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 四季折々の村――リーフィ村。  その地は、天使教の総本山である。かつて、セレナ姫もその妹であるエレン姫も愛した天使教。 「ここに来てしまったかァ……」  長旅の末、アレック達一行はリーフィ村へ着いたのだ。  この地に、自分達のボスであるウィルがいるのだ 「ここ、素敵」  セレナは精一杯、空気を吸ってみせる。この地の雰囲気が、セレナは好きだった 「この地、エレン姫、いる?」 「ああ、いるよ。きっと会えるよ」  セレナがアレックにエレン姫の事を問うと、アレックはさりげなく応じた。  ウィル、そしてエレン姫がいる場所は、天使教の教会からずっと離れた住宅街だった。  とても活気が良く、村の人達は皆笑顔である。  それが、何も知らない笑顔なのか、偽りの笑顔なのか、アレック達は判断する事も無かった。 「ここだね。ウィル様がいる場所は……」  アレックはそう言い、扉を叩いた。すると、むすっとした少年が出てきたのだ。 「あんたは誰だ? ん……、セレナ、姫……?」 「あなた、誰?」 「俺はフェイ・ローレンスだ。何故、セレナ姫がいるんだ? セレナ姫は亡くなったのでは……」 「あー、これには深い事情があるんだよ。ね、ニコラ君?」 「俺に聞くな。ウィル様に会いに来た」  ニコラがウィルに会いに来た事を告げると、フェイはアレック達を通した。 「長旅、ご苦労でした。しかしまさか、エルマさんもいらっしゃるとは思いはしませんでしたね」 「ウィル殿、これはどういう意味なんだな? 仮初めの姫をニコラ殿に作らせて。こんな事しても――」  無駄なだけなのに、とエルマは言えなかった。 「セレナ姫の存在は国外には公にされてませんでした。それは王様が外で作った子だからです」 「そ、そんな重要機密を言われてもなァ……、なァ、アレック?」 「俺は知ってたよ」 「なんで教えてくれねェんだよ、アレック、薄情過ぎるだろォ……」 「そう易々と、重要機密を話すほど、俺は口は軽くないからね」  アレックがそう言うや、ニコラは機嫌の悪そうな顔で口を噤んだ。 「仮初めの姫の存在のおかげで、エレン姫の無事が確保出来ました。アレックさん、ニコラさん、本当に感謝しています」 「ウィル様、それで、今の情勢はどんな感じなの?」  そう、アレックが告げると、ウィルは気難しい顔を更に深め、告げる。  情勢は悪化しているという。  ノールオリゾン国は、ツツジの里も、グローヴァー家の領地、ソレイユ家の領地を飲み込み、支配している。  亡国のシュヴァルツ王国と比べ、ノールオリゾン国は資源が豊富にある。それに肖ろうと、思っているのだろう。  更に、このリーフィ村まで、手を伸ばそうとしているのだ。 「で、どうすんだァ? このリーフィ村に暮らしてれば、エレン姫だって危ねェだろうに」 「このリーフィ村の近くにあるツツジの里を襲撃する予定です。今、セシル騎士団長に、兵を集めてもらっています」  襲撃し、ツツジの里をシュヴァルツ王国が支配する。そうして、情勢を盛り返すしかない。 「貴方達には、その戦力になってもらいたいのです。よろしいでしょうか?」  セレナ姫、という仮初めの存在を利用するしかない。  これはエレン姫の無事を確保するためには、重要なのだ。 「しっかしなァ、このセレナ姫はよォ、結構自信作なんだァ……、変なことに利用されねェか?」 「ニコラ君、思ったことを言い過ぎ。ウィル様、俺達の事利用しても良いですよ。てか、使っちゃって」 「俺はァ、反対なんだがなァ……、まあ、ウィル様には仕事もらった身だしな……」  うやむやにニコラは返事をしているが、仮初めの人形――セレナ姫を象徴とする事に二人は同意したようだ。 「私、会いたい、人、いる……」 「あ、セレナちゃん。どうしたの?」 「エレン姫、会いたい」 「エレン姫は自室にいらっしゃいますよ」 「会いたい、会いたい!」  そう言い、セレナはエレンを探し始めた。  エレンはフェイと共に、国を治める為の勉強をしていた。 「エレン姫!」 「……セレナ、お姉様……!」  エレンはセレナの顔を見るや、勉強を止め、セレナに抱きついた。 「セレナお姉様、会いたかったです。会いたかったです!」  エレンは亡くなったと聞かされていたセレナの存在を確かめるや、涙を零した。 「おい、アレック・リトナー、ニコラ・オルセン……、これはどういう意味だ。なんで亡くなったセレナ姫がいるんだ?」 「全ては、ウィル様のご命令だよ。フェイ様?」 「兄上、が?」  一体、兄は何を考えているのだろうか。  自分には言えない事をしているのではないだろうか。  一つだけ、確かな物がある。  それは、兄は全てはエレン、シュヴァルツ王国――そして、自分のために行っていると言うことだ。 「これで、良い、なんだな……。こう選択してしまったのなら」  エレンとセレナ。  真実の姫と、仮初めの姫が出会った――物語は加速する。  その予言が、エルマの脳裏に刻まれたのだった。  ノールオリゾン国城。  ある一室で、会談が行われていた。 「ルイス様、エイミー様、わざわざ遠方からいらっしゃり、ご苦労様だ」  国王――フェルナンドは、謁見しに来た二人の貴族にそう告げる。 「フェルナンド様、噂に寄りますと、シュヴァルツ王国が奇襲をかけようとしているみたいだ」  ルイスは部下達に纏めさせた報告書をフェルナンドに手渡した。  さらに、ルイス似続いてエイミーが告ぐ。 「ツツジの里を守るために、私達も、兵を出す所存ですわ」 「そうしてくれると有り難い。あのツツジの里の特産品は、とても貴重でね。ツツジの里を手放したくないのだよ」  ツツジの里から採れる金はとても貴重な物。  まさに、それを手に入れれば、この国の覇権を握ったも同然なのだ。  だからこそ、ツツジの里を手に入れるのはとても大事で、ツツジの里の機嫌を取るのは大変なのだ。  会談が終わり、ルイスとエイミーは、フェルナンドに今ノールオリゾン国城で捕まっているイオン、ノエルの二人に会うことを許された。 「イオン、すごく、痩せているが……、ちゃんと食っているか?」  牢獄で監禁されていたイオンは、随分と痩せていた。  ちゃんとイオンは、一日三食食べているのだろうか。 「ルイス様、貴方様に合わせる顔はありません」 「そんなことを言うな。お前が悪い訳じゃない。全てはあの……」  ダニエル・フォン・マクスウェルが悪いのだから。  そう、ルイスはイオンに言い聞かせた。 「お前を解放して欲しいと、フェルナンド様に献金を渡すつもりだ。もう少ししたら、お前はここから出られるよ。そしたら、もう一度俺と一緒にグローヴァー家を盛り立てて行こう」 「貴方様は優しいです。その優しさが、僕にとってはとても残酷です」  ルイスの為でもあったが、自分は、金に目が眩んで、主人であるルイスの父親を殺したのだ。  イオンは帰る場所はないと思っていた。 「戻って、来てくれるよな?」 「…………、それは例え貴方様の命令でも許されないでしょう」 「嫌でも、戻らせるから。良いな」  それだけ言うと、ルイスはイオンの元から去った。  その様を見て、自分はとんでもない人を裏切ってしまった――後悔しか出来なかった。  別の檻で、エイミーとノエルは会っていた。  エイミーにとって、ノエルは姉を殺した天敵である。  何故、エイミーが自分に会おうとするのか、ノエルは不思議でやれなかった。 「エイミー嬢、ローゼを殺した事、今でも申し訳ないと思っている」  オリジン――ダニエルに命じられたとはいえ、権力欲しさに欲に駆られてしまったのだ。 「ノエル、私は貴方を憎んでいます。殺したいぐらい。でもそれ以上に、マクスウェル家のやり方が許せないのですわ」  そう、一息吐き、エイミーは告げる。 「私に協力するのであれば、貴方をここから出します」 「どうするつもりですか? ダニエル様を毒殺でも、企てるつもりか?」  ノエルの言う事は図星だった。  やはり、ノエルの頭は冴えている――エイミーは、そう察した。 「ええ。そうですわ。だから、貴方を出しますわ。一緒に、ノールオリゾン国の繁栄を喜びますわよ」 「ソレイユ家に勤めていた身――、それが領主である貴方様の言う事なら、それに従うまでです」 「良い返事ですこと。私は偽りは言いませんわ。時期に貴方は釈放されますわ」  権力が物を言うのだ。  ノールオリゾン国の公爵になったエイミーにとって、一人罪人を釈放するなど容易い事なのだ。  こうして、イオン・カルロスそして、ノエル・クレイは釈放された。  ルイス、そしてエイミーの手によって――これらの運命が、また歯車を逆戻しさせる事になるとは、今はまだ誰も知らない。  それと同じ頃、ツツジの里で、一種の拷問が行われていた。 「ジュリアさん、そろそろ吐いて欲しいのですけども」  真理奈はそう言い、ジュリアに水を浴びせる。  ここ数日、厳しい拷問が真理奈姫の命によって行われている。 「何を吐けと? 私は情報屋、偽りなど吐けないわ」 「そうですか。ならば、もっと酷い方法で吐かせる事しかありませんね」  真理奈はため息を吐いた。  エルマの言葉は偽りである――そう告げれば良いのに、ジュリアは意外と本心を曲げない頑固者である。 「カイ様、ツツジの里はどうなってしまわれるのでしょう?」 「……真理奈様、不安ですか。我々は強い者に付く、それだけの事ですよ」 「そうですけど、シュヴァルツ王国には良くしてもらった身です。シュヴァルツ王国への忠義は失われたのでしょうか?」  真理奈は兄の行動を疑問に思った。  忠義を裏切る事をするのは、よっぽど、ノールオリゾン国側の方が理に適っているのだろう。 「それより、香月七瀬の処遇はどうしましょう?」 「永久追放で良いんじゃ無いでしょうか? まあ、それは玲様、アニタ様が決める事ですよ」  カイはそっと空を見上げる。  この空はとてもとても、闇の中で澄んでいる。 「我々は我々のすべき事をすべきです。それより、真理奈姫。お耳に入れたい事が。シュヴァルツ王国側の動きですが――」  カイは耳元で告げるや、真理奈の顔が顰められる。  襲撃――また、ツツジが燃えるのだろうか。幼い頃の思い出が、真理奈の脳裏に焼き付いた。  人通りの少ない住宅街。  夜はひっそりして、いかにも野獣がうろついている様だ。 「ここら辺で待ち合わせしてたんだけど、何処にいるんだろう?」  そこに、一人の男がやって来る――彼の名はメリル・ライト。  天使教の神子だが、今はその身分が分からない服装をしている。 「こっちや、こっち」  そこに独特の訛りの女性が手招きをしている。  メリルは迷いもなく、付いていく――手招きしている女性は、あのツツジの里を裏切ったとされる、香月七瀬だ。 「……七瀬さん、貴方はツツジの里を裏切ってまで、何をしようとしてるの?」 「そんなん、初めて会った人に言うわけないやん。まあ、ちょっとツツジの里の方針が嫌になってなあ」  と、少し七瀬は一息吐き、告げる。 「まあ、あんさんも、天使教の方針が嫌になってる訳やろ? お互い様やで」 「そうだね。まあ、僕の同盟を組むのにはうってつけな相手という訳か」  そう言い、メリルはにやりと笑う。  天使教の方針に嫌気が差し、敵と手を組む感覚は、まさにメリルにとって快感だ。 「あんさん、良い考えある? うち、シュヴァルツ王国はなんとか生き残って欲しいんやけどなあ……」 「強靱な同盟が、必要と言えるよ。じゃないと、ノールオリゾンには勝てない」 「なるほどなあ。同盟、まさか、エレン姫様とダニエル様……?」  七瀬はある考えに行き着き、少し胸が痛んだ――七瀬は微かに、ダニエルを好いているのだ。  よそ者である自分を迎えてくれたダニエルは、悪名は轟いているとはいえ、器のでかい人と言えるだろう。  彼を利用する、と言うことに更に胸を痛ませる。  そして、同時に罪悪感という快感に苛まれる。 「ええね。それ……、ええなあ、それ……、ええで、手を打ってあげるわ」 「交渉成立、と言うわけだね。僕も天使教で手に入れた情報は売ってあげる」 「情報料、安くしといてなあ。よろしゅう、頼むで……」  二人はにやりと、再び笑い合う。  しかし、まさか、こんな考えを引き出すとは――七瀬は思う。  自分もメリルも悪である、と。 「でも、ダニエル様が別の人と結ばれるのは、少し嫌やな……」  例え、シュヴァルツ王国の王女という強大な権力を手に入れるとはいえ、一人の女性としては苦しい決断を、七瀬はした。  元シュヴァルツ王国、リーフィ村の境。  そこに、沢山の兵達が集まっていた。 「よくぞ、皆、集まってくれた。エレン姫の為に共に戦おう」  今から、自分達はツツジの里を攻める。久しぶりの戦になる――セシルはシュヴァルツ王国への忠誠に燃えていた。 「セシル様、アリスさんが来られていますよ」 「アリスが、か?」  一人の兵がそう告げると、セシルは急いで、アリスの元へ向かった。 「アリス、大丈夫なのか……お前をまた、一人にするのは申し訳ない」 「いえ。セシルさん、必ずや、エレン姫様の名誉を、シュヴァルツ王国を守って下さいね」  抑揚のない言葉だが、アリスは精一杯告げる。  その様が、セシルの心を苦しめる――必ずや、アリスの元に帰ってくる。そうセシルは誓った。 「アリス、行ってくる」 「行ってらっしゃい、セシルさん。お帰りをお待ちしてます」  あの一件以来、涙も流れないアリスは懸命にセシルに告げたのだった。 「あっれ、ラルフ君じゃない。元気?」 「お前は、アレック……、元気だったのか。まあ、死んではないとは思っていたが」 「酷い言い様だね。相変わらず、ラルフ君冷たいねえ」  アレックとラルフは久しぶりの再会をした。  まさか、共に戦う事になるとは。この一件だけで、ラルフは半分得をした感じがした。  友とまた、再び会えたのだから。 「あいつが、ニコラ、それにセレナ姫か……、お前も面倒事に首を突っ込みすぎだ」 「良いの良いの。俺はね、そういう役割だと思ってるからね」 「お前、昔から損な役回りしてるからな……。まあ、精々ヘマするなよ」  ラルフはそう言いつつも、アレックが何故ここまで――セレナ姫に執着しているのか、分からなかった。  一方、ニコラは兵達とは少し離れた場所にいた。  まさか、戦に参加する事になるとは――ウィルも人使いが荒い。  帰って来れたら、ウィルに言う文句を考えていたその時だった。 「ニコラ殿」 「エルマ、なんだァ……」 「行くな、と言っても、ニコラ殿は行くんだな?」 「当たり前だァ、それが男という奴だァ。で、エルマはなんだァ?」  そうニコラが言うと、エルマは顔を俯かせた。  この先、ニコラ達にとって過酷な運命が待ち受けている――エルマはその事実に、耐えられなかった。 「笑って、送り出してくれねェか。エルマ」 「馬鹿ニコラ、死ぬかも分からないんだな。そんな状態で、笑える訳無いんだな」 「あんた、久しぶりに感情をぶつけて俺に話したな。ありがと、必ず戻ってくるからなァ」 「馬鹿ニコラ、行くんじゃないんだな……行かないで欲しいんだな……」  エルマはその場で泣き崩れる。  その様を見て、ニコラは胸を打たれる何かを感じた――そっと、エルマを抱き寄せる。 「俺は戻ってくるぜェ……、必ず」  そう言い、エルマに軽く口づけを施す。  いきなりのニコラの行動に、エルマは涙を零しながら、それを受け入れた。 「じゃあ、行ってくるなァ。エルマ、お前は真実であり続けろよォ」  そう言い、ニコラはエルマに背を向けた。  彼には、死より辛い現実が待ち受けている。なんとしてでもそれを阻止したいのに、出来ない彼の覚悟。  その覚悟を見届けるしか出来ないのだろうか。  予言者として生きるエルマは、彼の待ち受けている未来に、暫く動けずにいた。  こうして、シュヴァルツ王国軍はツツジの里へ進軍を始めた。  歯車は回り回り続ける――シュヴァルツ王国の運命は動き出したのだった。  ツツジの集落付近。  そこには、カイの部下である湊が率いる警察部隊が軍を引き連れていた。  遠方から、気配を感じる。  恐らく、敵襲だ――湊は、一斉に弓兵に攻撃するように命じる。 「行け!」  弓兵は弓を引き、遠方からやって来る敵襲に攻撃を始めた。 「今すぐ、カイ様達にご報告を――」  湊はそう言い、部下に命じた。  恐らく、長期戦となるだろう。湊はそう予測したのだ。 「玲様、アニタ様、敵襲です」  湊から連絡が来た。  カイは玲達の住まいを囲み、厳重体制で屋敷を護っている。 「真理奈姫、貴方様は逃げて下さい。ここはこの俺が、護ります」 「いえ、カイ様。私も一緒に兄様を護らせて下さい」  もう、再び、ツツジの里を火の海にはしたくない。  もう、悲しい思いなどしたくない――真理奈の切なる願い。その願いに、カイは胸を打たれる。 「貴方様は必ずや、この俺が必ずや守ります。真理奈姫、無理はなさらないように」  カイはそう言い、拳を上げ、やって来る兵達を迎え撃ったのだった。 「玲様、勢力は五分五分と言うところです」 「そうか。アニタ、ありがとう。必ずや援軍が来るまで持ちこたえるぞ……」  ソレイユ兵、グローヴァー兵が来るまでの辛抱だ。  そう玲は兵達を鼓舞する。アニタも玲と共に鼓舞する。 「玲様、覚えてますか。17年前の反乱――第二分家の者達が起こした反乱を。あの時、貴方様は守って下さいました」 「ああ。それがどうしたのだ?」 「今度は私が貴方を守る番です。それが貴方様の后である私の役目……」 「何を言う、アニタ。男である私を守るなど幼い時と変わらぬな」  そう玲が真面目に返すと、アニタはくすりと笑って見せる。 「腹の子が言っているのです。父である貴方を守ってくれと……それが私の使命なのですから」 「アニタ、いい加減、頭領である私にお前を守らせてくれ。お前と、私達の子を……」 「いいえ。私の替わりはいても、貴方様のようなツツジの頭領はいない――必ずや、貴方様を守る覚悟です」  そう言い、アニタはメイスを構える。そして、やって来た敵兵を押しのけてみせる。  その様は、玲には一本触れさせはしないという様である。 「貴方、玲様を安全な場所へ――、ここは私が引き受けます」 「アニタ様、その体の状態で……」 「いいから、とっとと、行きなさい!」  そうアニタが言った瞬間だった。  アニタの腹を剣が刺す――アニタは、その攻撃を受ける。 「アニタ!」 「玲様……、お願いです。行って下さい……貴方の刃は全て私が受けます」  そして、また一突き、攻撃を受ける。 「アニタ、くそうっ……!」  玲への攻撃は全て死守したアニタは、その場で倒れた。  玲は側へ駆け込もうとしたが、部下達に阻まれる――アニタ、アニタと何度も、玲は叫んだ。 「ごめんなさい、玲様……」  自分を呼ぶ最愛の人の声が、だんだんと遠くなっていく。  そうして、アニタは絶命した。玲という最愛の者を守って死んでいったのである。 「まだですか、援軍は……」 「真理奈姫、もうすぐ、もうすぐの辛抱です」  そう言い、真理奈を守りながらカイは敵兵を一人、一人、殺していく。  その時、二つの知らせを、カイは部下から聞いた。  援軍がもうすぐ来るという事。  幼馴染みのアニタが殺されたと言うこと。  その事実は、すぐさま真理奈に伝えられた。  アニタと仲が良かった真理奈は、その事実に悲観せずにはいられない。  だが、真理奈は涙を見せなかった。  もっと辛いのはきっと、夫である兄の方だ。 「カイ様、必ずや、アニタの敵を討ちましょう」 「ああ。真理奈姫、必ずやアニタの敵を討ちますよ……絶対に!」  二人はツツジの里の窮地に駆け込む援軍を見ながら、呟いた。  形成は逆転された。  セシルは部下からの報告を聞き、内心焦りを感じていた。 「囲まれたか……」  ソレイユ兵、グローヴァー兵が次々と味方を倒していく。  このままでは、自分も――そっと、首に提げているブローチの写真を見た。  その写真にはアリスが笑顔で写っている――最愛の人の笑顔に、セシルは鼓舞された気分になった。  このまま負けるわけにはいかない。 「全軍に告ぐ。今すぐ防壁を突破し、火を放て!」  セシルはそう言い、味方に命じた。  すぐさま、味方の軍は、屋敷に火を放つ――まるでそれは、17年前のツツジの里の反乱の様だった。  あの反乱のせいで、ツツジの里の覇権はシュヴァルツ王国に奪われたのだ。  リーフィ村、エレン達が住まう家。  そこに来客がやって来た。 「エレン姫様、お初にお目にかかります。香月七瀬という者や」 「ツツジの里の者が、一体何の用ですか」  取り次いだのはウィルだった。  来客――七瀬は、神妙な面持ちで、告ぐ。 「シュヴァルツ王国軍は負けるで。あんさん達、早く、マクスウェル家領地に亡命しい」 「何を言ってるのです。貴方はツツジの者です。容易く、信用など……」  ウィルがそう告ぐと、七瀬は書簡を手渡した。マクスウェル家領主――ダニエルが書いた手紙だ。  その書簡にはこう書かれていた。姫を受け入れると。 「ええ? このままやと、エレン姫が危ないで。マクスウェル家の領地にいれば、あんさん達を守ってあげれるで」 「この書簡を信じて良いようですね」  ダニエルとウィルは繋がっている――疑う理由などない。 「今すぐ、亡命の準備をしましょう」  部下達に、エレン姫を呼んでくるよう、ウィルは命じた。  一匹の鳥が弧を描き、空を飛ぶ。  その様を、エレンは不思議に見ていた。 「エレン、兄上から、逃げる準備をせよと……」 「あの鳥さん、なんだか羽が片方真っ黒だね。変わった鳥さんだね」 「エレン姫……」 「フーくん、分かってる、分かってる! 行こ!」  黒は白に染まる。白は黒に染まる。  未だ、それは序章に過ぎない――革命の時はやがてやって来る。  ツツジの集落近郊。  そこで、シュヴァルツ王国軍の兵達が、グローヴァー兵、ソレイユ兵、そしてツツジの兵に囲まれた。  その場で指揮を執っていたラルフは、無念に思いながら、投降する事を決めた。  最初は優勢だったが、こうも混合軍によって破滅させられるとは――こうなった以上、相手の意に従うしか無い。  騎士団長・セシルと共に、シュヴァルツ王国軍はツツジの里の牢に収監される事になった。  ツツジの里の牢は、雨漏りのするとても居心地の悪い場所だった。  丁度、雨が降っている――自分たちが放った炎達も、消火されただろう。  そっと、ラルフは目の前を見た。  そこには、疲れて倒れているジュリアの姿があった。  彼女のいつもの勢いはまるでない。  まるで生きた屍のようだ――酷い拷問でも受けたのだろう。 「ジュリア、ジュリア……!」 「貴方は……、ラルフ……?」 「良かった、生きてた。レオンがお前を心配をしていたぞ」 「レオン……、あの人が、元気なら良いわ」  ゆっくり開けた服を直しながら、ジュリアはラルフに話しかける。 「ねえ、アレックはどうしたの? 一緒じゃ無いの?」  情報屋として仕入れていた情報を、ジュリアはラルフに問う。 「そう言えば、奴の姿を見ない。ニコラも、セレナも……同じ檻じゃなきゃ、何処へ行ったんだ……?」  ラルフは疑問を問いかける。  一緒にいたはずの三人は何処へ行ったのだろう。まさか、セレナ姫と共に連れて行かれたのだろうか。  嫌な予感がする――どうか、無事でいて欲しい。友であるアレック達の行く末をラルフは祈った。  リーフィ村に経つ前日。  アリスは、シュヴァルツ王国軍が次々ツツジの里の牢へ連れて行かれていると村人の噂を聞いた。  まさか、シュヴァルツ王国軍が負けるとは――自分の夫も、無事ではないだろう。 「セシル、さん、無事で、いて……」  アリスは不安で押しつぶれそうだった。只でさえ、上手く笑えないでいる。嫌な思考が脳裏を過ぎる。  無事である、そう暗示をかけていた――その時だった。 「アリスさん、鍵を閉めないなんて、不用心ですね」 「貴方、は、ユウ、様……」  今や天使教を信じていないアリスにとって一番の敵である、ユウ。  何故、彼がこの場所にいるのだろう。アリスは精一杯睨み付ける。 「どうしたのです? そんなに睨んで。体を交えた仲じゃないですか?」 「黙って下さい!」 「その顔、怖いですね。あの時、あんあんって鳴いてた様な、とても欲に塗れた顔をしてみて下さいよ」 「何の、用ですか。出来るだけ、簡潔にお願いします」  そうアリスが告ぐと、仕方ないですね、とばかりにユウは告げる。 「セシル・ユイリスはやがて処刑されるでしょう。どうします?」 「夫を戦場に送り出した身です。それぐらい覚悟しています」 「もし、助かる、のであれば、どうします?」 「た、助かる、ですって?」 「セラビム様の一声で出来ますよ」 「何が、条件ですか?」  アリスは再び、ユウを睨み付ける。すると、ユウは微笑を見せる。アリスの顔に手を添え、告げる。 「俺の妾になって下さい」 「貴方、神子の立場ですよ。婚約なんて、出来るはずが……」 「神の前で契りを結ばなければ良いのです」 「貴方は堕天使、ですか……」 「セラビム様の要求を聞いた時から、俺は墜ちていますよ」  そして、にやり、またユウは笑みをアリスに向ける。 「どうします? 貴方の最愛の人が助かるなら、俺の妻になるなんて簡単ですよね?」 「……セシルさんが、助かる、なら」 「混ざり気のない愛情、ご馳走様です」  そう言い、ユウは深く、深く、アリスに口づけする。  最初は嫌がったアリスも、やがて、それを受け入れる――罠にかかってしまった。 「沢山、抱いてあげますよ。セシルさん、以上に、大切に、抱いてあげます」  だから、ずっと、俺の側にいて下さいね――そう、ユウは告げる。 「セシル・ユイリスと離縁しますよね?」 「神の契りは、破棄、します……」 「それで、良いのです。アリスさん」  再び口づけを交わすや、ユウはアリスの服に手を掛け、そのまま――アリスを思うまま抱いた。  エレン姫一行はマクスウェル家の領地に着いた。  エレンはフェイ、そして七瀬に守られ――馬車に乗ったのだ。 「なあ、エレン姫様。ちょっと聞いて欲しい事があるんやけど、ええ?」 「なんですか、七瀬さん?」  真面目な面持ちで、七瀬が問うや、エレンは応じた。 「あんさん、ダニエル様と一緒になる気ない?」 「何を言ってる、香月七瀬。正気か?」  それを待ったと言ったのは、護衛兵のフェイだ。  フェイは七瀬の頭が逝かれていると思った。例え、自分達を保護してくれる立場の人間とはいえ、結婚などいきなり過ぎる。 「うちは本気や。シュヴァルツ王国をあんさんは守っていかなきゃならんやろ? 大きな力は必要やで。ダニエル様を利用するしかないで」  今や、シュヴァルツ王国派はマクスウェル家だけになってしまった。  何故、マクスウェル家がここまで自分達ディル家に尽くしてくれるか分からないが、エレンをまさか嫁に出すなど――フェイは混乱してしまいそうだった。 「それは賢明な判断かもしれませんね。同盟を結び、その証として婚約する――昔からあった方法です」 「兄上まで……」 「大丈夫。ダニエル様の人柄は保証します。彼は信頼に値する人間ですよ」  今まで、彼は自分達に良くしてくれた。悪い事を率先してやってくれた。  そんな人間を信じないで、何を信じれば良いのだろう。 「な、ええやろ? お願いや、シュヴァルツ王国は何としてでも生き残って欲しい。な、エレン姫様?」  七瀬は頭を下げ、エレンに懇願した。その要求に、エレンは呑んだ。 「今まで、私達ディル家のために、皆、皆、犠牲になって下さいました。今も、なってます……」  エレンはそっと七瀬の手を握る。七瀬の手はとても温かかった。 「もう、守られるだけなのは、嫌です」 「エレン姫……」 「フーくん、いえ、フェイ・ローレンス、婚約した後も、ずっと私を守ってくれますか?」 「エレン姫、ああ、当たり前だ。これからも、お前を守る……だから、そんなに……」  悲しい顔をしないでくれ、フェイは言葉に出来なかった。エレンが何もかも受け入れているのに、自分が受け入れないでどうする――そう自分に何度も言い聞かせた。  マクスウェル家の屋敷はすぐ側だ。馬車は進むのを止めたのだった。 第五章 了
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