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 マクスウェル家領主宅に朝の始まりを告げる鳥が、鳴く。 「お待ちしておりました、エレン姫様ご一行――中で領主がお待ちです」  マクスウェル家の家臣がエレン達を出迎える。  あまりの出迎えの多さに、エレンはびっくりした。それほど、エレン姫は大事なお客だと、マクスウェル家は認識しているようだ。  扉を開けると、男爵家らしく、絢爛豪華な装飾品が並べられている。  こう見ると、シュヴァルツ王国城も素敵だったが、マクスウェル家の屋敷も捨てた物では無いと、フェイは感じた。 「エレン姫様、ご一行様、長旅お疲れ様です」  エレン達が応接室で待機していると、ダニエルが現れた。  ダニエルはエレン姫に跪く。その様は、唯一、シュヴァルツ王国に忠誠を誓う家らしい行為。 「ダニエル様、顔を上げて下さい」  エレンはそう言い、そっとダニエルを見つめる――彼が、自分の夫となる人らしい。  顔立ちも良く、育ちが良さそうな感じである。エレンは一瞬で好感を持てた。 「ところで、ダニエル様。お話は聞いておられるでしょうか?」 「ウィル様、一体、何の話なのでしょうか?」  このダニエルの様子では、恐らく、七瀬が提案した事を知らないだろう。 「少し良いでしょうか。話があります」 「ウィル、様……?」  ダニエルはウィルの言葉に疑問を持つと、そのままウィルを別室へ案内した。 「ダニエル様、とても良い方だね」 「やろ? ダニエル様は本当、優しい方なんやで」 「おい、香月七瀬、エレン姫に生意気な口を利くな」 「あー、フェイさん、ごめんごめん。うち、ダニエル様にもこんな感じなんや。ダニエル様許してくれているから、つい……」 「これからは、言葉遣いに気を付けるように」 「あー、堪忍してな。でも、なんで、そんな怒ってるん?」 「うるさい!」  エレンとダニエルが結ばれるらしい話を聞いた時から、フェイはこんな調子だ。  恐らく、エレンにフェイは気があるのだろう。無理もない。  フェイとエレンは幼い時から一緒にいる、幼馴染みのようなものだ。  ダニエルは、ウィルと会談するために彼を部屋に案内した。 「ウィル様、一体何の話でしょう?」 「縁談を持ってきました。受けて頂けるでしょうか?」 「縁談……? 誰と、ですか?」 「エレン姫様、とですよ」  エレン姫――その言葉を聞いて、ダニエルは衝撃を受ける。  何故、いきなり、そのような話が持ち上がったのだろう。そもそも、自分は男爵家の身分だ。エレン姫を娶るなど、烏滸がましい身分だ。 「エレン姫様、とですか……」 「ダニエル様、誰か好いている人でもいるのでしょうか?」 「いえ、そのような者など……、でも私には勿体ないお話です」 「ダニエル様、貴方しか頼る者はいないのですよ。お願いします、シュヴァルツ王国を立て直す為にお力を――」  ウィルの懸命な訴えに、ダニエルは渋々、縁談を了承した。 「エレン姫様、無事、縁談が決まりましたよ」 「本当? えへへ、ダニエル様の奥さんになるんだね」 「本当、お前は気楽で良いな。エレン、嫁ぐのがどんな意味なのか分からないのか?」 「え、えっと、夫であるダニエル様を支える、って感じで良いのかな?」 「お前、何にも分かってないな」  フェイは呆れて物が言えない。この先、エレンの行く末が不安でしかたなかった。 「エレン姫様、簡易的でありますが、婚約の誓いを行います」 「やけに急ピッチですが、兄上、大丈夫なのですか?」 「フェイ、時間がないのですよ。エレン姫様、ダニエル様がお待ちです。行きましょう」 「はい! じゃあ、フーくん、準備してくるね」  そう、エレンが言うや、フェイは目を反らし、ぶつくさ文句を言っている。 「しかし、エレンが結婚か……」 「なんなん、フェイさん。嫉妬?」 「嫉妬じゃない。勝手に決めつけるな!」 「……うち、ダニエル様の所行ってくるわあ」 「おい、話は終わってないぞ。全く、七瀬も兄上も……、エレンも……」  どうせ、自分はエレンに叶う相手ではない。  だから、仕方ない――そう自分に言い聞かせるしか、フェイは出来なかった。 「ダニエル様、話決まったみたいで良かったなあ。エレン姫様、とっても良い人やで」 「君かい? 結婚の提案したのは……」 「え、なんでそんな事聞くん?」 「勝手すぎないかい。こんな事、エレン姫様は望んでいないよ」 「な、なんで、ダニエル様、怒っとるん……?」  ダニエルが珍しく、表情を露わにして怒っている。七瀬はその意味が分からなかった。 「エレン姫様、彼女にとって僕は相応しくない。こんな僕などと、婚約だなんて……」 「ダニエル、様……、そんなことないで。ダニエル様、素敵な人や……うちも思うもん」 「七瀬ちゃん。どうして、君はここまでしてくれるんだい? 君の野望の為かい?」 「それは……、その……」  ダニエルに詰め寄られた七瀬は、そっと、ダニエルの唇に自分の唇を重ねた。  ダニエルはいきなりのことに、戸惑いを隠せない。 [*label_img*] 「こういう、意味やで。ダニエル様。あんさんの為や」 「……どうしたんだい? 君、ツツジの次期首領になりたい為に僕に近付いたんじゃないかい?」 「もう、ええねん。次期首領とか。うちの負けや、あんさんの事好いてたみたいや……」 「七瀬ちゃん……、だったら……」 「あんさんの為なら、うちは足にも手にもなる。あんたは汚れてなんかない。やから……」  そう言い、七瀬は悲しく笑い、言った。 「自分を汚れているみたいに、言わんといて……、お願いやから」  そう言い、七瀬は去っていた。  ダニエルは悔しくてしかたなかった。  何故、結婚が決まった時にそういう事を七瀬は言うのだろうか――その時だけ、ダニエルは七瀬を恨んだ。  こうして、エレン姫とダニエルの婚約は結ばれた。 「エレン姫様、私と共に歩いて行きましょう」  ダニエルは告げる。エレンはその言葉に、笑顔で応じる。 「ええ。ダニエル様、貴方を支えていきます」  エレンはそう言い、ダニエルの頬に口づけを交わす。ダニエルもそれに応じたのだった。  そして、二人は初夜の儀式を迎える事になった。  ダニエルはエレンを自分の寝室に迎え入れると、エレンに深い口付けをした。 「ダニエル様、私、初めてなんです……、優しくして下さい」 「分かっています。エレン姫様」  そう言い、ダニエルはエレンの服に手を掛ける。 「エレン姫様、貴方を抱く前に、言いたい事があります」 「ダニエル様、何でしょうか?」  エレンがあと一枚で生まれたままの状態になる寸前で、ダニエルは神妙な面持ちで告げる。 「僕は貴方の闇になりましょう。貴方はどうか、どうか光り続けて下さい。それが、条件です……、シュヴァルツ王国を復興させる為に、僕は闇になります」  だから、どうか……、貴方は光という存在であって欲しい。  ダニエルの切なる願いだった。 「あ、あの、私も言いたい事があるのです。その、私を抱く時はエレンって呼び捨てて下さい」 「分かりました。エレン、貴方の為なら、何処へでも――」  そう言い、ダニエルはエレンの首筋に舌を伝わせる。その感覚は、エレンにとって大人になる初めての感覚だった。 「ああ、ダニエル、様……!」  エレンは全身で、ダニエルを抱きしめた。ダニエルを、全てで感じた。 [*label_img*]  どうやら、初夜の儀式が始まったようだ。  監視以外の人以外、必要以上の護衛は部屋に置かない――フェイも部屋の外で待機だ。  しかし、微かにエレンの喘ぎ声が聞こえる。その声に、フェイは欲情の他、感じない。  エレンでも、あんな風に鳴くのか、あんないやらしくダニエルに全てを委ねるのか――本当に興奮してしまいそうだ。 「おい、七瀬。お前、こんな所で立ち聞きなんて、はしたない女だな」 「フェイさん、あんたの表情とかの方が、よっぽどはしたないわあ」 「うるさい。俺は、護衛以前に男だ。興奮するのは当たり前だろ」 「うわあ、少しは悪いって思わんの?」 「お、お前だって、立ち聞きして悪いと思わないのか! ダニエル様とかに!」 「そうやな。ほんま、悪いって思うわあ……」  フェイが七瀬の表情を見るや、七瀬は静かに泣いていた。  一体、どうしたのだろう。 「エレン姫様、幸せやろうな。ダニエル様と一緒になる事が出来て……」 「おい、七瀬。お前、なんで泣くんだ?」 「ええやん、泣いても」 「お前、もしかして、ダニエル様の事……」  七瀬は涙を拭くと、ダニエルの為に、満面の笑みで幸せを祈った。  シュヴァルツ王国、マクスウェル家の繁栄を祈って。  初夜の次の日。  フェイはエレンが起きるのをずっと、待っていた。  あれからというものの、エレンの喘ぎ声が耳に、脳裏に焼き付いて寝た気がしない。あくびをし、眠気を堪えた。 「君は、フェイさん……かな?」  すると戸が開き、ダニエルが出てきた。ダニエルはフェイの存在を確認すると、声を掛けた。  相手は護衛する姫の夫だ。フェイは緊張のあまり、あくびをするのを強制的に止めた。 「ダニエル様……」  フェイはそっと、彼を睨み付けた。  不躾と思いつつも、彼は――エレンを奪った存在だ。シュヴァルツ王国を復活させるためとはいえ、仕方ない事とはいえ、フェイはダニエルの存在が憎かった。 「ダニエル様、エレンを傷付けたら、例え貴方でも許しません」  エレンは幼馴染みでもある。もし傷付ければ、その時は剣を抜く――フェイは更にダニエルを睨み付ける。 「大丈夫。君のお姫様を傷付けたりしない、大事にするから」 「なら、良いですが……」  緊迫した雰囲気が漂う。  フェイがダニエルを睨み付けているのに対し、ダニエルは大人な対応で応じた。  そして、こうもダニエルは告げた。 「エレン姫様にも伝えたけど、エレン姫様は光の存在であるべきと思う。君も、そう――僕と相反する存在」 「ダニエル様、何が言いたいのです?」 「だから、君が一緒にエレン姫様と共に、シュヴァルツ王国の道を明るく照らして欲しい」 「よく、意味が分かりませんが……」  フェイは本当に意味が分からなかった。  ダニエルはどうして、そう曖昧な意味で言葉を使うのだろう。 「あ、フーくん。おはよう!」 「げ、エレン……、おはようございます、エレン姫様」 「うん、おはよ!」  そこに、寝間着姿のエレンがダニエルの隣りで大あくびをしている。緊迫した雰囲気が緩んだ。 「二人とも、朝ご飯食べようか。今日は何かな?」 「ハムエッグが食べたいです、ダニエル様!」 「じゃ、召使いさんに頼もうか」 「はい。あ、フーくんも一緒に行こうよ」 「俺は飯は良い」  そう言い、フェイはそのまま廊下を渡り階段を降りていった。 「どうしたんだろ、フーくん……?」 「ご飯食べなきゃ、お腹減るのに、どうしたんだろう。仕方ない、エレン姫様、行きましょう」 「はい、ダニエル様!」  フェイが自分達を避けている事に疑問視しながらも、二人は食事をしに向かった。  ノールオリゾン国の牢獄。  そこに一人の男が目を覚ました。 「ふぁあああ、なんか、よく眠ったみたいだけど……ここは何処?」 「あ、寝ぼすけアレックよォ。おはようさんだァ」 「ニコラ、君……、ここは何処?」 「ここはノールオリゾン国。俺達が眠ってる間、連れてこられたらしいぜェ」  通りで、視野が暗く、鉄柵が並んだ部屋だと思った。  アレックは記憶を呼び起こす。  ツツジの里で襲撃を行った時だ。  とある兵達によって、催眠をかけられたらしい。そして、ノールオリゾン国に連れてこられたという。 「お前、ずっと寝てて、起きなかっただろォ……」 「ねえ、セレナちゃんは何処?」  セレナ、アレックのその言葉に、ニコラは罰の悪い顔で応じた。 「セレナは、ノールオリゾン国王、フェルナンドの所だァ」 「何を、しに……?」 「何でもよォ、妾にするらしいぜェ。ロボットを抱く趣味があるのかよ、この国は……」 「それ、どういう、事?」  アレックの柔らかい顔が、顰めていく。  何故、フェルナンドの所へ連れて行かれた。しかも、妾として。 「なんでも、シュヴァルツ王国の姫を側室にしたいんだとよォ」 「ニコラ君、どうして、止めなかったの?」 「だ、だってさァ、止めたら殺されるかと思ったんだァ」 「ふざけないでよ、ニコラ君。なんとしてでも、フェルナンド様を止めなきゃ……」  アレックは焦っていた。  それは、シュヴァルツ王国に不利になるという事というより、セレナが別の男に抱かれる可能性が出てきたからだ。  そんなこと、許してなるものか――アレックは焦り、苛立ちを隠せないでいた。 「でもよォ、どうやって、ここを出るんだァ?」 「そ、それは……」  今いるのは牢屋。つまり厳重に鍵が閉まって、出る事なんて不可能だ。  セレナが妾になるのも時間の問題だ――絶望的である。 「アレック、どうしたんだァ? お前、ロボットなんかに情を入れすぎだぜェ?」 「俺の言動は、おかしいかもしれない。でも、ニコラ君。君のせいでもあるんだよ? あんなセレナ姫に似せたロボットを作るなんて……」 「仕方ねェだろ。というか、セレナ姫が死んだ事を認めないお前に問題が有りすぎるんだろォ!」 「ニコラ君、君、俺の逆鱗に触れたよ?」 「そんなの知るかァ!」  二人は今にも取っ組み合いを始めようとしていた時だ。牢屋の鍵ががちゃりと開いたのだ。 「アレック・リトナー、ニコラ・オルセン……二人を釈放します」  兵士はそう言い、出るように言う。何故、いきなり釈放になったのだろう。ニコラは理由を問う。 「セレナ姫が、側室になる事を呑みました。その代わり、貴方達を釈放して欲しいとの事です」 「セレナ、ちゃんが……」  高貴な知能を持ち合わせているとはいえ、ここまで思考が人間らしいとは。  いや、そんなことより、アレックはセレナが自己犠牲し、自分達を助けた――その事が許せないでいた。  ノールオリゾン国城外。  二人は久しぶりに澄んだ空気を吸った気がした。 「これから、どうするよォ……、シュヴァルツ王国はもう壊滅的だしよォ……アレック、おい、聞いてるかァ?」  行き場のない二人。  ニコラは上の空のアレックに声を掛けた。 「セレナちゃんは、一体、何を望んでいるんだろう」  自分達の幸せだろうか、エレン姫の幸せだろうか、シュヴァルツ王国の復活だろうか。  恐らく、それは、どれも当てはまる事だ。 「ニコラ君、ノールオリゾン国兵でもなるよ」 「はァ? 何言ってんだ? お前、言っている意味が分かってんのか?」 「分かってるよ。セレナちゃんの願いを叶える。その為に、支えるよ」 「って、ちょっと、アレック……参ったなァ、これじゃ、まるで……」  ニコラはエルマの予言を思い出した。  自分達は、恐らく死ぬより酷い事を受ける。破滅的な運命を辿る。 「なるほどよォ、そういう事かよ、エルマ……」  ニコラはそう呟くと、アレックを追いかけた。  運命を辿っても良い。とにかく、自分達はセレナの願いの為に、シュヴァルツ王国を裏切る。  セレナの願いの為に――自分達は国を裏切るのだ。  天使教総本山である、リーフィ村。  その一室で、モニカはただ窓から見える景色を見据えて、ただ涙を零す。  アリアとして、ダニエルの元から離れて幾日か。  それまで沢山の出来事が、モニカを通り過ぎていった。  でも、モニカはその事に関心など持てなかった。 「モニカ、あんた、ご飯ちゃんと食べてる?」  同胞のリリアンがそう言い、スプーンでご飯を掬い、モニカに食べさせる。  無理矢理、モニカに食べさせたせいか、何度か咽せている気がする。 「ダニエル様……」  モニカはそれだけしか呟かない。  何があったのかも、ダニエルに何をされたのかも、言わないでいた。 「これ、モニカの耳に入れて良いのか迷うんだけど、隠し事したくないから言うわね」  そう言い、リリアンはモニカの耳元で呟く。 「ダニエル・フォン・マクスウェル、結婚したんだって」 「ダニエル、様……が……? 誰、と……?」  ダニエルが結婚したと聞いて、モニカは興味を示した。 「聞いて驚かないでよ。エレン様らしいの。あのシュヴァルツ王国のお姫様。まあ、彼もいい歳だものねえ。結婚の一つや二つするわよ」 「ダニエル様、が……、そう……」  それを聞き、モニカは涙が肌に伝うのを知った。  所詮、自分など結ばれる余地などなかったのだ。自分のような、邪教の神子など―― 「モニカ、もしかして、ダニエル様の事、好きだったの?」  とんでもない勘違いを、リリアンはしていたのかもしれない。  モニカは何もダニエルにされていなかった。むしろ、ダニエルはモニカを受け入れていたのではないかと。 「ううん。ちょっと、カッコイイって思ってただけ。ごめんね、リリアン。心配かけて」  幼い頃の思い出など、封印しよう。モニカはそう決意し、涙を拭いた。  諦めが付いた。自分は邪教の神子として、邪教の方針に従おう――微かな恋心などもうとっくに捨てた。  モニカが元気になったと悟ったリリアンは、セラビムの言い付けである者達と会う事になっていた。 「イオン様、ノエル様、例の計画についてね。上手く行くと良いわね」 「ええ。ルイス様とエイミー様から書簡を預かっております」  イオンはそう言い、リリアンに書簡を手渡した。 「毒薬の方は、この私が準備しよう」  ノエルはソレイユ研究所に再び勤めている。毒薬など、簡単に調達出来る。 「これで、ダニエル・フォン・マクスウェルを……二人とも、よろしく頼むわね」  にやりと、リリアンは笑う。  シュヴァルツ王国の資金源を絶つ、その目的が絶たれれば言う事無しだ。  一方、ツツジの里では喪に服していた。  玲の妻であるアニタが亡くなったからだ。  あの一件以来、玲に覇気は感じられなくなっていた。その様子を見て、真理奈は兄が哀れでしかたなかった。  今現在の来客応対は真理奈の替わりに、カイが勤めている。  今日の来客は天使教の神子――ユウ・アレンゼだ。  ユウはセラビムの書簡を持って来るや、牢獄の方へ向かった。  本日、シュヴァルツ王国軍騎士団長であるセシル・ユイリスが釈放される事になっている。  それだけでない。他のシュヴァルツ王国軍の兵達なども、解放される事になっていた。  ユウは、セシルに会いに来たのだ。 「セシル・ユイリスさん、ですね」 「お前は……」  ユウは他人行儀のように、セシルを呼んだ。  セシルはユウを見て、苛立ちを隠せないでいた――彼は天使教の神子でありながら、妻を寝取った男だ。 「何の用だ。お前と話す事はない」 「残念ながら、俺はあるんですよね。ちょっと付いて来て下さいよ」  にやり、とユウは微笑した。その気味の悪い笑顔に、セシルは寒気がした。  セシルが連れて来られたのは、ツツジの里から数百メートル離れた場所だった。  その場所に、一人の女性がいた。 「アリス……」  一体、どういう事だろうか。  アリスは、エレン姫と一緒にマクスウェル家の領地へ行ったのではないだろうか。  そもそも、何故、ユウと一緒にいるのだろうか。 「アリスさん、お話して下さいね。セシルさんと、離縁について」 「ええ。分かりました」 「ちょっと待て。離縁ってどういう事だ。アリス……」 「セシルさん、その名の通りです。貴方とは離縁します。ユウ様と一緒になります」  意味が分からない。  何故、無理矢理自分を抱いた男と一緒になるという偽りを言うのだろうか。  これは、何かの間違いだ。セシルは、そう自分に言い聞かせた。 「アリス、俺が、嫌になったのか?」 「ええ。貴方の顔を見たくないぐらい、嫌になりました。別れて下さい」 「アリス、俺の悪い所を言え。すぐに直す、だから……」 「無駄です。お願いです、もう見たくないぐらい嫌いです。貴方を生理的に受け付けないんです」 「アリス、どうしたのだ……?」  アリスはそう言い、セシルに背を向ける。アリスのその肩は震えている。 「貴方は、私など忘れて、幸せになって下さい」  そう言い、アリスはリーフィ村の方へ歩いて行く。  セシルは追いかけようとした――が、ユウに阻まれる。 「貴方、いい加減諦めて下さいよ。亡国の騎士のプライドなんて、無いも同然じゃないですか?」 「お前、アリスに何をした!」 「何をしたか教えてあげますよ。貴方より大切に抱いてあげたんです」 「嘘を吐け。お前はアリスを傷付けたではないか……」 「アリスさん、すごく可愛いですよ。俺に従順で、なんでもしてくれます」 「許さない。お前を許してなるものか!」  そう言い、セシルは腰に下げた剣をユウの喉元に突き付ける。 「俺を殺すんですか? 貴方に俺は殺せないですよ。アリスさん、悲しみますよ。俺の妻を、悲しませたいんですか?」 「戯れ言を……」 「貴方の未練たらしさには飽き飽きです。アリスさん、待って下さい。一緒にリーフィ村へ帰りましょう」  そう言い、数歩歩くと、ユウはまたセシルに告ぐ。 「アリスさんに免じて、今回の事は許しましょう。アリスさんに、感謝するんですね」  それは、アリスの好いているセシルに向けた、ユウのせめてものはなむけの言葉だ。  アリスとユウが去って行く。その様子を、セシルは眺めるや泣き崩れた。  マクスウェル家の領地東部。  そこで、七瀬はメリルと待ち合わせをしていた。 「情報売ってあげるよ。ある人達がダニエル様を殺そうとしているみたい」 「一体、誰が、そんな事をするん?」  だいたい、予測は付く――ノールオリゾン国側の貴族達だ。  ノールオリゾン国側の貴族にとって、マクスウェル家は邪魔な存在だ。 「グローヴァー家とソレイユ家が有名所かな。あの二つの家は確か、マクスウェル家に恨みを持っているとか」 「まあ、ダニエル様も悪名高いからなあ」 「どうするの、守りたいなら、こっちから仕掛けるしか無いよ」 「メリルさん、ありがとな。あとは自分で考えてみるわあ」  そう言ったものの、ダニエルを守る方法など、どうすれば良いのか。  ダニエルを守りたい――七瀬は懸命に考えを張り巡らせた。
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