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 セシルと別れて、幾日経った。  アリスは天使教会で、ユウの侍女として住み込みで働く事になった。  名目は侍女だが、実質は雇い売春婦でも間違いないかもしれない。  あれから、何度もユウに抱かれた。ユウが与えてくれる快感を何度受けただろう。  体はユウを覚えるようになっている。  抱かれる最中、ユウが愛していると言う度に、自分の体が、精神が興奮していく。  その事に、嫌気が差している。ユウにも、自分にも。  アリスはユウの部屋の掃除をしていた時だった。  一通の手紙がゴミ箱に捨てられていたのだ。思わず、アリスはその手紙を拾い、封を切った。  それは、アリス宛の手紙だった。  宛名主は――セシル、かつて愛していた男である。  手紙には、アリスの心配をしている文が綴られていた。  やれ、食事はしているか、体は壊していないか、些細な心配をセシルはしている。  あんなに酷い事を言ったのに、セシルは尚、自分を愛してくれている。  その事がアリスは純粋に嬉しかった。  ノールオリゾン国で、機械人形であるセレナは国王・フェルナンドの寝室にいた。  まさか、本当に娶られる事になるとは――セレナは思考が付いていかなかった。  フェルナンドは寝息を立てて、眠っている。  セレナはそっとその場を離れた。 「あれ、貴方、アレック、ニコラ……?」  すると寝室の外で、アレックとニコラが待ち伏せていたのだ。  二人は最近、ノールオリゾン国の新米兵士として、働いている。  実質、二人に会うのは幾日振りだ。 「セレナ姫様、少しよろしいでしょうか?」  アレックはそう言い、セレナを人気の無い部屋へ連れ込んだ。 「アレック、ニコラ、何故、いる? 私、貴方達、逃がした」 「うーん、あのね、戻ってきちゃった」 「こいつがよォ、どうしても、セレナの元を、離れたくねェみたいでなァ」 「なんで、逃げない? ここ、来ちゃ、駄目」 「もう、ノールオリゾン国の兵として採用されたからね、逃げないよ。俺は」  そう言い、アレックはセレナの目を見据える――セレナの虚ろな目が潤んでいる錯覚を覚える。 「俺はね、セレナちゃんを守るよ。側にいさせて。君の望む事を叶えるためなら、なんだってする」 「アレック……」  アレックはそう言い、セレナに笑ってみせた。 「セレナァ、お前は何が望みなんだァ?」  さりげなく、ニコラはセレナに尋ねる。すると、セレナは告げる。 「エレン、守る。エレン、願い、叶える。シュヴァルツ王国、復活、させる」  この機械人形は心は無いはずなのに――そう組み込んだ覚えはないのに、いつの間にか心を覚えたのだろうか。 「分かった。その為に、俺はセレナを支えるよ」 「まァ、泥船だというのは、知って乗ったもんだァ。セレナ、俺らが付いてる。一人じゃねェ」  セレナの願いを叶える為なら――アレック、ニコラはセレナに誓う。  ノールオリゾン国を必ずや、崩壊させる。セレナの願う、シュヴァルツ王国復興の為に。  近郊の貴族達が集まって行われる茶会。  その茶会に、グローヴァー家領主のルイス、ソレイユ家領主のエイミーも参加していた。  二人は、先日、シュヴァルツ王国の第二皇女――エレンと結婚した、マクスウェル家領主であるダニエルの元に来た。 「ダニエル様、この度はエレン姫様とのご婚約おめでとうございますわ」 「ダニエル様、おめでとうございます」  二人は、ダニエルに祝福を贈った。 「ありがとうございます。エイミー様、ルイス様。お二人もいずれ結婚をされるのでしょう」  と言いつつも、ダニエルは少しその事に危惧した。  ノールオリゾン国派の二つの家が婚約を結び、絆を強固なものにすれば、シュヴァルツ王国の復興は更に脅かされるだろう。 「ええ。そのうち、ルイス様と婚約致しますわ」  自分の婚約が遅れているのは、ダニエルのせいだ――エイミーは微かにダニエルを睨み付けた。  自分の義父になるグローヴァー元領主、自分の姉をダニエルは手を掛けないで殺したのだから。  ルイスも、卑怯な手口を使うダニエルを許さないとばかりに睨む。 「ダニエル様、あまり、調子に乗らない方が良いですよ?」  ルイスの脅しとも言える脅迫。  しかし、ダニエルはその脅しに屈しない。 「ご忠告、ありがとうございます。ルイス様、エイミー様」  微かに笑みを浮かべ、ダニエルは椅子に着席したのだった。  貴族の優雅な茶会が始まる。  ダニエルは大好きな紅茶を、手伝いの者に頼んだ。ダニエルの近くにはお付きとして来た七瀬がいる。  やがて、手伝いの者が紅茶を煎れようとカップに手を添える。その時だ。 「君、アリアちゃん、だよね?」  アリア――前、ダニエルの家に天使教会から調査のため派遣されたモニカは、突如のことに、行動を制止した。  なぜ、変装したのに、バレているのだろう――モニカは人違いだと一言告げ、紅茶を煎れる。その手は震えている。  並々紅茶は注がれている。モニカの作法やその様を見て、七瀬は勘付いた。 「あんさん、そのお茶飲んでみい」  七瀬からの命令。  モニカはその言葉に動揺し、紅茶の入ったポットを床に落としてしまう。 「あ、あの……」 「なんなん? 飲めん理由でもあるん?」 「いえ……」  七瀬の追求に、モニカはそっとダニエルを見据えた。  ダニエルは不思議そうに自分を見つめている。その表情にまだ、ときめく自分がいた。  まだ、自分はダニエルを好いているのだ。  悔しいぐらいに。  この紅茶を飲めば、自分の体に毒が回り、死んでしまうだろう。  この紅茶は、グローヴァー家、ソレイユ家、天使教会の罠が仕組まれている。  自分が死ぬことを選ぶか。  それとも、ダニエルを殺す事を選ぶのか。  モニカは一口、紅茶を飲んでみせる――モニカは、ダニエルを守る事を選んだ。  一口飲むや、モニカはその場に倒れ込んだ。  突如のことに、貴族達は皆、騒然としている。  ダニエルはモニカを抱えると、医務官達を呼んだ。  誰かが、自分を殺そうとしている――ダニエルは、事前に七瀬からその事を聞かされていた。  七瀬の機転で、自分は助かったのだ。  茶会は騒ぎのせいで中止になった。  ダニエルは、自分を殺そうとしたエイミーとルイスの元へ行く。 「この事は、私どもマクスウェル家の方で調査させて頂きますので」 「どうぞ、ご自由に、ですわ」  ダニエルは微かに二人を睨み付けながら、去った。  この事件が、グローヴァー家やソレイユ家――はたまた、ノールオリゾン国を揺るがす事になるとは、まだ皆は知らない。  マクスウェル邸の片隅の部屋。  ウィルの執務室は、今日も先日牢から出た柚とミツルによって綺麗にされている。  先ほど、シュヴァルツ王家に、ツツジの分家である七瀬、柚とミツルがいる事を公表したばかりだ。  これで、ノールオリゾン国派のツツジの里は揺れ動くだろう。  それを提案したのは、ダニエルではなく、ウィルだった。  先の襲撃で深手を負ったツケを払いたい――なんとか仕返ししたいと思っていた。 「姉さん、危ないって!」  すぐ側で、柚が時計の針を正確な時間に合わせようとして、椅子から転げ落ちそうになる。  ミツルのおかげで助かったが、そんなやり取りを見て、少し、ウィルは癒された気がした。 「あ、ウィル様、どうされたんだ? そんな隠れて笑って……」 「いえ、柚さん。何でもありません……」  いつかこういう穏やかな日が、ずっと続く日は来るだろうか。  その為にも、エレン王女の基盤を立て直さなくては――ウィルは今は亡き先代の王に誓ったのだった。  エレンは護衛のフェイを連れて、街散策に来ていた。  人々が行き交う市場、その市場は沢山の人の笑顔で包まれている。 「エレン、少し聞きたい事がある」 「なに、フーくん?」 「ダニエル様は、お前に優しいか?」 「どしたの、急に?」  不思議そうに、エレンはフェイに聞き返す。  フェイは幼馴染みのその表情を見て、視線を反らした。 「ダニエル様はとってもとっても優しいよ」 「なら、良いが……お前、ダニエル様と婚約して、後悔していないのか?」 「後悔してないよ。ダニエル様と頑張って、国を立て直そうって思うんだもの」  後悔などない。その一言が、フェイの胸を苦しませる。  では、何故、婚約前、あんな悲しそうな顔をしたのだろうか。  エレンは過去を振り返りなどしない。  前だけ、前だけ見据えている――それが、とてもフェイは辛かった。  ふと、フェイは店の前の長身の男を見た――彼に見覚えがある。 「セシル騎士団長!」  その男は、シュヴァルツ王国の騎士団長であるセシルで、フェイの先輩に当たる人物だ。  フェイ自身、セシルに良くして貰っていて、剣術も彼から習ったのだ。 「フェイ、元気にしていたか?」  だが、セシルはいつもの威厳も、活力も、消え失せていた。  一体、どうしたのだろうか。 「いえ、エレン姫様と一緒に町を散策していて……」 「あ、騎士団長様だ!」  エレンもセシルを見つけるや、彼に近付いた。セシルは敬礼し、エレンに挨拶を交わす。 「あの、セシルさんがここにいるって事は、歌姫のアリスさんもいらっしゃるんでしょう? 私会って、歌が聴きたいなあ」 「あ、あの、エレン姫様……アリスは、その……」  別れた、と一言セシルは告げる。  その言葉に、エレンとフェイは驚きを隠せない。あんなに仲が良かったのに、何故別れたのか謎である。 「それより、フェイ、ウィル様とお話がしたいのだが、取り次いで貰えないだろうか?」  セシルが話を変えるので、フェイは急いで兄――ウィルに取り次ぎをしに、マクスウェル邸へ向かった。 「ツツジの里の襲撃では、醜態を晒してしまい、申し訳ありません」 「いえ、セシルさんはよくやって下さいました。貴方が無事でなりよりです」  セシルはウィルに頭を下げて詫びると、ウィルは首を横に振りそんなことは無いと告げた。 「もし、また機会があるなら、今度こそ、敵陣の首を取って帰る所存です」 「そうですね。前の襲撃は寄せ集めの兵……時間が足りなかったのです。我々は騎士の国。剣を扱えば、右に出る者はいません」  ウィルは一息吐き、セシルに告げる。 「セシル騎士団長、貴方に騎士団の全権を委ねます。もう一度、戦うためにお願いできますか?」 「勿論の事です。必ずや、このセシル・ユイリス……命に替えても、任務を遂行していきます」 「よろしくお願いします」  セシルは再び剣を握れる喜びを得た。  ふと、最愛の女――アリスを思い浮かべたが、すぐさま止めた。  もう、彼女は隣りにはいないのだ。独りでこの国の為に戦う――セシルは誓った。  ダニエル・フォン・マクスウェル毒殺未遂事件。  その実行犯であるモニカは、マクスウェル家のある一室で目が覚めた。  この場所は来た事が無かったが、甘い紅茶の匂いがする。ダニエルが好きで、潜入調査時にモニカが煎れていた紅茶――その匂いでここがダニエルの家である事を知った。 「アリアちゃん、良かった。目が覚めて」 「あ、あの、あたしはアリアじゃなくて……」 「あ、そうだった。モニカちゃん、だったね」  遙か昔の記憶に、そんな子の面倒を見たことがある――と、ダニエルは思い出した。 「あたしを殺して下さい」  自分はダニエルを殺そうとした。好意を抱いていた彼を殺そうとした。  甘えかもしれないが、この罪を抱き生きるぐらいなら、死んだ方がマシだ。 「いや、ちゃんと聞かなきゃいけないし……それに、やっぱり君の事、ほっとけなくて」 「あたしを生かすのですか?」 「そうだね。君をこのまま天使教会に帰しても、君が辛い目に遭うだろうし」  自分はダニエルを殺せなかったのだ。  きっと厳しいセラビムの事だ。責任を押しつけてくるだろう。 「モニカちゃん、僕の所へ来ないかい?」 「どういう事、ですか?」 「そのままの意味だよ」  ダニエルはモニカを召し使いとして召し抱えるつもりだった。  なにより、あのモニカだと知ったのだ。辛い目に遭わせたくないと思った。 「良いかな?」 「良いのですか……? 貴方の側にいても、良いのですか?」  モニカの言葉に、ダニエルは飾り気の無い綺麗な笑みで頷く。  その笑顔に、モニカは赤面し、軽快な返事を返した。 「あんさんの女たらし振り、しかと見せて貰ったわあ」  七瀬はうんざりとした表情で、ダニエルに文句を告げた。 「まあ、天使教会の事を聞き出すにも良い機会だしね」 「それ、建前やろ? そんなん、分かっとるからな?」 「なんで、七瀬ちゃんは怒ってるのかい?」 「ええやん。あんさん、エレン姫様を傷付けるような事はせんでよ?」 「七瀬ちゃん、君、どんな目で僕を見てるんだい?」 「もう、ダニエル様の馬鹿! うちだって、あんさんの事……」  それだけ告げ、七瀬は口を噤む。  ダニエルを諦めなければならないと、彼がエレン姫との婚姻をした時から決めていたのに、この男は罪だ。諦めなくさせる。 「それより、あんさんの殺しの件、報告を受けとるんやけど……、例の二人やったわ」 「例の二人?」 「あんさんが、殺しを行った時の実行犯……イオン・カルロスとノエル・クレイ……。まさか、あんな風に主人に寝返るなんてなあ……」  奇しくも、計画をしたのは、ダニエルが前グローヴァー家領主殺害事件とソレイユ第一令嬢殺害事件の実行犯だった。  まさか、あんな風に寝返るとは――人とは恐ろしい。 「七瀬ちゃん。僕は、自分を慕ってくれる人には優しくしたいと思っているよ。エレン姫様を始め、君だってそうだ……でも――」  ダニエルの表情が曇る。その表情を七瀬は久しぶりに見た気がする。 「寝返りだけは、許せないんだ」 「そう言うと思ったわあ。二人を連行するん?」 「そうだね。でも、ただ連行するのは面白くない……」  ダニエルはため息を吐き、七瀬に案を提示したのだった。  マクスウェル家領地の一画。そこに、ミーア達の新居がある。 「引っ越し、お疲れさん。いやあ、疲れた、疲れた」 「レオン、お前ははしゃいでただけだろ?」 「えー、ちゃんと働いたんだぜ! なあ、ミーア?」 「ラルフに比べたら全然よ」 「ミーア、擁護してくれよ、そりゃないぜ」 「母さんもそう言ってるし、今日、お前が料理作るの担当な」  と、ラルフは今日の料理当番をレオンに押しつけた。  ともあれ、レオンとジュリアはラルフ達家族と暮らす事になった。他人とはいえ、昔からずっと仲良かったのだ。今や皆家族同然だと言えよう。 「私、ちょっと出てくるわ」 「おい、何処行くんだよ」 「ノールオリゾン国」 「ジュリア……敵国にでも忍びに行くのか?」  ラルフが問うが、ジュリアは何しに行くのか答えを曖昧にした。  ジュリアはそっと、懐に入れていた自分宛の手紙を取り出した。  送り主はアレック・リトナーだ。  彼の行方を心配していたが、彼から伝えてくるとは。  ツツジの里の拷問を受けたが、有り難い事にレオンもミーアも、自分を支えてくれた。  おかげで、体力も心も回復する事が出来た。 「ジュリア、本当にノールオリゾン国へ行くのか?」 「って、レオン。いるなら、いるって言いなさいよ!」 「あ、悪い悪い。なんか、考え事してたからさ」  そう言い、レオンはジュリアに小包を差し出した。 「それ、拳銃。ノールオリゾン国に行くなら、拳銃持ってなきゃ、危ねえぜ?」 「レオン、貴方、これ……」 「いつかお前に渡そうと思って、準備してた」  そう言い、レオンはジュリアに笑って見せた。 「必ず帰って来いよ。帰りを待ってるぜ」 「そ、その笑顔、反則過ぎよ。わ、分かったわ。必ず戻ってくるわ。帰りを、待ってて」 「ああ」  そう言い、ジュリアを励ますように、レオンは彼女の肩を叩いた。  ジュリアはその行動に、励まされた気がした。  こうして、ジュリアとアレックは内密に通じる事になった。  アレックが仕入れた情報を、ジュリアを介して、シュヴァルツ王国へ伝える。  それが、ジュリアの任務になった。 第七章 了
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