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過去編・悟② 【注意>文中に暴力行為を匂わせる表現を含みます。閲覧時にはご注意下さい。】  にたにたと笑う男が、自分が神の如く、厳かに広間で宣言したのは。  義兄弟間での、殺戮だった。  非常に簡潔な、それ以外の意味を持たない、死の宣告。        ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈  決まり事・その一。  殺す為に必須な技術や知識の習得に関しては、同等の時間を与えられるという。  決まり事・その二。  薬物は適時注射を打たれ、刀傷や火傷や他の傷も、同じく己の身をもって、その威力を試される。  決まり事・その三。  きっちり日に三食提供される水や食事には、日々代わる代わる違った毒が必ず致死量含まれる。食事を唯の一片も残す事は許されない。  その毒で死ぬのならば、所詮はその程度の者という事なのだという。  決まり事・その四。  兄弟の殺し合いは、当主の見ている前で、行なわなければいけない。  寝首を搔いて相手を蹴落としたとしても、それは数には含まれない。  兄弟を多く殺せば殺すほど、今よりも序列は上がっていく。  決まり事・その五。  殺す手段は問わない。素手でも武器でも毒殺でも何でも良い。  ただし、相手が何も言わぬ冷たい骸と化すまで、一度始まってしまった試合は、決して途中で止める事は出来ない。        ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈  そして──────男の宣言によって開始された生存戦争は、自分以外の誰かを殺し、唯の一人が生き残るまで、終わる事は決してなく。  他に、この屋敷で生き残る道はない。  十五号。  それが、今回の『《君原|きみはら》の遊戯』における、自分に最初に与えられた序列及び呼称だった。       ──────────  身体の細かい筋の一本に至るまで細部に描かれた、人体の何処をどうすれば相手を仕留められるのか。  何の毒物を、どの程度、どうやって使えば、死に至らしめられるのか。  与えられた数多の教本の大半が、”殺戮”の為の技術だけを余す事なく載せていた。  数冊程度、まるでおまけのように渡された、一般教養の文字を見た時。  医師や学者が学ぶ為の小難しい専門書だったとしても、何故だか無性に安堵した。  基礎体力をつける為と称した、監督官である下男に良いと言われるまでは休む事を許されない、ものによっては数日にも及ぶ訓練の中で。  吐く物がなくなって、何度胃液を吐いたか分からない。  見張っている下男に、何度鋭い鞭で打たれたか分からない。  訓練の合間にも、毒の食事は自分の身体を《苛|さいな》み、合間なく打たれる薬物の注射や、容赦なく付けられる刀傷や焼きごての痛みに、何度意識が遠のいたか分からない。  死の間際に立った事も、多分間違いなく、ある。  初めの数週間は、皆が皆、相手の出方を伺っているようだった。  食事の毒で死んだ者はいなかったが、顔が土気色になっており、体力訓練の中で倒れ込んで、暫く動かない者もいた。  自分自身も、先日右肩と右《脹ら脛|ふくらはぎ》に押し付けられた焼きごての火傷が膿んでいて、熱を持ちじくじくと痛むせいで、動きは相当《鈍|のろ》い。  ある程度、下男の視線と動線の把握をしたので、鞭打たれる事は少なくなったが。  それでも、毎日、傷が治る前に新しい傷が増えていく。  身体の全細胞を働かせても、治癒能力がいきなり突出したりなど、しないというのに。  ある日、体力試験の終わりに一息ついた後。  何番目の義兄かは忘れたが──────自分よりも遥かに大きい少年が自分を指し、「昼から試合をする。逃げるなよ」と言い放った時。  いよいよをもって、全てが始まるのだと悟った。  同胞の血に塗れ、同胞の屍を積み上げるだけの、血を分けた兄弟による骨肉の《蠱毒|こどく》が。               ──────────  屋敷の中、一番広い東の庭に、白と赤の太い紐を捻って輪にした土俵が存在していた。遥か頭上に作られた上座には豪華な刺繍の寝台があり、間違いなく当主の男が、にたにた笑いながら、そこから全てを見下ろすのだ。  義兄弟の血に塗れる姿を、にたにたと、にたにたと、笑いながら。  試合の決まり事は、至極簡単だった。  まずは相手を決める。試合相手は籤引きで決めても良いし、自ら相手を指名しても良い。  ただし、面と向かっての指名は三度までしか使えない権利。  そうして指名された側には、皮肉な事に、拒否権が一切ない。  次に使用武器を決める。  木の台にずらりと並べられている武器の内、《暗器|あんき》から毒物から、その他《些細|ささい》な物まで含めて、三つまでなら持ち込み可能。  既に自分で武器を持っているのなら、それを使っても良いという。  そして三点目。  試合は、輪の中だけで行わなければならない。  仮に踵が輪に触れただけで、それは失点として、相手側に好きに傷を一つ付ける事を許可される。  この『好きに傷を付ける』というのが味噌だ。  場所の指定はされていないのだから、心臓を突き刺しても、首筋を切り裂いても、頭を潰してでも、何でもいい。  つまりこの行為こそが、最短で最適で最終的な、必勝法。  自分を相手に選んだ義兄は、広間に集まった最初に自分の事を蔑んでいた内の一人で、八号と名乗っていた。  目だけがやたら細い糸目で、どっぷりと腹が前に出ている身体をしていて、歩く時もどすどすと音を立てている。  彼は武器を眺めていた自分を遠慮なしに横に押しやって、鋭く尖った鎖鎌と、数多もの棘がついた《投擲|とうてき》用の石袋と、それから大きな金槌を先に選択した。  重そうな身体に、更に重そうな重装備で固めているぐらいだから、力には相当自信があるのだろう。  そう踏んだ自分は、ほぼ暗記してある教本の中でも、特に興味を引いていた──────《鋼糸|こうし》と呼ばれる《暗器|あんき》と、塩が入った小瓶と、もう一つの小瓶を手に取った。  ふふんと、既に勝ち誇った義兄の顔が見える。  そんなくだらない事よりも。  手にした《暗器|あんき》を、教本の手順通りに自分の利き手である左指に絡め、小指を曲げてみた。  使用者の力加減で、硬さも柔らかさも速さも網の張り方も、何もかも自由に操作できると記載されていた糸は、力加減を誤れば使用者本人である自分すら傷つけるとも書いてあったが、《鋼|はがね》で作られているはずなのに、しっくりと指に馴染んだ。  自分の手違いで自らを傷つける事になったとしても、小柄で非力な自分にとっては、使いこなせれば十二分な武器になる。  そう、自分が此処で勝ち残る為には──────如何に速く頭を回転させて、如何に相手よりも先を読んで、如何に相手にこちらの思惑を悟らせないかだ。  力の真っ向比べなどといった、最初から勝敗が分かりきっているものに願掛けなどしない。  頼れるのは、己のこの小さな身体と、頭に詰め込んだ知識と、知識を如何に動作に昇華出来るかの三点だけ。  それ以外に、信じられるものなど、ない。  陽が中心に上がる頃、のっそりと上座の寝台に男が寝そべり、他の兄弟達も見守る中、下男が今回の遊戯の初戦を告げる、笛の合図を高らかに鳴らした。  そうして──────自分にとって、同じ匂いのする血に塗れた、生き残りをかけた戦いが、《否応|いやおう》なしにも始まった。
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