フォントをダウンロード中
ページの左右でマウスを左クリックします。
または、 キーボードの左右の矢印キーを入力します。
ページ上で指先を左右になぞると、 前/次ページへ移動します。
メニューはページをタッチすると現れます。
× ヘルプを閉じる
浮遊感が長い間続いているように思えた。しかも、上昇するような。二つ折りのような体勢をしているらしい、下腹部と右半分の身体に何か当たっている感覚がした。レオナルドはそっと目をあけた。黄が混じった白、黒にさえ見える深い、深い緑、新雪のような白。浮遊感とそれら全てで作り上げられる風景が何なのか、気付いた時レオナルドは叫んでいた。 「はあああああ!? 浮いてるのか、下にあるの、あれ…………!!」 「大きな声の子供だな」 知らない声に窘められ、レオナルドは思わず口をつぐんだ。口調も声も、聞き覚えの無かった人のものであった。低い、大人の男の声は響かずにレオナルドの耳に届いたらその場で消えた。先程のレオナルドの大声も反響などせずに消えたのだから、周囲に障害物が無いようだ。改めてレオナルドは、自分は宙に浮いているのだと痛感した。 「大人しくしててよ。僕達まで変に思われる」 小さいが、確かにサイロの声が聞こえた。近くには居るらしい。しかし、レオナルドには辺りを見回す勇気が無かった。下を見た直後にすでに目を固く閉じていた。 「それは、俺が変だと言いたい、のか」 サイロに反撃するためにまた大声を出そうとしたが、謎の圧力により勢いがどんどん落ちていく。 「案ずるな、少年。危害など加えない。じきに私達の里に着こう」 知らない声の響きは固いが、声の表情は柔らかかった。どんな人物なのだろうか。レオナルドは安心感を覚え始めていた。 「もう地面に足つけられるから……ありがとう、長」 「何、一向に構わん。ほら少年、しっかり立て」 声のした後、爪先に固い感触があった。久しく踏んでいなかった雪の無い地面に、レオナルドは感動すら覚えた。しかし、空中に浮いていたせいか、膝が言うことを聞かない。二、三秒程でレオナルドは尻餅をついてしまった。 「うえっ」 「レオナルド、大丈夫だったか? 立つんだったら捕まっていいぞ!」 目の前に飛び出したのは犬の姿のノースだった。ノースはそう言うとおり、毛に覆われた身体をレオナルドに押し付けた。その暖かさにレオナルドは安堵した。 「平気だ、ちょっと驚いただけ。ありがとな」 「なら立って。後ろにここまで連れてきてくれた長が居るから。挨拶くらいしなくちゃ」 涼しい顔で立っているサイロが大きく見えた。言われてみれば後ろに誰かの気配がするレオナルドは慌てて後ろを振り向き、驚いた。 「うわっ」 「元気な少年だ。サイロよ、そこまで厳しくするでないぞ。お主かて初めてここに来た時は腰を抜かしていただろうに」 「…………どれだけ前だと思って、」 「…………そ、……宙人…………」 レオナルドの背後にいた人物は、豪快に笑っていた。くすんだ鳶色の髪、細められていてまだ分からないが、きっと菱形に近い形の目をしているのだろう。人間の左右の耳のある位置に、天に向かって伸びる角のようなものが生えていた。数少ない資料にも、不確かな存在とされ、生態が明記されていない人種───その宙人が目の前に居る。 レオナルドは少し赤面したサイロに気が付かなかった。話の内容さえ半分も理解出来ていない。心臓が早鐘をうつ。頭と心臓が破裂して飛び出してしまいそうだった。 「驚かせたな、少年。宙人の長のヤトと申す。気軽に長とでも呼んでくれ。サイロが連れてきたということは、お主も御樹の童の連れなのであろう? ならば歓迎しない手は無い。じきに皆が来るであろう」 目の前の宙人の声は紛れもなく、先程空中に浮いていた時に聞こえた声であった。レオナルドの想像よりも若かったその宙人は、愉しげに笑っていた。意味の分からない単語まで飛び交い、レオナルドは混乱していた。 「長……彼女は」 「自分の目で確かめるがよい。もうそこまで来ているではないか」 サイロの質問に宙人が答える。レオナルドにはサイロの言う「彼女」も、宙人の言う「御樹の童」も意味が分からなかった。疑問符が頭の中で回る。最早流れに身を任せるしかレオナルドには出来なかった。宙人達の視線の先を追う。人影が幾つか見えた。サイロが軽く片手をあげると、それに応えるように細い腕が空に向けられた。ノースの顔が喜色で染まる。 「ご主人、レオナルド! 見えたぞ、俺ちょっとアルビノ様のところ行ってくる!!」 「アルビノ、様……?」 そう言うなりノースは走り出した。人影も走っているようだ。レオナルドはそっと立ち上がった。遅めに歩き出したサイロについていくように、長とレオナルドが並ぶ。長はレオナルドよりも頭二つ分程背が高かった。歳はレオナルドよりも一回り上くらいだろうか。微笑みがうっすらと浮かんだ顔はナクラで恐れられている宙人の想像図からは想像出来ないだろう。 「暫くぶりの再会なのではないか?」 「そうだね。長は嬉しそうだ」 「御樹の童はお主らがいた方が気分がいいらしいからな。合図が聞こえた時、本当に嬉しそうに笑ってな。御樹の童の慶びは我らの慶びと等しいようなものだ」 「これから会うのが、御樹の童……」 レオナルドは御樹が何なのか知らなかった。宙人からは御樹の童と呼ばれ、ノースにはアルビノ様と呼ばれた女の子をどうやって想像出来ようか。ただ、レオナルドの心はナクラを支配するナーラ一族の謁見の時のように緊張していた。人影に色がつく。人影の中にノースが混じっていた。人影の中でも目立つ人物が目に入った時、サイロの顔が少し綻んだように見えた。レオナルドは立ち止まった。驚愕を隠せず、棒立ちになったがサイロも長も気が付かなかった。 「………………|先天性白皮症《アルビノ》」 人影の真ん中に居る、微笑みを浮かべた少女は真っ白な髪に赤い瞳をしていた。 新雪の如く白い髪は、同じ色をした肌に溶けてしまいそうで、どのくらいの長さをしているのかレオナルドはすぐには把握出来なかった。雪兎、これほどしっくりくる人間が居るとは思わなかった。少女は親しげに宙人に囲まれながらサイロとノースに微笑んでいた。 「久しぶり」 「お帰りなさい、サイロ。二人とも元気そうで良かった。……で、あの人は?」 「アルビノ様、あれはレオナルドって言うんだ。 一緒に行くことになった奴で、五月蝿くて面白いぞ!」 レオナルドはゆっくりと近付いていった。レオナルド同じ位の歳だろうか、華奢な身体の、どこか儚い感じのする少女だった。 「御樹の童は初めてこの少年に会うのか。新しい仲間と来ればかなりめでたいのではないか? 二人も帰って来たことだし、宴でも開こう。本日の夜、迎えに上がろう」 「ありがとう、長。気を使わせちゃってごめんね」 ヤトが気にするなと笑い、軽く手を振る。少女の後ろに居た大勢の宙人が同じように笑った。ヤトと同じ種族である彼らは当然のように角のようなものを持っていた。この場では異形が普通なのだとレオナルドは痛感した。 ヤトがレオナルド達の元を離れた。数人の宙人がそれに続く。宙人にも性差や個体差は存在するらしい。ヤトについていった宙人達は女性らしく、丸みを帯びた身体つきの、レオナルドよりも少し高いくらいの背の者が多かった。髪や肌、瞳の色は少しずつ違っていたが、緑がかった茶色や鳶色、柳の葉のような彩度が低く、落ち着いた印象の色が多かった。 「今日は宴なのか! 楽しいし腹いっぱいになるまで食べられるから嬉しいぞ! レオナルド、準備してるの見に行こう!」 「ノース、良かったね。長が優しい人で、助けてもらえて本当に。……あの、あなたレオナルドって名前なのね。よろしく」 まだ警戒の色が隠せないレオナルドは驚くほど何も話せなかった。自分の名前を名乗ることすら出来なかった。口を開いても、声にならずに掠れたような息しか出てこない。何か言わなければと焦る程にレオナルドの頭は整理が出来なくなっていった。 俺の名前はレオナルドだ。一緒に行くことになったからよろしく。お前は誰だ? 何故ここに居る? お前はアルビノ様とノースに呼ばれたんだよな? なら御樹の童もお前のことだろう? 何故そんな風に呼ばれている? そもそも何故サイロとノースの知り合いなんだ? 宙人の存在を何時から知っていた? 「レオナルド、お前返事はしなきゃ駄目だぞ! こちらはアルビノ様。レオナルドよりも前からご主人と俺と旅してる。 とっても優しくって、料理もしてくれる人だ!」 「…………おう」 絞り出した声は固かった。ノースのはしゃいだ姿を見ても警戒心を隠せない。そんなレオナルドを見て、アルビノは困ったように少し眉を寄せて微笑んだ。 「突然いろんなことがあって混乱してるよね。私だってその原因だけど……でも、これから一緒にやっていく仲間になるんだから仲良くしてくれると、嬉しいな」 アルビノは高くて軟らかい声でレオナルドに語りかけるように話した。突然現れたのは彼女にとってレオナルドもそうなのだと気がついたが、もう一度とってしまった態度は変えられない。なんだか惨めな気分だった。 「……おう」 緊張は先程よりも溶けたらしい。声が多少楽に出てくるようになった。固く力の入っていて少し上がっていた肩も元に戻った。 「彼女は悪人なんかじゃない。宙人から御樹の童と呼んで重宝される程にね。……二人で話したいから少し、全員席を外してくれない? 少し出てしまっていたから報告が色々とある」 サイロがそう言うと、レオナルドは驚いた。二人でなどという少々気障にも思える言葉が、涼しい顔をしたサイロの口から出てくることが衝撃であった。しかし、それに他の者は驚いた様子も無い。久しく会っていなかったらなあなどと当然のことだと言わんばかりに受け入れていた。アルビノだけは少し困ったように白い頬をよく見ないと気がつかない程度に染めていた。 (俺がずれてる…………訳じゃ、無いよな?) 少しばかり腑に落ちないものを感じつつ、レオナルドはノースに引っ張られて行った。宙人もそれに続く。それを軽く手を振って見送り、全員が霧に隠れて見えなくなったら、アルビノはサイロに向き直った。 「久しぶりだね──イノア」 イノアと呼ばれたアルビノは、赤い瞳をつい、と嬉しそうに細めた。 イノア──それがアルビノの少女の本当の名前であった。ノースや宙人に教えないのは何も嫌いだからという訳では無い。彼女の境遇を持ってして生まれた、サイロとアルビノの秘密であった。アルビノは軽く目を閉じた。瞼の裏によぎる影、何に変え難い苦い記憶と恩人への想いが彼女を満たす。 ─アルビノの少女は、ナクラからかなり離れた地方の、その中でも秘境とすら呼ばれるような集落に生まれた。生を授かった彼女に投げかけられた言葉のほとんどは「忌み子」への憎悪の念が込められていた。彼女の父親も母親も、彼女を家族ではない、人間では無いと子を罵り、侮蔑の目を向けていた。あまつさえ、お前のせいで私達夫婦も集落の人々から白い目で見られるのだと。彼女が何をしたという訳では無い。ただ「異形」に生まれてきたことこそが彼女の罪であった。 辛い暮らしは何年続いたのだろうか。殺されなかったのが不思議なほどだが、彼女は集落で生きていた。労働力として扱われる奴隷の方がまだましだったのではないか。意味の無い虐待、罵詈雑言。白い肌がきちんと美しく保たれていた時期など無かった。泥にまみれ、茶色く染まったような髪。弱々しい光しか浮かべたことの無い瞳。自分の姿をきちんと見たことすら無かった。 そんな中で名前を付けられたことこそ、本物の奇跡なのではないかと彼女は後後振り返ることになる。最も、集落の人々は彼女の名前を呼ぶことなど無かったが。必死に自分に名前を言い聞かせ、人間でいようと足掻いていたことなど誰も知らない。彼女をわざわざ構う者など居なかった。 だが、それも狭い集落だったからである。彼女が六の歳を数える時、地方の管轄であった豪族が消えた。ナーラ一族により排除されたのである。その席に次に座ることになったのは、ナーラ一族の末席に居る、中年のよく肥えた男だった。その者は支配者が変わったのだと知らしめるために一つ一つ集落を回っていた途中だったらしい。権力を振りかざすのが好きな下卑た大人の目に止まらないようにするには、彼女の容姿は目立ちすぎた。興味を惹かれた男は、数年後に少女を引き取ると言い残し、大量の金を置いて去っていった。集落の人々は歓喜した。こんな山奥の集落では得るはずのない大金である。喜んで差し出そうと、最低限の彼女の教育が始まった。彼女の生活は見違えるほど良くなった。汚れているのが普通だった身体はきちんと整えられ、破れている箇所を数えようとも思えなかった服は捨てられ、上等のものに変わった。白い肌と白い髪に赤い瞳がよく映え、可愛らしい女の子の姿になった。 それがいいことだったのも最初のうちだけである。今まで彼女を下に見て、虐待やら暴言やらを吐いていた者の不満が溜まっていった。これまでの彼女は、言わば集落の「負の感情の掃き溜め」であった。そんな彼女が自分よりも上等な生活をしていることへの不満は爆発的に膨らんでいった。 こうした中で、集落の人々はあることを決めた。少女は集落の人々に打ち捨てられた。以前のような粗末な服を着せられ、山奥まで来ると乱暴に彼女を置き去りにしたのである。戻ることは許されなかった。 彼女は一人で山をふらついた。行く宛てなど何処にも無かったが、何故か歩かなければならないと感じていた。生まれ育った集落から遠ざかろうと泣きながらも、嗚咽や咳が出ても歩き続けた。彼女の心の中で、今まで向けられてきた憎悪は集落の人々に返すような形で向いていた。それきり彼女は集落がその後どうなったのかは知らない。近寄ろうなどと思わないが、憎悪だけは「彼女の中の集落」に巣食っていた。ある意味、憎悪が彼女を動かしていたと言っても過言では無いのかもしれない。 満身創痍になり、倒れた彼女を見つけた者───それがサイロだった。その時からサイロは彼女にとっての恩人である。 「……おかえりなさい。今回はかなり長かったね。怪我はしていない? 体調も大丈夫?」 イノアはサイロを労った。彼がどうして樹海に降りたのか、彼女は知っていた。目的を達成させないための障害がひしひしと迫っていると彼女は感じていた。 「僕やノースに心配することは特に無いよ。それより、長が言っていた通りだった。今回狩ってきたあの鳥虎、普通じゃなかった」 「長の気にしすぎってことにはならなくなったのね……相手の目的が絞れればもう少し考えようがありそうなのに」 「うん……今回でまた動き始めようと思う」 「……そう。ずっと居続けるのは出来ないし、仕方ないね。本当に、長には感謝してもし足りない。宙人の里に来れて生かされているようなものだしね、私達」 サイロはゆっくり頷いた。イノアの表情が暗いことは分かっていたが、“約束”を果たすために必要なことであった。サイロはそっと目を伏せた。樹海とは違う風の匂いが彼らの心を過去へと誘っていた。 レオナルドは唖然とした。山積みにされた肉は見上げられるほど高かった。子供が一人入れるのではないかと疑うほど大きく深い皿はナクラの城でも見たことが無かった。そちらでは小さめで一つ一つ丁寧に職人が作った最高級の品がエンダ各地から取り寄せられている。ここまで大きな皿は必要無かったのである。勿論、ナクラで温室育ちのレオナルドがこのようなものを見る機会など無かったのだ。ノースは初めて見る訳ではないが、普段が普段なために珍しげに興奮しながら宙人達が宴の支度をするのを見ていた。 「レオナルド、楽しみだな! 宴、宙人の里でしかやったことないから俺ここ好きだ!」 「ノースも久しぶりに帰ってきたものね、ご馳走たっぷり作るから貴方も楽しんでね。何しろあの御樹の童の御仲間様々だもの」 レオナルドはまだ疑問を抱いていた。疑問点は不信感の種である。それらを無くすことがこのなんとも言えない彼の不安定さ無くすことになることは分かっていたが、不信感が邪魔をして疑問点を解消出来ない。完全に悪循環に陥っているのであった。 彼の靄がかった心のうちを知ってか知らないでか、ノースが彼の顔を覗き込んでいた。 「レオナルド、何かあったのか? 宙人の里来てからお前静かすぎて調子狂うぞ! いろいろあったし混乱してるのかもしれないけど、アルビノ様も長も他のみんなも皆いい人達だから心配なんかしなくていいんだ、俺もご主人もいるし大丈夫だろ!」 「普段の俺が五月蝿いって言いたいのかお前は失礼だな!……ったく、何なんだよ。でも、ありがとな」 レオナルドはノースの顔をぼんやりと眺めながら、サイロとアルビノの少女のことを思い起こしていた。彼の価値からして、|先天性白皮症《アルビノ》が本当に彼女の名前だとは考えがたかった。 (何を考えているんだ、あいつら…………) 御樹の童、|先天性白皮症《アルビノ》……それらは二つとも同じ人物を指す。双方が名前で無いのなら、他にも何かあって然るべきなのだ。レオナルドには彼女が何か隠しているとしか考えられなかった。 (目的なんて問い質せないだろうしな) レオナルドは考えるのを諦め、忙しそうに動き回る女性の宙人達を眺めた。忙しそうではあるが、彼女らの顔はとても生き生きとして輝いていた。また新しくあの大皿が運ばれる。肉が焼けた芳ばしい香りや茸だろうか、野菜などの匂いも混ざって漂ってくる。料理の量が歓迎の気持ちを表すのだと言っていたことをレオナルドは思い出した。ナクラでは無かったもてなしにレオナルドは戸惑いを感じつつも言葉にし難い心地良さに気がついていた。宴に関わる皆が楽しげであった。ノースの機嫌の良い鼻歌が食器が鳴る音と連動しているかのようであった。 ノースに一言ことわりを入れてから、レオナルドは厨房の外に出た。ひやりとした冷たい空気が彼を包む。長い時間ずっと胡座をかいていたせいか、身体が固まってしまっていたようだ。腕を思い切り伸ばして身体をほぐす。ゆっくりと目を開けた彼の視界には、レオナルドの見たことの無い様式の家々がぼんやりと霧に覆われていた。彼が宙人の里に来てから時間が経っているはずなのだが、来た時から出ている霧は一向に晴れるきらいが無かった。 (そう言えば……地面に雪なんてねえし、ここの里って違和感だらけなんだよな……) レオナルドは軽く足についたものを地面に擦り付けるように動かした。ざり、と土と砂の音がする。雪を踏む感覚は、この里に来てから一度も体験していない。 (空気は冷たいんだし、雪が降っててもおかしくない気温のはずなのにな……) 音もあまり響かない世界は謎で溢れている。なんだか不思議な心地で彼は包まれていた。 「あれ、レオナルド?」 少女の声がしてはっとした。土を見ていた視線を上げて辺りを見渡すと、右斜め前方に驚いた顔のアルビノが居た。視界が悪く、音も聞こえにくい世界では仕方がなかろう。しかし、レオナルドは不測の事態に取り乱していた。謎の多い相手と唐突に一対一で向かい合わされて動揺するなと言う方が無理があるのだが。 レオナルドは息を吸い込んだ。自分が声を発しなければならないという気持ちが彼を支配していた。 「あれ、レオナルド?」 ノースと共に厨房を見ているはずであった少年に遭遇するという、不測の事態に驚いていたのは何もレオナルドだけでは無い。アルビノとて驚いていた。彼から警戒されているのは仕方がないとは思いつつも、どこか不満も感じていたのは事実である。警戒や異常物へ向けるものは、かつて彼女が暮らしていたあの集落を思い起こさずに居させてはくれなかった。頭にかつての記憶が過ぎる。忌々しいと感じつつも、彼女はいつまでもそれから逃れることが出来なかった。それが生涯付き纏うであろうことを、彼女は知っていた。 「……おいっつってんだろ! しっかりしろ、お前生きてんのか!?」 「あ……ごめんなさい、ちょっと考え事してて」 本当かよとぶちぶち文句を垂れながらも、レオナルドはアルビノに声をかけることが出来た。しかもその愚痴は彼女に向けられている訳でもなく、レオナルド自身に向いているものが多いと分かった。彼女にとっては、かなり意外なことであった。 (やっぱり、サイロって人を見る目がある) 「御樹の童」である自分と親しい者という点を除いても、宙人の長であるヤトから絶大な支持を得ている彼。つくづく彼が人を引き寄せる力が並々ならぬものだと確信されられる。彼には、力がある。しかし、それをサイロが自覚するようになるとは思えないアルビノであった。 レオナルドに会う少し前に見送った少年の、去っていく時に見えるあの猫のような後ろ髪を思い出していた。金の瞳に深い藍の髪を靡かせる彼を。強い力を持っていても、危うさの伴う彼が連れて来た少年というだけで、レオナルドはアルビノにとって興味深い人物であった。最初はヤトにさえ心を開かなかった、あの猫のように警戒心の強い彼が。 「ねえ、あの子……レオナルドだっけ。ちゃんと、名前呼んであげた?」 「…………そんなの、」 「どうだっていい訳無いでしょ。……名前学校大切だって、サイロはよく知ってると思うけど」 「…………」 彼女のその言葉に、彼は返す言葉を持っていなかった。彼が元々名を持たなかった所以を知らないイノアでは無い。悲しそうな、寂しそうな色々が浮かんだ彼女の顔をそれ以上曇らせることは本望などにはならない。 「ちゃんと呼ぶよ……時期が来たら、ね。連れて来た本人が何を言ってるんだって、自分でも思ってる。でも、計画を成功させるためには僕らが持ってない知識が、どうしても必要だったから」 それは私だって、重々分かってる。でも、それだけを言い訳にしないで──目の前に立っているレオナルドをアルビノは見据えた。温室からいきなり雪原へと放り出された彼を。 「……本当に、ごめんなさいね。ちょっと、時間ある?」 「おう……なんだよ」 きっとレオナルドの方が冷や汗をかいているだろうけど。駆け引きになるかもしれない、と思うだけで手のひらが汗ばむ。 「私でも良ければ、あなたと話がしたいの。これから一緒にやっていく人なんだから、疑問は少ない方がいいかなって。……自分でも分からないことも多いし、私達は未熟だから答えられるか、微妙だけど」 線を引いた。でも、壁は無くしたかった。でもそれはあまりにも滑稽で、見え透いていて。きっと対峙しているこの少年だって分かっている。疑問を無くせるなんて言わなかった。質問全てに答えられるなんて、言えなかった。 目の前の少年の、ふくよかな身体。それは裕福さを表していて、そんな人間と対峙することに後ろめたさを感じなかったと聞かれたら否とは言えない。しかし、この少年が持つものはそれだけではないことを知っている。そうでなければ、私を見て警戒や不信の目ではなく、嫌悪や侮辱の目なのだから。 薄茶色の瞳はしっかりと意志を持ち、こちらを見据えていた。 緋と薄茶が交錯する。レオナルドはイノアから、何か一種の負の感情を読み取った。しかし、彼はそれの根幹も何も知らない。その負の感情の名前すらも知らないのであれば、わざわざ突っ込まずにことを済ましても問題は無いと分かった。 だとしても、彼は自分に負の感情を向けられることに慣れていなかった。 「訳分からねえな……お前は、」 俺のこと良く思ってねえんだろ、と言葉は続かなかった。アルビノの表情にあるのは緊張、焦り、興味、そし不安であった。 それを悟って、レオナルドは何も言えなくなった。アルビノからすれば、彼はついさっきまで赤の他人であったのだし、何も知らない相手と話すのに不安が付き纏うのも仕方の無いことである。彼はそのことを、完全に失念していたのだ。彼が彼女に向けていたのよりも顕著でなかったのは、彼は「異形ではない」ことが大きかろう。レオナルドは口を噤んだ。 「え…………?」 「いや、何でもない。俺の疑問に答えてくれるんだろ?」 「ええ、少しでも仲間らしくなりたいの」 アルビノから直接答えを聞けるのは、レオナルドにとって願ってもいない好機だった。そもそも今まで考える暇さえ無かったために忘れていたが、どうしてサイロが鳥虎を倒すことが出来たのかさえ、レオナルドは分かっていない。持ってきた荷物もどうなっているのか。それを思い出した瞬間、レオナルドは叫んだ。 「あっ!!」 「ひゃっ……な、何かあった?」 「お、いや、こっちの話…………はあ。まあ忘れてた俺も悪いなんて思う訳ねえだろ!!」 「ええっ、何の話?」 もし本が放置され読めなくなったら。勝手に頂戴しようと企んでいた貴重な資料が黒ずんでいたら。もしが前提の仮説だとしても苛立ちは湧いてくる。 (なぜ持ち主であるはずの俺に知らされない? 扱いもなかなか酷いし、これはきっちり話付けとかなきゃいけないんじゃないか? もっと俺の意見を重視するように──) 「レオナルド、大丈夫なの? あの、私と何の話してたのか覚えてる?」 「あ……悪い。疑問だよな…………いきなりだけど、お前ってアルビノであり御樹の童でありっていう感じでいいんだよな? 何故だ? どうしてお前は宙人から尊ばれている?」 思考が一つのことに集中してしまい、今本当は何をすべきか見失うのはレオナルドの悪い癖だ。現に今もアルビノがいなければ思考は全て荷物の行方へ傾いていただろう。 一つ息をついて無理矢理気持ちを落ち着かせ、質問へと移る。目の前の者から疑問を解消しておこうとレオナルドは決めた。 「そう。私は宙人からは御樹の童って呼ばれてる。ノースはアルビノって呼ぶね。何でも好きに呼んでもらって構わないよ。宙人から尊ばれる理由……それは多分、御樹を見た方が分かりやすいんじゃないかな」 「御樹ってのは何なんだ? 俺は何もそれについて文献を見たことがねえんだ」 もともとナクラには宙人に関する記述の載った文献は少なかった。貴重なそれらに載っている情報はどれも似たり寄ったりしていて、詳しいことは何も分からない。生態もあやふやで、永遠の謎だとレオナルド自身も思っていた。 「里の奥の方にね、大きな樹があるの。それが御樹でね、私と同じ色をしているの……だから、宙人が私を気に入ったって訳」 「同じ色って……赤は分かるけど、」 白い樹など到底信じられるものではなかった。突拍子もないことが続いてはいるが、現実味が無さすぎる。宙人の里だから、と言われればそこまでなのかもしれないが、疑ってかかる方が正しかろうとレオナルドは思った。 「にわかには信じられないよね。明日にでも、案内してもらうのはどうかな……他には、何かある?」 「他……お前とサイロはいつから知り合いなんだ?」 聞きたいことが多すぎる。情報を与えられる度にレオナルドの中に疑問は積まれていく。知りたいこと全てを知るのにどれほどまで時間がかかるのか。レオナルドは一瞬気が遠くなった。 「いつから……私が生まれ育った集落を追い出された後だから…………六歳だったか七歳だったかって、そのくらいかな。仲間になって十年くらい」 「お前、追い出されたって…………棄てられたってのか。それに、十年……」 何かしら事情があるのは覚悟していたつもりだった。しかし、棄てられるなど彼の生きて来た人生では考えられないことだった。目の前の異形の少女は過酷な境遇を生き抜いて来たのだと痛感した瞬間であった。 「まあこの見た目だし、忌み子だってね。古い人達の集落だったから」 緋い瞳には暗い光が称えられ、何の色も映っていなかった。レオナルドと対峙しているはずなのに、誰も見ていないような目。レオナルドはそれに、無自覚のうちに何故かサイロを重ねていた。 「おう…………じゃあ、今は後一つだけでいい」 これ以上彼女について聞き出すような真似は出来ない。レオナルドは直感的にそう感じた。ならば、彼女に関係の無い一番聞きたいことを聞くまでである。 「サイロの奴……あいつ、何の力を持っている?」 アルビノの緋い瞳が大きく見開かれた。 サイロの持つ力……それを説明するには、ナクラを知る必要があった。彼女らはそれを知らない。彼女が思っていた、レオナルドの知識を借りる初めの時はレオナルドからもたらされたようなものであった。 「……ごめんなさい、それをあなたに伝えるには、私も知らなくてはいけないことがあるの。私達の、計画を左右すること。きっと、レオナルドの今後だって変わってしまうような」 計画の危険性を一番知っているのはアルビノである。危険な面倒事が嫌いそうに見えるレオナルドを無断で計画に巻き込むのは、本意ではなかった。 「……なんだよ、その知るべきことって。言っておくけど、逃げんのは無しだぞ」 「勿論よ……教えて。ナクラでは、魔法使いってどういう位置付けに居るの?」 魔法使い──下手をすれば、たった一人で都市さえ落しかねない力を持つ彼ら。サイロの力は恐らくそれに当たる。断言が出来ない所以は、彼らの知識や認識が足りていないためである。 しかし彼女は危惧していた。もしその力が一般人が持つことを禁忌とされていたら。サイロはどうなってしまうのか。仮説を立てれば立てるほど、アルビノの背は粟立つ。もう彼が居なくなることに耐えられるほどやわな絆ではなくなってしまった。失わないためには、知が必要であった。 「魔法使いって……そんなの、エンダ中の魔法使い全員ナーラ一族に支配されてるに決まってるだろ。言葉と思考の力を魔法にしてる、強力な力を持った奴らをその辺に放っておく訳ねえし。あのナーラ一族だって、抱えてる魔法使い団に寝返られたらナクラを落されるって言われてるしな。むしろ今まで反乱も起こさず仕えてるってのが不思議なくらいだって……どうした?」 「もしよ……もし、ナーラ一族に帰順していない魔法使いが見つかったら、どうなるの?」 例えが制限されすぎているのは分かってはいた。しかし、回りくどい道を通るほど彼女に余裕は残されていなかった。レオナルドの怪訝そうな顔はアルビノの不安を煽っていく。 「もしって……そんなのあるはずねえだろ。魔法使いになる条件って知ってるか? 専門の教育と、生まれ持った素質が無いとなれないんだよ。素質を持つ人間が生まれてくる血筋ってもんがあるんだからよ。その辺の人間がぽんぽん魔法使いになんかなってたまるか。万が一があるなら…………懸賞金でもかけられて指名手配だろうな、ばれたら」 がんがんと頭の中で警鐘が鳴り響く。レオナルドから教わった、ナクラでの「常識」。もしサイロの存在が知られたら? もしも彼が魔法使いだと分かってしまったら? 本当に、レオナルドに真実を伝えなくてはいけないのか? 現時点での彼女の優先順位にたつのは、レオナルドよりもサイロである。しかし、アルビノは何も知らない振りをして切り捨てることが出来る程非情ではなかった。思考がぐるぐると回る。吐き気さえするような。 「それが、何か関係あるのかよ」 「え、あの…………」 訝しそうな顔をこちらに向けるレオナルド。察しは悪いが、情報があれば思考することが出来るのだとサイロが言っていた。無駄に情報を与えてしまったのだから、下手に誤魔化してことをややこしくするのは得策ではないだろう。それでも、躊躇われた。 「…………ごめんなさい、ちゃんと伝える。私が勝手に言ってしまうのも、良くないとは思うんだけどやっぱり知ってて欲しいから。……サイロはね、ナクラ出身でもないし、魔法使い団になんて入っていないけど、それでも魔法使いなの」 教育も何も受けていない彼が何故か自然と身につけた力。彼がアルビノと出会う前に、その力が目覚めるほどどんなに切羽詰まった状況に置かされていたのか。名前の無かった彼がどこまで心を壊されていたのか、それを考えると気が狂ってしまいそうになる。そんな彼が抱けた夢なのだ。叶えるために全力を尽くす以外の選択肢を彼女は持っていない。否、彼女自ら棄てたのだ。 「はあ…………? そんなの、あるはずねえ! 前例も無いぞ、魔法使いの血筋を引く一族は全部ナクラに居るんだぞ!? そんな馬鹿みてえな話……」 「レオナルドは、私達よりも知識がある分余計混乱すると思うの。でもさ、レオナルドが襲われかけた化け物を、サイロはどうやって倒したのか分かる?」 鳥虎と彼が名付けた怪物を倒したのは今回が初めてでは無い。腕力では敵うはずのない化け物を倒す方法を、アルビノは他に知らなかった。 「火の粉……まさか魔法で出したってのか? 有り得ねえ……けど、確かに繋がる……」 「本当に、混乱ばかりさせてごめんなさい。でもそれがあなたの質問への答え。……長話しちゃったね。皆探してるかもしれないし、先に私は行くね」 混乱しているレオナルドと、これ以上一緒にいることには耐えられなかった。気まずさから逃げるように小走りで厨房の中へと入る。アルビノは胸の中に積もった一物を見ないふりをして、宙人の女達の声に答えた。 宴の席であるのに、たまにどこか心ここに在らずという表情をするイノアをサイロは案じていた。同時に、レオナルドが自分を見る目がおかしいと薄々感じとっていた。 (僕と別れた後、何かあった……?) 宙人に話しかけられれば、いつものように笑う。はしゃいだノースがじゃれついても優しく対応する。普段と同じはずであるが、確実に憂いの秘めた表情《かお》をするのだ。 (イノアが不安になるものなんて、存在する意味無いようなものなのに) 彼女には、平穏で幸せな日々を過ごしていて欲しい。計画に巻き込んでおきながら、図々しい願いであることサイロはよく分かっていない。彼の生きる意味は、彼女と計画のためにあると言っても過言ではない。彼女が幸せに笑うのであれば、サイロは自分の命を天秤にかけられても迷わないだろう。それをイノアが望んでいるのか、知らない訳ではなかろうが。 (名前の、ことかな。まだ呼んでいないのが、そんな顔をさせるまで辛いことだったの?) 自分とレオナルドの関係を案じていたのは分かっていた。しかし、そう簡単に警戒心をとける程の人物だと把握していない。向こうがイノアや宙人を警戒する限り、サイロとて寛大にはなれない。 あおっていた果実水の入った杯を置く。その音も宴の賑やかさでかき消される。笑い声、食器の音、いつの間に持ってきたのか、太鼓を叩く音。この宴の空気にイノアはちゃんと含まれている。宙人に囲まれ、笑っている。ノースははしゃぎながらあちこち動き回っている。大勢が楽しくて仕方がないようだ。元来の性質がそれなのだから当然か。 「……ふふっ」 「サイロ? 楽しんでるのか良かったなぁ」 「ひらいてくれて感謝してるよ、長」 少なくとも、彼女は今笑っている。それだけでもいい。知らず知らずのうちに笑みが零れているのを、彼は知らない。彼は過去を辿ることで頭がいっぱいだった。 この世界に一人で放り出された後のことをよく覚えている。時間にして十年なのだそうだが、彼にはよく分からない単位である。奴隷として幼い時から働かされ、勉強をする機会など無かった。あるのは生き物としての本能だけであった。それは知識が無い代わりによく研ぎ澄まされていた。 当然、ただの奴隷である彼には名前など無かった。彼が名前となる「名詞」を知ったのも奴隷としての仕事で書庫の掃除を命じられた時であった。文字は分からないから、形で覚えた。いつかこれを名前にしようと。名前が付けられたのなら、何かが変わるような気がして、誰にも悟られないように必死で覚えた。最終的に、彼が覚えられた単語は二つ。そのうちの一つしか読み方を知らなかった。形で覚え、誰にも知らせなかった弊害と言えよう。 ノースの名前は彼が付けた。名前を呼べば嬉しそうな顔をして尻尾を大きく回す。笑いながら彼をご主人と呼ぶ。名前を与えたことに後悔はないが、読み方を知らない名前の付いた自分を不憫に思うことはあった。 ノースと彼が会ったことは、彼がずっと奴隷として生きていたら叶わなかったことだろう。ノースは元々、貴族の護衛として鍛えられていた獣人の一人だった。獣人達は割り振られた番号で呼ばれ、それは名前ではなかった。貴族を守るためらなば肉壁になることも厭わない護衛になる──それが求められていた。しかし彼の性質上、その生き方は出来なかった。成長しても、彼の心は幼く、望むことは思い切り野原を走り回ることだった。八にも満たない少年なら当然であろう。そんな獣人を、貴族は望まなかった。ナーラ一族の襲撃の前日、彼は暇を出された。行くあてなど無いまま世界に放り出された。ノースは人が好きだった。都合のいいように振り回された時を知っていても、まだ未練があった。隙を見て城に戻ろうと、少し離れた場所で一日を過ごした後、惨劇は起きたのである。 惨劇を免れた獣人、惨劇の唯一の生き残りであった少年──お互いの姿を認めた時に、どれほど安堵したことか。どれほど恐怖心を抱いたことか。どちらにせよ、お互いに惨劇によって生み出された不幸な人であることに変わりはなかった。それぞれの境遇を話すうちに、恐怖心は消えていった。 「お前も、名前がないんだな。俺は名前じゃないけど、五十三番って呼ばれてた。呼んでた人、居なくなっちゃったけどな」 「……なら、僕が君に名前をあげる」 「……え?」 「ノース。僕が知ってる名前で、読み方も書き方も知ってるやつ。ほら……こうやって書くんだよ」 煤の積もった地面に、彼は形を綴る。指が黒く染まった。書かれた字は、直線はへろへろと曲がり、曲線の方向は怪しかった。けれど、紛れもなくノースが初めて与えられた「名前」であった。 「……ノース。俺、名前、ノース……!」 「君の名前はノースだよ。これから、よろしくね」 この時のノースの表情を彼は忘れることが出来ないであろう。喜びを、どうやって表現すればいいのか戸惑っているような。後々で考えると、感情をはっきりと示すノースがこのような表情をすることは、感傷に浸れるほど珍しいことだった。 「ありがとう……!」 だから彼はノースという名前を与えたことに、後悔はないのである。そんな彼が名前を与えられるのは、アルビノの少女に出会ってからの話である。
1
15
シリーズ一覧
感想を送る
作品を紹介
ブックマーク
しおりを挟む
作品情報
使い方
登録が完了しました!
確認事項
戻る
実行