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[*label_img*]  突然だが、この世界の魔法について少し説明しておこう。  青梅桜子ことエレイン・ディクスンは、『先天的に』魔法が使える。  つまりどういうことかと言うと、基本、先天的には人間は魔法を使えないということだ。例外は魔族で、彼らは先天的に魔法が使える。  『先天的に』魔法が使えるエレインと魔族の共通点は、痣だ。エレインは右手の甲に星型の痣がある。魔族は全身にそれぞれ違った紋様の痣を持っている。  では、普通の人間はどうやって魔法を使う魔道師になるかというと、早い話が紋様の入れ墨を彫るのだ。基本的には腕に彫り、多くの魔法を使いたい場合は全身に彫る者さえいる。そのせいもあってか、魔道師は一度なると辞められない職業でもある。また、この国で彫り師の地位が高いのも頷ける。  そして、もう一つの方法は、擬似魔法だ。活版印刷の発展により生まれた比較的新しいもので、書物に複雑な紋様を特殊なインクで施し、そのページを破いて使う。これは普通の人間にも使える魔法であり、欠点は現状、特定の魔法しか使えないことくらいだ。  《大魔道師|マグナス・マギ》と呼ばれるエレインの祖父は、いつも長いローブを着込んで、帽子をかぶっている。これは特殊な紋様を盗み見られないようにするためであり、家族くらいにしか見せない。他の魔道師も同じだろう。それを考えると、星型の痣程度で済んでよかった、とエレインは乙女心に思ったりする。  前置きが長くなった。  何が言いたいかというと、エレインが書いた『地方における魔法の活用の現状と地方自治のあり方についての考察』では、地方自治のために擬似魔法が必須なのだ。火、水、風、土という四大元素を利用して、例えばゴミの焼却を行ったり、はたまた田んぼに水を引いたり、風車を回したり、土壌を改良したりなどなど……利用方法はいくらでもある。ただ、光と闇の二大元素だけは擬似魔法で再現できない。これらはどうやら生命力を糧に発生する魔法らしく、生身の体でしか使えないようだ。まあ、使えなくても問題はない。他で代用できる。  そして地方自治の観点からもっとも使い勝手の悪い、あるいはある意味使い勝手のいい元素が、星元素というものだ。これは様々な恩恵を人間に直接与えるもので、例えば足を速くしたり、体を丈夫にしたり、傷を治したりといったことができる。だが、星元素は使える人間が今のところユーファリア連合王国内ではエレイン一人しかいない。どんな紋様を彫っても、普通の人間や魔族は星元素だけは使えないのだ。  エレインの祖父は言った。星元素のことは、誰にも喋るな、と。それは正しい判断だと思う。なので、エレインは星元素については知らぬ存ぜぬを押し通している。  目の前に死にかけの人間が現われでもしないかぎり、星元素の魔法を使うことはないだろう。 ☆  西ユーファリア王国西部地方ディヴァーン領。  これがエレインに与えられた領地だった。  貴族でもない、ましてや成人してもいない女性に領地を与えるというのは、異例中の異例の出来事だった。ただ、《大魔道師|マグナス・マギ》の孫であり、次代の《大魔道師|マグナス・マギ》であると言われることが、その出来事を世間に納得させるだけの材料となったのは言うまでもない。  一応、ディヴァーン領主という肩書きを手に入れたエレインは、早速その土地を拝みに行くこととなった。  国王の命令で、勇者アラステアを護衛として伴って、だが。  馬車に揺られ、ガタゴトと舗装されていない土道を通っていく。  馬車の中は無言の空間と化していて、エレインはいたたまれなくなってきていた。  何せ、アラステアの機嫌がとっても悪い。どうやら彼は現王城を離れたくなかったらしく、最後まで抵抗していたが、結局国王から強引に命令されてエレインの護衛の任務を請け負うこととなった。  エレインは思う。護衛などいなくても、魔法で何とかなるのに、と。  だが、国王の厚意を無下にはできない。エレインから断ることもできず、はい喜んで、と言うしかなかった。その辺りの事情はアラステアも分かっているだろうが、目の前の小娘が気に入らないのか、ずっと沈黙を守ったままだ。  しかし、このまま黙っていても埒が開かない。エレインは声をかけることにした。 「「あの」」  同時に声が被ってしまった。お先にどうぞ、とエレインは手で指し示す。  アラステアはこほん、と咳払いをして、話を切り出す。 「《大魔道師|マグナス・マギ》の後継者、というのは本当ですか?」  エレインは否定する。 「違います。周囲が勝手に言っているだけです。私は一度もそんなこと言ったことありません」 「そうですか……ああ、失礼しました。僕はどうも、あのご老人が苦手で」 「お祖父様のことですか?」 「ええ。僕が勇者に選ばれたきっかけが、あなたのお祖父様なのですよ」  ——どういうことだろう。そもそも勇者とは何か。確か、伝説では魔王を倒す伝説の剣を抜いた者のことを勇者と呼ぶらしいが、今のご時世でまさかバラジェ魔王国の魔王を倒しに行くなんてことはないだろう。 「ええ、そのとおりです。僕はお飾りの勇者、伝説の剣レギナスグラディオを鞘から引き抜いたことで、勇者と呼ばれるようになりました。これがその剣です」  アラステアは腰に佩いている剣を指差す。  エレインは、若干細身の装飾過剰な剣、としか思わなかったが、まさか国宝の伝説の剣レギナスグラディオだとは思いもしなかった。 「僕が故郷の村を離れ、王都に行ったとき、偶然あなたのお祖父様に出会いまして。そのときあなたのお祖父様はレギナスグラディオを持っていて、僕に引き抜いてみろ、と言ったんです。いきなりですよ、いきなり」  それは大層驚いたことだろう。アラステアに同情する。 「剣はすんなり抜けました。大衆の目の前で、ね。あなたのお祖父様は、勇者を選び抜いた者として、《大魔道師|マグナス・マギ》として名声を高めた、というわけです。ね、苦手になるのも無理はないでしょう?」 「はあ、大変でしたね」 「その後はもう、国王陛下にお目にかかり、僕は聖騎士と同等の身分を与えられました」 「えっ、すごいじゃないですか!」  聖騎士とは、近衛騎士の中でも特に功績のあった者にのみ贈られる称号だ。貴族階級でいえば、子爵クラスに相当する。 「それは嬉しかったですけども、事あるごとに勇者らしくしろだとか、故郷の村に一旦帰りたいと言ったら引き止めてくるとか、とにかく付きまとわれて……おかげで、今だに故郷へ戻れていませんよ。手紙を出すだけです」  アラステアは大きく嘆息した。確かに、故郷に戻れていないのはかわいそうだった。 「あの、アラステアさんの故郷はどちらですか?」 「今から行くディヴァーン領の手前、エクリア村です」 「なら、途中寄っていきませんか?」  アラステアは驚いていた。散々愚痴っておいて、その態度はないと思う。 「いいのですか?」 「ええ、寄り道するだけなら。何日も滞在することはできませんけれど、ご家族と再会くらいはできるでしょう?」 「……ありがとうございます。義理の兄が村にいまして」 「それなら、一晩その村に泊まりましょう。ちょうど位置的にもいいですし」  アラステアはエレインに頭を下げた。 「どうにも、すみませんでした。《大魔道師|マグナス・マギ》のお孫さんと聞いて、先入観が勝ってしまって」 「仕方ありませんよ。お祖父様もお祖父様です、少し周囲への配慮に欠けるところがありますから……決して、悪い人ではないんですけれども」  ははは、とアラステアは笑う。  そこにいたのは勇者アラステアではなく、年相応の赤毛の青年だった。かわいそうに、剣ごときに人生を左右されただなんて。エレインは心底、目の前の青年に同情した。 ☆ 「《義兄|にい》さん、ただいま!」  アラステアは家とも小屋ともつかぬ木組みの建物の中へ向けて、そう叫んだ。 「アル? まさか、アルなのか!? 本当に?」 「そうだよ、《義兄|にい》さん!」 「おかえり、アル!」  エレインは小屋の外の馬車の中で待っていた。せっかくの義兄弟の再会だ、邪魔をするわけにはいかない。  何やってんだか、私。  しばらくの間、エレインは持ってきた魔道書を読みながら暇つぶしをしていた。アラステアが帰ってきたら、今晩の宿を取らなくてはならない。  そうして、日が天中に昇りかけたころ、やっとアラステアは小屋から出てきた。義兄と思しき、黒髪の少壮の男性を連れて。 「エレインさん、僕の《義兄|あに》のヘフィンです」  エレインは馬車の外に出て、ヘフィンと挨拶を交わす。 「初めまして。エレイン・ディクスンと申します」 「は、初めまして……ヘフィンです。義理の弟が世話になっているようで」  義理と付くということは、当然血が繋がっていないのだろう。アラステアとヘフィン、顔がまったく似ていない。 「じゃあ《義兄|にい》さん、たまには帰ってくるから。今日は村で宿を取るよ」 「そうか。元気でな、アル」 「《義兄|にい》さんこそ。仕送りはするから、安心して」 「悪いな、いつもいつも」  そんなやり取りをして、二人は別れを惜しんでいた。よほど仲のいい義兄弟なのだろう、エレインは——桜子だったころも一人っ子だったからか、その気持ちは分からない。家族に縁ができたのも、今世になってからだ。そういう意味では、前世は不幸な生い立ちだったのかもしれない、と今更ながら思う。  エレインとアラステアは馬車に乗り、村で一軒しかない宿に泊まることとなった。  翌日、アラステアは日も昇らぬ内から出立しよう、と言ってきた。  寝ぼけ眼のエレインは、支度するから待って、と言って準備をする。と言っても、御者も起こさなくてはならない。  アラステアはそれもすべて終えたと言う。 「どうしてそんなに出立を急ぐのですか?」  馬車に乗りながら、アラステアは答える。 「……個人的なことで申し訳ないのですが、あまり長くいると、離れがたくなります。それに、ディヴァーン領へ昼までに着くには、このくらいの時間から出立しないといけません」  なるほど、そういうことか。前者の理由の比率が大きいだろうが、ここは目を瞑っておいてやろう。  エレインは御者に馬車を出すよう命じた。 「……」 「……」  沈黙が流れる。また気まずい雰囲気になった。  アラステアは名残惜しそうに、外を眺めている。声をかけづらい。  しばしの間、二人は外に広がる丘陵地を眺めていた。羊や牛が放し飼いにされていて、のどかな雰囲気に見える。  ポツリと、アラステアは口を開いた。 「僕は、捨て子でした」  エレインはアラステアを見る。視線を合わそうとせず、アラステアは続ける。 「どこの馬の骨とも知れぬ赤ん坊の僕を拾ってくれたのが、《義兄|あに》でした。生活も苦しいのに、赤ん坊の僕を抱えて結婚もせず、育ててくれました」  アラステアの横顔は、どこか寂しげにエレインの目に映った。  ——恵まれた今世ではともかく、前世の青梅桜子のころ、父母は共働きでたった一人でいたころ。自分はきっと、そんな顔をしていたのだろう。 「勇者になって、村へ帰れなくなったとき、この剣を捨ててでも帰ってやる、と思いました。だけど、《義兄|あに》からの手紙に……立派な《義弟|おとうと》を持って誇りに思う、と書いてあったから、僕は勇者を演じてこれました」  演じる。そうだ、そのとおりだ。この赤毛の青年は、無理をして勇者を演じてきた。今の時代、魔王を倒すという義務もない勇者。なのに、その立ち居振る舞いは勇者であることを求められる。  アラステアは笑う。 「だけど、昨日のことで吹っ切れました。僕は勇者として、義兄《あに》の誇りとして生きる道を探します。ですから、どうかご安心を。一度引き受けた護衛、最後まで務めさせていただきます」  アラステアは胸に右手を当て、頭を下げる。  エレインもまた、頭を下げた。 「よろしくお願いしますね、アル」 「……まいったな。じゃあ僕はエルって呼びますよ?」 「かまいませんよ」  二人は声を出して笑い合った。
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