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「ねえ、貴方は誰?」 真の後ろに居た女が言った。 「その質問。今日はもう5度目だ。」 「そう?まだ3回目だった気がするわ。」 「変わらないだろう。2回の違いでしかない。」 「その2回は案外答えが変わっているかも?」 「変わらないな。まだ俺が答えてない以上はな。」 「なら、是非とも1度でも善いから答えてみない?」 俺は呆れの中で、嫌味を含めて投げた。 「……なら、そもそもにその問いに意味はあるのか?」 「そうねぇ。」 「無いと言えば、結局は無いわ。」 「ならば、それは無いとしておけば良いのでは?」 女は動作のないままに笑っていた。 「それは面白くないわ。」 「問いは意味を含ませなければ成立してくれないのよ。」 ……俺には些か、彼女の知恵が悪ければこの面倒を避けれたように感じた。 この場所に目を覚ましてから何日だろうか。 足元は、足首を撫でる無色の水。 周囲は、透明で先の見えないばかりだ。 時折、何処かで見た様な景色や風景が見える。 同じように、俺自身には自身を構成する社会的パーツがない。 例えるなら出身、年齢、経歴。ある側面で自分になり得るものがない。 ある意味では”何もない”と表現するべきか。 そして真後ろ。 嫌味な問いを永遠に投げかけては、俺の返答を見るに笑う正しく嫌味な女が居た。 この女、やたらと問いをしては笑うもんだから俺は正直うんざりだった。 「それで、結局はどうなの?」 ほら、すぐに折角曲げた軌道を戻してくる。 「前にも言っただろう、答える気はない。」 俺はとりあえず逃げ道を安定的に提示していく。 が、しかし。 「それはダメ。それじゃあ私が聞いてる意味がないじゃない。」 「俺としては、確実に意味がないと思うんだがな。」 「酷いねぇ?私は退屈だから此処に居る貴方に面白く聞いてるのに。」 「酷い?なら、その退屈を面倒に変えたお前の話題提示法を議論したいが?」 「あらあら。それはそれで面白そう。」 「……その減らず口をなんとかしたいよ、俺は。」 「口は減らせないわね。喋ることは私の生なんだから、絶対に譲れないわ。」 「……そうかい。」 「……まだ言わないの?」 「言う気がないからな。」 「私はね。」 「出身とか、年齢とか。」 「後は……、経歴とか。」 「それくらいで良いの。」 「別に哲学的なことは聞いてないのよ?」 「それはお前が求める”貴方”ではないだろう。」 「そうね、少なくとも本音はそうなるわ。」 「なら、どうしてそこまで聞く。」 「仮に話がしたいだけなら、他に良い質問はあるだろうに。」 「私としてはね。」 「せめて会話をするなら”自己紹介”を初めにしたいのよ。」 「自己紹介?」 「そう、自己紹介。」 「人は、初めて会う他人に対して自分を紹介するものでしょう?」 「一応、私にとっては貴方は初対面。」 「故として、貴方のことが知りたい。」 「変なことかしら?」 これには俺は顔をしかめる。 どうにもここにきて数日近くの中では大きい驚きだ。 当初、彼女は単なる安い興味で俺を気にしていたのだと思っていた。 が、興味以前に礼儀として質問していたというのか? ……いや待てよ。 「その割には、先に自分から名乗ろうとはしないんだな?」 「それはね。」 「先に言っちゃうと面白くないからよ。」 「…なんだって?」 「だから、面白くないのよ。」 「それは理由にならないだろう。」 「でも、これは覆してはいけない真理なの。」 「もしも先に貴方が私のことを知ってから聞いたら。」 「どうしようもない虚しさで後悔するもの。」 「後悔?」 「そう、後悔。」 「明日死ぬことを今日知ったら。」 「そんな避けられない謎の後悔と同じことを被るわ。」 「そんなこと一度も経験したことないぞ。」 「比喩よ、比喩。」 「とにかくね、せめてとして貴方から語った方が話しやすいわ。」 実の所、今の会話の女の話す口調に違和感があった。 ある意味で俺だけが知る真実だが、普段の彼女はかなり軽い印象があった。 しかし今は、”重みを含ませていた”。 例えるなら、真剣に付き合いを考える時の恋人とか。 進路について深く議論する時の家族とか。 そういう空気感を混ぜて俺に伝えてきた。 俺としては、何時もの軽さの方が楽なんだがな…… 本人にとってそれほどに重要なのか、俺の勘違いか。 とりあえず、応える分には答えるしかない。 「……何と言うべきか。俺は”何もない”んだ。」 「何もない?」 「あぁ、社会的にも精神的にも”持ち合わせ”がないんだ。」 「お前の言う、出身やら経歴なんて何もない。」 「あるのは、今此処でこうして話している。」 「そういう、どの側面にも該当しないことだけが証明なんだ。」 「へぇ…面白いことを言うのね。」 「つまり、貴方は”人形”?」 「いや、”考える人”にも思える。」 「なら、外は地獄?」 「えぇっと…俺の観測は字の如くと言う意味だ。」 「あ、そういうことね…」 「でも、それは何故?」 「俺はふと思いついただけだ。」 「そして、お前は”問う人”かと。」 「つまりは此処が討論会ってこと?」 「そこまで軽いかどうかは怪しいが…」 「でも、軽い方が自由に考えられるわ。」 「この場はとても”重い”のよ。」 「そこまで重いか?」 「ええ。とても重い。」 「私としてはもっと壁の隔てなく話をしたいのに。」 「……そうだったか。」 「なんだか申し訳ないな。」 「いいのよ。私が言い足りなかっただけ。」 「貴方が少しずつ私の”話し合い”に慣れてくれさえすれば。」 「私は不自由なく此処で楽しんで居られるんだし。」 「本当に話をするのが好きなんだな。」 「俺はあまり好きじゃないが……」 「でしょうね。」 「なんだか、私達の”繋がり”も見えてきたし。」 「繋がり?家族とか恋人だったとでも言うのか。」 「”事実”でも作っちゃう?」 「悪いがその手のことは好きじゃない。」 「……初心?」 「知らんがな。」 「それで。」 「お前こそどういう人物なんだ?」 「繋がりとか言ってたが、血縁でもなければなんなんだ?」 「そうね……一言にまとめるならば。」 「私と貴方は”白と黒”。」 「対称の存在で。」 「真逆の存在よ。」 「……真面目に言っているのか?」 「真面目よ。」 「実の所、私も何もないのよ。」 「此処までの人生とか、経歴とか。」 「そういうのは全くない。」 「あるのはこの麗しの姿と声。」 「後は偏ってる知識と性格。」 「これくらいかしら?」 「姿に関しては断言できかねるな。」 「だって、貴方私のこと見たことないでしょ。」 「見る気がなかったからな。」 「そういえば。どうして見ないの?」 「この鬱陶しさが数日で終わると感じていたからな。」 「見る必要はないとばかりに、な。」 「乙女を見ないとはなんて失礼な……」 「悪かったよ。」 「でも、お互いほぼ同じなんだな。」 「そうみたいね。まぁ”作られた”とも見て取れるけど。」 「怖いことを言うなお前……」 「でも、真逆の人で良かったわ。」 「どうしてだ?」 「似ている方がはるかに楽に思えるが。」 「最初はね。」 「一週間すれば話が変わり映えしなくて飽きる。」 「な、なるほどな。」 「俺は少なくとも話さえできればとばかりに思っていた。」 「私個人としては、新鮮味がある方が好きなのよ。」 「まぁ、俺としても会話の上手が相手なら苦労しにくいな。」 少しばかりの沈黙の中に、2人はこの距離での会話に心地の良さを受けた。 そして、彼女は元の雰囲気のままに聞いてきた。 「じゃあさ。」 「この機会にお互い顔を合わせてみる?」 「……」 俺は最初の数日。こんな場所は無駄なように感じていた。 多分1人ならそうも思っていなかっただろう。 後ろの、彼女の存在が鬱陶しいと思っていたからだろう。 俺の気持ち的に、この場所に居るならずっと考えているだけとか 喋ることなくずっと空想するのが楽だし良いと思っていた。 もちろん、向こうがずっとこちらの素性を嫌に問うこと自体に 問題があるというのは一理ある。 だが、こんな場所で他人に話しかけるのは意味ないと感じていた。 他人を知っても意味あるかと言われればない。 この後が確実に希望であるか。 その為の命綱を互いに結ぶべきか。 する必要はないと思っていた。 「……折角だし、まずは顔合わせをしてみるか。」 だが、多少なりと空想を向こうの利害と合わせて利用できるなら。 ……まぁ、悪くはないのかもしれない。 「それじゃあ……」 「こっち、向いて。」 「あぁ……」 振り向いた先に居たのは、正しくに女性だ。 初々しさと懐かしさを持ち合わせていて。 それでいて……いや。 これは感想のように容姿を見るのは失礼だ。 「どう?思った通りの姿だった?」 「だな。何故だか、思った通りの姿だ。」 「ふふ……私も同じ意見よ。」 この透明で何もない場所で 初めてこうして対面した人は どうしてか運命の香りを匂わせた その香りが 初めてこの場所に”色”を染めたように見えた どうしてか この感覚はうれしかった 何故だか この気持ちは 忘れないようにしようと思った
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