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ある街に、母親からひどい虐待を受けている少年がいました。 家族親戚はみんな、しらんぷりをしていました。 手を差し伸べてくれた近所の人もいましたが、勘づいた母親の機転により引越しを繰り返すことになるだけで、意味を為しませんでした。 少年は母親を刺殺しました。 中学一年の、入学式が終わった夜中の出来事でした。 少年は何も言わず死んだ母親を見下ろして、命はあっけないことを知りました。 そして家族の制止も聞かず、逃げるように交番に行きました。 できる限り、誰のせいにもならないように弁明して、そうして病院へ送られました。 母親を殺した理由もでっちあげ、家族や親戚もそれに便乗しさほど大きな事件としては扱われずにひっそりと彼は全てを受け入れました。 誰にも殴られず、ひどい扱いをされることもなく、衣食住が揃った生活は彼の当たり前を塗り替えていきました。 そうして完全に血縁との繋がりを全て切り落とした彼は、真面目な生活を送り、何年か経ち晴れて自由の身になりました。 「死神と契約したってのに、お前は1度もオレに頼らなかったな」 「頼ったよ。殺し方を教えて貰った」 「あんなもん、調べりゃ一発だったろ」 「それじゃダメだった。ボクは確実に母さんだけを殺したかったから」 ほかの殺し方を知る必要は、ない。と青年は淡々と口にします。 かつての少年は、訳あり物件を貯めてきたお金で購入し、真面目に働く青年となりました。 そして彼の傍らにはいつも、死神がいます。 死神は、少年に酷い行いをする母親を許せませんでした。 彼を幼い頃から見守り続けていたからです。死神は理由を明かしませんが、ずっと見守ってきました。ずっと、ずっと。 だから死神は、母親を殺すつもりでした。殺そうともしました。 けれどそのタイミングで、少年に止められました。 普通は自分たちが見えないはずの人間によって、死神としての仕事を止められたのです。 「だめだよ、おねえさん」 時が止まったかのように、歩道用の信号機の下で隣合う母親を一瞥した死神は声の主、少年に視線を向けました。 死神を見る彼のまあるい目には光はなく、地獄の底の底、深淵の穴を覗いたようなどす黒くしかし惹き込まれる魅力がありました。 母親を殺さないという約束を交わす代わりに、少年は死神と契約しました。死神は渋りましたが有無を言わさぬ目力に気圧されて半ば脅迫されたような気分で少年が契約する事に同意しました。 少年が幼い頃、卒園式の帰り道の出来事でした。 そうして彼が母親を殺し、自由の身になる時までただ、少なくも濃密な言葉のやり取りを交わし続けるだけの生活を続けました。 「死神さん、あの時はごめんな。契約したらほかのお仕事ができなくなるのに」 「…強く反対しなかったオレが悪い。けど、」 「けど?」 「頑なにお前は、オレと契約する1番の理由を言わなかったよな」 「…そうだね。全部終わらせてから、理由は話すつもりだったから」 料理を作りながら青年は小さく笑いました。今日は青椒肉絲です。 冷蔵庫に凭れたまま青年と話していた死神はきょとん、と目を瞬きます。視線を彼に向け、首をかしげました。 長く白い癖毛だらけの彼女の髪が揺れます。 「話してくれるのか? 二十年越しに、か?」 「うん。出所して1年経って、監察官も外れたからね」 よし、できた。と青年は火を止め、フライパンで炒めていた料理を大皿に移します。死神はその香りに鼻をひくつかせて、頬を緩めました。 「一目惚れでした。ボクのお嫁さんに、なってください」 顔を上げた青年は、少し照れた笑みを浮かべ出来上がった大皿を、死神に両手で手渡しました。 「…物好きなやつだな、ほんとお前」 ため息をつきながらも彼女は料理を受け取り、とても嬉しそうに、微笑みました。 「ぅおーい、ヤッコー青椒肉絲まーだー?」 「弥月(みつき)くーん、はやくはやくー!」 居間から賑やかな声が聞こえ、はいはい、と死神は呆れたようなため息をつきます。 苦笑いを零す青年に促され、その足は居間に向かいました。 「天使は天界に帰れ!! またミカエルにどやされんぞ!?」 「えー、ヤッコちゃんひどーい、私がヤッコちゃんにお願いしなかったら弥月くんと出会えなかったのにー」 「おま、その話今年に入って何度目だよ!? 綾香!!」 「まあまあ、姉さん。仕事が溜まってるって聞いてるし、食べたら帰りなよ?」 「はぁい! 弥月はやさしぃなぁー?」 青年の名は神無 弥月(かんなみつき) 死神の名は夜子(やこ) 「こいつは身内に甘いだけだ」 「私、に甘いんですー」 「おい、弥月お前、綾香にあの話したのかよ」 「してないよ?」 「なあ、俺帰っていいか?」 「枝垂(しだれ)さん、ご飯食べないの?」 「食ってから帰る」 「死神さん、今の話ご飯の後で大丈夫?」 「おう、そうだな。」 部屋に会したのは死神と、青年と、天使と、悪魔。 これが終わりの物語ではなく、ここからがはじまりの物語。 《死神さんはお嫁さん》
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