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「……クダリ、これはいったい何の冗談だい?」 「さあ、なんでしょうね。俺もわかりませんよ」  あの日の試合以来、同級生からはもちろん尊敬され、ましてや、かつて同級生だった上級生からも尊敬されるようになった。それをきっかけに今、戦略の授業で使われている先日までと打って変わってラボは生徒で溢れかえっている。 「クダリ、君は研究室使っていいからアイフィちゃんに教えてもらってきて」  キリアが親指で研究室の方を指す。 「わかりました」 「えーっと、じゃあ、みんな席に着いて」  俺はサリィとリュウカ含む五十人程度の生徒に教えるキリアを見て研究室に移動する。研究室の中は工具や材料が床一面に散らかっていて、座れるスペースがほとんどない。 「アイフィ、いるかー」 『いるぞ、話は聞いていたから大丈夫だ』  アイフィが人間の姿で現れる。 「さて、授業をすればいいのか」 「そうらしいが、できるのか?」 「任せておけっ! 我は戦略の女神だぞ!」  誇らしげに腰に手を当てて満面の笑みを浮かべている。 「一般人が女神の授業についていけるのか……」  落ちている工具や材料を端の方に置き、座るスペースだけを作る。  そして、女神の授業はクダリの予想通り結果はひどい有様だった。 「……ここの兵をここに動かす」  クダリたちは授業の一環として一種のボードゲームをしていた。正方形のマス目で区切られた縦に長い木のボードと九種の駒で戦うのだが、ボードには魔法が施されており、自分の駒の周囲ニマスまでしか敵の駒は見えないよう施されている。しかし、お互い、王の駒だけは見える状態になっており、その王を取れば勝ちというものらしい。 「それならここから魔術師で王を打ち取って我の勝利だな」  試合が終わると全ての兵が見えるようになる。俺の駒は黒色、アイフィの駒は白色で、盤面は黒の王を囲むようにして白の兵が配置されている。 「ま、まだだ。あと一回!」 「ふっ、いいだろう。負ける気はしないがな!」 「なあ、アイフィ、勝つ方法とかなんかないのか?」 「対戦相手に聞くのもどうかと思うが……そうだな、兵たちの気持ちになって動かしてみるとか……か?」 「兵の気持ちになって……」  クダリは盤面にある兵を見つめて、世界に入り込む。 「王よ、私がお守りします!」  私は忠誠を誓い、剣を持って幾多の戦場を潜り抜けてきた剣士だ。此度は激戦になりそうだ。 「よお、剣士。もうすぐ戦だぜ。調子はどうよ?」  チャラそうな男が現れる。 「なんだ、弓士か。戦場に赴くのだから調子はよくないに決まっているだろう?」 「そうか? 俺は戦場が楽しいぜ」 「ふっ、揚げ足を取られぬよう気をつけてくれよ、弓士」 「はっ、俺がそんな真似するわけないだろ」  俺たちは拳をぶつけ合い、互いの健闘を祈る。 「あれ、剣士じゃないですか」  社交的な男性、背中には大きな盾が見える。 「騎士か。どうしたんだ?」 「いえ、これから大戦が始まりますので、戦う前に無事を願った挨拶をと思い来たわけです」 「ああ、そういうことか。お互いがんばろうぜ。特に騎士は奥さんがいるんだろ。生きて帰れよ」 「ええ、もちろんですとも」  俺たちはお互いに握手を交わす。 「よっす、剣士!」  語尾の「っす」が特徴的な男が現れる。 「今度は槍士か。お前も挨拶か?」 「そうっす! 剣士、お互いがんばりましょっす!」  相変わらずの変な語尾だがここはスルーしておこう。 「ああ、がんばろう!」  俺たちは互いの武器をカンとぶつける。これが、槍士との挨拶だ。 「剣士さん。どうも、こんにちは」  礼儀正しい男性は武器を何も持っていない。 「あ、魔術師か。戦闘前の挨拶だろ?」 「はい、もしや、結構来られていた感じですかね」 「ああ、これで四人目だな」 「なら、話は早いですね。お互い生きて帰りましょう」 「ああ!」  魔術師は俺にどこの言葉かもわからない文字を空中に書く。これは、魔法というものらしい。 「さて、あと三人か。来る気配はなさそうだからこちらから行ってみるか」  俺は最初に教会へ向かった。 「杖士、いるか?」 「はい、いますよ! 剣士さんですね? こんな時間に来るということは挨拶と言ったところでしょうか」  このシスター服を着た女性が杖士だ。 「ああ、そんなところだ。一緒にがんばろうぜ」 「はい、がんばりましょう!」  続いて俺は街を出た隣にある密林へ向かう。 「やっぱり、ここにいたか。銃士」  木の枝に座って銃の手入れをする男が銃士だ。 「なんだ、剣士か。何の用だ?」 「相変わらず冷たいな。挨拶だよ、挨拶」 「挨拶か。そんなものは不要だ。結局生きていたらまた会って死んでいたら二度と会わない。それだけの話だ」  とても冷たく素っ気ないやつではあるが、彼には彼なりの心配をしてくれているのだ。 「さて、次が最後だな」  俺は裏路地へと向かう。 「やっほー、剣士!」 「……暗殺者か」  女性は俺の背後に立つ。手に持ったナイフを俺の首に当てながらだが。そのナイフを鉄製のガンドレッドで弾き、背中の剣を流れるような速さで構える。 「勘は鈍っていないみたいだね」 「……まあな」 「じゃ、お互いがんばろー!」 「ああ、がんばろうぜ」  一通り挨拶が終わったところで、大戦の始まる鐘の音が街に響く。急いで、俺は街の正門へ向かう。王を含めた九人が集まっており、作戦会議を開く。 「さて、作戦だが、どうする?」  俺は八人の様子をうかがう。 「剣士は王の警護に当たってくれ。後は、私もつこう」  見事な作戦の指揮を騎士がとる。 「王と剣士、私以外のみんなは攻め込んでいってくれ」 「「了解!」」  残りのみんなは街を出て、一目散に走っていった。 「騎士、どうだ? 勝てると思うか?」 「五分五分と言ったところでしょう。相手の指揮官もなかなか上手いとお見受けした」 「そうだな……勝ってくれるといいが……」 「よっしゃ! 一番槍は俺が貰うっすよ!」  槍士だけに一番槍、槍士は味方を置いて行き単独で敵陣へと突っ込んでいく。 「むっ、お前たちは。敵の騎士と弓士か」 「…………」  二人の人物は話しかけても何も答えようとはしない。 「……黙っているようであれば、こちらから行くっすよ!」  槍士は一対二という不利な状況にも関わらず、怖気づかずに飛び掛かる。しかし、その重い突きを騎士の盾で防ぎ、弓士が矢を放ち、風を切って槍士の心臓を穿つ。 「ぐ、ぐはっ。む、無念……」  槍士は草むらの上に血を流して倒れる。 「な、槍士が死亡だと!」  俺たちは仲間が死ぬと自動的に脳内にメッセージが送られてくる。 「幸先の悪いスタートですね……」 「ふふっ、私は雑魚なんかに構ってる暇はないよ。さっさと大物だけを殺しちゃおっと」  暗殺者は王を暗殺しようと敵の街に乗り込む。 「あ、王発見! 殺しちゃうよ!」  家の屋根から道の真ん中に佇んでいる王に上から飛び掛かる。だが、突如飛んできた銃弾に頭を打ち抜かれる。 「…………え?」 「なっ、暗殺者も死亡、だと!?」  槍士に続いて数秒と経たず暗殺者も死亡とは。本当に幸先の悪いスタートなのかもしれない。 「どうしようか……」 「今は、信じて待つことしかできないでしょう……」 「私たちは生き残ることだけ考えていましょう」 「そうですね」  魔術師と杖士のペアだ。敵の街からは離れつつ、どちらかの決着がつくまで離れてじっとしていようという作戦だ。 「ん? あれは……敵の槍士?」  槍士は無言でこちらに走ってくる。不審がったまま何もしない魔術師に遠距離から槍を投げる。魔術師は魔法を唱える暇すらなく、槍にお腹を貫かれて死ぬ。 「がっ、はっ!」  槍士は魔術師に刺さった槍を抜いて、逃げようとする杖士に投げる。 「きゃあああ!」  背を見せて逃げる杖士を貫いて二人を殺した。 「魔術師と杖士も死亡! もう勝ち目がないぞ!」 「くっ、どうすれば……」 「なっ、銃士も死亡……。後は、俺たちだけじゃないのか?」 「な、なんだと……。くっ、王を全力で守るんだ!」  俺たちは街の正門から見える約五人ほどの敵を前に一歩も引かずに奮闘した。 「よし、五人、全員倒した……ぞ」 「けど、もう……動ける体力がないな……」 「お前だけでも逃げればよかったのに。家族が待ってるんだろ……」 「隣にいる友人を見捨てて逃げるようでは家族だって守れないさ」  倒れる騎士はこちらに親指を立ててグッジョブのサインを送る。本当にいいやつだ。そんな思いに俺も答えなくてはならないな。 「うおおおおおおおお!」  俺は草むらを走り抜け、こちら側と同じような造形をした敵の街へと走り出した。 「……さすがに考えすぎだ、マスター」 「いや、これだけ兵のことを考えられれば勝てそうな気がする!」  ボードに駒を設置してゲームを開始する。 「あー、また負けたー!」 「これで我の五連勝だな」  結果は五戦中、全て敗北の完敗だった。それでも、この授業は楽しかった。 『えー、三等士五組のクダリくん、至急理事長室まで来てください』  授業終了のチャイムの後にそんな放送が流れる。入学時に誰もが見たことのある理事長が直々に俺を指名する。これは何かあると思うのが自然だろう。 「理事長、どんな人なのだ?」 「入学したときに一度だけ会話したことがあるけど普通にいい人だったな。というかお前も聞いてたんじゃないのかよ」 「寝てたっ」  アイフィはいつも通り、誇れることでもないことを誇らしげに言う。  そんなダメニートのアイフィを連れて理事長室に向かう。 『ここか?』 「ああ、間違いない」  クダリはトントントンと三回ノックをする。 「どうぞ」  穏やかな男性の声が聞こえる。 「失礼しまーす……」  部屋は電気が煌々とついており、三メートル先で理事長が椅子に座っている。 「やあ、よく来てくれたね、クダリくん。まあ、そこにかけてくれ」  理事長が用意した椅子は周りに机も何も置かれておらず、理事長の顔がすぐ目の前に映っているような感覚で落ち着かない。テレビで見たことがあるが、裁判でいう裁判官と被告人のような位置関係だ。 「こうして話すのは久しぶりだね。君が入学してきたとき以来だね。どうだい? 学校には馴染めたかい?」 「ええ、まあ……」 「昨日、試合があったそうじゃないか。私はその日、重要な会議があったから見れなかったのだが、聞いた話によると試合に勝ったらしいじゃないか、おめでとう!」 「あ、ありがとうございます」 「さて、本題に入ろうか」  クダリはゴクリと息を呑む。 「君に偽りの世界に行ってもらいたいと思ってね」  理事長の言葉が予想を上回りすぎて驚くしかなかった。 「い、偽りの……世界!?」 「ああ、君たちのパーティーはわが校の最上位クラスであるスケイルくんのパーティーを倒したんだからね。それだけの実力はあると思ってね」 「でも、偽りの世界に行くってことはつまり、ワールドブレイカーの仕事をするってことだろ。俺たちにそんなことできるのか……?」 「大丈夫だよ、カイナくんも三等士のころから偽りの世界に行っていたからね」  なるほど、俺の世界に来たときも妙になれていたのは三等士のころから偽りの世界を壊していたからか。 「それに、最初から対象が難しい世界を選んだりはしないよ。こちらで選んだ簡単なところに行ってもらうから安心してくれていい」 「まあ、そういうことなら任せてください」 「うむ、頼もしい返事だ。じゃあ、詳細は放課後、君たちの顧問であるキリア先生にお願いしておくから」 「わかりました」  クダリは理事長室の大きな扉を開けて廊下に出る。 「ふぅ……な、やっぱり優しい人だっただろ? アイフィ」 『そうか? 我はなんだか嫌な感じがしたがな』 「ん? どうしてだよ」 『マスターと会話しているときマスターではなく我を見ているような気がしたのだが……』  そう言われてみれば理事長の鋭い視線は俺に向けられたものではない気もする。だが、 「気のせいだろ」  そんなことは有り得ないだろう。なぜなら、あの理事長には入学したときに俺が偽りの世界出身だということは話しても女神のことまでは話してないのだから。 「――偽りの世界っ!? わ、私たちがそんなところに行けるの!?」 「嘘っ! 偽りの世界って聞いたことしかなかったから伝説だと思っていたんだけど……」  案の定、サリィとリュウカは興奮している。まあ、二人からしたらワールドブレイカーになるためにここに来てそのワールドブレイカーと同じ仕事が与えられたんだから気持ちが昂るのは無理もない。 「まあ、もうすぐ博士が案内に来てくれるみたいだからそれまで待ってくれ」  キリアを抜いたラボのみんなは椅子に座って待つ。サリィとリュウカは落ち着かない様子で待ち、クダリの横に座っているカイナはそうでもないように平然と座っている。 「あなたはそんなにはしゃいだりはしないのね」 「まあな、一応偽りの世界の人間だからな……。それに、あんなことを楽しいとは思えないだろ……」  俺の世界に来たカイナの姿を思い出す。魔法を撃たれ、本当に殺されるという恐怖、アイリやコウトと過ごした日々が偽物だと知ったときの絶望感。それを今度は俺たちが誰かにしないといけないのだ。楽しいなんて思えるはずがない。 「そうね……これから起こる残酷さに彼女たちが耐えられるといいけど……」 「はーい、みんな大好き博士だよー! さあ、行こうか!」  いつにも増してハイテンションなキリアがドアを開けて案内する。一応、キリアも偽りの世界のことは知っているからおそらくクダリたちを元気づけるために無理して笑っているのだろう。  クダリたちは先頭を歩くキリアについていき、ラボがある建物の最上階に一つだけある不気味な部屋に行く。キリアは理事長室と同じくらいの巨大な扉を開く。 「さあ、着いたよ」  部屋の真ん中にある六芒星の魔方陣が放つ水色の光だけが部屋を照らす。俺も見るのは初めてだ。 「さて、行き先は理事長が設定してくれたみたいだからさっそく行ってみよー! さあ、そこの魔方陣に乗って」  クダリたち四人は魔方陣の上に乗る。キリアは魔方陣の前に用意された機械の前に立つ。 「それじゃあ、みんな、行ってらっしゃ――」  キリアがボタンを押すと目の前が真っ白に切り替わる。キリアの声も最後までは聞き取れなかった。三秒ほどで転送が完了し、次に見えた景色は荒廃したビルが並ぶ寂れた街だ。 「ここが、偽りの世界……! あれ? 魔方陣がないけど、どうやって帰るの?」  サリィが足元を見て気づく。先ほど行きに乗った魔方陣が消えている。 「……世界を壊すまでは帰れないわ」 「…………え?」  クダリを含むこの場の誰もが驚愕した。 「でも、一回こっちに来れたんだったら、帰ることだってできるんじゃないの?」  リュウカの声が焦りと不安で震える。 「無理よ。この偽りの世界には外からの接触を避ける結界みたいなものがあるんだけど、それを破るには大量の魔力が必要なの。行きはなんとか魔力を集められるみたいだけど帰りに回す魔力はないわ。唯一の帰る手段は偽りの世界を壊せば結界は解除されるからそれでなんとかするしかないわ」 「な、なんで……私たちはそんなつもりで来たわけじゃないのに……」  サリィの目からは涙が溢れている。今にも零れ落ちそうだ。 「偽りの世界に来るっていうことはそんな旅行気分で来ていいものではないわ。常にワールドブレイカーは命懸けで世界を壊しているのよ」  二人はカイナの言葉でひどく打ちひしがれる。 「……行きましょう」  カイナがゆっくりと歩き出す。二人もその後についていく。クダリはそんな暗い気持ちの二人を走って抜かし、先頭のカイナに追いつく。 「なあ、ちょっと言いすぎじゃないのか?」 「これから起こることに比べれば大したことではないわ」  冷たい態度をとるカイナだが、眼尻には少量の涙が浮かんでいる。自分で言うのも辛かったのだろう。 「あ、そうだ。前から聞きたかったんだけどさ、俺の世界ってどうなったんだ? 俺はこうして生きているわけだし」 「核を失った偽りの世界はその存在を維持できずに消滅したわ」  消滅、か。アイリやコウトとの思い出の場だったのだが、それはもう偽物なんだ。俺の今の居場所は、このラボだ。でも、それさえも無くなってしまったらどうすればいいのだろう。……いや、そんなことはさせない。 「……クダリ?」  カイナが反応のない俺の顔を覗き込む。 「あ、いや、なんでもない。でも、俺が別の世界に移動すれば俺のいた偽りの世界は消えるんだよな。それだったら、偽りの世界の核となる人を全員連れて行けばいいんじゃないのか? そうしたら誰も殺さず平穏に終わるじゃないか」 「……そんなこと、とっくの昔にしたわ」 「え?」 「私はそのとき、まだ生まれてなかったんだけど、歴史で習った話では、核を牢獄に幽閉したらしいのだけど、何者かが核を牢獄から解放したらしく、自由になった核は強力な力を以て人々を殺したらしいわ」 「……それで、どうなったんだ?」 「ワールドブレイカーが全員協力して一人残らず殲滅したらしいわ。それをきっかけに核は決して私たちの世界に連れてきてはならないと決まったらしいわ」  砂の混じった冷たい風が頬に当たる。 「でも、俺は……」 「そうね、国にはバレてないみたいだけど、もしバレたら……」  ゴクリと息を呑む。カイナは殺されると最後までは言わなかった。言わなくてもわかるだろうという計らいだろうか。 「だから、私たちは絶対に核を生かしてはいけないのよ」 「核が反逆、か」  クダリはカイナにも聞こえないよう呟く。 『どうした、マスター?』  クダリの小さな声にアイフィが反応する。クダリがきまって声の小さいときはアイフィに話しかけているというときだ。 「核が反逆ってそんなことできるのかなってさ……」 『できるだろうな。特に我らみたいに女神を持っている核、マスターみたいな存在なら勝てるだろう』 「女神ってそんなに影響するものなのか? 結局はその人の技量で決まるものじゃないのか?」 『我みたいに戦略の女神とかならあまり影響はしないだろうが、力の女神とか炎の女神みたいに、攻撃系の女神がつけばそのマスターの力は大幅に増加するだろう』 「ふーん、女神っていろんなやつがいるんだな」  そのままカイナに連れられるように歩いているとカイナのポケットから警告音のような音が盛大に鳴り響く。その音が歩くたびにだんだん大きくなっていく。 「……核が近いわ」 「じゃあ、ここにいるってことか?」 「そのはずだけど…………あっ、あの子ね」  カイナの指を差した方向にいたのは槍を抱きかかえ、壁にもたれて座る少女だ。髪はぼさぼさの首まで伸びた黒髪で黒い目には光が灯っていない。服はほぼ汚れたりボロボロになったりしてとても俺の世界では考えられない格好だ。 俺はこの少女を知っている、いや、忘れるはずもない。だが、現実的に考えて有り得る話なのか。 「クダリ、会話して注意を引き付けて。私が合図したら魔法を撃つからあなたは離れて」  それはこの二人の前でこの少女を殺すということだ。しかし、カイナの聞いた話の通り、この少女を連れて行って生かすという方法はできない。選択肢は必然的に一つしかないのだ。 「……わかった」 「じゃあ、私たちはこの建物の陰から見てるから」 「じゃあ、行ってくる」  俺は一歩、また一歩とゆっくり足を踏み出す。 「やあ、こんにちは」  とりあえず、俺は少女の隣に座る。 「俺の名前はクダリ、君の名前は?」  光の灯らない少女の目が光を取り戻し、俺の顔を見つめる。 「うそっ……お兄ちゃん!?」 「お兄ちゃんってことは……やっぱり、カレン!?」 「うん、やっぱり覚えていてくれたんだ。でもなんでお兄ちゃんはこんなところにいるの? 死んだはずじゃ……」  やはりこの子は俺の妹、カレンなのか。でも、俺が死んだって……?  後ろを振り返るとカイナが手のひらをこちらに構えている。あれが魔法を撃つ合図ということか。だが、仮に妹ではなかったにしても俺は妹を目の前で殺させるほど冷たい人間には出来ていない。 「……逃げるぞ、カレン!」 「え、うん」 「なっ、待ちなさい、クダリ!」  カイナはクダリとこの子が兄妹だとは知らないため、クダリが逃走するとは想定していなかっただろう。カイナの反応は遅れ、複雑に入り組む寂れたビルの中でなんとかカイナから逃げ切る。通路の行き止まりでとりあえず一息をつく。 「お兄ちゃんっ!」  カレンは目に涙を浮かべさせて俺に抱きつく。抱きついてもなお、離さない右手の槍を見る。 「カレン、この槍は……?」 「え、忘れちゃったの……? もしかして、記憶喪失とか……?」 「ま、まあ……そんなところだ」  涙を浮かべて抱きついた妹を騙すのはなんか気が引けるが、記憶喪失にしておけば後々のことを考えれば誤魔化せるか。 「この槍はお兄ちゃんが戦争に行くときに渡してくれたんだよ?」 「せ、戦争……!?」  歴史で習ったことはあったにせよ、絶対に縁のない言葉だと思っていた。 「うん、でも、お兄ちゃんが死んだって知らせを受けたんだけど、本当は生きてたんだね! カレン嬉しい!」  この世界の俺は、死んだ? もし、そうだとしたら、俺はこの世界の妹にとんでもない嘘をついているんじゃないのか。 「……まあな」  しかし、今更嘘だなんて言えない。こうなったら、最後まで嘘をつき続けるしか…… 「……お兄ちゃん?」  ずっと抱きつく妹の首を見ると何か紐のようなもので吊るしている。その正体は胸の部分につけられた金属製のペンダントだった。 「ペンダント……?」 「ああ、これ? これは中に写真が入ってるんだけど……どう、思い出さない?」  開かれたペンダントの中には精々親指の爪くらいの大きさの写真が貼りつけられている。その写真は砂の上に立つクダリとカレンの写真だった。この世界のクダリは先ほどカレンの持っていた白銀の槍を左手で地面に刺している。そして、カレンがクダリに抱きついている様子を撮った写真だ。どちらも笑顔で幸せそうだ。 「あのときはホントに楽しかったよね。これからもずっと一緒だよ!」  カレンは満面の笑みで話す。俺はさらに罪悪感が増していき、心に黒い何かが取り付いていると思うほど苦しくなる。 「お兄ちゃんどうしたの? やっぱり様子がおかしいよ?」 「――家族ごっこは止めなさい、クダリ!」  曲がり角からカイナが現れる。その表情からは冷静な怒りを感じ取れる。 「か、家族ごっこって。だって、この子は俺の妹――」 「確かにあなたの妹にそっくりだとしても、そもそもあなたとその子は生まれた世界が違うじゃない。所詮はその子も偽物に過ぎないのよ」 「ち、違うっ! この子はっ、妹は! カレンはっ! 偽物なんかじゃないっ!」  根拠はない。むしろ、カイナの言っていることが正しいのだ。だが、偽物で、本当の妹でなかったとしても、俺は彼女を見捨てることはできない。 「そう思っていても……あなたはこの子の兄ではないのよっ!」  カイナはカレンに手のひらを向ける。どうやら、俺のすぐ近くにいるカレンを狙い撃とうというつもりらしい。 「……っ、紅式――」 「止めてっ! これ以上、カレンのお兄ちゃんをいじめないでよっ!」  カレンが叫ぶと、カレンの体が光に包まれる。模擬戦のときとは違う、まるで、アイフィと初めて出会ったときのような…… 「女神化(トランスフォーム)完了、二等神界シェリゼ・カラッド、これより半身となり、マスターの援助を行う!」  光から現れたカレンは髪が銀に染まり、髪の先の方は深紅に輝いている。瞳の色も赤色だ。 「うーん、マスターは寝ちゃったみたいだからよくわかんないなあ……まっ、みんな殺せばいいんだよねっ!」  カレンの外見をして喋る謎の人物は白銀の槍を構える。 「霊魔槍・火炎!」  白銀でダイヤモンドのように輝く槍は先端にマグマを纏っているように燃えている。 『マスター、構えろっ!』 「え?」  アイフィからそんな警告を受けたが、クダリは理解が追い付かずに立ちつくす。すると、クダリの懐に現れた狂気のように笑うカレンが、炎のようなものをクダリに近づける。炎は弾丸の如く距離を詰め、のけぞって躱したときにはアイフィの作ったコートが焼ける寸前だった。 「――もうやめて! シェリゼ!」  カレンが叫ぶとカレンの体は石化したように動きを止める。槍は俺のまつ毛に当たるほどの距離で静止する。勢いのある槍の動きを無理に止めたため、暴風がクダリを包むように吹き荒れる。  カレンの女神化が解け、中に潜んでいた女神が光と共に現れる。現れたのは、紅葉のように赤い髪と、鮮血に染まっているかのような赤い瞳のアイフィと同じくらいの幼さだ。 「マスター、なんで止めるの……? こいつら殺そうよ!」 「ダメだよ……この人はお兄ちゃんと同じ見た目をしているけど別人とは思えないもん」 「なっ、もしかして、気づいていたのか……?」 「まあ、途中からね。一度死んだ人間は戻って来ないってお兄ちゃんに言われたから。この人は本当のお兄ちゃんじゃないんだって。でも、最初に名前を聞いたとき、カレンの名前を知っていてお兄ちゃんと同じ名前の人だったから、完全に違う人とは思えなかったよ」  カレンは悲しみの涙を浮かべながらも笑顔で答える。  クダリも、女神化を解き、アイフィが姿を現す。 「久しいな、シェリゼ」 「アイフィアス……」  お互い、感動の再開という雰囲気ではなく、お互い睨んで因縁の対決といった感じだ。 「なんで一等神界ともあろうアイフィアス様がこんなやつと契約しているのかなあ?」 「それは我の気まぐれだ」 「ふーん、ホントかなあ?」 「なあ、アイフィ、一等神界ってなんだ?」  今まで何回もその言葉を聞いたが、ごくたまに聞くぐらいだったため、あまり気にしてはいなかったが、ここまで頻繁に聞くようになるとさすがに気になる。 「そうだな、どう説明しようか。我らの神界には三つの階級みたいなものがあるのだ。それぞれ、能力の高い女神から一等神界、二等神界、三等神界と呼ばれている。まあ、階級があるからといって上下関係があるわけでもないがな」 「なるほど……」 「……うーん」  曲がり角の辺りで倒れていたカイナが目を覚ます。 「…………え? ん? ……なに? どういう状況……?」  カイナからすれば、いきなり変身したカレンに襲われて、目が覚めるとよくわからない少女が増えており、戦闘も終わっているのだから理解できないのも無理はないだろう。 「あ、えーっと――」  俺はカイナが気絶してからいままでに起こったことを包み隠さず説明する。 「二人目の女神……。それがあなたの妹と契約しているってこと?」 「まあ、そういうことだ。これで、カレンがワールドブレイカーになってくれれば殺さなくてもいいんだろ?」  女神は絶大な力を持っている、そんな人物が仲間になるのは学校側としてもいい話だ。 「……厳密にはそういうことではないんだけど。でも、仮に私が認めなかったら強引にでも帰るんでしょ? 私一人で女神二人を相手するのは不可能、結局はこのまま連れて帰るしかないみたいね」 「じゃあ、これからよろしくな、カレン!」 「はい、よろしくお願いします。……お兄ちゃん!」  クダリはカレンと握手を交わす。その瞬間、視界が光で包まれる。  次に目を開けると、そこは終わりの見えない砂漠が延々と広がっている空間だ。クダリは軍隊のように整列された人の集団の中にいた。隣には俺と同年代くらいの金髪の男が金の槍を地面に突き立てるようにして持っている。どこかで見た覚えがあるが、もしかして、こいつは―― 「よお、クダリ。最後の最後までお前と同じ隊とはな」  コウト――! そう叫んだつもりだが、声に出ない。それどころか動くことすらできない。 「最後とは諦めが良すぎるんじゃないのか。お前にしては随分と弱気だな」  今度は俺の口が勝手に開く。どういうことだ。確かにこれは俺の体、いや、もしかして、これはこの世界の俺の体なのか。 「だってよ、今回は精鋭部隊が全員でかかっても倒せなかった相手だぜ。それを、新人の寄せ集めの俺らが倒せるのかよ。捨て駒に使われたとしか思えねえぜ」 「もし、そうだとしても、俺は簡単に死ぬつもりはないぞ。妹のためにも生きて帰らないといけないんだ」  コウトがクダリの手に持っている黒い槍を見る。 「そういえば、お前、今日はあの銀の槍じゃないんだな」 「ああ、これか。妹があまりに泣いて俺が行くのを止めるから槍を俺の代わりだと思えって渡した」 「ふっ、相変わらずお前は不器用だな」 「うるせっ、おっと、そろそろ敵さんのお出ましのようだぞ」  全て平らな砂漠だったはずが、ある部分だけが高く膨らんでいき、まるで俺たちの前に立ちはだかる巨大な壁のように砂が持ち上げられる。その砂が振り落とされたときに見えた生物の姿はサメとカジキを合わせたような見た目をしており、大きさは学校を余裕で飲み込めるほどの巨体だ。あいつからすれば、俺たちはアリのような存在だろう。 「よしっ、じゃあ行くぞっ!」  全軍があの巨大生物に走っていく。クダリの意識はここに来たときと同じように光に包まれて途絶える。 「――クダリ、クダリっ!」 「……ここは? それにみんなもいる……」  目が覚めると俺は立ったまま呆然としていた。辺りを見回すと、カレンと握手をしてから全く場所は移動していないようだ。今まで姿の見えなかったサリィとリュウカもいる。そして、地面には偽りの世界に行くときに使った魔方陣が光っている。 「今、理事長に頼んで魔方陣をここに描いてもらったの。それより、大丈夫なの? ぼーっとしてたけど」  特にみんなに言うことでもないだろう。そんな考えで黙っておくことにした。 「いや、なんでもない」 「……そう。じゃあ、帰りましょ」  カイナに促され、魔方陣の上に乗る。行きと同じように光に包まれ、最後に目に映ったのはカレンのいた世界がだんだんと崩壊していく姿だった。  おそらく、あれはこの世界の俺だ。最後、どうなったかはわからないが、カレンの言った通り死んだのだろう。そんなことを考えていると、もう学校に着いていた。 「じゃあ、カレンのことは私が理事長に掛け合っておくから。ここで解散ね」  みんなとはここで別れ、それぞれの自室に戻る。偽りの世界に行っても時間は経過するようで帰ったときには日は沈み、夜になっていた。 「はあ……やっと帰って来れたな」  寮の自室に着くと同時にアイフィが人間の姿になって出てくる。 「まったくだ。あのときはどうなるかと思ったぞ」 「仕方ないだろ。銃弾がなかったんだから」  クダリはいつも通り食事の準備を準備をする。今日は珍しいことにアイフィがクダリの隣に立つ。 「ん? どうした、アイフィ?」 「い、いや、我もたまには料理でも手伝おうかと思ってな」  料理はできるのか。その疑問に答えるとしたら答えはノーだ。まったくといっていいほどできない。だって、女神なのだから食べる必要はないのだ。料理などしたこともない。ならば、なぜ料理をしたいと言い出したのか。それは―― 「……いたっ」 「おい、大丈夫か、血出てるぞ。……というか、アイフィ、料理できるのか?」  さっそく、疑われた。いきなり包丁で左の人差し指を切れば無理もないか。 「で、で、できるから! マスターは見守っていてくれ!」  血が出た指を舐め、再び包丁で野菜を切る。手際が悪く、大きくなったり小さくなったりと不格好な野菜が残った。 「見てられないなあ、うちの女神さまは。俺がお手本みせるからよく見ておくんだぞ」  クダリは真剣な表情で野菜を切る。野菜以外の物に視線を向ける様子はない。仕掛けるなら今か。クダリの下へと音を立てずに慎重に近づいて頬に唇を当てる。それに驚いてクダリは激しい動揺を見せる。 「な、な、なにしてるんだよっ!」 「なにって、これはマスターの国で言う愛情表現なのだろう?」 「愛情表現って、そういうのはホントに好きな人にするものなんだよ」 「……我はマスターのこと、好きだぞっ」  アイフィはクダリにウィンクして去った。  ――ふふっ、成功したようだな。  な、なんなんだ。いきなりキスするだけして帰っていったぞ。あいつ、そんなことをするためだけに料理を手伝うとか言ったのか。ひどい冗談だな。俺は特に気にも留めず、平然とした顔で料理をする。 「「――ごちそうさまでした」」  合掌をして、後片付けを終え、ベッドに寝転がる。アイフィは俺の寝ているベッドに座る。まるで、カイナに病院送りにされたときに見た光景だな。 「明日も、ずっと、ラボのみんなで過ごせるかな……」  俺は右手を上に掲げ、部屋を照らす灯りに重なるように手を広げる。 「……そうだといいのだがな……」  アイフィが冷たく、そして静かに言った。 「え? どういうことだ?」 「いや、単なる我の思い過ごしでよければいいのだがな……。いや、気にしないでくれ」  アイフィにはそう言われたが、どうしてもそんな言葉が気になって眠れなかった。 「ふぁあああ……博士、おはようございます…………」  翌日、眠れなかったからなのか、キリアを除いた誰よりも早くラボに着き、研究室に籠っているキリアにあくびをしながら挨拶をする。 「どうした、クダリ。やけに眠そうじゃないか」 「まあ、いろいろ考えごとをしていて……。でも、珍しいですね。カイナは授業があるから来れないのも無理はないですけど、いつも早く来ているあの二人も来ないなんて」  それを聞いたキリアが熱心に続けていた作業を止め、こちらを向く。 「え、知らないのかい?」 「知らないってなにがです?」 「あの子ならパーティーを――脱退したよ」  キリアの机の横にある開けられたままの引き出しにはパーティーを抜けるために必要な封筒、脱退届が二つ入っているのが見えた。 「――っ!」 「クダリ!?」  俺は急いでラボを飛び出した。向かう先は『三等士五組』と書かれた俺たちの教室、早朝にも関わらず教室内はクラスメイトで溢れかえっていた。 「はあっ、はあっ……なあ、サリィとリュウカ知らないか?」  俺はドアの近くに一人でいた見知らぬ女子生徒に話しかける。 「サリィさんとリュウカさん? それなら、さっき、階段を上っていくのが見えましたけど……」  クダリは教室を出た隣にある階段を上る。三階の三等士より上の階は屋上だ。あの二人は何をするつもりだ。屋上に続く緑のドアを開けると、そこには鉄の柵に手を置いて下を眺める二人の姿があった。まさか、自殺するつもりか―― 「サリィ! リュウカ!」 「クダリ!? どうしたの?」 「いや、それはこっちのセリフだ。二人ともまさか、自殺しようと……」  サリィとリュウカはお互いに目を合わせると、笑い出す。 「ふふっ、自殺だなんて。私たちにそんな度胸はありませんよ」 「じゃあ、なんでこんなところに……」 「ちょっとあたしたち二人で相談してたんだよ」  再び、二人が目を合わせると今度は笑いが顔から消え、真剣な表情へと変わる。 「ねえ、クダリ。私たち、二人で相談して決めたんです」 「決めたって……なにを……?」 「――――この学校、辞めようと思います」  自分でもなんとなく察しはついていた。この学校でワールドブレイカーになるためにはパーティーに入ってお互いに切磋琢磨しあう。今のパーティーを辞めて他のパーティーに入りたいなら『変更届』を出すはずだ。それとは違い、必ずパーティーに入らなければいけないこの学校でパーティーを辞めるということは、学校を辞めると言っていると同じことだ。 「な、なんで…………」  その答えもなんとなく、クダリは察していた。 「正直、怖いです。帰って来られるかわからない場所で戦い続けるなんて。私たちはまだ、死にたくないですし……」  そう、誰だって死にたくないはずなのだ。 「カイナの言った通り、あたしたちは旅行気分でここに来てしまったんだよ」 「……二人はどうしてここに入ったんだよ」 「子どものころからの夢でした。父がワールドブレイカーでよく武勇伝を聞かせてもらいました。私も父のようなワールドブレイカーになりたいなって思っただけなんです」 「あたしは兄貴がワールドブレイカーだったんだよね。いつも疲れ果てて仕事を終わって帰ってくる兄貴を助けてあげたい、楽にしてあげたいなって感じの気持ちで来たんだよ。あたしたちの理由なんてそんなものだよ」  二人は自信の欠片もないような仕草で言う。 「……充分だよ。それだけの理由があれば充分だろ! 夢をそんな簡単に諦めていいはずがないっ!」  自分で言っていて胸が締め付けられる。俺なんてそれしか道がなかったんだ、選択肢は初めからなかった。そんな、二人みたいに大それた理由なんか持ち合わせていないのに、俺が言えることではないのに。けど、そんな二人に夢をあきらめてほしくない。 「死ぬのなんか誰だって怖いさ。俺だって今回は初めて偽りの世界に言ったんだぜ。死ぬかもって思ったさ。それでも、みんな必死にワールドブレイカーを目指してるんだ! もし、死にそうになったんなら俺がみんな守ってやるよ!」  声が枯れそうだ。だが、それでも俺は必死に叫んだ。 「そんなこと言えるなんてさすがだね。やっぱり、クダリは『才能』があるよ」  サリィが何のためらいもなく言い放った言葉がクダリの心に引っかかる。 「才能? 才能ってなんだよ……」  二年間留年をして、魔力がないと蔑まれながらも人一倍努力をして自分ができる分野を伸ばしてきた。それを『才能』という言葉でまとめられて怒りを感じた。 「二人とも、よく聞いてくれ。俺は、偽りの世界の人間だ」 「「……え?」」  二人が驚く。突然そんなことを言われて信じられないのだろう。 「別に冗談で言っているんじゃない。俺は偽りの世界からこの世界に来た。ちょうど、カレンのようにな。そこは魔法とかなんにもない世界でさ、当然、俺が魔法なんて知っているはずもなく、この世界に来たんだよ。もちろん、魔法が使えないからみんなからバカにされたし、魔法が使えないから実技テストも不合格で留年だ。けど、俺は魔法が使えなくても戦えるように博士の授業を受けて、いろんな知識を身に着けて、今ここにいるんだ。これは、俺の才能じゃない、俺が努力して勝ち取った結果なんだよ! だから、才能とか言って決めつけて歩みを止めるより、努力して前へ進もうぜ。みんなならできるよ」  クダリは眼尻に涙を浮かべながらもその涙をこぼさず、笑顔で話し終える。すると、サリィがクダリの横を通り過ぎて走っていった。振り返る直前に目に映ったサリィの目には涙が浮かんでいた。 「さ、サリィ!?」  リュウカもそれに続いて走っていく。クダリは追いかけようかと迷ったが、サリィとリュウカを二人にしてあげようという考えでここに残る。クダリは無人の屋上で柵に手を乗せ、雲ひとつない明るい空を見上げた。 「ははっ……ついに言っちゃったな……」  ――どうしよう、どうしよう。私、何も知らなかったにしても、努力した人に才能なんて言っちゃった。  胸が締め付けられるような罪悪感が増していく。  クダリは自分の帰る家を、世界を失ってまで戦おうとしているのに、私は、あんなことで自分の夢を諦めようとしていたんだ。 サリィは大きな罪悪感を心に抱え、ラボへと走った。 「博士……」  クダリは屋上を出て、ラボへと向かった。アイフィの言った通り、もうあの場所は戻って来ないのかもしれない。クダリは肩を落としてラボの中へ入った。 「はあ……、え?」  ため息交じりでドアを開けるとそこでは信じられないような光景が見に映った。 「な、なんでみんな、ここに……?」 「……あたしたち、あれから博士のところに行って脱退届を取り消してもらったんだよ」  サリィとリュウカは確かに引き出しにあったはずの脱退届を握りしめている。 「ごめんなさい、クダリ! 私は知らなかったとはいえ、あなたにひどいことを言ってしまった。たくさん努力してきたはずなのにそれを才能とか言っちゃって……」  サリィが深く頭を下げる。床には大量の涙がぽろぽろと落ちる。 「顔を上げてくれよ。別に気にしてないし、それに、みんな帰って来たんだからいいじゃないか。また、このメンバーでがんばろうぜ!」  クダリは右手で拳を作ってそれを二人の前に出す。二人は笑って拳で答えた。
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