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 薄くも刺さるような朝日が、すり鉢状の丘に広がる《海桜町|かいおうちょう》に色を与える。一日の始まりを告げる粛粛とした荘厳なその輝きは、いつも心に鋭く沁みてきて痛みと不思議な安心感を抱かせる。特に、《土季|つちのき》の透き通る朝日は師匠との暮らしを思い出させてくれるから好きだ。  サンは振るっていた木刀を上段でとめたまま、微笑みを噛み締めて目を瞑った。  好きでも、心に刺さる痛みは好きになれなさそうだ。ライガ、夕黒事件、師匠の死。全てが生々しく、未だに胸を締め付けては杭を打たれるような感覚に襲われるから。 「三年は早いな、サン」  そう声をかけてきたのは〈《無色|むしき》流〉の師範代ジゲンだった。三十半ばで師範代へとなった実力者で、師匠や師範と同じ剣気使い。 「おはようございます師範代。三年、もうそんなに経つんですね」 「歳はいくつになったんだ?」 「生まれ日は知らないので、今は十六です。《風季|かぜのき》に入ったら十七です」  そう、あれから三年経った。夕黒だった師匠が死に、キリ師範が後見人となる条件で蒼龍ノ國へやってきて三年。この道場で稽古と鍛錬を続けながら軍学校に通わせて貰い、先日卒業したのだ。  ここから、《律士|りつし》になるための道を歩み始めることができる。本当の強さを見つける道を。 「無色から来て、勉学は大変だっただろう」  ジゲンは道場の稽古場の縁側に座り、新聞に素早く目を走らせながら言った。 「いえ、読み書きはあっちで教わったので、そこまで苦労はしませんでした」  ジゲンは満足げに頷くと、新聞を畳んで庭に下りてきた。新聞の代わりに手には木刀が握られている。  サンは、眉を上げてジゲンの様子を探った。 「いっちょやってみるか?」  ジゲンの飄々とした挑戦的な上目遣いに、サンは誰もいない稽古場に視線を走らせてから声を落とした。 「いいんですか? 師範に怒られませんか」 「もう仕事に行ったよ」  サンは笑みを隠すように口を結ぶと、立ち位置を変えた。木刀を脇に垂らし、足を前後にずらして踵は軽く浮かす吊り劔の構えをとる。  集中して体の隅々まで意識を巡らせていく。呼吸がゆっくりとなり世界が静かになっていく。相手の目、関節、すべての動きを感じ取るように視界に収める。 「師範代からの直々の手ほどきとはね。無色の人間はよっぽど性根がずる賢いらしい。ジゲン師範代、おはようございます」 「カゲツか、お前も朝が早いな」  ジゲンが構えを解いて、目の奥に期待の色を秘めながら端整な顔の顎を撫でる。二人を交互に見やり、木刀を脇に抱えて白い歯を剥き出して笑った。 「お前たちでやってみるか」  カゲツが目を開いて顔でジゲンを見る。  無理もない。師範は、稽古以外での勝手な打ち合いは許可していない。剣の技は相手の命をとる道であり、その道は軽く歩くべからずと教えているからだ。木刀を使う稽古も同様、打ち合い稽古は相手の命をとる気でやるもので、今のこの状況は決闘となんら変わりはない。 「なーに、稽古だよ稽古。力関係には影響しないから。《無色|むしき》と《蒼龍|そうりゅう》の田舎者、どちらにも優劣なんてないっていうのが証明される良い機会にもなるしな。それに、そもそも俺は師範代。先生がいない時は俺が道場預かってるんだから問題ない」  田舎者と言われたカゲツは、一瞬頬を痙攣させて黙ると静かにサンの前に出て木刀を構える。 「カゲツ、俺はべつにお前と闘いたいとは思って――」  カゲツの真剣な顔をみて言葉を飲み込んだ。こいつは本気なんだ。昔からそうだ。蒼龍の学校に通っていたときから何かと突っかかってくるやつだ。卒業でようやく離れられると思ったのに、同じ道場にくるんだからついてない。  サンは二刀の木刀を体の脇に垂らして《吊|つ》り《劔|つるぎ》の構えをとる。  そのとき、稽古場の戸が勢いよく開けられて大きな音を立てた。中庭の三人は目を瞬かせて硬直した。 「なにをしておる」  キリが巨木のようにどっしりと立って押さえつけるような声で言った。  サンとカゲツはキリの無表情な目に耐えられず、地面に目を落とすと頭を下げた。ジゲンは、あちゃーとふざけた態度で体をのけぞらせて快活な笑い声を響かせる。 「お前は師範代だろう。精神がなっていないのではないか?」キリはしっかりとした眉の下の目だけを動かして、サンとカゲツを交互に見やる。「サン、カゲツ、お前たちは仲が悪いのか?」  サンとカゲツは一瞬目を合わせる。 「いいえ。すみませんでした」カゲツは頭を下げる。  キリの答えを待つ視線に、サンもカゲツと同じ謝罪をする。 「カゲツ、今日は親御さんがくるのであろう? そんなのでどうする」  カゲツはなにも言わずに、キリがいなくなるまで頭を下げ続けた。  午前の稽古が終わり、土季には珍しい晴れの中にそれはやって来た。道場に入るなり賑やかなその人達はカゲツの両親だった。二人とも痩せ型であっけらかんとしていて、ロジウス夫妻ぐらい老けていた。  カゲツは両親と会えたというのに、二人の後で荷物を持つだけで対応が味気ない。そんなカゲツを気にすることなく、両親はすぐにジゲンとの会話に夢中になった。  運ぶのを手伝った荷物をカゲツに渡して、一言かけようかと口を開きかけたが、カゲツは客室の扉を閉めてしまう。その目は石のようで、感じるのをとうの昔に諦めたかのようだった。  午前の稽古を終わらせて午後の稽古のために稽古場に向かっていると、客室から四人が出てきた。  数時間話し込んでいたようだ。カゲツの両親は、俺を見ると嬉しそうに音を立てて手を合わせ話しかけてきた。ここ海桜町で観光にちょうどいい店はどこかとか、カゲツとは関係のないことを矢継ぎ早に訊いてくるものだから、まるで金槌で打たれる鉄のような気分になった。  カゲツは相変わらず淡々と荷物を玄関に運んでいる。 「それで、その団子屋さんはあなたの育った町にはあったの? 故郷の味っていいわよねぇ」カゲツの母親が宙に目を浮かべて想像するように言った。 「その団子屋はこっちで見つけたんです。俺は、田舎というか、無色の出の人間なので、上等な店は知らなかったんですけど、なんかその団子屋は懐かしい味って感じで――」  カゲツの両親は目を丸くした。 「じゃあ、あなたが無色からきたっていう逸材なのね。会えて光栄よぉ、カゲツとも仲良くしてやってね。カゲツ、仲良くしなさいね」  カゲツは空返事をすると両親を見送ろうとせずに稽古場の方へと向かおうとする。 「あなた、カゲツをしごいてやってね。それじゃ、その団子屋さん楽しんでくるわ、無色は大変だったでしょうけど、頑張ってね」  そう言ってカゲツの両親は陽気に話しながら出て行った。静かになった玄関で、サンはため息つくと稽古場に向かおうと振り返る。先に向かったはずのカゲツが、腕を組んで俺を見ている。なにを考えているのかわからないのは変わらないが、その目は苛立ちに影を落としたようだった。 「カゲツのお父さんとお母さん賑やかだな。いいね、ああいうの」 「うるさいだけさ」  相変わらずカゲツの言葉は冷たい。それでもその言葉には引っかかるものがあって、気付いたら思わず言葉が出ていた。 「両親がいるのは幸せじゃないか」  自分の声の棘の鋭さに首の後ろを掻きたくなった。 「いても不幸なことはあるんだよ。お前にはわからない」  サンが言い返そうと口を開く前に、カゲツは踵を返して行ってしまった。  サンは飲み込む言葉も見つからないまま、開きかけた口を噛み締めると誰もいない玄関に目を向けた。  確かにわからない。俺には血の繋がったカゲツのような両親はいないのだ。  カゲツの両親を皮切りに、道場には連日門下生の親がやってきた。道場は道場で金子を貰っている以上いろいろとやらねばならないことがあるらしく、師範代のジゲンは忙しそうだった。  その忙しさが去ったある日の午後、稽古の代わりに港に来ていた。《海桜|かいおう》湾にて栄えている海桜町の港には、無色の港以上の商船が停泊していた。それも異国の船が多い。海は蒼龍軍が守っているため、船は一年中安定して来航できるのだ。  そうなると、問題は陸に上ってくる異国人達だった。力を仕事にする人達は、ヴィアドラの人間よりも荒々しい。町の治安を守る《律刑隊士|りっけいたいし》こと《律士|りつし》がいるが、異国人からするとどうやら大した存在には感じないようで、代わりに存在するだけで強力な抑止力となる蒼龍軍の特別巡回というものがあった。  そして、俺達が港に来ているのはその特別巡回に見習いとして参加するためだった。こんな名誉なことはない。嬉しさと緊張、やる気にあふれているが、横を歩く人間を見てため息をつきたくなった。だが、ため息をつきたくなる原因が俺よりも先にため息をつく。 「なんでお前と特別巡回見習いなんだろうね。あ、でも反面教師としては無色の出であるお前ほど立派にこなせる人はいないか」  カゲツは腕を組んで、嘲弄の笑みを口に湛えながらサンを見た。  俺だってこんなやり辛いのはごめんなんだけどな。それを口にするよりも早く、今回面倒を見てくれる蒼龍軍の人がやってきて二人は慌てて頭を下げた。 「今日はお世話になります。よろしくお願いします」  カゲツが、笠を被り蒼龍軍の戦装束に身を包んだ男に、これが挨拶だと言わんばかりに歯切れの良い声を出した。 「なーに、堅くなってるとなめられるぞ。見習いだからって見習いらしくするな」  笠をちょいとあげた男は師範代ジゲンだった。 「驚いた顔してるな。俺の推薦でお前達を今日の見習いにしたんだ。俺が監督するのは当然だろう?」  なんだろうか。急に緊張がとけていく。 「サン、お前あからさまに気をぬくな、顔に出てるぞ。これでも俺は師範代であり、今は蒼龍軍の上官だぞ。わかる?」 「はい、ただ、その、慣れた人だったのでつい」  ジゲンはサンの頭を軽く小突くと港沿いを指差す。 「それじゃ行くか」  船から荷をおろす人足達は無色の人足とは打って変わって、一様にしっかりと防寒の効いた仕着せをまとっていた。船員達も土季の海は寒いのだろう。その国特有の衣装にのっとった防寒服を着ているが、やはり毛皮が多かった。見たこともない黄色と黒の縞模様のものだったり、真っ黒で艶やかなものだったり、逆に白かったり、肩のところに獣の顔の部分がついたものまである。  ふと、サンは空いている桟橋を見つけてジゲンに尋ねる。 「ジゲンさん。気のせいかもしれないんですけど、バルダス帝国の商船が少ない気がします」  ジゲンは満足そうに愉しそうに喉を鳴らす。 「よく気づいたな。去年も見習いやったのか?」 「いいえ。よく港に遊びにきていたので」  そう言ってサンは見習い用の装束を撫でながら周囲に視線を走らせた。誰かが俺の顔を覚えていたら、すぐに見習いだとばれるだろう。そうなれば、この格好は滑稽に映るだろうし、舐められるかもしれない。  そんな見栄を気にしてしまうのは、道場のものよりも立派な見習いの戦装束が原因だ。  黒に近い深緑の着物は柔らかく、龍の顔を象った紋が付いている。たっつき袴の足袋は、革で頑丈に仕立てられているのに履き心地が良くて体術を阻害することはない。  それだけなら少し機能的な戦装束だから見栄を張ろうとも思わないが、そこに袖なしの羽織を纏うとなると話は変わってくる。羽織を纏うのは責任ある誇り高い任につく者だけ。間違いなく俺は見合う人間ではない。軍学校を出た道場の門下生、それだけだ。  せめてもの救いは蒼龍軍の刺繍がないことだった。それでも、戦装束に羽織という正式な装束は人の目を引いてしまう。  今、俺は蒼龍軍の端くれをさせてもらっているのだ。隣を歩くカゲツも自分の姿を意識しているに違いない。やけに口が少ないのがその証拠だ。  キリが一隻の大きな帆船を指差した。黒い帆には赤くて刺々しい太陽、光を模しているのか黄色の線が放射するように描かれている。あれはバルダス帝国の国章だ。 「今年来たのはあの一隻だけ。あそこの船長曰く、今年のバルダス商船はあれだけらしくてな。ぼろ儲けしているようだぞ」  カゲツが違う一隻の船を指差した。真っ白の旗に五つの星が描かれている。一つは桜色で、それを四つの銀色の星が囲んでいる。あんな国章は今まで見たことがないし、どうやら商船ではないようだった。 「あの船はモルゲンレーテ星教国という、ヴィアドラから山脈沿いに西へ進むとある国のだ。神秘や魔法といった、俺達の秘術、剣気、闘気に近い力を使う連中だ。用心しろよ」  サンは眉を上げて目を丸くさせてカゲツを見た。カゲツは港に目を走らせているが、サンの視線に気づくと、なんだよと訊きたげに見返してきた。全く知らない国の人間がきているというのに、カゲツは楽しくならないのだろうか。 「いいかお前ら、ああいう新参者には、昔からいる商人達は揺さぶりをかけに行ったりする。ありえない金額をふっかけたりな。それが原因で争いが起きる。傭兵連中が喧嘩したり、ヴィアドラのゴロツキどもが雇われて、商人の荷物を襲ったりな」  路地の方へと入った矢先、一人の純白の長衣を着た男が長杖を傍らに堂々と立って、五人の若い男達に囲まれているのが目に入った。装飾の美しいあの長杖は武器にはならないだろうし、襲ってくださいと言っているようなものだ。 「言ったそばからか。あれが例のモルゲンレーテの《星官|せいかん》だ。よし、いい機会だ。二人であの異国人を救ってこい」  サンとカゲツはジゲンの言葉に顔を見合わせた。  どうする? と、きっと俺も同じ目をしていたに違いない。カゲツもそんな目をしていて、二人は弱々しく目を逸らしてジゲンを見た。  ジゲンは壁に寄りかかって、今にも襲われそうなモルゲンレーテの男の方を見ながら、鞘から外した小柄で果物の皮を剥いている。  サンが先に一歩踏み出すと、カゲツはもっと広い一歩を踏み出し胸を張ると大声を出した。 「おい、お前ら何をやっている!」  その声にゴロツキ達は一瞬身を縮ませた。だが、振り返ってカゲツとサンを見るなり余裕の笑みを浮かべて笑い始める。  ゴロツキ達は歳もばらばらだが、俺達よりも二つ三つは上に見えた。 「なんだ、ひよっこちゃんかい」  一番年嵩の男が太い腕を組んで顎鬚をぼりぼりと掻きながら言った。  早速なめられている。どうしたものかと思い後ろを振り返るも、ジゲンの姿はなくなっていた。俺達だけでどうにかしろってことなんだ。ジゲンさんは助けにはこないと思った方がいいんだな。  カゲツも同じ不安を抱いたのか、目が合った。カゲツは不機嫌そうに目を逸らす。こんな状況でもそんな態度をとるのか。  サンは腰に差してある二本の刀の柄に手をかける。ゴロツキの若い衆達が不安げに唾を飲むのが見えた。  年嵩の男が笑い声をあげた。大きくて虚勢を張るような作った笑い声だ。 「さぁ抜けよひよっこちゃん! 棒遊びに付き合ってやろうかい?」  場違いな長衣を着ているモルゲンレーテの男が、サン達とゴロツキの間に進みでて長杖で地面を叩いた。 「このような無駄な争いは避けるべきです。人間同士で争うものではありません」  カゲツが進みでる。 「おじさんは下がっていてください。異国の方が手を出した出されたの問題は単純ではありませんので。我々蒼龍軍にお任せください」  その言葉を聞いた年嵩の男が腹を抱えて笑い始める。その態度に、ほかの若いゴロツキも笑う。だが意味はわかっていないようだ。 「〝我々蒼龍軍〟か! お前達見習いだろ。装束でわかるんだよ。その腰に差した物もおもちゃじゃないか。ほら、抜いて見せてみな」  サンとカゲツは柄に手をかけているが、抜くのをためらった。それもそうだ、あの男が言うようにこれは真剣じゃない。真剣と同じく柄は海の海獣のざらざらとした上物の革、鍔も鎺も白銀師による伝統な上物だ。だが、 「黙って聞いていればこいつら。田舎者が!」  カゲツが獲物を抜く。その刃は銀光閃く冷酷な美ではなく、荒削りしただけの竹光だった。  ゴロツキ達が一斉に笑う。モルゲンレーテの男もその刀を不思議そうに見ている。サンも我慢ならず竹光を抜いた。ゴロツキ達の笑いが一層強くなった。  だが、ここまで笑われると心は軽い、むしろ清々している。カゲツは歯を食いしばり悔しさを噛み殺しているようだけど。  カゲツは走りこみ、モルゲンレーテの男の脇を通り過ぎる。年嵩の男に向かって横に一太刀振るうが、なんと年嵩の男はそれを白刃どりして見せた。カゲツの驚愕の硬直に蹴りを食らわして男は構えを取った。 「裏猫じゃあ、俺は〝滅刃のシラハ〟って呼ばれてるんだぜ」  なんてダサいんだろうか。三十近いであろう大人が自分の二つ名を自慢するとは。 「カゲツ、大丈夫か」  サンは鳩尾を抑えてこめかみに血管を浮かび上がらせているカゲツを立たせる。カゲツは気丈にもサンの手を払うが、冷や汗が額に光っていた。  今の一連の出来事に気を大きくしたのだろう。興奮した様子で若い衆達が囲んでくる。無駄に手首を回したり首を回したり、顎を軽くあげて尊大な態度で見てくる。五人は少し多いかもしれないが、こんなに腰も浮いているような相手なら立て直す時間を与えずにいけるかもしれない。  サンはカゲツを置いて一人に斬りかかった。シラハの真似をして白刃どりを敢行した男は、しかし止められず顔面で竹光の一刀を受け悶絶に伏す。  横からくる別の男の棍棒による一撃を凌ぐと、再度振り上げた手首を素早く打ち据えて鳩尾に柄を打ち込む。  もう一人の男の足を払い、立ち上がろうとする男の首に一つ打ち込み黙らせる。これで三人。  シラハが唾を撒き散らして聞き取れない罵声とともに突っ込んできた。カゲツは歯を食いしばり竹光を支えに立っているが、戦闘は難しいだろう。モルゲンレーテのおじさんは嘆き諭すような面持ちで事の成り行きを見守っている。あと二人。  吊り劔の構えをとり、突っ込んでくる若者を即座に打ち捨て、シラハと一対一を作り出す。  シラハは両手を広げて舌舐めずりをした。  いいだろう、白刃どりがしたいならさせてやる。  サンは二本とも上段から振り下ろす。シラハは見事に白刃どりをして見せた。目を剥いて、つり上がった口の端から唾を吹きだす。 「お前は馬鹿なんじゃ――」  サンは竹光を握っていた手を離して、そう言いかけたシラハの顎を下から真っ直ぐに蹴り上げる。  この三年で俺が習ったのは勉学と剣術だけではないのだ。体術もまた重要と教えられていた。体を伸ばす鍛錬を欠かさず行い磨いた体術だ。  男は白目になって棒のように地面に倒れた。  サンは地面に倒れて悶絶するゴロツキ達を見回しながら竹光を拾って腰に収めると、カゲツに近寄った。カゲツの呼吸はさっきよりも落ち着いているものの、地面の一点に目をやって黙り込んでいる。 「カゲツ、大丈夫か?」  カゲツは黙ったまま一つ頷いて竹光を鞘に収めた。  拍手の音が聞こえて振り向くと、そこにはジゲンがいた。 「よくやった。連携は何もなかったが、問題は片付けた。サン、見事な動きだった。息も上がっていないし、かすり傷一つない。だが、カゲツを止められなかったのは駄目だな。カゲツ、お前は冷静さを失っていたな。冷静でなければ今まで積み上げたものは発揮されないぞ。覚えておけよ」 「問題は片付けた?」  今まで黙っていたモルゲンレーテ星官が、信じられないと言った様子で眉間に皺を作り呻いているゴロツキに近づいてゆく。  長杖の先端に嵌め込まれた宝珠をゴロツキの体に当てると、ゴロツキは目を開いて負傷した部分を触り、これでもかと瞠いた目で星官を見つめた。  星官の杖に触れられたゴロツキ達は互いに驚いた声を交わしている。この星官は、ロジウスおじさんと同じような治療ができるようだ。  星官はシラハの腫れた顎に触れ、ひたいに手を置く。 「ここまでしなくても良かったのではないですか? 暴力には暴力、目には目を、そんなことをしていると心の平穏は見つかりません。だから争いが絶えぬのです」  ジゲンが聞こえるように息を吸ってから、星官を見据える。 「ヴィアドラの古い言葉にこういうのがあってな。戦いのために生まれ――」 「――守るために生き、守るために戦う。で、ございましょう?」モルゲンレーテの男が言葉取り上げる。  ジゲンは光のない目で眉をあげる。 「言葉を知っているだけのようだな。ヴィアドラのモノノフは守るために戦うことに信念をおいている。それが生きるため、平和に繋がるからだ」 「野蛮な」 「平和ってのは争いの無いことなのか?」  両者は互いに譲らない視線をぶつけ合う。だが、星官が目をつむり、視線を外した。 「ヴィアドラは今もアルヴェ大陸を守るために戦ってくださっている。私の言葉はいささか軽率だったかと。赦していただけるのであればいいのですが」 「いいさ。国が違えば信じるものも変わるものだろう?」  ジゲンは目を覚ましたシラハに左腕の内側を出させた。そこにはいく筋もの切り傷がある。ジゲンは脇差でそこにもう一本切り傷をつける。 「今回は未遂だからな、これで許してやる。未遂が十本で、わかってるよな?」  ジゲンのその言葉にシラハは何度も頷く。あの傷は罪の数だ。聞いていたが見たのは初めてだった。未遂だと左手に、犯すと右手にそれぞれ切り傷がつけられる。消えない罪の証だ。右手に五本ついたら斬首。左手に十本ついたら斬首。男の右手に何本なのかはわからなかったが、左手には五本ついていた。  その傷をつける様子を嫌悪するかのように目を細め、星官は去って行った。 「初日からこんなことになるとはな。だが、死人が出なくて良かったな」  ジゲンはサンとカゲツの肩を軽く叩く。  守るために戦う。師匠もそう言っていた。テットウさんも師匠はそうしたと。戦いのために生まれ、守るために生き、守るために戦うか。愛と犠とも関係があるんだろうか。  そんなことを考えながら、サンは浮き立つものに足取りを軽くして刀の柄を握った。  とにかく、俺は進んでいる。強くなっている。犠牲にならない本当の強さに近づいている。
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