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「蜜柑に決まっておろう!」 「いや、やはり一番は米だ」 「違うよー! ネギだよー!」 「おぬしら分かっておらぬのう」 「分かってないのはそっちだ」 「ネギが一番なの!」  時計の針が五時を示している室内。時間も周囲も気にせずぎゃんぎゃんと騒いでいるのは、少年二人と少女一人だった。彼らの向こうにある窓から見える景色はまだ薄暗く、静寂に包まれている。  ベッドでむくりと起き上がった一人の少女。ぼさぼさの黒髪頭をぶるぶると振り、彼女は目をこすって目の前に広がる光景を眺める。やがて目を細め、彼ら三人を凝視し始めた。 「………誰?」  最もな呟きだった。彼女にとって三人は、目覚めたら自分の部屋で喧嘩してる見知らぬ人間だったからだ。パチパチと何度も瞬きをし、凝視する少女。  一方、彼女の声に反応し、騒いでいた三人が一斉に少女の方を見た。その反応に、彼女が肩をびくりと上げる。 「ぬ! 起きたか!」 「やっとか……」 「おっはよー!」  三人が順に喋り、少女のもとへと飛んでいった。  そう。歩いてではなく、ふよふよと宙を漂いながら。 「ぎゃあぁああぁああッ!」  反射的に少女は三人を避け、ベッドから飛び出した。向かいの壁際に向かい、瞬時に振り向く。  三人はキョトンとして少女の行動を見ていた。その体は布団に乗っておらず、やはり宙に浮いている。その物理に反した姿に、少女は動揺を隠せない。魚のように口をパクパクさせながら、必死に言葉を絞り出した。 「うっ……浮いてるッ……!」 「む? あぁ、そうじゃな」 「まぁ死んでるしな」 「こんなことも出来るよー!」  三人の中で一番小さな少年が、宙に浮きながらくるくる回転し始めた。それを見て、浮いている少女が一緒に回転する。もう一人の少年は、それらを呆れたように見ていた。  対照的に、少女は固まってしまった。頭が混乱し、瞳が揺れ動いている。  ――――――今、死んでるって言った? 「……あぁ。別に死んでるって言っても、アンタの魂を取って食おうとかそういうのじゃないから」  大混乱する少女を見かねて、呆れ顔をしていた少年が補足説明をした。くるくると回っていた二人も、少年に同意の声を上げる。  沈黙。少女はおそるおそる問いかけた。 「………つまり、幽霊?」 「そうじゃ!」 「《蘭李|らんり》っ!?」  突然、ドアが開かれた音が鳴り響き、反射的に少女は肩を上げる。目をやると、少し丸めの黒髪の女が焦ったように息を切らせていた。女は少女のもとへ向かう。 「大丈夫!? 今の叫び声なに!?」 「おっお母さん! あれ!」  戸惑いながら、しかし安心しながら、少女は三人を指差す。その女―――少女の母親もそれに倣って見る。目を細めながらしばらくじっと見た後、一言。 「………何?」 「いや何じゃなくて! あの人達!」 「は? 人?」 「そう! そこにいるじゃん! 浮いてるけど! 幽霊だけど!」  母親は再度じっと見る。そして少女を見て、また三人を見る。その後ため息を吐いて、少女の額に手のひらを当てた。母親のひんやりとした手のひらが、少女の体温を奪っていく。 「熱は無いみたいね……」 「何でここで熱測るの!? ねぇあいつらだよ!」 「アンタ最近疲れてるんでしょ。今日はゆっくり寝てなさい」 「話聞いて!? しかも疲れてないし! 冬休みだし!」 「じゃあお母さんもまだ寝てるから」 「ちょっと!」  母親は「あー寒い寒い」と言いながら、さっさと部屋を出てしまった。その背中に、小さな少年はニコニコしながら手を振る。取り残された少女は呆然としながら、いつの間にかパジャマ姿の体が冷えきっていることに気付いたのだった。 * 「……つまり、あなた達は幽霊なのでお母さんには見えなかった、と」 「そのとーりじゃ!」  浮游する少女が腰に手を当て、「えっへん!」と得意顔をする。よく見るとその顔は―――いや、顔だけでなく体全体が若干透けていた。背後にあるベッドがぼんやりと見える。  パジャマを脱ぎ、ボーダーシャツの上から黄色のパーカーを着て、黒タイツとショートパンツを穿いた少女は、座布団の上で正座した。何度も頬をつねっていた彼女だったが、痛みという現実しか返ってこなかった。  やっぱりこれは夢じゃない―――そう思ったところで少女は、先程の自己紹介を思い出す。  三人の幽霊のうち、ミカンをこよなく愛するという少女『《華城|はなしろ》蜜柑』。黒のポニーテールは黄緑色のリボンでまとめられており、白い着物は黄緑色の帯でとめられていた。その服丈は短く、橙色のニーソを穿いている。見た目は十代後半で、三人の中で最も背が高い。 「まぁ、普通は驚くよな」  次に、一番冷静そうな少年『華城《秋桜|あきお》』。はねまくった黒髪に黒い着物。その上に着ている白い和服は、裾に赤いラインが模様されていた。見た目は蜜柑と同じか下くらいの年齢だが、身長は彼女より少し低い。 「僕もビックリしたー!」  最後に、一番小さな少年『華城睡蓮』。秋桜ほどはねては無いが、やや癖気味の黒髪に黒い袖の無い和服。足は何も履いておらず裸足だ。見た目十代前半で、もちろん背も低い。  そこまで思い出したところで、少女は自身のプロフィールも思い出す。  地元の風靡学院に通う中学一年生。癖のある黒髪に平均以下の身長。好奇心旺盛だが、それ故に飽きっぽい。全てにおいて彼女が今まで完遂できたものは、片手で数えられるくらいだ。  そんな彼女の名前は、『華城《蘭李|らんり》』である。  三人の幽霊と同じ、『華城』の苗字を持つのだ。 「目の前に幽霊が急に出てきたらなぁ……」 「しかもご先祖様がね!」 「遠慮せずに我を敬うのじゃ!」  要するにこの三人は、蘭李の先祖である、と主張しているのだ。 「………信じられるかぁあああッ!」  蘭李は机を両手で叩いた。力任せに叩いたせいで、彼女の手のひらに思い切り痛みが走る。不思議そうに彼女を見る蜜柑、秋桜、睡蓮を蘭李は順に睨み付ける。 「何!? 急に先祖とか! 知るか! 大体先祖ならお母さんにだって見えるはずでしょ!?」 「だって、アンタ以外の家族親戚には魔力が無いだろ?」 「えっ……? あ、まあ……」  急に言われて、蘭李は戸惑いながら答えた。  蘭李は生まれながらに魔力を持つ『《魔力者|まりょくしゃ》』である。魔力者というのは、非魔力者―――つまり普通の人間に比べはるかに数は少なく、魔力の有無は大体遺伝によって決まる。親が魔力を持っていればその子供も持っており、扱い方について教わる。  しかし、蘭李の家族は魔力者ではなかった。親戚も誰も持っていなかった。そもそも魔法の類いを否定している。  それなのに、蘭李は魔力者として生まれた。  彼女自身、そのことを変だと思わなかったことは無い。もしかしたら自分は、親の本当の子供じゃないんじゃないかと思ったほどである。母親に即否定されているが。 「でも……一体今回それが何の関係があるの?」 「俺達は全員魔力持ちなんだよ」 「そして僕らの家族も魔力を持ってなかった!」 「つまり! 我らは華城家の魔力を持つ者の先祖というわけじゃ!」  えっへんと蜜柑と睡蓮がふんぞり返る。この二人はたしかに血の繋がりはありそうだけど、と蘭李は呟く。しかし、やはり腑に落ちないようだった。腕を組んで考え込む。 「分かったか?」 「いや、分かんないっす」 「なんで分かんないかなー! もー!」 「百歩譲って分かったとしてもさ、何でこのタイミングで現れたわけ? もっと前から現れてもよかったよね?」  すると三人は顔を見合わせた。若干表情が険しくなっている。小さく頷くと、改まって蘭李に向いた。つられて彼女の表情も強張る。 「実はの、もうすぐおぬしは死ぬのじゃ」  蜜柑が静かに答えた。真っ直ぐに蘭李を見ている。秋桜と睡蓮は、黙って目を伏せていた。  蘭李は目を見開いた。彼女も同じく蜜柑を見ているが、焦点があってない。彼女は言われた言葉を脳内で反芻させた。  ――――――もうすぐ死ぬ? あたしが? 「ウソでしょ?」 「嘘なわけあるか。本当だよ」 「えぇ……? だって……何で死ぬわけ? 事故るってこと? それとも災害?」 「それは分からん。じゃが、死ぬのは確実じゃ」  蘭李はゆっくりと腕を上げ、自身の頬をつねった。痛かったらしく、すぐに手を離す。呆然とする蘭李の前で、睡蓮が手をひらひらと振った。 「大丈夫ー?」 「………いつ死ぬの?」 「さあ? 分からん」 「はぁ!? 何で!?」 「分からぬよ。分かっておるのは、近いうちに死ぬことだけ」 「それで俺達は、アンタをその死から救おうとして現れたわけだ」 「死期が近付いたから出てきたんだ!」  淡々と、次々と信じられない事実を突きつけられ、蘭李の頭は完全に混乱してしまった。頭を抱えて項垂れる。  なんで、急に死ぬ……なんて。そもそも、正体も分からないこんな幽霊に言われたことを、馬鹿正直に信用してもいいものなの……?  その時、蘭李の傍に置いてあった「鞘」が、ぶるぶると動き出した。彼女は鞘を手に取り、柄を掴んで引いた。そこから、緑色の刀身をした剣が現れる。 「わー! キレイだねー!」 「緑か……珍しいな」  睡蓮と秋桜が物珍しそうに刀身を見る。すると、刀身は二人の方に剣先を向けるようにぐねりと動き、ポンと煙を上げた。  煙が晴れると、蘭李の目の前に少年が現れた。 「おおー!」  少年は緑色の髪と目、黒い和服に半ズボンを身に纏っている。むすっとした表情を浮かべ、彼をじっと見つめる秋桜と睡蓮を睨み付けていた。そんな少年に、蘭李は苦笑いを浮かべる。 「コノハ……いつにも増して睨んでるね」 「当たり前じゃん。どう見ても怪しいでしょ、こいつら」  ぶっきらぼうに答える『コノハ』。コノハはさらに、蜜柑にも鋭い視線を送った。  コノハは、もとはただの剣である。しかし剣であるが意思を持ち、自由自在に刀身を変化させることが出来るのだ。伸び縮みはもちろん、薙刀や鎌のような刀身にしたり、普通なら折れるような曲げ方も出来てしまう。さらにこうして人の姿になることも出来る。しかしそれは、蘭李の魔力を常に奪っているからこそなせる技であった。 「何? もしかして蘭李、こいつらの言うこと信じてるの?」 「いや、そうじゃないけどさ……」 「えー? まだ信じてくれないのー?」 「おぬしも中々頑固じゃのう」 「俺達がいることが何よりの証明だろう」 「証明になるか」  秋桜がコノハを睨み付ける。反抗するようにコノハも睨み返す。赤と緑の視線が交錯した。 「まぁ別にいいじゃろ。信じていなくとも」 「え?」 「どちらにせよ、我らはおぬしにつき纏うからのう」  蜜柑がケラケラと笑う。それを聞いた睡蓮は「あ! なるほど!」とポンと手を叩き、一緒になって笑った。秋桜も勝ち誇ったような笑みを浮かべる。対してコノハは大変悔しそうな顔をしていた。 「つき纏うって……毎日ずっと?」  首を傾げた蘭李に、睡蓮は胸を張って答えた。 「もっちろん!」 「いつ狙われるか分からぬからのう!」 「えっ、あたし殺されるの!?」 「いや、それは分からん。可能性の一つだ」  信じてない、と言っても命に関わる問題だ。やはり不安なのだろう、蘭李の表情は強張ったままだった。見かねた睡蓮が、胸をポンと叩いた。 「安心してよ! 僕らが守ってあげるから!」 「そうそう。大船に乗ったつもりで良いぞ!」 「とは言っても、俺達は幽霊だから物理的干渉は出来ないけどな」  秋桜の言葉に、蘭李とコノハは表情が固まった。わいわい騒ぐ幽霊達に、蘭李が思わず不満を吐露する。 「それ……結局守ってくれないじゃん」  子孫の文句は、先祖達を黙らせるのには十分過ぎたものだった。
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