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 外は雨がパラついている。それだというのに、いやそれのせいかも知れないが私の店には少し客が多い。どこで広まったのかフレンチトーストと紅茶のセットが人気メニューだ。ほぼ満席状態だが客には長居してもらう方が都合がいい。私も手間がかからなくて済む。今日も営業終了まで忙しくならない事を願おう。  そうしていると不思議なもので大概忙しくならずに終わるのだ。 ―― ――――  カランカランと入り口の鐘が鳴る。客が全ていなくなり、店の表札を「CLOSE」にした営業終了間際に客が来た。お一人様らしい。 「カウンター席へどうぞ」  そう言うと客は端の席に座った。傘が無かったのか氷雨に打たれスブ濡れである。参ったな、大体こんな時はアレが来る。 「こ、これを……」  女性客は震える手で紙切れを出してきた。ああ、やはり「仕事」の様だ。 「少々お待ちを」  私は店のシャッターとカーテンを閉める。「仕事」の依頼は外部に漏らす訳にはいかないのだ。 「そのままでは冷えます」  女性客にバスタオルを渡し、温かいミルクコーヒーを出す。風邪をうつされてはたまったものではない。  客が一息つくまで洗い物をし、グラスを拭きながら待つ。こういう場合は客が喋り出すまで待たないと内容がネジ曲がる。そうしている内に客がポツリポツリと話し始めた。 「私の夫をどうにかして欲しいんです」  彼女はそこから話し始めた。聞くに夫は所謂DV夫で彼女は毎日殴られたり蹴られたりと散々な目にあっている様だ。何とも典型的である。が、許されざる事に間違いはない。しかし聞くべき事は聞く。 「その夫は最初からそうだったので?」  まぁ百歩譲って何か特別な事情があるなら情状酌量の余地はある。だが聞いてみても夫の身勝手にしか聞こえなかったので「仕事」に差し障りはない。 「夫は明日、出張から帰ってきます。多分夜中に最寄り駅に着くかと」  なるほど、ならば話は早い。駅で夫に声をかければ後はどうとでもなる。なにも難しい事はない。 「承りました。明日に取り掛かります」 「ありがとうございます……! お代は?」 「貴女が用意して持ってきた額がお代です」 「!」  私の「仕事」の報酬は相手が用意した額で受ける。ここに来る時点で大概はそれなりの額を持ってくるし、それが適正かは「視」れば分かるのだ。 「失礼ですが、私の眼を見て下さい」 「?」  客が私の眼を見ると同時に私は客の眼を視る。「《識眼|しきがん》」で視ても客に嘘偽りはなく、邪な気持ちもなく、そして持ってきた額はまぁ正当だ。 「家には帰れますか」 「はい。では、宜しくお願いします……」  暫くの後、客に傘を持たせ店じまいをする。 「右眼を使うまでもないといいんだが」  そう呟いて二階に上がり、休む事にした。  明日は忙しくなりそうだ。  翌日、喫茶店を早めに閉めて仕事の準備をする。とは言っても簡単な物で眼を休ませる為に一眠りするだけだ。  三時間程寝て、駅へと向かう。  駅についたら後は《件|くだん》の夫が出てくるまで張り込む。昨日、「《識眼|しきがん》」で客の眼を視たときに夫の容姿も視たので写真はいらない。  駅前のチェーン喫茶店で張り込み続け灰皿に吸殻が山盛りになった頃、男は現れた。 「ようやくお出ましか」  そう呟いて代金を支払い、店を出て男の後をつける。多少見失ったところで私の眼には視えているから問題ない。そして人目が少なくなった辺りで声をかけた。 「ちょっと宜しいですか」 「? なんです?」  男がこちらを向いた瞬間、眼を視る。 「《蛇睨|へびにらみ》」 「! なっ、動けない……」 「すまないが付いてきて貰おう。話がある」 「か、身体が勝手に……」  男を更に《人気|ひとけ》の無い場所へ連れ込む。この「蛇睨」は対処を拘束、動きを操るものだ。あまり強力ではないし、持続時間も短いが今回の様な仕事には十分である。 「お前は一体何なんだ!」  廃ビルの中で男は声を荒げる。まぁ当然と言えば当然の反応だ。だがそんな事は気にしない。こちらの仕事が優先だ。もう一度男の眼を見据える。「《審眼|しんがん》」の出番だ。 「幾つか質問がある。其の一、あんたには妻がいる」 「何でそんな事を……がっ!」 「答えなければ痛みが走るぞ。早く答えろ」 「ああ、いるよ!」 「其の二、妻を愛している」 「勿論だとも……ぐあっ!」 「ふん、そうかい」 「答えたぞ! 何故痛みが!」 「知らんな」  こいつにはこれで十分だ。更に質問して答えさせればどうとでもなる。 「其の三、妻に暴力を振るっている」 「そんな事……あがっ!」  三回重なれば随分な激痛だろう。だが容赦はしない。 「其の四、出張は嘘で愛人に会っていた」 「何を根拠に! うぐあああ! 頼む、助けてくれ! 何故こんな頭痛が! 私は答えているぞ!」  こいつは本当に気が付いていないらしい。仕方ない、チャンスをくれてやろう。 「この質問にちゃんと答えたら助けてやる」 「何だ! 早く頼む!」 「……この先、妻を裏切らない傷付けないと約束するか?」 「わ、分かった! 約束する!」 「……嘘、だな」 「そ、そんな……ぐわあああああ!!」  男は激痛に悶え苦しみのたうち回っている。馬鹿な奴だ、いやこうなって当然か。苦痛に喘ぎながら転げる男を視線で刺し貫く。 「『《闇砕|やみくだき》』!」 「う、うわああああああ!!」  声と共に男の動きが止まり、糸の切れた操り人形の様に倒れた。 「腐った性根もこれでマシになるだろ」  私は廃ビルから出て、偽の記憶を植え付けてから男を路傍に打ち捨てた。途端に激しい雨が降り始める。今のこいつには丁度いい。ついでに洗い流されておけ。 「終いだな」  そう呟いて煙草に火を付ける、が、雨のせいで火がつかない。  帰ってからにしよう。 ―― ――――  後日、あの客がまた現れた。どうやら男とは離婚したらしい。それから遠くへ居を移すんだそうだ。解決したならそれで良し。私にはもう関係ない。 「ここのフレンチトーストが評判だと聞いたので離れる前に食べておこうと……」 「それは光栄、ですがこの店の『仕事』については無闇に他言なさらない様に願います」 「はい、それではごちそう様でした」 「ああ、少しお待ちを」  茶封筒に入れたお釣りを渡して客を見送った。今回はこれでいい。 ――制裁代行「Eye」  ご用命は喫茶店の営業時間外に  
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