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 一、《兄月夜|エニアル・ナイト》の邂逅  あたしは夜の森を歩いていた。  当然ながら日はとっくに暮れ、空は星々が煌めく深藍に染まっている。今宵、空から覗くのは、《双子月|エニアル・エタリアル》の片割れ、《兄|エニアル》の月。それも沈みかけの半月だ。  小さい頃から、それこそ文字通り死に物狂いで駆けずり回ってきた森だが、夜は昼の顔とは全く違う。昼だからこそ見つけやすい修行者向けの仕掛けも、夜となると気づきにくく、その巧妙さに嫌らしさがかけ算している。  そんな夜色深まる森に、この天然の明かりは少々心細いというもの。だが、それでも安全を確保して今日中に結界のぎりぎりまで進んでおきたいところである。  明日は早々に隣町に出たいのだから。  それにしてもホントこの村おかしい。  それが今日の夕刻、初めて一人で外の世界へと足を踏み出した、あたしの最初の感想だった。  あたしの育った村はハルベス村と呼ばれている。森に囲まれた小さな村で旅人が訪れることもほぼない閉鎖的な場所だ。  そんなこの村には、いくつか鉄壁の、この村に生まれたからには絶対に守るべきしきたり、という実に古臭いものが存在している。  その中の一つに「《齢|よわい》十四になる者、旅に出るべし」というものがある。  理由などよく知らないが、村人ならばこのしきたりに従わなければならない。あたしが今こうしてこんな時間に森にいるのも、とどのつまりはそういうことである。  今日があたしの誕生日。つまり、十四歳となり、しきたり通り旅に出たということだ。  そこまではいい。村の外に出るのはあたしの長年の夢でもあったのだから。  が、散々誕生日パーティーだとかで引っ張りまわした挙句、夕方に「そんじゃいってらっしゃい」と手のひらをひっくり返したかのように、冷酷に放り出すのはいかがなものだろうか。日の高いうちに隣町まで行って宿を取りなさいとか、足りないものを揃えなさいとか。そんな心遣いは欠片もないのか。  夜だぞ、夜。慣れているとはいえ、初日で野宿確定は悲しすぎるだろう……。  思いだして、ついついため息をついてしまうが、あたしは森の中で慎重に歩を進めるのだけは止めない。  この村を覆っている森、隣町に続く街道まで出るのに、早くて一時間ほどかかる。これが「地面に罠が、なに一つ、全く仕掛けられていなかった時」の話なのだ。  さて、村の結界、安全圏と外との境界線はもう少しだ。  勘と視覚を頼りに、村人によって嫌らしく仕掛けられている罠を避けつつ足を運んでいたところ、不意に前方になにかの気配を感じた。  野生動物……ではないだろう。こんな時間に珍しく旅人が迷い込んだのだろうか? 通りがかったからには一応確認しておくべきか、とあたしは少しだけ警戒しながら、気配の方に近づいてみることにする。  そこでは、地面に穴が空いていた。村人が作った落とし穴だろう。暗くて中はよく見えないが、耳をそばだてれば、そこからじゃり……じゃり……と靴の音が聞こえる。声をかけてみた。 「誰か落ちた?」 「――人間か?」  打てば響くように反響した声が返ってきた。声の高さからすると男か? 「安心して、ヴァンパイアでも魔女でもなく、人間よ。旅人?」 「そんなとこだ。っと」  なにやら土を踏みしめるような音が聞こえてくる。上がろうとしているか、これは。 「《光火|アッタラプノルト》」  あたしは掌に魔術で無害な光球を生み出して穴の中に放り投げた。それは穴の中腹で止まり中を明るみにする。  深緑色の癖っ毛短髪の男が驚いた顔でこちらを見上げている。《胸部鎧|チェスト・プレート》や《肩鎧|ショルダー・ガード》を装備し、籠手を装着しているところや剣を提げているのを見るに旅の剣士、傭兵といったところか。 「すぐに登んない方がいいわよ。いま他の罠を解除するからちょっと待ってて」  あたしは一方的に警告をして灯りをもう一つ生み出し、周囲の木や地面を念入りに観察する。  落とし穴ときたら連続する罠のパターンは、経験から大体想定できる。何度煮え湯を飲まされてきたことか……!  落とし穴に落ちてようやく上がりきったと思えば、その途端に宙ぶらりんにされるわ、矢に襲われるわ、別の落とし穴に落ちるわ……一体なんの嫌がらせかと思ったものだ。  いつか絶対大人に仕返ししてやる……と、いけないいけない。昔を思い出して、少々感情的になってしまった。  ともかく、それを一つ一つ解除していき、安全地帯を確保できたと自信を持ってから、男に上がって大丈夫だと声をかけた。  おとなしくあたしの忠告に従ってくれた彼は、地上に這い上がると「ふう」と一息つく。 「助かったよ嬢ちゃん……嬢ちゃんだよな?」  なんで今、確認した。  確かにあたしは女だけど、色々ぺったんこだから、美少年に見られることもなくはないけれど。  あたしは彼に「そーだけど」と投げやりに頷く。 「ならよかった。この森、なんか知らんが、罠がそこかしこにあって参ってたんだ」 「そりゃそーでしょうよ。村人が、新人いびりと外から帰ってくる村人に嫌がらせするために、嫌らーしくそこかしこに仕掛けてんだから」  あたしの発言に彼はギョッとした顔をする。 [*label_img*] 「嬢ちゃん、やけに詳しいなぁ……。というかなんだってこんな時間にお嬢ちゃん一人で森の中を歩いてるんだ?」 「それはこっちが聞きたいわ。なんだってあなた、こんな場所歩いてんのよ。というか、どっから入ってきたわけ?」  聞くと彼はうーんと頭を捻らせてから 「わからん」  と答えてきた。 「最初は森を通る道を歩いてたはずなんだが、なんでだろうな? ここにいる」  困った風情も見せずに答えたものだから、あたしはなぜか脱力してしまった。 「なんでだろうなって、あなたねぇ……。よくそんなんで旅できてるわね」 「慣れてるからなーこういうの」  彼は気にした風もなく「それで?」と今度はあたしに話を振ってくる。  うむむ、仕方ない。 「あたしはこの森の内側にあるハルベス村の人間よ。この森、安全のために結界が張ってあるから、外部の人間は滅多に侵入できないはずなんだけど……」  もっと正確に言えば、村人が他所者を巻き込まないように、森で安全に修行を行えるようにするもの――と聞いている。獰猛な動物なども結界より内側には入ってこないため、修行者の安全も確保できているのだ。  また、村人と野生動物、両方に配慮した結果でもある。  なんせ村人が仕掛けた罠に野生動物もかかってしまう上に、罠の数がそりゃもう尋常ではない。当然、罠にかかるのは他所者も同じなので、人や野生動物が寄り付かないような結界が張ってあるのだ。  村人たちはあると知っているからか、どうも効果はないらしいのだが。 「へぇ、よくわからんが、腕のいい魔術師でもいるんだな」 「結界作ったのずーっと昔の人らしいから、 《大人|ひと》に聞いただけで、あたしはよく知らないけど」  これも事実で、実際結界の効能も人に聞いて「へー」となってる側なのだ。  事実かどうか気にはなるが、結界の核がどこにあるのかもよくわからないし、下手に探ってうっかり解除、なんて事態になったら厄介この上なくなるので、調べようとしたことはない。 「ふーん。それで、なんでお嬢ちゃんは歩いてたんだ?」  あーやっぱりそうなるわよねー。これもあまり言いたくないんだけど……。 「あたしはその、まあ、いろいろな事情から旅に出ることになって隣町に向かっていたところ」 「こんな時間に、お嬢ちゃんひとりでか?」  彼は不思議そうに眉をひそめる。  彼の言いたいことはあたしもわかる。すごくわかる。  あたしだって、なにが悲しゅうてこんな夜に旅立たなくちゃならんのか、と何度自問したことか。初日にして野宿確定なのだから。 「まあ、こんな時間なのはちょっといろいろあって……」 「複雑な事情がありそうだな……。家出とか、そういうのか?」 「いんや全然。むしろ散々もてはやされて追い出された」 「はあ? なんだそれ?」  彼の全うな反応に、あたしは愛想笑いをしてその場を誤魔化す。 「まあなに、あなたに怪我もなさそうだし、あたしは先を行くから」  と身を翻そうとするも、くっ、とマントの端を掴まれてツンのめる。 「ちょ、なにすんのよっ」 「いや、有無を言わさず行こうとしてるみたいだから、引き止めただけだが」  そう言うと彼はパッとマントの端から手を離す。  あたしはマントを直しながら渋々と彼に向き直った。彼の無事と、村や森への悪意がないことが確認できた以上、これ以上こっちに用はないのだが。 「お嬢ちゃん、さっき隣町に向かってるって言ってたよな」 「言ったわね」 「頼む! そこまでオレを連れていってくれ」  ……は?  なんか、目の前で手を合わせられてお願いをされたぞ。 「え、いやなんで?」 「迷ったって言っただろ。あ、剣の腕には自信があるんだ。お礼に町までタダで護衛してあげよう」 「いやーそういうのは間に合ってるし」  つーか迷ったなんて言ってたっけ?  腕っぷしならあたしとて自信がある……が、他所の剣士か。それは興味がなくもない。 「お願いだ、お嬢ちゃん。人助けだと思って!」 「……変な詐欺じゃないでしょーね? 本当に困ってるのよね?」 「……オレ、子供に手を出したり騙したりする趣味はねーぞ」  ムカッ! こ、こ、子供!?  これでも村ではもう成人扱いなのだ。そう、立派な大人なのである。それを、よりにもよって子供ですって!?︎ 「あたしはもう十四! 立派な大人よ!!」  あたしが文句を言うと、彼は「えっ」と戸惑った表情になる。それからあたしのことを上から下まで見て、 「いや……十四はじゅーぶん子供だろう」  と言ってくれやがった。 「あたし、行くわ。それじゃ」  有無を言わさずマントを翻し、歩き出そうとする――のを、今度は足に腕を回して、彼は再び引き止めてきた。 「悪かった! オレが悪かったから! 頼む行かないでくれ!」 「うっさい! 人を子供扱いするよーな人となんで一緒にいなきゃいけないのよ!! はーなーしーてー!!」 「君に見捨てられたらオレが行き倒れる!! オレはまだ野垂れ死にたくはない!!」  と、しばらくギャーギャー言い合っていたのだが、そうしているのも疲れたので、渋々あたしが折れることにしたのだった。  渋々ね、渋々。仕方なーく! あたしってば、なぁんて心が広いのか・し・ら。 「ったく、隣町までだからね」 「ああ、隣町に着いたら、後は自分でしばらくはなんとかできるから。たぶん」  しばらく、たぶん……。また迷うこと前提のようである。大丈夫だろうか、この人。  そこで「あっ」と彼が何かに気づいて声を上げる。 「そういえば、お互いまだ名乗ってなかったな。オレはレオン。レオン=ウィンダム。見ての通り旅の剣士だ。隣町までよろしくな」  と、彼――レオンは右手を差し出してくる。  それを見てあたしも右手を差し出す。 「あたしはミナよ。ハルベス村のミナ。一応、あたしも剣士なのよ。よろしく」
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