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 四、本当の敵は、誰?  トレイトタウンを出てからケルディアタウンまでは、目立った戦闘もなく平和な旅が続いていた。あったといったら、遠目に《小人|ホビット》を見かけたくらいだろうか。  ところが次の日、ケルディアタウンを立ったその日の午後。なんと、無遠慮にあたしたちの行く手を遮る奴らが現れたのだ。  町を立ち、川沿いでお昼休憩をいれ、再びレイソナルシティへ続く街道を歩き始めて小一時間。辺りにすれ違う人もいなくなった頃のことだった。 「よう、お嬢ちゃん。久しぶりだな」  見知らぬ《破落戸|ごろつき》たちが、あたしたちの前に立ちはだかったのだ。その数二十人ほど。男たちの粗野な服装がいかにも「オレたち盗賊です」と主張している。  当然だが「久しぶり」と言われても、あたしに盗賊の知り合いは、いないわけで。 「レオン、知り合い?」  小声でレオンに振れば、彼は首を横に振りながら 「いんや。オレ、そもそも嬢ちゃんじゃねえし」  と答える。 「え、じゃあまさかメル?」  ひそひそと話し合うあたしとレオン。メルは無反応。 「ミナじゃないのか?」 「全然知らない」  さて、あたしもレオンも知らないとなると……無視しちゃダメかな?  だがそれは、相手の数を思い出して思いとどまる。無視して通り抜けるには、やや数が多い。 「なんだい、また忘れたってのかい?」  先頭に立って話しかけてきた破落戸が、再び声をかけてくる。  いやだから、こんなスキンヘッドにちょび髭生やしてるようなおっさんなんて、知らないってば。  でも「また」? 最近「忘れた」って単語はどこかで……また《忘れた》? 「まさか……ダッド、とか言わないわよね、あんた……」  ここ最近でこんな変な状況に遭遇したのは、ダッドの件しかない。  しかし、ダッドは目の前で自爆して、その末路も、あたしたちは目の当たりにしている。はっきり言って生きているはずがない――のだが、その破落戸は、はっきりとこう告げる。 「なんだ、覚えてるじゃないか。そうさ、ダッドさ。先日はまた世話になったな。てことで、今日こそはそのお嬢ちゃん、返してもらおうか」  理解不能な出来事に意識が遠くなりかけるが、あたしは頑張ってその場に踏みとどまる。 「ええと……、レオン。一般的にこういうことって、よくあるもんなの?」 「あってたまるか……。オレだってこういうケースは初めてだって……」  あ、やっぱりそうよね……。  あたしが井の中の蛙で、実はこういう出来事が日常茶飯事である……なんて言われた日には、ちょっと精神的に折れそうなので、レオンにそう言ってもらえると救いがある。  しかし、そうなると、今、目の前で起きてる出来事って、なんなのだろう……。 「んーとあの、毎回見るたび人相が全然違うんだけど、ダッドって、名前じゃなくて姓の方だったりするわけ? で、今までのは、全員兄弟だった、とか?」 「なに言ってんだい。ダッド様はダッド様よ。顔がちょっと違ぇくらいでぐだぐだ言ってんじゃねえ」  ちょっとじゃないからっ!  頑張って考えた推理は、いとも簡単に本人によって否定される。まだ毎回同じ顔が出てきて全部《人造人間|ホムンクルス》でした、なんて言われたほうが納得でき――ん?  あたしは自分で考えていて違和感を覚えるが、それが何かについてはピースが足りなく、わからない。  まあとにかく今わかっているのは。 「どうせイヤだって言ったら、じゃあ力づくで、ってなるのよね?」 「まあ、そうなるだろうなぁ」  ダッドがにたにたと含み笑いで答えれば、周りの破落戸どもも、それに応えるように刀やら鎖分銅やらを構え始める。  各々に武器なんぞ構えて、脅しのつもりなんだろうか?  あたしはレオンと困ったように顔を見合わせる。  レオンもいるし、こんなやつら二十人いても大した敵ではないのだが、はっきり言えばめんどくさい。  特に一番めんどくさくて厄介なのは、ダッドの召喚術である。今のところは何か呪文を唱えている様子はないようだが。  レオンが諦めたように軽く息を吐き、剣を鞘から抜きながらダッドに尋ねる。 「なあ、あんた。これで負けたらきっぱりこの女の子のことは諦めてくれないか?」 「悪いんだが、そいつは聞けねぇ」 「だったらせめて、同じ顔で出てきてくれ……紛らわしいし気味が悪い」 「それはまあ、考えておこう。保証はできねえが」  えっ……。考えておこうって、やろうと思えばできるの!?  ではやらない理由はなんなのか。本当、レオンの言うとおり、不気味ったらないから、そうしてくれるとありがたいんだけど……。  そんなことを考えながらも、同様に剣を構えつつ、あたしは口の中で呪文を唱え始める。 「すぐ片付けるから、メルは下がってろ」  レオンが優しく、メルを下がらせる。  空気が張り詰め、一触即発にまで膨らんだその瞬間。 「《雷撃覇|ティーブ・ラデュナート》」  あたしは剣に呪文をかけながら、杖の様にその剣を振るう。  ピシャン――ッ!  あたしの剣から稲妻の閃光が走り、適当に選んだ破落戸に盛大な音を立てて落ちる。と、同時に落ちた衝撃波が近くにいた破落戸たちを巻き込んでなぎ倒した。落雷地点に選んだ破落戸は、たぶん感電するだけですんでる……と思う。  衝撃波をくらってなぎ倒された破落戸たちは、地面を転がり呻き、起き上がる気配がない。  ――よし、これで残り半分! 「ちっ、人間じゃやっぱりこの程度か」  倒れた男たちを一瞥したダッドは舌打ちをすると、自らこちらに向かって踏み込んでくる。 「レオン! また何か召喚される前に!」 「わかってる!」  あたしが声をかける前にすでにレオンもダッドに向かって駆け出していた。  一気に間合いを詰めると、剣がぶつかり合い、白銀が散る。が、剣の腕は当然レオンの方が上!  軽くダッドの剣を絡め取ると、レオンは拳をダッドの鳩尾に容赦なく叩き込んだ。ダッドは蛙が潰れたような声を上げながら、肺の中の空気を無理やり押し出される。  うっわぁ、痛そう。  あたしもよく村で「反射的に急所を守れるようにする訓練」と称して、大人たちに鳩尾に入れられていたが、さすが人体急所の一つだけあって手加減されてもそらもう、しばらく動けないくらいにはダメージが入る。あれは二度とやりたくないし、やられたくないもんである。  ダッドが鳩尾のダメージで背中を丸めた隙きを突いて、レオンの手刀がダッドの首筋に入った。  これで完全に落ちたかと思いきや、意外と頑丈なのか、ダッドは目だけでレオンをギロリと睨んでいる。そこに破落戸が数人がかりでレオンに挑みかかり、彼はダッドから引き離された。  惜しい!  ダッドさえ落としてしまえば、後はもうどうとでもなるというのに。  そうこうしているうちに、先ほどとは違う呪文を唱え終わったあたしは、ダッドの方に駆けながらそれを自分の剣にかける。 「《衝電纏|トゥーブ・ニッツ》」  先程よりも威力の低い雷が剣を覆う。あたしはその状態で、ダッドまでの道を塞ぐ、手近な一人を剣の腹で殴りつける。  バチン――と、先程よりも控えめに弾ける音がすると、男は気絶して力なく地面に倒れ込む。  よしよし。これなら、さっき使ったのよりも安全そうだ。  同じ《雷|いかづち》を利用した、《風精霊|ウィード》の力を借りた術なのだが、こっちは軽い電気ショックを起こすだけの低威力のもの。  一方、先程使った術は、剣に纏わせた雷撃を、衝撃波を伴いながら相手に落とす術なのだが、村の大人たちを相手にしていた経験で使ったら、思った以上に効果があって、ちょっと個人的にびっくりしてしまって。あの村、もしかして想像以上に常識離れしてるんじゃ……。  自分が数日前まで暮らしていた故郷に、背筋を薄ら寒くしながらも、あたしはいまだ蹲るダッドまでたどり着くと、先ほどと同じ要領で剣を叩き込む。  一瞬、身体を硬直させると、ダッドは今度こそ本当に気絶した。  よっし!  内心ガッツポーズをとりつつ、周囲を確認すると、二十人もいたはずの破落戸もわずか三人を残すのみとなっていた。  あたしはその破落戸三人に、雷を纏わせたままの剣の切っ先を向ける。 「で、後はあんたたちだけだけど、どうする? まだやる?」  さり気なくレオンも距離を詰めてくれている。  ――予想通り、残り三人は悲鳴を上げて、その場をすたこらさっさと逃げていった。 「終わったー!」  術を解いてあたしは「ああ、スッキリ」とバンザイすると、水を差すようにレオンが後ろから小突いてくる。 「言ってないで、こいつら縛り上げるの手伝えって」  わかってるけど、少しは勝利の余韻に浸してくれたっていいじゃない……。  文句は思うも、口には出さない。もちろん、大人だから!  こほん。それはともかく、さっさと縛り上げてこいつらから距離を取らなければ。あたしとレオンの二人で、ダッドと破落戸をその辺の木に縛り付ける。  その時、あたしは少しだけ思いついて、気絶しているダッドの首筋に指を添えてみた。  ――これは……。 「ミナ、行くぞ」 「いま行く」  呼ばれたあたしは、ダッドから離れてレオンとメルと合流する。 「なにしてたんだ?」 「んまあ、ちょっと気になることがあってね。話は後で。とにかく、先を急ぎましょう」  違和感を感じたのが間違いではなかったのは、確認して確信へと変わった。この場所でぺらぺら予想を喋ろうものなら、ダッドに聞かれる可能性もあるし、それはこっちの得にはならなそうだ。  後でちゃんと教えるから、と伝えて次の宿まで歩き始めたが、そのことについて改めて聞かれたのは宿屋に着いて、一階で夕食をとっていた時のことだった。 「で、結局なにしてたんだ? あの時」  後で説明すると言った《張本人|あたし》が忘れていた。  が、その事はなるべく顔には出さずに、口の中の物を飲み込みながら頭の中を整理する。 「――あれね、ダッドの脈を確認してた」 「お前とうとう……」 「違うわよっ!」  レオンの顔つきが真面目になりかけたのを見てあたしは慌てて否定する。あたしの反応を見たレオンは「なんだ」と背もたれに寄りかかった。 「まあちょうどいいか。ちょっと気にはなってたし」 「なにが」  あたしはサラダの葉っぱを口に運びながらレオンの言葉に耳を傾ける。  ――このサラダ、ちょっと乾燥してない? 「トレイトで、ダッドを斬らなかった理由だよ」  レオンはそう言ってチキンステーキをひとかけら切り分けて口に入れる。  ……あー、手首掴まれた時のことかな?  深紫色の甘酸っぱいエピジュースで口の中を綺麗にしてから、あたしはその質問に答える。 「あれは……個人的に同じ人間の欠損はあんまり好きじゃないし、あの距離でやったら血がつきそうだったし」  これでも狩猟は村でやらされたので、動物を捌くのは一応平気だったりする。が、やはり同種となると、抵抗感というのは生まれるわけである。さすがに「切断してみろ」と、自ら練習台になる大人はいなかったし。  ――斬れ、とか言ってくるおっちゃん以外に、そんな奴いたら、あたしきっともう人生捨ててる。 「盗賊退治の時は結構大層なことを言ってた気がするけど、お優しいこったな。別に武器を握らない人間ならそれでいいんだろうけど」  レオンはそう言うが、遠回しな嫌味か、それは。  ジト目になるあたしを気にせずに、レオンは続けて聞いてくる。 「もう一つ。人を斬ったことはある、って言ってたが、人を殺したことは……たぶんないよな?」 「そりゃあね。故意に誰かを殺したことはないわよ」  あたしがつけた傷が原因で勝手に死んでたりするのは知らないけど。 「じゃあ、殺す覚悟は?」  まるで何気ない日常会話のように切り込んでくるなぁ、彼。  そんな彼は相変わらずチキンを切り分けては添えてある野菜と一緒に食べたり、パンを口でちぎって食べたりしている。 「できればそんな覚悟したくないから、あたしの知らないとこで勝手に死んで欲しいわね」 「剣士として旅して食ってくなら、そうも言ってられなくなると思うけどなぁ」 「それは、いざそうなった、って時に考えるわよ。遭遇したこともない状況で空想を考えたってわかるわけないんだし、答えが出るわけでもないんだから、考えたところで無駄に気を病むだけじゃない。あたし、そーゆー自分から暗くなるのって好きじゃないの」  そう返して、あたしもパンを一口、スープを飲む。 「――ちゃんと初心者っぽいとこもあって安心したよ。ま、オレが同行してる間はオレができるだけ引き受けてやろう」  それはつまりなんだ。あたしの答えが気にくわない、または彼としては合格点じゃないってことか。 「随分上から目線じゃない」 「そりゃまあ、お前より戦闘経験は多いし、先輩としては面倒見てやらんと、とは思うわけだ」 「そーゆーのも余計なお世話よ」  ホントにお節介な世話好きだなぁ、彼。  そのうち別行動になるであろう、出会って数日の他人を「先輩だから」なんて理由で構うなんて。 「で、話戻すけど」  あたしは目の前のジンジャーポークを一皿あけて、二皿目に手をつける。  サラダはあんましいけてないけど、お肉はそこそこ美味しい。が、もうちっと味薄くても良いような。 「ダッドの脈を確認してたって言ったけど、あいつ脈なかったのよ」 「やっぱりお前……」 「だから違うってば」 「だったら……」  食べる手を止め、レオンは眉をしかめる。  そりゃそうだろう。真っ当な反応だ。 「ちょっと色々気になっててね、その確認の一環よ。  で、さっき話してて、あれ? って思ったんだけど、トレイトの町で、レオンがダッドの腕を斬ってあたしを助けてくれた時、あいつの腕から《血が出てた》かって、わかる?」  彼は完全に食べる手を止めて、しかめっ面をしたまま虚空をにらみつける。その顔が少しして、さらにしかめっ面を濃くした。 「なあ、流石に変だぞ。オレの服もミナの服も、流血で汚れてないだろう?」 「んじゃあ、やっぱり血が吹き出してなかったのはあたしの見間違い、ってわけじゃなさそうね」  あの後の爆発ですっかりどこかにすっ飛んでいたが、普通に考えてみて欲しい。  あたしはさっき「あの近距離で斬ったら服が血で汚れるから嫌だ」と言ったのだ。しかし、結局はレオンがあいつの腕を斬って助けてくれている。となると、特にあたしの服は血で汚れてないと変なわけだ。  ――その、手首にぶら下がったままだったんだから。 「そうなると、たぶんトレイトで会ったのも、今日会ったのも、どっちも死体でしょうね」  あくまであたしの予想だけど。 「死体って……《死人|アンデッド》ってことか?」 「あたしの予想じゃゾンビかしらね。ゾンビは見た目がきれいって読んだことあるし」 「ああ確かに。ゾンビは労働として使える悪人の死体じゃないとダメらしいからなぁ。死刑囚の監獄に足運ぶと見れたりするぞ」  《死人|アンデッド》はモンスター化した死体全般を指す。その中で、ゾンビは《死霊使い|ネクロマンサー》の術によって動き出した、生前悪人だった死体のことを指し、基本的に大した意思を持たず、自身を復活させた術者に従順に働く、とのこと。  一方、それ以外の《死人|アンデッド》はもっぱら《幽霊|ゴースト》や《邪精霊|フォール・エレメント》がとり憑いて動き出したものなのだそうだ。  ちなみに、二回目にダッドが召喚していた《人喰屍|グール》も《死人|アンデッド》に含まれる。  つーか、ゾンビって監獄で普通に見れるんだ……。もっとこう、森深いところにある 《死霊使い |ネクロマンサー》の屋敷に人知れずいるようなイメージでいたので、ちょっとビックリである。 「そうなんだ……。まあ元々は、死体に鞭打って悪人を働かせて、次の生に向けて更生させる――っていう死後世界や転生論がベースになって考えられた術、って聞くし、監獄で実際に使われているってのは、本来の術の使用目的に沿ってんでしょうね」 「……死後世界?」 「……もしかして、知らない? 創世の《神の庭|アニマムエルム》のお話」  あたしの確認に、レオンは首を横に振った。  寝物語によく聞かせてもらったのは、あたしの村だけだったりするんだろうか?  まあいいや。 「創世――つまり、この世界を創ったっていう、この世界の神様のお話よ。  昔々、神様が空と大地を分け、水を創りました。そして、木々が生え、あらゆる生物が生み出され、営みが生まれました。  地上を創り出した神様は次に、地上を見守る自身に代わり、天上で動いてくれる天使たちを創り出しました。天使たちは神様の代わりに、地上から天上に返ってくる魂を正しく導き、次の転生へと送り出すのです。  そうして、神を守り、あの世を管理する天使たちの居場所は《神の庭|アニマムエルム》と呼ばれるようになりました。  だから全ての生き物は、《神の庭|アニマムエルム》から地上へ生まれ、また生を終えると《神の庭|アニマムエルム》に返り、それを永遠に繰り返すのです――っての。  この《神の庭|アニマムエルム》っていうのが死後世界のことで、最後の《神の庭|アニマムエルム》から来て《神の庭|アニマムエルム》に戻っていくってのが転生論ね」  まあよくある、神話の一つである。いくつか派生があるらしく、村で読めた創世神話の本の類もところどころ記述が異なっていたりしたが、総括するとこんな感じである。 「ふぅん……。で、それとさっきのゾンビの術、ってのはどう関係してるんだ?」 「生き物はここで天使たちに生前の悪行を裁かれ、その罪を天上で《贖|あがな》った後に転生できるって言われているの。まあつまり、ここで裁かれる罪を軽くして早く転生させてやろうっていうことね」  悪人にそこまで情けをかけてやる必要があるんだろうかと思ったこともあるが、死してなお強制労働させられるっていうのは、それはそれで文句も言われずこき使えて、こっちも悪い気がしない、ってのでいいかもしんないと思い直したことがある。 「それって、意味あるのか?」  レオンに聞かれてあたしは言葉に詰まる。  ま、まあ、ゾンビになった時点で魂って肉体に残ってるのかな? って疑問に思ったことはある。もし残ってなかったら……天上と地上で二重労働させられてるんじゃないだろうか、と……。 「それは、あたし見たことないし、《死霊使い|ネクロマンサー》じゃないし、知らないわよ。やらない善よりやる偽善、みたいな?」 「さすがにそれは、なんか違くないか?」  だったら適当に流してよ。あたしも適当にそれっぽい感じがするものを言ってみただけなんだから。  あたしは咳払い一つ「えー」と話を戻そうと……。 「……何の話してたっけ?」 「えーっと……ダッドがゾンビじゃないか、ってとこまで聞いたんだっけか……?」  あ、そこか。創世神話でだいぶ話が逸れてたわね。 「まあ、見た目の理由でゾンビじゃないかって考えてるんだけど、だとすると意思がはっきりしていた気がするのが気になるのよね」 「そうだな。オレが以前見たゾンビは、もっとこうボーっとした感じだったし、そこは当てはまんないな」 「でしょう?  ゾンビかどうかはとりあえず横に置いておいても、他にも気になる点があるのよ。  最初はオーク、次は《人喰屍|グール》を召喚したダッドが、三回目も同じように術を行使できるタイミングはあったはずなのに、一度も、召喚術どころか他の術すら使おうとしなかった。  もし全員別人で、三人目だけ魔術師の死体じゃなかったなら、辻褄があうのよね」  ついでに、使用する魔術にムラがあったり、物理で攻撃してきたり、してこなかったりと差があったのも、そういうことなのかもしれない。 「そもそも魔術師じゃないから、術が使えないってことか」  レオンが納得したように頷くのを見て、あたしも彼の言葉を肯定するように頷いた。 「そういうこと。これも《死人|アンデッド》じゃないかって考えた理由。  ――ただまあ、あたしたち、たぶんまだダッド本人に会ってない、ってのは確実だと思うの」  レオンがきょとんとした顔をした。 「あの自称ダッドが《死人|アンデッド》だとするなら、当然それを使役する術者がいるでしょ?」 「ああ、その術者が本当のダッドじゃないか、ってことか」 「そういうこと」  ま、予想が当たっていれば、の話なんだけど。  ただ、もう一つのわからないことは全く《解|ほど》ける気配がない。  あたしは残りのスープを全て口に流し込みながら、あたしとレオンが話す横で黙々と、珍しいものでも見るかのように目玉焼きの乗ったハンバーグをつついているメルを見た。  本当のダッドが他にいるとしたら、なぜこんな手のかかる方法でメルを連れ戻そうとしているのだろうか。失礼だが、帰る場所がないと意思表示した彼女に、そこまでの価値があるとは、今のところ思えないのだが……。  はっ、まさか彼女の家出に協力しているとか――!?  ――なわけないか。金目のない女の子の家出に賊ごときが手を貸す訳がないし。そうだったとしても、金持ちの家の子ならとっくにどこかで話を小耳に挟んでいそうだ。  そもそも、ハンバーグを物珍しそうに見ている子がお金持ちの家の子とは、やはり失礼だが、到底思えない。  まあともかく、今確実にわかることは、あたし達はまた近いうちに「ダッド」と会うことになるだろう、ということだけか。できれば次で終わりとしたいが……さてはて。  あたしはジンジャーポークの最後の一切れを、名残惜しそうに口に入れた。  ◇ ◆ ◇  そしてその時は、意外と早くやってきた。なんと次の日のことである。場所は昨晩泊まった宿屋から北に上がった場所にある、湖畔。  どうせ来るのがわかっているなら、人目につかず、派手に暴れられそうな場所に移動しよう、ということで地図を確認したところ、ちょうどよく宿屋から北に森を入ったところに湖があったのだ。ちょっと奥に入る必要があるし、おいそれと誰かがやってきて戦闘に巻き込む、ってことにはならなそうだ。  しばらくは野宿も覚悟していたの、さっさとご登場していただけたのが、こっちもありがたい!  だって、野宿嫌いだもん。 「やっぱり来たわね、ダッド!」  あたしは高らかに声を上げると、またぞろ手下たちを引き連れて姿を見せた、《昨日と同じ姿》のダッドを真っ直ぐ見据えた。  恐らく、手下たちもよく覚えてないけど、昨日と同じやつらをそのまま引き連れてきたんじゃないだろうか。  エライなー。コテンパンにあたしたちにやられていた気がするのに、まだダッドに付き従ってくるなんて。  あたしがそんな風に妙に関心していると、ダッドが口を開く。 「当然。昨日は世話になったじゃねえの」 「お礼はいらないわよ」  軽口を叩きつつ、あたしはレオンに目配せをする。  レオンはあたしの背後で、無言で剣を抜き――地を蹴った。  レオンがダッドの前に辿り着くのと、レオンの剣がダッドの首を走ったのとは、まさに一瞬のような出来事だった。  昨日、ダッドが本当に《死人|アンデッド》かどうか確認する必要がある……ということで、レオンにとりあえず斬ってくれとお願いしておいたのだ。  自分から「できるだけ引き受ける」と言い出したのだから、言い出しっぺに押し付けるのは当然でしょう。まさか、首を行くとはあたしも思ってなかったけど。  昨日、脈が無いって確認して、目の前にピンピンした姿でご登場されたから、それだけで《死人|アンデッド》と断定しても良かったかもしれないが。  その場が静まり返る中で、完全には切断されていないダッドの首が不気味に傾いた。これで動き出したら怖いな……。  数拍、しばらく待っても、レオンが容赦なく頸動脈をバッサリやってくれたというのに、そこからは血の一滴だって流れ出してはこない。  それを確認して、あたしは確信を持ってダッドに告げる。 「やっぱり、あんたは《死人|アンデッド》だった、ってわけね」  ダッドは答えない。というか、答えられたら怖いから《死人|アンデッド》でも答えないで欲しい。  代わりにあたしは、周囲に聞こえるように声を張り上げた。 「さあて! 種も割れたわけだし、あたしたちはそろそろ、本物のダッドにご登場願いたいんだけれど、聞き入れてもらえるのかしらねっ」  これで本物のダッドが出てきてくれれば、それをどうにか叩いてふん縛って理由を吐かせれば、この件はとりあえず収まるだろう。  あたしはその時はそう、軽く考えていた。 『そうか……。本当は穏便に取り返したかったんだが……致し方あるまい』  声は、どこからともなく響いてきた。テノールの、深みのある男の声だ。  出処を探すも、どこから聞こえてきているのかは全くわからない。どこかから発せられている音が反響して届いている、というよりは、辺り一帯に、一定に響いているのが聞こえている、といった感覚に近いだろうか。  メルの傍に近づいて、あたしは辺りへの警戒を怠らない。  ――突然、操り人形の紐が切れたかのようにダッド(仮)が倒れ込んだ。と、同時に、ダッドが引き連れていた手下たちから悲鳴と共に鮮血が散る。  なっ――!?  あたしとレオンが驚いている前で、ダッド(仮)御一行が全員草の上に倒れ込むと、その中央に一人の男が姿を現していた。  薄い青の髪を撫で付けた短髪に、灰色の肌。格好は、どこかの騎士の姿のようだが、あまり見覚えがないタイプのものだ。マントを風になびかせながら開いた目は、緑目と白目の色が反転していた。 [*label_img*]  こいつ、一体どこから……。 「お望みどおり、出てきてやったぞ。小娘」 「それじゃあ、あんたが本物のダッド、ってわけね。三人目は随分とご登場までに日があったじゃない」 「ちょうどいい死体など、そうごろごろとは転がっていないからな。ご明察――とでも賛辞を送って欲しいか? 人間風情にしてはよくやったと思うが」  本物のダッドは鼻で《嘲笑|わら》ってあたしを見下す。  人間風情にしては、って随分エラそうじゃない、こいつ!? 「あんたねぇ!」 「ミナっ」  あたしが怒って文句の一つもぶん投げてやろうかとしたところを、戻ってきたレオンに強く名前を呼ばれて引き止められた。  ダッドから視線をそらさず、レオンはあたしに小声で警告する。 「あいつをあまり刺激するな。あいつは――魔族だ」  まぞく……? 「って、なに?」  聞き返すと、レオンのこめかみが微かに揺れた。 「闇に生きるもの、闇に転化したもの、闇そのもの――そう呼ばれているのが魔族だよ。  灰色の肌と反転した目を特徴として持っているから、見ればすぐにわかるんだが、トロール並みの再生力がある上に攻撃を通しにくいのもあって、物理攻撃も、魔術も、基本的には効果がない。  要するに、相手にするのが最も厄介な種族ってことだよ」  ……あーそう言えば、村のおっちゃんたちが、万一魔族に遭遇したらとにかく逃げろとか言っていたよーな。 「ふうん……。レオンは戦ったことあるの?」 「遭遇したことはあるが、ちゃんと戦ったことはないな。魔族に遭ったら脱兎のごとく逃げろ、ってのが鉄板なんだ」  おっちゃんたちやこのレオンがそこまで言うってことは、相当厄介な相手なのだろう。この魔族ってやつ。 「そう。ありがとう、レオン」  説明してもらった御礼を告げて、あたしは一歩、親切にもあたしとレオンのやりとりを黙って待っていてくれたダッドの前に進み出る。 「そいつらをやったのは? 別にほっとけばどっかに逃げてったんじゃないの?」 「こいつらにもう用はないし、邪魔だからな」  待っていてくれたどころか、律儀に質問にも答えてくれた。  うーむ。これは、余裕ってやつなんだろうか。 「そ。じゃあ、メルを付け狙ってた理由はなに?」 「それは、その小娘本人から聞けばいいだろう。まあ、生き残っていたら、の話だがな」  ダッドの返答を聞いて、疑問に思っていたことが一つ腑に落ちた。  てことは彼女、やっぱりそーか。  しかし、レオンが眉根を寄せて声を立てる。 「聞けばって、この子は」 「レオン」  意義を唱えようとしたので、あたしは名前を呼んでそれを遮った。 「たぶん、メルは言葉を喋れるわ」 「なっ――」  レオンが驚くのも無理はない。あたしもダッドに今、そう言われるまでは半信半疑だったし。 「トレイトで、彼女が魔術を使った形跡があったのよ。塵煙のあと、不自然だったでしょう?」 「……そうか? あれは、噴水の影で、ああなったんじゃ」  偽ダッドが自爆した時の爆風のことである。あのあと合流した彼女の周囲には、彼女を避けるように綺麗に弧を描く埃の跡がついていた。 「あんな風に境界線がくっきりわかるほど跡が残るとは、あたしは思えないんだけど。もし、あれが、魔術による結界を張った跡だっていうなら、酷似しているし、納得できるのよ」  この点は、魔術師でないレオンが気づかなかったとしても、無理もない。 「魔術は文字で術式を書くか、口で呪文を唱えなければ構築も発動もできない。でも、あの場に術式を書いた形跡はなかった。ってことは、メルは少なくとも精霊言語は話せるはずなの。  でも、今のダッドの話しぶりじゃ、普通に人間の言葉も話せそうね」 「だったら……なんで黙ってたんだ?」  それは、あたしとメル、どちらに向かって聞いた言葉なのかはよくわからなかった。が、とりあえずメルは話したくないだろうし、あたしが勝手にあたしの意見で答えておくことにする。 「だって、確証はなかったし。それに、わざわざ隠したってことは、そうしたい理由ってのがあるんじゃないの? それを無理に聞き出そうとするのって、あたし趣味じゃないし」 「それは、まあ」  レオンも、今までのメルの様子から、思う所があるのだろう。食い下がることはなく、引いてくれた。 「まあこうなった以上、その辺は後で直接聞くとして。もちろん、これ以上付け回されないようにアナタをきっちり片付けて、生き残った上で、ね」 「って、さっきの人の話を聞いてたのか!? お前は!」  あたしの宣言に、今度は顔を青くしたレオンが慌ててあたしの肩を掴む。その声は切羽詰まっていた。 「ちゃんと聞いてたわよ。魔族……つまり、ダッドが相当強いってのは。だからこそ、挑み甲斐があるってもんじゃないの。  正直、盗賊退治も、偽ダッド退治も、拍子抜けでつまんなかったのよ。でも当然、あんたはそんな退屈な戦闘にはなってくれないわけでしょう?」  あたしは挑戦的にダッドを睨む。  正直あたしは今、冷や汗が伝うくらいには背中がゾクゾクしている。これが恐怖からなのか、武者震いからなのかはよくわからないが「こいつと戦ってみたい」というのは紛れもないあたしの今の気持ちだった。  そんなあたしの気持ちをよそに、ダッドはつまらなそうに鼻を鳴らす。 「子兎が虎の真似でもして威勢よく吠えるか。愚かしい。  まあ、私としても今は事を荒立てたくはない。そこの小娘と――そうだな、ついでにキサマが首から提げている指輪をこちらに渡す、というのであれば今回の所は見逃してやってもいい」  ダッドの要求にあたしは眉をひそめる。  メルはともかく、あたしの指輪も? なんのために? 「どうして指輪を……なんて聞いても、それもメルに聞け、かしらね?」 「で、どうする」  肯定か。  あたしはダッドの提案に、溜息一つ、後ろ髪をかき上げた。 「あのねぇ。そんな簡単に手渡すようなら、さっさと偽ダッドに出会った時点で返却してるわよ。つまり、それがあたしの答え」  あたしの答えを聞くと、侮蔑するようにダッドの目元が歪む。 「交渉決裂、か。やはり人間は闇弱ばかりか……」  ……「あんじゃく」ってなんだろう。こんにゃく?  まあいっか。あの様子じゃ、少なくとも良い言葉じゃなさそうだし。  そんなことを考えながらあたしが剣を抜くと、レオンがあたしの腕を再び引いた。 「お前、どうする気だ。勝算はあるのか?」  レオンの問に、あたしは「さあ?」と首を軽く傾ける。 「あ、そうそう。《一対一|サシ》でやってみたいんだけど、死ぬ気だけはないから、危なくなったら助けてね、レオン。それまではメルのことよろしく」 「お前は……!」  かるーく告げると、レオンの目に怒りが滲む。  あーやっぱり怒るわよね……。  まあ、それはあとでたっぷり怒られるとして、あたしはレオンから逃げるように前に出る。 「凡愚な小兎、来るがいい。魔族の恐ろしさ知らぬならば、多少の手加減はしてやろう」 「あら、随分とご親切なこと。それが強者の自信と余裕ってやつ?」  軽口で返しておいて、あたしはダッドに向かって走りながら呪文を唱える。  《統べるもの・地精|テドラモ・オニメルボス》  《いにしえよりの汝が寵愛をもって|オットミウ・アウオアイチ・ガズェノニ・ノレイシン》  《我にさらなる力を与えよ|エヤアトア・ワリクト・アタナリセ・ナロウ》  まずは確認、あたしはダッドの首筋めがけて剣を振るう。当然、すんなり首に入るとは思って狙っていないが、あたしの剣はダッドの前腕、籠手を斬りつけるに留まる。  剣は籠手に流されるまま、あたしはその流れを利用してダッドの鎧の隙間めがけて踵蹴りを繰り出す。  特定の衝撃を靴底に与えると、自動で踵からナイフが出る特別仕様で、すでにそのナイフは顔を出している。  蹴りはクリーンヒット――したと思われた。  硬い……?  見れば、そもそもナイフが突き刺さらずに、衣類の表面で切っ先が止まっているではないか。 「《閃光|オクラフ・イア》」  あたしは試しに唱えていた呪文をナイフにかけてみる。  と、手応えがやや変わる。表面だけ乾いてるように見えて、中が水分を含んでいる土に足を突っ込んだような、そんな感じだ。  まさか、防御結界そのものを身体の表面に張っているのか!?  そうなると、まず普通の武器じゃダメージは通らない。今だって、かけた術の威力が相手の防御結界に負けているから貫通できないのだ。 「威勢はよくても所詮はこの程度か」  あたしは反射的に足を引くが、ダッドにナイフを掴まれ――いとも簡単にポキっと折られた。  ちなみに、ダッドは素手である。籠手をしているとはいえ、覆われているのは手の甲のみ。手のひらはグローブをしているとか、そういうことはなく。  蝶が止まればそのままスッパリいける程に術で切れ味を抜群に良くしているナイフを、素手で掴んで更にそのまま手折ったのだ。これをただの人間がやろうとしたら、剣を掴んだ時点で指が全部切り落とされるだろう。  あたしは体勢を少しだけ崩しながらも、一度ダッドと距離を取る。  ダッドの手から粉々に砕かれたナイフがパラパラと地に落ちるのが見えた。  これは確かに、色々と尋常じゃない能力を有しているようだ。 「まだまだ、これはほんの小手調べ、よっ!」  あたしは次の呪文を唱えて、走り出す。  《統べるもの・火精|フレス・オニメルボス》  《汝が焼滅の焔もて|オトムーンオウン・エトゥモアース・イグ・アズネン》  《我が斬る全てを焼きつくさん|ヌスキタコイェウ・エトゥバス・イラク・エガロウ》 「《炎切滅|オークレフ・ウナー》!」  あたしの剣の刀身が炎に包まれる。その状態のまま、あたしはダッドに斬りかかるが、ギギギ、と嫌な音を立てて、あたしの剣はまたもダッドの防御結界に阻まれる。  それでも手応えとしてはさっきよりいい。  あたしは構わずその状態でダッドと入れ代わり立ち代わりしながら、何度も斬りつけていく。 「ちっ、サルの一つ覚えが」  防御に徹していたダッドが左手を握りしめると、腕を軽く引く。あたしはその隙に右手をダッドの脇腹に添えた。 「《聖盾崩|ロプセグ・ナスィア》」  パキン――と乾いた音がして、ダッドが体表面に張った防御結界が、あたしの術で砕かれ、引き剥がされる。  これは結界を無効化する神聖魔術の一つ。直接結界に手を触れないと効果がなく、魔力消費が対象の結界の大きさに比例するが、習得しておくと使い勝手のいい術だ。  結界を引き剥がされ、ダッドの表情がかすかに動いた!  すかさず、左手の剣を逆袈裟に斬り上げる――しかし、ダッドも咄嗟に身を引いたせいで、浅い!  あたしの剣は、ダッドの右手と胸鎧に大きく傷をつけるだけとなるが、それでも右手首から先は貰った。  右手を失ったダッドは、大きく後ろに飛び退って、あたしから距離を取る。  ――なんだか、腕を切り落としてばっかだな。別に意図的に腕を狙ってやってる訳じゃないんだけど……。そこに腕があっただけで。  落ちた右手は籠手や袖口ごと燃え尽き、風に流され消えたが、切断面の炎は燃え広がることもなく小さくすぼんで消えている。  防御結界さえなければ、術をかけた物理攻撃はすんなり入るのか――と思ったのもつかの間。  ダッドがめんどうくさそうに自身の右手首を顔の高さに持ってきたかと思えば、目の前でダッドの右手が《生えた》。  いや、冗談でもふざけているわけでもなく、文字通りにょきっと……というよりは、ずるっというか、ぼこっというか、とにかく生えたのだ。  さすがに服や防具は戻っていないが、灰色の傷ひとつない右手が新しく生まれている。  いやいやいや。トロール並みって……トロールもこんなに再生が早いなんてきいてないけど。トロールさんには未だ遭遇したことはないけどさ。 「ほう。私の結界を破ったか。小兎から小猿くらいには認識を改めてやろう」  それ、なにが違うんだろう……。  右手を握ったり開いたりしながら、ひと目もくれられずに、なんか一応褒められたっぽいのだが、イマイチよくわからず、あたしは眉をしかめる。  生やした手の感触の確認が終わったのか、ダッドはゆるりと手を下げ、ようやくあたしを見る。 「これはほんの、お返しだ」  突然、ダッドの姿が目の前から掻き消えた。  どこ――と辺りを探すまでもなく、ダッドは突如としてあたしの目の前、目と鼻の先に出現した。  空間を渡った!?――驚いて見開いた目に、迫るダッドの拳が映り、あたしは条件反射で防御姿勢をとっていた。  ――次の瞬間には、あたしは湖の上に放り出されていた。  ったー。受け止めた手が痺れてる。  後ろに跳んでいくらかダメージは殺したが、それでもこの威力である。  ふっ、と影がかかり、落ちゆく体勢で視線を上げれば、マントを翻したダッドがあたしの真上で、追撃と言わんばかりに拳を構えている。  あたしは盛大に水柱を立てて湖に叩きつけられた。  あたしの剣が水に飲まれ、蒸発させ、ジュワッと辺りに煙を発生させる。  いくら全てを燃し尽くすと言っても、炎は炎。当然そこは自然法則に従い、現象を引き起こすのだ。唯一違うのは、魔力を供給し続ける限り、魔術で発動させた炎は消えない、といったところだろう。  ということで、苦しいし、あたしは剣にかけていた術を解く。  もがくように腕を伸ばすと、手が地面に触れる。片手で身体を引き上げるように泳ぐと顔が水面に出た。  にしても、今のはさすがに重かった。湖の浅瀬の近くに落ちたのがまだ救いだったろう。あたしは痛みをやり過ごしながら、空中からあたしを見下ろしているダッドを睨みつける。  どうせ、風の魔術でも使って浮いているのだろう。態度から何まで人を見下していいご身分だこと。  ……そうか。目くらましくらいには使えるのか。  あたしはあることを思いつくと、ダッドに向かっていたずらっぽくニィっと笑った。 「《火炎球|オラブ・ラルフ》!」  術を発動させると同時にあたしは水面から上がる。  次の瞬間、ダッドのわずか後方で盛大な爆発が生じ、炎混じりの水柱と白い煙が大きく立ち昇った。それは爆風で広がり、瞬く間に驚くダッドを飲み込んでいく。  なんてことはない、水の中で高温の《火炎球|オラブ・ラルフ》を出現、爆発させたのだ。球体という性質上、手のひらに出現させた方が扱いやすいというだけで、訓練すれば出現場所はある程度自由に変えられる。  本当はダッドの真下に出現させたかったが、どうも位置指定が苦手で、あたしがやると十中八九、今みたいに出現場所が少々ズレてしまう。  これがあたしの場合、隠しナイフをぶっ立てて、そこに出現させる、とすると、うまいこといくのが不思議なのだが、それが相性というものなんだろう。  さて、冷たい水が、いきなり高温に熱せられたらどうなるだろうか――答えは、爆発する。  熱したフライパンに冷たい水を落としたら思いっきり弾けた経験はないだろうか。あれの原理である。  普通の人間や生き物なら全身火傷とかになってそうだが、あの様子じゃダッドにダメージなど入るまい。それは想定して、こっちまで被害を被らないように、一応威力は抑えたつもりだけれど、中心付近にいたら熱いだろーなー。  爆風はあたしの方にも及んではいるが、おかげで「あ、熱風が来たなー」くらいの被害しか起きていない。  この間にあたしは森の方に走りながら、さっき砕かれたナイフの破片を拾ってあちこちに散らしておく。森の手前まで移動したところで、ジュウジュウ――という音を立てながら、煙の中からダッドが姿を見せる。 「流石に今のは驚いたぞ」 「伊達に魔術師やってないでしょ?」  驚いたとは言うものの、ダッドにダメージを受けた様子は見られない。  案の定、と言うところだが、服もなんか濡れた形跡が見られないなぁ。  が、よく見ていて、あたしはあることに気がついた。  爆発で生じた煙がダッドに吸い込まれている……気がする。もしかして、とさっきダッドが右手を再生した辺りを見ると、その辺りだけ草が萎れている。  まさかとは思うけど、あいつの超再生って、エネルギードレインとかだったりするんだろうか……。 「ところで、さっきから全然攻撃してこないけど、どういうつもり? こっちばっかり手の内晒して、これなら、村のおっちゃんたち相手にしてたほうが、よっぽどいいんだけど」  言っておいてなんだが、おっちゃんたちに勝てたことなど、一度もないけど。  それでも、めっちゃ手加減されて相手されるのは、ムカつくものなのだ。 「なら、そろそろ、こちらからも攻撃してやろう」  お?  ってことは、やっぱりわざとかっ! 「あんたは、人を舐めてんのかっ!」  あたしが喚くと、遠くから「舐めてんのはお前だ!」とレオンの叱責が飛んできたが、ガン無視しておく。  ダッドは、ゆっくりと手を胸の位置まで掲げながら、あたしに告げる。 「ああ、舐めているさ。――進化を拒んだ、愚かな種族をな」  は? 進化を拒むって……言っていることが、全く意味がわからない。  ダッドの言葉に眉を潜めている間にも、ダッドの手のひらに、小さな光球が出現する。それは徐々に大きくなり、拳大にまでなる。  あれは……、もしかして、ただの魔力の塊?  魔術師初心者が、最初に自分の魔力を自由に操れるようになるための訓練で、作り出すようなものに似ている。  ダッドは、それをあたしに向かって無造作に放り投げた。  あたしは光球の軌道を読み、距離を取るように横に飛んで、それを避ける。  あたしが一拍前までいた場所に着弾した光球は、その場で予想以上に派手に爆発した! 「わっ――!?」 「どこを見ている」  爆風で視界を遮られるあたしに、無情なダッドの声が届く。  必死に目を凝らすと、次の光球が自分に迫っているのが見え、あたしは爆風から逃げるように走り始めた。あたしの後ろを追うように、着弾音が途切れること無く響いている。  ひえ〜。あの威力の魔力球を連発できるって、なんつー離れ業!?  とにかく一旦射程範囲を抜けないと!  あたしは口の中で呪文を唱えながら、湖の方角に進路を定めて駆け抜ける。  《四元の精・風の精霊|ウィード・エドヌリフ・エオセンイゴフス》  《我に俊足の風を与えよ|エヤート・エゥ・アゾクン・オクスニィス・エナロウ》  水際まで辿り着くと、今度は迷わずに自分から湖の上にダイブする。 「《風飛行|イルフ・イ・アーヴァ》!」  水に落ちる前に風があたしを取り囲み、空に向かって弾けるように浮き上がる。  風を身体にまとって飛ぶ飛行術だ。制御に慣れない間は、速度の調整ができずに目を回して墜落して乗り物酔いを起こすまでがセットでよくあるが、慣れてしまうと速度も進行も自由にできて快適になる。  なんでもない時なんかは、これで思いっきり空をかっ飛ばしたりするとかなり爽快なんだが、今はそうも言っていられない。  あたしは、猛スピードで水しぶきをあげながら湖の上を這うように抜けていく。その後ろを追うように水柱が数回立ち昇った。  音が聞こえなくなったところで、あたしは上に舵を取る。ダッドから距離を取ったところで、あたしはその場に滞空してダッドに視線を据えた。  攻撃の手を止めたダッドは、ゆっくりと地面に降り立っている。 「これではいつまでもあたらないか。なら、これはどうだ」  表情を欠片も動かさずに、ダッドは右手を頭上高く掲げる。――右手を中心にして、扇状に魔力球がいくつも出現していく。  げげっ。十……二十……どころじゃないぞ、あの数……。  瞬く間に無数の魔力球がダッドの周囲に出来上がっている。  さて、どう動くか……などと考える間もなく、ダッドは無造作に右手をあたしに向かって振り下ろす。  それが合図だった。  無数の魔力球が一斉にあたし目掛けて打ち出される。考えるよりも勘で、次々と間髪入れずに追尾してくるそれを、すれすれで避けて、潜り抜けて――ふと気がつけば、地面が目と鼻の先にあるのがあたしの視界に飛び込んできていた。  陸地に誘導されてた――!?  その一瞬の動揺が、判断を一瞬遅らせた。  身体に衝撃が走り、あたしは風をまとったまま吹き飛ばされる。バランスを崩して地面すれすれを行くあたしの目が、真っ直ぐに向かってくる魔力球を、やけにゆっくりと捉える。  まずい、もう一つ直撃する……!  そう確信した直後、あたしとそれとを遮るように、影が割り込んだ。その影は、あたしに当たるはずだった魔力球を真っ二つにし、無効化する。  それだけを目視で確認して、術の制御をすっかり失ったあたしは、見事に地面に墜落していた。  土埃を上げながら、地面を数度転がり、止まった所であたしは身を起こす。ダッドの魔力球自体は風が多少相殺してくれたが、体中擦り傷で痛いったらない。さすがにいまのは自業自得すぎて腹を立てる気にもなれないけれど。  顔をあげると、あたしをダッドから守るようにして、レオンが剣を構えて仁王立ちしていた。  そうか。彼の剣は《死んだ剣|イナクティブ・ソード》だった。魔力回路がないから、魔力の流れを阻害するなりして無効化できるんだろうか?  どういう理屈なのかはわからないが、ともかく、ダッドの魔力球を無効化したのは、彼の剣で間違いないだろう。 「大丈夫か? ミナ」 「ありがとう。助かったわ。ついでに、ちょっとダッドをあそこに抑えておいてくれると助かるんだけど」 「任せろ……って保証はできないけど、やれるだけはやってみるよ」  あたしの無茶なお願いを受けてくれたレオンは、言うが早いかダッドに向かって駆け出している。あたしも立ち上がり――少々身体が堪えているようだが、我慢して走り出す。  ダッドはレオンを遮るように魔力球を打ち出すが、レオンはうまく自分に当たる軌道のものだけを見抜いて切り伏せ、最小限の動きで防御を行っている。  さらに、移動するあたしに向かう魔力球もついでのように斬り伏せてるのは、とんでもない洞察力・判断力・技術力である。  おかげでこっちに飛んでくる魔力球が少なくて、楽。  その間にもあたしは森の手近な木の下に移動し、地面と幹を蹴り飛んで枝を掴むと、掴んだ枝を軸に、くるん、っと回転して枝に乗る。  ダッドとの距離を確認して、あたしは枝伝いに移動していく。間もレオンとダッドの方を確認するのは怠らない。  レオンがダッドの下に辿り着く。弓がしなるように飛び上がり、彼はダッドに斬りかかった!  ダッドは刀身を握るようにして左手で受け止め――刹那、ダッドの表情が驚愕に固まった。  なんだろう、あたしを相手にしていた時より驚いているような……? 「キサマ……《なんだ》っ!?」  なに……て、なにが?  レオンも眉をひそめて訝しんでいる感じなので、ダッドにそう言われる覚えはなさそうだ。  なんだかよくわからないが、その間にあたしは呪文を準備する。  《神聖なる裁きと守護の智天使|イムベロク・オン・ウゴィシット・アカバス・アリネイサス》  《我に仇なす悪心に|イン・ヌサク・アサナディ・エナリゥ》  《六つの聖なる光を顕し|アサワロ・イゥ・アリクハリネオスン・ウティム》  《汝が千手を持って|オットムゥ・エイジェナス・イグ・アズネン》  《救いの裁きを与えたまえ|アーメタート・イゥ・アカボス・イヌーケス》  唱え終わると、あたしはその場でタイミングを図って――樹上から飛び出した!  もちろん、ダッドの真上目掛けて。  ダッドはレオンの剣を離すと、彼を蹴り飛ばす。ふっ飛ばされたレオンは、遠くに転がる。それほどダメージはなかったのか、すぐに起き上がった。 「はぁぁぁあああああっ!」  仰ぐダッドに、避ける間もなくあたしの切っ先が迫る!  ダッドは素手であたしの剣を受け止める――が、こっちとしては、好都合! 「《神剣千手|ドゥナー・ペオミュアル》」  発動と同時に、地上で六つの点が白く輝く。それは、聖なるシンボル・六芒星を描き出した。六芒星の輝きがせり上がるようにして、無数の光の槍が出現し、ダッドに向かって放たれる!  六つの点は、さっきばら撒いておいたナイフの破片である。発動に必要な剣の他に、予め点となる刃物を配置して場を構築できるようにしておかないと、この術は発動すらしないのだ。 「貫けぇぇぇえええええっ!」  あたしの生み出した白い光が、ダッドを飲み込み――貫いた。  あたしはダッドを下敷きに、新しい土煙を上げて地面に墜ちた。 「つつつ……」  多少のダメージは受けつつも、あたしは身体を起こす。  《神剣千手|ドゥナー・ペオミュアル》が、落下方向とは逆向きに働いたおかげで衝撃を和らげてくれた、とは言っても痛いもんは痛い。 「ミナ、ダッドは!?」  咄嗟に術の効果範囲から出ていたのか、巻き込みダメージを受けた感じのしないレオンが切羽詰った声で…… 「え……」  レオンの声に慌てて下を見ても、そこには何もない、形がデコボコに崩れた地面が広がっている。  どこ――!?  慌てて立ち上がって周囲を見渡すが、レオンと、草木の影から伺うメルの姿しか辺りには見当たらない。  ダッドを探すあたしたちの耳に、登場時と同じように、どこからともなくダッドの声だけが響いてくる。姿は――どこにも見当たらない。 『なるほど……、気が変わった。その娘と指輪、当分は預けておこう』  預けておこうって……。 「ちょっと、逃げる気!?」  慌てて声をかけるが、しかし、応えは返ってこない。  無視しているのか、既にこの場を去ったのかはわからないが、もうあたしたちとこれ以上ここで戦う気はないのだろう。  ――あぁのぉやぁろぉぉぉおおお! 「決着はまだ着いてないでしょっ! 途中で逃げないで戻ってきなさいよ、ダッドー! 卑怯者ー! むきーっ!」  途中で試合放棄されたあたしは、姿の見えなくなったダッドに向かって、ジタバタと文句を叫び散らす。それが無意味とわかっていても、これがそうせずにいられるかっ!  そーゆうのが、一番ムカつくのよっ!! 「ミナ、無事か?」  レオンがメルを連れて、あたしの無事を確認に駆け寄ってくる。  あたしは食い気味に、レオンに詰め寄っていた。 「無事に決まってるじゃない! レオンが助けて隙きを作ってくれたんだから!」 「お、おう……。何をそんなに怒ってるんだ、お前。魔族相手に追い返して、大怪我もしてないんだから、そんなキーキーすることもないだろう」 「あいつ、あたしに対して全っ然本気で戦ってなかったのよ! それなのに、適当に相手して勝手に帰るなんて、人を小馬鹿にするにも程があるってのよ!!」  八つ当たりなのはわかっているが、あたしは地団駄を踏みながら、レオンに向かって喚き散らす。 「お前……魔族を相手にして命に危険がないっていうのがどれだけ幸運か、全然わかってないだろう……? いつまでも、子供みたいな我儘言ってんなよ……」  ムカッ。  こ、こいつはぁ。あたしがそう言えばムキになって黙ると思って! 「子供じゃないもん、大人だもん……」  ――なにを言っても「それが子供」と反論されそうで、結局、それしか返せなかった。 「はいはい、そうだな、大人だな。――たく、無茶しやがって!」  ゴインッ、と硬い音と共に目の前に星が散った。  だああああああああああっ!?  あたしは目に涙を浮かべながら、殴られた頭を押さえて蹲る。  い、いまのはひきょーだぁ……!  ざり……と土を踏む音がして、あたしは涙目のまま顔を上げる。  そこに、顔に影を落としたままのメルが、戸惑うように立っていた。  メルが最初に口にした言葉は「怪我を診せてください」だった。  言われて擦り傷やら打撲痕やらをメルに見せると、彼女はそこに手を添えて、澄んだ声で歌うように呪文を紡いだ。 「《治癒|グナレイフ》」  神聖魔術の治癒魔術だ。術をかけた対象の自然治癒力を一時的に引き上げるものである。目の前で、あたしの傷がみるみる治っていく。  あたしもこの術は使えるが、自分でかけるよりずっと治りが早いような。  メルはあたしの怪我を治すと、今度はレオンの傷も同様に治癒させた。  それきり黙ってしまうメルに、あたしは一応確認する。 「メル、言い訳は聞かせてもらえるのかしら?」  目線はあたしたちと合わせないまま、メルは視線を落として、ようやく重い口を開いた。 「いままでので、おわかりになったでしょう……? わたしに関わったら、どうなるのか」 「君は、最初からこうなると、わかっていたのか?」  レオンの確認に、メルは一つ、頷いた。 「あのひとたちが、そうかんたんに、わたしを手ばなすとは、思っていませんでしたから……」  その声は、どこか淡々と、遠くを見ているようだった。 「事情は、話してくれるわよね?」 「話して、どうなるんですか。おふたりにどうにかできるとは、思っていませんし。いまわたしから、はなれれば、きっと魔族もこれイジョウ、ミナさんとレオンさんに、つきまとうこともないはずです」  この子は、今さら何を言っているんだ。 「ダッドの捨て台詞、聞いてたでしょう。あいつ、偉そうにあたしたちに『あなたを預ける』って言ってたのよ。それに、なーんでか、あたしの指輪も欲しがってたし。  ここであなたと離れても、本当にメルの言う通りに事が運ぶかしらね」  あたしがわざと、意地悪っぽく言葉を選んでみると、メルは困惑したように、さらに視線を落とした。 「それは……。でも、このままわたしといっしょにいたら、ミナさんもレオンさんも、わたしの、お父さんとお母さんみたいに――魔族にころされてしまいます……」  彼女の口から転がり出た事実に、あたしとレオンは息を呑む。  そうか、だからこの子は……。  彼女がここまで悲観的な理由の大方の事情はなんとなく察せられたが、あたしはそれで引き下がるような性格ではない。  レオンも同様だったらしく、あたしよりも先に口を開いた。 「でもな、メル。だからって、君の望むとおりには、やっぱりできそうもないよ」 「レオンに同意するわ。大体今回、あたしとレオンはどっちも魔族と遭遇して生きてるじゃない。そんな簡単にあんな奴にやられて、死んだりなんてするつもりはないわ」  あたしとレオンの答えに、メルは声を沈ませる。 「こんかいは、たまたまじゃないですか」  メルの反応に、あたしは不機嫌に片眉を跳ね上げる。 「失礼ね。次戦ったって、負けないわ。あたしは、あんな魔族に殺されるために生きてるわけじゃないんだから。  あ、そうそう。先に言っておくけど、指輪をわたしに預けてください、ってのはナシね。あたしのものなんだから、誰にも渡す気はないわ」  大げさに身振り手振りを入れながら、宣言すると、メルはギュッと、ズボンの裾を握りしめる。 「そんな……、自分かってなワガママで……!」 「そうよ、あたし、ワガママなの。自分に素直に正直に、真っ直ぐに、って育てられたからね」  あたしはメルの言葉を肯定し、続ける。 「だから、あたしより年下のメルは、良い子ちゃんぶらずに、もっとワガママ言っていいのよ。例えば、相手の危険なんか顧みずに『わたしを助けて』とかね」  その言葉に、メルがようやく顔を上げた。その目は大きく見開かれ、困惑している。 「そん、なの……」  その先は出てこなかったが、続く言葉は「言えるわけない」だろうか。  あたしは溜息一つ、自分の意見を口にする。 「ねえ、メル。あなた、このままでいいの? もし、あたしとレオンと別れたとして、一人でダッドから逃げ回るつもり?  そうやってずっと、他の誰かがあなたのために理由も知らずに傷つくのを、見て見ぬふりを決め込んで、下を向いて、いいように利用される、惨めな人生を甘んじて受け入れるの?」  メルは唇を噛み締めて、震えている。  たぶん、彼女自身も気付いているのだ。自分がしようとしていることは間違っていると。 「あなたは、自分の意志でダッドの元に戻ろうとしなかった。  ――助けて欲しかったら『助けて欲しい』って、ちゃんと言いなさい。そしたら、あたしがあなたを助けるわ。あなたの力になってあげる」  あたしは迷わず、あたしの意思を彼女に告げる。レオンも、これに続いた。 「オレもだよ、メル。ミナ一人に任せるのは不安だし、ここで降りるのは寝覚めが悪すぎる。メルを守るくらいは、オレでもできるからさ」  メルの目から、ぼろっと大粒の涙が溢れた。喉の奥から絞り出され、紡ぎ出される声は、怯えて震えている。 「い……ん、です……か。ワガママ、いって……」  あたしとレオンは、眉を八の字にして、困った子を見るように破顔する。 「当たり前じゃない。子供はワガママ言うもんでしょ。もし、ワガママを言い過ぎたら、ちゃんとレオンが叱ってくれるから」 「オレか!?」 「あなたが一番、お・と・な、なんでしょう?」  驚いて抗議するレオンに、あたしは嫌味たっぷりに言葉を返す。  今まで、あたしのことを散々「子供」って言ったお返しよっ!  そんなあたしとレオンのやり取りに、メルは少しだけ、困ったように涙目で、初めて笑った。  しかし、すぐに我慢できずに顔を歪ませ、両手で顔を覆う。 「もう……イヤ、なんです……。たすけて、ください。わたしを、たすけて……!」 「その依頼、承ったわ」  あたしは笑顔で、メルの肩を優しく抱いた。  その後完全に泣き出してしまったメルを落ち着かせるために、あたしたちは一度昨日泊まった宿屋に引き返すことにした。  ◇ ◆ ◇  宿屋に戻ると、部屋を二室取り、あたしたちはそのうちの一室に集まった。  余談だが、今朝出ていったはずのあたしたちがまた戻ってきたので、宿屋のおやじさんが、鳩が豆鉄砲を食った顔をしていたのがちょっとおもしろかった。  テーブルの上には、入れたてコーヒーが、人数分置かれている。あたしとメルの分は、ミルクたっぷりである。 「それじゃあ、事情を話してくれるか」  メルが落ち着いた頃合いを見計らって、レオンが口火を切る。  目が赤く腫れてかわいそうだが、メルはどうにか口を開き、話し始めてくれる。 「魔王のお話を、しっていますか?」  魔王――伝承にある、闇の王と呼ばれているあれか。存在自体は疑問視されていた気がするけれど。 「まあ一応知ってはいるけど……。レオンは?」 「オレも、同じく一応。魔王の話は、親に寝る前によく聞かせられたから」  寝る前に子供に聞かせるようなやつか? あれ。  というのも、魔王という存在は、伝承の本にすら二、三行くらいしか記述が出てこないのだ。その内容も「なんか出現したから、封印した」くらいのもんで、詳細は一切不明ときている。だから存在が疑問視されてるんだけど。 「そうですか。しっているのでしたら、話がはやいです。あの魔族……魔族たちは、その魔王をフッカツさせようとしています。そのために、わたしがヒツヨウみたいなんです」  魔族が、魔王を、復活……とな。 「って、魔王って実在するの!?」 「お父さんたちや魔族のくちぶりでは、いるようですけど」 「それで、その魔王の封印を解くのに、メルの存在が必要ってこと?」  あたしの確認に、メルは「はい」と頷く。 「なんで……?」  思わず口に出してしまった。  封印された魔王が実在するというのがびっくりなのはまあ、そうなのだが、その封印を解くのにメルが必要というのは、生贄とか、そういう類の話だろうか?  だとしたら、人間なら誰でもいいような気がするし。今のメルの話だと、メル個人にこだわる必要が見当たらないような……。  メルも尋ねられた意味がしばらくわからなかったのか、少ししてから「あっ」と声を上げた。 「ちゃんとしたジコショウカイを、まだしていませんでしたね。  あらためまして、わたしはメル。フルネームをメル=セイラルトといいます」  メルのフルネームを聞いた途端、あたしは椅子を蹴ったおして、立ち上がっていた。  せ、せ、《セイラルト》――!? 「どうしたんだ、ミナ? メルの名前が何か」 「どうしたかじゃないっ! レオン、メルの姓を聞いて何も思いつかなかったわけっ!?」  きょとんとした様子を見るに、こいつ、気付いてない。  気づけばあたしは、レオンの襟首を掴まえて詰め寄っていた。 「あなた、神話とか伝承とか、全っ然読んだことないでしょ」  その状態でドスを効かせながら尋ねれば、レオンは明後日の方向を見ながら「あー」などと声をもらしている。 「昔は実家にそういう本もあったから、読もうと思ったことはあるんだが、なに書いてあるか読んでもさっぱりだったから、それっきりだな……」 「やっぱしぃ! いいっ!? セイラルトって姓は伝承に出てくる、天使族の名前なのよ!」  そう。「セイラルト」とは、天より地上に降りた天使と呼ばれる、伝承の中の伝説の一族の名前なのだ。それを名乗ったということは、つまり、メルは――! 「てことは、メルは天使ってことか? ――背中に翼生えてないけど」  教会とかで見れる(らしい)、天使の絵あたりを思い浮かべての発言だろう。  あたしも、一応本なんかで見たことはあるが、「天上の天使」とされる天使の絵には全て背中に二〜六枚の翼が対で生えていた。 「伝承では、地上の人間と対等であろうとして、天使としての力の殆どを天に封印したとされていて、その際に翼もなくなったとあるわ。  ――ってことで、いいのかしら? メル」  レオンに、ガーッと説明をしたことで少し落ち着き、椅子に座り直しながら、あたしはメルに確認をする。  メルは困惑するように眉を八の字にしながら、あたしの言葉を肯定した。 「ミナさんが話したとおり、天使族のセイラルトであっています。ツバサは……どうでしょう。お父さんやお母さんたちにはあったとおもうのですが……」  ふうむ。ということは、大人になると生えてくるとか? メルがわからないものを、あたしがわかるわけはないのだが、興味をそそる。  しかし、しかし、そんなことよりも! 「伝承って……本当だったんだ……!」  もう、感動ものである。  旅立って数日。こんな素敵な発見――もとい、出会いがあるなんて。誰が生きる伝承に出会えるなどと思っただろう!  いやー、やっぱ村の外に出てみるもんである。 「おーいミナー?」 「――なによ」 「話が終わってないから、目をキラキラさせてないで戻ってこーい」  あたし、そんなにキラキラさせてたかしら……。  自覚はないが、しかし、レオンの言葉は最もなので、あたしは咳払い一つ、姿勢を正す。 「えーっと。てことは、メルが《天使|セイラルト》族だから、魔族はメルをつけまわしてる。ってことでいいの?」 「きいた話では、そうらしいです。それと、魔王のふういんをとくには、ユビワがひつよう、だともいっていました」 「やっぱそうなのか」  レオンがなぜか納得したものだから、あたしとメルは「え?」と驚いた顔でレオンを見ていた。 「やっぱそうって……魔王の封印を解くのに指輪が必要って、知ってたの?」  半信半疑で聞いてみれば、レオンはなんと頷いた。 「さっき、言ったろ。親に聞かせられたって」 「それは、そうだけど。――え?」  まさか、あたしとレオンで知ってる魔王のお話が、違う!?  ここにきての突然の事実に、あたしは呆然とレオンを見つめた。 「――レオンが聞かせてもらったって話、一応聞かせてもらってもいい?」 「いいけど、ミナの方がこういう話は詳しいんじゃ?」 「いいから」  あたしは半眼で、威圧的にレオンを促す。 「お、おう……って言ってもかなり小さい頃だから、うろ覚えだけど……。  ――むかーし、魔王って存在が現れたけど、天使が人間に、えーっと……なんかの石? を貸して、四つの指輪に封印しました。その指輪の行方は知れないけど、天使の前に指輪が揃わなければ魔王は二度と現れることはないと言っていたとかなんとか……だったかなー? なんか細部が違った気が……」  うん。全然違ったわ。  あたしの知っている魔王の話はそんなに詳細ではない。先程も言ったが、なんかよくわからないけれど魔王が出現し、人間たちは他の種族と協力してなんとかそれを封印した、という話である。 「レオンのご両親にお話し聞くことって、できる?」 「それはちょっと、難しいだろうなぁ。まず行っても会えないだろうし」 「……あまりの方向音痴っぷりに親に勘当されたとかじゃないわよね」 「違うわっ!」  あたしの冗談は全力否定された。  しかしそうなると、他の街の図書館や学会で、伝説・伝承本や文献をあさってみた方がいいかも。あたしの村にあった本が、極端に記述が少なかったのか。それとも、レオンの親がなぜか詳細に知っていたのか、そのどちらでもないのか。その辺りをはっきりさせられるだろう。  しかし、指輪……って。あたしは、首から下げている指輪を手に取りながら、メルに示す。 「ダッドがあたしの指輪を欲しがったのって、今のレオンの話の通り?」 「え、ええ。お父さんとお母さんが、それぞれ指輪には四大天使サマの《御名|みな》がついているといっていました。ユビワのうちがわに、文字がほられていませんか?」  レオンの話に驚いたのか、目を丸くしていたメルの指示で、あたしは指輪の内側を見る。  まあ見なくても、指輪の内側に何か文字が彫られているのは、とっくに気付いている。ただ、指輪そのものが小さいので、頑張って文字を読み取ったものの、その文字列の解読が正しいのか自信はなかったのだ。  ただまあ、四大天使の名となると候補は絞られる。書いてある文字にもだいぶ確信が持てるというもの。  その辺の事情は説明しつつ、あたしは「たぶん」と読み取った文字を二人に伝える。 「指輪の内側の文字は『オフェール』って書いてあると思うのよ」  この「オフェール」という名こそ、四大天使の一翼、聖なる炎を司ると言われる大天使の名なのだ。  四大天使は他に、ナスィーアル、ヒュグミュアル、ペオミュアルと呼ばれる大天使がいると言われている。  このナスィーアルやペオミュアルという大天使だが、名前から想像できる通り、《聖盾崩|ロプセグ・ナスィア》や《神剣千手|ドゥナー・ペオミュアル》はこれら大天使の力を借りた神聖魔術である。 「そうですか。そのユビワが魔族のさがしているものであるカノウセイはたかいとおもいます。――けど、どこで手にいれられたんですか? そんなもの」 「どこっていうか、姉ちゃんの話だと、あたしが生まれた時に手に握ってたらしいわよ」  聞かれたので勿体をつけずに、さらっと伝えてみたが、二人ともなんでか絶句して固まっている。 「――そんな反応されても、あたしも困るんだけど……。覚えてるわけじゃないし……」 「……いや、大事な指輪とは聞いてたけど、結構な曰く付きじゃないかそれ……」  レオンは頬を引きつらせながらも、冗談の一つも言っているつもりなんだろうが、この指輪が魔王の封印アイテム、ってなると曰く付きどころじゃなくなるんだけど……。  ずーっとなんだかよくわからなかったので、どこかの宝物庫の鍵だとか、伝説の魔法道具の一つだとか……だったりしたら楽しいなぁ、なんてあたしも考えてはいたけれど。魔王封印の指輪の可能性が浮上するとは、誰が予想できただろう。 「えーっと……。ちなみに、この指輪が本物だって確認する方法は、あったりするの?」  場の空気を取り持とうと、あたしはメルに話を振る。メルは戸惑いながらも、記憶をたどる仕草をした。 「――いえ……。お父さんやお母さんならなにかしっていたかもしれませんけど。わたしはほかのユビワをみたことがないですし。魔族もそれがホンモであるかどうかは、ハンシンハンギなんじゃないでしょうか。――たぶん、ホンモノだとおもいますけど……」 「やっぱり、そうよね……」  今までの話を整理すると、魔族が目論んでいる魔王の復活には、メルとあたしの指輪を含めた四つの指輪が必要であるということだ。  まあ、指輪は本物であると仮定してだが。  魔族が、指輪をどのくらい手中に収めているかは不明だが、あたしの指輪を欲しがったのを見るに、少なくとも全部の指輪を手にしていないのは明白。今後も、まず間違いなくあたしの指輪を狙ってくるだろう。  そしてメル。恐らく魔族は「メル」という存在よりも「メルの《天使|セイラルト》族としての力」が目的なんじゃないだろうか。  レオンの話を信じるならば「天使の前に指輪が揃わなければいけない」ということになる。ならば、真っ当に考えて《天使|セイラルト》族しか解けない封印、と考えるのが妥当だろう。  ただ、それなら、メルじゃなくても《天使|セイラルト》族であれば……。 「――ねえ、メル。他の《天使|セイラルト》族の人は、どうしたの?」  地上に降りたのは、一翼や二翼ではなく集団だったと記述にあったと思ったが。  あたしの疑問に、メルは、ゆっくりと首を横に振り、声を沈ませる。 「十ねんほどまえに、一族がくらしていたむらは、ほろぼされたときいています。わたしのきおくがあるのも、どこかにかくれてくらしているところからで、そのときのことを、ちょくせつはしりません。そのとき、いっしょにくらしていたひとたちも、わたしいがいはみんな……」  レオンがあたしを肘で小突く。言われなくてもわかってるわよ……。  あたしは、メルに向かって頭を下げた。 「ごめんなさい。嫌なこと思い出させたわね……」 「いえ、いいんです」  そうは言うが、メルの声は先程よりも明らかに沈んでいる。  うー。事実確認が必要とはいえ、この子あたしより年下に見えるのに相当過酷な人生経験積んでるぞ。どこに地雷があるやら……。 「ツライ話させちゃうけど、つまり、メルも自分以外に生存している《天使|セイラルト》族がいるかどうかはわからない、ってことでいいのね」  メルは無言で首肯した。  魔族がメルに拘る理由は、そこかぁ……。魔族もメル以外の存在を知らないのだろう。  メルのことを思えば他に生存者がいてくれるとありがたいのだが、メルの代わりに利用される可能性を考えると少々悩ましい。生きていてもどうか見つからないでくれ、と願うばかりだ。  ――しかし、空気が重くなってしまった……。  うーん。ここはどうにか空気を軽くしたいが。――あ。 「そういえば、メルって、何歳?」 「え? としですか? えーっと……」  メルは慌てたように指を折って数え始める。もしかして、覚えてないのか? 「たぶん……十?」  首を傾げながら疑問形で言われても、あたしも困る……。で、でもまあ、見た目相応といったところだろうか。 「そ、そう。十歳ってことにしておきましょう。あたしは十四歳で……そういえばレオンっていくつなの?」 「え――」  なんで話し振った途端に固まるの、こいつ。  しばらく目が泳いだ後、 「……お前の歳は過ぎてる」  とだけ返ってきた。 「覚えてないんかいっ!」 「いや、だって、旅してるといちいち自分の歳を数えたりしないから」 「えぇ〜?」 「疑うな疑うな」  疑うなとは言うが、そんなもんか〜?  あたしが胡乱な眼差しでレオンを見続けると、彼は話題を変えようと話しを締めにかかる。 「と、とにかく。メルの事情はよくわかったよ。とにかく、魔族にメルと、お前の指輪が渡らないようにすりゃいいんだな」 「まあ、それはそーだけど。それだけじゃ、後手でつまんないし、こっちも情報が少なすぎるわ」  結論としては、レオンの言う通りなのだが、こっちもなにか対抗策みたいなのは作り出さなきゃならないだろう。今回の魔族の行動もなんか謎なところがあるし。 「情報っていうと? こっちから魔族が取りそうな行動なんてわかりそうなもんか?」 「うーん、そうじゃなくて。まず、レオンが親から聞いた魔王の話の真偽が謎じゃない。レオン、伝承系の本は読まないんでしょ? だったら、その魔王の話とそっくり同じものが載ってる本をまずは探して、レオンが聞いた話が事実かどうか、詳細な文章を確認したほうがよくない?」 「確認して、どうするんだ?」 「情報量にもよるけど、そこから魔族が考えていることを推測するくらいは、できるかもしれないじゃない。  あとは、《天使|セイラルト》族のことも気になるわね。メルが詳細を知らないんじゃ、魔族がメルに何をさせようとしてるのかがハッキリしないし」  あたしの言葉に、レオンはキョトンとしている。 「だから、封印を解かせようとしているんだろ?」 「その封印を解くのに、メルになにをさせようとしてるのか、ってことよ。そもそも、メルもあたしたちも《天使|セイラルト》族のこと全然わかってないのよ。知ってて損はないはずよ。そうでしょ、メル」  メルはあたしの勢いに押されるように、「あ、はい」と同意してくれる。 「わたしも、できれば自分のことなので、知りたいですけど……」 「素直でよろしい。あと調べたいのは……魔族への対抗策かしら」 「それは、そうだな」  これにはレオンは、なぜか神妙に頷いて口元を手で覆って考え込む。 「……どしたの?」 「いや……気になることはあるけど。まあいいや」  ムッ。そこで勿体ぶった態度をとっといて、隠すのか。 「気になることって、なによ」 「たいしたことじゃないし、癖ってこともあるからなんとも」  癖? ダッドの癖? のことだろうか。なんかあったっけ……?  考え込むあたしに、レオンが「だからいいって」とあたしの思考を遮る。 「どうせ、魔族についても調べる気なんだろう? それに、またあのダッドってやつには会うことになるだろうし。今度は一人で戦うなんてバカげたこと言い出すなよ」 「はいはい、言わないわよ」  別にタイマンで絶対勝ちたいってわけじゃないし。一人で相手にするのは馬鹿げてるくらい強い、ってのは今回でよくわかったし。  ――そういえば、ダッドがレオンが斬りかかった時になんか驚いてたけど、あれは結局なんだったんだろ? レオンに聞いて……もわからないだろうなぁ。彼も怪訝そうな顔してたし。 「まあ、当分は調べ物かしらねー」  あたしはため息をつきながら「ああ面倒くさい」と机に顎を乗せた。  こんな時においしいフルーツタルトの一つもあったら良いのに。 「なら、当初の予定通り、行き先はレイソナルシティでいいな。あそこは広いし、物も集まるし」  ああ、そういえば国境沿いだから、三国の文化がーとか宿屋だか酒場のおっちゃんが言ってたっけな。美味しい物食べれるかなぁ……。 「メルもそれで構わないか? 調べ物ってなると、一つの街に長滞在することになるだろうけど」 「わたしは、かまいません。ショウジキどうしたらいいかとか、よくわからないですし。そのあたりは、おふたりにおまかせいたします。かわりに、ケガくらいは魔術でなおせますので、おっしゃってください。神聖魔術はトクイなほうなので」  ああ、だからさっきメルにかけてもらった術は、効き目がよかったのか。  神聖魔術とは、神や天使の力を借りる魔術全般を指してそう呼ぶ。《天使|セイラルト》族であるメルは、血筋的に神聖魔術と親和性が高いのかもしれない。  あたしもいくつか神聖魔術は使えるのだが、簡単な術と、剣を媒介にできる術しか使えない。正直、《神剣千手|ドゥナー・ペオミュアル》みたいに使う手順が面倒なものが多いので、あまり好きではなかったりする。  その分、魔術が神聖性を帯びるのか、防御無視、生物皆平等にダメージが通るっぽいので、魔族相手にも気兼ね遠慮なく試したり使えたりもするのだが。  暇があったら、レイソナルシティにある魔術学会の術式論文でも読み漁ってみよっかな……。 「それじゃまあ、今日はゆっくり休んで、明日からはさっさとレイソナルシティに向かう、でいいのかしら。善は急げってことで」  あたしの言葉に、レオンとメルは頷いた。異論なしということだろう。  なんだか、大変なことに巻き込まれてしまった気はするが、退屈な旅にはならなそうなのが、不幸中の幸いに感じていた。  窓の外では太陽が沈みかけ、四角く切り取られた森に暗い影を落とし始めている。  空には、満月からやや欠けた《双子月|エニアル・エタリアル》が顔を覗かせていた。
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