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   目が覚めると、そこは見慣れない場所だった。  いや、見慣れないのも無理はない。なぜならそこには、見慣れない以前に現実では見ることのできない光景が広がっていたからだ。  まずは辺り一面が空だった。見渡す限り、上も、下も、余すところなく空で埋め尽くされていた。  まるで地面を全て鏡に置き換えたような光景であり、例えるならボリビアにあるウユニ塩湖のようだ。  次に、その世界には朝と昼と夜が混在していた。これについては、俺の語彙力では形容できないことをご容赦願いたい。  ただ幾つか言えることとして、まず朝・昼・夜に世界が三等分されているわけではない。そして、高速に時間だけが進み朝・昼・夜と移り変わっているわけでもない。  こう何と言えばいいのかは分からないが、言葉通り、嘘偽りなく朝と昼と夜が同時に現れているのだ。  さらに、恐らくその影響だと思うのだが、明るさに関係なく星が瞬いていた。  世界は明るく真っ暗で、それなのに辺り一面に星空が広がっている。  ――いや、訂正しよう。星が瞬き、星空が広がっているのは本当だが、そもそもここには明るさ――光がない。ないにもかかわらず、なぜか世界を知覚できていた。  ……そうだ、俺は知覚している。見ているのではなく、無意識に感じ取れているのだ。  よく分からないし、自分でも言っていることが理解できないのだが……自身の感覚だけがそれを受け取っていた。  こうして矛盾するこの光景を無矛盾に理解することができた俺は、思考の矛先を別の部分に向ける。  それは、俺がこの世界に来る前、一体何をしていたのかという話。  これは記憶の中で最も新しい事柄を引っ張り出せば良いだけなので、簡単だ。  その場面とはつまり――ベッドに横たわる記憶だった。学校に必要な教材なんかを鞄に詰め込んだ俺は、適当にPCで動画を見て、趣味で書いている小説を投稿し、いい時間になったので寝た……はずだ。  そして気が付いたらこの場所にいた。  普通に考えれば、ここは夢の世界なのだろう。現実的にあり得ないこの世界観から見ても、妥当すぎるほどの推測だった。  ――その時だ。 「なんだ、思ったよりも慌てふためかんの。そのすかした内面は、意外にも本物じゃったか」  何の前触れもなく、急に背後から声がかかる。  ゆっくりと振り向くと、そこには綺麗な黒髪に紫がかった瞳を持つ小柄な少女が立っていた。  その見た目は控えめに言っても可愛らしく、成長すればアイドルや女優として十分にやっていけるほどだ。そこら辺を一人で歩いてみろ、すぐにでも大きいお友達に連れ去られるぞ。 「ふむ。ま、悪くない褒め言葉じゃ」  まるで心でも読んだかのような返事。まぁ、俺の夢なんだし俺自身の考えが相手に筒抜けでもおかしくはないか……。 「まーだ、ここが夢と思っておるのか」  しかし、目の前の少女は俺の考えを即座に否定する。 「こういう時は……そうそう、こうするんじゃったかな?」  パチンッと音が鳴り響くと、俺の頬は熱を持ったように赤く腫れる。  生まれて初めて俺は女の子にビンタをされた。……てか、いてぇ。 「これで、ここが夢じゃないと理解してくれたかの? とは言っても、どうせこの世界から戻ればお主の記憶は夢として処理され、いずれ忘れるのじゃがな」  ……じゃあ、なんで叩いたんだよ。叩かれ損じゃねーか。急に、しかも本気で叩かれた平手はたとえ美少女のものだとしてもご褒美にはならねぇぞ。  恨みがましい目線を向けるも、少女は素知らぬ顔で立っている。  ていうか、夢じゃないならここはどこだよ? お前は誰で、何で人の心読めてるんだ? 「はぁ、愚痴と質問の多い奴じゃ。今から説明してやるわい」  俺の矢継ぎ早の文句に、やれやれといった態度で少女は肩を竦めた。 「まずこの場所についてじゃが……特に名前などはないし、お前さんらの知識で理解できるようなものでもない。異世界でも天界でも魔界でも、好きな呼び方をするがいいさ」  早々に、説明になっていない説明を受けた。得られた情報量が微塵もない。 「次にわしの正体じゃが――お前さんの世界でいうところの神様ってやつじゃな。お前さんらが考えていることは全て実現できるうえに、お前さんらが想像もできんようなことまで、何でも出来る存在じゃ」  そういって、無い胸を張る神様。  その割には、胸部が貧相じゃありませんかね? それと、俺の質問の意図としては素性よりも名前を聞いたつもりだったんだがな。 「この姿は、お主の好みを反映させたものじゃ。わしのせいではないわい。それと、名前とは一種の識別子じゃ。この世界には生憎とわししかおらんのでな。名前など必要ないし、付けてくれる者もおらんわ。好きに呼べ」  そう語る横顔は少し寂しそうに見えなくもない。  もしかして、一人に嫌気がさし、話し相手が欲しくて俺はここに呼ばれたのだろうか? 「ほぉ、案外いい読みをしておるぞ。その通り、わしはお前さんと話をするためにここへ呼んだのじゃ。その変わった思想を持つお前さんと、な」  最後の一言を聞いて、俺の口元は引き攣った笑みを浮かべる。  一方の神様はと言えば、楽しそうにニコニコと――いや、嗜虐的にニヤニヤとこちらを見つめていた。 「お前さん――伊國(いくに)心翔(みか)は女性不信で、大の人間嫌い。そればかりか、理不尽なことばかりがまかり通り、挙句の果てに人間を生活させている世界さえも嫌い、じゃったな?」  家族にさえも隠し、挙句の果てには思考の中のみで完結させていた俺の本性がつらつらと語られる。  俺は観念して、ため息をついた。  そう、その通りだ。そして何より、その世界と人を生み出した神を俺は殺したいほどに憎んでいる。  もしそんな存在がいるのなら、という話だがな。 「むふふ。して? 実際にこうして居るわけじゃが……どうじゃ?」  どうもこうも、こうして呼び出しをくらう時点で俺の人生は終わりなのかなぁ、としか。  まぁ、今までの言葉を撤回する気は一切ないがな。 「うむ、やはり変わった人間じゃ。そんなお前さんだから、わしはここに呼んだんじゃがな」  …………? よく分からん。  神様の言葉に、頭を捻る。 「簡単な話じゃ。わしはお前さんらが考えてるような存在ではない。その事を教えてやろうというだけじゃよ。ちょうど暇じゃったしな」  そう神様は言うと、ニシシと歯を見せて笑う。  やんちゃに見える振る舞いだが、それさえも美少女がやれば絵になるということを俺は初めて知った。  それと今更だが、思ったことに直接返事をされるのって、結構不快なんだな。こちらが発言を言い終わる前に他人から横槍を入れられる、みたいな腹立たしさがある。  そんなことを考えていると、目の前の神様はカラカラと笑った。 「ホントに今更じゃな。――して? なにか聞きたいことはないかの?」  早速とばかりに神様はそう尋ねてくる。  そんなこと急に言われても困る……と一般人なら思うだろうが、普段から色々なことを妄想していた俺は違う。小説書きとして妄想は重要なファクターだしな。 「ほう、それは楽しみじゃ」  僅かだが、俺を見つめる瞳からは期待の色が見て取れた。  その期待に応えられる内容かは分からないが、最初に聞くべきことは俺の中で決まっている。  やはり、人間と世界を作ったのは貴方なのか、そして作ったのならその理由について聞いてみたい。 「まぁ、お前さんならそうくるじゃろうな」  予想していたとばかりに頷く神様。 「端的に言うと、答えはイエスじゃ。理由も簡単で、今回の催しと同じく暇だったからじゃな」  事も無げにそう言う。  言われた俺としても、まぁそんなものかと納得する答えだった。  それでも、あんな世界を作ってくれたことに対する不満は消えちゃいないけどな。 「ふむ……。その事についてなんじゃが、確かにわしは世界――具体的には宇宙という空間を作ったぞ? ただ、その先の惑星の誕生や生命の進化には手を加えておらんわい。じゃから、わしを責めるのは少々お門違いではなかろうか?」  そう拗ねたように口を尖らせる。  しかし、神様が世界を作ったから俺たち人間が生まれたわけで……だったら、その責任はやはり神様にあるのではなかろうか。 「……そんなことないわい。そうやって元を辿ろうとするなら、そもそもわしが生まれた何らかの原因に文句を言えば良かろう」  …………え、それはどういうことで?  言われたことが理解出来ず、頭を悩ませる。いや、意味は分かるのだ。ただ、それに対する理解が追いつかない。  だって、じゃあ神様はどうやって生まれたんだ、という話になってしまう。 「そうなんじゃよ。わしも気がついた頃にはここにいたし、この世界も当然存在した。無から生まれたのか、誰かに創り出されたのか、分からず終いじゃ」  最初こそ困惑していた俺も、発言を聞いているうちに神様の言いたいことを理解してきた。  俺たちは自分たちの尺度で物事を捉えていたため、宇宙の誕生について神の存在や様々な仮説を立ててきた。  けれど、それよりも高位の存在がいると分かった今、今度はその存在の誕生について考えるのが筋というものだろう。  だとするなら、世界を作った要因、その要因を作った要因、と以下無限に俺は責任を求めなくちゃいけないことになる。  それは最早、人間が踏み入れることのできる領域ではなかった。  どこまで考えようとも、誕生の謎を解き明かすことは出来ないのだ。 「ふむ、何にせよ納得してくれたようで何よりじゃ」  喋り疲れたのか、そこで一息つく神様。  その姿があまりにも人間らしくて、神様としての威厳をあまり感じられないな。 「……そんなこと言われても困るわい。お前さんらが勝手なイメージを押し付けているだけじゃろ」  ……あっ、勝手なイメージと言えば、人間って色々な神様を創り出しているけど実際はアンタ一人だけなんだな。  やけに多神教を推してくる先生がウチの学校にいるが、このことを知ったら激怒しそうだ……。 「うむ、それもまた勝手な押し付けじゃの。わしの存在を騙りよって。初めて神の概念が出てきた時なんか、正直わしのことがバレたんじゃないかと冷や冷やしたぞ」  あー、神様視点ではそう感じるのか。なんか新鮮。 「……他人事じゃのう。あと、アレじゃ。やけに都合のいいように解釈されとるのが気に食わん」  そんなこと言われても……創ったのは人間なんだし、そりゃ都合のいいようにもなるでしょ。  そう伝えてみるも、神様は拗ねたようにそっぽを向くだけだ。  まぁ、そうやって頬を膨らませてむくれる姿は大変愛らしく、どれだけ見ていても飽きないのだが。  その時、ふとある建物の存在を思い出した。  都合がいいと言えば、神社なんかもそうだな。お賽銭入れて、願い事を叶えてもらおうとするやつ。 「あぁ、アレじゃな。アレは本当にアコギな商売よな。大体考えても見ろ、人間が使う通貨を供えたって、わしには何の関係もないじゃろうて」  そう言われれば、そうだな。  もし仮に神がいるとするなら、人間の通貨なんて必要としないはずだ。  なにせ、願いを叶えることが出来るのだから。金なんて、貰わずとも造ってしまえばいい。 「そうじゃろ、そうじゃろ。まぁ、造ったところで使い道がないんじゃがな」  じゃあ、神様は誰の願いも叶えたことがないのか? 「いや、極々たまに、ホントに気が向いた時だけじゃが、何回か叶えてやったことはあるぞ。……両手の指で足りるほどじゃけどな」  へぇ、とりあえず今後、神社に拝みに行くのは止めにしよう。  意外な事実を知り、俺はそう決意すると神様は頻りに何度も頷いている。 「うむうむ、それが良かろう」  …………………………………………。 「…………………………………………」  そこでふと、会話が途切れる。  この世界に時間の概念があるのかは知らないが、俺の感覚上では穏やかに時が流れる。  ……そういえば、俺はいつ戻ることができるのだろうか? 「なんじゃ、もう戻りたくなったのか? あれだけ、あの世界を嫌っていたというのに……」  半ば呆れられた態度で、そう指摘される。  けれど、そういう訳ではなかった。  正直言って、こっちの世界の方が俺としては居心地がいい。神様に出会えて、意外な事実を知れて、楽しくて面白かった。 「そう言ってもらえると、呼んだ甲斐があったというものじゃ」  そう照れたように神様は笑う。  それでも、帰属本能というものだろうか。何となく、帰らなければならない――人としてここに長居しては行けない気がする。そういう義務感を感じた。 「……ふむ。まぁ、お前さんがそう思うのなら従おう。…………少々名残惜しいがの」  …………あぁ、俺もだよ。 「して、どうじゃ? まだその殺神衝動は残っておるのか?」  ……ちょっとうまいこと言ってて腹が立つ。  やめろ! ドヤ顔するな、鬱陶しい!  …………はぁ、別にもうそんな気はない。  神様って奴は、俺の思ってた存在とは違ったしな。 「ホントに良いのか? 人間ごときにどうあっても殺されはせんが、一発ど突くぐらいのことは出来るぞ?」  いや、本当に遠慮しておく。  それに、見た目が美少女過ぎて殴れろうにも殴れん。  せめて、俺の嫌いな顔だったらいけたんだけどなぁ……。 「…………ふむ、これならどうじゃ?」  そう声をかけられ、神様の方を向いた――その瞬間、俺は黙ってその場で立ち上がり、駆け出す。  脚のバネを利用し、相手との短い距離で見事な加速を得た俺は、そのままジャンプ。全体重となけなしの加速力を乗せて、両足を叩き込んだ。  そのまま倒れている隙をついてマウントを取ると、とりあえず二、三発追加で殴っておく。 「――いたた。お前さん、さっきの殊勝な発言はどこへ行ったんじゃ……」  後ろから声がかかり、そのことに驚いた俺は振り上げていた手を止める。  気がつくと、目の前には誰も倒れていなかった。  振り向くと、頬を手で擦り、しかめっ面の表情をした神様の姿が見て取れる。  その姿は、虫歯を痛がる小さな子供のようで何とも愛らしい。俺の荒んだ心も癒される。 「お前さん…………。分かってはいたが、物凄い情緒が不安定じゃの……」  ――あっ、いやすまん。つい出来心で。  でも仕方ないだろ。知っててやったんだろうが、変えた姿が俺を人間不信へと陥れたクソ野郎だったんだ。一発ケジメをつけるのが、人ってもんだよ。  俺の言い訳に苦笑をすると、神様は顔の前で手を振る。 「いやいや。お前さん、全然一発で満足しとらんかったぞ。それに、もう二年前の話だから今更恨みはない、とあっちの世界で言っておったではないか」  恨みはないさ。それはホント。ただまぁ、それでもやっておくべき事ってあるだろ。……使命感ってやつ?  無茶苦茶な言い訳を平然と言い放つ俺を前に、神様はやれやれとばかりに両手を上げて首を振る。 「……まぁ、今のはわしが煽ったせいでもあるしな。甘んじて、報いとして受け入れよう」  さすが、神様。懐の深さが半端ない。 「――それでじゃ、本当にお前さんは満足したのかの? またあの世界に戻るわけじゃが、やっていけるのか?」  すると、今までの表情とは異なり、やけに真剣みを帯びた表情でそう問いかけてくる。  その言葉と表情に、俺は一つため息をついた。  しょうがないさ、誰でもない俺が決めたんだからな。  確かに今でも世界はクソッタレだと思うし、人間はゴミだと感じるし、そんなことしか考えられない自分が嫌いだ。  そこで俺は深く息を吸い、俺らしい笑みを向けて言葉を紡ぐ。  けどまぁ、アンタが見てると知った今は、それに恥じないよう生きてみるさ。 「…………そうか」  神様は静かに頷く。  慈しむようなその笑顔は、本当にこの子が神様なんだと思い知らされる。  その瞬間、景色が霞み、視界の端から徐々に闇が広がっていく。 「では心翔よ、さらばじゃ」  その一言に何か思う暇もなく、俺は意識を手放した。    ♦ ♦ ♦  目が覚めると、そこには見慣れた天井と掛布団の感触。  ……何やら面白い夢を見ていた気がする。  傍らに置いてあった携帯を手に取ると、小説用にいつも使っているメモ帳を開いた。  自身の夢を小説にするなんて馬鹿らしいとも思うが、なんとなく自分の中で書きたいという衝動が生まれている。  タイトルは、そうだな……。  『神の素顔、かくありき』――なんて良いんじゃないだろうか。
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