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 そして、決戦の日がやってきた。 「それでは、これからルールの説明を始める」  西校舎の前で、俺達はカンセの声に耳を澄ませていた。イオリの父親は三人の男を連れてきていた。一見人の良さそうな男、服の上からでも分かる程筋肉のついた男、眼鏡をかけた頭の良さそうな男だ。  対して俺のチームは、ファイリア、ユウキ、そして……。 「うう……緊張する……」 「大丈夫、イオンちゃん。ほら、深呼吸して」 「ありがとうございます……すー……はー……」  イオンだ。  本来なら約束通り、ホクピが来てくれるはずだった。しかし……。 「ホクピちゃん、昨日食べ過ぎたみたいで……お腹壊して動けなくなっちゃったって……」  あまりに予想外すぎて、しばらく何も言えなかった。  その代わりとしてイオンが来たのだが、本人はかなり気が進まなかったようだった。ファイリアのおかげで落ち着いてきたが、先程まではぶるぶると体を震わせていたのだ。  彼女に怪我を負わせないようにしないと……。改めて気合を入れた。 「今から君達には、この西校舎から地下にある書庫に行ってもらう。書庫は学園の図書室に繋がっている。そちらから先に出てきたチームを勝ちとしよう」 「レースゲーム? 理事長にしては生ぬるいことを提案しましたね」  ファイリアの言葉に、カンセは薄く笑った。 「書庫には魔物がいることくらい、君は知っているだろう?」 「そうですけど……」 「魔物の処理は他に任せて、一人がゴールするでもいいよ。それに、ルールはこれだけではない。書庫に行くのは三人だけだ」 「三人?」 「『一人』は私達とここで待機してもらう。そして、勝った方のチームの『一人』には、負けたチームの『一人』を殺す権利を与えよう」 「ッ……!」  その瞬間、空気が張り詰めた。白蛇は、俺達を見て楽しんでいるように微笑を浮かべている。イオンとイオリは不安そうな、ファイリアや男達は強張りながらも「勝ってやろう」という強い意思を持った表情になった。ユウキは眉一つ動かさず、ただ黙って聞いていた。 「それでは戦いを始めようか。ここに残る『一人』は、私が独断で決めた。イオリちゃんのお父さん、そしてファイリアだ」 「えっ……⁈」  俺とファイリアの驚愕の声が重なった。 「なんでボクなんですか、理事長」 「君は強いからね。そのくらいのハンデが無いと面白くない」 「面白くないって……! これは遊びじゃないんですよ⁈」 「ナギサ君。君はこの一週間、猛特訓したのだろう? なら何の問題も無いはずだ。それとも、ファイリアやユウキ君に任せておけばいい……なんて思っていたのか?」 「ッ………!」  唇を噛みしめ、俺は首を横に振った。カンセは薄く笑い、俺達に書庫へ入るように命じる。ファイリアとイオリ、そして彼女の父親を除いた全員が西校舎のエレベーターに乗り、地下書庫に行く。  当然、その後エレベーターが動くことはなかった。  男達は先に進んでいく。ユウキがズボンのポケットから小さな懐中電灯を取り出し、明かりを灯した。 「僕達も行こう」 「ああ」  ユウキを先頭に、イオン、俺と続いて歩いていく。本棚の間を通っていると、イオリとここへ迷いこんだ時のことを思い出した。  あの子供達も、魔物の一種なのだろうか。あんなものがうじゃうじゃいると思うと、恐ろしくなってくる。周囲に警戒しながら足を進めた。 「あ、あの……」  普段なら小さなイオンの声も、ここだとうるさいくらいによく響いた。予想外に通った自分の声に驚いたのか、イオンはビクリと肩を上げ、声量を小さくして言った。 「もし危なくなったら……先に行ってください……」 「へ?」 「私、走るの苦手なんです……。だから、もし敵が捌ききれなくなったら、私が食い止めるので……」 「そ、そんなこと出来ないよ。みんなで戦った方が………」 「じゃあそうする」  ユウキの言葉に耳を疑った。先を進む小さな背中は、何の迷いも無い。その態度に理解が出来なかった。 「何言ってるんだよユウキ。イオンを見捨てるってことか?」 「誰も見捨てるなんて言ってないけど。食い止めてくれるって言ったから「じゃあよろしく」って言っただけだけど?」 「結局見捨てるってことだろ⁈ 一人で大勢の魔物と戦うなんて無謀すぎる!」 「実際、誰か一人でもゴールすれば勝つんだ。理事長の言っていた通り、魔物処理係と、ひたすらゴールを目指す係とに分かれた方が効率はいい」 「………本気で言っているのか?」 「アンタこそ本気なわけ?」  ピタリと立ち止まり、ユウキが振り向いた。暗闇に浮かぶ赤い目玉は、血のようなおぞましさを帯びていた。 「この勝負は誰のため? この殺し合いで死ぬのは誰? アンタは何のためにこの学園に来たの?」 「………⁈」  ユウキが近付いてくる。イオンの横を通り過ぎ、俺を見上げながら彼は囁いた。 「どうせ、みんな生き返る。僕達以外はね」  ――――――――――――は………? 「……だから、任せるところは任せないと。それにこいつ、アンタが想像している程弱くないから」  何事も無かったかのように言い、再び先頭を歩き始めるユウキ。イオンもそれについていく。二人が闇に溶ける前に、俺も慌ててその後を追った。  ―――どうせ生き返る? どういう意味だ? この世界には、生き返る方法でもあるのだろうか。ファイリアからはそんな情報、知らされていないが……。 「ッ……! 来るぞ!」  ユウキの叫び声に、意識が現実に戻った。直後、上から何かが目の前に降ってきた。目を凝らして見ると、それは真っ黒な子供だった。あの時と同じ、ノートから飛び出したような落書きの子供。  子供に見上げられた瞬間、ぞわりと身の毛がよだった。しかし、子供は刃によって縦に斬られ崩れ落ちた。裂け目から現れたユウキが叫ぶ。 「行くぞ!」  ユウキに続いて、イオンと書庫を駆け抜ける。天井や本棚から飛び出してきた子供達は、全員ユウキの剣で斬られた。イオンも魔法で援護し、俺も剣で子供を斬った。しかし、いくら殺しても子供の襲撃が絶えることはなかった。 「キャハハハハハハ! キャハハハハハハ!」  何人もの爆笑が辺りに響き渡る。突然足首を何かに掴まれ、転んでしまった。見ると、足首に子供が掴みかかっていた。笑う幼子に鳥肌が立つ。 「タッタナノカノトレーニングデ、イキノコレルワケナイヨネ? ソンナコト、ワカッテイルヨネ? モウアキラメナヨ?」 「諦めるもんか! 勝たないとイオリが……!」 「ジャア、コノコノコトハドウデモイイヨネ?」 「え?」  足首を掴んでいた子供が跳躍し、俺の上を飛びこえた。目で追うと、子供はイオンに飛び掛かっていた。さらに別の子供達も、一斉にイオンへと飛んでいく。イオンは瞬く間に黒に包まれた。 「イオンッ!」 「ハヤクイカナイトマケチャウヨ? カタナイト、フタリモイナクナッチャウヨ?」 「くっそ……!」  立ち上がり、子供に剣を突き刺した。だが、いくら薙ぎ払っても子供は増える一方だった。  このままじゃイオンが危ない―――助けを求めるべく、ユウキへと振り向いた。 「ユウキ――――――ッ」  瞬間、ユウキに腕を思いっきり引っ張られた。そのまま走り出したユウキと俺。一瞬驚いたが、すぐユウキに叫んだ。 「ユウキ! イオンを助けないと!」 「まだそんなこと言ってるのかよ! アンタ本当に馬鹿だな!」 「なっ……んだと⁈」  無理矢理手を振り払おうとしたが、中学生男子とは思えない程の握力で、俺のなす術はなかった。仕方なく、今出来る最大の抵抗を示す。 「イオンを犠牲にしていい理由は無い!」 「アンタが役立たずだからこうするしかないって分からないのかよ!」 「はっ⁈」 「アンタはあの魔物達を全員倒せるのか⁈ 数も定かじゃないあいつらを! 出来ないだろ⁈ なら今出来る最善を尽くすしかないだろ⁈」  ユウキの言葉が胸に突き刺さった。  俺には魔物を倒しきれる程の力は無い。今俺に出来ることは、この勝負に勝つためにイオンを見捨ててゴールを目指すこと―――下唇を噛んだ。  例えそうだとしても……それしか方法が無いとしても……! 「そんな………そんなので勝っても……!」 「ッ………いい加減にしろよッ!」  勢いよく腕を引かれて放り投げられた。俺は床に倒れ込む。すぐに起き上がって振り向くと、ユウキは真っ赤な目をギラギラと光らせ、鋭く俺を見下ろしていた。 「アンタ………ゲームの主人公にでもなったつもり? 全員助けられるなんて思われてちゃ困るんだよ」 「そんなことない! ユウキこそなんでイオンを見捨てるんだよ! 仲間なんだぞ⁈」 「だからさ、誰も見捨てるなんて言ってないよね?」 「は……?」 「僕はイオンを信じてる。彼女なら、大勢の魔物が相手でも生き残れると思ってるから」  そう確信している―――ユウキの声は、自信に満ち溢れていた。  そして、そんな風に言われると、俺も納得するしかなかった。  立ち上がり、ゴールを目指して再び歩き出す。本棚の道は、入り口の方よりも広くなっていた。ユウキの後をついていきながら、その背に声をかける。 「走っていった方がいいんじゃないか?」 「魔物に気付かれたら面倒だから、静かに行く方がいい」  広場のような場所に出た。円状に本棚は壁を造り、先は三つの道に分かれている。恐らくどれかが正解なのだろう。何か正解の分かるヒントでもあればいいのだが……。  しかし、悩む俺とは対照的に、ユウキは迷うことなく真ん中の道へと足を運んだ。あまりに即決すぎて置いていかれる。 「お、おい。その道で合ってるのか?」 「合ってる」  スタスタと先を急ぐユウキ。慌ててついていった。どうしてそんなに自信があるのかと尋ねると、「来たことがあるから」と返された。  なるほど。それなら安心だしかなり有利だ。ユウキがいてくれてよかった。俺だけだったら、一生かかっても出口にたどり着けなかったかもしれない。 「………ねえ。アンタさ、何でここに来たの?」  前を進みながら、今度はユウキが質問を投げかけてきた。その返答に困る俺。  素直に「(ゲームが)面白そうだったから」などと言ってしまったら、絶対に「ふざけるな」と言われてしまう。ここは慎重に、それっぽいことを言おう。  少し考え、おそるおそる答えた。 「ゆ、勇者さんとたまたま出会って、話を聞いたら放っておけなくなって……」 「嘘つくのヘッタクソだね、アンタ」 「え」 「正直に言いなよ。「面白そうだったから」って」  その言葉に恐怖を感じた。まるで心を読まれたかのような言葉に、少しだけユウキと距離を離した。気付いているのかいないのか、ユウキは構わず続ける。 「別に怒ったりしないよ。当然だと思うし」 「当然……?」  普通、次代勇者を守ってくれと言われて「面白そう」だとは思わない。死ぬかもしれないのに、だ。俺が面白そうだと思ったのは、これがゲームだからだ。しかし、ユウキは「当然」だと言った。  それじゃあまるで、この世界がゲームの世界だと知っているような口ぶりだ。  ユウキを凝視する。ユウキはその後何も言わなくなった。訊いても答えてくれないだろうし、大人しく沈黙のままついていった。  分岐点に着いても、ユウキは迷わず進んだ。地下だからか、ゴールが見えないからか、何となく息苦しさを感じた。  早く地上に戻りたい。今ここはどの辺りなのだろう。ユウキの選んだ道は本当に合っていたのだろうか。不安は次第に大きくなっていく。 「もうすぐ着く」  ユウキが短く呟いた。やっと出られる―――そう思った直後、背後から呼び止められた。 「止まれ、そこの二人」  振り向くと、三人の男がいた。二本の大きな角の生えた筋肉質の男は、イオンの首に腕を通して彼女を拘束している。ユウキが俺の隣に並ぶと、黒い羽を生やした眼鏡をかけた男がパチパチと手を叩き出した。 「道案内ご苦労。ついてきて正解だった」 「道案内だと……?」 「部外者がこんな地下迷宮、迷わず進めるわけないだろう? だから君達の後をこっそりついていったんだ」 「彼女も一緒にね」  三角の獣耳を生やす男が、イオンの頬を撫でる。イオンはがたがたと震えていた。俺が叫ぼうとした瞬間、ユウキがそれを制止するように腕を上げた。 「イオンと引き換えに道を開けろって?」 「ああそうだ。級友を亡くしたくないだろう?」  ユウキが男達をじっと見つめる。一瞬ちらりと背後を見て、こくりと頷いた。 「いいよ。早く通れよ」 「ユウキ⁈」  驚いてユウキを見た。とてもユウキの発言とは思えない。  だってここを先に通したら……俺達が負ける……!  男達はにやりと笑い、ずかずかとユウキの横を通り過ぎた。その最中にイオンが突き飛ばされる。倒れてきた彼女を抱きとめ、俺はユウキに小声で言った。 「早く行かないと……!」 「うるさい。大丈夫だから」 「大丈夫?」  ユウキは男達が向かった道の先を見つめている。そこに焦りの色は見えなかった。俺達も倣って見るが、薄暗いためにろくに何も見えない。  しばらく三人がそこで待機していると、唐突に状況が一変した。 「うわあああああああああああああああああああっ!」  複数の悲鳴が辺りに響き渡った。それを待っていたかのようにユウキが走り出す。俺とイオンも慌ててついていった。  道が開けていき、光で照らされた扉が視界に映った。恐らくあれがゴールだと認識すると、その手前の開けた空間で、男達が巨大な魔物に襲われている光景が目に飛び込んできた。  植物のように床から生えている黒い魔物は、獣の口のような葉を持っていた。その葉で男達に噛み付こうとしている。さらにそれを、黒い子供達が楽しそうに眺めていた。きゃっきゃと手を叩いてはしゃいでいる。 「な、なんだよこれ……」  思わず言葉が漏れる。イオンも口を手で押さえて青ざめていた。対してユウキは、平然と目の前の惨劇を眺めている。 「これ程に書庫は魔物に侵されてるってことだよ」  獣耳の男が葉に腕を食われ、悲鳴を上げる。そこに子供達が別の葉を引いてやって来た。葉は一斉に男に噛み付いた。断末魔―――次の瞬間にそれは途絶えた。くちゃくちゃと、葉に合わせて鳴る音。きゃはきゃはと、面白そうに笑う子供。  もし何も知らずに進んでいたら―――そう思うと、ゾッとした。  ユウキは表情を変えず、軽く手首や足首を回しながら吐き捨てた。 「僕がここを突破してゴールする。アンタらはあいつらに見つからないように隠れて待ってて」 「お、俺達は帰れるのか?」 「終わったらファイリアと助けに来る」  そう言い残して、ユウキは駆け出した。気付いた葉が一斉にユウキへ伸びていく。ユウキはそれを素早く避けた。横から襲ってくる葉は茎から切り落とした。子供達は面白がってユウキについていく。 「たっ助けてくれ!」  眼鏡の男が、近付いてきたユウキに手を伸ばした。男は葉に足を食われて倒れていた。ユウキは男を見ることもせず、その前を通り過ぎた。男の顔が絶望に歪む。そこへ黒い牙が食い込んだ。 「さ……せるかああああ!」  葉に腹を噛みつかれていた筋肉質の男が、茎を引きちぎってユウキへと駆け出した。ユウキは男を一瞥し、急停止した。扉の前に数枚の葉が待ち構えている。葉はユウキへと牙を向けて伸びてきた。ユウキはギリギリまで待ってから後方へジャンプをし、迫ってきていた男の背後に着地した。 「は―――――」  ユウキを狙っていた葉は、目の前に現れた男に噛み付いた。男はその勢いで倒れ、葉がどんどん彼に襲い掛かる。その間にユウキは急いで駆けていき、扉の中へと消えていった。 「やった……! 私達の勝ちだね!」  イオンが喜びの声を上げる。その瞬間、数人の子供がこちらに振り向いた。  しまった―――そう思った時には既に遅く、子供は周囲へと手招きをした。他の子供達、それから葉が一斉に俺達を捉える。 「まずい……! 逃げるぞ!」  イオンの手を引いて、俺は踵を返し駆け出した。大爆笑が背を追ってくる。来た道など覚えていない。とにかく適当に道を進んでいた。迫りくる恐怖に汗が止まらず、心臓もかつてない程のスピードで動いていた。  目の前に何かが降ってきて、俺達は立ち止まった。それは真っ黒なスニーカーだった。しかし、頭と同じくらい大きな靴はひとりでに動いており、その存在だけで恐怖を覚えた。スニーカーはこちらへとジャンプし、着地した直後、頬を蹴られた。 「ガ―――⁈」 「ナギサくん!」 「にっ……逃げるぞ!」  踵を返して逃げる。足音も追ってきた。ここがどこで、どこに向かっているのかなど、もう全く分からなかった。  道の先では、蜘蛛のような魔物がうじゃうじゃといた。俺は剣で薙ぎ払い、イオンは魔法で蹴散らして無理矢理進む。  しかし、巨大な蜘蛛の巣が目の前に現れた。真っ黒な糸には、頭蓋骨や他にもたくさんの骨が絡まりついていた。恐怖でイオンが震え出す。戻ろうとすると、道を遮る程の蜘蛛が壁を作っていた。 「いや……! 死にたくない……!」  イオンがへなへなとへたれこむ。俺は剣を握り、蜘蛛の壁に刃を振り下ろした。ぶわっと蜘蛛達が散ると、怒ったように俺の体を這い上がり始めた。ぞわぞわと鳥肌が立つ。視界が遮られ、口や耳の穴から蜘蛛が体内に侵入した。  まずいことは分かっている。しかし、小さな魔物を吹き飛ばす方法が無い。  このままじゃ魔物に食われる―――そう悟った瞬間、少女の顔が脳裏によみがえった。エメラルドの宝石のように綺麗な髪と瞳、悪戯っぽく笑う姿や明るく話す姿に、俺は心惹かれていた。  もう一度彼女と会いたかった。これでお別れなんて嫌だ。彼女ともっと、話がしたい。  彼女がいるなら、俺はもっと―――。 「いや……死ぬもんか……!」  声にならない決意を吐き、俺は剣を自身の腹に突き刺した。勢いよく吐血すると、蜘蛛も体内から流し出された。視界を遮る蜘蛛を手で払い落とし、辺りを見回す。イオンは巨大な蜘蛛と対峙していた。しかし彼女は恐怖で動くことが出来なかった。  剣を握り締め、巨大な蜘蛛へと駆け出す。再び視界が遮られる前に、刃を蜘蛛の親玉に振り下ろした。黒い巨体の切れ目から、闇に染まった血が飛び散る。絶命した魔物を見届けると、俺は脱力して倒れた。  視界も思考も黒で染められていき、もはや恐怖を感じることもなかった。虚無に落ちていくような、終わらない浮遊感に、溺れていく―――。 「ナギサくんッ!」  直後、黒が飛び散った。視界に映ったのは、心配そうに俺を見下ろす少女。  ああそうだ。俺は、この子のことが―――。 「ナギサくん!」  自然と瞼が閉じていく。意識が薄れていく中、少女がずっと俺の名前を叫び続けていることに、途方もない幸せを感じていた。  ――――――俺を心配してくれて、ありがとう。それだけで、すごく嬉しいよ。  ――――――――――――――――――暗転。
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