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「おかあさん。どうしてみんな、おかあさんのことをいじめるの?」  幼い俺の質問に、母さんは答えなかった。俺を強く抱きしめ、すすり泣いていた。どうして泣いてるの、そう訊いても答えは返ってこない。  何も言わずに泣く母さんの姿を見ていると、悲しみと同時に怒りが沸々と沸き起こった。どうして母さんをいじめるのか―――周囲に対する怒りが幼心を支配していく。やがて俺は、それを爆発させた。 「おかあさんをいじめないでよ!」  時が止まったように静まり返る大人達。びっくりしたように丸い瞳で俺を見つめる数多の目玉。しかしそれらは山のような形になり、口元は弧を描くように歪んだ。  アハハハハ、アハハハハ、アハハハハ、アハハハハ、アハハハハ、アハハハハ、アハハハハ、アハハハハ、アハハハハ―――壊れた人形みたいに笑い出す女達。その異様な光景に恐怖を覚え、俺はその場から逃げ出した。追随する嘲笑。その中で、たった一言吐き出された言葉を、俺はよく覚えている。 「蛙の子は蛙ね」  後に意味を知った時、俺は激しい憤りよりも、激しい虚無感を覚えたのだった。 *  何がどうなっているのだろう。俺は夢でも見ているのだろうか。しかしいくら頬をつねっても、皮膚は悲鳴を上げるだけだった。仕方なく頬から手を離し、辺りを見回す。  騒がしい室内には、たくさんの人がいた。同じような年頃と服装で、たまに目が合っては逸らし、仲間との会話を楽しんでいる。近づこうとする奴もいるが、結局そこまでに至った奴はまだいない。  一方、俺も彼らと同じ服装だった。白いシャツの上に襟のついていない黒のブレザー、下は白のズボンと焦げ茶の靴。女子の場合、ズボンはスカートとなり、紺の靴下と茶色のローファーを履いている。シャツの襟やブレザー、ズボンには所々、紺色のラインが施されていた。  何故俺は、彼らと同じ服装をしているのか―――俺の出した答えは簡潔なものだった。  ここが、『キシリア学園』だからだ。  ゲームスタートの合図と同時に、俺は意識を失った。次に気がついた時にはこの「教室」にいて、教卓の横に立っていたのだ。そこで、彼ら「クラスメイト」に対して自己紹介をさせられ、空いている席に座らされた。そして「ホームルーム」らしき時間が終わり、よく分かっていないまま「授業」を受けさせられたのだ。今は授業間の休憩時間である。  何故俺はこんな所にいるのか? キシリア学園は、ゲームの中の話ではなかったのか? 実際に存在する学園だったのか?  それら疑問を解決するある言葉を、俺はふと思い出した。  ――――――体験型ゲームやってます!  そう。俺がたどり着いた答えはこうだ。  俺は実際にゲームの世界に入り込んでおり、謳い文句通りゲームを体験しているのだ。  真面目に出した答えがこれであり、傍から見れば馬鹿みたいな話だろう。冷静な俺はそう言うがしかし、こう考えざるを得なかった。こんな服装に着替えた覚えもなければ、こんな場所を訪れた記憶もない。夢でないと言うのなら、こう思うのが自然であるはずだ。何故か必死に自分に言い聞かせ続けた。 「ねえねえナギサくん! 君ってどこから来たの?」 「お前人間なんだよな? 人間って本当に回復能力高いのか?」  突然、クラスメイト達がわらわらと周囲に集まった。転校生だからか、間髪入れずに質問が投げられる。質問者の中には、背中から青い羽を生やした少女や、かたつむりの殻のような巻き貝を背負った少年がいるなど、容姿は様々だった。  とても同じ人間とは思えない。まじまじとクラスメイトを凝視していると、その内一人の男子が、不満げな声を出す。 「おい、聞いてるのかよ」 「え? あ、ごめん。何の話だっけ?」 「聞いてねえじゃん!」 「まあまあニサルくん。みんなで寄ってたかって質問責めをしていたら、聞いていない話だってあるはずだよ」  澄んだ声に視線が移った。クラスメイト達の視線も、エメラルド色のショートヘアをした少女に向けられていた。髪と同じ色の目を細め、にこりと笑みを浮かべる女子生徒に注目する。 「はじめまして。ボク、ファイリアっていうの。よろしくね」  ファイリアが手を差し伸べてきた。その手を握り、彼女を見上げる。髪の間から生える耳は、人間のそれよりも長く、先が尖っていた。 「ん? どうしたの?」  耳に注目していたからか、ファイリアは不思議そうに俺を見下ろした。慌てて手を離して謝る。 「ごめん。その耳が気になって………」 「ああ、ナギサくんは人間だもんね。もしかして、妖精を見るのは初めてかな?」  返答に詰まってしまった。  妖精を見るのは初めてか? そんなの当たり前だ。妖精などという種族は実在しない。漫画やアニメの世界ではあっても、現実世界でそんなものが見えたら、頭がおかしくなったのかと疑われるのがオチだ。というか、見えるはずがない。  戸惑う俺を見て、ファイリアはクスクスと笑った。 「ボク、実は妖精なんだ。だから耳も人間のものとは違うし、羽だって生えているの」 「羽? そんなもの、見えないけど……」 「妖精の羽は滅多に出さないからねえ」  どうにも信じることの出来ない。再びまじまじとファイリアを見つめる。  妖精? この子が? どっからどう見たって人間だろう。たしかに耳は変だが、ちゃんと言葉も話せてるし、小さかったりしない、普通の大きさの女の子だ。それが妖精だなんて―――そこまで考えて、俺は再び思い出した。  ――――――巨大な学園都市キシリア。人間も鬼も獣人も妖精も、あらゆる種族の子供達がそこに集結し共に学舎で生活する。 「疑っているね?」  心を見透かされたような言葉に、心臓がドクンと高鳴った。ファイリアは口角を少しだけ上げ、妖しい笑みを浮かべる。 「人間の世界で生きたなら、たしかに信じ難いだろうね。でも、本当だよ?」 「あ、ああ………」 「ま、ここで生活していたらすぐに慣れるよ」  その言葉の直後に鐘が鳴った。クラスメイトが慌ただしく席に着き、教室に女教師が教科書を抱えて入ってくる。その耳も尖っていた。  俺は授業中、注意深く教室内を観察していた。容姿こそ変わっているが、言葉や行動は普通の人間と変わらない。対して授業内容は、ある種族の歴史だったり、他国との軍事的関係だったりと、現実味のない内容ばかりだった。  やはりゲームの世界なのだろう。男の言っていた通りの世界が、目の前に広がっている。にわかに信じ難いが、同時に受け入れる自分がそこにはいた。口角は自然と上がり、期待に胸を膨らませていた。  このゲームは面白そうだ―――そんな単純な理由からだった。
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