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『剣に花束。』 その言葉は、かの大英雄・オービスが十年前に勃発、六年前に終結した 【《神皇紀大戦|しんこうき たいせん》】にて敵国兵士を単身で殲滅した後、その兵士たちに頭を垂れ、一人一人に短剣と《数珠玉|ジュズダマ》を添えた行為を示している。 現在では、「相手に敬意を表す」という意味で用いられる事が多い。 これは、ある一人の少年が大英雄・オービスのような剣士になるまでの物語である。 この国の現元号は【《神皇紀|しんこうき》】時代、 【神皇紀ニ〇一八年】が現在の年数である。この国では、神の御子とされる神皇が世界を創ったと言われている。初代神皇が一番最初にこの国に舞い降り、足を踏み入れ、人をつくり、国をつくり、今日まで保ってきたのが、【ビスコーロ帝国】。 帝国の東に位置する小さな村、ナミリの孤児院に暮らす少年・ブラウンがそこにいた。 「………朝………」 部屋の窓から差し込む朝日にブラウンは起こされた。虚ろな両目は透き通ったルビーような目、寝癖で猫の耳になっている髪は漆黒より深い黒。 今年で十五になる彼は、スラリとのびた手足や緻密に計算された美貌を持ち、同じ孤児院で暮らす同年代の誰よりも圧倒的に大人びていた。しかし、大人びた雰囲気を感じさせるある理由があり、ブラウン自身もそうなるしかなかった。 身支度を済ませ、食堂へ足を運ぶ。 ──ああ、まただ。 食堂へ向かう途中、一つ屋根の下で暮らす孤児たちにすれ違う度、わざとブラウンに聞こえるように悪口を叩いたり、彼を指さしてくすくすにやにや笑ったりする。 代々ビスコーロ帝国を統治してきた神皇、ビスフェノール一族には一般帝国民とその一族を一瞬で判別できる特徴があった。ビスフェノール一族は皆々、《透き通ったルビーのような目に漆黒より深い黒髪、すらりとのびた手足に美しい美貌》の持ち主達だ。 一族以外でその容姿を持って誕生することはまず無い。しかし、極稀に一般帝国民で誕生してしまうことがある。 昔々、第十二代神皇が暗闇の魔女に暗殺されそうになったという事件があった。その魔女は魔法を使い、十二代神皇にそっくりな顔をしていたという。その特徴的な容姿で誕生した一般帝国民の赤子を【魔女の末裔】として、人々はこう呼んだ。 「おい!《真紅の魔女|ブラッド・ウイッチ》!」 「赤目の忌み子だからお前の母ちゃんも父ちゃんもお前を捨てたんだ!」 誰かがブラウンめがけてそう叫んだ。誰も咎めようとしない。それがここの孤児院の暗黙のルールなのだ。今のは年下の男の子だったが、それを見ていた女の子たちはまたくすくす妬ましく笑う。ブラウンが冷たく睨むと女の子たちはまた「やだぁ、怖い」「所詮は忌み子ね」と陰口だ。 ──両親に捨てられたのは、お前らだって一緒のくせに。 ブラウンはそんなことを考えながら足を止めずに食堂へ向かった。ここの孤児院は、皆何かしら両親との間に一線を引かれた子供が住んでいる。今の男の子は、単純に《不必要となったから》捨てられたと養婆が《溢|こぼ》していたのを思いだす。 ──早く、こんなところ出て何処か遠いところへ行きたい。 それがブラウンの切実な悩みだった。先程のいじめや陰口は住み始めた頃からだったし、もう慣れていた。しかし、ここにずっと居てはいずれ彼自身が持たなくなるだろう。「大丈夫。大丈夫」と自分に言い聞かせても、まだ十五の子供なのだ。母から、父から教わるものを何一つ教わらなかった【愛情の欠けた子供】なのだから。 歩き続ける靴音が非常に寂しく《木霊|こだま》した。 ✿ 朝食を済ませたブラウンは養婆からの雑用をこなすこととなった。内容は、孤児たちが暮らす本棟から少し離れた旧棟図書館の整理整頓片付けだ。旧棟はいろいろ脆くなっていて危険だと言うことだったので本棟に居住を変えたという。 脆くなっていて危険だと言うのにそれを子供にやらせるとは凄い矛盾だと思いながらもブラウンは掃除道具を担ぎ旧棟へ向かう。歩く度に掃除道具ががしゃんがしゃん揺れ、誰もいない廊下に無機質に響く。 「……はぁ」 旧棟図書館の中ははっきり言ってゴミ置き場だった。 書物は……まあある程度無事なものの本来図書館にあるはずのないボールやお菓子のゴミ、果てまでは生卵など、とにかくとんでもない異臭と姿だった。 「こんな状態じゃあ、本たちが可愛そうだ。早く片付けてやらないと」 元来、一度火が付くと止まらなくなり、そして周囲の音が聞こえなくなる《質|タチ》だったので予想以上の早さで旧棟図書館の片付けは終了した。 余った時間で貸出テープの修正や本の並べ替えなど、細かな作業を行ってもとても時間が余った。少し館内を歩き回っていると、一冊の本が本棚と本棚の間に挟まっているのに気づく。腕をちぎれるかと思うぐらい伸ばしたがあとちょっとで届かなかったので棒でつんつんと引き寄せて本を確保した。 「ふぅ……やっと取れた。なんだろう、この本」 表紙がホコリまみれで題名が見えなかったので、手でぱっぱっと払ってみると、 【オービス──剣に花束。──】という名の本だった。 「オービス……。神皇紀大戦の英雄か」 『英雄』という言葉に興味を惹かれたのか、ブラウンはその場にちょこんと座りその本を読み始めた。オービスの生い立ちから苦労話………大戦のときの出来事。様々なことが書かれていた。ブラウンが一番興味を持った部分は【剣に花束。】の語源の部分だろう。敵国の兵士なのに同じ人間という価値観でたとえ敵でも戦った相手へ敬意を示す。そんなオービスの姿は心底かっこいいと感じた。そしてこんなことを思ってみたりする。 ──僕もこんな剣士になりたい。 漠然とした夢だったが、もう彼の心にはしっかりと刻みつけてあった。 次回:ニノ太刀─デルフィニウム
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