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 モニカがメイドとしてこのマクスウェル家に来て、数日。  ここでの生活は、モニカにとって、ありがたいものだった。  好いているダニエルの顔を見れるのは勿論の事、ダニエルを取り巻く人々もとても温かく優しい。 「モニカさん、お菓子、作って頂けませんか? 私、モニカさんの作るお菓子大好きなんです」 「エレン姫様、そう言って頂き、とても嬉しいです。今日は、ちょっと奮発してドーナッツ、芋けんぴでも食べますか?」 「はい。食べます。モニカさんの作るお菓子、楽しみだなあ」  と、エレンはにこにこ笑顔を浮かべ、席に着き、お菓子が出来るのを楽しみに待っている。 「エレン、そんなに食べて……太るぞ」 「大丈夫、大丈夫だよ。なんだか、食べても食べてもお腹減っちゃって……えへへ」  ここ最近、エレンの食欲が凄まじい。  お菓子など一日に一度だったのに、今日はこれで三度目である。幾ら何でも食べ過ぎだ。  エレンはお菓子を食べると、寝室で休みたいと言う。  エレンの手を引き、フェイはエレンをエレンとダニエルの寝室へ連れて行く。 「うっ……」 「エレン、どうした?」 「なんか吐き気がするかも。ちょっとトイレ行って吐いてくるね」  とそれだけ言い、エレンはトイレに駆け込む。 「い、一体、エレンはどうしたんだ……?」  ここ最近、ずっとこの調子である。  そこで、フェイはエレンの体の調子を医務官に視てもらう事にした。 「エレンが、妊娠?」  医務官から伝えられるや、フェイは驚きのあまり拍子抜けしてしまう。  まさか、エレンがダニエルの子を宿すとは――驚きのあまり、何も言葉が出ない。 「エレン姫様、おめでとうございます」 「えへへ、私、お母さんになるんだね」  モニカから祝福の言葉を受け取ると、エレンはとても嬉しそうに笑う。  新しい命が生れる。これほど嬉しい事はないだろう。 「エレン姫様!」  そこに、父親のダニエルがやって来る。  恐らく、家臣達に聞かされ、急いで来たのだろう。息が弾んでいる。 「ダニエル様、私、お母さんになります!」 「じゃあ、僕は父親になるんだね。エレン姫様、ありがとうございます」 「えへへ。私、今凄く幸せです。絶対、三人で幸せな家庭にしたいです」  家族が増える事はまたとない幸せだ。その幸せを、エレンもダニエルも享受した。 「ええ。エレン姫様、三人で頑張っていきましょう」 「はい、ダニエル様!」  そんな二人の様子を見て、フェイは少し気付かされる事がある。  今まで、自分はエレンの側にいるあまり、ダニエルに奪われた気分になっていた。  だが、もう、そう思うのは止めたい――エレンの幸せを一番に思いたい。そう考えた。  ツツジの里。  相変わらず、玲はアニタを失った悲しみに、明け暮れていた。 「真理奈、話がある。お前に、ツツジの里を纏めて欲しい」 「兄様。いきなり、どうされたんですか?」  玲は真理奈を呼び出すや、ツツジの里の頭領を譲りたいと告げた。  真理奈は驚くしかないが、だいたい、予想は付いていた――玲は思うのだろう。アニタを守れなかった事に責任を感じているのだろう。  頭領とは言え、玲も一人の男だ。妻を守れなかった事は自分が許せなくてどうにかなってしまうだろう。 「で、真理奈姫様。玲様の話、承諾したのですか?」 「ええ。このままでは兄様が可哀想でやれません。兄様にアニタに寄り添う時間を作ってあげたいのです」  シュヴァルツ王国の襲撃で受けた傷の復興を見ながら、真理奈は告げた。 「今、混乱しているツツジの里をどうにかして復活させたいのです」  真理奈が危惧しているのは、先日シュヴァルツ王国元帥から公表された事だった。  分家の三人が、シュヴァルツ王国にいる。それは、ツツジの里が分裂したという事実に繋がる。  このままでは、ノールオリゾン国に謀反を疑われてしまうだろう。 「カイ様、忠義って何でしょう。ノールオリゾン国に付く事が、忠義でしょうか?」 「真理奈姫様、いきなり、どうしたのですか?」 「私思うのです。確かに、シュヴァルツ王国は昔、今も私達の国を襲撃しました。でも、それ以来、復興の面倒も見てくれたし、待遇も良かったです」 「まさか、真理奈姫様。ノールオリゾン国を寝返るのですか?」  真理奈の言う事は分かる。  だが、今まで自分達は玲の元、強い国に付くと決め行動してきた――その方針を、真理奈は変えようというのか。 「ええ。ツツジの里の忠義は、山より高く、海より深い――そう行動していきたいのです」 「真理奈姫様。そこまで言いたいのなら、俺も貴方に尽くす所存です」 「ありがとうございます、カイ様」  とは言ったものの、それを知ったノールオリゾン国は黙っていないだろう。  また、ツツジの里は火に見舞われるかもしれない。だが、ノールオリゾンが何をしてくれたかを考えれば――真理奈はカイを使者としてシュヴァルツ王国へ送った。  ノールオリゾン国城。  二人の貴族からの報告を受けていた。ノールオリゾン国の王・フェルナンドは、ツツジの里が内部分裂している事に危機感を持っていた。  まさか、ツツジの里がシュヴァルツ王国側に付こうとしているのだろうか。 「ルイス殿、エイミー殿、兵を出してくれぬか。ツツジの里を脅そうと思うのだ」 「分かりましたわ」 「御意」  情勢というのは目まぐるしく変わる。その様は、この世界を生きていれば分かる事。 「大変な事になりましたわね、ルイス様。まさか、ツツジの里が裏切りをするだなんて」 「まあ、重い課税に悩んでるのかもな。俺の家もいっぱいいっぱいだ」 「私の家もですわ。でも、ツツジの里に比べれば、私達は取り立てて貰えていますわ」  と、エイミーは一息吐く。 「しかし、どうしましょう。ノエルの事ですわ」 「まさか、ノエル・クレイも、マクスウェル家に人質に?」 「ええ。ルイス様も、家臣のイオン・カルロスを……」  こちらが卑怯な手を使えば、あちらも卑怯な手を使うのだろう。  二人は人質として、捕まった。解放したいのであれば、莫大な身代金を払えという。  それは、ノールオリゾン国の年税の、何十倍になる。 「イオンを助けたいんだ、だけど……」 「私も、ノエルを……でも……」  身代金を払えば、家が傾いてしまう。  只でさえ、ノールオリゾン国の税金でいっぱいなのだ。それに、一度自分を裏切った家臣を助けるのは、他の家臣が許しはしないだろう。 「見捨てる、しか、ないのか……」  行き着いた考えに、ルイスもエイミーも悲観せずにはいられなかった。  ノールオリゾンの人気の少ない酒屋。  そこに、ジュリアは待ち人を待っていた。 「アレック、元気そうね」 「ジュリアちゃんも、相変わらず、綺麗になって。俺、惚れそう」 「そんな御託は良いわ。早く、情報を頂戴」 「もう、折角のデートなのに、ジュリアちゃんはせっかちさんだな」 「デートじゃないわよ。で、早く情報を」  ジュリアがあまりにも急かすので、アレックは罰の悪い顔をしながら、ジュリアに告げる。 「ノールオリゾン国が、ツツジの里に攻めようとしているみたい」 「あら、ツツジの里はノールオリゾン国派じゃ……」 「なんか、内分裂して、方針でも変わったんじゃないの?」 「それは有り得るわね……」  アレックの持ってきた情報は良い情報だ。  これを、ウィルに告げれば、シュヴァルツ王国の為になるかもしれない。  そうと決まれば、今すぐ、シュヴァルツ王国に早く戻って伝えなくては。 「アレック、情報ありがとう」 「どういたしまして。あ、俺が言ったというのは内緒にしててよ?」 「分かってるわ。でも、アレック。国を裏切って平気なの?」  突然のジュリアの問い。  その問いに、アレックは首を縦に振る――シュヴァルツ王国を裏切る事も、ノールオリゾン国を裏切る事も、全てはあの仮初めの姫の為だ。 「あまり、無茶しちゃ駄目よ」 「分かった。アレック君、それを肝に銘じます、なんちゃって」 「本気に捉えて欲しいわ」  と言ったものの、アレックの決意の深さにジュリアは感銘を受ける。  この男は根は真面目なのだ――誰かを守る為なら、何だってするだろう。  こうして、ジュリアはアレックから得た情報をウィルに伝える為、ノールオリゾン国を発った。  天使教会の一室。  アリスは、そっと、ユウの部屋の掃除を止め休憩した。  まさか、ユウの子を宿してしまうとは。  何度も中絶を望んだ。だが、この腹の子は罪は無い。 “アリスさん。俺の子を産んで下さいね”  ユウにもそう言われている。  自分が神子という立場だというのに、やはり彼は墜ちた天使だ、  このまま、自分はユウの子を産んでしまうのだろうか。  そう、アリスは苦しみ、悩んでいた時だ。 「貴方はメリルさん?」 「アリスさん、ちょっとお話良いかな?」  アリスに会いに来たのは、神子のメリルだった。 「そう。ユウの子を、妊娠してしまったんだね」 「私どうすれば良いのでしょう? この子を産んでも、この子を幸せにしてやれない。そう思っていて……」 「この子に罪はないよ。貴方なら幸せに出来る。アリスさん、この子の母親としてしっかりしないと」  そっとアリスはメリルの顔を見据えた。  メリルの姿が、自分の信仰していた天使教――まさにそれは理想の姿だと思った。 「ありがとうございます、メリルさん」 メリルの一言で、アリスは母としてしっかりしようと思ったのだった。 「ユウ、君ってば最低だね」 「メリルさん、いきなり何ですか?」  教会の式典の準備をしていた時だった。ユウの手を、メリルは止めさせた。 「神子という立場なのに、人を平気で傷付けるんだね」 「それは、もしかして……」  アリスの事を言っているのだろうか。  確かに、愛する者から引き離し自分の妾にしているのは、心が痛む。  だが、それ以上に、自分はアリスと一緒にいたかった。  セシルと一緒にいる姿を見ているのは、辛くて、自分がどうにかなってしまいそうだ。 「それより、メリルさん。貴方、シュヴァルツ王国の人と繋がってませんか?」 「いきなり、何? 僕はただの神子だよ。シュヴァルツ王国の人の接点なんてないよ」  と言いつつも、メリルは少し焦っていた。  内密に七瀬と繋がっている事を知れば、セラビムは黙っていないだろう。  神子の立場も危うくなるし、命を持って償わなきゃならないかもしれない。  だが、これ以上、ユウの、セラビムのやり方に、黙ってなんかいられない。  自分は、自分の意思で、反逆を起こす――メリルは誓った。  セラビムの部屋で、リリアンはセラビムの命を受けていた。 「エレン姫のご懐妊はめでたいものだ。しかし、ノールオリゾン国にとって、驚異になるだろう」  皇子が産まれても、姫が産まれても、王位を継ぐ者が現れる事は、シュヴァルツ王国の繁栄に繋がる。 「どうしましょう、セラビム様……」 「リリアン、この薬を、エレン姫に飲ませろ」  そう言い、一つの薬をセラビムはリリアンに手渡す。  内装から見ても分かる。毒物だ。 「悪の子を堕ろすのだ」 「……セラビム様、その任務、しかと賜りました」  そう言い、リリアンはセラビムの部屋から出た。  とても、気が重い――密かに思いを寄せているセラビムの命とは言え、罪の無い子を殺すなど。 「リリアンさん、なんだか浮かない顔ですが、どうされましたか?」 「え、あ、ユウ? いや、なんでもないわ。気にしないで……」  どう見ても、何でも無い訳が無い。  一体、リリアンはどうしたのだろう。 「ねえ、ユウ……天使教って何だろう、って思わない?」 「リリアンさん、どういう意味ですか?」  リリアンの言葉に、ふとユウは考えを巡らせる。  天使教――神・エンゲルの信仰だ。エンゲルに自分達は仕えている。 「神・エンゲルの意思なのかな、セラビム様の言葉は?」 「そ、それは……」  ユウはリリアンにそう問われ、口を噤む。  神・エンゲルは、卑劣な手を使わないし、愛する者を傷付けたりしない。  それに、罪の無い子を殺すなどしないだろう。 「あたし達、ここに来た時から変わったわよね。何でだろう?」 「ええ……」  天使教の本来の姿を、リーフィ村で見てしまったからだろう。  だが、自分達はもう、行動を止めることが出来ないのだ。  ミーアはとある占い師を尋ねた。  最近、有名なマクスウェル領の占い師――エルマ・エッカートの元に。 「ねえ、エルマ。貴方、予言したのでしょ? シュヴァルツ王国は復活するって。どうすれば復活するの?」  ミーアはシュヴァルツ王国の復活に自分も力になりたかった。  今はごく一般の主婦であるが、昔は騎士団にいた事もある。  その伝手もあり、ラルフも騎士団に所属している。  騎士団は国を思う者達が集まる集団でもある。  あの騎士団員達は、国を守りたいという思いが強い、純粋に思っている人達ばかりだ。 「それを言ってしまっては、面白くないんだな。でも、時期にシュヴァルツ王国は復活するんだな」 「ねえ、具体的な事を言ってよ」 「そうだったんだな……、シュヴァルツ王国軍の革命が必要なのかもしれないんだな」 「革命? どうするの?」 「それを言っては、面白くない……けど、ヒントをあげるんだな。貴方の近くにいる人、その人が復活の鍵になるんだな」  鍵になる人物――一体誰だろう。近くにいるというが、ラルフは一端の騎士だ。  レオンに至っては鍛冶屋だし、ジュリアに至っては情報屋――どの者も可能性は無くは無いが低いだろう。 「一体、誰なのかしら? 革命の鍵を握る人って?」  ミーアは、エルマの言葉に首を傾げながら家に帰宅したのだった。  マクスウェル領牢。  そこに、イオン・カルロス、ノエル・クレイが閉じ込められている。  自分達が、ダニエル・フォン・マクスウェルを殺害しようと企てた。  今や、ソレイユ家、グローヴァー家への人質になっている。 「ねえ、ノエルさん。僕達、一体なんだったのでしょう?」 「イオン、それはどういう事だろうか?」  ノエルがイオンに相づちを打つと、イオンは虚無を抱いた。  結局、自分はルイスのお荷物にしかなれなかった。ルイスの命とは言え、ダニエルを暗殺し失敗した、グローヴァー家元領主を殺した。  ルイスの望まぬ事をしたのだ。荷物以外の何物でもない。 「一体何だったのだろうな……私は欲に駆られて、空回りだ」  思えば、エイミーの姉であるローゼと上手く行かなくなってから、人生が狂ったように感じる。  ローゼを利用し、研究所を盛り立てようとしたが、それが間違いだった――今では全てが悔やまれる。  ローゼの事は利用していたが、好意を抱いていたのは事実だ。  二人が虚しさに襲われていた時だ。  誰かがこちらへ向かって来る。 「貴方は、香月七瀬……」 「どうやら、タイムリミットみたいだな」  タイムリミット――人質を解放する為の身代金を、ルイスもエイミーも準備出来なかった。  あんな莫大な金額を払う方が馬鹿馬鹿しい。  善意のためならお金より命の方が大事というが、そう簡単に果たされる物ではない。 「あんさん達、この毒を飲むんや」  七瀬が提示したのは、奇しくもノエルが作った人を殺す為の毒だった。  これを飲むと言うことは、死を意味する。 「分かりました。それが僕の末路なら、定めなら、飲みましょう」 「イオン……」 「ノエルさん、僕はもう、ルイスのお荷物になるのは嫌です」  イオンは微笑し、七瀬から毒の入った瓶を受け取る。 「そうだな。もう惨めな生き方をするのはごめんだ」  そう言い、ノエルも毒を受け取った。  二人はマクスウェル領の牢で、息絶えた。  二人の死は関係者にすぐさま、報告された。 「ノエルが、そう……」  ミーアの元にソレイユの兵がやって来た。  ノエルがローゼを殺したと聞いた時から、嫌な予感はしていたが――命とはなんと簡単に果ててしまうものだろう。 「あいつは、馬鹿だ。でも、俺達はあいつの痛みを分かってやれなかった」  ノエルは自信家だが、繊細な人物でもある――何故、彼の気持ちを分かってやれなかったのだろう。  だが、彼は命とはいえ、人を殺めたのだ。人を殺めたように、ノエルも罪を償うべきなのかもしれない。  ルイスの元にも、イオンの死を知らせる伝書が来た。  それを聞くや、ルイスは泣き崩れ力が抜けたように、膝を付く。 「イオン、ごめんな……、一番側にいて欲しい人を、俺は守れなかった」  ダニエルも憎い。だが、何より、ルイスは自分が憎かった。  家が傾いても、イオンを――かけがえのない友を、助けるべきだった。  二人の死は、やがて、グローヴァー家、ソレイユ家に暗雲が立ち込む事になる。  ノールオリゾンの両腕は、やがて朽ちるだろう。  マクスウェル邸。  そこで、ウィル、ダニエル、セシルと、ツツジの里の家臣であるカイが内密に会談していた。 「つまり、ツツジの里はシュヴァルツ王国に付くと……」 「ええ。それが、ツツジの里新首領である真理奈姫の意向です」  一体、どういう風の吹き回しだろう。  ウィルは目の前の男――カイが言っている事を、疑っていた。 「でも、ツツジの里がこちら側に寝返れば、ノールオリゾン国から仕打ちを受けるんじゃ……」 「それも、覚悟の上です」  そう言い、カイはシュヴァルツ王国側の三人を見据えた。 「ツツジの里は長年、忠義を尽くす者達の集団でした。しかし、玲様は十七年前の襲撃に心を痛め、ノールオリゾン国側に付いていました」  カイは一息吐き、告げる。 「しかし、実際はシュヴァルツ王国から沢山の支援を頂いた。その事に真理奈姫は感謝しているのです。だからこそ、今、シュヴァルツ王国復興の為にお力を添えたいと思っております」 「そうですか……」  事情は分かった。  だが、簡単に信じて良いものか。相手は、シュヴァルツ王国を裏切ったツツジの里だ。  ウィルは返事を渋っていた。  その時だった。一人の騎士が、緊急の来客だと告げる。その騎士の様は、切羽詰まっていた。  その様を見て、ウィルは通すよう告げる。 「ウィル様、ダニエル様、セシル様……、私はジュリア・アレンゼ。情報屋です」 「情報屋……、ああ、シュヴァルツ王国の情報屋さんだね。そんな方がどうして?」  微かに噂だったジュリアの事を、ダニエルは思い出す。 「ツツジの里の人もいますね。丁度良かった。ノールオリゾン国がツツジの里へ進軍する為、兵を準備しているとの事です」 「なんですって!」 「どうやら、ノールオリゾン国はツツジの里を手放したくないようだな」  ツツジの里は貴重品である金が採掘される、重要な地域。  簡単に、ノールオリゾン国はツツジの里を手放したくはないようだ。 「どうします、ウィル様。このままでは、ツツジの里が征服されるでしょう」 「そう、ですね……分かりました。ツツジの里が忠義を語るなら、我々が忠義の手本を見せましょう」 「と、言う事は?」  カイは、ウィルの目を見据える。ウィルは決心した。 「我々と軍事同盟を結びましょう。貴方方の窮地には、駆けつけます」 「勿体ないお言葉、すぐさま真理奈姫にお伝えします」  こうして、シュヴァルツ王国とツツジの里は軍事という形ではあるが、同盟を結ぶことになった。  カイは早く、同盟を結んだ事を真理奈に伝えたかった。  その時だった。目の前にかつて見慣れた二人が買い物から帰ってくる様を伺える。 「あ、貴方は……」 「お前達は、柚にミツルか……、元気だったか?」 「カイ様、お久しぶりです」  柚とミツルは、ツツジの里の家臣であるカイに頭を下げた。  と言っても、カイは香月家に従っている武人――香月家本家と柚達の家は仲が悪い。だから、久しぶりの再会に柚達は戸惑いを隠せなかった。  しかし、一体カイは、シュヴァルツ王国に何の用事で来たのだろう。 「二人とも、たまには帰ってくるんだぞ。真理奈姫が、お前達を心配していた」 「でも、玲様が……」 「あー、まあ、玲様もいらっしゃるけど、ツツジの里は変わろうとしているんだ」  一息、カイは吐き、柚とミツルに告げる。 「玲様も、俺も、真理奈姫も、変わらなきゃならない。それがシュヴァルツ王国と歩くためだ」  カイの言葉に、柚ははっとした。  ツツジの里の内乱は、かつて自分達の親が図った事――シュヴァルツ王国に里を売った。  そのせいで、自分達はツツジの里に居場所が無かった。  ミツルはそっとカイに手をさしのべる。 「ボク達、ずっと居場所が無かったんです。作っていただけますか?」  こう申しつけるのは烏滸がましいかもしれない。だが、故郷をやはりミツルは捨てられなかった。 「ああ。勿論だ」 「良かった。ね、姉さん!」 「まあ、シュヴァルツ王国も良い所だし、俺はここにいるけどな」 「ウィル様もエレン姫様も優しいもんね。ボク達、シュヴァルツ王国とツツジの里の架け橋になれば良いよね……」  真理奈の家と柚の家の絆が、修復されようとしている。  それが、シュヴァルツ王国とツツジの里の絆を強固なものにしていくだろう。  マクスウェル領地内。  エレンとフェイは市場に散策に来ていた。  エレンの体調も安定した。エレンは相変わらず、呑気に空を見上げている。  少しは母親の自覚が生まれれば良いのだが――それはまだ先になりそうだ。  フェイがふとエレンから目を離していた時だった。 「エレン姫様、お一つ如何ですか?」 「あ、マフィン! 美味しそう、頂きまーす!」  銀髪の長い耳の女性から、美味しそうなマフィンをエレンは頂く。  それを見たフェイは、エレンに制止をかける――が、時は遅し。エレンはマフィンを頬張ったのだ。 「うっ……、なんだか、苦しい……っ……」 「おい、エレン!」  エレンはその場に倒れ込んだ。  フェイの嘆きの声が、空を制した。 第八章 了
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