召喚した《人喰屍|グール》を華麗に倒したあたしは、レオンが見た通り手首を掴まれて捕まってたわけだけど、レオンが助けてくれた直後、自分を中心に爆発する魔術を使ったのよ」  その証拠に、石で舗装された広場の地面は、爆発の衝撃でダッドがいた場所あたりが砕け、下の土がむき出しになっているし、砕けた欠片はあちこちに飛び散っているし、よく見れば近くの建物の窓にはヒビが入ったり割れたりしているものも見える。  なんというか、広場は散々たる有様となっていた。  あの術はそもそも、対象を中心に爆発を起こすものだが、爆発させるモノや爆発の威力は術者の意思で自由に変えられる。というか、普通は自分以外のモノに対して使用する。決して自殺志願者御用達の魔術ではない。  ただ、使おうと思えば自分を中心に爆発させることもできる、というだけのことだ。 「それじゃあ、あの男は」 「自分を爆発させたようなもんよ? 当然死んでるわよ。あれで生きてたら、もはや人間じゃないって」 「……じゃあ、あの辺に見える黒い染みって」 「それ以上言わないで! 折角見て見ぬふりしてるんだからっ!」 「てことはやっぱり」 「うっさい!」  あたしはメルの抱える紙袋から適当に紙に包まれた食べ物を掴むと、問答無用でレオンの口に突っ込んだ。  レオンが言いたいのは、まあ要するに、それがダッドの成れの果てだということなのだが……。これからご飯って時にわざわざ口で言わなくたっていいでしょ、そんなの。ご飯じゃなくたって嫌だけど。  と、あたしがレオンに対して腹を立てていると、突然服の裾を引かれる。引っ張られた方を見ると、メルがあたしを見上げていた。  あたしが気付いたのを確認すると、つい、と視線を広場の外の方に滑らせた。つられて視線を移動させるあたし。  先程の爆発音に引き寄せられたのか、野次馬たちがざわついて広場の中を遠巻きに見ているが、はて……?  あ。  その野次馬の囲いのさらに向こうに甲冑姿の集まりが見えた。どうもメルはこれを伝えたかったらしい。 「衛兵がこっち来る」 「げっ。捕まる前にここ離れるぞ」  なんで? と聞く前にメルを抱えたレオンが、衛兵たちのいる方角とは逆方向に走り出しているので、あたしもそれに大人しく続く。 「なんかまずいの?」 「お前、あれちゃんと説明して「自分は悪くありません」って証明できるか? 相手がいないのに」  あたしはレオンの言葉を咀嚼して考え……。 「無理ね」  という結論に至った。  相手が爆散して死んでる時点で、潔白な無実の証明はできない気がする。 「だろ? まあ、できた所で何日この町に足止めされるか……」 「その間って、やっぱり牢屋生活……とかってのになるわけ?」 「なるだろうな。まず、町に実害が出てるわけだから」  興味で聞いてみたら、そんな答えが返ってくる。  ああ、確かに。壊したのあたしじゃないけど、確かに町の一部は壊れてる。何件か窓も割れちゃってたし。 「んじゃ、ここで衛兵に捕まったら、相当面倒なことになるってわけね」 「そういうことだ。もういっそ町を出るぞ」  あたしとレオンは人混みをかき分け、混ざりながら、町の外を一目散に目指した。 「で、ここどこ?」 「オレに聞くなよ」  町を出てしばらく行ったところで休憩にしたあたしたちは、レオンが買ってきてくれたホットドッグで、お昼にはちょっと遅い昼食をとっていた。  ぱくり、と一口齧って咀嚼し、飲み下してからあたしが聞けば、当たり前のようなレオンの返答。せめてもう少し気を利かせて答えて欲しい。疲れてるんだから。  が、まあ、方向音痴の彼だから、本当にわかってないんだろうし。  その彼とあたしの間に腰を下ろしたメルは、美味しそうにホットドッグを頬張っている。  ――宿屋でご飯食べてた時もなんとなく目が輝いていたよーな気がしたけど、気のせいじゃなかったか……?  ご飯時だけ感情が表に出ているというかなんというか。普段無表情で動作も少ない分、なんだかこういう反応があると、どこか安心する。  メルの観察もとりあえず、何をするにしても先に食べてしまおうと、食べ始めたホットドッグを三つほど平らげ、あたしは自分の荷物の中から地図を取り出した。先程の町で新品を購入しておいたのである。  まずは基準となるハルベス村を探して、そこから先程の町を探す。  持っているのは大陸の南側の一部、今いる国を中心とした地図だが、ぶっちゃけ大陸の中央から北は左右に大きく伸びた山脈で完全に分断されていて、ほぼ行く機会はないだろう。なんせ、その山脈はこの大陸の中で一番の標高を持っているらしく、さらにその山々には《竜|ドラゴン》たちが棲みついているのだ。  友好的な《竜|ドラゴン》たちだけならいいが、縄張り意識も強くて、そういうわけにもいかないらしく、乗り越えて行こうなんて人はまずいないし、聞いたこともない。  まあ、そんなわけで、《竜の山脈|ドラゴンズ・ライン》より上は、あたしたち南大陸に住む人たちにとっては未知の世界だったりする。  その大陸南側の地図の北の部分――つまり《竜の山脈|ドラゴンズ・ライン》に近い部分にハルベス村は位置している。と言っても、山脈とは結構距離があるけど。  そして、ハルベス村の囲う森を南側に抜けたところを通っている、東西に伸びる街道を東に向かうと、先程の町――トレイトタウンと地図には書いてある――がある。  今いる場所は更にそこから南東の位置になる。  ということは、あたし達は今、隣の国のレイソナルシティに続く南東の街道にいるらしい。 「本当は、トレイトタウン南側のアルカスの森を抜けて、ソレイユシティに行きたかったけど、レイソナルシティを経由してソレイユシティに向かうしかないわね」  レイソナルシティ南西から伸びる街道がソレイユシティに続いているのを確認して、あたしはキープしておいた四つ目のホットドッグに齧りつく。 「ソレイユシティに向かうのか?」  あたしが地図を確認している間に食べ終わったレオンは、一緒に買った携帯飲料を飲んでいる。 「メルの聞き込み、アルカスの森で保護して、トレイトタウンで当たりがなかった、ってことは、あと心当たりがあるのは、アルカスの森経由のソレイユシティに続く街道沿いじゃない。もしかしたらソレイユシティかもしれないし」 「ああ、そういうことか。だったら、森突っ切って向こうの街道に出たらどうだ?」  レオンはあたしが広げた地図に手を伸ばし、今いる場所からアルカスの森を突っ切って、本来行きたかった街道へと、人差し指で一つ直線を引く。 「そんなことしたら、街道へ抜ける前に迷うわよ! まさか今までそんなノリで歩いて、道に迷ったりしてないわよね?」 「毎回はしてないぞ」  毎回じゃなきゃしてんのかい。方向音痴以前の問題が見え隠れしてきてるんだけど、本当に彼、今までどうやって旅してきたんだろう……。 「とにかく、レイソナルシティを経由するとして、国境越えって初めてなんだけど、なんかめんどくさい手続きとかあったりするの?」  隣国、という言葉通りレイソナルシティに入るには国を跨ぐ必要がある。  あたしたちが今いる国はソレイユシティを王都とする、ソレイユ王国。かたや、今から向かうレイソナルシティはアルバートシティを王都とするアルデルト王国だ。 「別に。国境に関所があるから、怪しまれなきゃそこで軽い手続き――署名とかするだけのやつな――をして終わりだよ」  さすがに道に迷ってもちゃんと利用したことがあるらしい。レオンはなんてことない、と言わんばかりに軽く説明してくれた。 「ただ、それで足止めされるから、待ち行列はできる」  あ、これ、待つ方が疲れるやつだ。  ただ何をするでもなく待たされる、待たねばいけない状況になる、というのは結構な苦痛である。向こうも国の安全の為だろうし、文句も言えないのだが。 「まあ、それは仕方ないし。ご飯食べ終わったら先に進みましょ」 「そうだな。中途半端な時間に町を出たから、次の宿場まで急がないと」  そういえば、レイソナルシティまでって、どのくらいの日数がかかるんだろう。レオンに聞いても期待できる答えなんて返ってこないだろうし……。  まあ、宿屋が見つかったら、そこで聞いてみよう。 「メルは疲れたらいつでも、レオンにおんぶでも抱っこでもされてていいからね」  メルの体力も気遣いつつ、お昼を終えたあたしたちは、レイソナルシティを目指して歩き始める。街道途中にある宿屋を見つけたのは、日が沈んで結構時間が経ってからだった。  まだ一階が酒場として機能していたので、窓から漏れる灯りでなんとか辿り着けた。部屋が空いているかを確認したら、一室なら空いている、とのことで仕方なく三人一緒の部屋で寝ることになる。屋根のある場所で寝られるだけありがたい。 「あ、そうだおじちゃん。ここからレイソナルシティまでって、どのくらいかかるもの?」  ついでに下の酒場で食事を取りつつ――あ、酒場って言っても、お酒は飲んでないわよ――あたしは料理を運んできてくれた酒場のマスターに、懸念していたことを確認する。 「そうさな。ここはまだトレイトタウンに近いとこにあるし、まあここから中間にある一番大きな宿場町まで三日、レイソナルシティまで大体十日ってとこじゃないかね。なんだい、レイソナルシティに行くのかい? お嬢ちゃん達」 「うんそう。ちょっと色々あって、レイソナルシティ経由で、ソレイユシティに行こうと思ってて」  大雑把に事情を省略して、あたしは酒場の主人に行き先を告げる。 「ほー。めんどくさい道順で行くね。トレイトから来たなら、そのまま南下しちまった方が早かったろうに」  あたしだってそうしたかったわよ――という言葉は飲み込んで、あたしは愛想笑いで受け応える。  それをどう受け取ったのかは知らないが、おじちゃんは唐突に話題を変えてくる。 「それはそうと、お前さん方。見た感じ、子連れの夫婦か何かかい?」  ぶっ――!!︎  あたしとレオンは盛大に吹き出した。  思わず立ち上がって酒場の主人に詰めよるあたし。 「どこをどうしたらそう見えんのよ! この歳でこんな大きい子いたら、それこそ大問題でしょーよ!?︎」  怒って喚き立てるあたしを、レオンがどうどうと座らせ(あたしは馬か!)、代わりにおっちゃんに説明する。 「ただの仕事仲間だよ。今、この子の身寄りを探していてさ。マスターはこの子に見覚えはあったりしないか? 誰か宿泊していった客が探していた、とかでもいいんだが」  おおナイス! さらっと情報収集にまで話を持っていくとは。 「なんだ、そうかい。いや、兄妹にしちゃ似てねーし、家族にしちゃ赤髪の嬢ちゃんが若く見えるし、でも以前年齢の割に見た目が若い人も見たことあるし……と悩んだが……」  だったらどうして、夫婦の方で聞いてきたんだ。せめて兄妹で聞いてくれ、冗談じゃない。  酒場の主人は顎に手を添えながら記憶を辿っているようだが、メルのことについては「悪いが知らないねぇ」とのことだった。 「ま、レイソナルシティは二つの国と接している国境沿いの大きな街で、交通の要の街だからな。そこで聴き込めば一人くらい知ってる奴がいるかもしれねえよ。  せっかく立ち寄るなら、三国の料理やら、珍しい物品やら見れるかもしれないし、ついでに楽しんできな」  それだけ言うと、酒場の主人はあたしたちのテーブルを後にする。  先に引き止めたのはあたしだけど、なんだったんだ、あのおっちゃん。 「こっちは子守なんだから、夫婦はないよなぁ……」  カップ半分だけ注いでもらった麦芽酒片手に、小さくブツブツ呟いてるから独り言なんだろうけど、聞こえてるぞ、レオン。  それにしても、三国の文化が混ざり合う街、かー。その言葉の響きだけで、なんだかそそるものがある。  アルデルト王国のレイソナルシティには、ソレイユ王国だけでなく、ヴォルティック帝国が隣接しているのだ。ソレイユ王国もヴォルティック帝国も南大陸北側にある国だが、どういう文化の違いがあるんだろうか。  そんなことを想像しながら、あたしはクリームシチュー三人前にパンとサラダとスイカズラの実のジュースを平らげて、部屋に戻った。  部屋は二人部屋で、扉の真正面に窓一つ。扉脇の部屋の隅には宿屋の気遣いか、花瓶に花が活けられており、その向かいの隅には鏡台が置かれている。壁にはコートや防具がかけられるような突起がつけられていた。 「問題は誰がベッドを使うか、よね……」  そう。三人部屋ではないので、当然ベッドは二つしかない。  一人分の掛け布団とシーツが手前のベッドに置かれているが、これは「一人は床で寝ろ」という宿屋側の主張だろう。  いや、用意してくれただけ親切なんだろう、きっと。  ともかく一つはメルに譲るとして、残り一つの争奪戦――。 「ベッドはミナとメルで使ってくれていいぞ。オレは床で寝るから。ちゃんと掛け布団は人数分用意してくれたみたいだし」  あたしが、ごくり、と覚悟を決めようとした途端の、レオンの神の声である。  あたしは驚いて 「えっ、いいの?」  と声を上げていた。  な、なんて優しいの!――とあたしが感動しているのもつかの間、彼は譲ってくれた理由をこう教えてくれた。 「オレ、昔からベッドって苦手だから、床の方が寝れるんだよな。だから、気にしないで使ってくれ」  ……うっそでしょ…………。こ、この世にふかっふかのベッドよりも、堅くて痛〜い床の方が好きな人間がいるなんて……。 「え、遠慮してるわけじゃなくて?」  信じられなかったあたしは、思わずそう確認してしまった。しかし彼は「ホントホント」と否定しない上に、言ってるそばから慣れた仕草で床にごろ寝を始める始末。  ……ヤバイ。これは軽く今までで一番のカルチャーショックだわ……。  ◇ ◆ ◇  それから三日後。時刻は日がだいぶ傾いてきている頃。トレイトのような妙な出来事もなく、平穏無事に、あたしたちは、トレイトタウンとレイソナルシティの間にある、一番大きな宿場町だというケルディアタウンに辿り着いていた。  もちろん道中、メルを知っている人間を探しながら来たが、一人として出会わなかった。  さて、このケルディアタウン、名前こそ町だが、広さでいえばトレイトタウンよりも広く、大きいらしい。これでも、主要な街に比べたら小さいというのだから、これから向かうレイソナルシティはどれだけ大きいのだろう。 「あ、武器屋さん」  宿屋を探して町を歩いていると、あたしは武器屋の看板を見つけて思わず足を止める。  年季の入った青銅色をした外壁に、細工の入った窓に挟まれた人が一人通れる大きさのベル付きの片開きの扉。扉にはめ込まれているガラスは、曇りガラスでただの明り取りか、飾りのようだ。左右の窓から中を覗き込むも、窓側にも物が置かれて塞がれているため店内の広さはよくわからないが、少なくとも大小様々な種類の剣や槍、《戦斧|バトルアックス》に《全身鎧|オートメイル》などが飾ってあるのが垣間見えた。 「寄るか?」  隣を歩いていたレオンが、足を止めて聞いてくれる。 「うーん。寄りたいけど……、先に宿屋探したほうがいいわよね」 「ついでに場所を聞いたら、早そうだけどな」  あーそれは、確かに。  レオンの提案にあたしは、納得し、 「それじゃあ、ちょっとだけ、いい?」  と許可を取る。 「用がないと暇なだけかもしれないけど。なんなら、メルと外で待っててくれてもいいし」 「下手に別れるほうが怖いから」  レオンはそう言って、さっさとお店の入り口を開けている。前より自覚出てきた……?  なんて邪推するものの、あたしはお言葉に甘えて武器屋で買い物をさせてもらうこととする。  目的は隠しナイフである。消耗した分を補給したいのはモチロンだが、実のところ、村を出た時点で胴巻に空きはあったので、ずーっと欲しかったのである。いいものがあればいいけれど。  店に入れば、さして広くも見えない店内に、所狭しと武器やら防具やらが並べられている。初見はその量に圧倒されてしまうが、よく見れば一応種類ごとに分けて置かれているようだ。  出入り口から見て右奥に、よく見ればカウンターがある。眉間にシワを寄せ、口を真一文字にした頑固そうな男が、そこからこちらを見ていた。恐らく、この店の店主だろう。 「……いらっしゃい」  ほら、声も硬いし、反応が気難しそうだぞ。 「こんにちは。ここって、隠し武器とかも扱ってる?」  店主は、あたしを上から下までじっくり眺めてから、表情を変えずに口を開く。 「そっちの男じゃなく、お前さんが使うのかい?」 「そうだけど、なにか問題が?」  あたしが聞き返すと、店主はカウンターから立ち上がりながら答えた。 「うちで扱ってんのは、子供の遊び道具じゃねえよ、って思っただけだ」  むっかっ。あたしは何回子供扱いされんきゃならんのだ! それも、初対面の人間に!! 「失礼ですけど、あたしもこれで、立派な戦士なわけでして」  売ってもらえなくなるのは困るので、あたしはそれでも自制する。しかし、あたしのその心ばかりの反論は、店主に鼻で笑われた。 「オレはてっきり走り出しの大道芸人かと思ったよ。そういうのは、もう少し連れの男並みに実戦経験を積んでから言うんだな。客としては扱ってやるが」  このおっさん、なんで、あたしよりレオンのほうが実戦経験多いってわかったんだろうか。それを聞き返すまでもなく、店主は店の奥に姿を消している。  しかし、偉そうに人を見下しやがって……! これで、ろくでもない武器を勧めてきたら躊躇なくぶん殴ってやる。  あたしが内心で憤っている間にも、店主は奥から箱を二、三個抱えて戻ってくる。 「うちで扱ってるので、お前さんにも扱えそうな隠し武器はこの辺だな。欲しいのはあるかい?」  店主はカウンターの上に箱を並べると、フタを開けて中を見せてくれる。中に並べられていたのは、あたしの欲しい隠しナイフの他に、針や寸鉄、パッと見武器にすら見えないものまで並んでいる。  これ、本当の暗器ってやつじゃ……。  とりあえず、そういう暗器には今のところ用がないので、あたしは、ほぼ刃物部分だけで持ち手が少ないタイプの隠しナイフを指差し、店主に尋ねる。 「あたしが欲しいのはこのタイプの隠しナイフだけど……触ってみてもいい?」 「壊すんじゃねえぞ」  店主の許可を得て、あたしはその隠しナイフを手にとって眺める。こっそりと魔力を送って反応を確かめてみるが、悪くない反応が返ってきた。魔力の通り方、耐久、魔力の保持――その他もろもろ、私の魔力との相性は良さそうだ。  ふむふむ。まあ、使い捨てだし悪くはないかなー。 「この隠しナイフ、あと、いくつくらいあるの? できれば、十本くらい欲しいんだけど」 「用途は聞かんが、扱いには気をつけろ」  どうやらあるらしい。店主はもう一度奥に引っ込んだ。  しかしなんでこう、返事が捻くれて返ってくるかな……。  店主が奥からまた箱を二つ抱えて戻ってくる。隠しナイフの入っていなかった箱はカウンターの上から片付けられ、そこに、新しく運んできた箱が並べられた。その中には、同じタイプの隠しナイフがずらりと並べられている。 「選びな」 「じゃあ、触るわね」  宣言してから、あたしは一つ一つ隠しナイフを確認していく。魔力相性がいいことが第一条件で、斬れ味はまあ、あとでどうとでもなる。  魔力を通してその反応を見るだけの作業ではあるが、これだけあると、さすがにバラツキが結構ある。最初に見たのは、まずまずいい方だったかもしれない。  あるものは、魔力回路が外にも複数繋がっているのか、魔力が通る感覚はあるものの、暖簾を腕押ししているように手応えがない。勝手に魔力が放出されるようでは、魔力を込め続けるには向いていない。  あるものは、魔力回路は細いし、魔力許容量も小さくて、通しにくさを感じながら魔力を送ってみても、すぐにどん詰まりになる。とても魔術の媒体に使えるものではない。使っても大して威力を発揮してくれないだろう。  あるものは、魔力回路は太いが、剣そのものの魔力耐久がなさすぎて、うっかり壊すかと思った。当然、これも魔術の媒体には使えたもんじゃない。  その他エトセトラ……とあるが、これだけ数があると、魔力回路のバランスの当たり外れが大きいことが、改めてよくわかる。これが見た目でパッとわかれば、選別作業に苦労しないのになぁ。  脳内で愚痴を吐き出していても仕方がないが、繊細かつ単純な作業をようやく終えて、あたしはなんとか十本のナイフを選出する。 「それじゃ、これで。全部でいくら?」  店主は、あたしの選んだナイフを確認して、なぜかメルに声をかけた。 「そっちの子には、何も買わないのかい」  レオンの影に隠れるようにして突っ立っていたメルは、店主に話しかけられても、何の反応も示さない。 「この子のことか?」  レオンが一応、メルを示して確認した。店主は「おう」と頷く。 「彼じゃなくて、この子に? なんで?」  レオンは腰に剣を提げているから、武器屋に用があるのはわかるのだが、メルはそう言った武器は持っていない。 「そういう臭いがする」 「そういうって……どういう?」  全く意味の分からない答えに、あたしは反射的に聞き返していた。 「言葉にするのは、難しいな……。そうだな、そっちの剣士の男にゃ、死線を掻い潜ってきたっていう臭いがするが、お前さんにはしない。だが、まあ、店に入ってきた時の所作から、鍛錬は積んでるってのはわかったから、客としては扱ってやった」  あ、もしかしてさっき「連れの男並みに実戦経験を積んでから」って言っていたのは、そういう意味だったのか。  店主はメルに視線を据えて、言葉を続ける。 「そっちの小娘は、お前さんよりはそういう死線を潜っている臭いがする」  その言葉に、あたしとレオンは、思わずメルの方を見ていた。  どうせ田舎の武器屋の店主の戯言――と打ち捨てるのは簡単だが、無視できないなにかを、あたしも、レオンも、メルから感じ取っていたからだろう。  ◇ ◆ ◇  結局あたしの武器だけを購入し、教えてもらった近くの宿屋にあたしたちは向かっていた。  あたしは先頭を歩きながら、先程の店主の様子を思い出す。 「さっきの武器屋の店主、もしかして《霊能力者|サイキッカー》だったのかなぁ」  見えないものを視る能力者の逸話と先程の店主の様子が似通っているのに、店を出た後に気付き、我知らずそんな言葉をこぼしていた。 「さいきっかー? それは、なんなんだ?」  あ、知らないか。歩みは止めず、肩越しに振り返ってみると、彼は疑問符を顔いっぱいに貼り付けている。  まあ、魔術師の間でも研究対象としてはマイナー分野らしいし、魔術師じゃない人なら尚更知らないかも。 「霊を視る能力者、と書いて《霊視能力者|サイキッカー》よ」 「霊……って、《幽霊|ゴースト》のことか?」  あたしの答えに、あまりピンときていないようだ。まあ、《幽霊|ゴースト》のことも霊と端的に呼ばれたりするので、紛らわしいっちゃ紛らわしいが、この霊はその霊とはちょっと意味合いが異なっている。 「《幽霊|ゴースト》なら自分でも見ることがある、って言いたいんでしょ。違うわよ。それだったら、特別な呼称なんて必要ないわ。  ここでいう霊ってのは、生き物の《霊|エーテル》体のことよ。《霊|エーテル》体はわかる?」  レオンは首を横に振る。 「なあそれ、長くなる話か?」  間髪入れずに問われて「うーん?」と考える。 「長くなるかも」 「じゃあ、飯の時でいいか?」  レオンが足を止めたので、あたしもメルも倣うように足を止める。 「なんで?」 「そこ、さっきの武器屋の旦那が言ってた宿屋だろ」  レオンがつい、と指差す方角を見れば、話している間に、あたしたちは宿屋の前に到着していた。  ◇ ◆ ◇  部屋を取り、食堂に移動して注文してから水を一口。あたしは説明の続きを始めた。 「じゃあ、さっきの説明の続きだけど。  人……というか、生物は、肉体と《霊|エーテル》体と、《精神|アストラル》体からできている、と言われているの」 「あー……なんか、火の魔術の説明をしてもらった時に話してた、あれか?」  お、覚えてたのか。それなら話が早い。 「そうそう、それ。《幽霊|ゴースト》はわかるわよね。あれは肉体がない、《霊|エーテル》体と《精神|アストラル》体だけの存在だと言われているの。あれ、普通の剣じゃ攻撃が通らないんでしょ?」 「効かないから相手にするのは避けるな。魔法剣か、聖職者が使う魔術じゃないと、どうにかできないんだろ。オレもそうしているのしか見たことない」  レオンの体験談に、あたしはふむふむと首を縦に揺らす。  さすがに、村の森の周りに《幽霊|ゴースト》が出るってことはない。知識としてしか知らないので、そういう彼の体験談はあたし個人としては興味深い。 「肉体は、文字通り物理的に存在する、生身の身体のこと。《幽霊|ゴースト》はそれがないから、基本的に物理的な攻撃力しか持たない剣じゃ、攻撃してもダメージを与えられないの。  《霊|エーテル》体は、肉体と《精神|アストラル》体を繋ぐもので、人が生きるための活力、生命体ってところね。《幽霊|ゴースト》の形として見えるのは、この《霊|エーテル》体の部分って言われているの。  で、最後の《精神|アストラル》体は、人間の感情を持っている部分って言われているわ。これは、《幽霊|ゴースト》を見ても視えない部分。《幽霊|ゴースト》を見ても、何考えてるか、とか、どういう感情が働いてるか、ってのはわからないでしょ? 《精神|アストラル》体ってのはそういうこと」  レオンは虚空を見つめて唸っている。  うーん、《幽霊|ゴースト》を例にしたけど、逆にわかりにくかったかしら? 「その、エーテル体ってのは、死んだらなくなるわけじゃないのか? 活力とか、生命体とか言っていたけど」 「読んだ話じゃ、死んでもしばらくはなくならないそうよ」 「よくわからんが、そういうもんなのか……」  レオンは気のない返事をする。大丈夫かなー? 「他に質問ないなら話戻すけど、この中で、《霊|エーテル》体と《精神|アストラル》体は通常、見ることはできないと言われているのよ」 「ん? さっきの《幽霊|ゴースト》は?」  うむ、当然の疑問である。  《幽霊|ゴースト》は普通の人にも見えることがほとんどらしいし、レオンも見たことがあると言っていた。今の説明では彼の経験上、見えてしまってはおかしい。  ちゃんとそこに気づくとはエライエライ。 「あれは特別ね。肉体を失って、《幽霊|ゴースト》自体が生きてる人間に姿を見せようと働きかけている結果、偶然的に見えているだけで、本来は見えないものなんだとか。特に、生きてる人間の肉体以外を目視することは、できないそうよ。生きてる人の周りにオーラみたいなものって、見たことないでしょ?」  このオーラがいわゆる《霊|エーテル》体と言われているやつらしいのだが、これに限れば、武芸の達人とかになると視れなくとも、気配として感じることができる、と唱えている人もいる。それはさすがに、どうなんだろう……?  あたしの確認に、レオンが少し考えて、曖昧に頷く。 「たぶん、ないな」 「それが相手の生死問わずに視えてしまうのが、《霊視能力者|サイキッカー》の特異性なのよ。でもね、通常の《霊視能力者|サイキッカー》と呼ばれる人も、《霊|エーテル》体は視れても、《精神|アストラル》体までは、はっきりと視えないそうよ。  じゃあ、なんでその三つで成り立っていると言われているのかって話になるんだけど、昔から『生き物は肉体と魂で構成されている』って考え方があるのは知ってる?」  あたしの確認に「それは聞いたことある」と、レオン。  さすがに知ってるか。昔っからある概念みたいなものだし。 「その考えにメスを入れて、さらに詳細に分類した人がいて、その人が、生き物は『肉体と霊体と精神体の三つで構成されている』と唱えたそうよ。この場合、魂を霊体と精神体に分けたというわけね。それを唱えた人が、《霊視能力者|サイキッカー》の第一人者、アウストラーという人なんだけど、もうずっと昔の故人よ。  歴史上に名を残す《霊視能力者|サイキッカー》なんだけど、その人は、生きている人間の《霊|エーテル》体も《精神|アストラル》体もはっきりと視えたって言われているわ。だから、そんなことを言い出したらしいんだけど、まあ、誰も同じ世界を視たことがないから、世間の反応は半信半疑だったって話よ」  当然っちゃ当然である。自分の目に映らない存在を信じろ、っていう方が難しい。  それでも、魔術学会で扱われているのは、その真偽を確かめる意味合いが強いのだろう。少なからず、彼の説は正しいと肯定する《霊視能力者|サイキッカー》は存在しているそうだし。 「……なんだか、難しい世界だな……」  あたしの説明を聞き終えたレオンは、一言ぼそりと、そう漏らす。  あたしはそれに同意する。 「まあねぇ。『誰も同じ世界を視たことがない』って言ったけど、実際、魔術師学会で把握している《霊視能力者|サイキッカー》の数って少ないのよ。この手の研究、《霊視能力者|サイキッカー》じゃないと確認しようがないのに、そんな感じだから研究の進み具合もお察しってところ」  研究する人がいないと研究は進められないが、進められる素質ある人が進めようとしないのだ。話を聞いた時は、見事な悪循環だなーと思ったものである。 「それで、なんで武器屋の旦那がそれだと思ったんだ? お前は」  ここまで説明して、ようやく話が頭に戻った。  あたしは歩きながら思い出した話をレオンに説明する。 「《霊視能力者|サイキッカー》って、《霊|エーテル》体からいろいろと情報を読み取れるって話を思い出してね。話じゃ、その有名な《霊視能力者|サイキッカー》さんとかは、相手の考えていることをピタリと当てた、寿命をピタリと当てた、なんて逸話も残っているらしいし」  まあ、伝承なので、どこまでが本当の話か、なんてのはわからないのだけど。 「だから、もしかしてあの店主のおじさんも、そういうのを視て『臭いがする』なんて表現を使ったのかなーと思ってね。  ま、そういう意味でも《霊視能力|サイキック》ってのは特殊すぎて、昔からあまり周りの理解を得られないそうよ。だから、口を閉ざして《霊視能力者|サイキッカー》であることを隠す人が多いんだって」  だから、魔術学会で把握してる数が少ないわけだが。  しかし、レオンもこの様子じゃ、まだまだ《霊視能力|サイキック》ってのは、認知されてなさそうだ。この分野、いましばらくは前途多難そうである。  話が一区切りした辺りで、ちょうどよく、テーブルに料理が運ばれてきた。  あたしが今日頼んだのは、牛肉と茎ニンニクの炒め物をメインとした、ポテトサラダにオニオンメスープ、季節のアイスのセット、二人前だ。レオンはあたしと同じもの、メルはオムレツのセットだ。念のため付け加えるが、二人は一人前である。  料理が全て並び終わるのを待って、あたしはレオンに確認する。 「とりあえず、《霊視能力者|サイキッカー》については、わかった?」 「どうだろうなぁ……。なんとなく、かなぁ。せっかく長々と説明してもらって悪いんだが」 「別にいいわよ。あたしもこの手の話、最初わけわかんなかったし。いきなり全部を覚えろとは言わないわよ。理解しようとするだけ立派だと思うし」  あたしも歳を経て、あれこれ魔術師の本を読み漁って、ようやく段々とそーゆうもんなのだと思うようになったくらいだし。 「ま、長話はこの辺にして、冷めないうちにいただきましょ♪」  話を締めくくると、できたてほかほか、白い湯気をたてるおかずたちに、あたしはフォークを突き立てた。
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