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Ⅰ 八月八日は盛り上がったな。そう思うと《光|ヒカル》との馴れ初めを思い出す。私と光が付き合い始めたのは私の誕生日二〇一六年の八月八日大学一年生の時、彼から告白された。光が思い切ったことをするような男性だと思ってもいなかったから驚いたのを覚えている。彼は、そう大胆なことをするような人には見えなかった。むしろ、普通の、悪い言い方をしてしまえば地味で凡庸な同級生だ。大学が始まってからグループワークで自己紹介をしたり、一緒に作業をしたり、そんなことをするだけの関係だった。それが少しずつ会うたびに自然とお互いに自分のことを話すようになっていった。私の名前が《洋子|ようこ》なのは私が八日生まれだからだとか。逆に光の名前の由来は明るい子供に育ってほしいと両親が願ったからだとかの話をした。そのことについて彼は 「明るくなるように光ってつけてもらったのに、なんだか全然明るい奴だと思われないんだよね。根暗だと思われる。メガネをかけているからかなぁ?」 そんなことを言っていた。私ははっきり言って見た目だと思う。正直に言えば見た目からして根暗。メガネをかけていつも同じような服装をして、髪型にもそうこだわっていないように見えた。決して不潔というわけではないけれども、パッとみて清潔感があると思えるような雰囲気を持っていなかった。ただ、そういう人間は概して話してみると面白いのかもしれない。例えばソクラテスが醜男だったということを聞いたことがある。  さすがにソクラテスと同列にはみなせないけれども話してみると、彼をただの根暗な男だとは思えなくなっていった。 話の運び方に気遣いを感じたし、一緒に帰る時も必ず道路側を歩いてくれた。男女平等のこの時代にそれはどうなの?と思わないでもなかったけれど、私は少しのトキメキを覚えた。気弱そうな彼の精いっぱいの男らしさだったのかと思うと可愛らしく思えたのだと思う。会う機会が増えていくと徐々に距離が縮まっていった。 そうしてこの年齢だし、必然恋愛へと発展した。それが二〇一六年の八月八日だった。恋愛経験のないらしい彼は直接 「付き合ってください!」 と言ってきた。なんだか、高校生の恋愛ごっこみたいだとも思ったけれど、私はそれにOKを出した。せっかく大学生になったのだから恋愛くらいしてもいいかなと思った。それに、気弱な彼の少し滑稽な本気の告白に可愛らしさを覚えてしまったのだと思う。おかしな話だけれど二〇一六年の私への誕生日プレゼントは光だった。そうして、二人で正式にカップルとして町へデートしに行ったり、二人で美術館へ行ったりした。美術館で彼はヌード作品をよく見ていたと思う。その時私は 「エッチ」 と光にしか聞こえない声で囁いて彼をおちょくったことを覚えている。彼は顔を真っ赤にして、首を振りながら 「こ、これは芸術だから別にそういうことじゃないから」 なんて弁解していたっけ。でも結局、私たちは大学生。二〇一七年の四月一日光の誕生日に、私は処女を捧げてた。私たちは奇妙なことに、自分の誕生日に自分が相手から何かを貰っていた。 そうして、今年、私の誕生日には彼が精いっぱいの男らしさでリードしてくれた。お互いちょっとずつ経験値がたまってきていたこともあってとても盛り上がった。 だから今年の八月八日は盛り上がったんだ。そんな思い出が現実の時間に追いついてやっとリアルタイムへ戻ってきた。もうすぐ四月一日だから私は何か、彼に貰うのだろうか。それとも今年は私からあげようか。しかし、何をあげようか。毎回、ヤるだけじゃ芸がないし、彼をもっと楽しませてあげたい。するとスマートフォンに通知があった。 「今日、会えない?」 もちろん光からだ。私はすぐに 「いいよ。じゃあいつもの喫茶店でいい?」 と返信した。町にある小さな喫茶店だ。私たちはいつもそこの隅の机をとって二人だけでヒソヒソと話していた。今日、さりげなく誕生日に何をするか聞こうと思った。それとも彼はもう何をしてくれるのか、決めているのかもしれない。そのことについて話すために会おうといってきたのかも。そう思うとときめいた。また通知が来た。 「うん。いつもの喫茶店に一六時でどうかな?」 またすぐに 「いいよ。準備していく」そう返した。今は一四時だから、たっぷり一時間準備をしてゆっくり喫茶店へ向かうことにした。  「まった?」 いつものように彼がいつもの喫茶店のいつもの席に座っていた。 「ううん。今来たところだよ」 これもいつものやり取りだった。私は彼のそんな優しさが好きだといつも思ってしまう。お互いにいつものブレンドコーヒーを頼んで話し始めた。最初はいつもの他愛のない話。誰が誰と付き合い始めたとか、最近はどんな本を読んでいるとか。でも私は本題に切り込む機会を狙ってる。私は彼を独占したいのかもしれない。いつも私が一歩彼をリードしているように思う。そうしていたいのは彼を自分のものにしたいからかもしれない。そんな考えが頭をよぎった。 でも突然、彼が 「ピアスを開けてほしいんだ」 そう言ったから私は不意を突かれてしまった。 「ピアス?いいよ。誕生日近いもんね。開けてあげる。どこに開けてほしいの?」 私は立て直してまた、自分がリードしようと思って先手を打ってどこに開けてほしいのか聞いた。すると彼はスッと身を乗り出して、私にしか聞こえない声で言った。 「あそこに開けてほしいんだ」 Ⅱ  もうすぐ四月一日、僕の誕生日だ。今まで僕と彼女はお互いの誕生日に、お互いをプレゼントしてきた。この前の洋子の誕生日は下手なりに僕がリードできたと思う。僕自身も幸福感を感じながら体を重ねられた。僕の中では最高に燃えたといって良い。ただ、今回の僕の誕生日には、洋子にしてもらいたいことがある。  今度の誕生日は洋子の下にピアスをあげたい。あげるという表現が正しいかはわからない。だって、得をするのは僕だから。してほしいのは僕だから。でも、去年から続く僕たちの奇妙な誕生日プレゼントの交換を辞めたくはなかった。だから僕はあえて、ピアスをあげると言いたい。強くそう思ってしまう。  彼女の体の下にピアスを開けさせるなんて異常だと思われるかもしれない。いや、異常だと思う。だから僕は当たり前だけれども僕と洋子の関係を知っている友人たちにも黙っている。なぜ僕はこの異常な欲望にとらわれてしまったのだろう。きっと、彼女を独り占めしたいからだと思う。普段の僕らの交際を見ていると大体、洋子が僕をリードしてくれているし周りからもそう思われている。それに容姿から言っても彼女のほうがはっきりと優れている。洋子は大学内で特別美人という部類には入らないと思う。それでも、僕には不釣り合いなくらいにはきれいだと思う。特に、黒くて綺麗なパーマのかかったショートカットからチラリとのぞかせる右目のほくろが素敵だった。だから常に洋子との関係は洋子が上で僕が下だったでも、だからこそ、この関係をひっそりと逆転させたいと思う。この逆転に僕の中に燻る嗜虐心がないとは言えない。僕は根暗で地味な奴だと思われている。けれどもその内実、心の内側にサディスティックな感情を抱えている。この感情を、洋子に知ってもらいたい。打ち明けたい。そう思い始めてしまった。そう思ったら最後、この嗜虐心はムクムクと膨らんでついに今度の僕の誕生日に実行したいと思った。このサディズムは谷崎潤一郎の名作『痴人の愛』の真逆だと思っている。『痴人の愛』では、男性が女性に跪くマゾヒズムを描いている。僕の場合はいつも跪いていた男。つまり僕が、逆に女性を跪かせたいというような感情に近い。しかしこの欲望の先には危険が待ち構えている。僕の大切な洋子を傷つけてしまわないかという不安だ。サディスティックな感情を抱いている人間が傷つけることに対して不安を覚えるということに疑問を持つ人が多いと思う。でも僕は何も、洋子をいじめたり、虐待したりしたいわけじゃないんだ。ただ、洋子に僕にしか知らない秘密を持って欲しい。女性の体の下のピアスだなんて、そうそう他人に見られるものではない。だから、僕と洋子だけの秘密。この秘密で、僕は洋子を縛ることができる。そう思っていたのをついに耐えられなくなって、洋子にスマートフォンで 「今日、会える?」 と連絡を入れた。  緊張して待ち合わせの時間よりも早く着いてしまった。いつもの事だけれども今日は特に早く着いたと思う。洋子が着いた。 「まった?」 「ううん。今来たところだよ」 いつものやり取りのようで僕にとっては緊張の連続だ。コーヒーを頼んでいつもの他愛のないやり取りから僕は慎重に切り出した。 「ピアスを開けてほしいんだ」 洋子の反応が気になったけれど彼女は少し驚いただけで言葉を返してきた。 「ピアス?いいよ。誕生日近いもんね。開けてあげる。どこに開けてほしいの?」 ここからが鬼門だと思った。ややもすれば彼女を傷つけてしまう。しかし、僕にはもう我慢ができなかった。僕の内側にある洋子を自分のものにしたいという欲求を分かってほしかった。できるだけ声を抑えて彼女にしか聞こえないような声で言った。彼女と僕だけの秘密でないと意味がない。だから、彼女のほうへ身を乗り出して小さな声で言った。 「あそこに開けてほしいんだ」 「えっ」 さすがの洋子も驚いた様だ。洋子から質問が飛び出した。 「あそこってどういうこと?」 彼女はたぶん”あそこ”そのものについては知っているのだろう。ただ、僕の発した言葉の意味が分からないのだと思う。だから僕は洋子にゆっくりと慎重に説明しなければならない。 「まず、こういうピアスについてはしっている?」 できるだけ優しい声で言ったつもりだ。 「う、うん」 真剣に洋子の瞳を見つめたまま僕は続けて言った。 「四月一日、僕の誕生日につけてほしい」 洋子はまさに絶句といった様子だ。でも、ここからが勝負だと思う。僕の気持ちを伝えなければ。 「僕たちは誕生日にお互いをプレゼントしあってきた。今度の誕生日は洋子が僕に何かくれる番だと思う。でも、僕から思い切ってお願いしたいんだ。ピアスを開けてほしい」 洋子は暫くうつむいてから言葉を返してきた。 「なんで?」 当然の質問だと思う。真剣に答えなければならない。 「僕は、洋子が好きだ」 一拍開けて続けた。 「好きだからこそ、僕たちにしかわからない秘密が欲しくなってしまったんだ。正直に言ってしまえば、僕の中のサディズムだと思う。でも、ピアスがあれば僕たちの秘密の愛の証になると思うんだ」  そこで一回話を区切って洋子を見てみると顔を赤らめていた。いつも僕をリードしてくれている洋子が赤面しているなんて珍しいことだ。いや、誰だってこんなことを言われたら赤面するかもしれない。それどころか、怒って店を飛び出してしまうかもしれない。そう考えると洋子の反応は僕にとって悪いものではなかった。僕は続けた 「僕は洋子を独り占めしたくなっちゃったんだよ。クリピなんて、めったに他の人にはバレないよね。見られるのは、例えば体を重ねる時くらいだと思う。僕だけが知っている洋子の秘密。そこに僕はとっても惹かれるんだ。だから、僕の誕生日プレゼントにピアスをしてほしい。体の下にピアスをした君が欲しい。それがあれば僕は必ず君を僕だけの洋子として大切にできると思うんだ。どうかな?つけてくれる?」 すこし熱っぽく話してしまった。洋子はどんな反応をするだろう。彼女を見ると、以外にも真剣な顔をしていた。 「ちょっと考えさせて」 それが洋子の返答だった。 「うん。嫌だったら嫌だって言ってほしい。突然、こんなことを言ってごめんね。でも洋子のことが好きだから言っちゃったんだ。次に会うとき返事をしてほしいな。会計は僕が済ませるよ」 彼女は考える時間が欲しいのだと判断して彼女を先へ家に帰えるよう促し気味に言った。 「うん。ありがと。ちゃんと考えるから」 そう言って洋子は席を立った。 Ⅲ まさか光があんなことを言い出すなんて思ってもみなかった。  女性の体の下にピアスを開けてほしいだなんて。ちょっと普通じゃない。たぶん異常の部類に入るようなことだと思う。周りの女友達にもそんなことをしている子はいないはずだし、こんなことは相談もできない。私も相談したくないけれど、なにより、光が嫌がる気がする。普段はあんなに大胆なことを言う人じゃないし、きっと勇気を振り絞っていてくれたのだと思う。  それに、大切にしたいといってくれていた。  この言葉は本当だと思う。でもだからと言ってあそこにピアスだなんて。  彼は見せるのは体を重ねる時くらいだといったけれど、例えば友達と温泉に入る時なんてお互いの体を見ることになる。その時、ピアスに気づかれたらどうしよう。はっきりと、 「彼氏につけてほしいって言われたんだ」 なんて言えるだろうか?言えたとして、その友達はどう思うだろう。やっぱり私のことも光のことも変態だと思うのかな。  考えがまとまらない。今日は寒いし早く家にい帰ろう。帰って考えなきゃ。光は本気で言ってくれていたんだから。  家に帰ってからすぐにベッドに横たわった。このベッドで何回彼としただろう。  次の四月一日からは私はここでピアスを付けて彼とするのだろうか。  世間はエイプリルフールだなんだと騒いでいるかもしれないけれど、私と彼は本気で秘密の愛を重ねることになる。彼とだけなら興奮するかもしれない。  私は彼のモノなんだって思えるかもしれない。それは一種のマゾヒズムだけれど、気弱で根暗そうな彼にリードされた私の誕生日がお互いに燃えていたのは確かだと思う。もしかしたら、私はマゾなのかもしれない。  普段のデートでは彼をリードしているし、容姿を考えても彼には悪いけど私のほうが優れていると思う。周りの友達からもそう言われる。  だから私のほうがSかMかで言ったらSだと思っていた。でも、今回の彼のお願いで、自分の中の考えがガラッと変わってしまいそう。  彼の前だけで私がMだったらどうだろう。  周りのみんなには絶対にバレない。これも秘密のピアスと同じようなものだろうか。だとしたら、秘密は、私たち二人を燃やす過激な燃料だ。そう考えると秘密のピアスも悪くないかもしれない。  ただ、私はしてはいけない想像をしてしまう。光はどれくらい本気なんだろう。もし、もし遊びで私と付き合っているならここでピアスを開ければ一生の恥になる。それに、彼が私に飽きてしまったらどうしよう?その場合も私はキズモノになる。  ピアスを開けるのは光にずっと愛して貰える保証がないなら私にとってはハイリスクだ。でも、光との燃えるセックスと暖かい関係が続くと考えるとハイリターンだ。つまり、私は彼に会ってどれくらい本気なのか確かめないといけない。そう思って私からスマートフォンを使って声をかけた 「明日、会える?」 返信はすぐに届いた。 「会えるよ。またいつもの喫茶店でいいかな?」 私もすぐに返信する。 「いつもの時間に、いつもの席で話そう。ちゃんと」 彼から短く返ってきた 「うん」  今日は私のほうが喫茶店に来るのが早かった。光と話すのにこんなに緊張したことがあるかな。たぶんない。何をどう話そうか考えながら待っていると光がやってきた。 「ごめんまった?」 「ううん。今着いたところ」 いつもの会話がまるで逆転している。これも私たちの関係がひっそりと逆転するかもしれないからかな。  でも、まだ光と真剣に話して見極めないといけない。今日は私がブレンドコーヒーを二つ注文する。珍しく沈黙が続いた。先に口を開いたのは彼からだ。 「どう?考えてくれた?」 彼らしく優しい言葉で言ってくれた。私は 「うん。でも…」 言い淀んでしまった。それでも彼は黙って私の言葉の先を待ってくれている。勇気を出して続けた 「ピアスを開けるとして、私は友達と温泉に行ったときになんて説明すればいいの?光が私に飽きて私たちが別れるなんてことになったら私は一生ピアスの跡が残るの?そうしたら私は先に進めなくなる。だから、私は光がどれだけ真剣に言っているのか確認しに来たの」 少しまくしたてるように言ってしまった。しかしそれが逆に一層彼を真剣な目つきにさせた。 「本気だよ。僕は」 まっすぐ私の目を見て言ってきた。さらに続けて言う 「確かに僕の言ったことは異常だと思う。洋子に恥ずかしい思いをさせるかもしれない。それに僕が君を裏切れば洋子は二重に傷つくことになる。僕の裏切りと残ったピアスの跡でね。だから僕のお願いはとんでもなく我が儘だ。でも、僕は洋子を僕だけのモノにしたくなったんだ。人形としての物という意味じゃないよ。僕のモノ。大切な唯一のモノになってほしいんだ。そうなれば、僕は一生、君を大切にすることができる。そう確信してる。  なぜって僕が今までこんな傲慢で変態めいた事を考えたことはなかったからだよ。自分を傲慢で低俗な人間にしてまで君にお願いしたいと思ってしまったんだよ。このエゴに君を巻き込むのは申し訳ないと思ってる。  でも、そこも含めて僕を受け入れてほしい。洋子が僕のモノになるように僕も洋子のモノになりたいんだ。こんな変態を受け入れてくれる唯一のモノ」 モノと言ってから少しの間があった。それからまた彼は続けた  「洋子にそうなってほしいんだ」 光がこれほどまでに熱弁したことはないと思う。私はまた面食らった。でも、今回はただの驚きだけじゃない。光は本気なんだ。それに、私が一方的に彼のモノになるんじゃない。 私は彼を受け入れる唯一の《器|モノ》になれる。彼は本気だと思う。でも  「本当に?本当にそうしてくれる?私をあなたの《器|モノ》にしてくれる?」  確認しないではいられなっかった。彼がじっと私の目を見つめてくる。今日ほど彼に見つめられた日はないと思う。 「愛してる」 彼は一言そう言った。 私にはそれでもう十分だった。 「愛してる」  スマートフォンのアラーム音が聞こえる。手に取ってみると時刻は四月一日の午前十時だった。まだ昨日の余韻が残ってる。こんなに余韻が残ることって今までにあっただろうか。  間違いなく昨日が一番燃えた。四月一日は最高のプレゼントができたと思う。同時に、私も彼を完璧に受け入れることができた。肉体も、精神も。  そうして二人だけの秘密を大切にするために下着を履いた。 <終>
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