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 一、《兄月夜|エニアル・ナイト》の邂逅  あたしは夜の森を歩いていた。  当然ながら日はとっくに暮れ、空は星々が煌めく深藍に染まっている。今宵、空から覗くのは、《双子月|エニアル・エタリアル》の片割れ、《兄|エニアル》の月。それも沈みかけの半月だ。  小さい頃から、それこそ文字通り死に物狂いで駆けずり回ってきた森だが、夜は昼の顔とは全く違う。昼だからこそ見つけやすい修行者向けの仕掛けも、夜となると気づきにくく、その巧妙さに嫌らしさがかけ算している。  そんな夜色深まる森に、この天然の明かりは少々心細いというもの。だが、それでも安全を確保して今日中に結界のぎりぎりまで進んでおきたいところである。  明日は早々に隣町に出たいのだから。  それにしてもホントこの村おかしい。  それが今日の夕刻、初めて一人で外の世界へと足を踏み出した、あたしの最初の感想だった。  あたしの育った村はハルベス村と呼ばれている。森に囲まれた小さな村で旅人が訪れることもほぼない閉鎖的な場所だ。  そんなこの村には、いくつか鉄壁の、この村に生まれたからには絶対に守るべきしきたり、という実に古臭いものが存在している。  その中の一つに「《齢|よわい》十四になる者、旅に出るべし」というものがある。  理由などよく知らないが、村人ならばこのしきたりに従わなければならない。あたしが今こうしてこんな時間に森にいるのも、とどのつまりはそういうことである。  今日があたしの誕生日。つまり、十四歳となり、しきたり通り旅に出たということだ。  そこまではいい。村の外に出るのはあたしの長年の夢でもあったのだから。  が、散々誕生日パーティーだとかで引っ張りまわした挙句、夕方に「そんじゃいってらっしゃい」と手のひらをひっくり返したかのように、冷酷に放り出すのはいかがなものだろうか。日の高いうちに隣町まで行って宿を取りなさいとか、足りないものを揃えなさいとか。そんな心遣いは欠片もないのか。  夜だぞ、夜。慣れているとはいえ、初日で野宿確定は悲しすぎるだろう……。  思いだして、ついついため息をついてしまうが、あたしは森の中で慎重に歩を進めるのだけは止めない。  この村を覆っている森、隣町に続く街道まで出るのに、早くて一時間ほどかかる。これが「地面に罠が、なに一つ、全く仕掛けられていなかった時」の話なのだ。  さて、村の結界、安全圏と外との境界線はもう少しだ。  勘と視覚を頼りに、村人によって嫌らしく仕掛けられている罠を避けつつ足を運んでいたところ、不意に前方になにかの気配を感じた。  野生動物……ではないだろう。こんな時間に珍しく旅人が迷い込んだのだろうか? 通りがかったからには一応確認しておくべきか、とあたしは少しだけ警戒しながら、気配の方に近づいてみることにする。  そこでは、地面に穴が空いていた。村人が作った落とし穴だろう。暗くて中はよく見えないが、耳をそばだてれば、そこからじゃり……じゃり……と靴の音が聞こえる。声をかけてみた。 「誰か落ちた?」 「――人間か?」  打てば響くように反響した声が返ってきた。声の高さからすると男か? 「安心して、ヴァンパイアでも魔女でもなく、人間よ。旅人?」 「そんなとこだ。っと」  なにやら土を踏みしめるような音が聞こえてくる。上がろうとしているか、これは。 「《光火|アッタラプノルト》」  あたしは掌に魔術で無害な光球を生み出して穴の中に放り投げた。それは穴の中腹で止まり中を明るみにする。  深緑色の癖っ毛短髪の男が驚いた顔でこちらを見上げている。《胸部鎧|チェスト・プレート》や《肩鎧|ショルダー・ガード》を装備し、籠手を装着しているところや剣を提げているのを見るに旅の剣士、傭兵といったところか。 「すぐに登んない方がいいわよ。いま他の罠を解除するからちょっと待ってて」  あたしは一方的に警告をして灯りをもう一つ生み出し、周囲の木や地面を念入りに観察する。  落とし穴ときたら連続する罠のパターンは、経験から大体想定できる。何度煮え湯を飲まされてきたことか……!  落とし穴に落ちてようやく上がりきったと思えば、その途端に宙ぶらりんにされるわ、矢に襲われるわ、別の落とし穴に落ちるわ……一体なんの嫌がらせかと思ったものだ。  いつか絶対大人に仕返ししてやる……と、いけないいけない。昔を思い出して、少々感情的になってしまった。  ともかく、それを一つ一つ解除していき、安全地帯を確保できたと自信を持ってから、男に上がって大丈夫だと声をかけた。  おとなしくあたしの忠告に従ってくれた彼は、地上に這い上がると「ふう」と一息つく。 「助かったよ嬢ちゃん……嬢ちゃんだよな?」  なんで今、確認した。  確かにあたしは女だけど、色々ぺったんこだから、美少年に見られることもなくはないけれど。  あたしは彼に「そーだけど」と投げやりに頷く。 「ならよかった。この森、なんか知らんが、罠がそこかしこにあって参ってたんだ」 「そりゃそーでしょうよ。村人が、新人いびりと外から帰ってくる村人に嫌がらせするために、嫌らーしくそこかしこに仕掛けてんだから」  あたしの発言に彼はギョッとした顔をする。 [*label_img*] 「嬢ちゃん、やけに詳しいなぁ……。というかなんだってこんな時間にお嬢ちゃん一人で森の中を歩いてるんだ?」 「それはこっちが聞きたいわ。なんだってあなた、こんな場所歩いてんのよ。というか、どっから入ってきたわけ?」  聞くと彼はうーんと頭を捻らせてから 「わからん」  と答えてきた。 「最初は森を通る道を歩いてたはずなんだが、なんでだろうな? ここにいる」  困った風情も見せずに答えたものだから、あたしはなぜか脱力してしまった。 「なんでだろうなって、あなたねぇ……。よくそんなんで旅できてるわね」 「慣れてるからなーこういうの」  彼は気にした風もなく「それで?」と今度はあたしに話を振ってくる。  うむむ、仕方ない。 「あたしはこの森の内側にあるハルベス村の人間よ。この森、安全のために結界が張ってあるから、外部の人間は滅多に侵入できないはずなんだけど……」  もっと正確に言えば、村人が他所者を巻き込まないように、森で安全に修行を行えるようにするもの――と聞いている。獰猛な動物なども結界より内側には入ってこないため、修行者の安全も確保できているのだ。  また、村人と野生動物、両方に配慮した結果でもある。  なんせ村人が仕掛けた罠に野生動物もかかってしまう上に、罠の数がそりゃもう尋常ではない。当然、罠にかかるのは他所者も同じなので、人や野生動物が寄り付かないような結界が張ってあるのだ。  村人たちはあると知っているからか、どうも効果はないらしいのだが。 「へぇ、よくわからんが、腕のいい魔術師でもいるんだな」 「結界作ったのずーっと昔の人らしいから、 《大人|ひと》に聞いただけで、あたしはよく知らないけど」  これも事実で、実際結界の効能も人に聞いて「へー」となってる側なのだ。  事実かどうか気にはなるが、結界の核がどこにあるのかもよくわからないし、下手に探ってうっかり解除、なんて事態になったら厄介この上なくなるので、調べようとしたことはない。 「ふーん。それで、なんでお嬢ちゃんは歩いてたんだ?」  あーやっぱりそうなるわよねー。これもあまり言いたくないんだけど……。 「あたしはその、まあ、いろいろな事情から旅に出ることになって隣町に向かっていたところ」 「こんな時間に、お嬢ちゃんひとりでか?」  彼は不思議そうに眉をひそめる。  彼の言いたいことはあたしもわかる。すごくわかる。  あたしだって、なにが悲しゅうてこんな夜に旅立たなくちゃならんのか、と何度自問したことか。初日にして野宿確定なのだから。 「まあ、こんな時間なのはちょっといろいろあって……」 「複雑な事情がありそうだな……。家出とか、そういうのか?」 「いんや全然。むしろ散々もてはやされて追い出された」 「はあ? なんだそれ?」  彼の全うな反応に、あたしは愛想笑いをしてその場を誤魔化す。 「まあなに、あなたに怪我もなさそうだし、あたしは先を行くから」  と身を翻そうとするも、くっ、とマントの端を掴まれてツンのめる。 「ちょ、なにすんのよっ」 「いや、有無を言わさず行こうとしてるみたいだから、引き止めただけだが」  そう言うと彼はパッとマントの端から手を離す。  あたしはマントを直しながら渋々と彼に向き直った。彼の無事と、村や森への悪意がないことが確認できた以上、これ以上こっちに用はないのだが。 「お嬢ちゃん、さっき隣町に向かってるって言ってたよな」 「言ったわね」 「頼む! そこまでオレを連れていってくれ」  ……は?  なんか、目の前で手を合わせられてお願いをされたぞ。 「え、いやなんで?」 「迷ったって言っただろ。あ、剣の腕には自信があるんだ。お礼に町までタダで護衛してあげよう」 「いやーそういうのは間に合ってるし」  つーか迷ったなんて言ってたっけ?  腕っぷしならあたしとて自信がある……が、他所の剣士か。それは興味がなくもない。 「お願いだ、お嬢ちゃん。人助けだと思って!」 「……変な詐欺じゃないでしょーね? 本当に困ってるのよね?」 「……オレ、子供に手を出したり騙したりする趣味はねーぞ」  ムカッ! こ、こ、子供!?  これでも村ではもう成人扱いなのだ。そう、立派な大人なのである。それを、よりにもよって子供ですって!?︎ 「あたしはもう十四! 立派な大人よ!!」  あたしが文句を言うと、彼は「えっ」と戸惑った表情になる。それからあたしのことを上から下まで見て、 「いや……十四はじゅーぶん子供だろう」  と言ってくれやがった。 「あたし、行くわ。それじゃ」  有無を言わさずマントを翻し、歩き出そうとする――のを、今度は足に腕を回して、彼は再び引き止めてきた。 「悪かった! オレが悪かったから! 頼む行かないでくれ!」 「うっさい! 人を子供扱いするよーな人となんで一緒にいなきゃいけないのよ!! はーなーしーてー!!」 「君に見捨てられたらオレが行き倒れる!! オレはまだ野垂れ死にたくはない!!」  と、しばらくギャーギャー言い合っていたのだが、そうしているのも疲れたので、渋々あたしが折れることにしたのだった。  渋々ね、渋々。仕方なーく! あたしってば、なぁんて心が広いのか・し・ら。 「ったく、隣町までだからね」 「ああ、隣町に着いたら、後は自分でしばらくはなんとかできるから。たぶん」  しばらく、たぶん……。また迷うこと前提のようである。大丈夫だろうか、この人。  そこで「あっ」と彼が何かに気づいて声を上げる。 「そういえば、お互いまだ名乗ってなかったな。オレはレオン。レオン=ウィンダム。見ての通り旅の剣士だ。隣町までよろしくな」  と、彼――レオンは右手を差し出してくる。  それを見てあたしも右手を差し出す。 「あたしはミナよ。ハルベス村のミナ。一応、あたしも剣士なのよ。よろしく」  二、やりましょう! 初めての《依頼|クエスト》  その日は結局その場で野宿をし、明るくなってからあたし達は森を抜けて隣町へとたどり着いた。  森を抜ける時に確認したが、やはり他所者避けの結界の中に、彼は入り込んでいた。まあ中には彼みたいな例外というものがあるのかもしれない。 「はい、着いたわよ」 「おお、ありがとな、嬢ちゃん」  昨日、自己紹介しただろうが。ちなみに道中はいたって平穏なものだった。 「じゃ、約束だから、あたしはこれで。さよーなら」 「ああそっか。そうだったな。またどこかでな!」  と、彼が何か言っているが、あたしはさっさとその場を離れる。この街での目的地はただ一つ。  即ち、役所!  案内板を頼りに、角張って殺風景な、いかにもな建物にたどり着くと、あたしはある手続き書に記入をしてカウンターに持っていく。 「すみません、お願いします」  カウンターのお姉さんが「はい、お預かりします」と笑顔で受け取って目を通し…… 「申し訳ございません。改名申請は保護者の同意が必要になります」 「は? な、なにそれ! あたしもう成人でしょ!」  あたしの出した大声に周りの空気がざわめいた。 「お客様、落ち着いてください。役所で保護者の同意なしで申請を行えるのは十八歳からとなっておりますので」  な、なんですって!? 「冗談じゃない!」とあたしが更に言い募ろうとした時だった。 「ミネ=ファーストン? お嬢ちゃん、そんなフルネームだったのか」  背後からの声に、あたしは声にならない悲鳴をあげる。  慌てて振り返りつつ、突き返された書類を背中に隠す。見上げれば、先ほど別れたばかりの彼がなぜか真後ろに立っていた。 「あ、あなた! なんでいるの!?」 「落し物を届けに。それより、お嬢ちゃんはまだ子供だって、昨日言ったじゃないか」 「ああ!?︎」  濁音付きで凄むが、レオンは全く気にせずに受付のお姉さんに何かを告げ、あたしを問答無用で脇に抱える。 「あっ、ちょっと!?︎」 「受付の人にも他の人にも迷惑だろー? 出た出た」  離せと文句を言いながら暴れるが、彼はビクともせずに、結局あたしはそのまま建物の外に連れ出されてしまった。  出入り口の端でようやく下ろされたあたしは、無言で彼の太ももに蹴りを決める。 「だっ!」 「っきなり、あにすんのよ!!」 「なにって迷惑になるから連れ出しただけだろ?」  蹴られたところをさすりながら、レオンは当然のことをしたと言わんばかりである。 「改名できない方がおかしいでしょーがっ!」 「世間じゃそれが一般的だぞ。だいたいミネ」  あたしは問答無用で彼の足を踏みつける。 「――本名が嫌なのか知らんけど、名乗りたい名前があるなら、昨日の夜みたいに勝手に名乗ればいいだけだろ?」 「そーゆう問題じゃないのよ。村でだって「ミナ」だって名乗ってんのに、あんのクソガキ、役所で改名したらそれで呼んでやるだあ? ふっざけんじゃないわよっ」  あたしが村の小生意気な年下小僧を思い出して地団駄を踏んでいると、隣で「ガキのケンカか!」と呆れ混じりのツッコミが入ったので、もう一度足を踏みつけた。 「それだけじゃないわよ。人生いつなにがあって恨みを買われて個人情報、戸籍調べられて本名バレるかわからないから、偽装工作はそのうち覚えてできるようになれ、ってねーちゃんや村の人たち言ってたもの! 調べられたら本名バレるのよ!? 嫌じゃない!」 「そんなの普通必要ない知識だろ!? どんな村だ……ってあんだけ罠しかけてる村が普通のわけないか……」  うっ。否定できない……!  実際問題、役場の戸籍がなんのためにあるのか、あたしはよくわかっていない。魔術学会に研究論文でも提出したりする時くらいしか、必要にならない気はするのだが。  どちらかというとこれは、気持ちの問題なのよ……。まあいいや。これ以上駄々をこねても子供っぽいし。  それよりこいつは、いつまであたしに構う気だ。 「それで、あなたは落し物を役場に届けなくていいのかしら?」  あたしは横目でジロリと睨みつける。と、思い出したように「そうだった」と彼はズボンのポケットから何かを取り出した。 「これお嬢ちゃんのだろ?」  とあたしの目の前に差し出したのは、ぐるっと輪っかになった薄い金に、赤い宝玉が一つ当てこまれている指輪だった。 「それ!」  あたしは慌てて自分の首元を確認してそれがないことを確認する。  うっそ、いつ落としたんだろう。気づかなかったなど恥以外のなんでもないぞ……。 「大事なやつなの……あ、ありがとう」  気まずげにあたしがお礼を言うと、安心したのかレオンは朗らかに笑う。 「やっぱりお嬢ちゃんのだったか。すぐに気づいて良かった。でないと、追いつけなかっただろうし」  彼の言葉を聞き流しながら、指輪をかけていた紐を確認して、あたしは首後ろで固く紐を結びなおす。胸元で指輪がキラリと煌めいた。  大事なものなら首に下げず、指にはめないのか――とか聞かれそうだが、この指輪、実は輪っかが小さい。それこそ入るのは、小さい子供の指くらいだと思うのだ。なので、こうして紐を通して首から下げ、肌身離さず持ち歩いている。  あたしは小さくため息をつくと、彼に一つ提案をした。 「もしよかったらお礼に コーヒーの一杯でも奢るけど、どう?」  彼は少し考えて、 「そういえばそろそろ昼か。旅立って間もない子にたかるのも悪いし、今日はオレが餞別がわりにお昼を奢ってやるよ」  と言ってくれる。  あら。意外な展開。 「あたし結構食べるけど、懐大丈夫?」  彼は冗談だと思ったのか「へーきへーき」と軽くそれを受け流す。  冗談ではなく真面目にそう聞いたのだが、まあ奢ってくれるというならありがたくご馳走になろうではないか。  彼の申し出を承諾すると、彼が先ほど近くで見たお店に行こうと言うので、あたしたちはそのお店を目指して移動を始めたのだった。  ◇ ◆ ◇  はっきりと言おう。まさか彼がここまで方向音痴だとは思わなかった。  お店の位置はなんてことはない、役場からそれほど離れていない、一本道で行ける大通りの一角にあったのだ。普通の人なら五分もあれば着いただろう。  ところが、彼に任せてみたらなぜかあっちこっち歩き回って最終的にあたしがお店の特徴を聞き出して案内するという羽目に陥った。  辿り着くのに有した時間はなんと四十分。  な、なるほど。これは森で迷ったら通りすがりの赤の他人に縋りたくなるわけだ、と納得してしまった。 「いやーすまないな、お嬢ちゃん」  テーブルを挟んで向かいに座る彼は、照れながらメニュー片手に後ろ頭をかいている。 「いーわよ。あなたのことよーくわかったから。これでさっきの指輪の件、貸し借りなしってことで」 「りょーかい。で、なに食べる? なんでもいいぞ。育ち盛りなんだから遠慮するなよ」  ほほう、言ったな。遠慮するなと言うなら、本当に遠慮しないからな――と、口には出さずにあたしはメニューに目を通す。  うーん、どれも美味しそうだけど、とりあえずは。 「じゃあ、ランチセット各一人前ずつ」 「へえ、意外と食うんだな。じゃあオレはAとBで。すみませーん」  お、驚かないとは意外。これでも村では食べ過ぎだと心配されることもしばしばだったのだが、あたしは少しだけ彼を見直した。  あと、彼もほぼ同じ量を食べれるとは。  そんなことを考えている間にも彼はお店の人を呼んで注文を済ませている。お店の人が厨房に戻ったところで彼はあたしに改めて向き直り、なぜか声量を落として聞いてきた。 「さっきから気になってたんだけど、いいか?」 「なによ、そんなひそひそ話しみたいな」 「お嬢ちゃんの村って、よくある普通の村、だよな?」  あたしはこめかみを抑えたくなった。  先ほど散々に普通じゃないとかなんとか言ってた気がするんだが、あたしの気のせいだっただろうか。 「あたしにとっては普通の村よ。他の村を知らないから。  七歳でナイフ一つで森に放り出されて野宿の仕方を覚えたり、毎日森を駆け回って罠を回避するヤマカンつけまくったり、とりあえず武器とか言って細い丸太持たせられて大人にフルボッコにされたり……で鍛えられるのがあなたの知る普通なら、普通なんじゃない?」 「全然普通じゃねえ!」  うん、だろうなとは思ってた。  自分で口に出していてなんだこの村って思ったけど、あたしの頭は、一応世間一般的常識に則って働いているらしい。そうとわかると謎の安心感がある。 「あたしの村、昔っから戦士とやらを排出してる村だとかで、子供の頃からそーゆーの仕込まれるのよ」 「よく生きてたなー、お嬢ちゃん」  自分でもそう思うが、あれで死なない手加減はわかってやっているようだし、回復魔術は真っ先に教えられる術だったりする。  そのため、応急手当ては村人全員できるし、村には専属医みたいな人もいて、治療系魔術には事欠かなかったので、スタンスとしては「死ななきゃなんとかなる」って感じだった……気がする。  今頭の中で整理してても、やっぱこの村おかしいや。 「それじゃ、お嬢ちゃんもそこそこできるのか?」 「さあね、言わないわよ」 「昨日、剣士って言ってたけど、それにしちゃ随分軽装だよな」  彼は、あたしがテーブルに立てかけた鞘をちらりと横目で見ながら、あたしの服装を一瞥する。  大きめの淡い黄色の貫頭衣に《薄金|うすがね》の《腹部鎧|アブドミナル・プレート》をつけ、その上から飾り布を差した胴巻をつけている。  スカートの下には革製の短いレギンスを穿き、足は膝上丈の布で覆い、手袋とブーツは青みがかったファーの着いた同じデザインのものを揃えている。  赤みを帯びた、ひだまり色の髪を流す、《魔霊竜|スピリット・ドラゴン》のヒゲを編み込んだ暗色のマントは、《魔法石|アミュレット》をはめ込んだ《魔海竜|シー・サーペント》の鱗から削り出した《肩鎧|ショルダーガード》で固定している。  まあ、普通に見ればこれは剣士というより魔術師である。あたしも、そのつもりでこの服装を選んでいる。が別にわざわざ言う必要もないので黙っておこーっと。  確かに彼の《胸部鎧|チェスト・プレート》や籠手などの装備に比べたら軽装かもしれないが、あたしからすれば彼も剣士にしては軽装に見える。 「あたしはこの方が動きやすいのよ」  とまあ、そんな感じで彼とあれやこれやと話していると料理が目の前のテーブルに運ばれてきた。  パンが、サラダが、お肉が、芳醇な香りを漂わせ、あたしの食欲をそそる。うーん美味しそう♡  料理が並び終わり、運んできたおばちゃんが去ると「いっただっきまーす!」とあたしたちはフォークとナイフを手に取った。  サラダはシャキシャキと新鮮な音を立て、使われているドレッシングはサッパリとして野菜によく合っていたし、肉は少し固めだったが味付けは申し分なく、かけられていたソースなど、あたし好みの味だった。スープは塩分控えめの薄味で、好みが分かれそうなところである。  テーブルに並べられた料理を二人でペロリと平らげて、食後のデザートを堪能していると、ちょうど食べ終わる頃を見計らってお店のおばちゃんが声をかけてきた。 「ところで髪の長いお嬢ちゃん、もしかしてハルベス村の子かい?」  食後のお茶に手を伸ばしながらあたしはおばちゃんを見る。 「そーだけど?」  目をパチクリとさせながらそう答えると、周りが「おお?」とどよめいた。その中から、昼から酒を片手に飲んでいた男が、ヒョイとあたしたちのテーブルを覗いてくる。 「今年はお嬢ちゃんが初めてだなぁ。今年は嬢ちゃんだけかい?」 「え? あ、まあ。確か」 「そーかいそーかい。がんばんだぜぇ、新人ちゃん」  あたしもレオンも訳が分からず、クエスチョンマークを複数浮かべていると、おばちゃんが苦笑しながら教えてくれた。 「ここ、お嬢ちゃんとこの村から一番近いだろう? だから、旅に出た子達は大抵最初にここを経由していくのさ。あたしら町のもんも恒例行事みたいなもんで楽しみにしてるのよ」  へー意外。迷惑でもかけているのかと思っていたので感心していると「お嬢ちゃん、お金についてはわかるかい?」と声が飛んできた。 「金貨、銀貨、銅貨でしょ?」 「そうそう。それぞれの価値は?」  傍に並ぶテーブルから上半身を乗り出しながら、おじさんが続けて聞いてくる。 「金貨が一番価値が高くて、比価は一対十対千だっけ」  あたしがそう答えると、なぜか周りから拍手が上がった。あたし、今拍手されるようなことしたっけ……?  レオンも状況が飲み込めないのかキョトンとして、いつの間にか周りを囲っていた客たちを眺め回している。 「いやね、ハルベス村の子達ってお金を使う機会がないからか、知らない子が多いんだよ」  あたしはその一言に、ビシッと固まった。  た、確かに、基本、子供は一人で村の外を出歩く機会がないので、お金なんて使う機会が全くない。村ではお金をやり取りするまでもなく物々交換で済んでしまうし、お金を使う機会が皆無なのだ。  あたしでさえ、姉にこの町に連れてきてもらって、お金の使い方を教えてもらった時くらいしか、使った記憶が思いつかない。  ……知らない方が当然かも知れない。 「まあ、お嬢ちゃんは金銭のやり取りは理解してそうだね。なら、ちょいと一つ頼まれちゃくれないかね」 「なにを?」 「ハルベス村の人にぴったりの、オバケ退治さ」  ほう、オバケ――ってなんだろう。  なにがぴったりなのかはよくわからないが、これが姉ちゃんの言っていた仕事の依頼というやつかな。 「近くにオバケ? が出るの?」 「そうらしいのさ。おかげで、そっちから旅人が流れてこなくなっててね。ここんところ、お客の入りも減ってんだよ」 「そりゃメーワクな。別にいい」 「おいおい、ちょっと待った」  あたしが快く了承しようとしたところを、今まで黙っていたレオンが慌てて止めに入る。 「先に規模と報酬を確認しろって。骨折り損のくたびれ儲けになったらどうするんだ」  あ、確かに。  割り込まれてムッとしていたあたしは、言われて初めてそのことに気づく。 「で、そのオバケって、どこに出てどのくらいの強さなんだ?」 「出るのはこの町から南東の街に伸びる街道さ。鬱蒼としたアルカスの森、ってとこを抜ける道があってね、そこによく出るって話だよ。ただねぇ、姿を見たやつはいるとかいないとかで、どーゆうやつかは、あたしらも知らんのさね。  そんな噂が広まっちまって、みんな怖がってそこを通れないのさ」  おばちゃんはやれやれとため息をつく。  オバケは出るが見た者はいない、とは妙竹林な話である。 「どうせ悪いヤツが何かやらかしてるだろうから、あたしに退治ないし、正体を暴いて欲しいってこと?」 「ふふ、まあそんなとこさね。本当にそんなオバケがいるのか、いないのか。いたなら退治ってところだね。そろそろハルベス村の人に頼もうか、って話にはなってはいたから、ちょうど良かったよ。報酬は銀三枚でどうだい」  銀三枚――って、相場としてはどうなんだろう。  正体不明となると、こちらは対策や準備のしようがないから、危険性を考慮しても銅働きってことはまずないだろう。でも、規模もわからないわけだし、実際銀三枚以上の働きをする可能性もあるわけで……もうちょっと盛っても罰は当たんないかな? 「正体不明を相手にするのにそれはないんじゃない? おばちゃん。金三枚なら受けるけど、どう?」 「うーん、金一枚にまけちゃくれないかい?」 「まけても二枚!」  あたしが指を二本立てておばちゃんの目をじーっと見ると、仕方ないねえ、と首を縦に振った。 「よっしゃ! じゃあ、金二で! あ、ランチご馳走様! おいしかったわ。ランチ代はそこの男の人が払ってくれるらしーから。じゃっ!」  あたしは彼の返事も聞かずに捲し立て、テーブルに立てかけていた剣を手に取ると、さっさとお店を出て例の街道に続く町の出入り口に向かう。  と、その途中に、またも後ろから「おーい」と声がかけられる。  肩越しに振り返ると、レオンが背後から走ってきていた。こちらに用はないが、また落し物でもしたのだろうかと、あたしは思わず持ち物を確認してしまった。 「お嬢ちゃん待ってくれって」  そう言って追いついてきた彼の息は上がっていない。  あたしは足を止めてちゃんと彼に振り向いた。 「なんで? まだ着いてくるの?」 「お嬢ちゃん、こういう仕事引き受けたことないだろう?」  まあ、そうだけど。  まさかそれで心配して追ってきたとか? いやいやいや。 「戦い方は嫌という程叩き込まれてるから、心配するならお門違いよ」 「でもお嬢ちゃん、常識には疎そうだし。心配するなって方が無理というか」 「しっつれいね! 常識くらいわかりますー知ってますー」 「知ってたらいきなり役場で改名申請出さねーぞ……」  あたしは彼の脛を思いっきり蹴った。  またその話を蒸し返すか! 「いい? そーゆー心配はありがた迷惑って言うの! 全部まるっと揃えてお返しするわ」 「相手の規模もわからないんだから、オレがいたって困らんだろ」 「取り分が減る!」 「そこかよ!」  あたしの迷いない断言にレオンはずっこける。   レオンの取り分なんて考慮してないんだから、とーぜんじゃない。 「だいたい、十四の女の子を、しかも旅も仕事も初めての人間を、一人で行かせられるわけないだろう。何かあったらどうするんだ」 「なにかって?」  あたしが聞き返すとレオンはしばらく唸ってうまい例が見つからなかったのか、違う話を切り出した。 「そもそも人を斬ったりしたことなんてないだろう?」 「あるけど」  即答してあたしはその時のことを思い出し、ぶるり、と身を震わせた。  レオンはあたしの答えに絶句し、なんでかオロオロし始める。 「あ、気まずい理由とかじゃないから、気にしなくていーんだけど」 「そ、そーなのか?」 「いやね、村で剣の練習してる時に、  どんなに剣を練習したって、いざという時に相手を斬れなかったら意味がねぇ、てめぇのへなちょこ剣で斬られた程度で俺は死なねーから、一回斬ってみろや  ……って村のおっちゃんに強要されたことがあってね……」 「斬ったのか……」 「仕方なく。おっちゃん、今でもピンピンしてるから、あれはきっと化け物か何かの類だと、子供ながらに思ったわ」  沈黙。  ま、まあ、こんな話されても反応に困るわなー。さて、どうしよう。彼はどうやら本気で心配してくれているようだし、こんな話をしても引き下がるとも思えない。 「で、やっぱり付いてくるの? もう止めないから好きにしたら」 「お、おう。なんか余計にお嬢ちゃんのこと心配になってきてから、そうするわ」  なんでよ――とは口には出さなかったが、ともかくあたしは彼と連れだって一路、アカルスの森を目指すのだった。  ◇ ◆ ◇  小川が並行に流れ、見通しの良い野原を抜ける道は次第に狭まり、鬱蒼と影を落とす小径へと変わっていく。おまけに霧も出てきているときた。  確かにこれは、狙ってくれと言わんばかりの立地である。 「さあて、オバケはどこに出るのかしら」  頭後ろに腕を回しながら、あたしは余裕の表情で、いまかいまか、と歩いていく。その後ろを、レオンが警戒しながらついてきていた。 「お前も少しは気を引き締めろよな」  とやや呆れ声。あたしは小声でそれに応える。 「何言ってんの。オバケなんて本当にいたら会ってみたいじゃない。旅に出て初めての謎の生き物よ……むしろワクワクするってもんじゃない!」 「そうは言うけどなぁ」  レオンはなおもボヤいている。  が、まあ……とあたしはちらりと周囲に目を配る。  レオンも恐らくこれに気づいているから警戒しているのだろう。鳥の声も虫の声も、何一つしていない。森が静かすぎるのだ。おまけに、森に入ったあたりから出ている霧は、徐々に濃くなっている。  その時、あたしの耳が音を捉えた。レオンにも聞こえたのか、ほんの少しばかり表情が険しくなっている。  ォォ……ォオォ……  何かのうめき声のようなものが、森のどこかからか響いてくる。更に周囲の気温が下がり始め、森の中でゆらりと何かが揺らめいた。光というか火というか……遠目だとなんかそんなもんが不気味に声に呼応して、揺らめいてるといったところだろうか。  サレ……タチサレ……  ダメ押しに大きな影が霧の中に、ぼぉ――と浮かび上がる。  うーん……。  あたしはその影を見てなんとなく仕掛けがわかってしまい、なんとも言えない気分になる。 「レオン、ちょっと構えててね」  小声でそう注意しておいて、あたしは呪文を唱え始める。  《統べるもの・風精|ウィード・オニメルボス》  《風将軍となりて猛威と驅け|アコキ・ツオエム・イタロナット・ヌゴエィサゼク》  《力を示せ|エシモス・オゥ・アリケット》  オバケ(?)の台詞を遮るように、あたしは真上に伸ばした手を、地面に向かって振り下ろす。 「《暴風威|グナウ・トゥサーブ》!」  あたしを中心に突風が巻き起こる!  それは周囲の霧を押し退け、払い、オバケの正体を露わにする!  影よりもずっと小さい、影っぽい形をした板と、その後ろに輝く魔術の光。なんか安っぽいなぁ、と思ったけどやっぱり……。  お化け役だろうか? まあそうだと仮定して、貧相というよりは粗野な格好をしたむさい男が二人「何が起きたかわからない」と書いてある顔で、こちらを見ていた。 「《氷の矢|ウォー・オゾルフ》!」  続けて唱えた魔術を解き放つ。無数の氷の矢が空中に出現すると、それは目の前の男たち二人ではなく、左手奥に降り注いでいく。小さな悲鳴と凍りつく音。同時に、一時的に飛ばされて戻り始めていた霧が急激に引き始める。 「ビンゴぉ!」  最初に術を放った直後に、もう一人動揺する気配があったので、試しに撃ってみたのだが、やはり魔術で霧を生み出している奴がいたのだ。 「て、てめえらよくも!」  おお、よく村の大人たちの武勇伝で聞く『三流台詞』とやらを生で聞くとは。  目の前の男二人の右側にいる奴が叫ぶと、それが合図だったのか、左右の森から武器を構えた数人の男たちが姿を現した。そのどれも、もれなく清潔感皆無な髭面のおっさんである。  あ、もしかしてこれが、世に言う『盗賊』って種類の人たちだろうか。 「人を近づけんなって話だったが、こうなっちまったら仕方ねえ! 盗るもん盗ってやっちまえ!」  あれ? 盗ることが目的じゃないの、こいつら?  男の号令一つで、雄叫びとともに盗賊たちがむさ苦しい波を作って飛びかかってくる。  あの右側の男が、この中で一番エライのか、などと考えつつ剣を抜こうとしていると、レオンがあたしの前に出る。 「お嬢ちゃんは下がってな」 「いや、あたしも」  あたしが何かを言い返す前に、レオンは剣を抜き放ち様、既に三人を切り捨てていた。  手にしている剣は長さ的にロングソードだろうか。そのまま流れて、近くに来ていた盗賊二人をさらに切り捨てた。  瞬く間に五人も倒されてしまった盗賊たちは、動揺してその場で動きを止める。 「次にこうなりたいのは誰だ? いくらでもオレが相手してやるぞ。さあ!」  動揺を察したレオンは、切っ先をぐるりと盗賊に向けて威嚇する。  するとどうだろう。盗賊たちの視線がこちらに集中しているのがわかる。男がダメなら女なら、ということかな。 「言っておくが、この子に矛先を向けても、もれなくオレが相手をするぞ」  と、なぜかそこでレオンに目配せされる。  んーと……。  一、レオンは、あたしに剣を抜かせなかった。  二、レオンは、わざわざ盗賊を脅してビビらせた。  三、その上で、あたしに何かして欲しいと合図している。  ……この場合、あたしがすべきは、レオンの応援か?  そこに考え至ったあたしは、適当に彼に乗っておくことにする。 「レオンやっちゃえー。ドラゴンだって彼には敵わないんだからー」  ちょっとわざとらしかったかな……?  しかし、そんな心配を他所に、どよめきが大きくなった。 「け、剣でドラゴンに……!?」「こいつただもんじゃねえぞっ!?」「こんなやべーやつ相手にしてられるか!」  などなど、完全に腰が引き始めた悲壮な声が聞こえてくる。  弱腰になった奴に言う言葉は一つ、『キッカケ』になる言葉である。レオンは最初からこうするつもりだったのだろう。迷わずその一言を口にした。 「さあ、どうする!」  蜘蛛の子が散るように、盗賊たちが森の中へと逃げて出していく。 「あっ、お前らっ! クソッ、てめえら覚えてろ!」  逃げていく子分に愕然としながら、あたしたちにツバを吐くと、命令していた男も身を翻して何処かに向かって走り去っていく。一緒にいた男も、半拍遅れて後を追うように逃げていく。  あたしがぼけーっとそれを眺めていると、隣でレオンが背中を叩いた。 「なにしてるんだ、追いかけるぞ」  言うが早いか、彼はあたしの隣から飛び出していく。 「あ、ちょっと!」  慌ててあたしは彼の後ろ姿を追いかける。彼が追いかけているのは、最後に逃げ出した男二人の後だ。 「なんであいつらを追いかけるの?」 「着いてきゃわかるよ。しかし、剣士って言うからそう思ってたら、まさか魔術師とは。そういえば最初になんか魔術使ってたなぁ……」  あたしが追いついて並走すると、レオンが眉を八の字にして感心していた。 「あのくらいそんな難しい魔術でもないし、誰でも使えるでしょ?」 「悪いが、オレは魔術はからっきしなんだ」  そーなのか。つーか魔術使えない人間っているんだ。  村じゃ皆使えてたけど狭い世間だし、そういう人も目の前に居るのなら、きっと世の中にはいっぱいいるんだろう……たぶん。 「隠れろっ」  森の中をレオンに付き合いながら走っていると、突然その辺の木の陰に押し込まれた。 「なにすんの」 「しっ」  レオンに口を塞がれ、顎で向こうを見ろと言われる。言われるまま木の陰からそっと覗くと、洞窟の入口が見え、追いかけていた男二人がキョロキョロと周囲を警戒しながら、中へと消えていった。 「……もしかして盗賊のアジトってやつ?」  男たちの姿が完全に見えなくなったのを見計らって、あたしは小声で確認する。 「そういうことだ。ああいう奴らは一人じゃなんもできないから、大本を叩いといた方がいい」 「ってことは、今からあそこに殴り込み?」 「そういうことだ」  なるほど。こういう運びにしたかったから、先程はあたしに剣を抜くなと言ったのか。  そういうことなら、と、あたしも今度は堂々と鞘から剣を引き抜いた。 「今度はお嬢ちゃんにも戦ってもらうことになるが……」 「問題ないわ。初戦闘に胸躍るってやつよ」 「なんだか心配になる言葉だなぁ……。――っとそうだ。中で爆発系の魔術とか派手なのとかは、絶対使うなよ。崩れるから」 「わ、わかってるわよ」  ――忘れない保証はないけど。  気を取り直してあたしとレオンは入り口脇に移動して、中を確認する。転々と篝火が一定間隔焚かれているので、光源は大丈夫そうである。槍を手に警戒態勢でうろつく盗賊たちの姿も見えた。  どうやら盗賊は、さっき逃げていったやつらだけではなかったらしい。  レオンが目で「オレが先に行く」と言うので、ありがたく先方を譲る。やってくれるというのなら、それに越したことはない。  タイミングを見計らってレオンが踏み入った。その後に続いて、あたしも踏み込んでいく。  さっそく手近な盗賊を切り伏せる彼の動きは、何一つ無駄がなく、先程も思ったが感嘆するほどに美しい。何度も見ずともすぐにわかるほど、彼の剣の腕は紛うこと無く一流だ。  世の中にはこんなに剣を使いこなせる人がいるとは、あたしもまだまだである。  奥に入っていくと、左右に伸びる分かれ道に出た。考えがあるのかどうかはわからないが、レオンがとりあえず進んでいる方向に、あたしも黙ってついていく。  こういう時の彼は迷わな――いや、あたしが覚えとかないと、帰り出れないとかすごくありそうで怖い。  そんなことを考えていると、背後から足音が聞こえてあたしは振り返る。賊が一、二……五名、お出ましである。あたしの背中、進行方向ではレオンが剣を振るっている。どうやら囲まれた状況のようである。  あたしと対峙する一人が、にへらとしながらあたしに剣を振りかざし、迫る!  ……おや?  あたしは難なくそれを躱して相手の懐に一足飛びに潜り込み、剣で薙ぎ払った。  ぎゃっ! と悲鳴を上げて盗賊が地を転がる。あたしを女子どもと侮っていたのだろう。残り四名が一瞬にして顔色を変えたのがわかった。  ――――。いやいやあたし子供じゃないから! もう大人だから!! 女はあってるけど!  そして今度は二名同時――が、動きがバラバラ!  あたしは動きの早い方の剣を絡めて地面に叩きつけると、返す刃で片付ける。さらにその反動を利用してもう片方の剣を受け止めた。  と、そこに槍が割り込んでくる!  相手の剣を弾いて軽いステップで後ろに下がるが、着地してすぐに地を蹴ると、引き戻される前に槍を真っ二つに叩き折る。右から剣が迫るのが見えたので、柄を刃に叩きつけて弾くと、あたしは二名を同時に切り伏せた。  ラスト一人!  あたしは躊躇なく相手の懐に踏み込むと、相手の剣を捌いて、難なく最後の一人を沈黙させた。  ふぅ……、とあたしは一息つく。  こいつら、動き遅いし行動が丸わかりだし、村のおっちゃんたちより弱いんだけど……。  今まであたしの中では、村のおっちゃんたちが普通の強さだと思っていたのだが、もしかして村のおっちゃんたちが異様に強いだけだったりするんだろうか? てーなると、あたしの実力って世間から見たらどの辺になるんだろう……。   あたしの常識が上方修正されつつあるのを感じながらも、壁に目印をつけてレオンと合流する。レオンの方は、既に自分の分を片付けたあとで、あたしの動きを気にしてか、戦いぶりを観戦していたようだった。  その証拠に、彼の隣に立つとすぐに声をかけてくる。 「大丈夫だったか?」 「このくらい、剣だけでよゆーよゆー」 「斬ったことはある、とは言ってたけど……」  ああ、彼はそこを気にしているのか。  あたしは彼の心配を察して、いつか聞いた、剣を教えてくれた例のおっちゃんの言葉を思い出して彼に伝えた。 「急所さえ外せば、生きるか死ぬかは、後はそいつの運次第。相手を気にして自分が死ぬ方が馬鹿らしいから、気にせず自分が生き残ることだけ考えろ――って教わったから、急所は外したわよ」 「あ、そう……。――こうやって子供は洗脳されてくのか……」  レオンは聞こえないように呟いたつもりなのだろうか。その割には、あたしの耳は、はっきりとその言葉を捉えていたけど。  この教えは個人的に納得している方なのだが、なんかマズイのだろうか?  首を傾げている横で、レオンが「先に進むか」と前進を促したので、特に拒む理由もなし、あたしはそれに従った。  その後もバッタバッタと盗賊を倒しつつ進んでいくと、篝火のない、突き当りの部屋に出た。 「なにここ。牢屋?」  部屋に一番近い通路の灯りでは、少し距離があって全貌がよく見えない。が、少なくとも鉄格子っぽいのが、篝火を反射しているのだけはわかった。 「《光火|アッタラプノル》」  あたしは部屋を明らかにするために、手のひらに光球を生み出して、空にふわりと放り投げた。  空中に浮かび上がった魔術の光球は、部屋の詳細を浮かび上がらせる。 「なっ……!?」 「これは……」  中を確認したあたしとレオンは、絶句する。  そこは想像通り牢屋だった。あたしの足元から、手作り感満載の鉄格子の向こう、奥にまで広がる岩肌。地面はならされた形跡もなくデコボコとしており、壁と鉄格子の間すら、そんなに開いていない。  そんな狭い空間に、水色の髪の幼い少女が膝を抱えて俯いていた。顔は垂れ下がるざんばらな髪に隠れて見えず、身に纏っている白いワンピースも泥にまみれてぼろぼろである。 「いたぞ! 侵入者はこっちだ!」 「まじぃぞ、あっちはあれが」  空気詠み人知らず。いや、むしろ八つ当たり先を寄こしてくれた、と喜ぶべきか。  あたしたちがやっつけたであろうお仲間の姿を見つけて、血眼になって探しくれたのだろう。煩わしい声と共に武器を構える音がして、あたしとレオンは眉尻を釣り上げて盗賊どもを振り返った。 「あぁんーたぁらぁ……っ!」  牢屋の前で仁王立ちするあたしたちの姿に、盗賊どもはぎょっと目を丸くしている。見れば先頭にいるのは、先程お化け騒ぎを指揮していた奴らだ。 「あ、アニキ見られちまいましたよ、あれ」 「わ、わかってらぁ! ここでやっちまえば済む話だ!」  ――ほほぅ。盗賊たちがひどく慌てている。 [*label_img*]  ここにあるのは牢屋に居る少女だけだ。ということは、この子が外の人間に見られると、盗賊さん的には相当まずいということだろう。 「レオン、少しだけ盗賊まかせていい?」 「別に平気だが、お嬢ちゃんは?」 「牢屋のあの子を外に出すわ。じゃ、よろしく」  あたしが軽くレオンの背を押して送り出すと、レオンも驚いた顔をしていたが、それ以上に盗賊たちが動揺していた。  正直に言うと、レオンの腕なら鉄格子は簡単に斬れるだろうし、その方が早いと思う。  だが、今ここであたしが盗賊の相手をすると、うっかり洞窟を破壊しかねない――気がする。  つまりこれが安全な役割分担というやつなのだ。  《統べるもの・地精|テドラモ・オニメルボス》  《いにしえよりの汝が寵愛をもって|オットミウ・アウオアイチ・ガズェノニ・ノレイシン》  《我にさらなる力を与えよ|エヤアトア・ワリクト・アタナリセ・ナロウ》  あたしは剣を構えながら呪文を紡ぎ、魔術を構築する。そしてより合わせた魔力を解き放った。 「《閃光|オクラフ・イア》!」  柄を握る手から魔力があふれて剣を覆う。微かに刀身が光をまとった。 「ちょっと下がっててね」  あたしが中に向かって注意を促しても、中の子は身じろぎすらしない。  魔力をまとって切れ味が抜群によくなった剣で、あたしは鍵の部分を破壊した。ギィ――と軋む音がして牢屋の戸が開く。  一度魔術を解いて剣を収めると、戸を潜り抜けて向こう側に入る。 「あなた、大丈夫? 立てる?」  女の子の前に膝をつき、話しかけたが、返事はない。 「それじゃあ、ごめんね」  一応断ってから、あたしは彼女を無理やり抱き上げた。  肌に触れた時、初めて少女から「びくり」とした反応が返ってきた。が、それでも、その子はなにも言わず、なすがままにされている。  背中は動いていたので息はあるはずなのだが……それにしても……。 「レオン、おまたせ」 「こっちを手伝え……ないなそれじゃ」  少女を抱えてレオンの背中に合流する。肩越しに確認したレオンは、それだけ呟いて飛びかかってきていた盗賊を一人斬り払った。 「レオンがこの子守りながら戦えるなら、交代してほしいけど。少しスッキリしたし」 「さっき牢屋を選んだのはそれか」  レオンは小声で納得しながら、あたしの腕から少女を右腕だけで軽々と抱き上げた。  抱きかかえた瞬間、レオンも少し驚いた表情になっていた。てことは、あたしの気のせいじゃなく、やっぱりこの子相当――軽い。  手足を見る分には確かにふっくらしているとは言い難いが、ガリガリに痩せているわけでもない。軽いだろうなと思って抱き上げたらその予想の上をいって軽かったのだ。  ――この子、人……だよね?  などとちょこーっとばかし気になりながらも、剣を抜いて盗賊たちに対応する。 「ところでレオン。盗賊って、人様から金品巻き上げて溜め込んでるやつらよね?」 「そうだが、それが?」 「こいつらの頭探すより宝物庫探さない?」  その場にいた盗賊を軒並み静かにさせてから、あたしはレオンに振り返った。 「なんでここで宝物庫になるんだ? オレ達の目的は」 「それは忘れてないけど、持ち出せるだけお宝持ち出して、後は洞窟に向かって魔術ぶっ放して潰せば、終わんないかなって。こんなすぐにでもお医者に見せたい子を拾ってしまったわけだし。治療費を回収しつつ依頼も完遂する、あたしの名案」 「こいつらの財宝を医療費に使うな! お前の物でもないだろ!」  すっごくいい計画だと思ったのに、なんでか怒られた。 「こういう奴らが溜め込んだお宝って、奪い取ったもん勝ちじゃないの? ねーちゃんちがそう言ってたけど」  あたしが素朴な疑問を投げかけると、レオンがもの言いたげに無言で顔を歪めて唸っている。 「――財宝を回収するのは別に止めないが、普通は近隣の街の役所とか警邏隊とかに引き渡すもんだろ……盗品なんだから……」 「えー金貨くらいちょーっとくすめたってバレないって。じゃあ聞くけど、この子を医者に見せるとして、レオンはお金あるの? そこそこ掛かるって聞いたけど。あたしそんなに持ち合わせないわよ」  レオンが「うっ」と言葉に詰まった。痛いところをつけたらしい。  一般的な医療費は途方もなく高いというわけでもないと聞いているが、収入が不安定な旅人にしたらちょっと懐に打撃になる。ということで、よし! ここで畳み掛け! 「この子がここにいたってことは、この子から巻き上げられたお金もあるかもしれないし、それを回収すると思えば! 大丈夫問題ない!」  またぞろ湧いてきた盗賊を張っ倒しながら、あたしはぐっと親指を立ててみせた。  レオンは「うーん?」と首を傾げていたが「医療費だけだぞ」と、不満そうにぼそぼそとこぼしていた。 「宝物庫を探すなら、ここの頭を探すのが手っ取り早い」  ついでにそんなアドバイスまでくれた。相変わらず顔は納得していなかったが。  ◇ ◆ ◇  牢屋の先に道はなく、あたし達は分かれ道まで引き戻して、もう一方の道を進む。  宝物庫と頭領を探して歩いていると、突如開けた空間に出た。  ゴツゴツとした岩肌に囲まれているのは変わらないが、通路よりも天井は高くなり、床は広間程の広さがあるだろうか。飛び跳ねて動き回っても全然余裕そうな広さである。隅には木箱や酒瓶が転がっているところを見るに、恐らくここが盗賊たちの普段のたむろ場なのではないだろうか?  その空間の奥に、さらに奥に続く通路の入口。  その前に、茶髪を逆立てた、街を歩けばもしかしたら振り返る女性が低確率で一人くらいはいるかもしれない、程度の顔を持った男が口元を歪ませて仁王立ちしている。雑魚盗賊よりは少しはましな装備をしている――とは言っても、よれた《革鎧|レザーアーマー》の時点でたかがしれてるか。 「よお、随分暴れてくれたじゃねえか、お二人さん」  相変わらずの三流台詞が岩肌にこだまする。その音には余裕がたっぷりと含まれていた。 「あなたがここのトップ?」 「まあそういうこった。ダッドってんだ。よろしくな。  とまあ、それは置いといて、だ。嬢ちゃんたちゃあ強えみたいだし、オレも真正面からやりあいたかぁねえ。が、こっちも、そっちの兄ちゃんが抱えている嬢ちゃんは預かりもんだから、連れてかれっと、ちと困んだわ。  ってことで、取引しねえかい?」  ――なに言ってんだこいつ。 「オレたちの貯め込んだお宝をいくつか譲る。その代わり、その嬢ちゃんは置いていく。これでどうだい?」  男――ダッドとやらがなにか言っているのを左から右に聞き流しつつ、あたしは問答無用で呪文を唱えた。 「《水の矢|ウォー・イナー》!」  一本のでかい水の塊が、矢の形を持って出現する。本来なら小さい矢がいくつも出現する魔術なのだが、きちんと理解してちょーっといじれば、こういう風にして出すことも可能だ。  今回はこっちの方が都合が良かったので、いくつも出る矢を一つにまとめてしまったのだが、なんかこれ、見た目がタマゴっぽい。  あたしはそれを「よいしょー」っとダッドに向かって発射させる。  ダッドは「いっ!?」と目を丸くしたが、大きさに似合わず速い水タマゴから、逃げる間もなく、命中してずぶ濡れとなった。 「少しは頭冷えた? 交渉ってのは、お互いが対等である場合に成り立つのであって、あんたらみたいなのとは到底成り立たないの。財宝は貰う、この子もあたしらが連れて行く。あんたらはお陀仏! これでぱーふぇくつっ!」 「おいおい」  レオンから呆れた声が出たが、あたしは無視。 「ってことで、お宝ちょーだい」 「だっ、誰がてめぇらみてーなクソガキに! もう容赦しねえ、てめえらは、こいつの相手でもしてるんだな!」  怒ったダッドが地に手をついて吠えた途端、床が煌々と輝き始める。  な、なに!?  視線を走らせて空間を把握すると、光の筋が円や魔術用の文字として使われる精霊文字の形をしている。まさか、この床に魔方陣が埋め込まれていたの!? ってことは、ここの頭って魔術師ぃ!?  本来口で紡ぐべき呪文を魔法陣として刻むことで呪文詠唱を省略することができる。が、基礎をしっかり理解している魔術師が見れば、当然魔法陣を解読することは可能……なのだが、既に魔法陣が発動している時点では精霊文字を解読する間もなく、地面がもこりと盛り上がった。  それは徐々に大きくなり、一体の人の形を造り出す。 「召喚魔法陣……」  魔法陣を魔力の片鱗すら感じさせず完璧に隠すって、こいつまさか魔術師としては腕がいいのかしら? なんかそれはそれで腹が立つ。  召喚が終了し、光が消える。その中から呼び出されたのは、人に近い姿をしていた。肌は血の気のない、茶色のような灰色のような中間色。その目は白目も含めて暗く濁り、口からは鋭い牙が収まりきらずに飛び出し、耳はエルフのように尖っている。一言で言えばエルフの正反対、醜い容姿だ。  頭身は……レオンよりも頭一つ程大きいくらいだろうか。痩せ型で、闇色の服と鎧を装着し、盾と剣を手にして、敵意むき出しでこちらを睨んでいる。 「オーク……!」  レオンが警戒しながらそれの名前を呟いた。  あたしは初めて見るのでそれが何かよくわからず、レオンに「なにそれ」と尋ねる。すると、レオンは抱えていた少女を隅に下ろしながらも、すらすらとそれが何かを教えてくれる。 「凶暴な妖精の一種だ。あらゆる道具を作れるほどの知能はあるが、芸術センスが皆無。人の言葉を理解しているとも言われているけど、基本的に他の種族と出会うと破壊行動しか行わない」 「へーえ。手強いの?」 「そうだなぁ、人よりも生命力が強くて、戦い慣れてるやつを相手にする、って考えてくれればいいか」 「なるほど……あんがと」  お礼を言ってオークに視線を戻せば、ダッドがどこかへ逃げていくのが、その向こうに見えた。  ってことは、こいつは逃げるための囮! 「レオン! さっさとこいつ倒してダッドを追うわよ!」 「わかった!」  答えた瞬間、レオンは姿勢を低くして地を蹴った。  速い! 瞬く間にオークの足元へと辿り着いた彼は、オークの足に向かって剣を走らせる。が、オークはこれが見えていたのか、読んでいたのか、後ろに下がって難なく盾でガードする。彼の剣は、盾に浅い跡を残すだけにとどまる。  なんとか彼の動きも目で追えているが……もしかして彼、さっきまで本気を出してなかったのかしら。  あたしの方は、オークの気がレオンに向いたのを確認すると、呪文を唱えつつ、オークの死角に回り込むため走り出す。  オークが剣を振り上げ、叩きつけるようにレオンへと振り下ろす。ブオン――と空気を鳴かせた剣を、レオンは斜め右に踏み込んで避け、そのまま今度は胴切りを仕掛ける。が、これはオークの盾に阻まれ、再び上げられた剣が横薙ぎに振られると見るや、レオンは後ろに飛び退った。今度は彼がいなくなった空間を、オークの剣が通り抜ける。  この一連の動きが、息つく間もなく行われている。  なるほど。レオンのこの動きについていけているというだけで、あのオークの強さがわかるというものだ。正直あたしは、先程のレオンの攻撃を真っ向から剣で受けて、捌ききれる自信は五分五分程度。一瞬でも気を抜いたら最後、斬られている気がする。  召喚術にはそんなに詳しくはない――なんせ、あの村の結界に阻まれて喚べないのだ――のだが、術師としてあの強さのオークを喚び出せるということは、それだけの技量はあると見ていいのだろう。あのダッドとかいう奴は。  戦況を観察しつつオークの背後に回り込んだあたしは、さらにそこから距離を詰め、オークに袈裟懸けに斬りかかる。 「《炎切滅|オークレフ・ウナー》!」  刀身があたしの手から生み出された炎に包まれる!  オークはすぐに反応した。対していたレオンの剣を、右手の剣で力任せに押し戻すと、あたしの炎の剣を左手の盾で受け止めようとする。  堅いものに当たった、という刹那の手応えは、ゼラチン質のものを切る感触に変わる。  あたしの剣はスッ――と盾ごとオークの左腕を切り飛ばしていた。  グギャアァァァァアアアアアア――――ッ!!  オークの悲鳴がその場の岩という岩にこだまして、轟き渡る。  ひえぇ……。初めて生き物に対して使ったけど、こうなるのか……。  《炎切滅|オークレフ・ウナー》は物体限定でなんでも斬ることのできる炎を剣に宿す、火の魔術。《幽霊|ゴースト》のように肉体を持たないものには一切無効だが、それ以外の例外を、少なくともあたしは知らない。  ついでにこの術、斬ったものは跡形もなく焼失させる。今も上下斜めに分割された盾と斬り落とした腕が塵も残さず消失し、オークの腕の切断面も盛大に燃えている。  追撃を加えようと動こうとした瞬間、オークの口から何か言葉のようなものがこぼれ、オークの体が淡く発光し始めた。同時に、左腕の炎が消え、いま斬りつけた傷がみるみる塞がり始めたではないか! 「治癒魔法!? オークって魔法使えるの!?」 「知能はあるからな」  レオンはあたしの疑問に冷静に答えながら、オークに向かって再び斬りかかる。と、レオンに対応するためかオークの魔法が途切れた。 「さっきのはそういう意味かっ! 言ってくれなきゃわかんないわよ!」  あたしは地団駄を踏むが、少なくとも戦いながら魔法を持続させることはできないらしい。  先ほどつけた傷は完全には塞がっておらず、止血した程度に留まっている。さらに炎が消えたということは魔術を打ち消したということ。ということは、魔法耐性も持ってるってことかしら……。  あたしも気を引き締めなおして、剣を構える。  とはいえ、片腕となったオークは先程より明らかに動きが鈍くなっている。こうなると、もはや厄介な敵ではない。  レオンの剣がオークの剣を払うと、彼は迷わずにオークの懐に飛び込んだ。  ぐん――とレオンの剣が、息もつかせずオークの首めがけて伸びる。  次の瞬間には、オークの頭は胴体から離れていた。 「ふう」  レオンが息をついて剣を鞘に収める。あたしはおずおずとレオンに近づき、確認する。 「お、終わった……の?」 「ああ、さすがにオークも人間と同じで首を斬られると死ぬぞ」  あ、そーなんだ。  何事もなかったように答えてくれたレオンは、避難させた少女の方を見る。あたしも同じく剣を収めてそちらに視線を移して……。 「あれっ!?」 「あの子、どこいった!?」  二人して思わずきょろきょろと周囲を見渡す。  オークに集中しすぎたのか、戦っている間に女の子の姿がなくなっていたのだ! 「このガキは返してもらったからな!」  声に振り向けば、ダッドがいつの間にか姿を消したはずの通路の前で、あの少女を抱えているではないか。 「いつの間に! ちょっと返しなさいよ!」 「お前らが先に盗もうとしたんじゃねえか! 《炎の矢|ウォー・エウロフ》!」  ひええええっ!?  ダッドがあたし達の真上めがけて放った炎の矢は天井を穿ち、崩れ落ちてくる!  大小の欠片が降ってきて、あたしは咄嗟にレオンの腕を引き寄せて剣の柄を掲げていた。 「《障壁|アルコツベ》!」  詠唱なしに術を発動すると、あたし達の周りに不可視の結界が現れ、崩れてきた天井の破片から身を守ってくれた。 「た、助かった。ミナ」 「ううん。次はないから……」  あたしの剣の柄につけている宝玉。実は《魔法道具|マジックアイテム》で魔術を一つだけ予め封じておくことができる。いつだったか、姉が戦利品のお裾分けだとかでくれたのだ。  封じた魔術は今のように《発動言葉|ラン・ワード》を唱えるだけで発動してくれるが、使ってしまえば空になるので、再び使う場合は封じておく必要がある。  土煙が止み、周囲の様子が見れるようになったところであたしは術を解いた。  辺りは岩の欠片が転がっていて歩きにくくなっているが、思ったほどの被害ではなさそうだ。 「とりあえず通路は通れるみたいだな」 「目くらましで天井崩す? 普通……。とにかく追うわよ」 「どっちに行ったかわかるのか?」 「わかるもなにも、天井が崩れてる部屋を突っ切れるとは思えないし、あいつがいた方向しか逃げようがないじゃない」  説明すると、レオンが申し訳なさそうに頬をかいた。 「いや、そうじゃなくて、その通路がどっちかわかるのかって話で……」 「そっちっ!?」  むしろ動いてないのになんでわかんなくなるの!?  あーもう……。「とにかくついてきて」と告げて、あたしはレオンの前を歩き始めた。  ダッドが逃げ込んだと思しき部屋の入口から中を覗くと、なにやらキラキラと空間が輝いて――。 「おー! これが噂のお宝の山!?」  あたしは思わず我を忘れて入り口に堂々と立って中を覗き込んでいた。  金貨銀貨に宝石まで、蝋燭の灯りを反射させて天井まで光り輝かせている。すごーいすごい! 「おっ、お前らどうしてここに!」  その金銀財宝のど真ん中でダッドが驚いた顔でこっちを見ている。  その傍らには、さっきの女の子もちゃんといた。 「だって、道塞がってなかったし、ほら、さっき濡鼠にしたから、濡れた靴跡がずっとここまで」 「追ってくるのは意外と楽だったな」 「しまった、忘れてたぁ!」  おいおい、忘れるなよ。  実際、通路に足を踏み込んですぐのところに染みを作った地面を見つけて、ははぁ、となったのである。  ダッドはオークを喚び出したあと、逃げたふりをして通路に身を潜め、あたしたちの気が完全にオークに向いた所でメルを奪還したのだろう。その時に身を潜めていた場所に水が滴って跡になっていたのだ。  篝火があるとはいえ洞窟内の気温は低い。そうそうずぶ濡れの状態が乾くものではない。ならば、濡れた足跡があるのでは、と地面を探してみたら、案の定あったのでそれを追ってきた、というわけである。  これが賊に身を落とすような人間の脳みそなのだろうか。  喋りながら、あたしはちらりとダッドの足元を見て影が出ていること、女の子の影と重なっていないことを確認する。 「まあとにかく、その子は返してもらうわ。つ・い・で・に、この辺のお宝もちょちょーっとだけもらってくわね♡  《刀影縫|ウォス・ワデッシュ》!」  胴巻きから隠しナイフを一つ取り出し、呪文を放ちざま、ダッドの足元の地面に向かって鋭く投げ放つ。 「あっ!?」  ダッドが濁音付きで慌てた時点ではもう遅い! あたしの放ったナイフは、ダッドの影を地面へと縫いとめていた。  なんてことはない、ただの金縛りの術である。 「レオン、ダッドが動けないうちにあの子を」 「了解!」  そうしてあたしは、っと♪  カラの袋を取り出して、その辺の金貨を数枚拾い集めてしまい込む。 「あっ、この泥棒!」 「泥棒はどっちだ! ミナもがっつくなっ」  レオンはお母さんか。  初めてこんなに金貨銀貨を見てしまってウハウハと気分が高揚してしまったが、レオンも女の子を連れて戻ってきたので、仕方がないと最後に手に取った宝石をしまって顔をあげる。  と、蝋燭の反射光とは違う光が視界をかすめた。  その光がなんなのかを瞬間的に悟ると、咄嗟にレオンを引っ張って部屋の外へと飛び出した。  まずい! さっきの光はたぶん《火炎球|オラブ・ラルフ》!  どうする!? 爆発の衝撃をさっきみたいに防御結界で防ぐ!? ううん、衝撃が分散しないこんな狭い通路で使っても、あたしが負けて圧しつぶされるし……そうか! だったら炸裂する前に! 「《火炎球|オラブ・ラルフ》!」  呪文発動の言葉と共に、紅い光が入り口を通り抜け、狭い一本通路を一直線に、あたしたちに向かって高速で迫ってくる。  イチかバチか! 「《炎切滅|オークレフ・ウナー》!」  あたしの剣が太陽を連想させる朱色の炎に包まれる。  レオンを先に行かせ、あたしは振り向きざまにタイミングをはかってその炎球を真っ二つに叩き切った。  なにかと衝突することで爆発を引き起こすはずのその炎球は、斬った全てを焼き尽くす剣の炎に包まれ燃え尽き――ないで、膨らんでる?  ……あ、そーか。炎や爆発の衝撃は《物理的に》存在してるから燃やせるけど、核の術式そのものは物理的に存在してないから、《炎切滅|オークレフ・ウナー》じゃ燃やせないのか。なるほどー。 「ミナっ!」  あたしが感心していると、後ろでレオンがあたしの名を呼んだ。それを機に、あたしは二つの炎球に背を向け走り出す。 「入り口まで急いで走って!」  あたしは叫ぶが、すぐに情けない声が返ってくる。 「いやオレが先に行くとたぶん入り口にたどり着けん……」  …………。  こいつがド級の方向音痴なの忘れてたー! 「だーもう使えるんだか使えないんだかああああ」  あたしは慌ててレオンの前に出ると、つけてきた目印を頼りに先導して走り出す。 「さっき一体なにやったんだ!?」 「後で説明するからっ! とにかく、あれの均衡が崩れて完全に爆発する前に外へ!」  しっかしこんな屋内であんな術使うなんて、なに考えてんだあのダッドとか言う男! 通路どころかここが崩れて――。  とか考えてると、ずっと後方でなにかが盛大に崩れる音が轟いてきた。 『あ』  あたしとレオンはその音が何かを理解して、同時に声を漏らしていた。  あたしは念のため持続させていた術を解き、先程よりも速度を上げる。出口はもうすぐ、前方に白い光が見えてきた!  外に飛び出して十分に距離を取ってから振り返ると、洞窟があったと思われる山だか丘だかの形が現在進行系で変形している。ついでになんだか中から「わー」とか「ぎゃー」とか悲鳴が響いてきていた。  あたしとレオンは無言で顔を見合わせる。 「戻るか」 「うん」  一瞬で意思疎通すると、あたしは剣を鞘へと収めた。  三、謎の少女・メル  医者に女の子を診てもらうと、痩せてはいるが健康状態に問題は見られない、とのことだった。  よかったー。ひとまず安心である。これで栄養失調気味だとか、飢餓状態だとか不治の病にかかっている、とか言われたらどうしようかと思ったわ。  その女の子は戻ってくる途中でいつの間にか眠っており、診察中も、今も、目の前のベッドで静かに眠っている。  今いる部屋は、お化け退治を依頼してきたおばちゃんの店の二階である。戻って話をすると、二階が宿になっていて空きもあるから使ってくれていいと言ってくれたのだ。なんとまとめて銀貨二枚でいいらしい。  そんなわけでお言葉に甘え、ツインとシングルの二部屋を借りることにした。ツインがあたしと少女の部屋で、シングルが彼の部屋である。  レオンがこっそり教えてくれたが、一般的な宿屋は一階が食堂で二階が寝室になっており、この宿も例に漏れずその形式なのだそうだ。  ところでこの女の子、年の頃は十歳そこらだろうか?  女の子の無事を確認して、ようやくゆっくり彼女を観察することができたのだが、身長も低いし、顔立ちも丸っこく幼い。けどかなり目鼻立ちは整っているように見える。  ようするに、寝顔が可愛い。どこか憂いを湛えているまつげが、さらに謎の少女感を底上げしている。  あたしが一人、ベッド横で女の子を観察していると部屋のドアが外からノックされた。 「戻ったぞ。入っていいか?」 「どうぞー」  あたしの返事を待って、扉が外から開かれる。レオンが最初の戦闘場所で伸びていた盗賊たちを衛兵に引き渡し、帰ってきたのだ。  宿の人にお願いして案内をしてもらったので、どうやら迷わずに戻ってこれたらしい。 「ミナ、その子の様子は?」 「健康状態に異常はないって。起きたらお店のおばちゃんに頼んで、スープかなにか貰いましょ」  彼はあたしの返事を聞きながら、隣のベッドに腰掛けた。 「で、レオンの方は? 特になにもなかった?」 「ああこっちは滞りなく。あ、これ衛兵からの礼金な」  と、彼は銀貨を四枚取り出した。 「二枚ずつでいいだろ?」 「仕方ないわねー。それで手を打ちましょう」 「戻ってきた時、ここのおばちゃんにも報酬貰っただろう!」  まあ、それはそうだけど。それはそれ、これはこれだし。 「で、結局あれは、なにが起きてたんだ?」 「あれ? なんだっけ?」  首を傾げながら聞き返すと、レオンは「ほら、洞窟の」と補足する。  あ、《火炎球|オラブ・ラルフ》を斬った時のことか。 「あたしが使ったのは《炎切滅|オークレフ・ウナー》って術で、向こうが使ってきたのは《火炎球|オラブ・ラルフ》って術。《火炎球|オラブ・ラルフ》……っていうか精霊魔術は知ってる?」  レオンが魔術はからっきしだと言っていたのを思い出し、あたしは念の為に確認する。 「いや」  レオンが案の定首を横に振ったので、あたしは精霊魔術の説明から入ることにした。 「んじゃ、説明するけど。精霊魔術は一定の魔力と引き換えに、世界の四大精霊、つまり火、水、風、地の精霊の力、特にそれぞれの《精霊王|エレメンタル・ロード》の力を借りて行使するものよ。  で、《火炎球|オラブ・ラルフ》ってのは火に分類される精霊魔術――つまり《火精霊|フレス》の力を借りる魔術なんだけど、火柱上げて爆発するやつのこと。旅とか傭兵とかしてたなら、どっかで見たことない?」 「…………あ、あれか」  大雑把だが現象を説明して、わかってくれたらしい。  まあ、そりゃそうよね……。呪文名言っても魔術師じゃないとなに言ってるかわからないだろうし。 「《火炎球|オラブ・ラルフ》ってのは、何かと衝突することで、今言ったような爆発を起こすの。  で、あたしが使った《炎切滅|オークレフ・ウナー》ってのも同じく火に分類される魔術なんだけど、こっちは、全てを焼き尽くす炎を剣にまとわせる術なのね。この術をかけた剣で斬れないものはなくて、その上、斬ったものは剣が纏っている炎で燃えて、そのまま焼滅するの。まあ、物理限定だから、《精神|アストラル》体や《霊|エーテル》体――つまり《幽霊|ゴースト》とかには効かないんだけどね」  精神体や霊体の話を出したらレオンの顔が曇ったので、結局わかりやすく言い換えたが、ついてこれているだろうか。  念のため確認すると、レオンは眉を寄せたまま一つ頷いた。  大丈夫かな……?  少々心配しつつも、あたしは説明を続ける。 「この二つは、さっきも言ったように、どっちも火の魔術なの。だから、あたしは咄嗟に《火炎球|オラブ・ラルフ》そのものを、爆発する前に《炎切滅|オークレフ・ウナー》で燃やし尽くせないかなー、って考えて斬ってみたのよ。もしかしたら、同じ系統の術だし、より強い術の方が勝ったりしないかなと。この場合は、あたしが使った術の方が、基本的には魔力消費が大きいの。  結果的には、お互いの術の効果が作用しあって、すぐに爆発はしなかったけど、燃やされながら膨らんじゃったのよね」  まあ、最後の結論は、あたしの推論だけど。例え外れていても、当たらずとも遠からず、なんじゃないだろうか。 「うーん……わかったような、わからんような」 「一気に説明しすぎた? 魔術わからない人に説明するって初めてだから、こっちも加減がわかんないのよ」  俗に言う、理解してない人がどこを理解してないのかわからない、っていうあれである。あれがなぜかある日、唐突に理解できるようになる原理ってなんなんだろうか。  レオンはしばらく悩んで、諦めたのか彼なりの結論を出した。 「まあ、とりあえず、同じ火の術のおかげで爆発を抑え込めた、ってことと、こっちは爆発に巻き込まれずに済んだ、ってことでいいんだな」 「結果的に、だけど……」 「じゃ、結果オーライってことで、とりあえずいいや。理解した」  いやそれ、理解放棄してるだけじゃ。  しかし、あたしがなにかを言う前に、彼はさっさと話題を変えてしまう。 「そういえば、剣の方もなかなかいい腕だったじゃないか。オーク相手にもビビらないし、随分戦い慣れてて驚いたよ」  今度は剣の話か。だが、褒められて嬉しくないこともない。 「ふふん、ありがとう。大人たちに散々しごかれたからね。でも、そうは言うけど、レオンの方がずっと腕がいいじゃない。あんなきれいな太刀筋、あたし初めてみたわよ」 「それはどうも。でも、オレもミナがあそこまで腕が立つとは想像してなかったよ。確かにあれならオレの助太刀はいらなかったかもな」  あら。あたしの実力ってそんな褒められるほどだったの?  そう言われるとまんざらでもなく、単純だが微かに頬が緩むのを自覚する。 「まあねー。剣を使った魔術が元々得意だったから、剣は必死に鍛錬してきたつもりよ。これでも、剣の相性くらいは見れるんだから」 「剣の、相性?」  調子こいて軽く手の内を明かしてしまったが、聞きなれない言葉だったのか、レオンが首を傾げる。  あ、でも確かに魔術の話だから彼にはピンとこないか。  どう説明しよう……? 「んーとね、剣と魔術って相性があるのよ。魔術との相性がいいと、何回使っても折れないとか、術の持続力がいいとか、そういうの」 「ふーん? つまり、魔術をかけるのに適している剣を見分けられる、ってことか?」 「そうそう! そういうこと!」  魔術はからっきしなんて言う割には、飲み込みが早いじゃない、彼! 「じゃあ、例えばオレの剣に術をかけられるかどうか、ってのも、この場で見れたりするわけだ?」 「もちろん。実際に見てあげよっか?」 「おもしろそうだから、頼んでみるかな」  レオンはそう言って腰の剣を外すと、あたしに鞘ごと手渡した。 「乱暴に扱うなよ。オレの相棒なんだからな」 「わかってるわよ。剣を蔑ろにしたら、いざって時に剣に裏切られるのよ――ってねーちゃんにも言われてるし」  さてっと。  あたしは鞘から剣を引き抜き、支えるようにして左手を刀身に添える。そして瞼をそっと落とし、呼吸を整え――少しずつ魔力をこめる。剣の中に刺すように、通すように、管に水を流しこむように――って、あ、あれ?  本来ならば軽く魔力をこめた時点で、剣の方から手応えのようなものが、こう通った! という感触が返ってくるのだが、それが全くない。というか、この剣、うんともすんとも返してこない。  あたしは魔力をこめるのをやめて、まじまじと彼の剣を観察する。見た目は至って普通の剣。ちゃんと手入れもされていて、刀身は鈍くも美しい鈍色をしている。だが、これは――。 「この剣、死んでる……」 「え? し?」  呆然と呟いた後、あたしの頰は紅潮する。 「《死んだ剣|イナクティブ・ソード》……あるらしいのは知ってたけど初めて見たわ! 本当に存在してたなんて! こんな旅立ってすぐに出会えるなんてもしかして、あたしってついてる!?」  あたしの心はいま、とんでもなく急上昇している! 本当に、本当に珍しいのだ! この剣は!  ほとんどの剣――本来は剣の材料を指すが――は魔力を通す魔力回路を大小あれど持っており、それが魔術をかけられる条件になる。そういう剣をあたし達は便宜上「生きている」なんて呼んでいる。  ところが、この魔力回路を一切持たない剣というのが極稀に存在する――と、昔読んだ本には書いてあったが、まさか本当に存在したなんて!  あたしはまくし立てるように、そのことをレオンにも説明する。 「つ、つまりどういうことだ?」 「この剣、魔術が一切無効なのよ! 魔術回路を持たないってことは、魔術の影響を一切受けないってことなの!」 「……具体的にどういうことだ?」 「知らない」 「おい」  あたしの即答に、レオンは半眼になる。 「だって、実際に使ってあれこれ試したことないし、そういう記録も、あたし読んだことないもの。ただ、そーゆー剣があるって話を聞いたことがあるだけで」  ただまあ、魔術が無効ということは、魔術・魔法の攻撃をくらっても折れることがないのだろうな、くらいに考えている。  あたしが使う剣のように、魔術をかけて使用することはできないので、コレクションとしてしかあたしには実用性もない。 「代々家で受け継いできた剣らしいんだが、詳しいことはオレも知らないしなぁ……」 「なーんだ、そっかー。っていうか、そういうのはちゃんと親御さんに聞いといてよ」 「聞く機会がなくてなー」  彼の答えにあたしは肩を落としてため息をつく。  まあ、聞いていないのも、知らないのも、彼の事情だから仕方がない。ここでそれを責めた所で彼の頭にその答えが浮かんでくるわけでもなし。  気を取り直してあたしは丁寧にレオンの剣を鞘に収めると、彼に返却した。  あ、そうだ。 「ねえレオン。もし良かったらあたしと手合わせしてくれない?」 「――なんだ、藪から棒に」 「何事も経験って言うし、レオン並に剣を綺麗に扱える人、村にはいなくてさ。だから、はっきり言えば、あなたと戦ってみたい!」  村であたしに剣を教えてくれた人たちは、なんというか軒並みパワータイプというか、魔術主体で剣はサブウェポンというか。  そんな感じで「斬る」というよりは「潰す」という表現が似合う人達が大半だった。彼みたいにまさに剣のように優雅に闘うタイプは一人もいなかったのだ。  なので、半分はあたしの興味本位のところもある。 「そんな目をキラキラとさせて頼まれてもなぁ……。剣は遊びの道具じゃないから、遠慮しておくよ」 「えー。別に遊びのつもりはなかったんだけど」  しかし、嫌がってるところを無理矢理頼み込むのも不躾だし……。 「じゃあ、気が変わったらでいいから、そのうち手合わせしてね。約束よ♪」  とウインク一つ。 「約束ってそんな一方的な……」  レオンは諦めなのか、なんなのか、ため息をつく。それにしても、なんだか彼のテンションが妙に下がったような?  あたしが小首を傾げていると、傍らでうめき声が聞こえた。あたしとレオンは慌ててベッドで眠る少女に視線を移す。  微かに瞼が震えると、空色の目がゆっくりと現れた。 「それじゃあ、あたしが今から一字ずつ発音していくから、該当する字を発音したら頷いてね」  あたしが少女に方法を確認すると、少女は一口ほど残っていた残りのスープを飲み干し、一つ頷いた。  カラになった器をレオンに預け、少女はベッドに上半身を起こした状態で首だけをあたしに向ける。 「じゃあ、始めるわよ」  さて、あたしが一体なにをしているのか、と言うと彼女の名前を教えてもらっているのである。  彼女が目を覚まして色々尋ねてみたところ、どうも言葉を話せないらしいことがわかったのだ。  字が書けるか確認すると、これは首を横に振られた。筆跡での会話もできない、ということになる。  で、考えた結果が、面倒だがあたしが一字ずつ発音していく、という方法だった。 「め、る……終わり? あなたの名前は、メル、でいいのね」  あたしの確認に、少女は一つ頷いた。  メル、か。さて、彼女に色々聞かなければならないが、イエスかノーで答えられる質問にしないと。 「それじゃあメル……あなた、帰る家はここから北か南にある?」  あのダッドとかいう奴は、彼女のことを預かりものと言っていた。さしずめ、誘拐して身代金でも要求してたといったところだろう。わりとそういう類の救援依頼は多いと、村の大人達が言っていた気がする。  ということで、とりあえず地図を見せながら方角で尋ねてみたが、メルは、首を左右に振る。どちらでもないということか。 「それじゃあ、西か東?」  メルはこれにも首を横に振った。  あれ……東西南北全ての方角の選択肢がなくなったぞ。  予想外のメルの返答に、あたしはレオンを見て助けを求める。レオンも汲み取ってくれたのか、少し顎に手を当てて考えると、柔らかい口調でメルに尋ねた。 「家は、この街にあるのかい?」  ああ、なるほど。東西南北にないのなら、すでに彼女の住む町にいるのでは、ということか。  が、メルはこれにも首を横に振る。 「……お嬢ちゃん、帰る家は、あるのかい?」  レオンの質問に、メルは首を横に振った。答えはノー「帰る家はない」である。  え? じゃあ「預かりもの」ってのは、身代金とかそういう話じゃ、ない……? 「ええっと、それじゃあ行く所は?」  メルは首を横に振る。  彼女、先程から質問に全て首を横に振っている。……わざと首を横に振ってるとか、そういうのではないわよね?  なんだか不安になってくるので、他の答えが欲しくなってくる。 「……盗賊に捕まる前は、どこにいたのかわかるか?」  今度もメルは首を横に振る。  ええいそれじゃあ! 「盗賊に捕まっていた理由に心当たりはある?」  やけになったあたしの質問に、メルは首を横には振らなかった。が、縦にも振らない。  ようやく引き出した「いいえ」以外の答えだが、黙秘――ということだろうか。  困ったあたしとレオンは、もう一度顔を見合わせた。 「こういう場合、どうしたらいいもん?」 「うーん、こうなると街でこの子のことを知ってる人がいないか聞き込みをしてみるしかないが……」  そこでレオンが「あ」と声を上げて、今一度メルに問いかける。 「お嬢ちゃん、戻る家はないって言ってたけど、ご両親や身寄りもいない、ってことでいいのかい?」  メルは首を縦に振った。 「ってことは、聞いても無駄足になるかもな……」  うーん……? そうなるとますますあのダッドの「預かりもの」の意味がよくわからなくなるぞ。  ダッドといえば、オークの召喚陣を気配の欠片もなく隠したり、強いオークを喚び出したり、そこそこできる魔術師かと思えば、その後は特に威力のある術を使うでもなく、最後は明らかに場に対して魔術の選択をミスしているし、なんだか魔術師として妙にちぐはぐしている感じがする。  この奇妙な違和感は、なんなのだろうか。 「とりあえず、聞き込みはするか?」 「そうね。今日はこの子も疲れてるだろうし、もう日も沈むし、明日にするのはどう?」 「賛成だ」  レオンと相談して、はたと気づく。 「そういえば、もう報酬は受け取ったけど、いつまであたしについてくるの?」  あたしに言われてレオンは軽く目を開く。彼も言われるまで気付いていなかったようだ。 「そういえば、盗賊退治に付き合うって言ってついてったんだったな。――まあ、この子のことも気になるし、途中で投げ出すのも気が進まないし、ミナ一人に預けるのもそれはそれで心配だし……。  メルの件が一段落するまでは同行させてもらうよ」  なんだか随分な言われようをされた気がするが、手伝ってくれるというのなら断る理由はあるまい。  そうなるとさっきの約束、メルの件が片付くまでにどうにか彼をその気にさせないとかー。 「ありがと。あなた、いい人なのね。一緒に野宿した時もなにもしてこなかったし」 「だから、そういう趣味は持ち合わせてないって……」  それは、どういう趣味だ――とツッコミたくはあったが、こちらも疲れているしお腹も空いてきた。 「メルも、それで構わないかしら?」  これに、メルは頷きも否定もしなかった。  ううむ。まあ、拒否はしてないみたいだし、いいか。もちろん明日の彼女の体調を見ながらではあるが。 「よーっし。じゃあ、あたしたちもご飯にしましょ! ご飯♪ ご飯♪」 「それにも賛成だけど、ご飯になった途端テンション高いなぁ」  なにを言うか! この男は!  あたしは水を差してくるレオンをギロリとひと睨みして、天を仰ぐ。 「食べれる時に食べれる幸せ! ってのを知らないからそんなことを言えるのよ! ああ、ご飯が食べられることに感謝感謝~♡」  両手を握りしめて天に感謝するあたしに、レオンが後ろでぼそり。 「……村でどういう生活してたんだお前……」  もちろんこれには「余計なお世話だ」と無言で蹴りを入れておいた。  相談した結果、二人ともメルの傍から離れて何かあってはまずいと、宿屋のおばちゃんに頼んで、部屋でご飯を食べさせてもらうことになった。夜のレオンは普通に一人前、あたしは今度は二人前。  向かいのレオンに「昼にあれだけ食べたのにまたよく食べるな」と言われたので、とりあえず机下の足を踏んづけて抗議をしておいた。  そんなことはあったが、まあ結局は何事もなく夜は開け、次の日。 「とりあえず、メルの格好をどうにかしたいわよね」  食事をちゃんと取り、ぐっすり布団で寝たおかげか、今日は布団から出て自力で立っている。そのメルの姿を上から下まで見て、あたしは唸った。  櫛を一応通したものの、ぼさぼさで傷んだ空色の長い髪。前髪も伸び放題でかろうじて片目が髪の隙間から見えている状態だ。一体どのくらいの期間あそこにいたのだろう?  服装は昨日おばちゃんが貸してくれた宿屋の寝間着。大人サイズなので大きく、上だけでワンピースのようになっているが、ぶかぶかだ。袖も当然手が出ていない。  元々着ていた服は泥だらけで汚れが酷かったので、とりあえずおばちゃんが洗ってみるとは言ってくれたが……裾もかなり擦れていたし継続して着るのは難しそうな気がする。  靴は当然なく、今はスリッパをはいている。 「ミナ、入っていいか?」 「いいわよー」  軽く応えると、昨日と同じようにレオンが扉を開けて入ってきた。 「朝飯は?」 「まだよ。それよりメルなんだけど」  あたしはレオンにメルの格好のことを相談する。 「ああ確かに」  話を聞いたレオンはすぐに納得してくれた。 「髪はオレがどうにかできるけど、服はどこかで見繕うしかないだろうな」 「どうにかできるって?」 「ただ長さを調整するだけの散髪なら、できるぞ。気取った髪型したいなら専門の店に行ってくれってな」  なんでもない風に彼はさらりと告げたが、それ結構すごい特技じゃない?  散髪が自分でできる人って、散髪師でもない限りなかなかいないと思うんだけど……。  驚いているあたしの前で、レオンはメルの前に移動し、膝を折る。 「ちょっと触るよ」  断ってから毛先を手に取った。  しばらくメルの髪を観察すると、レオンは「うーん」と唸る。 「これは結構ばっさり切っちゃったほうがいいかもしれないな。メルはそれでもかまわないか?」  レオンが確認を取ると、メルはこくりと頷いた。 「よし、じゃあ朝食前にぱぱっとやるか」 「え、今から?」 「昨日も思ってたけど、御飯食べる時に前髪が邪魔じゃないか?」  ああ、それはあたしも思った。耳にかけてはいたが、それでも落ちてきて邪魔そうにしていたのは覚えている。 「じゃあ、おばちゃんに箒とちりとり借りてくるわ。切った髪はあたしが最後に燃やすから」  髪の毛は下手に残すと、全く知らない所で何かの呪術や魔術研究に使われたりする場合があるので、きっちり処分しておかないといけない。あたしも村で、ねーちゃんに「ちょっと実験したくて」と軽いノリで抜け毛を使われたことがあるので、本当に気をつけたほうがいい。 「ああ、頼む」  言っている傍からレオンはメルを椅子に座らせて、携帯ナイフを取り出している。  一度部屋を出て一階にいる宿屋のおばちゃんに事情を説明する。と、二階の廊下奥に掃除用具入れがあるから、そこにある物を使ってくれていいと教えてくれた。  二階に戻って言われた掃除用具入れから目的のものを持って部屋に戻ると、メルの髪がバッサリ肩くらいの長さに切られていた。  そこからレオンは手際よく、後ろの髪の長さを自然な形に整えていく。  あたしは切り落とされた髪を箒で集めながら、メルの髪型が整えられていく様を横目で見ていた。  うーん、うまい。思わず舌を巻いてしまう。確かに彼の言うとおり「長さを調節している」だけなのだが、それにしたって仕事が早いし、変になっていない。  ぱっぱと後ろを整えてしまうと、もう前髪に取りかかっている。前髪も整えてしまうと最後に布で顔を拭って、切り落とした髪を払った。 「こんなもんでどうだ?」 「うわぁ……。メルかわいい……」  前から覗き込んだ、あたしの第一声がそれだった。  長かった髪は肩で切りそろえられたおかっぱになっているが、それがよく似合っている。さらに、顔がよく見えなかったのが、前髪が短くなったことではっきりと見えるようになった。澄んだ空色のつぶらな瞳が印象的な、まるで人形のように整った顔が愛らしい。  レオンがメルを鏡の前に立たせる。しばらくじーっと鏡の自分を見つめていたメルは、ふいにレオンの方に体ごと向き直り、深々と頭を下げた。  この場合は、恐らく「ありがとうございます」だろう。レオンもそう判断したようで「どういたしまして」と応えていた。 「それじゃあ後片付けして朝飯にするか」 「他にもう落ちてる髪の毛ないわよね?」  ちりとりに集めた髪の毛の山をまとめながら、あたしは床を確認する。レオンもしゃがみこんで確かめてくれたが「大丈夫だろ」と伸びをした。  よし、それじゃあっと。  あたしは窓を開いてまとめた髪を掴めるだけ手に取った。呪文を唱えると、あたしの手の中の髪の束が、ぼっ! と音を立てて燃え始める。それを窓の外で離すと、風に乗って散るとともに、すぐに全て燃え尽きる。  同じことを数回繰り返して全部処分してしまうと、窓を再び閉めて二人に向き直った。 「はい、お待たせ。んじゃ、下行こっか!」 「大したもんだなぁ」 「レオンだってすごいじゃない」  他愛ない会話をしながら道具を戻して、あたしとレオンはメルを連れて下へ降りる。おばちゃんにお礼を述べてから食事を摂りつつ、おばちゃんにメルの服についても確認する。 「ああ、流石に時間が時間だったから、まだ乾いてないんだよねぇ」  頰に片手を添え、少し小首を傾げて眉を八の字にするおばちゃん。  予想していた答えなので、ではどうするかという話へと、自然と移る。 「ミナの魔術で、すぐに乾かせたりとかできないのか?」  レオンの質問にあたしは迷うことなく即答した。 「消し炭になるわよ」 「そうか……使えん……」  むかっ。  気付いた時には、あたしはレオンの前にフォークを突き立てていた。 「ただ燃やす、火を通す、ってのは簡単よ。それが火の精霊の本質だもの。だけど、燃やさずに水分だけ飛ばせ! てのは、食材を燃やさずに、一瞬で乾物に加工しろって言ってるもんなの! いろいろややこしくて、難しいの!」  あたしが、ズズィッ! と上目遣いに迫ると、レオンは引き気味に両手を胸の前に挙げた。 「わ、わかった……。とにかく難しいんだな……」 「わかればいい」  まあ、あたしが知らないだけでどこかにはあるのかもしれないけど、どっちにしろ「そういうことをするには」という現象の理解と、それを構築するための魔術研究が必要になる。さらに、細かい出力調整も最後には必要になるだろう。  ともかく、一朝一夕でするには、ひじょーに難しいということだ。  それに、面白くなさそう。 「仕方ない。あたしが適当に買ってくるから、ここでちょっと待ってて」 「待ってて、ってメルだけじゃなくオレもか?」 「そうだけど、なにか問題ある?」  なぜかレオンに心配そうに確認されて、あたしは小首を傾げる。  レオンは眉を顰めて深刻そうな表情で目線を落とし、ボソリと呟く。 「……さしずめ『はじめてのおつかい』ってやつかなぁ……」  聞こえた瞬間、あたしは机の下で彼の足を躊躇なく踏んづけていた。 「レオン、ケンカ売ってるの? 売ってるわよね? あたしはもう大人だから、子供扱いしないでって言ってるわよね⁇」  怒りを抑えつつも、口元を引きつらせるあたしの前で、レオンは自分の足を抱え込んで心配している。 「——っまえは、なんでいつも無言で暴力を振るってから口で言うんだっ」 「レオンが失礼なこと言うから抗議してるだけじゃない! だいたい『はじめてのおつかい』ならもうとっくに済ましてるわよ!」 「大人だって言うなら、手の前に口で言え! おつかいって、料理が余ったから隣の家の人に分けてきて、なんてのは今回数えないからな。お金を使った買い物のことだからな」 「わかってるし、違うわよ!」  ダンッ——と、あたしが勢い余って思わず立ち上がると、宿屋のおばちゃんが苦笑しながら割って入ってきた。 「お客さん、まあ落ち着いて。他の人に迷惑だよ。剣士の彼もそこは安心なさいよ。ハルベス村の子達のはじめてのおつかいは、この町でちゃんとやっているからさ」  おばちゃんは知っているのか、食後のコーヒーをテーブルに置きながら、レオンに事情を軽く説明し始める。 「大人はちゃんと一回くらいは村の子供連れてきて、お金の価値や使い方を教えているんだよ。あそこの村の子達が最初に何か物を買うとしたら、この町なのさ。お嬢ちゃんもそうだろう?」 「うん、まあ」  あたしはおばちゃんに同意する。その時は、たいした持ち合わせもまだなかったし、野宿に持っていけそうなもの、ということで干し肉あたりを買っていた。  レオンは「へえ」と意外そうな顔をした。 「それに、ハルベス村の子って、たまーに妙に鑑定眼があったりするんだよねぇ。不思議なことに」  不思議なことに、か。一体誰のことをいっているのかはわからないが、そんなこともあるのか。  あたしが他人事のようにミルクを入れたコーヒーを飲んでいると、見知らぬ男のくぐもった笑い声が近くで聞こえた。あたしとレオン、おばちゃんが声の方に振り返る。 「それは、面白い話をききました。そこの赤毛のお嬢ちゃんも鑑定眼をお持ちなんでしょうか」  にこにことしながらあたしたちに近づいてきたその人は、背丈は男の人としては高く見えないが、顔も体も全体的にふっくら大きい。恐らく横の広がりに相殺されて、高く見えないだけだろう。  肌は浅黒く、頭にはターバンを巻き、首と手首から先だけが見える麻の貫頭衣にズボンにブーツ、その上から革のマントを羽織っている。胸元に覗くのは蛇を象った金属のペンダントだ。  その蛇のような逆三角形の《眼|まなこ》が、あたしたちを獲物のように見つめている。 「旅の商人、か?」  男の姿を確認したレオンが、一言尋ねる。 「ええ。私、あちこち旅をしながら商売をしている、ロナウドと申します。服を買うだのどうの、と言葉の方から私の耳に飛び込んできたものですから、つい、ね。そちらの小さなお嬢さんの服をお探しなら、私もいくつか見せられる商品がございます。  そこで、どうでしょう。一つ私とゲームをしませんか?」  そうして男は「どうです?」と両掌を上に向けた状態で肘を軽く曲げ、提案のポーズを取る。  どう、と言われても……ねえ。 「こいつが相場知らずの世間知らずとでも踏んで、話しかけてきたのか? だったらお帰り願おうか」 「え、そうなの? もしかしてゲームとか言ってふっかける気だったの?」 「いや、そう決まったわけじゃないけど、そういう場合もあるってだけだ」  驚くあたしに、レオンは男の方を見ながらあたしを下がらせる。  一方、ロナウドと名乗る商人は困ったように頭を掻きながら、持っていた荷物からいくつか商品を取り出した。 「私はただ、商売と同じくらい面白そうなことが好きなだけですよ。ゲームは簡単なことです。――ああ、すみません。少々テーブルをお借りいたしますね。  ここにいくつか商品を並べて、私がそれらの商品を説明いたします。ただし、一つだけ嘘の説明をいたしますので、お嬢さんはそれを当ててみてください。  それで、あなたの鑑定眼が正しければ、衣類をそちらの言い値でお売りする。もし外れれば、こちらの言い値で購入を考えていただく――まあ、こちらは普通の売買の形ですね。これでどうでしょう?」  ロナウドさんは一通りルールを説明しながら、空いているテーブルにクロスを広げ、その上に商品を丁寧に並べていく。瞬く間にその空間だけが、ブティックへと早変わりした。 「これ、全部メル……この子向けの服?」  あたしはメルを示しながら、並べられた服について確認する。  ロナウドは「もちろん」と肯定した。  ふむ……どれもデザインは悪くないし、質も悪くは見えない。まあ、こちらが負けても普通に売ってくれるとは言ってくれているし、こちらにあまりデメリットはなさそうか。 「わかったわ。受けて立とうじゃない」  あたしは一歩前に出て堂々、自信満々に胸を張る。  それを見たレオンが心配そうに声をかけてくれるので、あたしはウインクを一つ返す。 「あたし、勝負から逃げるの嫌いな上に、負けず嫌いなの♡」 「ふふ、自身の勝利を信じて疑わない、いい目です。では、始めましょうか。  見ていただくのは、三つの商品です。  まずはこの上着。《火蜥|サラマンダー》の皮を舐めして使用しているので、火への耐性は抜群です。暑さにも強いので砂漠越えにはうってつけですね。  こちらの上衣とズボンは上質な絹で仕立てられていてね、着心地も肌触りも、それはもうバツグンの一級品ですよ。  ああ、ブーツもご入用ですかね。それならこちらに《牛羚羊|ヌー》の皮で仕立てた丈夫なものがありますよ。サイズが合えばいいですが」  説明を聞き終えた途端、レオンが渋い顔で「おい」と声を立てる。ロナウドさんはそれを、口に人差し指を当てて咎めた。 「私がゲームをしているのはこちらのお嬢さんです。たとえ答えがわかっても、口にするのはお控えくださいますよう」 「けどなぁ」  レオンは眉間にシワを寄せている。なんだろうか?  まあ、あたしも勝負に水を差されるのは好きじゃないし。 「レオン、なにかは知らないけど、あたしは気にしないから」  あたしからも言うと、レオンは渋々黙ったようだった。  さて、気を取り直して。  ひとつひとつ丁寧に説明してくれたそれらは全て、確かに説明された通りのものっぽく見える。 「商品は手にとって見てもいいの?」 「それはもちろん」  一応許可を得てから、あたしは並べられた商品をそれぞれ触れて確かめる。  うーん、これは……。 「ロナウドさん、だっけ? まさか「一つだけ嘘の説明」が嘘だったりしないわよね?」 「おや、どうしてそのように?」  あたしの確認に問で返す彼の目は、挑戦的で揺らぎない。正解かどうかはともかく、あたしは見て思ったことを彼に伝える。 「まず上着なんだけど、これ、《火蜥|サラマンダー》じゃなくてただの《蜥革|リザードレザー》よね。《火蜥革|サラマンダーレザー》は見たことないけど、これとよく似た《蜥革|リザードレザー》は村の大人が持ってて見たことあるわ。  で、次の絹の服なんだけど、光沢があるから、これはたぶんその通りだと思うの。まあ、光沢性のある動物の毛を使用したものかもしれないけど、肌触りからして、たぶん違うと思うのよね。  最後のブーツだけど、これは《牛羚羊|ヌー》じゃなくて《鹿革|ディアスキン》でしょう? あたしが子供の頃に使ってたのと似てるわ。色合いはよく似ているけど、質が違うし」  しばしの沈黙――ロナウドさんは、こらえきれないとばかりに突然声を上げて笑い出した。それからの拍手。 「いや、おみそれしました。見たことのない素材をはっきり「違う」と断言しきれるその記憶力と自信の強さ。  ええ、その通り。《火蜥革|サラマンダーレザー》なんて滅っっ多に手に入るものではありません。私とて一度も手にしたことはない。あれは砂漠に生息しているものを使用した《蜥革|リザードレザー》です。砂漠の環境に適しているのは本当ですけれどね。  そして絹の服とブーツ。これらはさすがにわかりやすかったですかね。でもまあ、あなたの《観察眼》は確かに本物のようだ」  ロナウドさんは、なにが楽しいのか、いまだ肩を鳴らしている。そんな彼の態度が気に食わないのか、レオンは片眉をあげながらきつく言葉を投げかける。 「説明の時点で嘘をつくとは、根性悪いな。ミナが気付いたからよかったようなものを」 「少々意地悪が過ぎましたかね?」  レオンは「全くだ」と渋いため息をつく。どうやら彼は、こういうやり方をあまり好いてはいないようだ。あたしはあんま気にしないんだけど。 「レオン、もしかしてわかってたの?」 「見た目の模様が全然違う。《火蜥蜴|サラマンダー》は表面が燃えているから、皮膚が炭色なんだが、磨くときれいな赤土色になるんだ。さらに、燃える炎が映り込んだような独特な模様が出る」  目の前にあるのは茶色に近い光沢のある《蜥革|リザードレザー》だ。赤みはないし、模様も鱗みたいなシワ模様である。 「《牛羚羊|ヌー》もそう。もっとグレイブルーに近い色をしているし、あっちは少し光沢が出る」  《鹿革|ディアスキン》は暗く光沢のない茶色だ。先程の《蜥革|リザードレザー》とも違う色をしている。  あたしはポカーンと彼の説明を聞いていた。あたしだけでなく、宿屋のおばちゃんも、ロナウドさんも驚いた目で彼を見ている。  なんというか、随分詳しい……。この時点で嘘が二つあることを見抜いたから、彼はあの時声を上げたのか。 「……これはこれは。とんだ伏兵でございました。お連れの方がそこまでお詳しいとは。  ――いいものを見せていただきましたから、お約束どおり、あなた方の言い値で必要な物をお売り致しましょう。そこの小さなお嬢さんに合いそうな服は先程のものと、ここに出ているもので全てですが、まあ、他の商品も見たければどうぞ申し付けください」  ロナウドさんは、どこか嬉しそうに約束の交渉へと場を移していく。  ここで断る理由もないので、少しばかりメルにファッションショーをしてもらい、かなり安い値段で彼女の服を購入することができた。  植物で色濃く黒く染められた《長衣|ローブ》に、太ももの出る短い革製のズボン。伸縮性のある布で覆った足は《鹿革|ディアスキン》のブーツを穿き、更に上着には丈夫な《蜥革|リザードレザー》。  これが今のメルの服装である。長衣は流石に丈が長かったので、腰のあたりで片側をキュッと結んで長さを調整しているが、他はなかなかだと思っている。 「ありがとう。助かったわ」 「いえいえ。よい旅となることを」  ここであたしは気になっていたことを聞いてみた。 「でも、なんでこんなゲームをしたの? あなたにしたら、かなりの大損だったんじゃ?」  あたしの素朴な疑問に、ロナウドさんは口元をほころばせながら、こう答えてくれた。 「ただのお節介ですよ。そちらの剣士の方が、どうにもお嬢さんを信用しているようで信用なされていないご様子でしたので。それに宿屋のおかみさんが、お嬢さんの村は鑑定眼を養われている方がいると発言されていた。それが本当ならば、お嬢さんの実力を私も垣間見ることができる。そうでなければ、お嬢さんにお勉強代として請求できる。  お値引きしたのは私が楽しませていただいた御礼、とでも受け取っておいてください。この程度で貧窮するほど、貧乏はしておりませんのでね」  ただのお節介で結構な値引きをしてもらったが、それでも懐が痛くならないって……この人どれだけお金を持ってるんだろう。旅の商人って結構儲かるものなんだろうか?  なにはともあれ、どうもあたしのためにこんなことをしてくれたらしい。これは、口で御礼を言うだけですむものだろうか。 「なんだか、そこまで言われちゃうと、居心地悪くなっちゃうんだけど。またどこかで会ったらその時になにか奢らせて?」  というあたしの言葉は、ロナウドさんに「ですからいいんですよ」と柔らかく断られた。それからロナウドさんはレオンの方に体を向ける。 「そちらの剣士のお兄さんも、背伸びする方は見守ってあげませんと。心配のあまりバカにするようなことは慎んだ方がよいかと。まあ、似たような人が知り合いにいますの [*label_img*] で、気持ちはわかりますけれどね」 「まあ、気をつけるよ。しかし、ミナみたいな知り合いがいるって、なんだかそっちも大変そうだな」 「いえいえ。では、私はこの辺で。おかみさん、失礼いたしました。ご馳走様です」  広げていた商品を荷にまとめ直したロナウドさんは、こちらに一礼、おかみさんに挨拶をすると、食堂から外へ続く扉へと足を向けた。  これでメルの服装もどうにかなったし、無事に外に出ることができる。そうしたら――とそこまで考えてあたしは「あっ!」と声を上げた。  慌ててロナウドさんを引き止める。 「あの、お節介ついでに一つ聞いてもいい? メルのこと、どこかで探している人とか、どのへんで暮らしているのを見たとか、なんか聞いたり見たりしたことない?」  あたしの質問にロナウドさんは、メルの方を見つめてしばし考え込んだが、ゆるく首を横に振った。 「すみませんがそういう話は特には。お力になれず申し訳ありません」 「あ、いえ。ありがとう。ロナウドさんもお気をつけて」  今度こそロナウドさんはぺこりと頭を下げて外へと出ていった。  なんだか騒々しい朝食になってしまったが、まあともかくこれで町に出る準備は整った。これでよーやく行動できる!  レオンとメルに準備はいいか確認をしてから、宿屋のおばちゃんに御礼を告げて、あたし達は町へと繰り出した。  時間は昼頃だろうか。太陽さんが天の真上からあたしたちを見下ろしている。  宿屋を出てから、メルを連れて町中を聞いて回ってみたが、手がかりが出てこないこと出てこないこと。  今はさすがに歩き疲れて、広場の噴水に腰を掛けて休憩中である。  髪は切ってしまったし、服装も変わっているとはいえ、その前がどういう格好をしていたかはちゃんと伝えて訪ね歩いている。それでも一向に知っている人間は出てこず、はや手詰まり状態である。  ただの一人にも出会わないとすると、この子は本当にこの辺りの子ではないということになりそうだ。  ちら、とあたしは顔を俯けながら隣に座るメルに目をやる。  彼女のことを聞いて回っている間、彼女はずっと顔を上げず、ただ人形か使用人かのように黙々とあたしとレオンについてきていた。  まあ、喋れないようだから黙々と、なんてのはあたり前のことなのだが、なんというのか、自分のことを調べてもらっている割には反応がないというか、リアクションが薄いというか……。そう、まるで他人事のようなのだ。  今もそんな感じでずーっと地面とにらめっこをして、微動だにしない。  ――実はからくり人形でしたー……なんてオチは、ないわよね?  あたしがそんなことを考えながら、飲み物を買いに行ったレオンの帰り――あたしから見える位置にある広場のお店だから戻ってこれるだろう――を待っていると、髭を生やした不清潔そうな男が、あたしたちに近づいてくるのが視界の端に見えた。 「よう、お嬢ちゃん。昨日ぶりだな」  男はあたしたちの前で立ち止まると、突然訳のわからない挨拶をしてきた。  昨日ぶりって……こんな男と昨日出会っただろうか?  昨日はお昼前にこの町について、午後は盗賊退治をして、その後はメルを連れて宿で休んだだけだ。  となると、あたしかレオンが伸した盗賊の下っ端の誰かだろうか。そうだとすれば、覚えていないのも納得するのだが。  あたしが胡乱げに男を見上げてなにも言わないのをどう思ったか、男は「おいおい」と前髪をかきあげる。全く様になっていない。 「昨日あれだけ話したのにもう忘れたってのか? 自己紹介もしただろう、《ダッド》だって」 「はっ?」  思わずそんな声を出していた。  ダッド? ――ダッド!?  いやいやいや……。  さすがに、そこまで人に対する記憶力は悪くないと思っているが、昨日会ったダッドとは人相が全然違う。  昨日出会ったのが中背中肉な男だとしたら、今目の前にいるのは、筋肉隆々の男だ。  いくら特徴のないやつだったとはいえ、流石にそこの印象を間違うことはないだろう。 「ダッド……って、昨日の盗賊の? 冗談言わないでくれる? 全然人相違うけど」 「人も一日会わざれば《刮目|かつもく》してみよって言うだろ」 「それ『男子、三日会わざれば刮目して見よ』とか言うのじゃなくて? ていうか、どっちにしろ三日も経ってないし、それ外見のことじゃないし!」  あーもーレオン早く戻ってこないかな。そしたらさっさとこんな怪しいやつ、無視して移動するのに。  こいつが本当に昨日のダッドと同一人物だとするならば、目的はたぶんメルだろう。やたらこの子に執着していた記憶がある。 「それでお前さんたちを探していた用なんだが、言わなくてもわかるよな?」  ほら来た。  しかし、あたしはわざととぼける。 「昨日と違う顔している人に聞かれたって、んなこと知らないわよ」  すると、わざとらしく人差し指を振って「ちっちっちっ」なんて舌を鳴らしている。  全く様になっていないので、そういう仕草はやめてくれないかな……。 「当然、そこの小さいお嬢ちゃんだよ。返してもらおうか」  親指でメルを指差しながら、ダッドは身を屈めてあたしの顔を覗き込む。  あたしは鬱陶しそうに顔も身も反らしながら、ダッドが出てきてからも無反応のメルに声をかける。 「ねえあなた。このおっさん、こんなこと言ってるけど、あなた盗賊のところに戻りたい?」  メルの答えはシンプルで、首を一つ横に振るだけだった。それは、必要最小限の動作しかしてないようにも見える。  あたしは顔をそらした状態のまま、勝ち誇った顔でダッドを見た。 「だそーよ。諦めて大人しく巣に帰ったら? それとも、今あたしに捕まって衛兵に突き出されたい?」  挑発的に投げかけると、ダッドはにぃっと口角を釣り上げて、あたしからようやく離れる。あたしたちからは目を背けず、ダッドは後退しながら距離を取った。 「どっちも御免こうむるね。嬢ちゃんには昨日の借りもあるし――力づくでいかせてもらおうか!」  ちっ。そのまま帰ってくれりゃいいものを、賊の分際で真っ昼間の町中で仕掛けてくるとかこいつ正気か!?︎ 「メル、あいつが近づいてきたら、とりあえず逃げるのよ」  あたしの言葉が聞こえたのか、メルはダッドの方を見てこくりと頷く。  それにしてもレオンはまだかっ! やっぱりレオンに譲らずに、あたしが行けばよかった……!  ほんの十分ほど前のことを、いまさら悔やんでも仕方がない。昨日の感触なら、ダッド一人くらい、あたしだけでもなんとかなると思うけれど。何事も油断は禁物である。  あたしが剣を構えつつ前に踏み出すと、ダッドは何かを唱えながら地面に手を添えた。 「出でよ! 我が僕たち!」  ……本で読んだり村の大人の武勇伝でしか聞いたことなかったけど、あんな恥ずかしいセリフ、本当に言う奴いたんだ……。  なんだかイタイ人を見る心境になってしまったが、昨日と同じく召喚術か。昨日はオークだったが、今日は何が出てくるか。  地面に魔法陣が輝き、影が複数体出現する。四本の脚で地面を踏みしめるそれは、犬に似ているが、外見は醜く腐っており、いまにも襲いかからんとばかりにギラギラと獰猛な目でこちらを睨んでいる。  種族名はなんだかよくわからないが、その数六体。四足歩行ってことは、動きは素早そう。  その六体の生物が召喚されきった瞬間、広場にいた誰かから悲鳴が上がる。 「ぐ、《人喰屍|グール》だぁっ!」  途端、その声を聞きつけた者、実際に《人喰屍|グール》を目の当たりにした者が、各々に悲鳴をあげながら一斉に広場から逃げ始めたものだから、広場から通じる通りや広場にある店の前でプチパニックが起きている。  それに対してあたしは「あ、あれが《人喰屍|グール》なんだ」と、呑気に初めて見る生の《人喰屍|グール》を観察していた。  簡単に言うと獰猛な人喰い種である。村の大人たちは、雑魚も雑魚と言っていたけど。  大きさはどれも中型犬ほど。ダッドが従えているのか、出現してすぐ周囲に襲いかかるとかはなく、あたしの前方を遮るように扇状に展開してこちらを威嚇している。  まあ、あたしたちの周囲にはもう人っ子一人いないから、襲う人間もいないんだろうけど。こちらとしても立ち回りやすくてありがたい。  あたしは少しだけ考えて構えたばかりの剣を鞘に収めた。 「なんだ? 武器をしまって降参の合図かい?」  勘違いするダッドを、あたしは鼻で笑う。 「まさか。さっさとかかってきたら?」  ついでに片手でちょいちょい、とよくある「かかってこい」ジェスチャーで挑発する。 「ちっ、態度だけは褒めれるくらいでけぇガキだ。行け、お前ら!」  誰が《子供|ガキ》かっ!  などと心のなかで吐き捨ててる間にも、ダッドの命令を受けた《人喰屍|グール》たちはあたしに向かってそれぞれバラバラに飛びかかってくる。連携もなにもあったもんじゃないな、こりゃ。  あたしは冷静に場を見ながら、胴巻の中から隠しナイフを取り出して、《人喰屍|グール》を一体ずつ捌き、避けながら一体一体に確実に隠しナイフを一つ刺し込んでいく。  ナイフを一つ差し込むごとに、《人喰屍|グール》が悲鳴を上げて隙きが生まれるし、一石二鳥である。  全ての《人喰屍|グール》にナイフを刺したのを確認すると、あたしは意識的に《人喰屍|グール》の群れを抜け、再び剣を鞘から引き抜く。  呪文は既に唱え終わり、術は構築済み。あとは発動するだけ! 「《地蛇剣尖|グニーツ・プリス》!」  あたしは術を発動ざま、手にした剣を舗装された地面に突き立てる。  あたしの手から剣を通して大地を走る白銀の光は、《人喰屍|グール》めがけて一直線に伸びていく。  光が迫った《人喰屍|グール》は避けようと右に跳ねるが、光はクンッ! と追走して《人喰屍|グール》に迫り――あたしが目印として刺したナイフを正確に貫いた。同時に《人喰屍|グール》は光に真っ二つに切り裂かれる。  光は瞬く間に他の五体も同様に切り裂くと、最後に隠しナイフをパンッ! と砕いてふつりと消えた。  今の術は、ばら撒いた剣を伝って遠隔に敵を刺し貫いて攻撃できる術だ。まあ、言ってしまえば一筆書きである。  術を発動させる親の剣とそれの子となる剣が必要になるのが少々難だが、そこはアイディア次第である。剣、といっても別に地に属する金属質のものならなんだっていいし。  問題は、子に使用した剣は最後に砕け散ってしまうところである。向こう見ずには使えない。  昨日の《刀影縫|ウォス・ワデッシュ》と今日で合わせて七本かぁ……。まだ余裕はあるが、どこかで隠しナイフ調達したいなぁ……。  《人喰屍|グール》を片付けたあたしは、足を止めずにダッドとの距離を詰め、斬りかかる。  ダッドはショートソードであたしの剣を受け止め――いとも簡単に弾かれた。  くっ、見た目通り力は向こうのほうが上!  だったら―― 「《閃光|オクラフ・イア》!」  馬鹿正直に真っ向勝負などしたら、腕力差で負けるのは目に見えている。そんな馬鹿げたことをするくらいなら武器を取り上げてしまえばいいのだ。  そう考えたあたしは、切れ味を上げる術を剣にかけ、ダッドの剣を鍔際から斬り飛ばした。 「これで……!?」  終わりだと言いかけたあたしの言葉は、予想外に手首を掴まれた動揺で飲み下される。  剣を持っている右手をダッドに掴まれたあたしは、逃れようともがくが、ダッドの力が強く外れそうもない。見ればダッドは焦るあたしの方を見て、にやっと口角を釣り上げ……いやっ!? 何か呪文を唱えている!  ――呪文の欠片を聞いてあたしは戦慄した。咄嗟に右手に握っていた剣を自由な左手に持ち替えると、その柄をダッドの顎めがけて勢い良く突き上げる。  これで落ちてくれれば良いのだが、手を掴む力は緩まない。呪文は一時中断されたかもしれないが、気休めである。  くっそー!  後はダッドの手を切り落として逃げ出すしか方法はないが……。  しかし、あたしはその手は選ばず、防御呪文を唱え始める。この距離でどれだけ効果を発揮してくれるかはわからないが……。  突然かくぅん――と、掴まれているはずの右手がなぜか軽くなる。かと思えば、あたしは誰かに抱きかかえられていた。  瞬く間にダッドと距離が空いて――。 「《爆円殺|イルコス・メブ》!」 「《障壁|アルコツベ》!」  近距離で起きた轟音と爆風が、あたしが張った結界に襲いかかる。腕にかかる圧が凄まじいが、耐えなければ体ごと吹き飛ばされる。頑張れあたし!  しばらく夢中で術の制御に専念していたが、不意に圧が無くなる。爆発によって生まれた風と砂塵が完全に収まったのを確認すると、あたしは一息ついて術を解除した。  もーれつに疲れた……。  その時になってようやく、なんだかあたしの手首に重みがあることに気づく。右手に目をやると、あたしの手首に前腕の途中から切断された男の太い手がぶらさ…… 「ひいやあああああっ!?」  あたしは悲鳴を上げて右手をブンブン振り回し、それを払いのける。  ななななななっ!? 「大丈夫か? ミナ」  上から声をかけられて――ふと気がつけば――レオンがあたしをお姫様抱っこした状態で覗き込んでいる。  あたしはもっかい悲鳴を上げた。  爆発の衝撃を耐えるのに必死で忘れていたが、そういえばなんだか助けてもらったのだということを思い出し、レオンの腕から転げ落ちたあたしは、気を取り直して彼に御礼を告げた。 「そこまで驚かなくったって……」 「いや、本当、すっかり意識の彼方にすっ飛んでたから、背後にいてびっくりした。というか、いつ戻ってきたの?」  確認すれば、レオンはダッドの手首を切り落として、あたしを助けてくれたのだという。ってことは、あの手はダッドの……。いやいや、これ以上考えたくない。 「お前がなんか男に手首掴まれた辺り。あ、食べ物はちゃんとメルに預けてきたから大丈夫だと思うぞ」 「いや、そこじゃなくて……って、メルはっ!?」  あの爆発に巻き込まれちゃいないだろうが。あたしが広場に視線を走らせると、噴水の丁度向こう側に、メルの頭が見えた。 「メルっ!」  剣を収めながらメルの方に小走りに移動すると、メルはレオンに渡されたであろう、食べ物の紙袋を抱えて蹲っていた。  見たところ外傷はなさそうだが……ん?  噴水の影だからだろうか? 爆発の砂塵の跡が、うまくメルを避ける形で残っている。  多少気にはなるが、ひとまずそれは置いておいて、あたしは、彼女に怪我がないかを確認する。 「メル、大丈夫だった? 怪我してない?」  あたしが声をかけると、メルがゆるゆると顔を上げる。あたしとレオンの顔を確認すると、一つ頷いた。 「ならよかった」  メルが無事なのを確認して一安心すると、レオンが「ところで」と話題を変えてくる。 「さっきの男、なんだったんだ?」  レオンの方を向けば、爆発があった辺りを見つめている。あたしもそちらの方を見ながら、事の次第を説明した。 「さっきの男――ダッドって名乗ってたけど」 「ダッド……って昨日の? 全然見た目が違った気がするんだが」  レオンもそう言うってことは、見た目が完全に別人なのは間違いないだろう。 「まあ、それはあたしもそう思ったけど。そこはよくわかんないから、とりあえずダッドと仮定して話を進めるわよ。  あいつが召喚した《人喰屍|グール》を華麗に倒したあたしは、レオンが見た通り手首を掴まれて捕まってたわけだけど、レオンが助けてくれた直後、自分を中心に爆発する魔術を使ったのよ」  その証拠に、石で舗装された広場の地面は、爆発の衝撃でダッドがいた場所あたりが砕け、下の土がむき出しになっているし、砕けた欠片はあちこちに飛び散っているし、よく見れば近くの建物の窓にはヒビが入ったり割れたりしているものも見える。  なんというか、広場は散々たる有様となっていた。  あの術はそもそも、対象を中心に爆発を起こすものだが、爆発させるモノや爆発の威力は術者の意思で自由に変えられる。というか、普通は自分以外のモノに対して使用する。決して自殺志願者御用達の魔術ではない。  ただ、使おうと思えば自分を中心に爆発させることもできる、というだけのことだ。 「それじゃあ、あの男は」 「自分を爆発させたようなもんよ? 当然死んでるわよ。あれで生きてたら、もはや人間じゃないって」 「……じゃあ、あの辺に見える黒い染みって」 「それ以上言わないで! 折角見て見ぬふりしてるんだからっ!」 「てことはやっぱり」 「うっさい!」  あたしはメルの抱える紙袋から適当に紙に包まれた食べ物を掴むと、問答無用でレオンの口に突っ込んだ。  レオンが言いたいのは、まあ要するに、それがダッドの成れの果てだということなのだが……。これからご飯って時にわざわざ口で言わなくたっていいでしょ、そんなの。ご飯じゃなくたって嫌だけど。  と、あたしがレオンに対して腹を立てていると、突然服の裾を引かれる。引っ張られた方を見ると、メルがあたしを見上げていた。  あたしが気付いたのを確認すると、つい、と視線を広場の外の方に滑らせた。つられて視線を移動させるあたし。  先程の爆発音に引き寄せられたのか、野次馬たちがざわついて広場の中を遠巻きに見ているが、はて……?  あ。  その野次馬の囲いのさらに向こうに甲冑姿の集まりが見えた。どうもメルはこれを伝えたかったらしい。 「衛兵がこっち来る」 「げっ。捕まる前にここ離れるぞ」  なんで? と聞く前にメルを抱えたレオンが、衛兵たちのいる方角とは逆方向に走り出しているので、あたしもそれに大人しく続く。 「なんかまずいの?」 「お前、あれちゃんと説明して「自分は悪くありません」って証明できるか? 相手がいないのに」  あたしはレオンの言葉を咀嚼して考え……。 「無理ね」  という結論に至った。  相手が爆散して死んでる時点で、潔白な無実の証明はできない気がする。 「だろ? まあ、できた所で何日この町に足止めされるか……」 「その間って、やっぱり牢屋生活……とかってのになるわけ?」 「なるだろうな。まず、町に実害が出てるわけだから」  興味で聞いてみたら、そんな答えが返ってくる。  ああ、確かに。壊したのあたしじゃないけど、確かに町の一部は壊れてる。何件か窓も割れちゃってたし。 「んじゃ、ここで衛兵に捕まったら、相当面倒なことになるってわけね」 「そういうことだ。もういっそ町を出るぞ」  あたしとレオンは人混みをかき分け、混ざりながら、町の外を一目散に目指した。 「で、ここどこ?」 「オレに聞くなよ」  町を出てしばらく行ったところで休憩にしたあたしたちは、レオンが買ってきてくれたホットドッグで、お昼にはちょっと遅い昼食をとっていた。  ぱくり、と一口齧って咀嚼し、飲み下してからあたしが聞けば、当たり前のようなレオンの返答。せめてもう少し気を利かせて答えて欲しい。疲れてるんだから。  が、まあ、方向音痴の彼だから、本当にわかってないんだろうし。  その彼とあたしの間に腰を下ろしたメルは、美味しそうにホットドッグを頬張っている。  ――宿屋でご飯食べてた時もなんとなく目が輝いていたよーな気がしたけど、気のせいじゃなかったか……?  ご飯時だけ感情が表に出ているというかなんというか。普段無表情で動作も少ない分、なんだかこういう反応があると、どこか安心する。  メルの観察もとりあえず、何をするにしても先に食べてしまおうと、食べ始めたホットドッグを三つほど平らげ、あたしは自分の荷物の中から地図を取り出した。先程の町で新品を購入しておいたのである。  まずは基準となるハルベス村を探して、そこから先程の町を探す。  持っているのは大陸の南側の一部、今いる国を中心とした地図だが、ぶっちゃけ大陸の中央から北は左右に大きく伸びた山脈で完全に分断されていて、ほぼ行く機会はないだろう。なんせ、その山脈はこの大陸の中で一番の標高を持っているらしく、さらにその山々には《竜|ドラゴン》たちが棲みついているのだ。  友好的な《竜|ドラゴン》たちだけならいいが、縄張り意識も強くて、そういうわけにもいかないらしく、乗り越えて行こうなんて人はまずいないし、聞いたこともない。  まあ、そんなわけで、《竜の山脈|ドラゴンズ・ライン》より上は、あたしたち南大陸に住む人たちにとっては未知の世界だったりする。  その大陸南側の地図の北の部分――つまり《竜の山脈|ドラゴンズ・ライン》に近い部分にハルベス村は位置している。と言っても、山脈とは結構距離があるけど。  そして、ハルベス村の囲う森を南側に抜けたところを通っている、東西に伸びる街道を東に向かうと、先程の町――トレイトタウンと地図には書いてある――がある。  今いる場所は更にそこから南東の位置になる。  ということは、あたし達は今、隣の国のレイソナルシティに続く南東の街道にいるらしい。 「本当は、トレイトタウン南側のアルカスの森を抜けて、ソレイユシティに行きたかったけど、レイソナルシティを経由してソレイユシティに向かうしかないわね」  レイソナルシティ南西から伸びる街道がソレイユシティに続いているのを確認して、あたしはキープしておいた四つ目のホットドッグに齧りつく。 「ソレイユシティに向かうのか?」  あたしが地図を確認している間に食べ終わったレオンは、一緒に買った携帯飲料を飲んでいる。 「メルの聞き込み、アルカスの森で保護して、トレイトタウンで当たりがなかった、ってことは、あと心当たりがあるのは、アルカスの森経由のソレイユシティに続く街道沿いじゃない。もしかしたらソレイユシティかもしれないし」 「ああ、そういうことか。だったら、森突っ切って向こうの街道に出たらどうだ?」  レオンはあたしが広げた地図に手を伸ばし、今いる場所からアルカスの森を突っ切って、本来行きたかった街道へと、人差し指で一つ直線を引く。 「そんなことしたら、街道へ抜ける前に迷うわよ! まさか今までそんなノリで歩いて、道に迷ったりしてないわよね?」 「毎回はしてないぞ」  毎回じゃなきゃしてんのかい。方向音痴以前の問題が見え隠れしてきてるんだけど、本当に彼、今までどうやって旅してきたんだろう……。 「とにかく、レイソナルシティを経由するとして、国境越えって初めてなんだけど、なんかめんどくさい手続きとかあったりするの?」  隣国、という言葉通りレイソナルシティに入るには国を跨ぐ必要がある。  あたしたちが今いる国はソレイユシティを王都とする、ソレイユ王国。かたや、今から向かうレイソナルシティはアルバートシティを王都とするアルデルト王国だ。 「別に。国境に関所があるから、怪しまれなきゃそこで軽い手続き――署名とかするだけのやつな――をして終わりだよ」  さすがに道に迷ってもちゃんと利用したことがあるらしい。レオンはなんてことない、と言わんばかりに軽く説明してくれた。 「ただ、それで足止めされるから、待ち行列はできる」  あ、これ、待つ方が疲れるやつだ。  ただ何をするでもなく待たされる、待たねばいけない状況になる、というのは結構な苦痛である。向こうも国の安全の為だろうし、文句も言えないのだが。 「まあ、それは仕方ないし。ご飯食べ終わったら先に進みましょ」 「そうだな。中途半端な時間に町を出たから、次の宿場まで急がないと」  そういえば、レイソナルシティまでって、どのくらいの日数がかかるんだろう。レオンに聞いても期待できる答えなんて返ってこないだろうし……。  まあ、宿屋が見つかったら、そこで聞いてみよう。 「メルは疲れたらいつでも、レオンにおんぶでも抱っこでもされてていいからね」  メルの体力も気遣いつつ、お昼を終えたあたしたちは、レイソナルシティを目指して歩き始める。街道途中にある宿屋を見つけたのは、日が沈んで結構時間が経ってからだった。  まだ一階が酒場として機能していたので、窓から漏れる灯りでなんとか辿り着けた。部屋が空いているかを確認したら、一室なら空いている、とのことで仕方なく三人一緒の部屋で寝ることになる。屋根のある場所で寝られるだけありがたい。 「あ、そうだおじちゃん。ここからレイソナルシティまでって、どのくらいかかるもの?」  ついでに下の酒場で食事を取りつつ――あ、酒場って言っても、お酒は飲んでないわよ――あたしは料理を運んできてくれた酒場のマスターに、懸念していたことを確認する。 「そうさな。ここはまだトレイトタウンに近いとこにあるし、まあここから中間にある一番大きな宿場町まで三日、レイソナルシティまで大体十日ってとこじゃないかね。なんだい、レイソナルシティに行くのかい? お嬢ちゃん達」 「うんそう。ちょっと色々あって、レイソナルシティ経由で、ソレイユシティに行こうと思ってて」  大雑把に事情を省略して、あたしは酒場の主人に行き先を告げる。 「ほー。めんどくさい道順で行くね。トレイトから来たなら、そのまま南下しちまった方が早かったろうに」  あたしだってそうしたかったわよ――という言葉は飲み込んで、あたしは愛想笑いで受け応える。  それをどう受け取ったのかは知らないが、おじちゃんは唐突に話題を変えてくる。 「それはそうと、お前さん方。見た感じ、子連れの夫婦か何かかい?」  ぶっ――!!︎  あたしとレオンは盛大に吹き出した。  思わず立ち上がって酒場の主人に詰めよるあたし。 「どこをどうしたらそう見えんのよ! この歳でこんな大きい子いたら、それこそ大問題でしょーよ!?︎」  怒って喚き立てるあたしを、レオンがどうどうと座らせ(あたしは馬か!)、代わりにおっちゃんに説明する。 「ただの仕事仲間だよ。今、この子の身寄りを探していてさ。マスターはこの子に見覚えはあったりしないか? 誰か宿泊していった客が探していた、とかでもいいんだが」  おおナイス! さらっと情報収集にまで話を持っていくとは。 「なんだ、そうかい。いや、兄妹にしちゃ似てねーし、家族にしちゃ赤髪の嬢ちゃんが若く見えるし、でも以前年齢の割に見た目が若い人も見たことあるし……と悩んだが……」  だったらどうして、夫婦の方で聞いてきたんだ。せめて兄妹で聞いてくれ、冗談じゃない。  酒場の主人は顎に手を添えながら記憶を辿っているようだが、メルのことについては「悪いが知らないねぇ」とのことだった。 「ま、レイソナルシティは二つの国と接している国境沿いの大きな街で、交通の要の街だからな。そこで聴き込めば一人くらい知ってる奴がいるかもしれねえよ。  せっかく立ち寄るなら、三国の料理やら、珍しい物品やら見れるかもしれないし、ついでに楽しんできな」  それだけ言うと、酒場の主人はあたしたちのテーブルを後にする。  先に引き止めたのはあたしだけど、なんだったんだ、あのおっちゃん。 「こっちは子守なんだから、夫婦はないよなぁ……」  カップ半分だけ注いでもらった麦芽酒片手に、小さくブツブツ呟いてるから独り言なんだろうけど、聞こえてるぞ、レオン。  それにしても、三国の文化が混ざり合う街、かー。その言葉の響きだけで、なんだかそそるものがある。  アルデルト王国のレイソナルシティには、ソレイユ王国だけでなく、ヴォルティック帝国が隣接しているのだ。ソレイユ王国もヴォルティック帝国も南大陸北側にある国だが、どういう文化の違いがあるんだろうか。  そんなことを想像しながら、あたしはクリームシチュー三人前にパンとサラダとスイカズラの実のジュースを平らげて、部屋に戻った。  部屋は二人部屋で、扉の真正面に窓一つ。扉脇の部屋の隅には宿屋の気遣いか、花瓶に花が活けられており、その向かいの隅には鏡台が置かれている。壁にはコートや防具がかけられるような突起がつけられていた。 「問題は誰がベッドを使うか、よね……」  そう。三人部屋ではないので、当然ベッドは二つしかない。  一人分の掛け布団とシーツが手前のベッドに置かれているが、これは「一人は床で寝ろ」という宿屋側の主張だろう。  いや、用意してくれただけ親切なんだろう、きっと。  ともかく一つはメルに譲るとして、残り一つの争奪戦――。 「ベッドはミナとメルで使ってくれていいぞ。オレは床で寝るから。ちゃんと掛け布団は人数分用意してくれたみたいだし」  あたしが、ごくり、と覚悟を決めようとした途端の、レオンの神の声である。  あたしは驚いて 「えっ、いいの?」  と声を上げていた。  な、なんて優しいの!――とあたしが感動しているのもつかの間、彼は譲ってくれた理由をこう教えてくれた。 「オレ、昔からベッドって苦手だから、床の方が寝れるんだよな。だから、気にしないで使ってくれ」  ……うっそでしょ…………。こ、この世にふかっふかのベッドよりも、堅くて痛〜い床の方が好きな人間がいるなんて……。 「え、遠慮してるわけじゃなくて?」  信じられなかったあたしは、思わずそう確認してしまった。しかし彼は「ホントホント」と否定しない上に、言ってるそばから慣れた仕草で床にごろ寝を始める始末。  ……ヤバイ。これは軽く今までで一番のカルチャーショックだわ……。  ◇ ◆ ◇  それから三日後。時刻は日がだいぶ傾いてきている頃。トレイトのような妙な出来事もなく、平穏無事に、あたしたちは、トレイトタウンとレイソナルシティの間にある、一番大きな宿場町だというケルディアタウンに辿り着いていた。  もちろん道中、メルを知っている人間を探しながら来たが、一人として出会わなかった。  さて、このケルディアタウン、名前こそ町だが、広さでいえばトレイトタウンよりも広く、大きいらしい。これでも、主要な街に比べたら小さいというのだから、これから向かうレイソナルシティはどれだけ大きいのだろう。 「あ、武器屋さん」  宿屋を探して町を歩いていると、あたしは武器屋の看板を見つけて思わず足を止める。  年季の入った青銅色をした外壁に、細工の入った窓に挟まれた人が一人通れる大きさのベル付きの片開きの扉。扉にはめ込まれているガラスは、曇りガラスでただの明り取りか、飾りのようだ。左右の窓から中を覗き込むも、窓側にも物が置かれて塞がれているため店内の広さはよくわからないが、少なくとも大小様々な種類の剣や槍、《戦斧|バトルアックス》に《全身鎧|オートメイル》などが飾ってあるのが垣間見えた。 「寄るか?」  隣を歩いていたレオンが、足を止めて聞いてくれる。 「うーん。寄りたいけど……、先に宿屋探したほうがいいわよね」 「ついでに場所を聞いたら、早そうだけどな」  あーそれは、確かに。  レオンの提案にあたしは、納得し、 「それじゃあ、ちょっとだけ、いい?」  と許可を取る。 「用がないと暇なだけかもしれないけど。なんなら、メルと外で待っててくれてもいいし」 「下手に別れるほうが怖いから」  レオンはそう言って、さっさとお店の入り口を開けている。前より自覚出てきた……?  なんて邪推するものの、あたしはお言葉に甘えて武器屋で買い物をさせてもらうこととする。  目的は隠しナイフである。消耗した分を補給したいのはモチロンだが、実のところ、村を出た時点で胴巻に空きはあったので、ずーっと欲しかったのである。いいものがあればいいけれど。  店に入れば、さして広くも見えない店内に、所狭しと武器やら防具やらが並べられている。初見はその量に圧倒されてしまうが、よく見れば一応種類ごとに分けて置かれているようだ。  出入り口から見て右奥に、よく見ればカウンターがある。眉間にシワを寄せ、口を真一文字にした頑固そうな男が、そこからこちらを見ていた。恐らく、この店の店主だろう。 「……いらっしゃい」  ほら、声も硬いし、反応が気難しそうだぞ。 「こんにちは。ここって、隠し武器とかも扱ってる?」  店主は、あたしを上から下までじっくり眺めてから、表情を変えずに口を開く。 「そっちの男じゃなく、お前さんが使うのかい?」 「そうだけど、なにか問題が?」  あたしが聞き返すと、店主はカウンターから立ち上がりながら答えた。 「うちで扱ってんのは、子供の遊び道具じゃねえよ、って思っただけだ」  むっかっ。あたしは何回子供扱いされんきゃならんのだ! それも、初対面の人間に!! 「失礼ですけど、あたしもこれで、立派な戦士なわけでして」  売ってもらえなくなるのは困るので、あたしはそれでも自制する。しかし、あたしのその心ばかりの反論は、店主に鼻で笑われた。 「オレはてっきり走り出しの大道芸人かと思ったよ。そういうのは、もう少し連れの男並みに実戦経験を積んでから言うんだな。客としては扱ってやるが」  このおっさん、なんで、あたしよりレオンのほうが実戦経験多いってわかったんだろうか。それを聞き返すまでもなく、店主は店の奥に姿を消している。  しかし、偉そうに人を見下しやがって……! これで、ろくでもない武器を勧めてきたら躊躇なくぶん殴ってやる。  あたしが内心で憤っている間にも、店主は奥から箱を二、三個抱えて戻ってくる。 「うちで扱ってるので、お前さんにも扱えそうな隠し武器はこの辺だな。欲しいのはあるかい?」  店主はカウンターの上に箱を並べると、フタを開けて中を見せてくれる。中に並べられていたのは、あたしの欲しい隠しナイフの他に、針や寸鉄、パッと見武器にすら見えないものまで並んでいる。  これ、本当の暗器ってやつじゃ……。  とりあえず、そういう暗器には今のところ用がないので、あたしは、ほぼ刃物部分だけで持ち手が少ないタイプの隠しナイフを指差し、店主に尋ねる。 「あたしが欲しいのはこのタイプの隠しナイフだけど……触ってみてもいい?」 「壊すんじゃねえぞ」  店主の許可を得て、あたしはその隠しナイフを手にとって眺める。こっそりと魔力を送って反応を確かめてみるが、悪くない反応が返ってきた。魔力の通り方、耐久、魔力の保持――その他もろもろ、私の魔力との相性は良さそうだ。  ふむふむ。まあ、使い捨てだし悪くはないかなー。 「この隠しナイフ、あと、いくつくらいあるの? できれば、十本くらい欲しいんだけど」 「用途は聞かんが、扱いには気をつけろ」  どうやらあるらしい。店主はもう一度奥に引っ込んだ。  しかしなんでこう、返事が捻くれて返ってくるかな……。  店主が奥からまた箱を二つ抱えて戻ってくる。隠しナイフの入っていなかった箱はカウンターの上から片付けられ、そこに、新しく運んできた箱が並べられた。その中には、同じタイプの隠しナイフがずらりと並べられている。 「選びな」 「じゃあ、触るわね」  宣言してから、あたしは一つ一つ隠しナイフを確認していく。魔力相性がいいことが第一条件で、斬れ味はまあ、あとでどうとでもなる。  魔力を通してその反応を見るだけの作業ではあるが、これだけあると、さすがにバラツキが結構ある。最初に見たのは、まずまずいい方だったかもしれない。  あるものは、魔力回路が外にも複数繋がっているのか、魔力が通る感覚はあるものの、暖簾を腕押ししているように手応えがない。勝手に魔力が放出されるようでは、魔力を込め続けるには向いていない。  あるものは、魔力回路は細いし、魔力許容量も小さくて、通しにくさを感じながら魔力を送ってみても、すぐにどん詰まりになる。とても魔術の媒体に使えるものではない。使っても大して威力を発揮してくれないだろう。  あるものは、魔力回路は太いが、剣そのものの魔力耐久がなさすぎて、うっかり壊すかと思った。当然、これも魔術の媒体には使えたもんじゃない。  その他エトセトラ……とあるが、これだけ数があると、魔力回路のバランスの当たり外れが大きいことが、改めてよくわかる。これが見た目でパッとわかれば、選別作業に苦労しないのになぁ。  脳内で愚痴を吐き出していても仕方がないが、繊細かつ単純な作業をようやく終えて、あたしはなんとか十本のナイフを選出する。 「それじゃ、これで。全部でいくら?」  店主は、あたしの選んだナイフを確認して、なぜかメルに声をかけた。 「そっちの子には、何も買わないのかい」  レオンの影に隠れるようにして突っ立っていたメルは、店主に話しかけられても、何の反応も示さない。 「この子のことか?」  レオンが一応、メルを示して確認した。店主は「おう」と頷く。 「彼じゃなくて、この子に? なんで?」  レオンは腰に剣を提げているから、武器屋に用があるのはわかるのだが、メルはそう言った武器は持っていない。 「そういう臭いがする」 「そういうって……どういう?」  全く意味の分からない答えに、あたしは反射的に聞き返していた。 「言葉にするのは、難しいな……。そうだな、そっちの剣士の男にゃ、死線を掻い潜ってきたっていう臭いがするが、お前さんにはしない。だが、まあ、店に入ってきた時の所作から、鍛錬は積んでるってのはわかったから、客としては扱ってやった」  あ、もしかしてさっき「連れの男並みに実戦経験を積んでから」って言っていたのは、そういう意味だったのか。  店主はメルに視線を据えて、言葉を続ける。 「そっちの小娘は、お前さんよりはそういう死線を潜っている臭いがする」  その言葉に、あたしとレオンは、思わずメルの方を見ていた。  どうせ田舎の武器屋の店主の戯言――と打ち捨てるのは簡単だが、無視できないなにかを、あたしも、レオンも、メルから感じ取っていたからだろう。  ◇ ◆ ◇  結局あたしの武器だけを購入し、教えてもらった近くの宿屋にあたしたちは向かっていた。  あたしは先頭を歩きながら、先程の店主の様子を思い出す。 「さっきの武器屋の店主、もしかして《霊能力者|サイキッカー》だったのかなぁ」  見えないものを視る能力者の逸話と先程の店主の様子が似通っているのに、店を出た後に気付き、我知らずそんな言葉をこぼしていた。 「さいきっかー? それは、なんなんだ?」  あ、知らないか。歩みは止めず、肩越しに振り返ってみると、彼は疑問符を顔いっぱいに貼り付けている。  まあ、魔術師の間でも研究対象としてはマイナー分野らしいし、魔術師じゃない人なら尚更知らないかも。 「霊を視る能力者、と書いて《霊視能力者|サイキッカー》よ」 「霊……って、《幽霊|ゴースト》のことか?」  あたしの答えに、あまりピンときていないようだ。まあ、《幽霊|ゴースト》のことも霊と端的に呼ばれたりするので、紛らわしいっちゃ紛らわしいが、この霊はその霊とはちょっと意味合いが異なっている。 「《幽霊|ゴースト》なら自分でも見ることがある、って言いたいんでしょ。違うわよ。それだったら、特別な呼称なんて必要ないわ。  ここでいう霊ってのは、生き物の《霊|エーテル》体のことよ。《霊|エーテル》体はわかる?」  レオンは首を横に振る。 「なあそれ、長くなる話か?」  間髪入れずに問われて「うーん?」と考える。 「長くなるかも」 「じゃあ、飯の時でいいか?」  レオンが足を止めたので、あたしもメルも倣うように足を止める。 「なんで?」 「そこ、さっきの武器屋の旦那が言ってた宿屋だろ」  レオンがつい、と指差す方角を見れば、話している間に、あたしたちは宿屋の前に到着していた。  ◇ ◆ ◇  部屋を取り、食堂に移動して注文してから水を一口。あたしは説明の続きを始めた。 「じゃあ、さっきの説明の続きだけど。  人……というか、生物は、肉体と《霊|エーテル》体と、《精神|アストラル》体からできている、と言われているの」 「あー……なんか、火の魔術の説明をしてもらった時に話してた、あれか?」  お、覚えてたのか。それなら話が早い。 「そうそう、それ。《幽霊|ゴースト》はわかるわよね。あれは肉体がない、《霊|エーテル》体と《精神|アストラル》体だけの存在だと言われているの。あれ、普通の剣じゃ攻撃が通らないんでしょ?」 「効かないから相手にするのは避けるな。魔法剣か、聖職者が使う魔術じゃないと、どうにかできないんだろ。オレもそうしているのしか見たことない」  レオンの体験談に、あたしはふむふむと首を縦に揺らす。  さすがに、村の森の周りに《幽霊|ゴースト》が出るってことはない。知識としてしか知らないので、そういう彼の体験談はあたし個人としては興味深い。 「肉体は、文字通り物理的に存在する、生身の身体のこと。《幽霊|ゴースト》はそれがないから、基本的に物理的な攻撃力しか持たない剣じゃ、攻撃してもダメージを与えられないの。  《霊|エーテル》体は、肉体と《精神|アストラル》体を繋ぐもので、人が生きるための活力、生命体ってところね。《幽霊|ゴースト》の形として見えるのは、この《霊|エーテル》体の部分って言われているの。  で、最後の《精神|アストラル》体は、人間の感情を持っている部分って言われているわ。これは、《幽霊|ゴースト》を見ても視えない部分。《幽霊|ゴースト》を見ても、何考えてるか、とか、どういう感情が働いてるか、ってのはわからないでしょ? 《精神|アストラル》体ってのはそういうこと」  レオンは虚空を見つめて唸っている。  うーん、《幽霊|ゴースト》を例にしたけど、逆にわかりにくかったかしら? 「その、エーテル体ってのは、死んだらなくなるわけじゃないのか? 活力とか、生命体とか言っていたけど」 「読んだ話じゃ、死んでもしばらくはなくならないそうよ」 「よくわからんが、そういうもんなのか……」  レオンは気のない返事をする。大丈夫かなー? 「他に質問ないなら話戻すけど、この中で、《霊|エーテル》体と《精神|アストラル》体は通常、見ることはできないと言われているのよ」 「ん? さっきの《幽霊|ゴースト》は?」  うむ、当然の疑問である。  《幽霊|ゴースト》は普通の人にも見えることがほとんどらしいし、レオンも見たことがあると言っていた。今の説明では彼の経験上、見えてしまってはおかしい。  ちゃんとそこに気づくとはエライエライ。 「あれは特別ね。肉体を失って、《幽霊|ゴースト》自体が生きてる人間に姿を見せようと働きかけている結果、偶然的に見えているだけで、本来は見えないものなんだとか。特に、生きてる人間の肉体以外を目視することは、できないそうよ。生きてる人の周りにオーラみたいなものって、見たことないでしょ?」  このオーラがいわゆる《霊|エーテル》体と言われているやつらしいのだが、これに限れば、武芸の達人とかになると視れなくとも、気配として感じることができる、と唱えている人もいる。それはさすがに、どうなんだろう……?  あたしの確認に、レオンが少し考えて、曖昧に頷く。 「たぶん、ないな」 「それが相手の生死問わずに視えてしまうのが、《霊視能力者|サイキッカー》の特異性なのよ。でもね、通常の《霊視能力者|サイキッカー》と呼ばれる人も、《霊|エーテル》体は視れても、《精神|アストラル》体までは、はっきりと視えないそうよ。  じゃあ、なんでその三つで成り立っていると言われているのかって話になるんだけど、昔から『生き物は肉体と魂で構成されている』って考え方があるのは知ってる?」  あたしの確認に「それは聞いたことある」と、レオン。  さすがに知ってるか。昔っからある概念みたいなものだし。 「その考えにメスを入れて、さらに詳細に分類した人がいて、その人が、生き物は『肉体と霊体と精神体の三つで構成されている』と唱えたそうよ。この場合、魂を霊体と精神体に分けたというわけね。それを唱えた人が、《霊視能力者|サイキッカー》の第一人者、アウストラーという人なんだけど、もうずっと昔の故人よ。  歴史上に名を残す《霊視能力者|サイキッカー》なんだけど、その人は、生きている人間の《霊|エーテル》体も《精神|アストラル》体もはっきりと視えたって言われているわ。だから、そんなことを言い出したらしいんだけど、まあ、誰も同じ世界を視たことがないから、世間の反応は半信半疑だったって話よ」  当然っちゃ当然である。自分の目に映らない存在を信じろ、っていう方が難しい。  それでも、魔術学会で扱われているのは、その真偽を確かめる意味合いが強いのだろう。少なからず、彼の説は正しいと肯定する《霊視能力者|サイキッカー》は存在しているそうだし。 「……なんだか、難しい世界だな……」  あたしの説明を聞き終えたレオンは、一言ぼそりと、そう漏らす。  あたしはそれに同意する。 「まあねぇ。『誰も同じ世界を視たことがない』って言ったけど、実際、魔術師学会で把握している《霊視能力者|サイキッカー》の数って少ないのよ。この手の研究、《霊視能力者|サイキッカー》じゃないと確認しようがないのに、そんな感じだから研究の進み具合もお察しってところ」  研究する人がいないと研究は進められないが、進められる素質ある人が進めようとしないのだ。話を聞いた時は、見事な悪循環だなーと思ったものである。 「それで、なんで武器屋の旦那がそれだと思ったんだ? お前は」  ここまで説明して、ようやく話が頭に戻った。  あたしは歩きながら思い出した話をレオンに説明する。 「《霊視能力者|サイキッカー》って、《霊|エーテル》体からいろいろと情報を読み取れるって話を思い出してね。話じゃ、その有名な《霊視能力者|サイキッカー》さんとかは、相手の考えていることをピタリと当てた、寿命をピタリと当てた、なんて逸話も残っているらしいし」  まあ、伝承なので、どこまでが本当の話か、なんてのはわからないのだけど。 「だから、もしかしてあの店主のおじさんも、そういうのを視て『臭いがする』なんて表現を使ったのかなーと思ってね。  ま、そういう意味でも《霊視能力|サイキック》ってのは特殊すぎて、昔からあまり周りの理解を得られないそうよ。だから、口を閉ざして《霊視能力者|サイキッカー》であることを隠す人が多いんだって」  だから、魔術学会で把握してる数が少ないわけだが。  しかし、レオンもこの様子じゃ、まだまだ《霊視能力|サイキック》ってのは、認知されてなさそうだ。この分野、いましばらくは前途多難そうである。  話が一区切りした辺りで、ちょうどよく、テーブルに料理が運ばれてきた。  あたしが今日頼んだのは、牛肉と茎ニンニクの炒め物をメインとした、ポテトサラダにオニオンメスープ、季節のアイスのセット、二人前だ。レオンはあたしと同じもの、メルはオムレツのセットだ。念のため付け加えるが、二人は一人前である。  料理が全て並び終わるのを待って、あたしはレオンに確認する。 「とりあえず、《霊視能力者|サイキッカー》については、わかった?」 「どうだろうなぁ……。なんとなく、かなぁ。せっかく長々と説明してもらって悪いんだが」 「別にいいわよ。あたしもこの手の話、最初わけわかんなかったし。いきなり全部を覚えろとは言わないわよ。理解しようとするだけ立派だと思うし」  あたしも歳を経て、あれこれ魔術師の本を読み漁って、ようやく段々とそーゆうもんなのだと思うようになったくらいだし。 「ま、長話はこの辺にして、冷めないうちにいただきましょ♪」  話を締めくくると、できたてほかほか、白い湯気をたてるおかずたちに、あたしはフォークを突き立てた。  四、本当の敵は、誰?  トレイトタウンを出てからケルディアタウンまでは、目立った戦闘もなく平和な旅が続いていた。あったといったら、遠目に《小人|ホビット》を見かけたくらいだろうか。  ところが次の日、ケルディアタウンを立ったその日の午後。なんと、無遠慮にあたしたちの行く手を遮る奴らが現れたのだ。  町を立ち、川沿いでお昼休憩をいれ、再びレイソナルシティへ続く街道を歩き始めて小一時間。辺りにすれ違う人もいなくなった頃のことだった。 「よう、お嬢ちゃん。久しぶりだな」  見知らぬ《破落戸|ごろつき》たちが、あたしたちの前に立ちはだかったのだ。その数二十人ほど。男たちの粗野な服装がいかにも「オレたち盗賊です」と主張している。  当然だが「久しぶり」と言われても、あたしに盗賊の知り合いは、いないわけで。 「レオン、知り合い?」  小声でレオンに振れば、彼は首を横に振りながら 「いんや。オレ、そもそも嬢ちゃんじゃねえし」  と答える。 「え、じゃあまさかメル?」  ひそひそと話し合うあたしとレオン。メルは無反応。 「ミナじゃないのか?」 「全然知らない」  さて、あたしもレオンも知らないとなると……無視しちゃダメかな?  だがそれは、相手の数を思い出して思いとどまる。無視して通り抜けるには、やや数が多い。 「なんだい、また忘れたってのかい?」  先頭に立って話しかけてきた破落戸が、再び声をかけてくる。  いやだから、こんなスキンヘッドにちょび髭生やしてるようなおっさんなんて、知らないってば。  でも「また」? 最近「忘れた」って単語はどこかで……また《忘れた》? 「まさか……ダッド、とか言わないわよね、あんた……」  ここ最近でこんな変な状況に遭遇したのは、ダッドの件しかない。  しかし、ダッドは目の前で自爆して、その末路も、あたしたちは目の当たりにしている。はっきり言って生きているはずがない――のだが、その破落戸は、はっきりとこう告げる。 「なんだ、覚えてるじゃないか。そうさ、ダッドさ。先日はまた世話になったな。てことで、今日こそはそのお嬢ちゃん、返してもらおうか」  理解不能な出来事に意識が遠くなりかけるが、あたしは頑張ってその場に踏みとどまる。 「ええと……、レオン。一般的にこういうことって、よくあるもんなの?」 「あってたまるか……。オレだってこういうケースは初めてだって……」  あ、やっぱりそうよね……。  あたしが井の中の蛙で、実はこういう出来事が日常茶飯事である……なんて言われた日には、ちょっと精神的に折れそうなので、レオンにそう言ってもらえると救いがある。  しかし、そうなると、今、目の前で起きてる出来事って、なんなのだろう……。 「んーとあの、毎回見るたび人相が全然違うんだけど、ダッドって、名前じゃなくて姓の方だったりするわけ? で、今までのは、全員兄弟だった、とか?」 「なに言ってんだい。ダッド様はダッド様よ。顔がちょっと違ぇくらいでぐだぐだ言ってんじゃねえ」  ちょっとじゃないからっ!  頑張って考えた推理は、いとも簡単に本人によって否定される。まだ毎回同じ顔が出てきて全部《人造人間|ホムンクルス》でした、なんて言われたほうが納得でき――ん?  あたしは自分で考えていて違和感を覚えるが、それが何かについてはピースが足りなく、わからない。  まあとにかく今わかっているのは。 「どうせイヤだって言ったら、じゃあ力づくで、ってなるのよね?」 「まあ、そうなるだろうなぁ」  ダッドがにたにたと含み笑いで答えれば、周りの破落戸どもも、それに応えるように刀やら鎖分銅やらを構え始める。  各々に武器なんぞ構えて、脅しのつもりなんだろうか?  あたしはレオンと困ったように顔を見合わせる。  レオンもいるし、こんなやつら二十人いても大した敵ではないのだが、はっきり言えばめんどくさい。  特に一番めんどくさくて厄介なのは、ダッドの召喚術である。今のところは何か呪文を唱えている様子はないようだが。  レオンが諦めたように軽く息を吐き、剣を鞘から抜きながらダッドに尋ねる。 「なあ、あんた。これで負けたらきっぱりこの女の子のことは諦めてくれないか?」 「悪いんだが、そいつは聞けねぇ」 「だったらせめて、同じ顔で出てきてくれ……紛らわしいし気味が悪い」 「それはまあ、考えておこう。保証はできねえが」  えっ……。考えておこうって、やろうと思えばできるの!?  ではやらない理由はなんなのか。本当、レオンの言うとおり、不気味ったらないから、そうしてくれるとありがたいんだけど……。  そんなことを考えながらも、同様に剣を構えつつ、あたしは口の中で呪文を唱え始める。 「すぐ片付けるから、メルは下がってろ」  レオンが優しく、メルを下がらせる。  空気が張り詰め、一触即発にまで膨らんだその瞬間。 「《雷撃覇|ティーブ・ラデュナート》」  あたしは剣に呪文をかけながら、杖の様にその剣を振るう。  ピシャン――ッ!  あたしの剣から稲妻の閃光が走り、適当に選んだ破落戸に盛大な音を立てて落ちる。と、同時に落ちた衝撃波が近くにいた破落戸たちを巻き込んでなぎ倒した。落雷地点に選んだ破落戸は、たぶん感電するだけですんでる……と思う。  衝撃波をくらってなぎ倒された破落戸たちは、地面を転がり呻き、起き上がる気配がない。  ――よし、これで残り半分! 「ちっ、人間じゃやっぱりこの程度か」  倒れた男たちを一瞥したダッドは舌打ちをすると、自らこちらに向かって踏み込んでくる。 「レオン! また何か召喚される前に!」 「わかってる!」  あたしが声をかける前にすでにレオンもダッドに向かって駆け出していた。  一気に間合いを詰めると、剣がぶつかり合い、白銀が散る。が、剣の腕は当然レオンの方が上!  軽くダッドの剣を絡め取ると、レオンは拳をダッドの鳩尾に容赦なく叩き込んだ。ダッドは蛙が潰れたような声を上げながら、肺の中の空気を無理やり押し出される。  うっわぁ、痛そう。  あたしもよく村で「反射的に急所を守れるようにする訓練」と称して、大人たちに鳩尾に入れられていたが、さすが人体急所の一つだけあって手加減されてもそらもう、しばらく動けないくらいにはダメージが入る。あれは二度とやりたくないし、やられたくないもんである。  ダッドが鳩尾のダメージで背中を丸めた隙きを突いて、レオンの手刀がダッドの首筋に入った。  これで完全に落ちたかと思いきや、意外と頑丈なのか、ダッドは目だけでレオンをギロリと睨んでいる。そこに破落戸が数人がかりでレオンに挑みかかり、彼はダッドから引き離された。  惜しい!  ダッドさえ落としてしまえば、後はもうどうとでもなるというのに。  そうこうしているうちに、先ほどとは違う呪文を唱え終わったあたしは、ダッドの方に駆けながらそれを自分の剣にかける。 「《衝電纏|トゥーブ・ニッツ》」  先程よりも威力の低い雷が剣を覆う。あたしはその状態で、ダッドまでの道を塞ぐ、手近な一人を剣の腹で殴りつける。  バチン――と、先程よりも控えめに弾ける音がすると、男は気絶して力なく地面に倒れ込む。  よしよし。これなら、さっき使ったのよりも安全そうだ。  同じ《雷|いかづち》を利用した、《風精霊|ウィード》の力を借りた術なのだが、こっちは軽い電気ショックを起こすだけの低威力のもの。  一方、先程使った術は、剣に纏わせた雷撃を、衝撃波を伴いながら相手に落とす術なのだが、村の大人たちを相手にしていた経験で使ったら、思った以上に効果があって、ちょっと個人的にびっくりしてしまって。あの村、もしかして想像以上に常識離れしてるんじゃ……。  自分が数日前まで暮らしていた故郷に、背筋を薄ら寒くしながらも、あたしはいまだ蹲るダッドまでたどり着くと、先ほどと同じ要領で剣を叩き込む。  一瞬、身体を硬直させると、ダッドは今度こそ本当に気絶した。  よっし!  内心ガッツポーズをとりつつ、周囲を確認すると、二十人もいたはずの破落戸もわずか三人を残すのみとなっていた。  あたしはその破落戸三人に、雷を纏わせたままの剣の切っ先を向ける。 「で、後はあんたたちだけだけど、どうする? まだやる?」  さり気なくレオンも距離を詰めてくれている。  ――予想通り、残り三人は悲鳴を上げて、その場をすたこらさっさと逃げていった。 「終わったー!」  術を解いてあたしは「ああ、スッキリ」とバンザイすると、水を差すようにレオンが後ろから小突いてくる。 「言ってないで、こいつら縛り上げるの手伝えって」  わかってるけど、少しは勝利の余韻に浸してくれたっていいじゃない……。  文句は思うも、口には出さない。もちろん、大人だから!  こほん。それはともかく、さっさと縛り上げてこいつらから距離を取らなければ。あたしとレオンの二人で、ダッドと破落戸をその辺の木に縛り付ける。  その時、あたしは少しだけ思いついて、気絶しているダッドの首筋に指を添えてみた。  ――これは……。 「ミナ、行くぞ」 「いま行く」  呼ばれたあたしは、ダッドから離れてレオンとメルと合流する。 「なにしてたんだ?」 「んまあ、ちょっと気になることがあってね。話は後で。とにかく、先を急ぎましょう」  違和感を感じたのが間違いではなかったのは、確認して確信へと変わった。この場所でぺらぺら予想を喋ろうものなら、ダッドに聞かれる可能性もあるし、それはこっちの得にはならなそうだ。  後でちゃんと教えるから、と伝えて次の宿まで歩き始めたが、そのことについて改めて聞かれたのは宿屋に着いて、一階で夕食をとっていた時のことだった。 「で、結局なにしてたんだ? あの時」  後で説明すると言った《張本人|あたし》が忘れていた。  が、その事はなるべく顔には出さずに、口の中の物を飲み込みながら頭の中を整理する。 「――あれね、ダッドの脈を確認してた」 「お前とうとう……」 「違うわよっ!」  レオンの顔つきが真面目になりかけたのを見てあたしは慌てて否定する。あたしの反応を見たレオンは「なんだ」と背もたれに寄りかかった。 「まあちょうどいいか。ちょっと気にはなってたし」 「なにが」  あたしはサラダの葉っぱを口に運びながらレオンの言葉に耳を傾ける。  ――このサラダ、ちょっと乾燥してない? 「トレイトで、ダッドを斬らなかった理由だよ」  レオンはそう言ってチキンステーキをひとかけら切り分けて口に入れる。  ……あー、手首掴まれた時のことかな?  深紫色の甘酸っぱいエピジュースで口の中を綺麗にしてから、あたしはその質問に答える。 「あれは……個人的に同じ人間の欠損はあんまり好きじゃないし、あの距離でやったら血がつきそうだったし」  これでも狩猟は村でやらされたので、動物を捌くのは一応平気だったりする。が、やはり同種となると、抵抗感というのは生まれるわけである。さすがに「切断してみろ」と、自ら練習台になる大人はいなかったし。  ――斬れ、とか言ってくるおっちゃん以外に、そんな奴いたら、あたしきっともう人生捨ててる。 「盗賊退治の時は結構大層なことを言ってた気がするけど、お優しいこったな。別に武器を握らない人間ならそれでいいんだろうけど」  レオンはそう言うが、遠回しな嫌味か、それは。  ジト目になるあたしを気にせずに、レオンは続けて聞いてくる。 「もう一つ。人を斬ったことはある、って言ってたが、人を殺したことは……たぶんないよな?」 「そりゃあね。故意に誰かを殺したことはないわよ」  あたしがつけた傷が原因で勝手に死んでたりするのは知らないけど。 「じゃあ、殺す覚悟は?」  まるで何気ない日常会話のように切り込んでくるなぁ、彼。  そんな彼は相変わらずチキンを切り分けては添えてある野菜と一緒に食べたり、パンを口でちぎって食べたりしている。 「できればそんな覚悟したくないから、あたしの知らないとこで勝手に死んで欲しいわね」 「剣士として旅して食ってくなら、そうも言ってられなくなると思うけどなぁ」 「それは、いざそうなった、って時に考えるわよ。遭遇したこともない状況で空想を考えたってわかるわけないんだし、答えが出るわけでもないんだから、考えたところで無駄に気を病むだけじゃない。あたし、そーゆー自分から暗くなるのって好きじゃないの」  そう返して、あたしもパンを一口、スープを飲む。 「――ちゃんと初心者っぽいとこもあって安心したよ。ま、オレが同行してる間はオレができるだけ引き受けてやろう」  それはつまりなんだ。あたしの答えが気にくわない、または彼としては合格点じゃないってことか。 「随分上から目線じゃない」 「そりゃまあ、お前より戦闘経験は多いし、先輩としては面倒見てやらんと、とは思うわけだ」 「そーゆーのも余計なお世話よ」  ホントにお節介な世話好きだなぁ、彼。  そのうち別行動になるであろう、出会って数日の他人を「先輩だから」なんて理由で構うなんて。 「で、話戻すけど」  あたしは目の前のジンジャーポークを一皿あけて、二皿目に手をつける。  サラダはあんましいけてないけど、お肉はそこそこ美味しい。が、もうちっと味薄くても良いような。 「ダッドの脈を確認してたって言ったけど、あいつ脈なかったのよ」 「やっぱりお前……」 「だから違うってば」 「だったら……」  食べる手を止め、レオンは眉をしかめる。  そりゃそうだろう。真っ当な反応だ。 「ちょっと色々気になっててね、その確認の一環よ。  で、さっき話してて、あれ? って思ったんだけど、トレイトの町で、レオンがダッドの腕を斬ってあたしを助けてくれた時、あいつの腕から《血が出てた》かって、わかる?」  彼は完全に食べる手を止めて、しかめっ面をしたまま虚空をにらみつける。その顔が少しして、さらにしかめっ面を濃くした。 「なあ、流石に変だぞ。オレの服もミナの服も、流血で汚れてないだろう?」 「んじゃあ、やっぱり血が吹き出してなかったのはあたしの見間違い、ってわけじゃなさそうね」  あの後の爆発ですっかりどこかにすっ飛んでいたが、普通に考えてみて欲しい。  あたしはさっき「あの近距離で斬ったら服が血で汚れるから嫌だ」と言ったのだ。しかし、結局はレオンがあいつの腕を斬って助けてくれている。となると、特にあたしの服は血で汚れてないと変なわけだ。  ――その、手首にぶら下がったままだったんだから。 「そうなると、たぶんトレイトで会ったのも、今日会ったのも、どっちも死体でしょうね」  あくまであたしの予想だけど。 「死体って……《死人|アンデッド》ってことか?」 「あたしの予想じゃゾンビかしらね。ゾンビは見た目がきれいって読んだことあるし」 「ああ確かに。ゾンビは労働として使える悪人の死体じゃないとダメらしいからなぁ。死刑囚の監獄に足運ぶと見れたりするぞ」  《死人|アンデッド》はモンスター化した死体全般を指す。その中で、ゾンビは《死霊使い|ネクロマンサー》の術によって動き出した、生前悪人だった死体のことを指し、基本的に大した意思を持たず、自身を復活させた術者に従順に働く、とのこと。  一方、それ以外の《死人|アンデッド》はもっぱら《幽霊|ゴースト》や《邪精霊|フォール・エレメント》がとり憑いて動き出したものなのだそうだ。  ちなみに、二回目にダッドが召喚していた《人喰屍|グール》も《死人|アンデッド》に含まれる。  つーか、ゾンビって監獄で普通に見れるんだ……。もっとこう、森深いところにある 《死霊使い |ネクロマンサー》の屋敷に人知れずいるようなイメージでいたので、ちょっとビックリである。 「そうなんだ……。まあ元々は、死体に鞭打って悪人を働かせて、次の生に向けて更生させる――っていう死後世界や転生論がベースになって考えられた術、って聞くし、監獄で実際に使われているってのは、本来の術の使用目的に沿ってんでしょうね」 「……死後世界?」 「……もしかして、知らない? 創世の《神の庭|アニマムエルム》のお話」  あたしの確認に、レオンは首を横に振った。  寝物語によく聞かせてもらったのは、あたしの村だけだったりするんだろうか?  まあいいや。 「創世――つまり、この世界を創ったっていう、この世界の神様のお話よ。  昔々、神様が空と大地を分け、水を創りました。そして、木々が生え、あらゆる生物が生み出され、営みが生まれました。  地上を創り出した神様は次に、地上を見守る自身に代わり、天上で動いてくれる天使たちを創り出しました。天使たちは神様の代わりに、地上から天上に返ってくる魂を正しく導き、次の転生へと送り出すのです。  そうして、神を守り、あの世を管理する天使たちの居場所は《神の庭|アニマムエルム》と呼ばれるようになりました。  だから全ての生き物は、《神の庭|アニマムエルム》から地上へ生まれ、また生を終えると《神の庭|アニマムエルム》に返り、それを永遠に繰り返すのです――っての。  この《神の庭|アニマムエルム》っていうのが死後世界のことで、最後の《神の庭|アニマムエルム》から来て《神の庭|アニマムエルム》に戻っていくってのが転生論ね」  まあよくある、神話の一つである。いくつか派生があるらしく、村で読めた創世神話の本の類もところどころ記述が異なっていたりしたが、総括するとこんな感じである。 「ふぅん……。で、それとさっきのゾンビの術、ってのはどう関係してるんだ?」 「生き物はここで天使たちに生前の悪行を裁かれ、その罪を天上で《贖|あがな》った後に転生できるって言われているの。まあつまり、ここで裁かれる罪を軽くして早く転生させてやろうっていうことね」  悪人にそこまで情けをかけてやる必要があるんだろうかと思ったこともあるが、死してなお強制労働させられるっていうのは、それはそれで文句も言われずこき使えて、こっちも悪い気がしない、ってのでいいかもしんないと思い直したことがある。 「それって、意味あるのか?」  レオンに聞かれてあたしは言葉に詰まる。  ま、まあ、ゾンビになった時点で魂って肉体に残ってるのかな? って疑問に思ったことはある。もし残ってなかったら……天上と地上で二重労働させられてるんじゃないだろうか、と……。 「それは、あたし見たことないし、《死霊使い|ネクロマンサー》じゃないし、知らないわよ。やらない善よりやる偽善、みたいな?」 「さすがにそれは、なんか違くないか?」  だったら適当に流してよ。あたしも適当にそれっぽい感じがするものを言ってみただけなんだから。  あたしは咳払い一つ「えー」と話を戻そうと……。 「……何の話してたっけ?」 「えーっと……ダッドがゾンビじゃないか、ってとこまで聞いたんだっけか……?」  あ、そこか。創世神話でだいぶ話が逸れてたわね。 「まあ、見た目の理由でゾンビじゃないかって考えてるんだけど、だとすると意思がはっきりしていた気がするのが気になるのよね」 「そうだな。オレが以前見たゾンビは、もっとこうボーっとした感じだったし、そこは当てはまんないな」 「でしょう?  ゾンビかどうかはとりあえず横に置いておいても、他にも気になる点があるのよ。  最初はオーク、次は《人喰屍|グール》を召喚したダッドが、三回目も同じように術を行使できるタイミングはあったはずなのに、一度も、召喚術どころか他の術すら使おうとしなかった。  もし全員別人で、三人目だけ魔術師の死体じゃなかったなら、辻褄があうのよね」  ついでに、使用する魔術にムラがあったり、物理で攻撃してきたり、してこなかったりと差があったのも、そういうことなのかもしれない。 「そもそも魔術師じゃないから、術が使えないってことか」  レオンが納得したように頷くのを見て、あたしも彼の言葉を肯定するように頷いた。 「そういうこと。これも《死人|アンデッド》じゃないかって考えた理由。  ――ただまあ、あたしたち、たぶんまだダッド本人に会ってない、ってのは確実だと思うの」  レオンがきょとんとした顔をした。 「あの自称ダッドが《死人|アンデッド》だとするなら、当然それを使役する術者がいるでしょ?」 「ああ、その術者が本当のダッドじゃないか、ってことか」 「そういうこと」  ま、予想が当たっていれば、の話なんだけど。  ただ、もう一つのわからないことは全く《解|ほど》ける気配がない。  あたしは残りのスープを全て口に流し込みながら、あたしとレオンが話す横で黙々と、珍しいものでも見るかのように目玉焼きの乗ったハンバーグをつついているメルを見た。  本当のダッドが他にいるとしたら、なぜこんな手のかかる方法でメルを連れ戻そうとしているのだろうか。失礼だが、帰る場所がないと意思表示した彼女に、そこまでの価値があるとは、今のところ思えないのだが……。  はっ、まさか彼女の家出に協力しているとか――!?  ――なわけないか。金目のない女の子の家出に賊ごときが手を貸す訳がないし。そうだったとしても、金持ちの家の子ならとっくにどこかで話を小耳に挟んでいそうだ。  そもそも、ハンバーグを物珍しそうに見ている子がお金持ちの家の子とは、やはり失礼だが、到底思えない。  まあともかく、今確実にわかることは、あたし達はまた近いうちに「ダッド」と会うことになるだろう、ということだけか。できれば次で終わりとしたいが……さてはて。  あたしはジンジャーポークの最後の一切れを、名残惜しそうに口に入れた。  ◇ ◆ ◇  そしてその時は、意外と早くやってきた。なんと次の日のことである。場所は昨晩泊まった宿屋から北に上がった場所にある、湖畔。  どうせ来るのがわかっているなら、人目につかず、派手に暴れられそうな場所に移動しよう、ということで地図を確認したところ、ちょうどよく宿屋から北に森を入ったところに湖があったのだ。ちょっと奥に入る必要があるし、おいそれと誰かがやってきて戦闘に巻き込む、ってことにはならなそうだ。  しばらくは野宿も覚悟していたの、さっさとご登場していただけたのが、こっちもありがたい!  だって、野宿嫌いだもん。 「やっぱり来たわね、ダッド!」  あたしは高らかに声を上げると、またぞろ手下たちを引き連れて姿を見せた、《昨日と同じ姿》のダッドを真っ直ぐ見据えた。  恐らく、手下たちもよく覚えてないけど、昨日と同じやつらをそのまま引き連れてきたんじゃないだろうか。  エライなー。コテンパンにあたしたちにやられていた気がするのに、まだダッドに付き従ってくるなんて。  あたしがそんな風に妙に関心していると、ダッドが口を開く。 「当然。昨日は世話になったじゃねえの」 「お礼はいらないわよ」  軽口を叩きつつ、あたしはレオンに目配せをする。  レオンはあたしの背後で、無言で剣を抜き――地を蹴った。  レオンがダッドの前に辿り着くのと、レオンの剣がダッドの首を走ったのとは、まさに一瞬のような出来事だった。  昨日、ダッドが本当に《死人|アンデッド》かどうか確認する必要がある……ということで、レオンにとりあえず斬ってくれとお願いしておいたのだ。  自分から「できるだけ引き受ける」と言い出したのだから、言い出しっぺに押し付けるのは当然でしょう。まさか、首を行くとはあたしも思ってなかったけど。  昨日、脈が無いって確認して、目の前にピンピンした姿でご登場されたから、それだけで《死人|アンデッド》と断定しても良かったかもしれないが。  その場が静まり返る中で、完全には切断されていないダッドの首が不気味に傾いた。これで動き出したら怖いな……。  数拍、しばらく待っても、レオンが容赦なく頸動脈をバッサリやってくれたというのに、そこからは血の一滴だって流れ出してはこない。  それを確認して、あたしは確信を持ってダッドに告げる。 「やっぱり、あんたは《死人|アンデッド》だった、ってわけね」  ダッドは答えない。というか、答えられたら怖いから《死人|アンデッド》でも答えないで欲しい。  代わりにあたしは、周囲に聞こえるように声を張り上げた。 「さあて! 種も割れたわけだし、あたしたちはそろそろ、本物のダッドにご登場願いたいんだけれど、聞き入れてもらえるのかしらねっ」  これで本物のダッドが出てきてくれれば、それをどうにか叩いてふん縛って理由を吐かせれば、この件はとりあえず収まるだろう。  あたしはその時はそう、軽く考えていた。 『そうか……。本当は穏便に取り返したかったんだが……致し方あるまい』  声は、どこからともなく響いてきた。テノールの、深みのある男の声だ。  出処を探すも、どこから聞こえてきているのかは全くわからない。どこかから発せられている音が反響して届いている、というよりは、辺り一帯に、一定に響いているのが聞こえている、といった感覚に近いだろうか。  メルの傍に近づいて、あたしは辺りへの警戒を怠らない。  ――突然、操り人形の紐が切れたかのようにダッド(仮)が倒れ込んだ。と、同時に、ダッドが引き連れていた手下たちから悲鳴と共に鮮血が散る。  なっ――!?  あたしとレオンが驚いている前で、ダッド(仮)御一行が全員草の上に倒れ込むと、その中央に一人の男が姿を現していた。  薄い青の髪を撫で付けた短髪に、灰色の肌。格好は、どこかの騎士の姿のようだが、あまり見覚えがないタイプのものだ。マントを風になびかせながら開いた目は、緑目と白目の色が反転していた。  こいつ、一体どこから……。 [*label_img*] 「お望みどおり、出てきてやったぞ。小娘」 「それじゃあ、あんたが本物のダッド、ってわけね。三人目は随分とご登場までに日があったじゃない」 「ちょうどいい死体など、そうごろごろとは転がっていないからな。ご明察――とでも賛辞を送って欲しいか? 人間風情にしてはよくやったと思うが」  本物のダッドは鼻で《嘲笑|わら》ってあたしを見下す。  人間風情にしては、って随分エラそうじゃない、こいつ!? 「あんたねぇ!」 「ミナっ」  あたしが怒って文句の一つもぶん投げてやろうかとしたところを、戻ってきたレオンに強く名前を呼ばれて引き止められた。  ダッドから視線をそらさず、レオンはあたしに小声で警告する。 「あいつをあまり刺激するな。あいつは――魔族だ」  まぞく……? 「って、なに?」  聞き返すと、レオンのこめかみが微かに揺れた。 「闇に生きるもの、闇に転化したもの、闇そのもの――そう呼ばれているのが魔族だよ。  灰色の肌と反転した目を特徴として持っているから、見ればすぐにわかるんだが、トロール並みの再生力がある上に攻撃を通しにくいのもあって、物理攻撃も、魔術も、基本的には効果がない。  要するに、相手にするのが最も厄介な種族ってことだよ」  ……あーそう言えば、村のおっちゃんたちが、万一魔族に遭遇したらとにかく逃げろとか言っていたよーな。 「ふうん……。レオンは戦ったことあるの?」 「遭遇したことはあるが、ちゃんと戦ったことはないな。魔族に遭ったら脱兎のごとく逃げろ、ってのが鉄板なんだ」  おっちゃんたちやこのレオンがそこまで言うってことは、相当厄介な相手なのだろう。この魔族ってやつ。 「そう。ありがとう、レオン」  説明してもらった御礼を告げて、あたしは一歩、親切にもあたしとレオンのやりとりを黙って待っていてくれたダッドの前に進み出る。 「そいつらをやったのは? 別にほっとけばどっかに逃げてったんじゃないの?」 「こいつらにもう用はないし、邪魔だからな」  待っていてくれたどころか、律儀に質問にも答えてくれた。  うーむ。これは、余裕ってやつなんだろうか。 「そ。じゃあ、メルを付け狙ってた理由はなに?」 「それは、その小娘本人から聞けばいいだろう。まあ、生き残っていたら、の話だがな」  ダッドの返答を聞いて、疑問に思っていたことが一つ腑に落ちた。  てことは彼女、やっぱりそーか。  しかし、レオンが眉根を寄せて声を立てる。 「聞けばって、この子は」 「レオン」  意義を唱えようとしたので、あたしは名前を呼んでそれを遮った。 「たぶん、メルは言葉を喋れるわ」 「なっ――」  レオンが驚くのも無理はない。あたしもダッドに今、そう言われるまでは半信半疑だったし。 「トレイトで、彼女が魔術を使った形跡があったのよ。塵煙のあと、不自然だったでしょう?」 「……そうか? あれは、噴水の影で、ああなったんじゃ」  偽ダッドが自爆した時の爆風のことである。あのあと合流した彼女の周囲には、彼女を避けるように綺麗に弧を描く埃の跡がついていた。 「あんな風に境界線がくっきりわかるほど跡が残るとは、あたしは思えないんだけど。もし、あれが、魔術による結界を張った跡だっていうなら、酷似しているし、納得できるのよ」  この点は、魔術師でないレオンが気づかなかったとしても、無理もない。 「魔術は文字で術式を書くか、口で呪文を唱えなければ構築も発動もできない。でも、あの場に術式を書いた形跡はなかった。ってことは、メルは少なくとも精霊言語は話せるはずなの。  でも、今のダッドの話しぶりじゃ、普通に人間の言葉も話せそうね」 「だったら……なんで黙ってたんだ?」  それは、あたしとメル、どちらに向かって聞いた言葉なのかはよくわからなかった。が、とりあえずメルは話したくないだろうし、あたしが勝手にあたしの意見で答えておくことにする。 「だって、確証はなかったし。それに、わざわざ隠したってことは、そうしたい理由ってのがあるんじゃないの? それを無理に聞き出そうとするのって、あたし趣味じゃないし」 「それは、まあ」  レオンも、今までのメルの様子から、思う所があるのだろう。食い下がることはなく、引いてくれた。 「まあこうなった以上、その辺は後で直接聞くとして。もちろん、これ以上付け回されないようにアナタをきっちり片付けて、生き残った上で、ね」 「って、さっきの人の話を聞いてたのか!? お前は!」  あたしの宣言に、今度は顔を青くしたレオンが慌ててあたしの肩を掴む。その声は切羽詰まっていた。 「ちゃんと聞いてたわよ。魔族……つまり、ダッドが相当強いってのは。だからこそ、挑み甲斐があるってもんじゃないの。  正直、盗賊退治も、偽ダッド退治も、拍子抜けでつまんなかったのよ。でも当然、あんたはそんな退屈な戦闘にはなってくれないわけでしょう?」  あたしは挑戦的にダッドを睨む。  正直あたしは今、冷や汗が伝うくらいには背中がゾクゾクしている。これが恐怖からなのか、武者震いからなのかはよくわからないが「こいつと戦ってみたい」というのは紛れもないあたしの今の気持ちだった。  そんなあたしの気持ちをよそに、ダッドはつまらなそうに鼻を鳴らす。 「子兎が虎の真似でもして威勢よく吠えるか。愚かしい。  まあ、私としても今は事を荒立てたくはない。そこの小娘と――そうだな、ついでにキサマが首から提げている指輪をこちらに渡す、というのであれば今回の所は見逃してやってもいい」  ダッドの要求にあたしは眉をひそめる。  メルはともかく、あたしの指輪も? なんのために? 「どうして指輪を……なんて聞いても、それもメルに聞け、かしらね?」 「で、どうする」  肯定か。  あたしはダッドの提案に、溜息一つ、後ろ髪をかき上げた。 「あのねぇ。そんな簡単に手渡すようなら、さっさと偽ダッドに出会った時点で返却してるわよ。つまり、それがあたしの答え」  あたしの答えを聞くと、侮蔑するようにダッドの目元が歪む。 「交渉決裂、か。やはり人間は闇弱ばかりか……」  ……「あんじゃく」ってなんだろう。こんにゃく?  まあいっか。あの様子じゃ、少なくとも良い言葉じゃなさそうだし。  そんなことを考えながらあたしが剣を抜くと、レオンがあたしの腕を再び引いた。 「お前、どうする気だ。勝算はあるのか?」  レオンの問に、あたしは「さあ?」と首を軽く傾ける。 「あ、そうそう。《一対一|サシ》でやってみたいんだけど、死ぬ気だけはないから、危なくなったら助けてね、レオン。それまではメルのことよろしく」 「お前は……!」  かるーく告げると、レオンの目に怒りが滲む。  あーやっぱり怒るわよね……。  まあ、それはあとでたっぷり怒られるとして、あたしはレオンから逃げるように前に出る。 「凡愚な小兎、来るがいい。魔族の恐ろしさ知らぬならば、多少の手加減はしてやろう」 「あら、随分とご親切なこと。それが強者の自信と余裕ってやつ?」  軽口で返しておいて、あたしはダッドに向かって走りながら呪文を唱える。  《統べるもの・地精|テドラモ・オニメルボス》  《いにしえよりの汝が寵愛をもって|オットミウ・アウオアイチ・ガズェノニ・ノレイシン》  《我にさらなる力を与えよ|エヤアトア・ワリクト・アタナリセ・ナロウ》  まずは確認、あたしはダッドの首筋めがけて剣を振るう。当然、すんなり首に入るとは思って狙っていないが、あたしの剣はダッドの前腕、籠手を斬りつけるに留まる。  剣は籠手に流されるまま、あたしはその流れを利用してダッドの鎧の隙間めがけて踵蹴りを繰り出す。  特定の衝撃を靴底に与えると、自動で踵からナイフが出る特別仕様で、すでにそのナイフは顔を出している。  蹴りはクリーンヒット――したと思われた。  硬い……?  見れば、そもそもナイフが突き刺さらずに、衣類の表面で切っ先が止まっているではないか。 「《閃光|オクラフ・イア》」  あたしは試しに唱えていた呪文をナイフにかけてみる。  と、手応えがやや変わる。表面だけ乾いてるように見えて、中が水分を含んでいる土に足を突っ込んだような、そんな感じだ。  まさか、防御結界そのものを身体の表面に張っているのか!?  そうなると、まず普通の武器じゃダメージは通らない。今だって、かけた術の威力が相手の防御結界に負けているから貫通できないのだ。 「威勢はよくても所詮はこの程度か」  あたしは反射的に足を引くが、ダッドにナイフを掴まれ――いとも簡単にポキっと折られた。  ちなみに、ダッドは素手である。籠手をしているとはいえ、覆われているのは手の甲のみ。手のひらはグローブをしているとか、そういうことはなく。  蝶が止まればそのままスッパリいける程に術で切れ味を抜群に良くしているナイフを、素手で掴んで更にそのまま手折ったのだ。これをただの人間がやろうとしたら、剣を掴んだ時点で指が全部切り落とされるだろう。  あたしは体勢を少しだけ崩しながらも、一度ダッドと距離を取る。  ダッドの手から粉々に砕かれたナイフがパラパラと地に落ちるのが見えた。  これは確かに、色々と尋常じゃない能力を有しているようだ。 「まだまだ、これはほんの小手調べ、よっ!」  あたしは次の呪文を唱えて、走り出す。  《統べるもの・火精|フレス・オニメルボス》  《汝が焼滅の焔もて|オトムーンオウン・エトゥモアース・イグ・アズネン》  《我が斬る全てを焼きつくさん|ヌスキタコイェウ・エトゥバス・イラク・エガロウ》 「《炎切滅|オークレフ・ウナー》!」  あたしの剣の刀身が炎に包まれる。その状態のまま、あたしはダッドに斬りかかるが、ギギギ、と嫌な音を立てて、あたしの剣はまたもダッドの防御結界に阻まれる。  それでも手応えとしてはさっきよりいい。  あたしは構わずその状態でダッドと入れ代わり立ち代わりしながら、何度も斬りつけていく。 「ちっ、サルの一つ覚えが」  防御に徹していたダッドが左手を握りしめると、腕を軽く引く。あたしはその隙に右手をダッドの脇腹に添えた。 「《聖盾崩|ロプセグ・ナスィア》」  パキン――と乾いた音がして、ダッドが体表面に張った防御結界が、あたしの術で砕かれ、引き剥がされる。  これは結界を無効化する神聖魔術の一つ。直接結界に手を触れないと効果がなく、魔力消費が対象の結界の大きさに比例するが、習得しておくと使い勝手のいい術だ。  結界を引き剥がされ、ダッドの表情がかすかに動いた!  すかさず、左手の剣を逆袈裟に斬り上げる――しかし、ダッドも咄嗟に身を引いたせいで、浅い!  あたしの剣は、ダッドの右手と胸鎧に大きく傷をつけるだけとなるが、それでも右手首から先は貰った。  右手を失ったダッドは、大きく後ろに飛び退って、あたしから距離を取る。  ――なんだか、腕を切り落としてばっかだな。別に意図的に腕を狙ってやってる訳じゃないんだけど……。そこに腕があっただけで。  落ちた右手は籠手や袖口ごと燃え尽き、風に流され消えたが、切断面の炎は燃え広がることもなく小さくすぼんで消えている。  防御結界さえなければ、術をかけた物理攻撃はすんなり入るのか――と思ったのもつかの間。  ダッドがめんどうくさそうに自身の右手首を顔の高さに持ってきたかと思えば、目の前でダッドの右手が《生えた》。  いや、冗談でもふざけているわけでもなく、文字通りにょきっと……というよりは、ずるっというか、ぼこっというか、とにかく生えたのだ。  さすがに服や防具は戻っていないが、灰色の傷ひとつない右手が新しく生まれている。  いやいやいや。トロール並みって……トロールもこんなに再生が早いなんてきいてないけど。トロールさんには未だ遭遇したことはないけどさ。 「ほう。私の結界を破ったか。小兎から小猿くらいには認識を改めてやろう」  それ、なにが違うんだろう……。  右手を握ったり開いたりしながら、ひと目もくれられずに、なんか一応褒められたっぽいのだが、イマイチよくわからず、あたしは眉をしかめる。  生やした手の感触の確認が終わったのか、ダッドはゆるりと手を下げ、ようやくあたしを見る。 「これはほんの、お返しだ」  突然、ダッドの姿が目の前から掻き消えた。  どこ――と辺りを探すまでもなく、ダッドは突如としてあたしの目の前、目と鼻の先に出現した。  空間を渡った!?――驚いて見開いた目に、迫るダッドの拳が映り、あたしは条件反射で防御姿勢をとっていた。  ――次の瞬間には、あたしは湖の上に放り出されていた。  ったー。受け止めた手が痺れてる。  後ろに跳んでいくらかダメージは殺したが、それでもこの威力である。  ふっ、と影がかかり、落ちゆく体勢で視線を上げれば、マントを翻したダッドがあたしの真上で、追撃と言わんばかりに拳を構えている。  あたしは盛大に水柱を立てて湖に叩きつけられた。  あたしの剣が水に飲まれ、蒸発させ、ジュワッと辺りに煙を発生させる。  いくら全てを燃し尽くすと言っても、炎は炎。当然そこは自然法則に従い、現象を引き起こすのだ。唯一違うのは、魔力を供給し続ける限り、魔術で発動させた炎は消えない、といったところだろう。  ということで、苦しいし、あたしは剣にかけていた術を解く。  もがくように腕を伸ばすと、手が地面に触れる。片手で身体を引き上げるように泳ぐと顔が水面に出た。  にしても、今のはさすがに重かった。湖の浅瀬の近くに落ちたのがまだ救いだったろう。あたしは痛みをやり過ごしながら、空中からあたしを見下ろしているダッドを睨みつける。  どうせ、風の魔術でも使って浮いているのだろう。態度から何まで人を見下していいご身分だこと。  ……そうか。目くらましくらいには使えるのか。  あたしはあることを思いつくと、ダッドに向かっていたずらっぽくニィっと笑った。 「《火炎球|オラブ・ラルフ》!」  術を発動させると同時にあたしは水面から上がる。  次の瞬間、ダッドのわずか後方で盛大な爆発が生じ、炎混じりの水柱と白い煙が大きく立ち昇った。それは爆風で広がり、瞬く間に驚くダッドを飲み込んでいく。  なんてことはない、水の中で高温の《火炎球|オラブ・ラルフ》を出現、爆発させたのだ。球体という性質上、手のひらに出現させた方が扱いやすいというだけで、訓練すれば出現場所はある程度自由に変えられる。  本当はダッドの真下に出現させたかったが、どうも位置指定が苦手で、あたしがやると十中八九、今みたいに出現場所が少々ズレてしまう。  これがあたしの場合、隠しナイフをぶっ立てて、そこに出現させる、とすると、うまいこといくのが不思議なのだが、それが相性というものなんだろう。  さて、冷たい水が、いきなり高温に熱せられたらどうなるだろうか――答えは、爆発する。  熱したフライパンに冷たい水を落としたら思いっきり弾けた経験はないだろうか。あれの原理である。  普通の人間や生き物なら全身火傷とかになってそうだが、あの様子じゃダッドにダメージなど入るまい。それは想定して、こっちまで被害を被らないように、一応威力は抑えたつもりだけれど、中心付近にいたら熱いだろーなー。  爆風はあたしの方にも及んではいるが、おかげで「あ、熱風が来たなー」くらいの被害しか起きていない。  この間にあたしは森の方に走りながら、さっき砕かれたナイフの破片を拾ってあちこちに散らしておく。森の手前まで移動したところで、ジュウジュウ――という音を立てながら、煙の中からダッドが姿を見せる。 「流石に今のは驚いたぞ」 「伊達に魔術師やってないでしょ?」  驚いたとは言うものの、ダッドにダメージを受けた様子は見られない。  案の定、と言うところだが、服もなんか濡れた形跡が見られないなぁ。  が、よく見ていて、あたしはあることに気がついた。  爆発で生じた煙がダッドに吸い込まれている……気がする。もしかして、とさっきダッドが右手を再生した辺りを見ると、その辺りだけ草が萎れている。  まさかとは思うけど、あいつの超再生って、エネルギードレインとかだったりするんだろうか……。 「ところで、さっきから全然攻撃してこないけど、どういうつもり? こっちばっかり手の内晒して、これなら、村のおっちゃんたち相手にしてたほうが、よっぽどいいんだけど」  言っておいてなんだが、おっちゃんたちに勝てたことなど、一度もないけど。  それでも、めっちゃ手加減されて相手されるのは、ムカつくものなのだ。 「なら、そろそろ、こちらからも攻撃してやろう」  お?  ってことは、やっぱりわざとかっ! 「あんたは、人を舐めてんのかっ!」  あたしが喚くと、遠くから「舐めてんのはお前だ!」とレオンの叱責が飛んできたが、ガン無視しておく。  ダッドは、ゆっくりと手を胸の位置まで掲げながら、あたしに告げる。 「ああ、舐めているさ。――進化を拒んだ、愚かな種族をな」  は? 進化を拒むって……言っていることが、全く意味がわからない。  ダッドの言葉に眉を潜めている間にも、ダッドの手のひらに、小さな光球が出現する。それは徐々に大きくなり、拳大にまでなる。  あれは……、もしかして、ただの魔力の塊?  魔術師初心者が、最初に自分の魔力を自由に操れるようになるための訓練で、作り出すようなものに似ている。  ダッドは、それをあたしに向かって無造作に放り投げた。  あたしは光球の軌道を読み、距離を取るように横に飛んで、それを避ける。  あたしが一拍前までいた場所に着弾した光球は、その場で予想以上に派手に爆発した! 「わっ――!?」 「どこを見ている」  爆風で視界を遮られるあたしに、無情なダッドの声が届く。  必死に目を凝らすと、次の光球が自分に迫っているのが見え、あたしは爆風から逃げるように走り始めた。あたしの後ろを追うように、着弾音が途切れること無く響いている。  ひえ〜。あの威力の魔力球を連発できるって、なんつー離れ業!?  とにかく一旦射程範囲を抜けないと!  あたしは口の中で呪文を唱えながら、湖の方角に進路を定めて駆け抜ける。  《四元の精・風の精霊|ウィード・エドヌリフ・エオセンイゴフス》  《我に俊足の風を与えよ|エヤート・エゥ・アゾクン・オクスニィス・エナロウ》  水際まで辿り着くと、今度は迷わずに自分から湖の上にダイブする。 「《風飛行|イルフ・イ・アーヴァ》!」  水に落ちる前に風があたしを取り囲み、空に向かって弾けるように浮き上がる。  風を身体にまとって飛ぶ飛行術だ。制御に慣れない間は、速度の調整ができずに目を回して墜落して乗り物酔いを起こすまでがセットでよくあるが、慣れてしまうと速度も進行も自由にできて快適になる。  なんでもない時なんかは、これで思いっきり空をかっ飛ばしたりするとかなり爽快なんだが、今はそうも言っていられない。  あたしは、猛スピードで水しぶきをあげながら湖の上を這うように抜けていく。その後ろを追うように水柱が数回立ち昇った。  音が聞こえなくなったところで、あたしは上に舵を取る。ダッドから距離を取ったところで、あたしはその場に滞空してダッドに視線を据えた。  攻撃の手を止めたダッドは、ゆっくりと地面に降り立っている。 「これではいつまでもあたらないか。なら、これはどうだ」  表情を欠片も動かさずに、ダッドは右手を頭上高く掲げる。――右手を中心にして、扇状に魔力球がいくつも出現していく。  げげっ。十……二十……どころじゃないぞ、あの数……。  瞬く間に無数の魔力球がダッドの周囲に出来上がっている。  さて、どう動くか……などと考える間もなく、ダッドは無造作に右手をあたしに向かって振り下ろす。  それが合図だった。  無数の魔力球が一斉にあたし目掛けて打ち出される。考えるよりも勘で、次々と間髪入れずに追尾してくるそれを、すれすれで避けて、潜り抜けて――ふと気がつけば、地面が目と鼻の先にあるのがあたしの視界に飛び込んできていた。  陸地に誘導されてた――!?  その一瞬の動揺が、判断を一瞬遅らせた。  身体に衝撃が走り、あたしは風をまとったまま吹き飛ばされる。バランスを崩して地面すれすれを行くあたしの目が、真っ直ぐに向かってくる魔力球を、やけにゆっくりと捉える。  まずい、もう一つ直撃する……!  そう確信した直後、あたしとそれとを遮るように、影が割り込んだ。その影は、あたしに当たるはずだった魔力球を真っ二つにし、無効化する。  それだけを目視で確認して、術の制御をすっかり失ったあたしは、見事に地面に墜落していた。  土埃を上げながら、地面を数度転がり、止まった所であたしは身を起こす。ダッドの魔力球自体は風が多少相殺してくれたが、体中擦り傷で痛いったらない。さすがにいまのは自業自得すぎて腹を立てる気にもなれないけれど。  顔をあげると、あたしをダッドから守るようにして、レオンが剣を構えて仁王立ちしていた。  そうか。彼の剣は《死んだ剣|イナクティブ・ソード》だった。魔力回路がないから、魔力の流れを阻害するなりして無効化できるんだろうか?  どういう理屈なのかはわからないが、ともかく、ダッドの魔力球を無効化したのは、彼の剣で間違いないだろう。 「大丈夫か? ミナ」 「ありがとう。助かったわ。ついでに、ちょっとダッドをあそこに抑えておいてくれると助かるんだけど」 「任せろ……って保証はできないけど、やれるだけはやってみるよ」  あたしの無茶なお願いを受けてくれたレオンは、言うが早いかダッドに向かって駆け出している。あたしも立ち上がり――少々身体が堪えているようだが、我慢して走り出す。  ダッドはレオンを遮るように魔力球を打ち出すが、レオンはうまく自分に当たる軌道のものだけを見抜いて切り伏せ、最小限の動きで防御を行っている。  さらに、移動するあたしに向かう魔力球もついでのように斬り伏せてるのは、とんでもない洞察力・判断力・技術力である。  おかげでこっちに飛んでくる魔力球が少なくて、楽。  その間にもあたしは森の手近な木の下に移動し、地面と幹を蹴り飛んで枝を掴むと、掴んだ枝を軸に、くるん、っと回転して枝に乗る。  ダッドとの距離を確認して、あたしは枝伝いに移動していく。間もレオンとダッドの方を確認するのは怠らない。  レオンがダッドの下に辿り着く。弓がしなるように飛び上がり、彼はダッドに斬りかかった!  ダッドは刀身を握るようにして左手で受け止め――刹那、ダッドの表情が驚愕に固まった。  なんだろう、あたしを相手にしていた時より驚いているような……? 「キサマ……《なんだ》っ!?」  なに……て、なにが?  レオンも眉をひそめて訝しんでいる感じなので、ダッドにそう言われる覚えはなさそうだ。  なんだかよくわからないが、その間にあたしは呪文を準備する。  《神聖なる裁きと守護の智天使|イムベロク・オン・ウゴィシット・アカバス・アリネイサス》  《我に仇なす悪心に|イン・ヌサク・アサナディ・エナリゥ》  《六つの聖なる光を顕し|アサワロ・イゥ・アリクハリネオスン・ウティム》  《汝が千手を持って|オットムゥ・エイジェナス・イグ・アズネン》  《救いの裁きを与えたまえ|アーメタート・イゥ・アカボス・イヌーケス》  唱え終わると、あたしはその場でタイミングを図って――樹上から飛び出した!  もちろん、ダッドの真上目掛けて。  ダッドはレオンの剣を離すと、彼を蹴り飛ばす。ふっ飛ばされたレオンは、遠くに転がる。それほどダメージはなかったのか、すぐに起き上がった。 「はぁぁぁあああああっ!」  仰ぐダッドに、避ける間もなくあたしの切っ先が迫る!  ダッドは素手であたしの剣を受け止める――が、こっちとしては、好都合! 「《神剣千手|ドゥナー・ペオミュアル》」  発動と同時に、地上で六つの点が白く輝く。それは、聖なるシンボル・六芒星を描き出した。六芒星の輝きがせり上がるようにして、無数の光の槍が出現し、ダッドに向かって放たれる!  六つの点は、さっきばら撒いておいたナイフの破片である。発動に必要な剣の他に、予め点となる刃物を配置して場を構築できるようにしておかないと、この術は発動すらしないのだ。 「貫けぇぇぇえええええっ!」  あたしの生み出した白い光が、ダッドを飲み込み――貫いた。  あたしはダッドを下敷きに、新しい土煙を上げて地面に墜ちた。 「つつつ……」  多少のダメージは受けつつも、あたしは身体を起こす。  《神剣千手|ドゥナー・ペオミュアル》が、落下方向とは逆向きに働いたおかげで衝撃を和らげてくれた、とは言っても痛いもんは痛い。 「ミナ、ダッドは!?」  咄嗟に術の効果範囲から出ていたのか、巻き込みダメージを受けた感じのしないレオンが切羽詰った声で…… 「え……」  レオンの声に慌てて下を見ても、そこには何もない、形がデコボコに崩れた地面が広がっている。  どこ――!?  慌てて立ち上がって周囲を見渡すが、レオンと、草木の影から伺うメルの姿しか辺りには見当たらない。  ダッドを探すあたしたちの耳に、登場時と同じように、どこからともなくダッドの声だけが響いてくる。姿は――どこにも見当たらない。 『なるほど……、気が変わった。その娘と指輪、当分は預けておこう』  預けておこうって……。 「ちょっと、逃げる気!?」  慌てて声をかけるが、しかし、応えは返ってこない。  無視しているのか、既にこの場を去ったのかはわからないが、もうあたしたちとこれ以上ここで戦う気はないのだろう。  ――あぁのぉやぁろぉぉぉおおお! 「決着はまだ着いてないでしょっ! 途中で逃げないで戻ってきなさいよ、ダッドー! 卑怯者ー! むきーっ!」  途中で試合放棄されたあたしは、姿の見えなくなったダッドに向かって、ジタバタと文句を叫び散らす。それが無意味とわかっていても、これがそうせずにいられるかっ!  そーゆうのが、一番ムカつくのよっ!! 「ミナ、無事か?」  レオンがメルを連れて、あたしの無事を確認に駆け寄ってくる。  あたしは食い気味に、レオンに詰め寄っていた。 「無事に決まってるじゃない! レオンが助けて隙きを作ってくれたんだから!」 「お、おう……。何をそんなに怒ってるんだ、お前。魔族相手に追い返して、大怪我もしてないんだから、そんなキーキーすることもないだろう」 「あいつ、あたしに対して全っ然本気で戦ってなかったのよ! それなのに、適当に相手して勝手に帰るなんて、人を小馬鹿にするにも程があるってのよ!!」  八つ当たりなのはわかっているが、あたしは地団駄を踏みながら、レオンに向かって喚き散らす。 「お前……魔族を相手にして命に危険がないっていうのがどれだけ幸運か、全然わかってないだろう……? いつまでも、子供みたいな我儘言ってんなよ……」  ムカッ。  こ、こいつはぁ。あたしがそう言えばムキになって黙ると思って! 「子供じゃないもん、大人だもん……」  ――なにを言っても「それが子供」と反論されそうで、結局、それしか返せなかった。 「はいはい、そうだな、大人だな。――たく、無茶しやがって!」  ゴインッ、と硬い音と共に目の前に星が散った。  だああああああああああっ!?  あたしは目に涙を浮かべながら、殴られた頭を押さえて蹲る。  い、いまのはひきょーだぁ……!  ざり……と土を踏む音がして、あたしは涙目のまま顔を上げる。  そこに、顔に影を落としたままのメルが、戸惑うように立っていた。  メルが最初に口にした言葉は「怪我を診せてください」だった。  言われて擦り傷やら打撲痕やらをメルに見せると、彼女はそこに手を添えて、澄んだ声で歌うように呪文を紡いだ。 「《治癒|グナレイフ》」  神聖魔術の治癒魔術だ。術をかけた対象の自然治癒力を一時的に引き上げるものである。目の前で、あたしの傷がみるみる治っていく。  あたしもこの術は使えるが、自分でかけるよりずっと治りが早いような。  メルはあたしの怪我を治すと、今度はレオンの傷も同様に治癒させた。  それきり黙ってしまうメルに、あたしは一応確認する。 「メル、言い訳は聞かせてもらえるのかしら?」  目線はあたしたちと合わせないまま、メルは視線を落として、ようやく重い口を開いた。 「いままでので、おわかりになったでしょう……? わたしに関わったら、どうなるのか」 「君は、最初からこうなると、わかっていたのか?」  レオンの確認に、メルは一つ、頷いた。 「あのひとたちが、そうかんたんに、わたしを手ばなすとは、思っていませんでしたから……」  その声は、どこか淡々と、遠くを見ているようだった。 「事情は、話してくれるわよね?」 「話して、どうなるんですか。おふたりにどうにかできるとは、思っていませんし。いまわたしから、はなれれば、きっと魔族もこれイジョウ、ミナさんとレオンさんに、つきまとうこともないはずです」  この子は、今さら何を言っているんだ。 「ダッドの捨て台詞、聞いてたでしょう。あいつ、偉そうにあたしたちに『あなたを預ける』って言ってたのよ。それに、なーんでか、あたしの指輪も欲しがってたし。  ここであなたと離れても、本当にメルの言う通りに事が運ぶかしらね」  あたしがわざと、意地悪っぽく言葉を選んでみると、メルは困惑したように、さらに視線を落とした。 「それは……。でも、このままわたしといっしょにいたら、ミナさんもレオンさんも、わたしの、お父さんとお母さんみたいに――魔族にころされてしまいます……」  彼女の口から転がり出た事実に、あたしとレオンは息を呑む。  そうか、だからこの子は……。  彼女がここまで悲観的な理由の大方の事情はなんとなく察せられたが、あたしはそれで引き下がるような性格ではない。  レオンも同様だったらしく、あたしよりも先に口を開いた。 「でもな、メル。だからって、君の望むとおりには、やっぱりできそうもないよ」 「レオンに同意するわ。大体今回、あたしとレオンはどっちも魔族と遭遇して生きてるじゃない。そんな簡単にあんな奴にやられて、死んだりなんてするつもりはないわ」  あたしとレオンの答えに、メルは声を沈ませる。 「こんかいは、たまたまじゃないですか」  メルの反応に、あたしは不機嫌に片眉を跳ね上げる。 「失礼ね。次戦ったって、負けないわ。あたしは、あんな魔族に殺されるために生きてるわけじゃないんだから。  あ、そうそう。先に言っておくけど、指輪をわたしに預けてください、ってのはナシね。あたしのものなんだから、誰にも渡す気はないわ」  大げさに身振り手振りを入れながら、宣言すると、メルはギュッと、ズボンの裾を握りしめる。 「そんな……、自分かってなワガママで……!」 「そうよ、あたし、ワガママなの。自分に素直に正直に、真っ直ぐに、って育てられたからね」  あたしはメルの言葉を肯定し、続ける。 「だから、あたしより年下のメルは、良い子ちゃんぶらずに、もっとワガママ言っていいのよ。例えば、相手の危険なんか顧みずに『わたしを助けて』とかね」  その言葉に、メルがようやく顔を上げた。その目は大きく見開かれ、困惑している。 「そん、なの……」  その先は出てこなかったが、続く言葉は「言えるわけない」だろうか。  あたしは溜息一つ、自分の意見を口にする。 「ねえ、メル。あなた、このままでいいの? もし、あたしとレオンと別れたとして、一人でダッドから逃げ回るつもり?  そうやってずっと、他の誰かがあなたのために理由も知らずに傷つくのを、見て見ぬふりを決め込んで、下を向いて、いいように利用される、惨めな人生を甘んじて受け入れるの?」  メルは唇を噛み締めて、震えている。  たぶん、彼女自身も気付いているのだ。自分がしようとしていることは間違っていると。 「あなたは、自分の意志でダッドの元に戻ろうとしなかった。  ――助けて欲しかったら『助けて欲しい』って、ちゃんと言いなさい。そしたら、あたしがあなたを助けるわ。あなたの力になってあげる」  あたしは迷わず、あたしの意思を彼女に告げる。レオンも、これに続いた。 「オレもだよ、メル。ミナ一人に任せるのは不安だし、ここで降りるのは寝覚めが悪すぎる。メルを守るくらいは、オレでもできるからさ」  メルの目から、ぼろっと大粒の涙が溢れた。喉の奥から絞り出され、紡ぎ出される声は、怯えて震えている。 「い……ん、です……か。ワガママ、いって……」  あたしとレオンは、眉を八の字にして、困った子を見るように破顔する。 「当たり前じゃない。子供はワガママ言うもんでしょ。もし、ワガママを言い過ぎたら、ちゃんとレオンが叱ってくれるから」 「オレか!?」 「あなたが一番、お・と・な、なんでしょう?」  驚いて抗議するレオンに、あたしは嫌味たっぷりに言葉を返す。  今まで、あたしのことを散々「子供」って言ったお返しよっ!  そんなあたしとレオンのやり取りに、メルは少しだけ、困ったように涙目で、初めて笑った。  しかし、すぐに我慢できずに顔を歪ませ、両手で顔を覆う。 「もう……イヤ、なんです……。たすけて、ください。わたしを、たすけて……!」 「その依頼、承ったわ」  あたしは笑顔で、メルの肩を優しく抱いた。  その後完全に泣き出してしまったメルを落ち着かせるために、あたしたちは一度昨日泊まった宿屋に引き返すことにした。  ◇ ◆ ◇  宿屋に戻ると、部屋を二室取り、あたしたちはそのうちの一室に集まった。  余談だが、今朝出ていったはずのあたしたちがまた戻ってきたので、宿屋のおやじさんが、鳩が豆鉄砲を食った顔をしていたのがちょっとおもしろかった。  テーブルの上には、入れたてコーヒーが、人数分置かれている。あたしとメルの分は、ミルクたっぷりである。 「それじゃあ、事情を話してくれるか」  メルが落ち着いた頃合いを見計らって、レオンが口火を切る。  目が赤く腫れてかわいそうだが、メルはどうにか口を開き、話し始めてくれる。 「魔王のお話を、しっていますか?」  魔王――伝承にある、闇の王と呼ばれているあれか。存在自体は疑問視されていた気がするけれど。 「まあ一応知ってはいるけど……。レオンは?」 「オレも、同じく一応。魔王の話は、親に寝る前によく聞かせられたから」  寝る前に子供に聞かせるようなやつか? あれ。  というのも、魔王という存在は、伝承の本にすら二、三行くらいしか記述が出てこないのだ。その内容も「なんか出現したから、封印した」くらいのもんで、詳細は一切不明ときている。だから存在が疑問視されてるんだけど。 「そうですか。しっているのでしたら、話がはやいです。あの魔族……魔族たちは、その魔王をフッカツさせようとしています。そのために、わたしがヒツヨウみたいなんです」  魔族が、魔王を、復活……とな。 「って、魔王って実在するの!?」 「お父さんたちや魔族のくちぶりでは、いるようですけど」 「それで、その魔王の封印を解くのに、メルの存在が必要ってこと?」  あたしの確認に、メルは「はい」と頷く。 「なんで……?」  思わず口に出してしまった。  封印された魔王が実在するというのがびっくりなのはまあ、そうなのだが、その封印を解くのにメルが必要というのは、生贄とか、そういう類の話だろうか?  だとしたら、人間なら誰でもいいような気がするし。今のメルの話だと、メル個人にこだわる必要が見当たらないような……。  メルも尋ねられた意味がしばらくわからなかったのか、少ししてから「あっ」と声を上げた。 「ちゃんとしたジコショウカイを、まだしていませんでしたね。  あらためまして、わたしはメル。フルネームをメル=セイラルトといいます」  メルのフルネームを聞いた途端、あたしは椅子を蹴ったおして、立ち上がっていた。  せ、せ、《セイラルト》――!? 「どうしたんだ、ミナ? メルの名前が何か」 「どうしたかじゃないっ! レオン、メルの姓を聞いて何も思いつかなかったわけっ!?」  きょとんとした様子を見るに、こいつ、気付いてない。  気づけばあたしは、レオンの襟首を掴まえて詰め寄っていた。 「あなた、神話とか伝承とか、全っ然読んだことないでしょ」  その状態でドスを効かせながら尋ねれば、レオンは明後日の方向を見ながら「あー」などと声をもらしている。 「昔は実家にそういう本もあったから、読もうと思ったことはあるんだが、なに書いてあるか読んでもさっぱりだったから、それっきりだな……」 「やっぱしぃ! いいっ!? セイラルトって姓は伝承に出てくる、天使族の名前なのよ!」  そう。「セイラルト」とは、天より地上に降りた天使と呼ばれる、伝承の中の伝説の一族の名前なのだ。それを名乗ったということは、つまり、メルは――! 「てことは、メルは天使ってことか? ――背中に翼生えてないけど」  教会とかで見れる(らしい)、天使の絵あたりを思い浮かべての発言だろう。  あたしも、一応本なんかで見たことはあるが、「天上の天使」とされる天使の絵には全て背中に二〜六枚の翼が対で生えていた。 「伝承では、地上の人間と対等であろうとして、天使としての力の殆どを天に封印したとされていて、その際に翼もなくなったとあるわ。  ――ってことで、いいのかしら? メル」  レオンに、ガーッと説明をしたことで少し落ち着き、椅子に座り直しながら、あたしはメルに確認をする。  メルは困惑するように眉を八の字にしながら、あたしの言葉を肯定した。 「ミナさんが話したとおり、天使族のセイラルトであっています。ツバサは……どうでしょう。お父さんやお母さんたちにはあったとおもうのですが……」  ふうむ。ということは、大人になると生えてくるとか? メルがわからないものを、あたしがわかるわけはないのだが、興味をそそる。  しかし、しかし、そんなことよりも! 「伝承って……本当だったんだ……!」  もう、感動ものである。  旅立って数日。こんな素敵な発見――もとい、出会いがあるなんて。誰が生きる伝承に出会えるなどと思っただろう!  いやー、やっぱ村の外に出てみるもんである。 「おーいミナー?」 「――なによ」 「話が終わってないから、目をキラキラさせてないで戻ってこーい」  あたし、そんなにキラキラさせてたかしら……。  自覚はないが、しかし、レオンの言葉は最もなので、あたしは咳払い一つ、姿勢を正す。 「えーっと。てことは、メルが《天使|セイラルト》族だから、魔族はメルをつけまわしてる。ってことでいいの?」 「きいた話では、そうらしいです。それと、魔王のふういんをとくには、ユビワがひつよう、だともいっていました」 「やっぱそうなのか」  レオンがなぜか納得したものだから、あたしとメルは「え?」と驚いた顔でレオンを見ていた。 「やっぱそうって……魔王の封印を解くのに指輪が必要って、知ってたの?」  半信半疑で聞いてみれば、レオンはなんと頷いた。 「さっき、言ったろ。親に聞かせられたって」 「それは、そうだけど。――え?」  まさか、あたしとレオンで知ってる魔王のお話が、違う!?  ここにきての突然の事実に、あたしは呆然とレオンを見つめた。 「――レオンが聞かせてもらったって話、一応聞かせてもらってもいい?」 「いいけど、ミナの方がこういう話は詳しいんじゃ?」 「いいから」  あたしは半眼で、威圧的にレオンを促す。 「お、おう……って言ってもかなり小さい頃だから、うろ覚えだけど……。  ――むかーし、魔王って存在が現れたけど、天使が人間に、えーっと……なんかの石? を貸して、四つの指輪に封印しました。その指輪の行方は知れないけど、天使の前に指輪が揃わなければ魔王は二度と現れることはないと言っていたとかなんとか……だったかなー? なんか細部が違った気が……」  うん。全然違ったわ。  あたしの知っている魔王の話はそんなに詳細ではない。先程も言ったが、なんかよくわからないけれど魔王が出現し、人間たちは他の種族と協力してなんとかそれを封印した、という話である。 「レオンのご両親にお話し聞くことって、できる?」 「それはちょっと、難しいだろうなぁ。まず行っても会えないだろうし」 「……あまりの方向音痴っぷりに親に勘当されたとかじゃないわよね」 「違うわっ!」  あたしの冗談は全力否定された。  しかしそうなると、他の街の図書館や学会で、伝説・伝承本や文献をあさってみた方がいいかも。あたしの村にあった本が、極端に記述が少なかったのか。それとも、レオンの親がなぜか詳細に知っていたのか、そのどちらでもないのか。その辺りをはっきりさせられるだろう。  しかし、指輪……って。あたしは、首から下げている指輪を手に取りながら、メルに示す。 「ダッドがあたしの指輪を欲しがったのって、今のレオンの話の通り?」 「え、ええ。お父さんとお母さんが、それぞれ指輪には四大天使サマの《御名|みな》がついているといっていました。ユビワのうちがわに、文字がほられていませんか?」  レオンの話に驚いたのか、目を丸くしていたメルの指示で、あたしは指輪の内側を見る。  まあ見なくても、指輪の内側に何か文字が彫られているのは、とっくに気付いている。ただ、指輪そのものが小さいので、頑張って文字を読み取ったものの、その文字列の解読が正しいのか自信はなかったのだ。  ただまあ、四大天使の名となると候補は絞られる。書いてある文字にもだいぶ確信が持てるというもの。  その辺の事情は説明しつつ、あたしは「たぶん」と読み取った文字を二人に伝える。 「指輪の内側の文字は『オフェール』って書いてあると思うのよ」  この「オフェール」という名こそ、四大天使の一翼、聖なる炎を司ると言われる大天使の名なのだ。  四大天使は他に、ナスィーアル、ヒュグミュアル、ペオミュアルと呼ばれる大天使がいると言われている。  このナスィーアルやペオミュアルという大天使だが、名前から想像できる通り、《聖盾崩|ロプセグ・ナスィア》や《神剣千手|ドゥナー・ペオミュアル》はこれら大天使の力を借りた神聖魔術である。 「そうですか。そのユビワが魔族のさがしているものであるカノウセイはたかいとおもいます。――けど、どこで手にいれられたんですか? そんなもの」 「どこっていうか、姉ちゃんの話だと、あたしが生まれた時に手に握ってたらしいわよ」  聞かれたので勿体をつけずに、さらっと伝えてみたが、二人ともなんでか絶句して固まっている。 「――そんな反応されても、あたしも困るんだけど……。覚えてるわけじゃないし……」 「……いや、大事な指輪とは聞いてたけど、結構な曰く付きじゃないかそれ……」  レオンは頬を引きつらせながらも、冗談の一つも言っているつもりなんだろうが、この指輪が魔王の封印アイテム、ってなると曰く付きどころじゃなくなるんだけど……。  ずーっとなんだかよくわからなかったので、どこかの宝物庫の鍵だとか、伝説の魔法道具の一つだとか……だったりしたら楽しいなぁ、なんてあたしも考えてはいたけれど。魔王封印の指輪の可能性が浮上するとは、誰が予想できただろう。 「えーっと……。ちなみに、この指輪が本物だって確認する方法は、あったりするの?」  場の空気を取り持とうと、あたしはメルに話を振る。メルは戸惑いながらも、記憶をたどる仕草をした。 「――いえ……。お父さんやお母さんならなにかしっていたかもしれませんけど。わたしはほかのユビワをみたことがないですし。魔族もそれがホンモであるかどうかは、ハンシンハンギなんじゃないでしょうか。――たぶん、ホンモノだとおもいますけど……」 「やっぱり、そうよね……」  今までの話を整理すると、魔族が目論んでいる魔王の復活には、メルとあたしの指輪を含めた四つの指輪が必要であるということだ。  まあ、指輪は本物であると仮定してだが。  魔族が、指輪をどのくらい手中に収めているかは不明だが、あたしの指輪を欲しがったのを見るに、少なくとも全部の指輪を手にしていないのは明白。今後も、まず間違いなくあたしの指輪を狙ってくるだろう。  そしてメル。恐らく魔族は「メル」という存在よりも「メルの《天使|セイラルト》族としての力」が目的なんじゃないだろうか。  レオンの話を信じるならば「天使の前に指輪が揃わなければいけない」ということになる。ならば、真っ当に考えて《天使|セイラルト》族しか解けない封印、と考えるのが妥当だろう。  ただ、それなら、メルじゃなくても《天使|セイラルト》族であれば……。 「――ねえ、メル。他の《天使|セイラルト》族の人は、どうしたの?」  地上に降りたのは、一翼や二翼ではなく集団だったと記述にあったと思ったが。  あたしの疑問に、メルは、ゆっくりと首を横に振り、声を沈ませる。 「十ねんほどまえに、一族がくらしていたむらは、ほろぼされたときいています。わたしのきおくがあるのも、どこかにかくれてくらしているところからで、そのときのことを、ちょくせつはしりません。そのとき、いっしょにくらしていたひとたちも、わたしいがいはみんな……」  レオンがあたしを肘で小突く。言われなくてもわかってるわよ……。  あたしは、メルに向かって頭を下げた。 「ごめんなさい。嫌なこと思い出させたわね……」 「いえ、いいんです」  そうは言うが、メルの声は先程よりも明らかに沈んでいる。  うー。事実確認が必要とはいえ、この子あたしより年下に見えるのに相当過酷な人生経験積んでるぞ。どこに地雷があるやら……。 「ツライ話させちゃうけど、つまり、メルも自分以外に生存している《天使|セイラルト》族がいるかどうかはわからない、ってことでいいのね」  メルは無言で首肯した。  魔族がメルに拘る理由は、そこかぁ……。魔族もメル以外の存在を知らないのだろう。  メルのことを思えば他に生存者がいてくれるとありがたいのだが、メルの代わりに利用される可能性を考えると少々悩ましい。生きていてもどうか見つからないでくれ、と願うばかりだ。  ――しかし、空気が重くなってしまった……。  うーん。ここはどうにか空気を軽くしたいが。――あ。 「そういえば、メルって、何歳?」 「え? としですか? えーっと……」  メルは慌てたように指を折って数え始める。もしかして、覚えてないのか? 「たぶん……十?」  首を傾げながら疑問形で言われても、あたしも困る……。で、でもまあ、見た目相応といったところだろうか。 「そ、そう。十歳ってことにしておきましょう。あたしは十四歳で……そういえばレオンっていくつなの?」 「え――」  なんで話し振った途端に固まるの、こいつ。  しばらく目が泳いだ後、 「……お前の歳は過ぎてる」  とだけ返ってきた。 「覚えてないんかいっ!」 「いや、だって、旅してるといちいち自分の歳を数えたりしないから」 「えぇ〜?」 「疑うな疑うな」  疑うなとは言うが、そんなもんか〜?  あたしが胡乱な眼差しでレオンを見続けると、彼は話題を変えようと話しを締めにかかる。 「と、とにかく。メルの事情はよくわかったよ。とにかく、魔族にメルと、お前の指輪が渡らないようにすりゃいいんだな」 「まあ、それはそーだけど。それだけじゃ、後手でつまんないし、こっちも情報が少なすぎるわ」  結論としては、レオンの言う通りなのだが、こっちもなにか対抗策みたいなのは作り出さなきゃならないだろう。今回の魔族の行動もなんか謎なところがあるし。 「情報っていうと? こっちから魔族が取りそうな行動なんてわかりそうなもんか?」 「うーん、そうじゃなくて。まず、レオンが親から聞いた魔王の話の真偽が謎じゃない。レオン、伝承系の本は読まないんでしょ? だったら、その魔王の話とそっくり同じものが載ってる本をまずは探して、レオンが聞いた話が事実かどうか、詳細な文章を確認したほうがよくない?」 「確認して、どうするんだ?」 「情報量にもよるけど、そこから魔族が考えていることを推測するくらいは、できるかもしれないじゃない。  あとは、《天使|セイラルト》族のことも気になるわね。メルが詳細を知らないんじゃ、魔族がメルに何をさせようとしてるのかがハッキリしないし」  あたしの言葉に、レオンはキョトンとしている。 「だから、封印を解かせようとしているんだろ?」 「その封印を解くのに、メルになにをさせようとしてるのか、ってことよ。そもそも、メルもあたしたちも《天使|セイラルト》族のこと全然わかってないのよ。知ってて損はないはずよ。そうでしょ、メル」  メルはあたしの勢いに押されるように、「あ、はい」と同意してくれる。 「わたしも、できれば自分のことなので、知りたいですけど……」 「素直でよろしい。あと調べたいのは……魔族への対抗策かしら」 「それは、そうだな」  これにはレオンは、なぜか神妙に頷いて口元を手で覆って考え込む。 「……どしたの?」 「いや……気になることはあるけど。まあいいや」  ムッ。そこで勿体ぶった態度をとっといて、隠すのか。 「気になることって、なによ」 「たいしたことじゃないし、癖ってこともあるからなんとも」  癖? ダッドの癖? のことだろうか。なんかあったっけ……?  考え込むあたしに、レオンが「だからいいって」とあたしの思考を遮る。 「どうせ、魔族についても調べる気なんだろう? それに、またあのダッドってやつには会うことになるだろうし。今度は一人で戦うなんてバカげたこと言い出すなよ」 「はいはい、言わないわよ」  別にタイマンで絶対勝ちたいってわけじゃないし。一人で相手にするのは馬鹿げてるくらい強い、ってのは今回でよくわかったし。  ――そういえば、ダッドがレオンが斬りかかった時になんか驚いてたけど、あれは結局なんだったんだろ? レオンに聞いて……もわからないだろうなぁ。彼も怪訝そうな顔してたし。 「まあ、当分は調べ物かしらねー」  あたしはため息をつきながら「ああ面倒くさい」と机に顎を乗せた。  こんな時においしいフルーツタルトの一つもあったら良いのに。 「なら、当初の予定通り、行き先はレイソナルシティでいいな。あそこは広いし、物も集まるし」  ああ、そういえば国境沿いだから、三国の文化がーとか宿屋だか酒場のおっちゃんが言ってたっけな。美味しい物食べれるかなぁ……。 「メルもそれで構わないか? 調べ物ってなると、一つの街に長滞在することになるだろうけど」 「わたしは、かまいません。ショウジキどうしたらいいかとか、よくわからないですし。そのあたりは、おふたりにおまかせいたします。かわりに、ケガくらいは魔術でなおせますので、おっしゃってください。神聖魔術はトクイなほうなので」  ああ、だからさっきメルにかけてもらった術は、効き目がよかったのか。  神聖魔術とは、神や天使の力を借りる魔術全般を指してそう呼ぶ。《天使|セイラルト》族であるメルは、血筋的に神聖魔術と親和性が高いのかもしれない。  あたしもいくつか神聖魔術は使えるのだが、簡単な術と、剣を媒介にできる術しか使えない。正直、《神剣千手|ドゥナー・ペオミュアル》みたいに使う手順が面倒なものが多いので、あまり好きではなかったりする。  その分、魔術が神聖性を帯びるのか、防御無視、生物皆平等にダメージが通るっぽいので、魔族相手にも気兼ね遠慮なく試したり使えたりもするのだが。  暇があったら、レイソナルシティにある魔術学会の術式論文でも読み漁ってみよっかな……。 「それじゃまあ、今日はゆっくり休んで、明日からはさっさとレイソナルシティに向かう、でいいのかしら。善は急げってことで」  あたしの言葉に、レオンとメルは頷いた。異論なしということだろう。  なんだか、大変なことに巻き込まれてしまった気はするが、退屈な旅にはならなそうなのが、不幸中の幸いに感じていた。  窓の外では太陽が沈みかけ、四角く切り取られた森に暗い影を落とし始めている。  空には、満月からやや欠けた《双子月|エニアル・エタリアル》が顔を覗かせていた。  あとがき  初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はご無沙汰しております。瑞代あやです。第一話を最後までお読みくださり、ありがとうございます。  ということで、よーやく。よーやく! 『MIND STRONG ADVENTURES!』略して『MSA』の第一話が書き上がりました。ちなみに、こやつ、むかーし途中まで書いたやつのリメイクです。今度はちゃんと最後まで走れよ、自分。  旧版は文章を書き始めた頃だったこともあり、文字数もそんなに多くなかったので、今回も「リメイクったってそんな文字数増えないだろー」と高を括っていたら、なんだかとんでもないことになってました。  毎回一話分をテキストエディタを使って書き上げてから小分けにしてネット上にアップする形を取っているのですが、テキストエディタに表示される文字数を見ながら「なんでこんなに文字数書いてるんだろう自分」と自問自答する日々。こんなに書くはずじゃなかったのに感がすごいのですが、世界観をグダグダ書き連ねたらこうなりますよねー、と半分納得のところもあったりするのでした。  MSAを書く前は戦国時代ものをずーっと書いていたので(現在さすがに古すぎて本編非公開)、ずーっと妖怪「ヨコモジツカエナイ」に悩まされてきたのですが、異世界ファンタジーでようやく横文字開放されるぞやったー!――とか思いきや、日本人特有の表現使えねぇっ! ってことに気が付きました。  例えば黒目とか黒目とか黒目とか黒目はアジアやアフリカ系の方たちの特徴のようですが……。この世界、黒目いるのかっ!? ってことにかなーり後に気付いて慌てました(笑)思ったより使っていなくて安心しましたけど。  さて、MSAはミナを主人公とする異世界ファンタジーです。これから、彼女は外の世界で自分が聞いて読んで蓄えた知識を生の体験として再認識していくことでしょうが、その旅路はどうなるやら。どうにか世間一般的な常識に染まりきらずに旅をしていって欲しいところです。  そんな彼女が得意とするのは剣魔術。彼女の場合、剣を媒体にすることで、基本威力に若干補正がかかります。剣士で魔術師ってかっこよくね? って思っただけだったような。彼女が使う魔術も、もっとバリエーション増やしていきたいですね。  ところで、最後まで書き上げて思ったけど、第一話の指輪要素めっちゃ薄いですね! 今後は指輪も巡ってバトったりするはずなんですが、ちゃんとしてくれるかな!  そんな彼女を導く常識人先輩剣士、レオン。極度の方向音痴なのは確か昔っから。自分でもなんでこいつ生きてるんだろうって謎ですが、生きてなきゃ話にならないし。幸運持ちなんですよ、きっと彼。歩く幸運男なんだよ。  ミナは彼の剣の腕にやや惚れ込んでいましたが、果たしてミナが彼と手合わせできる日は来るのでしょうか。とりあえず約束させたことを忘れないようにしないと。  最後はメルですね。最初は別に長髪ぼっさでも、喋らない設定もなかったんですよ。なんかこっちのほうがおもしろそうだなって急遽そうしてみました。喋れない、何を考えているのか、どの方向を見ているのかもわからないミステリアスな少女……に、なってなかった気もしなくもないですが。  彼女は言うまでもなく、MSAのキーパーソンです。両親も仲間もいなくなり、一人になった時点で完全に心が折れて自分にも周囲にも無関心になってましたが、ミナとレオンと出会って、これ以上心折れずに強く生きていって欲しいと、個人的にはただただそれだけです。  さて、そんなMSAなんですが、一応今現在では、こんな形態で全五話くらいを脳内では予定しております。二話目以降ここまで文字数かからずにサクッといけたらいいなと思っていますが、はてさてどうなるか。  まあ、一話書くのに三ヶ月くらいはかかっているので、一話目がお気に召しましたら、二話目もなが~い首でお待ちいただけたらと思います。  ではでは、あとがきまでお読みくださりありがとうございました。またお会い出来ることを願いまして。 二〇一八年五月 瑞代あや
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