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 静まり返った学校。昼休みにこづかい稼ぎをした部屋の前におれはいた。窓ガラスに顔を押しつけ、カーテンの切れ目からなかをのぞきこむ。闇が見えているのか、なにも見えていないのかわからなかった。 「そっちじゃない。こっちこっち」  軍手をはめた松本がとなり=でかい地図やガリ版が置いてある部屋の前で飛び跳ねている。 「なんだよ、蛙みたいな真似して。準備運動か」 「そんなんじゃないよ。いいから沢村、肩車して。ボクの背じゃあそこに届かない」  軍手の指が差した先=ずいぶんと高いところにある、ずいぶんと小さい窓。 「あそこからなかへ入るのか?」 「そうだよ。ほら、早く肩車。あと、これはめて」  渡された軍手で手のひらの汗を拭いた。 「もっと入りやすい窓にしろよ」 「鍵はあそこしか開けてないよ」 「窓なんてほかにいくらでもあっただろう。どうしてあの窓なんだ」 「そんなの、怪しまれないために決まってんじゃん」  入りづらい窓だと怪しまれないのか――そのまま聞いた。 「あのさ。大きい窓の鍵が《開|あ》いてたら、遅くまで残ってる先生に気づかれるかもしれないだろ」  いわれてみればたしかに。松本はどこまでも頭がまわる。おれは自然と何度も頷いていた。 「これ持ってて」  例の巾着袋。のんきな顔でおれたちを眺めているバイキンくんのそれを足もとへ一旦置き、松本の股ぐらに頭を突っこむ。 「あげるぞ」  味のしなくなったガムを吐き捨て、膝と腰に力を入れる。きちがいどもにやられた肩の傷が痛んだが、札束のためと思えばなんてことはない。それに松本の体は思っていたよりもずっと軽かった。 「どうだ?」  ザラザラした壁を睨みながら聞く。 「固いな、この窓。でも大丈夫だ。夕方、ボクが開けたままになってる」  ひと安心。今の時間に窓ガラスをぶち割るのはさすがに気が引ける。頭の上で鳴っていた音がガタガタから鉄の軋むそれに変わった。 「よし開いた。立つよ」  土足がおれの両肩を踏む。歯を食い縛る。息を止めて変な声が出ないようにする――強い痛みは生きてる証拠。おれは壁に手を突いて踏んばった。肩にかかっていた重さが一瞬増したときは気を失いそうになったが、それもすぐに軽くなった。呼吸を再開して顔をあげる。下半身をばたつかせている松本――靴底の土が顔に降ってきた。 「いけそうか」 「めちゃんこ狭いし痛いよ、もう」  痛いのはこっちも同じ。小窓の幅を目寸法で測る――縦横とも四十センチあるかないか。半分は窓ガラスだから、通れるところは四十センチかける二十センチ。対角線を目一杯に使っても、おれじゃおそらく抜けられない。ここは松本にがんばってもらうしかなかった。  次の動きを待つ間にあたりの様子をチェックした。金網の向こう=学級菜園は異常なし。その向こうには車が一台走っていたが、たぶんおれたちには関係ない。プールのほうは真っ暗でなにも見えなかった。そのまま首をねじってもとの位置へ。松本の体はほとんどが小窓の向こうへいっていた。蛇に飲みこまれていく蛙の最期が頭に浮かぶ。おれは帽子を後ろ向きにかぶりなおし、それから軍手をはめた。 「《痛|い》って」  布地が手の甲の火傷をこすった――腹立たしい痛み。先に軍手を着けた左手で巾着袋をつかみ、となりの教室=視聴覚室の前へ移動する。右手は素手のまま。松本の体は小窓の向こうに消えていた。  ガラスの向こうのカーテンが勢いよく引かれ、軍手の指が鍵のレバーを押し下げる。窓は軋むことなく滑らかに動いた。巾着袋を口にくわえ、窓枠に両手をかける。 「上れる?」 [*label_img*] 「《おうーあ|余裕だ》」  腰を屈めてジャンプ――侵入成功。松本が窓を閉め、鍵をかけ、さらにカーテンをもとへ戻す。 「だめだよ」 「なにが?」 「右手。ちゃんと軍手しないと指紋がつく」  視聴覚室なんかおれの指紋だらけだ――頭のなかだけでいい、松本の言葉に従う。傷口が軍手に貼りつくと外すときに大変だということはとりあえず忘れておいた。 「よし、行こうぜ」  いって、扉へ走る。ズックの底が床へこすれるたびに耳障りな音を鳴らした。ワックスのせいだ。 「靴を脱いだほうがいいかもしれ――」 「うわっ」  声と、低く鈍い音に振り返る――床にへばりついている影。 「どうした!?」 「もろ打った。痛ってえ……」  左手で後頭部をさする闇色の松本。 「なんだよ、これ。ワナ?」  闇色の右手に握られているワナの正体=聞き覚えのあるビニール袋の音。 「ワナだな。気をつけろよ」 「誰だよ、こんなところでパンなんか食べたの。むかつく」  おかしいのを堪えて松本を引っぱり起こす。笑うのは札束を手にしてからだ。 「急ごう」 「ストップ」  巾着袋から取りだしたばかりの懐中電灯を松本に取りあげられた。 「まずいよ、これは」 「なんでだよ。真っ暗だぞ」 「こんなの光らせて歩いてたら目立ってしょうがないよ」 「目立つもなにも、この時間に人なんか――」  いるわけがない――が、外から誰に見られるかわかったもんじゃない。松本がいいたいのは、おそらくそういうこと。 「オッケ?」 「そこまで気がまわらなかった。悪い」  《視聴覚室|ここ》から職員室までは廊下で一本。階段があるわけでもなし、灯りなんかなくてもそれほど困りはしないはずだ。  視聴覚室の扉を静かに引く。おれはズックを、松本はスニーカーと巾着袋を手に職員室を目指した。  誰もいない夜の廊下は気味が悪かったが、昼間ならまったく目立たない誘導灯や非常ベルのおかげで闇にまごつくことはなかった。 「見まわりとかはいないんだろうな」 「どうだろ」 「どうだろって、調べてないのか?」  急ブレーキ。靴下走りのせいで、おれも松本も二メートルぐらい滑った。 「そんなのわかんないよ。夜中に学校来るのだってはじめてだし」  その場で耳を澄ました。廊下の窓をときどき風が揺らす音のほかは松本の鼻息が聞こえているだけ。おれたちは三十秒ぐらい、いろんな方向に耳を傾けた。 「心配なさそうだね。行こう」  薄闇の松本に目で頷き、再び両足をぶんまわす。すぐそばに迫った曲がり角。そこを左へ行けば札束が眠る場所までは一直線だ。おれたちは先を争うようにして走った。 「行くぞ」  職員室の扉に手をかける――開かなかった。 「鍵がいるよ、ここからは」  松本が扉のすぐ脇の非常ベル=赤い警報装置のふたを引っぱり開ける。こんなところに鍵なんて本当にあるのか。そこのところをおれはまだ疑っていた。が、ここまできたらあってもらわなきゃ困る。祈るような気持ちで松本のやることを見守った。 「あったか?」  返事の代わりにじゃらついた音が聞こえた。頭のなかに豪華なラッパの音が鳴り響く――金持ち、決定。松本が細いワイヤーで括られた鍵の束をおれの鼻っ面へ突きつけてくる。 「何本あるんだよ、これ」  一、二、三……ざっと数えても二十はある。まさかこれを全部使わなきゃ何百人もの聖徳太子には会えないのか。 「こんなにあったんじゃ、なにがどの鍵で開くのかわかんねえな」 「そっくりためすよ」  輪っかの左端の鍵を松本が指でつまむ。 「どいて。開けるから」  その鍵で職員室の扉は開かなかった。ちがう鍵でためす=はずれ。次=穴にすら入らない。 「なんだよ、もう」  続けざまに鍵をためしていく松本の背中は焦っていた。おれにもそいつが伝染している。四本め、五本め、六本め。ふくらむ不安。湧き起こるいらだち。むかつき。うっぷん――焦りと仲のいいやつらが用なしになった鍵の数だけ増えていく。 「おい、まだか」  七本めの鍵=はずれ。八本めのそれ=同じく。焦りの仲間と戦いながら錠がまわるのを待つおれ。鍵のこすれあう音がもどかしかった。一秒の長さがいつもの倍に感じられた。ここにある鍵で目の前の扉は開くのか。鍵穴へ押しこまれた九本めがまたしても突っかかる。いやな予感がさざ波のように背中全体へと広がっていった。 「ちくしょう……」  合わない鍵が錠穴から引っこ抜かれるたびに同じセリフが聞こえた。 「ちゃんとまわしてるのか」 「見ればわかるだろ! 折れるまでまわせっていうのか!」  押し殺した声で怒りながら十本めをためす松本――あっさりと半回転する軍手の手首。 「やった! 当たりだ!」  扉を引くのと同時に松本が職員室へ飛びこむ。すぐさまおれも続いた。 「真ん中からやれば一発だった。おかげで変な汗かいちゃったよ」 「おれもだ」  半日前もここにいた。なじみのある場所なのに、どこか知らないところへ来ているような錯覚を起こす。たかが暗いだけの職員室におれは夜の魔力みたいなものを感じた。 「……けっこう、暗いなあ」 「明るかったら、ちがう意味でびっくりしちまう」  ものが見えているのは緑の灯り=『非常口』と書かれた照明のあるこのあたりだけで、それ以外のところは闇といっていい暗さ。窓のほとんどにカーテンが引かれていることも、そいつが引かれていない窓を見るまでわからなかった。おれは扉を閉め、内側からまわせる錠を指でひねった。 「あんまり明るくない懐中電灯が欲しいね」 「大丈夫だ。任せろ」  狙いはこの先の事務室。職員室の常連だったおれは松本と位置を代わり、机や棚のふちに軽く触れながら奥へ向かって早歩きをした。邪魔になりそうなものはすべて記憶どおりの場所にあった。目的の扉の前で再び位置を代わる。 「よし」  今度は二本めの鍵で開いた。なだれこむようにして部屋に入るおれたち。扉を完全に閉めると、ものも人も完全に見えなくなった。 「なにこれ。超真っ暗じゃん」  この暗闇のどこかに札束が眠っている。そう思うだけで胸が苦しくなってきた。 「こうまで見えないとしょうがないね」  めったにしない舌打ちを松本がする。光の筋が闇に伸びた。誰かに見つかりやしないかと一瞬焦ったが、その心配はいらなかった。この部屋には窓がない。  松本が光の先をあちこちへ向ける。書類の棚、事務机、花瓶、色のついた磁石を貼りつけた白い板――肝だめしをやっているような気分。 「金庫はどこにあるんだ」  壁から天井、天井から床へ――闇のなかを、まるで稲妻みたいに走りまわる光。そいつがすっと一直線になった。 「あそこだ」  灯りの先=部屋の左隅へ目を向ける。見るからに頑丈そうな四角い鉄のかたまり=夢にまで見た札束の寝ぐら。おれたちはその前まで駆けより、そして互いの顔を見あわせた。 「だめじゃねえか、これ……」  鍵を差しこむ穴がどこにもない金庫。あるのは直径十センチほどのダイヤルだけ。円のまわりに沿って十刻みの数字と細かい目盛りがびっしりと書かれている。やっぱりトンカチかなにかを持ってくるべきだった。おれは松本の手から懐中電灯を奪い、硬いものを探した。 「こいつで金庫をぶち壊そう」  足に滑車のついた椅子を引きずりながらいった。 「待って」  懐中電灯を奪い返される。 「ここ見て。管理責任者、桜井、佐東って書いてある」  桜井=たしかこの学校の事務員。佐東はあの佐東だ。で、だからなんだ? 「探そう」 「なにを?」  松本はおれの質問を無視して、手前の机のなかを引っかきまわしはじめた。 「なにやってんだよ」 「事務の先生か佐東先生の机のなかに、番号がわかるメモかなにかがあるかもしれない」  あるかもしれないし、ないかもしれない。かといって椅子の足で金庫をぶっ叩いても《開|あ》けられるかどうかはわからない。はっきりしているのは、このままなにもできなければ金を手にすることができないということ。おれは巾着袋からライターを取りだし、いつも説教されている場所へと走った。  見慣れた机の前へ立ち、手のなかのライターをこする。昼間、この頭をさんざんぶっ叩いてきた出席簿を手に取ってめくった――めくりづらい。軍手のせいだった。少し考えてそいつを外す。今さら指紋なんか気にしてもしかたがない。  軍手を尻ポケットへねじこみ、探しものに戻る。女スパイの名前が目に飛びこんできた――数字じゃないものに用はない。日付、出席番号、昭和五十六年度、第六学年一組=すべて関係なし。出席簿をぶん投げ、ほかのところをチェック。なにかの書類、やたらとハンコの入った木箱、ペン立て。机の上はそれだけ。あとは透明なマットの下。さらにその裏。端から漁ってみたが、秘密の数字が書かれたものはどこにも挟まれていなかった。 「あの野郎、どこへ隠しやがった」  舌打ちとため息を代わりばんこにやりながら、一段めの引き出しを開ける――束になった写真。机の上にそれを置き、奥の奥まで手探りする――なにもなし。次の段へ移る。画鋲、マジック、ストップウォッチ、体育の授業で使う笛、消しゴム、セロハンテープ、佐東の名前が書かれた名刺。どれもこれもはずれ。金庫や学年費と関係するようなものはなにも出てこない。 「《熱|あ》っち!」  ライターを放り投げる。燃えて溶けてるんじゃないかと思える熱さが、いきなり親指にきた。ぶん殴られたときの痛みは慣れることができても、熱さのほうはなかなかそうもいかない。宙で右手をぱたぱたやりながら、二段めの引き出しへ左手をかける。 〝沢村!〟  おれを呼ぶ声――事務室へとんぼ返り。 「どうした」  部屋へ入ると同時に聞いた。松本が答える代わりに懐中電灯を動かす。金具かなにかに反射されてくる光。眩しさを手のひらで殺した。 「やったのか!」 「一番下の引き出しに金庫の説明書があった。そこに書いてあったよ、番号」  なにもかもを吐きだした金庫が口を開けてぐったりとしている。 「金は!?」  光の先が机の上に移る――輪ゴムかなにかで括られた札束。そいつがいくつもあった。 「……すげえな、おい。ほんとにあった。いくらあるんだ? これ」  札束のピラミッドへ釘づけになるおれの目玉。タバコも吸っていないのに脳みそがグラグラした――生まれてはじめて味わう興奮。鬼のいない鬼ヶ島で金銀財宝をほじくり当てた気分だ。 「わからない。けど、予定してたより、ちょっと少ない気がする」 「こんなにあるのにか?」 「よく見て。ほとんどが千円札だよ」  束だけ数えたら十九。ただ、そのほとんどは伊藤博文。なかにはやたらとぶ厚いそれもあったが、聖徳太子の顔が描かれているのは三つだけだ。 「三百六、七十万しかない」 「はじめの計算より百万以上少ないな」  暗算――三百六十万割る、二。ひとり、百八十万。それでも大金に変わりはない。 「残りは明日か。みんな払いが悪いなあ。どうする?」 「どうするって、明日の分まではどうにもできないだろう」 「しょうがない。じゃあ、これだけいただいて逃げよう」 「そうだな」  札束に硬貨。そいつらをわしづかみで巾着袋へぶちこんでいく。詰めきれるだろうか。 「それはいいよ」 「なんでさ。もったいないだろ」  軽く千枚はありそうな百円玉に文句をつける松本。理由を聞く。 「そんなの全部詰めたら重さで袋が裂けちゃうよ。百円玉や五十円玉はポケットに入るだけにして、余ったのは置いていこう」  おれはポケットというポケットに百円玉を詰めこんだ。額の小さい硬貨は考えてやめた。松本は小銭なんかに興味はないといった感じで、荒らしたものを片づけている。 「なにやってんだ?」 「バレないようにもとへ戻しとくんだよ」  金さえ手に入れちまえば、こんなところに用はない――喉もとまでせりあがってきたセリフを飲みこむ。 「どのみちバレんだろ。それより早く――」 「だめだって。ちょっとでも気づかれるの遅いほうがいいじゃん。沢村もそれ終わったら片づけて」  そんな気もするし、どうでもいいことのような気もした。が、ポンコツの脳みそで先のことを判断するのは危ない。となればピカイチの脳みそに従うまで。おれは佐東の机をなおしに戻った。早足をしながら壁かけ時計を探す。そいつは覚えのある位置に貼りついていたが、針がどこを指しているのかまではわからなかった。記憶を手繰る。ふたりで動きだした時間から計算すると十一時ぐらいか。いつもならとっくに夢を見てる時間だ。  ライターを探した。すぐに見つかった。拾いあげ、丸い部分をまわす。また親指を焼いても敵わないと思ったおれは、ライターを十秒に一度休ませることにした。 「ったく、面倒くせえな、もう」  とっ散らかった机の上。まずは引き出しのなかをもとどおりに。とはいえ、最初がどうだったかなんて覚えちゃいない。結局はでたらめにぶちこんでいくしかなかった。二段めから一段めの引き出しへ移ったところで時間――ライター、休憩。目のなかに残っている像を頼りに机の上の束=写真のそれをつかむ。 「やべ」  足もとでバサバサと音が鳴る――つかむところが端すぎた。パンパンにふくれあがった巾着袋を抱えた松本が暗がりのなかを小走りしてくる。 「《行かず|行こうぜ》」 「待ってくれ。写真をばら撒いちまった」 「なにやってんだよ、もう」  松本が腰を屈めながら光る紙袋を床へ置いた――でかい封筒に入れられた懐中電灯。明るすぎず、暗すぎず。この場所にちょうどいい灯りだ。 「悪い。順番なんか、この際どうでもいいだろ」  《表裏|おもてうら》も向きもバラバラになっている写真を引っかき集める。自分の手が作る影のせいで細かいところまではわからなかったが、写っているのは体育館のなかだった。 「なんだ、これ……」 「体育の授業かなんかだろ」 「……ちがうよ」 「あ? でもまあ、別になんでもいいだろ。誰か写ってんのか?」  集めた写真を手のなかで揃えながら聞く――返事がない。松本のほうを向いた。手にしている一枚の写真をエンマ大王みたいな顔つきで睨みつけている。 「なんなんだよ、これ!」  いきなりの怒鳴り声に腰が抜けそうになった。 「でけえ声出すなよ! 表に聞こえたらどうすんだ!」  押し殺した声でいった。立ちあがって窓の外=カーテンのかかっていないそれに目をやる。灯りがついている家が二軒、校門の向こうに見えていた――さっきはなかった光。 「ふざけんな!」 「だから声を落とせ。気づかれる」  唸り声をあげながら写真を床へ叩きつける松本。 「黙れよ、おい。どうしたんだ!」 「ママだよ、これ!」  叩きつけた写真を指差しながら松本が怒鳴る。 「ママ?」  顔を近づけて見ようとした写真が軍手で隠された。 「おい、意味がわかんねえよ!」 「ちくしょう……あの野郎、ぶっ殺してやる!」 「落ち着け! あの野郎って誰だ!」  このままじゃまずい。おれは集めた分の写真を引き出しのなかへぶちこみ、松本の脇を抱えあげた。 「とにかく逃げるぞ。お前の声で誰かが一一〇番するかもしれない」 「いいよ! おまわりでも誰でも来ればいい!」  椅子がぶっ倒れ、何枚かの写真が宙を舞う。暴走する松本――松本亨の脳みそ。 「よかねえよ! せっかくの苦労が水の泡になっちまうじゃねえか!」  赤い背中を強めに叩く――と、同時に電子音。 「こんなに頭にきたのははじめてだ! あいつ絶対……絶対ぶっ殺してやる!」  佐東の机の上にあったものすべてが床へ落っこちた。強い力で松本を羽交い締めにする。 「放せよ!」 「いいかげんにしろ!」  松本が怒鳴る。おれも怒鳴る。電子音は鳴りやまない。夜も夜中に騒がしい職員室。絶対に気づかれる。見つかる。捕まる。そうなる前に逃げだせ。自分だけでも――いや、松本の脳みそがないと、この計画は遅かれ早かれおじゃんになる。だが、誰だかわからないやつに怒っている松本の暴れっぷりは半端じゃない。 「お前だけの――」  抱えていた体をねじり、狂いかけている相棒の横っ面をしかたなく張り倒す。 「ものごとじゃねえんだぞ!」  余韻=怒鳴り声のそれが消えると、職員室のなかは電子音だけになった。 「沢村……」  平手打ちを食らって我に返ったのか、松本の顔からは怒りの色が消えていた。床にへたりこみそうになる相棒の体を抱えて引きずる。 「沢村、ボク――」 「わけは後で聞く。急ごう」  おれたちは鍵もなにもそのままに、特急ダッシュでずらかった。 [*label_img*]
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