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 元亀元年六月二十六日、支城の一つである横山城を織田軍に囲まれた浅井備前守長政は、越前朝倉氏の力を借り横山城の救援に向かった。  本拠地である小谷城と横山城の道にある辰鼻表付近には姉川が流れている。対する織田軍は横山城を睨むように姉川の対岸に陣を張っていた 「おお朝倉殿が来てくれたか!」  大柄な長政が身を乗り出した。 「殿、援軍の大将は朝倉孫三郎殿です」  磯野丹波守員昌が顔を引きつらせて言った。 「そうか……、左衛門督殿は来なかったか。しかし、これで大軍勢になった。織田も驚くであろう」  長政は士気を落とさぬよう気丈に振る舞った。続けて参謀役を務める海北善右衛門綱親が声を出す。 「遠藤殿も丹波殿もそう気を落とされるな。孫三郎殿は江州にも聞こえるほどの剛の者、心配には及びませぬぞ」  その後、朝倉景健率いる援軍と大依山砦で合流し軍議を行った。それぞれの役割を話し合い持ち場へ移動した。ほとんどの武将が砦を出た時、長政は独り言のように呟いた。 「姉川か……」 「この時期の姉川は、朝霧がありますのでそこを一気に突きましょう」  弟の玄蕃政元が返した。彼は海北に師事し多くを学んでいる。 「朝霧があると言えど、敵は数万と言うだろう。分厚くないか」 「物見に出ていた多賀新左衛門らによれば、一万は横山城に掛かりっきりと」 「善右衛門どうだ、多賀から敵本陣の場所などは」 「ええ、辰鼻表と。まあ姉川を越えてすぐの、横山の麓というところ」  そして多賀が持ってきた情報を海北はつらつらと語りあげ、それを政元が素早く地図に書き記す。 「これを見るに丹羽が寄せ手の主力といったところだ。本陣を守るのは……。坂井や池田はともかく柴田や木下か。丹羽を第三主戦とすると、この二つが第二主戦になる」  長政は冷静に考える。ここに遠藤が疑問を呈した。 「すると織田の第一主戦は何処に」 「喜右衛門殿、織田の精鋭部隊は本陣を固める馬廻りと言われております」 「玄蕃の申すとおり。だが敵がそれだけであるならば、我が精鋭も負けぬと踏む。喜右衛門や磯野、汝らよ」    この北近江の盟主は若いながらも家臣からの人望が厚い。特に老臣も若い衆も分け隔てることなく、平等に扱う。もちろん功のある者が優先になるが、だからこそ老臣も若い衆に負けじと戦い、戦えない者は知恵を出す。だから北近江の浅井家は強くなった。 「この第二主戦の意識を、横山城に向けて本陣から引き剥がせたら十二分に戦えるのだけども。三田村たちには悪いとは思うが、何としても織田本陣を陥れねばならぬ」 「殿、一隊を小谷へ退かせるのは如何でしょう」 「朝倉の援軍があるにしても、これ以上減らせませぬぞ」  海北の提案に反対したのは勇猛な磯野ぐらいで、浅井兄弟は面白いと感じた。 「雑兵に篝火を持たせ、小谷へ走らせましょうぞ。百姓や牛も使いましょう」  こうして軍議は決した。海北が備えを読み上げる。 「篝火を着けず夜明けまでに姉川対岸まで進み影に潜む。そして朝霧の中を一気に攻め給う。先鋒は磯野丹波殿、遠藤喜右衛門殿。そして雅楽殿が次鋒にございます」 「この三人で全てが決まる。必ず本陣を襲え。頼むぞ」  雅楽は名を政澄と云い浅井一族の中でも勇猛果敢な男だ。その次には山本山城の阿閉貞征と朝妻城の新庄新三郎、そして浅井の本陣となり以上が浅井隊総勢八千の内訳となる。ここに朝倉景健や山崎吉家と真柄直隆らで構成される援軍一万と合わると、凡そ一万八千の兵力となる。そして朝倉の援軍は徳川を相手に戦う事と相成った。  対する織田軍は坂井政尚、池田恒興、柴田勝家、佐久間信盛、木下藤吉郎の部隊。そして前田利家や堀秀政らの母衣衆馬廻り衆が織田本陣を固める。ここまでの兵力は一万五千。そして横山城を丹羽長秀と稲葉氏家安藤の美濃三人衆が五千の兵で囲む。  また同盟を組む徳川軍は五千であり、総て合わせると二万五千の大軍勢であった。  さて先鋒を仰せ付けられし磯野隊に、藤堂源助という侍が居た。彼は多賀大社に近い犬上郡藤堂村二千石を治める藤堂越後守忠高の跡取り婿であった。  普段は弟分でもある村山与助と組んで戦っているが、この日は違った。十五歳になる次男の与吉とその幼馴染みである大木長助を従えていた。大木は伊勢の庄屋に嫁いだ一族の血を引く。 今日は二人の初陣だ。  源助には二人の子が居る。長女で鈴木弥右衛門の妻、そして次男与吉だ。つい一年前まで長男の源七郎高則が居た。だが彼はもう居ない。前年の秋、伊勢大河内城攻めで討ち死にしたのである。  それはまだ浅井が織田と同盟を組んでいた時の話である。伊勢の国司北畠を討つべく信長は大軍で侵攻した。  しかし城主北畠具房の父具教は戦上手で、城から巧みに敵を翻弄した。この大河内城攻めでは、同じ近江の武将である蒲生賢秀の嫡男忠三郎が初陣で活躍した。同じ近江衆として負けじと源七郎も槍を振り回し暴れたが、武運なく討ち取られてしまった。  浅井の中でも損害が特に大きかったのが藤堂隊だ。源七郎だけではなく、義弟の新助良政ら一族が多く犠牲になった。  大河内城攻めで嫡男をはじめ一族を失った源助はひどく落胆し、兵力の回復まで時間がかかる事もあり厭戦状態に陥った。  だが時の流れは残酷で、一年経たずして今度は織田と戦うことになってしまった。 「与助、此度は頼むぞ。与吉をしっかりと守ってくれ」 「わかっておりまする。与吉と長助の二人を無事に村に帰すのがわしの役目、必ずや」  これ以上兵力が減ると奉公もままならない。源助と与助はいつも以上に緊張していた。    そんな大人たちを尻目に与吉と長助は呑気なものだ。 「長助、おれは絶対に大将首を取るぞ!」 「与吉は言うことが大きいのぉ。それならおれは一人でも多くの首を取る」  二人が呑気に話しているのを、気の短い与助は諭した。 「貴様ら、戦になったら泣いて逃げるんじゃねえぞ。織田には鉄砲も長槍もある。お前らが考えるほど甘くは無い。少しは気を引き締めろ!」  さて二十七日未明、息を潜めるように大依山を出発した浅井朝倉連合軍はその日、影という影から穴にまで入り明朝の攻撃を待った。  幸いだったのは昼過ぎに物見に出ていた多賀常則が、 「敵方、横山城の寄せ手を増強した模様。よって本陣は手薄にございます」  と告げた事だ。  これにより先鋒の磯野と遠藤は、 「総ては殿の思惑通りにて。この好機を決して逃さぬようにな」と最終確認を行うと互いの武運を祈った。  磯野隊の中、村山与助も初陣の二人に言い聞かせた。 「一に騎将が通る道を開けること、これが我らの役割だ。首を、手柄を等と考える前によく覚えておけ」  与助は十四の頃から合戦に出ているので、非常に説得力がある。源助は戦より物を数える方が得意なので、こういう時に与助が居てくれて助かっている。  だが、それでも幾つか武功はあるので息子たちに戦場の心得を説いた。それは源助自身が若い頃に学んだ事だ。 「首の数に拘るな。首は捨て置き、次の兵を倒せ。戦というのはそれを繰り返すものだ」 「しかし父上、それでは首取り功を貰えぬのでは」 「多くの兵を倒していけば、将に当たる。首の数より誰の首、かよ」  源助の言葉を与吉と長助がどれだけ理解できているかは、判らない。しかし二人の若き兵は、親の言葉をしっかりと聞いていたのは確かなようである。    二十八日早朝、織田家馬廻り衆の堀久太郎は霧の向こうに人馬の気配を感じ取った。 「不味いな。これは」 「朝駆けよな」  同輩の矢部善七郎も同じ様に、変事を嗅ぎ取った。程なくして本陣に着の身着のままの雑兵が駆けてきた。 「申し上げます! 浅井が者ら、姉川対岸に大挙の模様!」    夏を間近に田植えも既に終えた季節だが、それでも姉川の水はひやりと来る。だが浅井の将兵たちは、己の闘気でそれを感じない。興奮を迎えたその目は、朝霧を透かし坂の上にある織田本陣を捉えていた。  夜明け、朝倉勢が三河徳川に攻め込む。ここに合戦の火蓋が切って落とされた。 浅井軍先鋒の磯野遠藤隊は猛将らしく川をあっという間に渡り、池田坂井の陣を撃破していく。 「先鋒隊、織田の者どもを次々打ち破っております!」  報告を受けた長政は、緒戦は上々という顔をした。  磯野や遠藤は織田の本陣で横山城に連なる龍ヶ鼻を目指す。また次鋒の浅井雅楽も続き、織田に攻め入る。  龍ヶ鼻の織田本陣は大慌てである。  しかし坂の上から池田坂井の隊列が崩されているのをただ眺める者、徳川隊苦戦の報せを受け呆然とする者など一人として居ない。少しでも敵を防ぐ為に慌てているのだ。  それでも磯野遠藤の勢いに押され、本陣は龍ヶ鼻の奥にまで押し込まれた。  危うしという処で信長は采を振った。横山城の寄せ手全軍を姉川に投入するのだ。横山城の守備兵が少ない事を既に把握していた事がその判断に大きく寄与した。    横山城を囲む丹羽五郎左衛門長秀の陣、ここに伝令が飛んできたのは一時間も経たない頃だった。 「ご注進! 危急にござる! 御見方苦戦、本陣危うし、丹羽隊も増援願いまする!」  馬廻り衆の大津伝十郎はそう伝えると、同じく横山城を囲む美濃衆の元へ急いだ。 長秀は配下の将を集めようとした。だがこの危急の事態に、そんな悠長な事をしている時間は無かったと自身で答えを出すと、発する言葉を変える。 「誰ぞ、すぐに出られるものはおるか!」  主の性格を考えると、寡兵でも早く駆けつけるに越したことはない。 「五郎左様、わしをお遣わしくだされ」    真っ先に来たのは宿老の一人、桑山修理重晴である。彼は五郎左衛門が元服した頃から仕えており、厚く信頼されている家臣だ。遅れて、若い大谷彦十郎や成田弥左衛門も陣に駆け込む。一番に頼もしい家臣が駆けつけるのは果報者の極みだ。長秀は直ぐに救援先駆けの任を下知し、 「我らも急ぎ出る故案ずるな。二人は桑山に従うように。では桑山、いつもの様に頼むぞ」 と送り出した。  桑山は温厚だが稀に発揮する決断力は非凡なものだ。五郎左の出世を支えたのは、その決断力であった。 「おそらく敵の戦線は伸びているだろう。そうではなくとも、横っ腹を突き浅井の戦線をたたっ斬る」 「流石は修理殿にござる。敵を見ずとも判るとは」  大谷や成田は感服しきっている。 「ここから姉川までは下る坂道じゃ。反撃に丁度良いな」  と言うと、全兵卒に対して、「くれぐれも隊列を乱すな」と厳命した。  既に佐久間隊や木下、柴田隊も本陣救援に駆けつけ龍ヶ鼻表は乱戦の様相となった。それでも桑山は浅井が優勢と見た。 ここまで桑山は冷静だった。そして一糸乱れぬ見事なその隊列は、後世にまで語り継がれるほど美しかった。  織田の兵はそれに奮い立ち、一気に盛り返し本来の勢いを取り戻す。  桑山たちが首をあげ始めた頃、丹羽の本隊が美濃衆を率いて龍ヶ鼻表に到着した。本隊を先導するのは前年冬に、三好三人衆から足利将軍を救援し「六条表の花槍」と讃えられた坂井与右衛門直正だ。  その頃、浅井の先鋒精鋭部隊は苦境に陥っていた。 遠藤は作戦通り織田の本陣に迫った。だが、あと一歩という処で竹中久作という敵兵に討ち取られてしまった。遠藤隊は壊滅し、磯野隊は最前線に取り残されてしまった。  藤堂一家も乱戦に巻き込まれ、磯野隊とはぐれてしまった。  徐々に浅井は押され始めた。 程なくして遠藤喜右衛門が討ち取られたという報せが長政の元に届けられると、陣に動揺が走る。 「朝倉殿は如何に」 「こちらも苦戦との由にございます」  海北は苦い顔で告げる。玄蕃も蒼白の面持ちだ。 たまらず、三番目の弟である石見守政之を増援に遣わせた。  政之は長政譲りの体躯を誇り、非常に猛々しい男であった。落ち着いた政元とは違い気性が激しく、手に焼いたこともあったが信頼できる血族である。  政之を増援に送り出してからしばらくすると、朝倉敗走の報せが届く。報せを受けた浅井本陣は総ての動きが止まった。 「朝倉殿は、何故に退くのか!」  怒鳴る長政に多賀新左衛門常則が駆け寄る。 「朝倉隊、徳川の策に嵌り大崩れと相成り真柄十郎殿討死との模様にございます」  本陣の諸将は愕然とした。朝倉孫三郎景健をはじめ歴戦の将であると聞いていたのに、よもやこうなるとは。  そして決定的な報せも届いた。 「浅井雅楽助様、お討死!」    すべてを託した三人のうち二人が死に、一人は音沙汰無し。もはや大勢は決した。 「玄蕃、善右衛門、ここまでだろうな」 「退き際にございましょう。小谷城へ戻ればまだ立て直しは容易かと」  海北は気丈に振る舞うが長政にとって見れば屈辱的な敗北であった。 苦々しく、撤退の下知を下した   「退けの下知が出たようにて」  与助と源助は磯野丹波守員昌とはぐれたまま、小谷城へ帰る事を決めた。 「父上、何故退くのですか」  息子は納得出来ない顔を見せる。 「見てのとおり、我らは劣勢だ。遠藤様も雅楽様も討たれた。まずは生きて帰る事、之が此度の本願である」  藤堂一家が小谷城を目指し敗走していると、目の前に大身の騎馬武者が敵勢に立ち向かわんと構えていた。その将を見捨ててはおけぬと思った源助が思わず声を掛ける。 「石見様、退けの下知にございます。ここは我らが凌ぎます故、お退きくだされ」  将の名は、浅井石見守政之。小谷城の主たる備前守長政の弟である。 「それには及ばず。お主らこそ下知に従い城に戻れ」 「されど殿の御弟君をここで見捨てるわけには」 「戦場に情は要らずして、ま気持ちだけでも冥土の土産にしよう」  源助の説得及ばず政之はその場に留まった。与助に促され苦い気持ちを抱えながら小谷城を目指そうとした時、政之は大きな声で言った。 「多賀伊予守に宜しう伝えあれ」  源助たちと政之は直接の面識がなかった。対して政之は伊予守こと多賀常則と藤堂家は深い関係にある事を認識していたようだ。  殿というのは死線を戦う物である。当然落命が伴う。政之は劣勢になったと聞いた時、自身の命を長兄たる長政に捧げようと思った。戦場で名を、死して名を残す。名誉なことだ。  与吉少年が名残惜しく後ろを見た時、政之は敵兵に囲まれた。四方から槍が入り馬から崩れ落ちる。その瞬間は、まるで時がゆっくりと進んでいるかの如く。  声にならない断末魔の叫びが姉川に響き渡る。そして織田方の勝鬨。浅井石見守政之は散った。  形容し難い叫びを聞いた与吉と長助は、その瞬間帰るべき城とは反対、来た道を引き返した。  ただ勝手に身体が動いた。そこには理由もなく、本能で動いた。 鬨の声を上げる敵勢に斬り込むと、遮二無二に槍を振るい突き崩す。 「長助、背中は頼むぞ」 「おう」  前夜より干し飯程度しか食わず朝から戦いを続ける二人は、体力気力を超えた第三の力で敵兵と戦う。    気がつくと、そこに先程まで浅井石見守政之であった胴体が転がって居た。傍らには彼の愛馬と、敵の士大将だろうか兜を被り丸い物を携えた武者が一人。 「その御首を返せ!」  与吉は足場の悪さなど気にもせず、圧倒的に組み伏せた。 「き、聞いたことがないわ」 「初陣にて軍事の無作法は、御容赦」 「う、初陣だと」 「応。されど首取る所作は存じておる故、安心して死に候え」    与吉が士大将を討ち、政之の御首を取り戻すと長助が馬を持ってきた。 「石見守様の馬だと思うが、手っ取り早く逃げるには馬が一番と考えてな。これなら御首だけでなく胴をも、城へ持ち帰る事ができる」 「ありがたい」  馬は村で何度か経験がある。手早く政之の胴体と共に乗り込む。馬からの視線は少し高い。 「いやはや、これは」 「どうした」 「見ろよ、川が赤いぜ」  赤く血に染まる姉川、それは数日前から続いたのではなく早朝から昼という短時間に流れたものだ。  大依山を抜けると小谷の城下が見えてくる。 「与吉、長助!」  叔父の藤堂勝兵衛が叫びながら駆け寄ってきた。彼は多賀常則の次男であり、源助と同じく藤堂越後守の婿養子となっている。 「探したぞ。源助殿に与助殿はもう、気が気でない。しかしその馬は、確か石見守様の鞍ではないか」 「どうしても、捨て置くことは出来なかったもので」 「石見守様の御首を奪い返さねば、名が廃ると思うて」  自家と主家の名誉を考えているのが、流石長助だ。    城内で一族の顔を見ると一気に気が抜ける。生きて帰ってきたのだ。 父源助、村山与助、そして父たちと親しい磯崎刑部や山口茂助。父からそれぞれ一発ずつ二人は殴られたが、それが嬉しかった。敗走から離れた自分たちを、心の底から案じてくれたのだ。    藤堂家の面々は互いに涙を流し無事を喜んだ。しかし、一人だけ違う涙を流す男が居た。 「石見守様……。何故お逃げしなかったのですか」  多賀常則と政之は爺と孫ほど離れていたが、あるとき政之の目に止まった事がきっかけと成り様々庶務を司ってきた。 今回物見斥候を任されたのも、政之の推挙があったからだ。  人目につかぬ木陰で常則は涙が枯れるまで泣いた。 そして、彼が二度と泣く事はなかった。  
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