フォントをダウンロード中
ページの左右でマウスを左クリックします。
または、 キーボードの左右の矢印キーを入力します。
ページ上で指先を左右になぞると、 前/次ページへ移動します。
メニューはページをタッチすると現れます。
× ヘルプを閉じる
「残していくもの」  数百年、数千年の永遠に続く長い命の中で、私は一人の小さな少女と出会った。旅人と名乗るその少女は、あまりにも幼くて明日には消えてしまうのではないかと思えるほどだった。そのまま見なかったことにしてしまえばよかったのだが、気づけば私は声をかけていた。 「短い間で良いなら、家に来るといい」  そう告げると、少女は小さく頷き私の服を握った。振り払えばよかったのだろうか。触れ合ってしまえば、失うのが怖くなる。だが、私はそれが出来なかった。  その日から始まった少女との生活。独りぼっちの老人と旅人が出会い、同じ屋根の下で時を過ごした。流れていく時間の違う二人が交わった僅かな時間。それはとても大切なものだった。例え、悲しい結末を迎えることになろうとも。君はきっと泣くかもしれないな。強がりで、心優しい君のことだ。自分自身のことを責めるだろう。だが、そんなことはない。そして、忘れないでいてほしい。私が君をとても愛していたことを。  何から書き始めるとしようか。君との出会いから始めることにしよう。内容はそうだな。 「小さな死神と老いた魔術師の物語」 第一章 出会い  雨の降りしきる夕暮れ時のこと。私は人目を避けるように路地裏を歩いていると、片隅にうずくまる一人の子供を見つけた。ぱっと見た限りでは、齢十、あるかのないかほどだろうか。長い髪や体つきから判断するなら、少女だろうかと考えた。そのまま通り過ぎてしまおうかとも考えたが、結局私はしゃがみこんで少女に声をかけた。 「こんなところにいると風邪引くぞ」  だが、返事は返ってこなかった。 「帰る家は?」 「無い……」  少女は顔を上げずに、囁くような声で短くそう答えた。 「短い間で良いなら、家に来るといい」  黒い髪が揺れて水色の瞳が現れ、小さく頷くと少女は私の服を握った。振り払うことも出来たはずだが、私にはそれが出来なかった。 「名前は何と言う?」 「……」 「喋ることも出来ないか。まあいい、私はエリック。さあ、ここは冷えるから行くよ」 「……コトリ」 「そうか、良い名前だ」  ポツリと呟いた名前にそう返して、先をゆっくり歩く。時折、彼女がついてきているかを確認しつつ、家までの道を歩いていく。おどおどしながらも、ちゃんとついてくる少女。その姿をちらりと見て、他人が怖いのだろうかと思った。  街外れまで歩くと、私の家が見えてくる。古い木造の家で、二人や三人で暮らしても十分に広いくらいだった。そして、家の前にはそこそこ大きな庭があり、そこで野菜や薬草などを自分で育てている。その庭の間を通り抜け、木製の扉を開ける。 「さあ、入るといい。一人だから、散らかってるかもしれないが」  頷いた彼女を中に入れると、驚いたような声を漏らした。 「わあ……」  そこには、壁一面の本棚があり書籍が沢山並んでいたからだ。 「こ、これは?」 「これらは色んな国の本だ。その国の歴史だったり、物語だったり。あとは魔導書もあったか?」 「読んでみてもいいですか!」 「いいが、まず君はお風呂で暖まってからだな」 「ありがとうございます」  私の言葉を聞いて、笑顔になる少女。ちゃんとそういう顔もできるのだと、私は安心した。 「さて、風呂が沸くまでこれでも着てるといい。風邪を引くと、君が苦しむだけだ」  自分のローブを彼女に被せ、風呂を沸かしに行く。後ろで少女がありがとうと呟くのが聞こえた。 「素直な部分もあるんだな」  そんなことを思い、風呂を沸かしていた。こうして、私の家に客が来るのはとても久しぶりだった。 「準備できたから、入るといい。着替えは、用意しておく」 「ありがとうございます」  子供が昔着ていた服とタオルを用意して、私は脱衣所から出た。ゆっくりさせておこう、彼女も考えることがいっぱいあるだろう。  風呂に入り食事を食べ終わった少女に、あとの時間は好きにしていいと伝え、彼女の部屋も案内した。だが、夜遅くなってもなかなか部屋に向かった様子がなく、気になって彼女を探してみることにした。 「玄関を開けた音はしなかったから、出てはいないと思うが……」  そう呟きながら一階に降りると、玄関から入ってすぐの書斎で、本棚に寄りかかりながら寝息を立てている姿を見つけた。 「こんなとこにいたのか」  寝ている姿に苦笑しながら、彼女の周囲に広げられた本達を見た。どれも魔導書ばかりで、私が色んな世界を渡り歩いて集めたものだった。 「おか…さん……」  ぽつりとそんな寝言が聞こえてきた。広げられた魔導書の数々に、自分を旅人と言い張る少女。彼女はその小さな背中に、いったい何を背負ってきたのだろうか。臍の緒を切ってから、何を見てきたのだろうか。そんなことを考えながら彼女を抱えて部屋に運び、ベッドに寝かせて布団をかける。少女はもぞりと寝返りをうち、そのまますやすやと寝ていた。そっと頭を撫でて私は部屋をあとにして、書斎を片付けに向かった。 「あんなに小さい子が、こんな難しい魔導書を読んでるとはね……」  呪文は唱えずに本を浮かせながら、元の位置へと戻していく。少しばかり、彼女に魔術を仕込んでいくとしようか。それと、生きていく術を。 「まあ、まずは私を信じてもらうところからだな」  人に怯え、人を信じようとしない瞳。数時間前に、路地裏で出会った時を思い出した。ここに来てからも、私からしかほとんど声をかけてない。 「何があったのかを聞くのはもう少し先だな……」  今聞けばきっと彼女を傷つけてしまい、塞ぎこんでしまうだろう。そうなってしまえば、魔術を教えるのも難しくなる。何より、そのまま出ていくのではないかと思った。五年、せめてあと三年ほどは傍にいてあげてもいいだろう。彼女がここを巣立つまでは。 「らしくないな。誰とも関わらないと決めていたのに」  人間よりも長い寿命を持つ者の定めは、過ぎ行くものを見送り、数々の出会いと別れを見送ることだった。過ぎた時間を数えるのもやめ他者と関わることもやめた私は、彼女に出会って少しずつ忘れたはずの感情を思い出していた。それと同時に失うことの恐ろしさを忘れていた。頭では永遠に続くはずがないのは知っていたが、この時が続けば良いと思っていた。どんなに願ったとしても、彼女の時間は私の時間よりも短く儚いものであり、私にはそれを変えることはできない。  思考を巡らせてると、時計が日付が変わったことを告げた。もうそんな時間かと思い、私も寝室へと向かい眠りにつくことにした。  次の日の朝。私は朝御飯を用意して、寝ている少女を起こしに向かった。 「おはよう。朝御飯を作ったから食べに降りて来るといい」 「お、おはようございます……」  寝ぼけている彼女に顔を洗って来るように言って、私はその間に朝食を机に並べて行く。 「さあ、座って食べるとしよう」  席に座るように促し、自分も腰掛ける。朝食の内容はベーコンエッグトーストと、いたってシンプルなものを作った。朝はいつもこんな感じで、私自身料理があまり得意じゃない。なので、なるべく手間のかからないものを作ることが多い。もう少し何とかしなければとは思うものの、自分一人だったためにそのままにしてきてしまっていた。今頃になって、練習しておけばよかったと後悔している。 「それじゃあ、いただきます」 「はい、いただきます」  小さな手を合わせてから、食べ始める少女。私もそれに習って、食べ始める。時折、彼女が何かを気にするように食べる姿を見て、引っ掛かるものがあった。 「どうかしたか?」 「いえ、何も……」  驚いた顔をして、首を振る。怯えてるのだろうか。 「何もとって食べたりしないさ。食べ終わったら、また好きなことをするといい」 「いいんですか? その…… 手伝いとかしなくて、追い出したりとかは……」 「気持ちは嬉しいが、まずは慣れてもらうことが一番だ。それから、手伝いも増やしていくことにする」 「ありがとうございます」  笑顔で答えるその姿を見て、撫でようと手を伸ばしたら少女は少し怯えた。 「悪かった。怖がるならしないでおくさ」  無言のまま頷き、彼女はそのまま部屋から出ていった。かなり重症だなと、少女の言動を見て思った。手伝いを申し出る様子、それと先ほどの怯えた表情。今まで様々な人間を見てきたが、ここまで怯えられたのは初めてだった。 「これは、一筋縄ではいかないだろうな…… 心の傷を少しずつ癒してから、魔術とかを教えていくことにするか」  そんなことをぼんやりと考えながら、食器を片付ける。ふと窓の外を見ると、裏庭で育てている猫達と戯れている少女の姿が目に留まった。 「ちゃんと、子供らしいところとあるんだな」  その様子を微笑ましく思いながら、私も裏庭に出ることにした。今日はせっかくの晴れの日だ、少しは外に出て過ごすのも悪くないだろう。 「いい天気だな」 「そうですね」 「黒猫の方はナイトで、白猫の方はルナ」 「ルナとナイト…… いい名前ですね」  それぞれの名前を呼びながら、二匹とじゃれている。その姿に、ふと別の人の姿が重なる。 「……アリシア」  気付いたら、名前を呟いていた。私の様子を不思議に思った少女が、きょとんと首を傾げた。 「何でもない、ちょっと昔を思い出してただけだ」 「そうなんですね」 「また、近いうちに話すことにするさ」   そう笑いかけて、近寄ってきたナイトを撫でた。アリシア、君は幸せだったのだのだろうか。今となっては答えの無い問いを胸に抱えて、空を仰いだ。  彼女が猫達と戯れていて、私は家事をやっていた時。急に彼女悲鳴が聞こえてきて、駆けつけると二人組みの男達が彼女に手を上げていた。 「お前達、何やっているんだ!」 「やばい、あいつがきたぞ! 逃げるぞ」 「魔女だ! 逃げろ!」  私がそう叫ぶと、彼らはすぐに逃げていった。泣いているコトリに駆け寄り、怪我してないかを確認した。 「怖かった……」 「大丈夫、私が守ってあげるから。だから、安心してくれ。コトリ」  そっと抱き寄せ、頭を撫でる。緊張の糸が切れたのか、彼女は声を上げて泣き始めた。 「ここは冷えるから、中に入ろうか」 「はい……」  家の周囲に結界を張り、私はコトリの手を引いて家の中に入った。 「ここなら、もう入ってこないし大丈夫だよ。怪我とかは無いか?」 「はい…… エリックさんが来てくれたので……」 「それなら、よかったよ」  汚れた場所を拭きながら、彼女はそう答えた。 「エリックさん……」 「なんだい?」  何かを考えるように口を動かしては口を閉ざし、それを少し繰り返してからコトリは声を発した。 「エリックさんって、魔女なのですか?」 「どうしてそう思うんだい?」 「さっきの人達が、エリックさんのことをそう言っていて……」 「そうだな。魔女、いや、魔術師と言ったところかな。君も私が怖いかい?」  普通の人間ならば、魔女や魔術師は恐れられている。魔導書を読んでいたから魔術に興味はあるのだろうとは思うが、実際の魔術師を見て彼女はどう思うだろうか。他の人間と同じように、私を恐れるのではないだろうかと思っていた。だが、彼女からの返答は予想していたのとは違っていた。 「私も魔術師。そして、死神なのです……」  消え入りそうな声で呟いた彼女の告白に、私は驚いた。死神とは、魂あるものを狩り取る神。もしくは、暗殺者のことが多いと聞く。 「君はアサシンかい? それとも、憑代かい?」 「……私は憑代で、生まれた時から呪われた家系なのです」  どこかの世界で聞いたことがあった気がする。ある世界では末代まで呪われた家系があり、その家系は代々死神の憑代として生まれる子がいるとか。もし、そうなのだとしたら、この子は。 「怖くないのですか?」 「驚いたけども、そういう人間もいるとは聞いていたから怖くはないさ」  私の答えを聞いて、彼女はほっとしたような表情になった。怖くないわけではないが、この子の事情を知らないのに怖がるのは良くないと思うのだ。 「そうだ。色んな魔術を覚えてみないか、コトリ」 「はい! ぜひ、教えてください」  その言葉と輝いた瞳を向けられて、頬が緩んだ。こんなに興味を持ってくれる人が久しぶりだなと、一人心の中で思っていた。 「なら、決まりだな」 「よろしくお願いします、師匠!」  笑顔を返して、いくつかの魔導書を取り出した。さて、何から教えて行こうか。そんなことを考えながら、年甲斐もなく楽しんでいる自分がいたのだった。
1
15
シリーズ一覧
感想を送る
作品を紹介
ブックマーク
しおりを挟む
作品情報
使い方
登録が完了しました!
確認事項
戻る
実行