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 しと、しと、しと。雨が降っている。  男は憂鬱そうに空を見上げた。夜だというのに、空が雲で覆われて灰色に色付いているのが分かる。パッとしない空模様に、彼はため息を漏らした。  まるで、自分の気持ちを代弁しているみたいだ。  彼はそう自傷気味に笑った。  そんな彼に、隣にいた女が傘を手渡す。その表情は少し寂しそうで、儚く見えた。  だからだろうか。彼は思わず彼女の名前を呼ぶ。彼女は小さな声で返事をするが、その存在の儚さは変わらない。  彼は彼女の存在を確かめるよう、彼女の頬に触れた。 「大丈夫?」  彼の口がそう動く。  彼女は無理に笑いながら頷く。そして、彼と同じように口を動かした。 「大丈夫」  彼はそんな彼女に表情を曇らせる。その言葉は強がりであることに気付いていたから。彼は、そう気付いていながらも彼女に何もしてあげられない自分を責めた。  もう少し、強ければ運命は違っていたのかもしれない。  しかし、そう後悔するには遅すぎた。もう、二人の運命は決まってしまったのだから。  彼は彼女から目をそらし、空から地面へと落ちていくしずくへと視線を向けた。そして、三文字の言葉を口にする。 「ごめん」  彼女は彼のその言葉に、心の中でため息を吐く。  彼女は彼のそんな言葉が聞きたいわけではなかった。悲しそうな、苦しそうな顔を見たいわけでもなかった。彼女はただ、彼に笑っていてほしくて、安心してほしくて、笑ったのに。  彼女の想いは、彼に伝わらなかった。そのことに、彼女は心の中で苦笑いをする。どうして、こんなに笑顔が下手なのだろう。どうして、彼には強がりが見抜かれてしまうのだろう。  彼女は自己嫌悪を胸に押しとどめて、彼に自分の腕時計を見せた。彼は小さく頷くと、名残惜し気に彼女の頭を撫でる。その温もりが離れるのを、彼女も名残惜しく感じた。  本当は、もう少し一緒にいたい。  口に出かけた言葉を、彼女は飲み込む。これ以上、彼を困らせてはいけない。運命には決して抗えないのだから。これが、二人で選んだ運命なのだから。 「それじゃあ」  彼はそう最後に口を動かすと、彼女に背を向け雨の中へと消えていく。  彼女は茫然とその後ろ姿を眺めていた。  傘に水が当たる音が遠くなっていくのを感じる。ああ、もう行ってしまった。  彼女は一人、彼が最期に遺した言葉を思い出す。彼はいつも別れの言葉を言わない。次に会う約束の言葉も言わない。それが彼の優しさだと彼女は気付いていた。孤独な彼女が《別れ》を感じないようにするためだと。  しと、しと、しと。彼女の目にも、雨が流れていた。  
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