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第二章 修行  コトリに魔術を教え始めてから、一週間ほどが経った。元々が魔術師だったこともあり、魔術の基本的な心得などは出来ているが、術式を組むのがどうにも上手くいかないようで、何度も失敗を繰り返している。だが、諦める気は無いようで、少しずつだが日々上達しているのを感じる。 「んー、えい!」  掛け声をかけながら彼女はもう一度杖を振るが、ポフンと音を立てて煙が出ただけだった。 「しーしょー! もう一回やり方見せてくださいー!」  ここ数日は毎日こんな調子で、私は魔術の手本を見せてほしいとせがまれる。 「わかったから、私の服を引っ張らない。あと、そろそろお昼ご飯にするからな」 「あと一回、終わったらにします」 「あと一回だけだからな。昨日もそれ言っては、出来るまで食べなかったしな」 「うぐ……」  言葉が続かず、抗議するように頬を膨らますコトリ。それを見なかったことにして、私がせがまれた魔術を唱えると、彼女はすぐに真剣な顔つきになって術を観察していた。 「こういう風にやるといい」 「わかりました!」  そして私と同じ呪文を唱えなえてはみたものの、先程と同じように煙が出るだけで目的である火を出すことは出来なかった。 「上手くいかないです……」 「コトリ、少し手を貸してごらん」  きょとんとしながらも、彼女は私に手を差し出した。その手を取り、コトリの魔力の量を調べることにした。あまりにも失敗するのは、恐らく魔力量が足りないか、あまりにも多過ぎてコントロール出来ていないかのどちらかだと思っている。 「ふむ……」  小さな手を介して私が感じたことは、彼女自身は魔力はかなり保有しているが、どこか自分で抑えているところがあるのだろう。おそらく無意識でだと思うが、何か怖いことでもあったのだろうかと考えてしまう。 「もう少し上手く魔術が使えるように、とっておきの物を作ってあげよう」 「本当ですか!」 「ああ」 「ありがとうございます、師匠!」  はしゃぐ彼女を見て、私は頬を緩めた。昔も娘にせがまれて、似たようなことがあった。ふと、そんなことを思い出していた。 「どうしたのですか、師匠」 「いや、ちょっと昔のことを思い出していただけだよ。さあ、ご飯を食べよう」 「はい!」  コトリは元気よく返事をして、私の後ろを歩いて食卓に向かう。この一週間で随分と明るくなったものだ。出会ったばかりの時は、どこか虚ろで怯えた目をしていたのを思い出す。話をするのも私からで、彼女からは滅多に口を開かなかったものだ。 「あ、ルナとナイトにもご飯あげてきますね」 「頼むよ、コトリ」  猫達にご飯を上げるために外へと駆けて行くコトリの背中が、今は亡き子供達の姿と重なる。私が今まで生きてきた中で、唯一の愛した女性との子供達だった。君達は、私と過ごして幸せだったのだろうか。今でも、それだけが気がかりである。 「いつか、コトリにも彼女達のことを話してみよう」  妻のアリシア。そして、二人の子供達と過ごした時間のことを。私が初めて愛した、温かな家族のことを。今のコトリなら、楽しそうに聞いてくれるだろう。一度、会わせてみたかったものだ。  お昼を食べ終えて人で修行の続きと勉強をしていたら、昼過ぎだと思っていたのに気づけば既に夜になっていた。ここ最近は、時が過ぎるのが早いと感じている。 「もうこんな時間か。今日はこれくらいにして休もうか」 「はい、わかりました」  素直に彼女は頷き、練習を止めた。普段はもう少しと粘るのだが、今日はあっさりと練習を止めて、私はそれを少し不思議に感じた。疲れているのだろうか。それならば、練習の量を調整しなければ。努力をすることは構わないが、無茶をするのとは訳が違う。 「さあ、おやすみ。明日も練習するのだろう」 「師匠はまだ、お休みにならないのですか?」 「私は、まだやることがあるからね。すぐに寝に行くよ」 「わかりました。無理なさらないでくださいね」 「ああ、そうするよ」  手を振り彼女を見送ってから、私は書斎の奥に隠れている工房へと向かった。コトリに、昼間に約束した物、魔導具を作るためだ。魔力を抑えているのは本人の気持ちの問題ではあるが、上手くコントロールできるようにするための物を作ろうと思う。そうすれば、それを付けていれば大丈夫と思いこませて、上達もするだろうと思っている。上手くいくかはわからないが、やらないよりはいいだろうと考えた。 「それでも一度、何が起きたのかちゃんと話を聞いてみる必要があるな」  彼女の身に一体何が起きて、今旅人としてなぜ過ごしているのか。そのことについては、いまだにコトリに聞けないままでいる。まだ早いだろうか。それとも、聞いていいものだろうか。その判断が難しく、疑問はいまだに晴れない。 「明日、一度聞いてみるか。それで反応が悪いならしばらく聞かないことにしよう」  そう考え、私は作業に取りかかる。何を作ろうかと、思案しては御守りを意味するものを作ろうと思いついた。そうだな、ピアスなんてどうだろうか。多分、彼女は長く使いそうな気がして、ネックレスやブレスレットだと成長すると短くなったり小さくなったりしたりするため、そういったことに困らないピアスを作ろうと思った。あまりに凝った物よりは、シンプルな物でちゃんとまじないを込めて作ったものがいい。そうと決まれば、あとは早かった。  部屋が明るくなり始めたのに気づき、朝まで作業に没頭していたことを初めて知った。作業の方は終盤に差し掛かっていて、あとは仕上げをするだけたった。磨き終えて出来上がったのは、赤いシンプルなリングピアス。 「よし、残りはまじないをかければ終わりだな」  私が彼女に願うこと。魔力のコントロールはもちろんだが、何よりも彼女の安全。そして幸せだろうか。この一週間、彼女と一緒に過ごしてきて思ったことがある。コトリは素直でまっすぐで、心優しい子だ。だからこそ、私は神からの試練ではないかと思った。  長い時の中で私が一番辛かったのは、愛した家族との死別。時間が違う者が共に過ごせるのは、ほんの僅かな時間だけであり、残された者には消えない想いを残していく。私にそれを再び体験しろということかと。 「それとも…… いや、無いと思いたいな」  ふと頭に過った一番最悪な結末を振り払い、私は仕上げを終え部屋の布団に潜った。  翌朝。日が昇り鳥達がさえずりだす頃、起きた彼女が部屋から出てきた。最近のコトリは、起こさなくても自分で起きられるようになっていた。 「おはよう、コトリ」 「おはようございます、師匠」  そして私の代わりに彼女が台所に立ち、料理をすることが多くなっていた。私の子供達の服を着てキッチンに立つその姿は、昔の閉まっていた記憶を思い出させた。子供達は双子で、それぞれ青い瞳の姉と金の瞳の弟だった。姉のルナはよくアリシアの手伝いをしていて、弟のナイトは私と手合わせをしたいと一日に何度も言われたものだ。思い出に浸っていると、コトリに声を掛けられ現実に戻された。 「できましたよ、師匠。師匠?」 「ん、ああ、ごめんな。食べようか」 「どうしたんですか? 最近の師匠、そういう風にぼーっとしてることが多いですけど」 「そうか?」 「はい。何かあったのですか?」  何かあった、か。あったと言えばあったのだろう。だけど、これは言っていいものなのだろうか。そう考え、私は答えることを躊躇った。 「師匠?」  コトリに不思議そうに顔を覗かれて、まっすぐな瞳で見つめられ私は観念して話すことにした。 「昔、私には妻も子供もいた。だけど、生きられる時間が違うせいで離れ離れになってしまったのさ。私は長い時を生きる種族でね。家族と同じ時間は過ごせなかったのさ」 「そう、だったのですね…… 師匠にも家族がいらしたのですね、大切にしていた家族が……」  しゅんとして、不味いことでも聞いたような顔をしているコトリの頭を撫でる。 「そんな顔するな、コトリ。いいかい、生きているものは、数えきれない出会いと別れを繰り返しているんだ。それがごく僅かな時間であれど、変わらない。共に過ごした時間が、記憶が多ければ別れた時の喪失感は大きいけどな」 「はい…… 私にも、大切な人はいました。彼女は、私の親友でした。だけど……」 「何かあったのか?」 「私が、殺しました…… 私が、奪ってしまったんです……」  唇を噛み締めて、着ている服をぎゅっと握る彼女。以前、自分は死神だと打ち明けてくれた少女。そんな未熟な子供が親友を手にかけることが、どんなに辛いことなのかは想像することしか出来ないが、目の前にいる子はただひたすらに耐えてきたのだろう。俯いたまま涙を我慢して、辛さが過ぎるのを待っている姿は見ていて胸が痛かった。 「おいで、コトリ。泣いていいんだよ。君は死神である前に、一人の人間でまだ子供だ。子供は、泣いて笑って元気に過ごすのが一番だ」 「し、しょ……」  ダムに溜まっていた水が溢れだすように、コトリの瞳からは大粒の涙が流れ始めた。自分で拭うものの涙は止まらずに、そのまま頬を伝って落ちて机に染みを作る。 「ししょ、私…… まだ、一緒に…… 過ごしたかった…… もっと、おしゃべり、したかった…… どうして…… どうして、みんな死んじゃうの……」  泣きながら言う彼女の頭を撫でる。生命の始まりと終わり。それは死神の役割を背負った、心優しい彼女にはあまりに重すぎるものだと感じた。生死は生まれながらにしての定めであり、それが人間を生かす動力でもあると私は考える。それを失ってしまった私は、コトリの悲しみには応えられず雨が去っていくのをそばで待つことしかできなかった。  しばらくするとコトリもいくらか落ち着いたようで、まだ落ち込んではいるがもう泣いてはいなかった。だが、こんな状況で旅を始めた理由を彼女に聞くのは、あまりにも可哀想だと思った。 「そうだ、コトリ。修行に役立つ物を作ったから、使うといい」 「何ですか?」 「そうだな、御守りだよ。君を守ってくれるし、魔力の流れもスムーズになるようにもしたから」 「ありがとうございます!」  ローブのポケットから小さな赤いピアスを取り出し、彼女の手の上に乗せる。 「あれ、穴が開いてること知ってましたっけ?」 「この前、寝ているのを運んだ時にちらりと見えてね。嫌だったか?」 「そんなことないです。とても嬉しいですよ、師匠」 「それならよかったよ」  本当に嬉しそうにしながら、早速彼女はピアスを付けた。真紅の小さなリングピアス。それは、黒髪コトリによく映えた。 「良く似合っているよ、コトリ」 「ありがとうございます、師匠。大切にしますね」 「ああ」  ぽふんと頭を撫でると、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。 「ところで、もう大丈夫そうか?」 「はい。まだ傷は癒えないですけど、少しずつ前を向ければ……」 「そうだな、ゆっくりと進めばいい。焦る必要はないよ」 「はい、ありがとうございます」 「さてと、今日も練習するか?」 「もちろんです! 今日こそは成功させるんですから」  意気込むコトリが可愛らしくてくすりと笑ったら、彼女に何で笑ってるのかと怒られてしまった。ともあれ、今日こそ上手くいけばいいと私も思っている。片づけてから二人で書斎に移動して、いくつかの魔導書を持って別の部屋に移動する。流石に書斎だと最悪の場合、火事になって全焼するとかあり得そうで困る。全ての書籍に燃えないように術は施してあるが、万が一というのがあるので魔術の練習は別の部屋で行うようにしている。 「それじゃ、やってみるか」 「はい、師匠! 今日こそはやってみせますよ!」  そしてコトリは、昨日と同じように呪文を唱えて術を発動させようと試みる。成功すれば火の球体が出来上がるのだが、今日は上手くいくだろうか。 「えい!」  呪文を唱えてから杖を振り、ぽふんと音が鳴る。杖の先を見ると、火球が小さいながらも出来ていて術が成功していた。 「お、出来てるじゃないか。頑張った甲斐があったな、コトリ」 「師匠がピアスくれたおかげですよ! ありがとうございます!」  はしゃぎながら言うコトリに、それは自分の力だということは黙っておいた。そのうち彼女自身が、時が来れば気付くだろうと思ったからだ。私は簡単なまじないをしただけで、それを信じて力を引き出したのはコトリ自身だということに。 「よくやったじゃないか」 「ありがとうございます!」  その後も次々と魔術を成功させ、彼女の喜ぶ姿を見ることができた。思えば、コトリが私の家に来てだいぶ経った気がする。今では、すっかり普通の子供と変わらないと思っている。時折見せる、大人びた一面を除けば。「やりましたよ、師匠」とはしゃぐコトリの姿を見守りながら、私達は部屋から出た。  夜になり、私が奥の書斎で魔導書の解読をしていると、降りてきたコトリが声をかけてきた。 「師匠、またですか。こんな時間まで起きてないで、早く寝てください」 「これが終わったら寝るよ」 「それ、昨日も言いましたよね? だけど、やっぱり遅かったですし」 「わかったよ」  最近はずっとこんな調子である。コトリに急かされ、私は工房を後にして寝室に戻ることにした。ちゃんと寝てくださいよ、と彼女に念を押され仕方なく寝ることにした。 「おやすみ、コトリ」 「おやすみなさい、師匠」  彼女もそのまま自分の部屋へと向かったようで、扉の開閉する音が聞こえてきて、私もそのまま布団に潜り込んだ。  ふと、夜中に物音がした気がして目を覚ました。階段を降りていく音が聞こえ、コトリが手洗いにでも行くのかと思ったが、しばらくして玄関の開く音が聞こえてきておかしいと思った。 「こんな夜中にどこへ行くのだろう」  そんな疑問を抱いたが後を追うのは不信がられる気がしたため、私は梟の使い魔を呼び寄せて彼女を追うように命じた。 「何事もないといいんだがな……」  何かが起こってからでは遅いのは、自分がよく知っている。だから、無事を祈りながら彼女が帰ってくるのを待つことにした。  それから数時間後。空が若干明るくなってきた頃に、梟が戻ってきてその少し後に玄関の開く音がして家の中に入る足音が聞こえた。梟を撫でてから何が起きたのかを教えてもらい、私はそれを黙って聞いた。そして、その報告を聞き終えてから使い魔を家に帰した。報告内容としては、彼女が死神の仕事を行っていたことというもの。問題はないだろう、彼女が生まれた世界での出来事だったら。だが、ここはそういうわけにもいかない。誰かが消えれば騒ぎになるようなところだ。そして、真っ先に疑われるのは、私のような異端者だ。 「どうしたものか……」  薄々感じてはいたが、実際に話を聞くのは違う。日が登ってから、さりげなく聞いてみるか。彼女が教えてくれる気はしないが。それと、彼女が起きるより先に少し呪文をかけておこう。彼女を守るために。  彼女の言っていた死神は、寿命の僅かな人の前に現れては死者の国へと導く者のことを指す。それが、役割だと彼女は言っていた。もし私がその立場ならば、気がおかしくなるだろう。ましてや、いつか自分の家族や友人を連れて行かなければならないのだという。そして彼女自身の口から、何度もやったことがあると聞かされていた。 「とりあえず、朝になるまで彼女は寝かせておこう。疲れているだろうし、あまりそういう時に聞くのは酷だろう」  そう思いながらも、再び寝付くことができず呪文を街に向けてかけた後に、私は部屋の本棚から小説を取り出して読書を始めることにしたのだった。  何冊か読み終わった頃朝日が登り、気持ちのいい青空が広がっていた。結局私は眠れないまま朝を迎え、朝食の準備を始めていた。 「おはようございます。今日は早いですね、師匠」 「おはよう。ちょっと寝れなくてな」 「大丈夫ですか? 休んでくださいね」 「わかってるよ」  二人並んで朝食の準備をして、それぞれの席に着く。そして、私は夜中のことを彼女に聞くことにして口を開いた。 「そういえば、夜中にどこか出かけてたようだが。どうしたんだ?」 「やっぱり気づいてましたか……」 「流石に自分の家だし、普段と違えばわかるさ。でも、無理して話してほしいわけじゃないけどな」  黙り込んで考えてから、コトリはその口をゆっくりと開いた。 「実は、仕事をしてました。死神としての仕事を……」 「魂を狩る方か?」 「はい……」  定期的に魂を狩らないと自分の寿命が縮むのだと、コトリは言葉を続けた。だが、無闇に命を狩れるわけでもなく、彼女は依頼が来るのを待っていたのだと。そして、依頼が来て仕事を行った。こういう経緯だった。 「辛かったかい?」  彼女はその言葉に驚いたような顔をしてから、涙が溢れそうなのを堪えながら俯きこくりと小さく頷いた。 「でも…… やらないといけないですし……」 「そうだな。だけど、辛かったら私に話してもいいんだよ。君よりは長く生きているし、そういうことをやったことが無いとは言えない」 「ありがとうございます、師匠……」 「いいさ。だけども、これだけは覚えておくといい」 「何でしょう?」 「いいかい、人間は二回死ぬんだ。一度目は、その命が終わった時。そして二度目は、誰からも忘れられた時」 「誰からも忘れられた時……」  私の言葉を飲み込むように、コトリは言葉を繰り返す。皆から忘れられた時が、本当の死ではないかと私は思う。存在が消えて、生きていたことが無かったことにされてしまえば、一体何がその人がいたということを証明できるだろう。唯一それが出来るとすれば、記憶だけになるだろう。だが、忘れてしまえば何も残らない。一緒に過ごした時間も、楽しかった思い出も、温かなぬくもりも何も。 「誰もが忘れてしまっても、君はその相手のことを忘れないようにね。死神は、一番最後に見届ける役目だ。だから、忘れないでほしい」 「はい、師匠」 「いい子だ」  しっかりと返事をする彼女の頭を、軽く撫でてあげる。コトリへの言葉は、自分への言葉でもあった。出会い、共に過ごし。そして、見送るしか出来なかった人々を私は忘れない。忘れられるわけがない。温かなぬくもりで満ちた日々のことを。  突然、何かを決意したようにコトリが顔を上げた。 「師匠、話さなきゃいけないことがあります」 「なんだい?」 「私が死神である理由と、旅人になった経緯を」  真っ直ぐに向けられた瞳に、私は頷いた。彼女の決心に応えるのが、師匠と呼ばれる人いうものだろうと思う。  向かい合うように椅子に座り、用意した紅茶を二人の前に置く。 「さて、話って?」 「まずは、私が死神であることからになります」  代々死神の家系であることは以前話をしてくれたので知っていたが、その中でも彼女は異例だったという。いや、彼女とその双子の妹もか。本来ならば親が死神で、その子供のうちの一人が死神として産まれてくるのだが、彼女は二人目の死神だという。産まれてきた経緯は、言いたくないとのことだったのでそのままにしたが、大方父親が娘を孕ませたのだろうと予想した。おそらくそれも絡み合い、彼女は更に複雑なことになったのだろう。 「私は死神としてだけでなく、産神としての器でもあるんです……」  小さな体に入っている、二つの神々との契約。一つの契約だけでも苦しいと思うのに、何の因果なのか二つが重なるとは。それを珍しく思った大人たちは、彼女に様々な実験をしたと言う。内容は、私ですら耳を塞ぎたくなるほど聞くに耐えないものだった。 「私は体が神様に近くて、死ぬような怪我をしてもすぐに治癒してしまって。だから、あの人達にとって私は……」  都合の良い実験台《モルモット》。  大量の薬物投与、魔力量の限界突破、死神の能力の適合率の限界値、人格分離、人体実験、武器の威力の実証台。他にも並べられた言葉は、どれも、聞いただけで吐き気すら覚えるほどのもので、それを目の前の彼女が受けていたのかと思うとやっていた人達に怒りが湧いてきた。 「それで、追い討ちをかけるように親友を殺せと来て…… もう嫌で、逃げ出して……」  七歳の頃に家から飛び出るように逃げ出し、旅人として様々なことをして二年間過ごしたのだという。汚れ仕事や詐欺師、何でもしたという。そして、あの日に私に拾われたとのことだった。 「あのまま師匠に拾われてなかったら、私はきっと誰の温かさも知らずにいたと思います。だから、師匠にはとても感謝してます」 「それは、私もだよコトリ」 「そうなのですか?」 「そうだよ」  あの日。君に出会わなければ、私はいまだに幻に囚われたままでいただろう。こうして一緒に過ごしていくうちに、私の心を覆っていた氷は少しずつ溶けていった。 「君と出会って、止まっていた時間が進み始めたのさ。辛いだけが人生じゃない。こうして温かいのもあっての人生さ」 「そうですね。師匠はなんで一人だったんですか?」 「私か? そうだな、話せば長くなるが聞きたいか?」 「はい、師匠がどんな風に過ごしてきたのか、どんなことをしたのか聞きたいです!」 「わかった。何から話すかな」  まだかまだかと、落ち着かない様子のコトリを見て頬を緩ませながら、私は魔術師になったばかりのことを話すことにした。  しばらく話したあとそういえば、妹がいると言っていたが彼女は平気なのだろうか。そんなことを、ふと思い聞いてみた。 「妹は、わかりません……」 「何故だい?」 「私は、一族の中であまりにも力を持ちすぎました。反対に妹は、あまりにも持たなさすぎた。どちらもイレギュラーで、同じところに二人はいられないのです…… だから、私達は離ればなれで過ごしていて、どうなっているのかもわからないのです……」 「そうか……」  家族なのに交わらぬ運命の糸。それは、あまりにも寂しいと思った。 「会いたくないのか?」  口から出た質問はあまりにも彼女に残酷なものだと、言ってしまった後に気づいてばつが悪くなり顔を逸らしてしまった。 「会いたいですよ。でも、私が生きているということは、妹が生きている可能性は低いのです。そういう定めですから」  どこか諦めたように呟くコトリに、昔の自分の姿を重ねた。何もかも諦め、悟ったように一人で過ごしてきた昔の自分と。俯く彼女に手を伸ばし、そっと頭の上に置いた。 「きっと大丈夫さ。私と一緒に、妹と過ごせる道を探そう」 「でも……」 「それとも、一緒にいたくないのか?」 「そんなことない! 大事な妹だもん、一緒にいたい!」 「なら、決まりだな」 「え?」  よく分からない様子で、ぽかんとするコトリに笑顔を向ける。 「可愛い愛弟子には、幸せになって欲しいしな。だから、見つけような」 「はい、見つけます!」 「ん、いい子だ」  まだ間に合うのならば、彼女と妹を会わせてあげたい。家族を失うのはとてつもなく悲しくて苦しくて、世界から色が一瞬で消えてしまうくらい絶望に落とされる。だから、手遅れになる前に二人を引き合わせたいものだ。例え運命に逆らうことになろうとも、私はそれを選ぶだろう。 「そうと決まれば、教えることが増えるが大丈夫か?」 「大丈夫です。わずかな手がかりでもいい、妹に。サオリが生きているって、知ることができればいいです」 「そうだな、まずはそこからだな」  すっかり元気になり、やることが決まり生き生きとしているコトリ。きっと彼女なら、私よりも魔術を覚えて願いを叶えることができるだろう。禁忌を犯さない程度に、色々と覚えていってくれればいいが。 「師匠、早く行きましょ? たくさんの魔術を覚えて、サオリに会いたいです」 「わかったから、引っ張るな」  手を引っ張られながら工房の方に連れられ、苦笑しながら私は後ろを歩いた。元気になったものだなと、頬を緩ませながら小さなその背中を見つめる。最初は大人っぽく見えていた姿も、今では年相応に幼さがあって安心している。 「どうか、君に幸せがありますように」  小さく呟いて、くすりと微笑んだ。
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