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 2  気合を入れたはいいけれど、まぁやっぱり、気合だけではどうにもなりませんでした。  私は今、地べたと接吻中。土の香りが口中に広がっている。  このゲームでのファーストキスが、まさか物言わぬ土くれになるなんてね。私もつくづく、運がない。せめて人間にしてほしかったよ。  《現実|リアル》では、素敵なファーストキスに巡り合えるといいなぁ。例えばほら、毎日バスの中で見かける他校の男子。陸上でインターハイに出たって噂で、いつも一緒に登校している親友のゆっこが、キャーキャー言いながら熱視線を送っていた。そんな時はいつだって私は苦笑を浮かべながら、「まったく、ゆっこも好きねー」と、さも興味なさげな態を装うようにしていた。……でも実は、私も秘かにちょっと気になっている。  もはや事態を好転させる手段を持っていない私は、現実逃避と言わんばかりに、緊張感のない想像を脳裏に巡らせていた。目をぎゅっとつむり、処断の時を待つ。今の私は、まな板の鯉。ただ上位者に貪り食われるだけの、哀れな羊なんだから。  待った。ひたすら待った――。  あぁ、五秒後には死に戻りかー……。  トカゲに体をかじられる感触を想像して、私は身体を震わせる。背筋がぞわりと騒めく。 「――あれ?」  おかしい。死んでないよ、私。トカゲさん、あきらめた?  決めた覚悟が鈍る。まさか、焦らしているわけじゃないよね? だとしたら、趣味悪すぎだよ。獲物に恐怖心を与え、散々弄んでから食べようっていうの?  ああだこうだと私がトカゲ野郎に悪態をつき始めたその時、すさまじい轟音が周囲に響き渡った。同時に背に感じる激しい熱。 「きゃっ! なになに、いったい何なの!?」  私は熱さで顔を上げるに上げられず、じっと地面とにらめっこをしながら、成り行きに身を任せた。  数分の間おとなしく臥せっていると、音は止み、熱も消えた。私はゆっくりと体を起こす。 「おいっ、あんた。大丈夫だったか?」  背後から男の声がした。振り返るとそこには、一組の男女が立っている。 「ちょっとカレル、人がいるのに炎のブレスはなかったんじゃない? 彼女の背、煤だらけになってるよ?」  女性――私と同い年くらいに見える――の言葉に、私ははっとして自分の背中に手を回した。手の平にはべっとり黒いすすがついている。どうやら着ていた外套が、炎で焦げたらしい。  幸い安物だったし、外套は帰ったら処分しちゃおう。今はそれよりも、目の前の二人組だ。どうやら命の恩人みたいだし。  私は立ち上がり、二人の様子を凝視した。  どちらも私と同年代、高校生っぽい感じかな? 男の子は深緑色のローブを着て、フードをかぶっている。零れ落ちている髪は、金色だ。手に持つ銀色のロッドがまた、不思議と私を惹きつける。何だろう、この感覚。  女の子は、長い金髪を後頭部でくくっている。ちょっと小柄だけれど、すごくきれいな娘だった。なんだか気後れしちゃう。ただ、容貌以上に、着ている装備が目を引いた。手に持つのは、おそらくは薙刀かな? で、服装はそれに合わせて稽古着と袴だ。顔立ちが日本人離れしているから、装備品とのギャップで必要以上に目を引く。 「危ないところを助けてくれたみたいだね。どうもありがとう」  私は礼を述べ、頭を下げた。 「いや、気にしないで。オレたちはたまたま通りがかっただけだし、それに、ボスを倒せてこちらも利益は十分得られた。『ボス撃破初回ボーナス』付きってことは、やはりここは未踏ダンジョンなのか?」  私がうなずくと、少年はにっこりと笑った。  そっか、初めてのボス討伐だから、『ボス撃破初回ボーナス』も付いたんだ。ってあれ、私ももしかしてもらっちゃってる!?  慌ててアイテムボックスを確認すると、見慣れない鉱石が一つ収まっていた。『精霊鉱』と名付けられた鉱石は、七色に輝き神秘的な雰囲気を醸し出していた。 「あ、あの。私も初回ボーナスもらっちゃっているんだけど、これあなたたちに返したほうがいいかな? 私が倒したわけじゃないし」 「いいんじゃない? そのまま持っていってよ。あなたもボスのターゲットにされていたわけだし、戦闘に加わっていたって認識で間違っていないと思うよ」  少女は手を振って、返さなくてもいいとアピールしている。  そっか……。図らずも、囮役を務めていたのは間違いないよね。であれば、ありがたくもらっておこうっと。  これで武器を精錬すれば、なんだかすごい業物が作れそうな予感が、ひしひしとするんだよね。鉱石自体からも、得体のしれないエネルギー?っぽいのが出ているみたいだし。 「じゃ、ありがたく。あ、私レンカって言うの。これでも一応、ヴィーデの街一番の『コヴァーシュ』だって言われているんだ」 「あ、君がレンカか。こいつはちょうどよかった。っとと、オレはカレル。一応『精霊使い』をやっている。で、彼女は『槍士』のユリナだ」 「ユリナよ、よろしくね、鍛冶屋さん」  私は二人と握手をした。  動じないふりをしているが、内心、私は驚きのあまり仰天していた。まさか、サーバートップの攻略パーティーの一員と出会えるなんて。  カレルはこのサーバー最強の精霊使いって言われているし、ユリナも薙刀を持たせたら並ぶ者がいないほどの使い手だと噂されている。そんな二人に助けてもらえただなんて、僥倖だ。 「とりあえず、いったん街に戻るか。ボス戦をやったし、さすがに霊素の残りが心もとない」 「レンカも一緒に戻らない? さっきカレルもちょっと口走っていたけれど、実は私たち、近いうちにあなたの工房に行こうと思っていたんだ」  おっと、お客様でしたか。ますます僥倖。しかも、一緒に戻るってことは、ようは街までボディーガードをしてくれるって意味だよね。こいつは乗るっきゃない。  ユリナの提案に、私はうなずいた。今日はここまですこぶる運が悪かった。ボスとは言わないけれど、また変なモンスターに絡まれる危険もある。ご厚意に甘えるとしよう。  強者二人の護衛付きだったためか、追加のトラブルもなく、私たちは無事、ヴィーデの街へと帰還した。  ☆ ★ ☆ ★ ☆  工房にカレルとユリナを案内し、カウンター傍の椅子を勧めた。 「で、何やら私のお客さんみたいだけれど、用件は何かな?」  営業スマイルを顔に張り付けつつ、私は二人の返事を待つ。 「実は、オレとユリナの武器をそれぞれ一本ずつ、打ってもらえないかなって」 「というと、武器の精練じゃなくて、一からの作成ってことかな?」  私の確認に、カレルは頷いた。  コヴァーシュには大きく二つの役割がある。素材を使って一からオリジナルの武具を作る武具製造と、特殊金属などを利用して、すでに作られた武具の性能を向上させる武具精練だ。私はどちらも得意としている。ただ、防具も請け負うけれど、どちらかといえば武器を扱うほうが得意かな。 「いいけど……。実は今、ちょっと問題があるんだ」  少し躊躇した。ここ最近の精練成功率を考えると、武器製造もちょっと不味いかもしれない。とくに、サーバー内でも有名人なカレルとユリナの武器製造だから、あまり下手なものは作れない。失敗作を掴ませでもしたら、このところ芳しくなくなりつつある私の評判も、一気に地に落ちかねない。  引き受けてもいいものか、悩ましかった。 「どうかしたの?」 「なんだか、最近運がないっていうか、精練の成功率が下がっているんだよね。ステータス値から考えるとあり得ないレベルで」  正直に吐露した。無理に引き受けて、失敗してから実は……などと実情を話したら、お客さんに失礼だ。 「別にオレたちは構わないぞ? 誰がやったって百パーセントの成功なんてありえないんだし、失敗は織り込み済みだよ」 「カレルの言うとおりだよ。それに、せっかくこうして知り合えたんだし、ぜひレンカに作ってもらいたいな」  それでも私は、まだ踏ん切りがつかなかった。  答えに窮していると、カレルは「また明日くるから、返事はその時でよろしく」と口にし、ユリナとともに工房を出て行った。 「はぁ……、私の意気地なし。ここで成功したら、一躍サーバー中に私の名前を売るチャンスだったのに」  カレルとユリナはサーバー全体での有名人だ。彼らが実戦で使う武器を作れば、製作者の私の名前は、ヴィーデの街を飛び越えて一気に全国区になるはずだ。その機会をみすみす逃すだなんて、今までの私ではありえない。 「ここ数日の運のなさで、ちょっと気弱になっていたのかな」  ダメダメ、こんなの私らしくない。私は生産職。戦いはできない。そんな私が、生産の依頼を断ったりなんかしていたら、その存在意義を問われかねないよ。  私はぐっと両手を握り締め、力を込めた。口をきゅっと堅く結び、今しがたカレルたちが立ち去ったばかりの工房の入口の扉を、鋭く見据える。  明日、依頼をちゃんと引き受けよう。私の心は決まった――。
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