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 昼の酒場はとてつもなく混み合っている。 あっちのテーブルでは仕事終わりらしい冒険者のグループが真っ昼間から酒盛りを繰り広げ、こっちのテーブルてはエルフの一団が何やら激しい議論で盛り上がり、すぐそこのカウンターでは休憩中らしい兵士二人が大きなホットサンドに齧り付いている。あ、それ美味そう。 「やっぱデカい街は違うな……」 ランに昼食の調達を任されて酒場に降りてきた俺は祖国のそれを思い出してぽろりと言葉が零れる。 「なんだい兄ちゃん。もしかして田舎の方から出て来たのかい?」 聞かれていたらしく、カウンターの向こう側で調理をしていた中年の男性に声を掛けられた。服装を見るにおそらくコックだろう。 田舎者丸出しの発言を聞かれていたとあって、少し顔が熱くなる。恥ずかしい。 「はい。和ノ国から出て来て、こっちに入ってから今日で三日目なんですけど、やっぱり人混みとかには慣れませんね」 恥ずかしさを誤魔化すように笑って答えると彼は陽気にガハハと笑うと手に持ったフライパンで肉を焼きながら続ける。 話しながらだが、そのフライパンさばきは手慣れていて、彼の料理の上手さが伺える。 ……てかあんな大きなフライパンよく片手で出来るよ……。 「となると入って来たその日にあの東の港の海竜種襲撃事件か。 人は西の方から入って来るのが普通だから旅人はあまり巻き込まれてないって話だが、商船に乗せて来てもらった奴は散々だったらしいな。お前さんは無事だったか?」 「俺も商船に乗せて来てもらったクチですけど、入ったのは朝でしたから。この通り、無事ですよ」 自分から巻き込まれに行きはしましたけど。おかげでもっとデカい事に巻き込まれることになりましたけど。 心の中でそう付け足すが口には出さないのは、昨日の今日と街を歩いて分かった事の内に、自分はどうやら有名人らしいということがあるからだ。 半分英雄視されているらしいが、俺としては自分がやれる事をやっただけなのでちやほやされるのはくすぐったい。 てかちょっと話が誇大されているところもあって軽く羞恥プレイだ。 「そいつはよかった。 あの時は刀使いの旅人が竜のほとんどを斬り伏せたと聞いたが、あんなのに一人で挑むなんて中々の強者だよな。 くぅ〜っ!! 一度見てみてぇなあ。旅人だったら多分ここの宿を使うはずなんだけどなあ」 「……この人混みです。紛れてるんじゃないんですか?」 「それもそうだよなぁ……。おっといけねえ、兄ちゃん注文だろ? 何がいい」 「あのホットサンドを四……いや五つお願いします」 「あいよ」 同時にフライパンが強く揺すられ、中の肉が豪快にひっくり返された。  「昼飯持ってきたぞ……って何だこれすげぇ匂い」 作ってもらったホットサンドを抱えてランの部屋の扉を開けると、何とも言えない香りに身体を包まれた。 嫌な匂いではないのがまだよかった。服に匂いがついたらちょっとつらい。コレお気に入りのジャケットだし。 おかえり、と言うランとメイにホットサンドを手渡して聞く。 「なんか変な器具? あるし……。何してんだ?」 「エッセンシャルオイルを作ってるんだよ」 「えっせんしゃるおいる」 「精油のこと。聞いたことない?」 それならわかる。美容や健康にいいらしくて、少なくてもけっこうお値段が張るやつ。 師匠がそれが入った小瓶をいくつか持っていたことを思い出した。 「僕は狩りとかでお金が稼げる程腕は立たないからね。こうやって精油を作って売って、旅費を稼いでいるんだよ」 「普通に薬とかにも使えますしね」 「そうそう」 「……それを作るやつが、それな訳?」 グツグツと湯が煮立っているガラス容器を見やる。 それは蓋がされていて、そこから伸びたチューブがその隣のまた別の容器に繋がっている。中では薬草が勢いよく噴き出す水蒸気で踊り、その蓋から伸びたまた別のチューブがルリが操っているらしい宙に浮かぶ水球を通って一回り小さな容器に固定されている。 そこからポタポタと液体が滴っているのが見えた。 「うん。けっこう手間がかかるんだよね」 言いながらホットサンドに齧り付いたランはあ、おいしと呟く。 やっぱり俺の目に狂いはなかった。 「これを溜めてったら上の方が精油、下の方がフローラルウォーターって感じに分離するんだ。どっちも需要は高いから、いい旅費稼ぎだよ」 食べるのは左手に任せて忙しなく薬草や水を追加していた彼の右手が止まった。 こんなもんか、と言って水を沸かせていた魔術式を消す。火が消えたのを確認した彼は残りのホットサンドを口に押し込むと液体の溜まった容器を持ち上げ、下の方に付いている栓を緩めて器用にフローラルウォーターだけをガラスの瓶に移す。残った精油も同じ様に別の瓶に移した。 そして魔術式を書いて手早く使った器具を洗って乾かすと、また同じ様に、今度は別の薬草を突っ込んでいく。 ルリはその一瞬の間にホットサンドを平らげた。目でもっと寄越せと訴えてくる彼に渋々両手に持ったそれの左手にあった方をやる。ちくしょう、二つ食べたかったのに。霊術使いはたくさん食べないといけないんだからな。 二つ目を腹に収めたルリは満足そうにランの手伝いへと戻っていった。  ウジウジ文句を言っていても仕方がないので、俺もホットサンドに齧り付く。 ジュワッと肉汁が溢れ出てきてソースと混ざり、溢れそうになる。慌てて行儀が悪いがそのまま上を向いて噛み切った。 レタスがシャキシャキとしていて新鮮さが伺える。ローストチキンは噛む度に肉汁が滲み出し、パンともよく合う。ソースは何が使われているのかは分からないが、しょっつるのような味なした。これがまたパンとよく合うこと。 コショウと酢に和えられた玉ネギの辛味が良いアクセントになっていて、バクバクといける。軽くトーストされたパンも元々固めに焼かれている為かその存在を主張していて、肉汁とソースによって丁度食べやすい食感だ。 え、いいのこんなの百五十コリトで食わせて貰って。元手取れてる? 大丈夫? そう思いながら食べているとあっと言う間に食べ切ってしまった。それなりにボリュームもあったので十七歳霊術使い男子の腹的には大満足だがもっと食べたいという気持ちもある。 口の端に付いたソースを指で拭って舐め取るとお行儀悪い、とメイから濡らしたタオルが飛んできた。 「美味いな、コレ。俺このソース好き」 そう言うと、ランが薬草をハサミで切りながら返す。 「ああ、ガルムを使ったやつだね、多分」 「がるむ……? って何だ?」 「魚から作ったソースだよ。そうだな、君のところの国のしょっつるみたいな」 ああ、なるほど。だから同じ様な味がしたのか。 「キュウン」 美味かったと言うように鳴いたルリの頭を撫でながら彼は続ける。 「ここは通商の一大拠点だからね。いい食材もリーズナブルに手に入れられるんだよ」 「へぇ」 「……兄ちゃん、ごめん、残り食べて」 流石に大きくて食べ切れなかったらしいメイがずいとホットサンドを差し出す。 ラッキー、と思いながらモゴモゴと食べていると扉からコンコン、というノックの音がした。
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