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 神話大戦大陸・アトランティア。  神話に語られる神々の大戦の地となった大陸に向かう方法は、実際に一つしかない。世界の端と呼ばれている異次元の扉。そこに飛び込むというだけだ。  扉と呼ぶよりは、ゲートと呼ぶ方が近いのか。ともかくそこしか大陸への入り口はない。  なにせ大陸には神話時代より生きる魔獣や神獣が独自の生態系を構成しており、人間を喰らう。人間好きな神様が彼らから人間を護るため、大陸ごと切り取って異次元に閉じ込めた、という伝説がある。  故にアトランティアに向かう者などなく、行くのは命知らずの神話学者か死にたがりか、とにかく命の尊さを知らない愚か者であることには違いない。  そんな大陸を此度の大戦の戦場に選ぶのだから、天界も酷だ。もっとも大陸に住む獣にあっけなく食い殺されるような弱者など、求めてはいないだろうが。  そして今、大陸にチラホラと、参加者が集まり始めていた。 「おぉぉらぁぁっ!!! もう一丁!!!」  炎を纏った拳を大きく振りかぶり、二足歩行で逃げるオオトカゲに叩きこむ。  今の一撃で首の骨が折られた全身大火傷の魔獣は、周囲の大木をへし折って息絶えた。  オオトカゲを仕留めたのは、大陸に一番乗りで乗り込んだ《魔天使|まてんし》。開始三日前から大陸に入り、ウォーミングアップとばかりに暴れまくっている。すでに彼が乗っているオオトカゲの他に、数体のオオトカゲの骨が散らばっていた。 「ハ、この程度かよ神話の魔獣ってのは。俺を殺せそうな奴はまだいねぇなぁ、え? おい」  トカゲの尻尾を焼き切って、豪快に食らいつく。特別美味いわけではないのだが、飢えで死んでは格好がつかないし、マズいわけでもないのでとにかく喰らう。  魔獣と呼ばれる類には猛毒を持つ種類もいるが、天使は地上の毒に対する耐性が強いため、魔天使は気にせず食いまくっていた。獣の毒如きで死ぬつもりはない。  故に今食べているトカゲの毒すら、魔天使には舌を締めるスパイスに代わるだけ。なんの問題もなく自分よりずっと大きなトカゲの肉を体に入れた魔天使は、恥じることなくゲップして、近くの木の枝をへし折って歯の隙間に詰まった肉を取る。 「しっかし、他の奴らはどうしたってんだ? 全然見ねぇが……ま、時間になればどうせ強制転移だからな。天界の奴らが逃すわけがねぇ」  魔天使は彼らの性格を、イヤというほど知っている。  それを自覚したのは随分と後になってからのことだが、前回と同じ処置を取るだろうことは想像に難くない。現に大陸の上空にはずっと、あれが見える。  巨大な島、という表現が正しいかもしれない。  地上から見上げれば、ただの岩の塊のようにも見えて、巨大な一つの周囲で浮遊する建物がいくつか見える。大陸固有の怪鳥の群れすら避けて飛ぶそれが、まさしく天界であった。  普段は風に吹かれるままに漂うだけの空の孤島であるが、戦争の際には必ず戦場上空を浮遊する。  戦場にすべての参加者を送り込むためと、戦争の運営と管理、そして結末を見届けるためである。故に戦争中は常に上空に天界を仰ぐ形となるが、魔天使としては嫌な気分しかしなかった。  何せ自分を堕とした天界が、これでもかと絶えず自分の頭上にいるのだから、気に食わないことこの上ない。  おそらく天界は今まで通りの戦争を展開しようとしているはずだ。今回も例外ではないだろう。  だがそれなら、自分のすることも変わらない。今までは見下ろす側だったが、今回はとことん暴れてやろう。この広く厳しい大陸で、絶対に生き抜いてみせる。  最後まで、生き残ってみせる。  皇帝だろうが騎士だろうが、全員ねじ伏せてやる。 「あぁあ! さっさと始まらねぇかなぁ!」  さて、先ほど説明不足だった点がある。  異次元の扉を潜ればアトランティアへと行けるのは間違いない。だがそこから入ったとて特定の場所に着くわけではなく、大陸のどこかにランダムで飛ばされるため、場合によっては怪物の目の前なんて不運もよくあることだ。  故に《純騎士|じゅんきし》は今、全速力で馬を走らせていた。 「こんなの……生き抜くだけで精一杯――!」  大陸に入ってまだ二日。  しかしその短いようで長いようで、でもやっぱり短い二日間で、純騎士はこの大陸の恐ろしさを実感していた。何せずっと、襲い来る魔獣から逃げ続けているのだから。  迎え撃って倒せるならいいが、神話に出てくる神獣と相違ない姿を持つ怪物相手に挑み続けられるほど、純騎士の心は強くない。ましてや魔術の才能に乏しい騎士一人が敵うはずもない。  故に逃げる。逃げの一択。  相棒を全力で走らせて、とにかく逃げ続けていた。  今追ってきているのは、大きくうねるムカデの体に百本近く生えた猿の腕で走る、獅子の頭を持ったなんともいえない怪物だ。気色悪いことこの上ない。  だが怪物は獅子の大口から粘着質のある体液を吐き出してきた。かかった場所が腐って溶ける。溶解と腐食の毒液か。あんなのを浴びたら一たまりもない。  手綱を強く握り締め、前傾姿勢でより肩で風を切る形で走らせる。かつての戦場の東の果てから西の果てまで三日で走破した自慢の愛場でも、無理を強いているのはわかっている。だが走らせなければ死ぬのだ。自分も、愛馬も。  だが果たして逃げ切れるか。  今走っているのは障害物などない平野だ。逃げるどころか隠れることすらできない。故に怪物が諦めてくれるまで走るしかない。  だがそう、うまい話はなかった。  怪物の毒液が愛馬の後ろ脚を捉え、悲鳴を上げた愛馬は崩れ落ちて、純騎士も身を転げる。そして次の瞬間、ずっと苦楽を共にしてきた愛馬が怪物の顎に噛み砕かれた瞬間を見て、純騎士は硬直した。  だが同時、逃げ切れないと知って覚悟も決まった。  相手は体長百メートルを優に超す怪物。今まで相手にしたことなどない。  だがやるしかない。何より、愛馬の仇も取らねばなるまい。  死にたくない。その一心で、純騎士はレイピアを抜いて肉薄してくる怪物へと舞い踊るように剣を振るい、立ち向かっていった。  同時刻、大陸の端。  天界より伸びる光の柱が、大陸へと降り注ぐ。その光より舞い降りてきた天使は、小さな翼を広げて飛翔した。地面スレスレに滑空し、勢いよく舞い上がる。そうして一人、高い位置から戦場を見渡した。 「魔獣以外の生命活動を確認……その数五め――訂正、たった今六名になりました。残り二人の存在は確認できません。天界に強制転移を要請します」  天使――《翔弓子|しょうきゅうし》の言葉に応えるように、天界より降り注いでいた光の柱が消える。それと入れ替わって星のように点滅する光を見た翔弓子は「了承」と小さく頷いた。  光の意味は無論、元天使である魔天使も理解できていた。だが当然のことだが、誰が天界に合図を送ったのかまではわからない。 「天界からの参加者か……俺を殺すつもり満々だな。ってか今更だが、地上の奴らでやる《戦争|ゲーム》じゃねぇのかよぉ、これ。ま、いいや」  もはや骨だけと化したオオトカゲの上から降りた魔天使。今は仰いでいるものの、いつか自分のいる位置まで引きずり落としてやらんと、まだ間見えぬ天使を相手に殺気を送っていた。 「どっちみち潰すだけだ。どんな奴かは知らねぇが、な……」  もっとも、奴らを相手にするんだったら骨が折れそうだが――  その頃、純騎士は愛馬の仇を取っていた。幸運と言うべきなのだろう。運よく天使と天界が送り合っていた合図の光で怪物の目が眩み、その隙に脳天を突き刺して一撃で仕留められたのだ。  まだ戦いも始まっていないというのに死闘を繰り広げた純騎士は、剣を治めて無理矢理息を整える。そして一瞬ながら大陸全土に届いただろう光について、今更ながら疑問符を浮かべた。  だがどれだけ考えたところで、わかるはずもない。  この男――千年もの間生き続けた不死身の《骸皇帝|がいこうてい》のように、天界の光について長年調べていない限り、理解など出来るはずもなかった。  そして皇帝は今の光についても、おおよその検討をつけていた。 「天界の天使が参戦するだと……? まぁよい。どのような者であれ、我に及ばずとも警戒は怠らぬ。しばし身を隠し、様子を見るとしよう……」  骸皇帝が自ら光の届かない洞穴の闇へと身を投げたとき、翔弓子は大陸全土を見渡した。すると再び天界から今度は二本の柱が伸びて来て、それぞれ大陸へと降り注いだ。  二本の柱が消えると、天界はわずかに高度を上げる。 「二名の転移を確認。参加者九名の存在を確認しました」  天界より光の膜が降りる。  膜に映ったのは、四人の仮面をつけた人物が並んで座っている映像だった。 「参加者の諸君、調子は如何かな? もう死にそうかい? まだまだ余裕? まぁそんなことはどうでもいいか」  喋り始めた一人が仮面を外す。  片目を失った比較的若そうな男で、若干女々しいとさえ感じられる中性的な優しい顔立ちの男だった。 「ここに九名の偉大なる魔術の才を持つ者達が集結した。よってここに、これより第九次《玉座|いす》取り《戦争|ゲーム》の開催を宣言する。では今からルール説明だ。一度しか言わないし質疑応答も受け付けない。皆、心して聞くように」  男のほくそ笑むような微笑は、どこか歪んで見える。  これから始まるのはゲームなどとは程遠い、血生臭い戦争であることを物語っているようだった。
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