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「じゃあこのクラスはー……天使喫茶ってことでー……」  消えてしまいそうな声とは対照的に、教室中で歓声がわっと上がった。教卓に立っていた橙色の髪の妖精『イオーシェ』はチョークを持ち、黒板に「天使喫茶」と書く。書き終わると、イオーシェは大きなあくびをかいた。彼の目元には濃い隈があり、今にも眠ってしまいそうだった。クラスメイトに呼ばれ、イオーシェはゆっくりと瞼を開く。  今決めたのは、文化祭での出し物だった。来月に行われる予定のそれは、クラスごとに出し物を決めて盛り上げることになっている。キシリア学園は国唯一の学園であり、クラス数だけ見ても膨大なので、毎年大勢の客が来るらしい。  俺のクラスは、天使みたいなコスプレをして喫茶店を開こうという、どこに需要があるのか分からないものに決定した。反面、クラスメイト達はやる気に満ちている。その為、クラスメイト達が大盛り上がりする中、俺一人だけはその雰囲気に乗れず、ポツンと取り残されたような気分になっていた。 「服ならわたしに任せて!」 「じゃあぼくは内装のデザインをするよ!」  積極的なクラスメイトのおかげで、次々と役割が決まっていく。最後に残ったのは俺とファイリアだった。イオーシェが眠たそうな目で俺達を見て、気だるそうに口を開く。 「じゃあ君たちは、この案を理事長に報告してきて」 「うわ~。一番面倒な役目だね」 「主張しない自分たちのせいだよ」 「しょうがないか。頑張ろうね、ナギサくん」 「ああ……」  頑張ろうと意気込む程、きつい仕事なのだろうか。ただ理事長に報告するだけだろ? 何をそんなに―――そう思いながら、俺はその日の授業をこなしていた。  放課後、早速ファイリアと共に理事長の元を訪れることにした。理事長室は校舎どことも繋がっていないため、校舎から外へ出なければならない。  風が強く、眩しい太陽は時折雲に姿を隠され、世界が暗くなる。再び明るくなった時、ファイリアはふと尋ねてきた。 「ナギサくん、『天界への扉』はもう見た?」 「ああ。ユウキから詳細も聞いた」 「そっか。井戸の中に水が入っているのは見た?」 「並々入ってたな」 「そう。そのお水はね、天界に存在する聖水なんだって」  ――――――それ、魔界への入り口だから。  ユウキの言葉が脳内によみがえる。ファイリアまでこう言っているのだから、やはりそれは嘘なのだろうか。そもそも魔界への入り口なら、もっと魔物が現れてもいいはずだ。そうだ。やっぱりユウキの思い違いなんだな。勝手に自己解決する。 「魔物に呪われた人にその水を飲ませると、呪いから解放されるっていう言い伝えもあるの」 「じゃあファイリアも、魔法から解放される……ってことか?」 「本当ならね。でもまだ誰も試したことはない。魔法が使えるせいで寿命が縮むのはたしかに真実だけど、それ以外に深刻な影響も無いし、何より非常事態のためにとっておきたいしね」 「非常事態?」 「勇者がこの世からいなくなった時のことだよ」  中央校舎から初等部へ向かう渡り廊下の下を歩く。廊下のガラスには、冴えない男子高校生とエメラルドに彩られた女子高校生が映っていた。エメラルドの女子高生は険しい表情で呟く。 「勇者がいなくなることが、この世界で最も危険な状態だからね」 「なあ。勇者って、生まれながらに決まっているものなのか? 誰でもなれるものではなく?」 「生まれた時から決まっているらしいよ。だからナギサくんがいくら足掻いたところで、勇者にはなれないの」 「なりたいとは思わないけどな……」 「へえ。珍しいね」 「いや、大変そうだなーって思うよ。生まれながらにそんなことを押し付けられるなんてさ」  ファイリアは驚いたように、エメラルドの瞳をぱちくりさせた。その反応に戸惑う。何か驚くようなことでも言っただろうか。 「ファイリア?」 「………いやはや、驚いた。やっぱり勇者様の見立ては間違いじゃなかったんだ」 「え?」 「ナギサくん。お手柄だよ」  急に誉められても困る。どういう意味か訊くと、ファイリアは嬉しそうにはにかみながら答えた。 「今まで、「勇者になるなんて可哀想」なんて言う子は一人もいなかったんだ」 「へ? なんで?」 「だって勇者になれるなんて、すっごく名誉なことなんだよ? それは神に選ばれたと言っても過言じゃない。どの種族も、そこは口を揃えていたんだ」 「へー………」 「でも学園にいる人間は、イオリちゃんとユウキくんだけ。だから人間の意見は聞くことが出来なかったんだけど………ふふっ、それなら納得」 「ファイリア?」 「人間は勇者になっても嬉しくない。むしろ苦しいことと認識するんだね。だからイオリちゃんは死にたいのかもしれない。いやあ~、その可能性は考えなかったな~」  ―――本気で言っているのだろうか? 本気で、「勇者になることは名誉なこと」だと思っていたのだろうか? 世界のために戦い、魔物に狙われ、いつ死んでもおかしくないような役目だっていうのに。  俺だったら嫌だ。自らその道を進むのならまだしも、たくさんのプレッシャーもあるだろうし、死にたくなるかもしれない。 「ナギサくん! そうと分かればさっさと理事長から許可を貰って、イオリちゃんのところへ行くよ!」  ファイリアが俺の右手を掴み、走り出した。目は生き生きと輝き、心の底から笑っていた。そんな姿を見ていると、つられてこちらの口元も綻ぶ。  ――――――こうして人と喋り、素直に笑えたのはいつ振りだろう。もう二度とこんな日、来ないと思っていたのに。  やっぱり、楽しいもんだな。出来ることなら、ずっとこの世界で暮らしたい。  ファイリアのいる、この世界で―――。  やがてたどり着いた、キシリア学園西校舎。ビルのようなグレーのコンクリートで造られており、ガラスの自動ドアをくぐると、正面にエレベーターがあるだけの空間が広がっていた。まるで廃墟のように人の気配が無く、天井の隅には蜘蛛の巣まで張られている。戸惑う俺とは対照的に、ファイリアはエレベーターへと近付いていった。 「ほら早く、ナギサくん」  ファイリアが赤いボタンを押すと、エレベーターが両開きに開く。彼女に続いて俺も乗り込み、扉は閉じられた。扉とちょうど反対側の壁に、0から9までのボタンと、赤いボタンが備え付けられていた。ファイリアはそれらの数字を、「76253」の順で押し、赤いボタンを押した。直後、エレベーターがガタガタと動き出す。 「理事長は蛇なんだ。絡めとられないように気を付けてね」  蛇と聞いて、背筋がぞくりと凍った。  チロチロと細長い舌でも出してくるのだろうか。それともメデューサみたいに、髪の毛一本一本が蛇だったり? どちらにせよ、あんまり見たいものではないな。不安と緊張が、少しずつ大きくなっていく。  ガタンとエレベーターが静止する。扉が開くと、道の先に赤い扉があるのが見えた。コンクリートの壁とは似合わない、黒で縁取りされた赤い扉。ファイリアがノックすると、扉がゆっくりと開き出した。 「こんにちは。理事長」 「―――――――やあ、久し振りだね」  扉の先から低く透明な声が響く。赤い絨毯、赤い壁紙、赤い天井、全てが赤で装飾された中で、モノクロがポツンと一人立っていた。白いストレートロングの髪を垂らし、黒いスーツを身に纏う、赤い目をした男。その顔立ちは中性的で、女性と言われても不思議ではなかった。 「最近どうだい? 変わったことはあったかな?」 「やはり魔物が活発です。早く発生源を突き止めないと、取り返しのつかないことになりますよ」  ファイリアが部屋の中へ入っていく。おそるおそる俺も足を踏み入れると、赤い瞳に捉えられた。 「やあ。初めまして、ナギサ君。私はこのキシリア学園理事長、カンセだ。以後宜しく」 「よろしくお願いします」  カンセが俺の前に立ち塞がった。高身長の真っ赤な目で見下ろされ、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまう。固まる俺に、中性の顔が近付いてきた。間近でじっと見つめられる。 「あ、あの………?」 「人間の子はどれも可愛いね。思わず食べたくなってしまうよ」 「へ………?」  た、食べたくなる? 蛇って人のこと、食べるのか……? 「どうだろう、私のものになってみないかい?」 「は………?」 「理事長。これ以上ふざけるなら勇者様呼びますよ」 「ごめんって。怒らないでくれよ」  謝りながら、クスクスと笑うカンセ。よ、よく分からなかったが、どうやらからかわれていたらしい。止めてくれたファイリアに感謝だ。  ファイリアは呆れたようにため息を吐くと、スクールバッグから一枚の紙を取り出し、カンセに渡した。蛇はそれを受け取り、目を通す。 「それ、文化祭での出し物の詳細です」 「天使喫茶? へー、なかなか斜め上なことをするんだね」 「天使を嫌う人なんていないと思いますよ?」 「まあね」 「そのまま進めてもよろしいですか?」  白蛇の理事長は紙を眺めながら、しばらく考え込む。俺達生徒は姿勢を正し、黙って返事を待っていた。カンセが紙から目を離し、ファイリアの方を向く。 「うん、良いだろう。頑張るんだよ」 「ありがとうございます」  ぺこりとお辞儀をして、くるりと踵を返すファイリア。俺も頭を下げ、彼女についていった。エレベーターに乗り込み振り向くと、カンセは薄く笑って手を振っていた。扉が閉まり、エレベーターは下降していく。ファイリアはほっと息を吐いた。 「よかった、ダメ出しされないで。みんなやりたがっていたし、これでひとまず安心だね」 「なあ、決まってから言うのもあれだけど、天使なんてどこに需要あるんだ?」 「え? うーん……需要は分からないけど、ボクらがやりたいからやる、みたいな感じだよ」 「あ、そうなのか……」 「大体そんなものでしょ?」  エレベーターが静止し扉が開く。降りたその先に、一人の少年がいた。たった今ここに到着したのか、息を切らしてこちらを睨んでいる。ファイリアが物珍しそうに声を上げた。 「ユウキくんじゃないか。どうしたの? こんな所にいるなんて」 「イオリが……!」 「イオリちゃん?」 「イオリがいなくなった!」  ユウキの叫び声に、俺とファイリアは顔を見合わせた。
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