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 死というものは不思議なものだ。人間が必ず行きつく終着点であり、人類史発展の永遠のテーマともいえる。人類は今まで死というものを解明しようと試みたが、結論に至った者はいない。  古代エジプトでは、人間は死によって一時的に魂が肉体が離れるが、再び同一の肉体に戻ってくると考えられていた。そのため、防腐処理を施したミイラなどが後世まで残されている。  キリスト教においては、死はアダムとエヴァが神の意志に背いたことによる人間の原罪だと捉えられている。だがそれも、イエスの存在を信じることでその原罪を赦されるという。赦されるというくだりは宗教的な匂いが強い。  仏教では、輪廻転生という概念があり、悟りを得たものはその輪廻から抜け出すことができるという教えだ。  死というものは概念的なものである。故に解釈する人間によっては蠱惑的な毒にも薬にも変貌するものである。  私は、死について様々な国を辿ってきた。巡ってきた国々の中には、死というものをなんとも思っていない原始的な国もあった。人間が息を引き取るまでは看病をするが、鼓動を止めた途端に国の共同ごみ捨て場へもっていった国もあった。  私も、未だ死についての結論を出せていない。こんな、老いぼれになってもだ。それもそうだ。人類というスケールで見ても未だ答えが出ていない《もの》。私一人が考えたところで結論が出るはずもない。  だが、旅の中で一人、私が興味をそそられる一人の少女がいた。  あれは、そう。ヴァチカンへ行ったときだったか。当時の私は、死について得体のしれない恐怖感に襲われていてね。それを切っ掛けにバックパッカーとしてっ世界中を巡りながら、その国の生死感について調べていたんだ。ヴァチカンという国は不思議なところでね。あ、ローマ法皇の選出方法を知っているかい?八十歳未満の男性のカトリック信徒の枢機卿たちの中から選挙で選ばれるんだが、その選挙。現地の言葉でコンクラーヴェというんだ。根競べ。面白いだろう?日本語と何ら関係のないのにもかかわらず日本語のニュアンスに似てきているんだ。  え?本題に入れって?マスターはユーモアがないね。  そうそう、少女だ。サンピエトロ大聖堂を見学に行った後、行く当てもなく次に行く国について考えていた時だった。後ろから、一人の少女が話しかけてきたんだ。 「お兄さん、死って好き?」  ってね。  どうしたんだマスター、そんなに取り乱して。あー、ショットグラスが粉々じゃないか。気を付けなよ?  で、そうそう。少女にそう言われて、私は困惑したね。異国の地で黒髪の少女と遭遇したということにもだが、私に対してその問いを問うたことにもだった。それに、彼女の瞳もだ。彼女は吸い込まれそうな漆黒の瞳をしていてね。いや、あれは魔性の《もの》なのだろうな。まぁ、それは置いておこう。私は、すぐに答えることができなかった。すると彼女は私に興味を失ったかのようにそっぽを向いてどこかへ行ってしまったんだ。  え、そのあとどうしたのかって?もちろん追いかけたさ。だが、その少女の姿はもう見つけられなかった。  嘘だと思うかい?私も、誰かにこんな話を聞かせられたら与太話だと思うさ。  おや、その顔は疑ってないんだね。珍しい。こんな老いぼれの話、そうですかと流してもいいもんだがな。  ん、どうした?今は死についてどう思ってるか、だって?  そりゃあ、怖いさ。だが、今は少し興味が出てきたね。  誰も現世では誰も知らない彼方。面白そうじゃないか。  っと、時間も更けてきた。私はこれで失礼するよ。あぁ、釣りはいいよ。私の話を信じてくれたんだ。チップだよ。  それに、流れているジャズも心地良い。それに、マスターの人柄もね。    では、これで。また来るよ。  美しい望月の下、一人の男性が頬を頃酔いにして歩いていた。英国紳士風のその男性は左手に杖を携えてはいるが、足取りがたどたどしいということはなく、装飾品としてのそれであることがわかる。  ふと、街頭の下で足を止めた。目の前に自分の常識外のものを見つけたからである。黒衣に身を包んだ黒髪の少女。その髪は月光を受けて一級品の絹糸のようにキラキラと光っていた。  少女は、男性に気付くと、微笑んで声をかけた。 「死は、好き?」  男性の体は畏怖に震えた。自分が若かりし頃に少女の姿だったものが、今現在も少女の姿で目の前に現れたからである。男性には、彼女は死を体現したもののように思え、十三番目の恐怖を身体で感じていた。 「す、好きとは言えん。だが、嫌いではない。興味がある対象といったところだ」  男性がそう答えると、少女は再び微笑んでくるりと体を翻した。男性は、自らから興味が薄れたことで、逆に少女に対して興味がわいた。 「君は、何者なんだね」  男性の質問に、少女は立ち止まり、少しの静寂をもたらした。 「     だよ」  少女の声は凛として響き、男性の耳へ届いた。  宵闇はすべてを包み、静寂を好んだ。
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